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『最強勇者の弟子育成計画』第十話 流派

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 第十話 流派

 二人が風呂から上がってきた後、すぐに俺の恐れていた事態が起こった。

 カリーナから魔法について、分からないところを質問されたのだ!

 未だこの世界の文字すら読めない俺は、当然答えられるわけがない。
 だから苦し紛れに、グーと念じてバーとやる感じだと言ったら、しょっぱい顔をしたウリエルが、今日のところは代わりに勉強を教えることになった。
「これだから天才は……」とぶつぶつ文句を言っていたことからして、良い具合に勘違いしてくれたらしい。
 過去にいたであろう、本物の天才達が作った奇天烈なイメージに感謝だ。

 ウリエルは全属性を扱えるが、得意な属性は火なので、カリーナには教えやすいのだそうだ。
 これからも、屋敷に遊びに来た時限定だが、彼女に勉強を教えてもいいとも言っていた。

 それにしても、俺の代わりに勉強を教えてくれているのは有り難いのだが、ウリエルは忙しくないのだろうか?
 たしかギルド長と学院長を兼任しているのではなかったか?
 仕事がどうなっているのかちょっと気になったが、深くつっこんで、その結果帰ってしまったら困るので、何も言わないでおく。

 さて、ひとまずは化けの皮が剥がれる事態を回避できたのだが、今度は俺のやることがなくなってしまった。
 ……というか、魔法を教えられない魔法使いの師匠とか、存在する価値がない気がする。

 二つを組み合わせることで威力が上がる魔法だとか、連鎖による連携だとか、そういうゲームにあったことならいくらでも教えられるのだが……実践はともかく、基礎的な理論の部分は全然教えられないのだ。
 ゲームだと、レベルが上がったら魔法を覚えたしね。
 コントローラーを握っていただけの俺が、魔法の勉強なんてしているわけがない。

 まあ、そこらへんは追い追い何とかするとして……何とかできるかな?……特にすることがなくなってしまった俺は、アレの生産と今日の夕飯に力を入れることにした。

 ちなみにアレとは、ゲーム終盤の敵がごく稀に落としていく「〇〇の実」シリーズのことである。
 〇〇の部分に入るのは、「魔力」とか「筋力」の文字で、これにはステータスの基礎値を僅かに上昇させる力があった。
 RPGなら定番のアイテムだろう。

 それで、この「〇〇の実」シリーズ。
 実はゲームのおまけ要素である裏ダンジョンをクリアすると、「〇〇の実」を生産できる「〇〇の種」が手に入るのだ。

 キャラクターごとに成長限界が設定されており、一定以上は上げられないようになっていたものの、それでもゲームバランスを著しく破壊してしまう代物ではあった。
 まあ裏ダンジョンの最下層にいた裏ボスよりも強い敵はいないので、「〇〇の種」を手に入れた時点で、もう他には苦戦するような敵が存在しておらず、特に問題はなかったのだが。

【エレメンタル・スフィア】のアイテムは全てコンプリートしているので、俺はもちろんこの「〇〇の種」も持っている。
 そこで俺は、この「〇〇の種」を使って「〇〇の実」を量産し、メニュー画面にあった料理スキルを使ってカリーナに食べさせることを思いついたのである。

 「〇〇の実」のストックもあったので、今朝に食べさせたリゾットの中にも、魔力の実をこっそりと入れておいた。
 ゲームのステータスが、この世界だと何のステータスに反映されるのか分からないが、とりあえず万遍なく食べさせていこうと思う。

 ゲームではアイテムさえあれば無限に食べさせられたのだが、この世界ではそうもいかないだろう。
 一度に食べられる食事量には限界があるだろうし、「〇〇の実」の生産もプレイ時間では一時間に満たなくても、作中の描写では数日ぐらいかかっていたはずだ。
 まあ一気にステータスが上昇しすぎても困るだろうし、ゆっくりと上げていけばいい。

 カリーナに足りないのは、基礎的な能力だ。
 彼女はとても勤勉だが、根本的な才能の部分が致命的になかった。
 これをどうにかしない限り、彼女は弱いままだろう。

 つまり彼女が強くなれるかどうかは、この「〇〇の実」にかかっているのだ。
 俺には魔法を教えることはできないが、それよりも大事な部分を補うことができるのだ。
 だから、ウリエルの方が師匠みたいだとか、俺いなくてもいいんじゃね? とか、そういうことはないはずだ。

