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『最強勇者の弟子育成計画』第十一話 能力測定

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 第十一話 能力測定


 自分の師匠は、あの伝説のアデル・ラングフォードだった。
 そんな衝撃の事実を聞かされた次の日、カリーナはふらふらとした足取りで学院にまで来ると、ぼんやりとした様子で自分の席に座っていた。

 世界中の誰もが知っている、人類最強の魔法使い。
 そんな人が身近にいて、カリーナの弟子入りを認めてくれている。
 数日前の自分が聞けば、とうとう頭がおかしくなったのかと、哀憐の情を抱くことだろう。

 どこか現実味が薄すぎて、今も明晰夢を見ているような気分だった。
 次の瞬間に実家のベッドで目が覚めて、今までのことが夢だったとしても、カリーナはあっさりと受け入れてしまう自信がある。
 「ああ、良い夢だったな」と、寂しくはあっても、いつもより機嫌良く一日を過ごせるだろう。

 昨日の衝撃が未だに抜けようとせず、ふわふわと雲の合間を漂っているかのような心地だった。

 近くに座っているエミリアが何を言っても、半ば思考が止まっているカリーナには届かない。
 ひたすら虚ろな目を前に向けて、座っている。
 やがて、いつもより少し遅れてやってきたヘレナが、ご機嫌な様子でそんな彼女の肩を叩いた。

「おっはよー、カリーナ! ちょっと昨日さ~、市場ですっごい掘り出し物見つけちゃって」
「……はあ」

 ヘレナは持ってきた小袋から、手のひら大の真っ黒な宝珠らしきものを取り出すと、見せびらかすようにして掲げる。

「ジャーン! 【常闇の宝珠】だって! 店の人によると、夜の力が封じ込められてるとかなんとか。魔道具のわりには格安だったんで買っちゃった」
「……はあ」
「ほら、ここを擦ると黒い煙っぽいのが出てくるんだよ。なんか闇っぽくない?」
「ヘレナ、それ騙されてる」
「えっ」

 エミリアの忠告に、ヘレナはそれがどういう意味なのかを訊ねようとして──

「……はあ」

 そこでようやく、カリーナの様子が変であることに気がついた。
 怪しげな煙を立ち上らせている宝珠を片手に持ったまま、空いた方の手を彼女の目の前で振ってみる。

「おーい」
「……はあ」

 カリーナの瞳が自分の手を追っていないことを確認すると、ヘレナは宝珠を袋にしまいながら、怪訝そうな顔でエミリアに目を向けた。

「カリーナ、どうしちゃったの?」
「知らない」
「ん~……まさかっ!?」

 寸秒ほど思案した後、ハッと何かを察したような表情を浮かべたヘレナは、カリーナの両肩に手を置いて切迫した声を上げた。

「カリーナ! しっかりして!」
「え? え? 何ですの?」

 肩を激しく揺さぶられて、ようやく我に返ったカリーナが、どうしてか深刻そうな雰囲気を漂わせている友人を不思議そうに眺める。
 ヘレナはそんな彼女に、沈痛な面持ちで話を続けた。

「初めてをこんなことで散らしちゃったのがショックなのは分かるよ。でも、絶対に泣き寝入りしちゃ駄目。私も一緒に行くから、しっかりと魔法使いギルドに事の顛末を報告して、そのド腐れ師匠に抗議を──」
「何の話ですの?」

 戸惑う彼女に、ヘレナは大きい声で話すに
は憚れるようなことを、小声で耳打ちをする。
 その内容を理解すると、カリーナは耳の端まで茹で上がったように赤面した。

「──っ! だから師匠は、そんなことをする人ではありませんわ!」
「なら一体、どうしたのさ?」
「そ、それは──……」

 ヘレナに聞かれ、カリーナは思わず言い淀んだ。

「師匠の正体がアデル・ラングフォードだったことに動揺していた」と馬鹿正直に喋りそうになったところを、口をつぐんで堪える。

 実はそのアデルから、騒ぎになるのを避けたいから本名は黙っておいてくれと頼まれていたのだ。
 師匠の名誉を守りたい思いはあるが、それ以上に約束を破ることはできない。