 俺は自分にそう言い聞かせて、張り切って「〇〇の実」の生産に着手した。
 下地になる畑は、昨晩のうちにゴーレムを使って用意させてある。
 俺はその畑の上に立って、アイテムボックスから取り出した種を地面に植えた。
 水をやった。
 ……やることが終わってしまった。

 後のことは、ゴーレムが勝手にやってくれる。
 夕飯までまだ時間があるし、とても暇だ。
 どこかに行こうにも、ウリエルにカリーナの勉強を教えてもらっておいて、自分だけ遊びに行くのは気が引ける。
 でも、何もしないでいるのはつらい。

 何か暇潰しに使えるものはなかったかと、アイテムボックスの中を探ってみた。
 するとキーアイテムの一覧で、初心者用のチュートリアルに用意された、パズルを練習するアイテムを見つける。
 選択してみると、日本で販売されていた携帯ゲーム機のようなものが出てきた。
 ボタンはなく、ゲーム機を手に持って念じることで動かし、ひたすらパズルだけをやっていくものだ。

 他にすることもないので、ファンタジーにはあまり似つかわしくないそれを、しばらくプレイする。
 ポツポツと作業のようにパズルを進めながら……ふと俺は、「どうして自分はこの世界にいるのか?」なんてことを考えた。
 どういう原理でゲームのキャラになってしまったのかは分からないし、今は考えても仕方ない。
 だがそれとは別に、何か課せられた使命のようなものがあるような気がしたのだ。

 明確な根拠はない。
 ただ、なんとなくそんな予感がしただけだ。
 カリーナと出会ったことも、本当にただの偶然だったのかと疑っている自分がいる。
 俺が、アデルとしてこの世界に来た意味。
 誰かから、何かを求められているような……そんな気がするのだ。
 俺が、もっと師匠らしくなったら分かるのだろうか?

 ならば魔法も、いずれは教えられるようにならないとな。

 つらつらとそんなことを考えていると、やがて腹を空かせたウリエルが夕飯の催促に来たのだった。


────────────────────


 夕飯は様々な具を贅沢に盛り合わせた海鮮炒飯と、スープの組み合わせにしてみた。
 三人で小さな食卓を囲み、冷めないうちに頂くことにする。

 この近辺では珍しい米料理をスプーンで頬張り、ウリエルが頬に手を当てて感嘆の声を上げた。

「ん~、相変わらず美味しいわ~」
「それはどうも」

 ランドリア王国ではパンが主食らしいので口に合うか不安だったが、彼女の反応を見る限り大丈夫のようだった。
 カリーナなどは、食べるのに夢中になって無言になっている。
 ちなみに、ステータスが上昇する実はカリーナの炒飯にしか入れていない。

 しばらく食事を楽しんでいると、ふとウリエルが何かを思い出したように手を打った。

「ああ、そうそう。ちょっと言い忘れてたんだけど──」
「なんだ?」
「ちょっと困ったことになってて~」
「ふむ?」

 言葉とは裏腹に、あまり困ってなさそうな様子のウリエルに、本当は大した話ではないのだろうと適当に聞き流しかけて──

「王都に【魔化の宝珠】が入り込んだかもしれないのよ」
「ブッ」

 危うく、口の中の炒飯を吹き出しかけた。
 俺の反応を見て不安になったのか、カリーナが食事の手を止めてウリエルに目を向ける。

「それは、どういうアイテムなんですの?」
「人の体を、魔界にいる魔族が乗っ取ってしまうアイテムよ~。人間界への侵入を目論む魔族が、時々地上に送ってくるの」

 魔族という単語が飛び出して、カリーナが頬を引き攣らせた。

「そ、それは大丈夫なんですの?」
「あまり大丈夫じゃないわね~」

 ウリエルの言う通り、【魔化の宝珠】はかなりやばいアイテムだった。
 ゲームでも度々登場した重要アイテムで、この【魔化の宝珠】によって魔王の手先が人間界に入り込み、何度も災害を引き起こしている。

 ゲームでは街が崩壊しようが、国の軍隊が壊滅しようが、「ああ、そうか」ぐらいの感想で済ませられた。
 悲劇的なイベントとしての感傷はあっても、あくまでフィクションの話だったからだ。
 でも、ここで同じことが起きてしまえば、そうもいかない。

「だから、一応気を付けておいてもらおうと思って。王都で魔族に対抗できるのは、私か貴女の師匠ぐらいだもの」
「師匠が……」

 またカリーナが、キラキラした視線を俺に向けてくる。
 ゲームでも、普通の人間では力の差がありすぎて魔族に勝てないという設定だったし、気持ちは分かる。
 でもそれは「アデル」の力が凄いだけだ。
 俺自身は単なる小市民なので、なんだか彼女を騙しているような気がしてしまい、尊敬の眼差しが心に痛かった。

 俺がひたすらカリーナの視線に耐えていると、ウリエルが話を続けた。

「大会も近いし、それまでには何とかしたいわね~」
「大会?」
「トウェーデ魔法学院の大会よ」

 ウリエルの説明によれば、トウェーデ魔法学院は夏になると、魔法使いの強さを競い合う大会を開くのだそうだ。
 学年別のトーナメント戦で、主に戦闘系の流派に入門している生徒が参加するらしい。
 同時に生産系の生徒による、自作魔道具の品評会なるものもあるらしいが、どうしても注目度ではトーナメント戦に負けてしまうとのことだった。

 その魔法大会には大陸にある様々な国が注目しており、良い成績を残せばかなりの名誉になる。
 さらには、上位に入賞した三名は学院の代表に選出され、冬に他の三つの大陸にある魔法学院の代表と戦うことになるのだ。
 ただ、他の大陸からは人間以外のエルフや獣人などの生徒が出張ってくるせいで、人間しかいない大陸のトウェーデ魔法学院出身の生徒の成績は毎回のように芳しくないらしい。

 話を聞いている限り、想像していたものよりもずっとスケールが大きくて面白そうな大会だった。

「ふむ。なら夏の大会で良い成績を残せば、カリーナは実家に帰れるようになるかもしれないな」
「……そう、ですわね」

 俺の発言に、カリーナは暗い表情で顔を俯かせる。

「でもわたくしの力では──」
「よし、優勝しよう」
「え?」

 優勝という言葉に、カリーナが衝撃から目を丸くして固まった。
 そんな彼女とは裏腹に、ウリエルは当然とばかりに頷く。

「そうね~。だってラングフォード流の弟子だもの。優勝ぐらいはしないとね~」
「えっ……ええ!?」

 ウリエルから飛び出したラングフォードという名称に、カリーナは限界まで目を見開いて立ち上がった。
 勢いよく立ったせいで、座っていた椅子が反動で後ろに倒れる。
 けっこう大きな音が鳴ったが、それどころではないカリーナは、俺に震えた声で確認してきた。

「ラ、ラングフォード流って……」
「あら、知らなかったの?」
「あ~……すまん、アキラは偽名だ。本名はアデルだ」

 気恥ずかしさで頭の後ろを掻きながらそう言うと、カリーナは皿のようになった目で俺を凝視し……気を失って、後ろに倒れ込んだのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第九話 入浴

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 第九話 入浴

 魔力が極端に低いカリーナは、他の一般的な魔法使いよりも、魔法の練習に当てられる時間が少ない。
 魔法を使用するには、魔力が必要だからだ。
 カリーナの魔力では、初歩的な魔法でも少し練習しただけで尽きてしまう。
 一度魔力が空になってしまうと、後は自然と回復するまで、実践的な練習はおあずけになるのだ。

 だからカリーナは、その空いた時間を他の訓練や勉学に費やした。
 特に魔法に関する知識なら、学院の同級生どころか上級生にだって負けない自信がある。
 各流派が独自に開発している魔法の詳細までは知る術がないものの、広く開示されている魔法はだいたい覚えていたし、大会などでトップクラスの魔法使い達の戦いを観察して、誰がどのような魔法を使用していたかを、カリーナは全て覚えていた。

 だがそんな彼女でも、自分の師匠が使ってみせた魔法は見たこともなかった。
 一級魔法使いの奥義に匹敵する……いや、それ以上の強力な魔法を放って涼しい顔をしているアキラの魔力にも驚いたが、それ以上に興奮した。
 自分も同じ魔法を教えてもらえるかもしれないと思うと、気が昂ぶった。

 そしてアキラは、彼女のそんな期待を遥かに上回る場所に連れて行ってくれた。

 一冊一冊が国宝級の……どれか一冊でも外に流出したら、魔法学界に革命が起こりそうなクラスの魔法書が、大きな本棚にぎっしりと詰まっている書斎。
 そこに案内され、アキラはどれでも自由に読んでいいと言い出したのだ。

 これには流石に、目眩がした。
 自分如きに、これほどのものを与えて本当にいいのだろうか?
 自分は、これほどの厚遇に報いることはできるのだろうか?
 そんな不安を覚えるのと同時に、アキラの流派名を知らないことに罪悪感が湧いた。

 これほどの人が師範を務める流派を、どうして自分は知らなかったのだろうか?
 弟子を取るのは初めてだと言っていたが、彼ほどの人物が無名なわけがない。
 きっと自分が、どこかで見落としていたのだ。
 カリーナはそう考えた。