「い、言えませんわ……」

 そう言って悔しそうに目を逸らしたカリーナに、ヘレナとエミリアは顔を見合わせた後、今度は本気で心配しだした。

「ほ、本当に何もなかったんだよね?」
「怪しい」

 どうしてかしつこくなった二人の追及にカリーナが戸惑っていると、丁度そこで教師らしき魔法使いが、数人ほど教室に入ってきた。
 彼らが一抱えほどもある水晶玉を運んでいるのを見て、ヘレナが今思い出したように声を上げる。

「あ、そういえば昨日が期限だっけ?」

 彼女が言う期限とは、学院の生徒が弟子入り先を選ぶことができる最後の日のことである。
 そして今日は、自分が入門した流派を学院に報告するのと同時に、各々の基礎能力を測定することになっていた。

 教師の呼びかけに、生徒が席を立って中央に置かれた水晶玉……基礎能力を測定する魔道具に集まり始める。
 カリーナは、さらに追及してくる二人から逃げるようにして、水晶玉の前に並び始めた生徒に交ざったのだった。


────────────────────


 測定した基礎能力が書かれた札を手に、ヘレナが自分の席に戻ってくると、彼女はどこか浮かない顔でエミリアに結果を聞いた。

「どうだった?」
「魔力値203、肉体強度119、感応値189」

 エミリアが自分の札を見せながらそう言うと、ヘレナが軽く口笛を吹いて称賛する。

「流石はエミリア。基礎能力だけなら、もう一級魔法使い以上じゃない?」
「それは大袈裟。ヘレナはどうだった?」
「上から104、70、91。前回からあんまり伸びなかったな~」

 ちょっと悔しそうにそう言うと、次に自分の札を凝視して固まっているカリーナに顔を向ける。
 ヘレナは少し迷う素振りをした後、彼女にも声を掛けた。

「カリーナは、どうだったの?」
「いえ、それが……」

 カリーナが自分の札を二人に見せると、中に書かれていた数字にヘレナが驚きの声を上げた。

「46、23、31……って、いくら何でも短期間で伸びすぎじゃない?」
「ええ。わたくしも、そう思いますわ」

 ひと月ほど前に測定した時は、カリーナはたしかに七級クラスの基礎能力しかなかった。
 なのに今は、六級の中堅クラスぐらいの数字はある。
 これは測定した教師が、魔道具の誤作動を疑うほどにありえない成長だった。
 実際、何度も測り直しをしたほどである。

「へ~、こういうこともあるんだねぇ」
「でも、よかった」

 エミリアの言葉に、ヘレナも頷く。

「そうだよね。おめでとう、カリーナ」
「二人とも、ありがとう」

 まるで自分のことのように喜んでくれる二人に、カリーナは頬を弛ませる。
 とそこで、教室の中央から生徒のざわめきが広がった。
 水晶玉の置かれている場所から、金髪を縦巻きにした少女……レベッカが、取り巻きを引き連れて出てくる。

 彼女は自分の席に戻る際に、一度カリーナの席の前で立ち止まった。

「あらカリーナさん、ごきげんよう」
「……ごきげんよう。これは、何の騒ぎかしら?」
「ああ、あれは私の基礎能力値を見た生徒が、勝手に騒いでいるだけよ」

 そう言って、レベッカが自分の札を見せる。
 そこに書かれてあった数字に、カリーナは驚いた声を上げた。

「146、97、137……」
「別に、大した数字ではないでしょう?」

 レベッカはそう言うが、同学年の中では二番目に高い数字である。
 たしかにエミリアとは差があるが、それはエミリアが異常なだけだ。
 レベッカの能力値も、本来なら十分に天才と呼べる領域のものである。