 だから今さら流派の名を聞くのは、「あなたの流派が何か? 聞いたこともないけれど、他になかったので弟子入りを希望しました」と白状しているようなもので、気が引けた。
 実際にその通りなのだし、自分が悪いのだが、初めて自分を評価してくれた人から熱意を疑われるかもしれないと思うと、どうしようもなく怖かった。

 だが、いつまでもこのままにしておくわけにはいかない。
 そう思うカリーナは、どうにかして話を切り出そうと苦悩していたのだが……アキラの屋敷に、とある天使が訪問してきた衝撃のせいで、頭の中から吹き飛んでしまった。
 なにせやってきた天使は、魔法使いならば誰でも知っているような有名人だったのだ。

 王都の魔法使いギルドのトップにして、トウェーデ魔法学院の学院長。
 天界でも六名しか存在しない最上位階級の熾天使。
 かつて勇者アデルと共に魔王の軍勢と戦った、生ける伝説。
 神焔のウリエル、その人だった。

「あら、誰かしら?」
「俺の弟子だ」
「カ、カリーナと申します」

 アキラから紹介され、カリーナは緊張した面持ちで頭を下げる。

 彼女がウリエルの姿を見たのは、これが初めてではない。
 だがそれは、トウェーデ魔法学院で新入生の入学を祝う催し事があった際に、挨拶に来た彼女を遠目から見たのみであった。
 当時は、絵本の中で憧れるしかなかった存在の登場に、誇張抜きで感涙しそうになったのをカリーナは覚えている。

 そんな天上人であるウリエルは、カリーナの名前を聞くと、こめかみに指を当てて考え込んだ。

「ん~、どこかでその名前を聞いたような……? ああ、思い出した!」

 ウリエルは手をポンと打つと、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「七級で、四級の依頼を受けようとしていた問題児ちゃんね~」

 そう言って上品に笑うウリエルに、顔色を青くしたカリーナは慌てて頭を下げた。

「あ、あの時は、ご迷惑をお掛けしましたわ!」
「ああ、別に責めているわけじゃないのよ~」

 宥めるようなウリエルの声に、しかしカリーナは内心で戦々恐々とする。

 もしかしたら、自分を戦闘系に入門させないよう各流派に通達したのは、彼女なのかもしれないとカリーナは思っていた。
 正直なところ、それを知った時は危うく逆恨みしそうになった。
 でも今なら、悪いのは圧倒的に自分だったと冷静に考えられる。

 天使は、地上に生きる人間や亜人の守護者だ。
 五級以下が戦闘系に入門できなかったり、ギルドが受けられる依頼を厳しく管理しているのも、ひとえに魔法使いの命を守るためである。
 自分の行いは、その気遣いを踏みにじるようなものだったと思う。

 悪いのは自分。
 それが分かっているからこそ、
咎められるのが怖かった。 今にも、「七級の生徒がどうして戦闘系の流派に入門しているのか」と言われそうで、気が気でなかった。
 そう言われてしまえば、自分はここを出て行くしかないのだから。

 だがカリーナのそんな心配は杞憂だったようで、ウリエルは特に何かを咎めることはなかった。

「ふふふ、でもちょっと意外だったわ」
「そうか?」
「そうよ~。あなたの性格なら、弟子を取るのにもっと時間がかかると思ってたもの」

 アキラとウリエルは、知り合いなのだろうか?
 どこか親しそうな二人の雰囲気に、カリーナはほんの少しだけ、胸の奥がチリッとしたような気がした。
 それが何なのか分からず、カリーナは不思議そうに首を傾げる。
 すると、いつのまにかウリエルが彼女の顔を見つめていた。

「ふ~ん?」
「あの、何か?」

 じっとりと観察するような視線に、何かを見透かされたような気がして、カリーナは落ち着かない気分になる。
 どうしていいか分からず戸惑っていると、ウリエルが名案を思いついたとばかりに、手を叩いた。

「そうだ! ねえ、カリーナさん。今ちょっと時間はあるかしら?」
「それは……」

 言い淀みながらアキラに目を向けると、彼はカリーナの言わんとしていることを察して頷く。

「ああ、今日はもう構わないぞ」

 カリーナがアキラの許可を得ると、改めてウリエルは弾んだ声を上げた。

「なら一緒に、お風呂に入りましょう」
「……………………え?」

 あまりにも唐突に思えるウリエルの提案に、カリーナは目を点にしたのだった。


────────────────────


 屋敷から少し離れた場所にある建物に、それはあった。

 王侯貴族でも見たことがないであろう、絢爛豪華な浴室。
 床から浴槽に至るまで、磨き上げられた白い大理石が敷き詰められ、天井は石造りでありながら、付与された魔法によって空を一望できるようになっている。
 広大な浴槽の傍には獅子の彫刻があり、その口からは絶えずお湯が吐き出されていた。