 だがカリーナやレベッカを知る生徒が驚いたのは、その数字の高さではなかった。

 レベッカはたしか、前の測定では魔力値123、肉体強度85、感応値118といった数字だったはずなのだ。
 それが今日の測定では、大幅に数字を伸ばしている。
 カリーナの成長もおかしかったが、レベッカの成長はそれをさらに上回っていたのだ。

「ところでカリーナさんは、夏の魔法大会には出場するのかしら?」
「ええ、そのつもりですわ」
「まぁ、辞退なさらないなんて勇気があるのね」
「……」

 明らかな嫌みに、カリーナが押し黙る。
 隣のヘレナが何かを言おうとしたが、それはエミリアが彼女の口を塞いで押し止めた。
 ヘレナは平民なので、ここで下手なことを言って貴族のレベッカと揉めると、ヘレナの身が危ないからだ。

「カリーナさんとは、是非とも最初に戦いたいわね。だって魔力を温存できるもの」
「……それはどうも」
「それでは、私はこれで」

 言いたいことを言って、満足そうにレベッカが立ち去る。
 そんな彼女の背中に刺々しい目を向けていたヘレナは、エミリアの手から解放されるとしゅんと肩を落とした。

「うう、庇ってあげられなくてごめん……」
「ヘレナ、気になさらないで。仕方がありませんわ」

 落ち込むヘレナを慰めていると、エミリアがカリーナの肩をつついて、教室の入り口を指差した。

「カリーナ、あれ」
「え? ──あっ」

 そこに立っていた人物に、カリーナは慌てて席から立ち上がると、駆け寄って行った。
 まだ生徒達の測定は終わっておらず、今日の授業は始まっていないので、彼女の行動を咎める者はいない。

 カリーナは、あれからたった数日しか経っていないのに、随分と長い間会っていなかった気がする家族……自分の兄にあたる、カラム・ラッセルの前に立った。
 険しい顔をしている兄の迫力に、思わず目を逸らして俯いてしまう。

「カラムお兄様……」
「カリーナ。一体、今までどこに?」
「入門した流派の家に、お世話になっておりました」
「弟子入り先が見つかったのか」

 声がちょっと弾んだような気がして顔を上げてみると、カラムはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
 今まで兄が見せたことのなかった表情に、カリーナは目を丸くする。
 そんな彼女の様子に気が付いたカラムは、何かを誤魔化すように咳払いをした後、表情を引き締めた。

「すまない、カリーナ。俺では父上の決定を、覆すことはできなかった。今のあの屋敷に、お前の帰る場所はない」
「……お兄様が謝ることではありませんわ」

 カリーナがそう言うと、カラムは彼女の肩に手を置き、膝を折って視線の高さを合わせた。

「いいか、よく聞くんだカリーナ。父上は、お前が何か大きな功績……例えば学院の魔法大会で入賞するなどすれば、ラッセル家に呼び戻してもいいと言っていた」
「そうですの……」

 奇しくもそれは、昨日アデルが言っていたことと同じだった。
 魔法大会で良い成績を残せば、実家に帰ることができる。
 そんな話が、現実味を帯びてくる。

「だが正直、お前の力では厳しいと俺は思っている。それどころか、もし七級のまま成長できなければ、将来的に魔法使いとして生きていくことも苦しくなってしまうだろう」

 カラムの言う通り、以前のカリーナがあれ以上成長できないようであれば、魔法使いとして働いていくことは無理だっただろう。魔法に関する仕事をさせようにも、魔力値や感応値が低すぎて使い物にならなかったはずだ。
 それほどに、彼女の能力は低かった。

「お前がもし魔法学院をやめたいと言うなら、俺も一緒にお前の住む場所や働き口を探そう。贅沢な暮らしはできないが、きっと今よりは穏やかに過ごせるはずだ。……お前には、その方が幸せかもしれない」
「……」
「お前は、これからどうする?」

 カラムにそう問われ、カリーナは瞼を閉じてしばし考え込んだ。
 兄の言葉に甘えて、新しい道を探すのも悪くないかもしれない。
 ただしその場合は、魔法使いの道を諦めることになるだろう。

 自分の弟子入りを認めてくれたアデルや、短い時間だが自分に魔法を教えてくれたウリエルの顔が、脳裏に浮かぶ。
 提示された選択に、迷うことはなかった。

「ありがとうございます、お兄様。でも、ここに残りますわ」

 思えば、自分の師匠のことを……ラングフォード流に弟子入りしたことを伝えれば、今すぐにでも戻ることができるかもしれない。
 アデルの名前には、それだけの力がある。
 だが、それは嫌だとカリーナは思った。
 自分の力で、認めさせたかった。

 人によっては、子供の意地だと笑うかもしれない。
 でもこのままで終わるのは、あまりにも悔しい。
 そう、カリーナは思ったのだ。

「わたくしは必ず、お父様を見返してみせます」
「……そうか」

 カリーナの答えに、カラムは重々しく頷いたのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

  

『最強勇者の弟子育成計画』第十話 流派

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 第十話 流派

 二人が風呂から上がってきた後、すぐに俺の恐れていた事態が起こった。

 カリーナから魔法について、分からないところを質問されたのだ!

 未だこの世界の文字すら読めない俺は、当然答えられるわけがない。
 だから苦し紛れに、グーと念じてバーとやる感じだと言ったら、しょっぱい顔をしたウリエルが、今日のところは代わりに勉強を教えることになった。
「これだから天才は……」とぶつぶつ文句を言っていたことからして、良い具合に勘違いしてくれたらしい。
 過去にいたであろう、本物の天才達が作った奇天烈なイメージに感謝だ。

 ウリエルは全属性を扱えるが、得意な属性は火なので、カリーナには教えやすいのだそうだ。
 これからも、屋敷に遊びに来た時限定だが、彼女に勉強を教えてもいいとも言っていた。

 それにしても、俺の代わりに勉強を教えてくれているのは有り難いのだが、ウリエルは忙しくないのだろうか?
 たしかギルド長と学院長を兼任しているのではなかったか?
 仕事がどうなっているのかちょっと気になったが、深くつっこんで、その結果帰ってしまったら困るので、何も言わないでおく。

 さて、ひとまずは化けの皮が剥がれる事態を回避できたのだが、今度は俺のやることがなくなってしまった。
 ……というか、魔法を教えられない魔法使いの師匠とか、存在する価値がない気がする。

 二つを組み合わせることで威力が上がる魔法だとか、連鎖による連携だとか、そういうゲームにあったことならいくらでも教えられるのだが……実践はともかく、基礎的な理論の部分は全然教えられないのだ。
 ゲームだと、レベルが上がったら魔法を覚えたしね。
 コントローラーを握っていただけの俺が、魔法の勉強なんてしているわけがない。

 まあ、そこらへんは追い追い何とかするとして……何とかできるかな?……特にすることがなくなってしまった俺は、アレの生産と今日の夕飯に力を入れることにした。

 ちなみにアレとは、ゲーム終盤の敵がごく稀に落としていく「〇〇の実」シリーズのことである。
 〇〇の部分に入るのは、「魔力」とか「筋力」の文字で、これにはステータスの基礎値を僅かに上昇させる力があった。
 RPGなら定番のアイテムだろう。

 それで、この「〇〇の実」シリーズ。
 実はゲームのおまけ要素である裏ダンジョンをクリアすると、「〇〇の実」を生産できる「〇〇の種」が手に入るのだ。

 キャラクターごとに成長限界が設定されており、一定以上は上げられないようになっていたものの、それでもゲームバランスを著しく破壊してしまう代物ではあった。
 まあ裏ダンジョンの最下層にいた裏ボスよりも強い敵はいないので、「〇〇の種」を手に入れた時点で、もう他には苦戦するような敵が存在しておらず、特に問題はなかったのだが。