 どこか神殿を連想させる造りの浴場に、カリーナとウリエルは感嘆の声を上げる。

「やっぱり、あったわね~」
「やっぱり?」

 彼女の発言に首を傾げると、ウリエルは苦笑しながらも、懐かしそうに目を細めた。

「彼って、昔からお風呂が大好きだったのよ。一日に、何回も入っていたぐらいに」
「……よく知っておられるのですね」
「ん~? そりゃね~」

 またチリチリとしてきた胸の内を誤魔化すように、カリーナは浴槽に入ろうとして──

「あら、駄目よ」

 ウリエルに腕を捕まれて引き留められた。

「湯につかる前に、ちゃんと体を洗うか、かけ湯をしてから入らなきゃ。あなたのお師匠さんに見られたら、口うるさく怒られるわよ~」
「そ、そうなんですの?」

 アキラに見られるというのは別の意味で大問題になると思うが……それとは別に、聞いたことのないマナーに、カリーナは首を傾げる。

 そもそも彼女は、実家では一人で浴室に入ったことはなく、いつも侍女にされるがままだった。
 爪の先まで磨き込むのは侍女の仕事で、自分ではまともに体を洗ったことがない。

 そのことに思い至ってカリーナが戸惑っていると、彼女が元貴族の子女だと知っているウリエルは、面白い悪戯を思いついた時の子供のような笑みを浮かべた。

「もしかして、お風呂の入り方が分からないのかしら?」
「え、ええ。お恥ずかしながら……」
「ふふふ、なら私が教えてあげるわね~」

 嫌な予感を覚えるも、どうしていいか分からず、カリーナは浴場の端に備え付けられていた椅子に座らされた。
 そして手近にあった入れ物から見たこともない液状の何かを手に取ると、ウリエルはザラザラとした奇妙な布を使ってカリーナの体を洗い始める。

 珍しい布や洗剤を使っていること以外は、侍女達がやっていたことと別段変わったところはない。
 だというのに、どうしてか背筋にぞわぞわと悪寒が走った。
 体を探られるような手付きに、思わず眉を顰めてしまう。

「ん~」
「どうかしましたの?」
「子作りをするには、まだちょっとだけ成長が足りないかしら?」
「こ、こづくっ──」

 ウリエルの発言に、カリーナは思わず彼女の手から逃れるようにして、立ち上がってしまった。

「あら、どうしたの?」

 ニコニコと悪びれない笑顔に、カリーナは堪えきれずに嘆息する。
 そして、恨めしそうにウリエルの大きく実ったそれに目をやった。
 たしかに彼女のそれに比べれば、自分のものは貧相な育ち方しかしていない。

「わたくしには、まだ早いです」
「そうかしら? あと二年ぐらいで、早い人は結婚している年齢よ?」
「あと二年もありますわ」
「たった二年しかないわよ~」

 悠久の時を生きるウリエルと、まだ十三年ほどしか生きてないカリーナとでは、時間への捉え方が違っているのはしょうがない。
 カリーナはまた小さく溜息をついて、話を変えることにした。

「どうして、そんな話を?」
「ん~、優秀な子孫は沢山いた方がいいからかしら? 私じゃ、人間の子供は産めないもの」
「はあ……」

 言っていることがよく分からず、カリーナは困惑する。
 だがウリエルはそれに構わず、自分のペースで話を続けた。

「ねえ、彼のことはどう思ってるのかしら?」
「彼?」
「貴女のお師匠様のことよ~」
「素晴らしい方だと思いますわ」

 素直に思ったことを伝えると、なぜかウリエルに顔を凝視された。

「ふむ、まだ自覚はないのかしら? それとも私の勘違い?」
「……え?」
「さあ、体を洗ったら浴槽に入りましょう~」

 ウリエルはそう言うと、カリーナにはわざわざ引き留めてまで体を洗ったというのに、自分は軽くお湯をかぶっただけで浴槽に入っていった。
 なんとなく彼女の性格が掴めてきたカリーナは、釈然としないものを感じつつも、何も言わずに後に続く。