【エレメンタル・スフィア】のアイテムは全てコンプリートしているので、俺はもちろんこの「〇〇の種」も持っている。
 そこで俺は、この「〇〇の種」を使って「〇〇の実」を量産し、メニュー画面にあった料理スキルを使ってカリーナに食べさせることを思いついたのである。

 「〇〇の実」のストックもあったので、今朝に食べさせたリゾットの中にも、魔力の実をこっそりと入れておいた。
 ゲームのステータスが、この世界だと何のステータスに反映されるのか分からないが、とりあえず万遍なく食べさせていこうと思う。

 ゲームではアイテムさえあれば無限に食べさせられたのだが、この世界ではそうもいかないだろう。
 一度に食べられる食事量には限界があるだろうし、「〇〇の実」の生産もプレイ時間では一時間に満たなくても、作中の描写では数日ぐらいかかっていたはずだ。
 まあ一気にステータスが上昇しすぎても困るだろうし、ゆっくりと上げていけばいい。

 カリーナに足りないのは、基礎的な能力だ。
 彼女はとても勤勉だが、根本的な才能の部分が致命的になかった。
 これをどうにかしない限り、彼女は弱いままだろう。

 つまり彼女が強くなれるかどうかは、この「〇〇の実」にかかっているのだ。
 俺には魔法を教えることはできないが、それよりも大事な部分を補うことができるのだ。
 だから、ウリエルの方が師匠みたいだとか、俺いなくてもいいんじゃね? とか、そういうことはないはずだ。

 俺は自分にそう言い聞かせて、張り切って「〇〇の実」の生産に着手した。
 下地になる畑は、昨晩のうちにゴーレムを使って用意させてある。
 俺はその畑の上に立って、アイテムボックスから取り出した種を地面に植えた。
 水をやった。
 ……やることが終わってしまった。

 後のことは、ゴーレムが勝手にやってくれる。
 夕飯までまだ時間があるし、とても暇だ。
 どこかに行こうにも、ウリエルにカリーナの勉強を教えてもらっておいて、自分だけ遊びに行くのは気が引ける。
 でも、何もしないでいるのはつらい。

 何か暇潰しに使えるものはなかったかと、アイテムボックスの中を探ってみた。
 するとキーアイテムの一覧で、初心者用のチュートリアルに用意された、パズルを練習するアイテムを見つける。
 選択してみると、日本で販売されていた携帯ゲーム機のようなものが出てきた。
 ボタンはなく、ゲーム機を手に持って念じることで動かし、ひたすらパズルだけをやっていくものだ。

 他にすることもないので、ファンタジーにはあまり似つかわしくないそれを、しばらくプレイする。
 ポツポツと作業のようにパズルを進めながら……ふと俺は、「どうして自分はこの世界にいるのか?」なんてことを考えた。
 どういう原理でゲームのキャラになってしまったのかは分からないし、今は考えても仕方ない。
 だがそれとは別に、何か課せられた使命のようなものがあるような気がしたのだ。

 明確な根拠はない。
 ただ、なんとなくそんな予感がしただけだ。
 カリーナと出会ったことも、本当にただの偶然だったのかと疑っている自分がいる。
 俺が、アデルとしてこの世界に来た意味。
 誰かから、何かを求められているような……そんな気がするのだ。
 俺が、もっと師匠らしくなったら分かるのだろうか?

 ならば魔法も、いずれは教えられるようにならないとな。

 つらつらとそんなことを考えていると、やがて腹を空かせたウリエルが夕飯の催促に来たのだった。


────────────────────


 夕飯は様々な具を贅沢に盛り合わせた海鮮炒飯と、スープの組み合わせにしてみた。
 三人で小さな食卓を囲み、冷めないうちに頂くことにする。

 この近辺では珍しい米料理をスプーンで頬張り、ウリエルが頬に手を当てて感嘆の声を上げた。

「ん~、相変わらず美味しいわ~」
「それはどうも」

 ランドリア王国ではパンが主食らしいので口に合うか不安だったが、彼女の反応を見る限り大丈夫のようだった。
 カリーナなどは、食べるのに夢中になって無言になっている。
 ちなみに、ステータスが上昇する実はカリーナの炒飯にしか入れていない。

 しばらく食事を楽しんでいると、ふとウリエルが何かを思い出したように手を打った。

「ああ、そうそう。ちょっと言い忘れてたんだけど──」
「なんだ?」
「ちょっと困ったことになってて~」
「ふむ?」

 言葉とは裏腹に、あまり困ってなさそうな様子のウリエルに、本当は大した話ではないのだろうと適当に聞き流しかけて──

「王都に【魔化の宝珠】が入り込んだかもしれないのよ」
「ブッ」

 危うく、口の中の炒飯を吹き出しかけた。
 俺の反応を見て不安になったのか、カリーナが食事の手を止めてウリエルに目を向ける。

「それは、どういうアイテムなんですの?」
「人の体を、魔界にいる魔族が乗っ取ってしまうアイテムよ~。人間界への侵入を目論む魔族が、時々地上に送ってくるの」

 魔族という単語が飛び出して、カリーナが頬を引き攣らせた。

「そ、それは大丈夫なんですの?」
「あまり大丈夫じゃないわね~」

 ウリエルの言う通り、【魔化の宝珠】はかなりやばいアイテムだった。
 ゲームでも度々登場した重要アイテムで、この【魔化の宝珠】によって魔王の手先が人間界に入り込み、何度も災害を引き起こしている。

 ゲームでは街が崩壊しようが、国の軍隊が壊滅しようが、「ああ、そうか」ぐらいの感想で済ませられた。
 悲劇的なイベントとしての感傷はあっても、あくまでフィクションの話だったからだ。
 でも、ここで同じことが起きてしまえば、そうもいかない。

「だから、一応気を付けておいてもらおうと思って。王都で魔族に対抗できるのは、私か貴女の師匠ぐらいだもの」
「師匠が……」

 またカリーナが、キラキラした視線を俺に向けてくる。
 ゲームでも、普通の人間では力の差がありすぎて魔族に勝てないという設定だったし、気持ちは分かる。
 でもそれは「アデル」の力が凄いだけだ。
 俺自身は単なる小市民なので、なんだか彼女を騙しているような気がしてしまい、尊敬の眼差しが心に痛かった。

 俺がひたすらカリーナの視線に耐えていると、ウリエルが話を続けた。

「大会も近いし、それまでには何とかしたいわね~」
「大会?」
「トウェーデ魔法学院の大会よ」

 ウリエルの説明によれば、トウェーデ魔法学院は夏になると、魔法使いの強さを競い合う大会を開くのだそうだ。
 学年別のトーナメント戦で、主に戦闘系の流派に入門している生徒が参加するらしい。
 同時に生産系の生徒による、自作魔道具の品評会なるものもあるらしいが、どうしても注目度ではトーナメント戦に負けてしまうとのことだった。

 その魔法大会には大陸にある様々な国が注目しており、良い成績を残せばかなりの名誉になる。
 さらには、上位に入賞した三名は学院の代表に選出され、冬に他の三つの大陸にある魔法学院の代表と戦うことになるのだ。
 ただ、他の大陸からは人間以外のエルフや獣人などの生徒が出張ってくるせいで、人間しかいない大陸のトウェーデ魔法学院出身の生徒の成績は毎回のように芳しくないらしい。