 二人が浴槽に入り、湯に肩までつかった瞬間、カリーナの体が唐突に淡い光に包まれた。
 体の奥底に眠っていた力が目覚めて滾ってくるような心地に、目を丸くする。

「あ~、この感覚、懐かしいわね~」
「何ですの? これ……」
「ふふふ、驚いた?」

 自分にまとわりつく青白い光を見て不思議そうにしているカリーナに、ウリエルが説明する。

「魔力の回復、肉体強度や感応値の一時的な上昇などなど……彼の造るお風呂は、昔から特別製だったの。便利でしょ?」
「便利って……」

 そういう次元の話じゃなかった。
 魔力が回復するお風呂があるなど、物語にあるような絵空事の中ですら聞いたことがない。
 このようなものが表に出たら、世界中の国や魔法使いが大騒ぎするのではないだろうか。

「魔力が尽きたら、何度でも入るといいわ。それなら、一日に好きなだけ魔法の練習ができるでしょう?」
「え、ええ……」

 カリーナは、わりと風呂に入ることは好きだ。
 それが、このような煌びやかで豪華な浴場となれば、尚更である。
 今日のようにウリエルに遊ばれなければ、それこそ一日何度入っても飽きないだろう。

 だからカリーナとしては、訓練でそんなに楽しい思いをしていいのかと、ちょっと不安になったのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第八話 偵察

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 第八話 偵察

 俺は王都でカリーナと別れると、すぐに物陰に隠れた。
 魔法を発動した時の光が見えないように、こっそりと陰から、通行人に向けて手当たり次第に【アナライズ】をかけていく。

 途中でちょっと眩しくなってきたので、サングラス代わりに濃い色の付いた眼鏡……ゲームのおまけアイテムだ……を取り出して、顔に掛けた。

 なぜ俺がこんな不審者のような真似をしているかというと、この世界の人間が、どのくらいのステータスをしているのか調査するためだ。
 弟子の育成にも目安として使えるし、俺のステータスがどの程度なのかも分かる。

 でも白昼堂々と、他人に向けてカメラのフラッシュの如く魔法の光を放っていれば、王都の住人から白い目で見られること請け合いだ。
 だから、目立たないよう隠れた。

 でも、物陰でピカピカ光ってるのは丸分かりだったようで──

「おい貴様、そこで何をしている!」
「!」
 途中で金髪の厳つい衛兵らしき人に見つかって、追い掛けられてしまった。
 俺はただ、通りすがりの人を【アナライズ】していただけだというのに……

 幸い、眼鏡のおかげで顔は見られていなかったようだし、身体能力は俺の方が高かったので、しっかり衛兵も【アナライズ】してから撒いた。
 なぜか衛兵の人が凄く怒っていたが、俺は無罪なので気にしないでおこう。

 危ない思いをした甲斐があって、沢山の人のステータスを見ることができた。

 まず魔法使いでない者は、ほとんどの人が魔力値0だった。
 これは魔法の才能がないということなのだろう。
 たまに一桁分だけ魔力を持っている者もいたが、この数値ではまともに魔法が使えないはずだ。

 そして次に魔法使いのステータスなのだが、こちらはけっこうバラつきがあった。
 だが、カリーナほどステータスが低い魔法使いは滅多に見つからなかった。
 彼女は自分のことを劣等生だと言っていたが、やっぱりそれは謙遜でも何でもなかったようだ。
 少なくとも王都にいた魔法使いの中では、紛う方なき底辺である。

 倒れるほど努力してそれは、切なすぎるだろう……。
 あまりに不憫なので、俺がやれることは全てやって育てようと思う。

 逆に、ステータスが特に高かった魔法使いは、魔力値が二百前後ぐらいあった。
 感応値や肉体強度も似たような感じで、どれか一つでも三百にまで達している者は皆無である。
 まあ天使や魔族は別格だろうし、他の種族はまた違っているかもしれないが、少なくとも人間種の強さはこんなものなのだろう。

 次に俺は、魔法使いの装備品を売っている店を回っていった。
 どのくらいの性能を持った装備品が普通なのか、調べるためだ。
 カリーナには、一般的に出回っているものよりも、少し上ぐらいの性能の装備品を渡すつもりである。

 別にアイテムボックスの中にある最強装備を渡してもいいのだが、それを着たカリーナが表に出ると、なんとなく面倒なことになりそうな気がするからだ。
 だって、ゲームで見た装備品の説明欄には、「伝説の~」とか「神が創造した~」とか大仰な設定が付いているものばかりだったし。

 幾つか店を見て回って思ったのだが、やけに派手な装備品が多かった。
 やはり魔法使いの装備品は、派手なのが普通なのだろうか?
 もしそうなら、今の自分の装備も考え直さないといけない。

 とりあえず王都で一番広い店で目立つところに展示してあった装備品を基準にすることにした。
 これよりちょっとだけ良い装備品を渡しておけば間違いないだろう。
 俺はそこで調査を打ち切り、後は適当に王都を散策して時間を潰してから、カリーナと合流したのだった。

 俺はこの時、ステータスと装備品を調べただけで、人間の魔法使いの強さがどれくらいなのかを把握したつもりでいた。
 この世界はゲームとは違うと分かっていたつもりで、どこかゲームと同じように考えていたのだ。
 自分の認識が甘すぎたと気が付いたのは、カリーナを連れて王都を離れた後だった。

 帰り道で、ずっと何かを聞きたそうな顔をしていた彼女は、屋敷の庭先で俺の腕から降りると、すぐにこう質問してきたのである。

「あの、師匠の流──っ、……属性適性は何ですの?」
「え、何それ?」

 思わず素で答えてしまった瞬間、やってしまったと思った。
 彼女の口ぶりからして、その属性適性とやらは魔法使いの常識にある何かなのだろう。
 それを知らないとなると、変に思われてしまう。

 一瞬ヒヤリとしたが、どうやらカリーナは俺の反応に勘違いしてくれたらしい。
 彼女は深刻そうに俯いた後、小さな声で「今さら師匠の──を知らないなんて、言えないですわ……」と呟いたのが聞こえてきた。

 就職の面接に行って採用を受けたのはいいけど、実はその会社の仕事内容を知らなかったような気持ちだろうか?

 昨日できたばかりの流派の師匠だし、偽名を言っちゃったし、その属性適性とやらを知らないのが普通なんだけどね。
 都合がいいので、そのことは黙っておくことにする。
 俺はこっそりと安堵の息を吐いてから、逆に聞いてみることにした。

「カリーナの属性適性は、何なんだ?」
「わたくしは、火と風ですわ」
「他の属性は使えないのか?」
「ええ、魔法学院に入学した時にあった検査で、適性はその二つだと診断されましたわ」
「そうか……」

 どうやら、この世界の普通の魔法使いは、扱える属性が限られているらしい。
 二つの属性が使えるのは、普通と比べて多いのか少ないのか分からない。
 カリーナは成績が低いようだし、少ない方なのか?
 ……いや、属性適性だけは並以上の才能がある可能性もある。

 悩んだ末、俺は正直に答えることにした。

「俺は使えない属性がない」
「全属性を……」

 やめて、そんなキラキラした目で見ないで。
 中身はそんな大した人間じゃないんです。ただのオタクな大学生です。

「師匠の魔法を、見てみたいですわ」
「ん~、リクエストはあるか?」
「それでは、火属性か風属性の魔法を」

 カリーナは、考える素振りを見せずにその二つの属性を選んだ。
 まあ、自分の使える属性に興味を抱くのは当然か。

 危ないので、カリーナに俺の後ろにいるよう伝えてから、どんな魔法を使おうか思案する。
 最初は、何も考えずに一番強い魔法を使おうと思った。
 だがここで派手な魔法を披露してドヤ顔はちょっと恥ずかしいし、下手をすると威力が大きすぎて引かれるかもしれないので、やめておくことにする。
 かといって、弱すぎる魔法を見せても、今度はがっかりさせてしまうだろう。
 自分の師匠が弱い魔法しか使えないとなると、かなり不安になってしまうはずだ。

 ならばここは一段だけ下げて、火属性の上級魔法である【インフェルノ】や、風属性の上級魔法である【ヘルブラスト】あたりが妥当だろうか?

 ……いや、これも駄目な気がする。
 よく考えると、どちらもゲーム終盤の強敵と戦えるぐらいの威力があるのだ。
 王都にいる魔法使いぐらいの強さでは、束になっても勝負にならないであろうモンスターを、単独で撃破可能な魔法なのである。
 王城を一撃で破壊できそうな威力だと言った方が分かりやすいだろうか?
 もちろん空に向かって撃つが、余波でも土埃が酷いことになるし……

 なので結局、さらに一段下げた魔法でいくことにした。
 意識を集中し、集まってきた精霊から赤い玉を選んで五つ揃える。
 赤い光が融合して弾けると、火属性の中級魔法である【フレア】が発動した。
 地面に着弾してしまわないよう、やや斜め上に向けて、それを放つ。

 魔法を発動させた時の白い光が出た次の瞬間、鼓膜を破りそうな勢いで爆発音が連鎖し、赤い炎の花が幾つも咲き乱れた。
 辺りに衝撃波が吹き荒れ、地面の震動がその上に立つ足に伝わってくる。

 やがて放った魔法が収まると、直接火が触れたわけでもないのに、爆発が起こった空間の真下にあった雑草がぽっかりと消し飛んでしまっていた。
 想定通りの威力で発動したことに満足感を得ると、俺は自分の背後で魔法を見ていたであろうカリーナを振り返る。
 見ると彼女は、尻餅をついた姿勢で口を半開きにしていた。

「どうした?」
「……い、今の魔法は?」
「【フレア】だ」

 魔法名を教えると、カリーナは急にガバッと立ち上がって、俺に詰め寄ってきた。
 勢いに圧されて一歩下がると、彼女はさらに一歩進んで迫ってくる。

「そ、その魔法は教えて頂けるんですの!?」
「ああ……いや、ちょっと待て」

 思わず頷きかけてから、すぐに自分には魔法を教えられそうにないことを思い出した。
 ゲームにもあった、精霊の?げ方のコツや相性のいい魔法の組み合わせなどなら、教えられることもあるかもしれない。
 だが、使用する魔法自体はどう教えていいのかまるで分からないのだ。

 だから慌てて待ったをかけると、カリーナが暗い顔で肩を落としてしまった。

「そ、そうですわよね。流派の奥義かもしれない魔法を、入門したばかりの弟子が教えてもらえるわけが──」
「いや、そうじゃないから」

 カリーナの誤解を、首を横に振って否定する。
 ……否定してから、ちょっと後悔した。

「弟子になったからといって、簡単には魔法は教えない」という、教育方針っぽい理由を付けておけば、時間稼ぎになっただろうに……。
 笑顔になったカリーナから期待の眼差しを向けられると、今さら「やっぱり駄目」とは言えなかった。

 俺は短い時間、逡巡した後、ふと妙案を思いついて彼女を手招きする。

「ついてこい」
「はい」

 俺はカリーナを連れて屋敷の中へ入り、二階にある書斎へと案内した。
 中身を詳しく確認してないが……というか文字が読めないので確認しようがないが、何かそれっぽい本が沢山ある部屋だ。
 表紙に魔法陣っぽいのが描かれてあるので、きっと何らかの魔法書なのだろうと思う。
 違ってたら、謝ろう。

「この部屋にある本は、自由に読んでいい」

 俺がそう言うと、どうしてか呆けた表情をしていたカリーナは、ふらふらとした足取りで本棚へと歩み寄った。
 その中の一冊を取り出すと、目を皿のようにして一心不乱に読み始める。
 ……なんか、目が血走ってて怖い。

「できるだけ、自力で勉強すること。どうしても分からないことがあった時だけ、質問に来い」

 実際に来られたら化けの皮が剥がれそうなので、心より健闘をお祈りしております。

「ほ、本当に、ここにある全ての本を、自由に読んでいいんですの?」

 俺の声で我に返ったカリーナが、恐る恐るといった様子で確認してきた。
 本を持つ手が、ちょっと震えている気がする。

「ああ、そうだ」
「──っ、ありがとうございます!」

 頷くと、カリーナに深々と頭を下げられた。

 ……それって、そんなに凄い本なのだろうか?
 軽々しく人に読ませてしまってよかったのだろうかと、ちょっと不安になる。
 どんなことが書いてあるのか興味も湧いてきたし、これからコツコツとこの世界の文字を覚えていこうかな……と考えていたところで、部屋の外から窓を小突く者がいた。

 俺が窓を開けてやると、背中の翼を動かして宙に浮いている女性が、弾んだ声を上げて中に入ってくる。

「あ~、いたいた。本当にこんな所に住んでたのね~」

 そう言って二階の窓から直接入ってきた女性を見て、カリーナが瞠目した。
 何やら死にかけの魚のように、口をぱくぱくさせている。

「ウリエルか。何しに来た?」
「何って、遊びに来たのよ~。昨日、そう言ったじゃない」
「……そうだったな」

 昨日の別れ際、寂しそうな顔をされたのに負けて、つい住んでいる場所を教えてしまったのだ。
 たしかに「暇があったらいつでも遊びに来ていい」とは言ったが、その次の日に来るとは思わなかった。

「ウ、ウ、ウ、ウリエル様!?」
「あら、誰かしら?」

 ようやく声を絞り出したカリーナに、小首を傾げて彼女を見るウリエル。
 二人の反応を見て、俺はなんとなく面倒くさいことになりそうな予感がした。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
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