 話を聞いている限り、想像していたものよりもずっとスケールが大きくて面白そうな大会だった。

「ふむ。なら夏の大会で良い成績を残せば、カリーナは実家に帰れるようになるかもしれないな」
「……そう、ですわね」

 俺の発言に、カリーナは暗い表情で顔を俯かせる。

「でもわたくしの力では──」
「よし、優勝しよう」
「え?」

 優勝という言葉に、カリーナが衝撃から目を丸くして固まった。
 そんな彼女とは裏腹に、ウリエルは当然とばかりに頷く。

「そうね~。だってラングフォード流の弟子だもの。優勝ぐらいはしないとね~」
「えっ……ええ!?」

 ウリエルから飛び出したラングフォードという名称に、カリーナは限界まで目を見開いて立ち上がった。
 勢いよく立ったせいで、座っていた椅子が反動で後ろに倒れる。
 けっこう大きな音が鳴ったが、それどころではないカリーナは、俺に震えた声で確認してきた。

「ラ、ラングフォード流って……」
「あら、知らなかったの?」
「あ~……すまん、アキラは偽名だ。本名はアデルだ」

 気恥ずかしさで頭の後ろを掻きながらそう言うと、カリーナは皿のようになった目で俺を凝視し……気を失って、後ろに倒れ込んだのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第九話 入浴

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 第九話 入浴

 魔力が極端に低いカリーナは、他の一般的な魔法使いよりも、魔法の練習に当てられる時間が少ない。
 魔法を使用するには、魔力が必要だからだ。
 カリーナの魔力では、初歩的な魔法でも少し練習しただけで尽きてしまう。
 一度魔力が空になってしまうと、後は自然と回復するまで、実践的な練習はおあずけになるのだ。

 だからカリーナは、その空いた時間を他の訓練や勉学に費やした。
 特に魔法に関する知識なら、学院の同級生どころか上級生にだって負けない自信がある。
 各流派が独自に開発している魔法の詳細までは知る術がないものの、広く開示されている魔法はだいたい覚えていたし、大会などでトップクラスの魔法使い達の戦いを観察して、誰がどのような魔法を使用していたかを、カリーナは全て覚えていた。

 だがそんな彼女でも、自分の師匠が使ってみせた魔法は見たこともなかった。
 一級魔法使いの奥義に匹敵する……いや、それ以上の強力な魔法を放って涼しい顔をしているアキラの魔力にも驚いたが、それ以上に興奮した。
 自分も同じ魔法を教えてもらえるかもしれないと思うと、気が昂ぶった。

 そしてアキラは、彼女のそんな期待を遥かに上回る場所に連れて行ってくれた。

 一冊一冊が国宝級の……どれか一冊でも外に流出したら、魔法学界に革命が起こりそうなクラスの魔法書が、大きな本棚にぎっしりと詰まっている書斎。
 そこに案内され、アキラはどれでも自由に読んでいいと言い出したのだ。

 これには流石に、目眩がした。
 自分如きに、これほどのものを与えて本当にいいのだろうか?
 自分は、これほどの厚遇に報いることはできるのだろうか?
 そんな不安を覚えるのと同時に、アキラの流派名を知らないことに罪悪感が湧いた。

 これほどの人が師範を務める流派を、どうして自分は知らなかったのだろうか?
 弟子を取るのは初めてだと言っていたが、彼ほどの人物が無名なわけがない。
 きっと自分が、どこかで見落としていたのだ。
 カリーナはそう考えた。

 だから今さら流派の名を聞くのは、「あなたの流派が何か? 聞いたこともないけれど、他になかったので弟子入りを希望しました」と白状しているようなもので、気が引けた。
 実際にその通りなのだし、自分が悪いのだが、初めて自分を評価してくれた人から熱意を疑われるかもしれないと思うと、どうしようもなく怖かった。

 だが、いつまでもこのままにしておくわけにはいかない。
 そう思うカリーナは、どうにかして話を切り出そうと苦悩していたのだが……アキラの屋敷に、とある天使が訪問してきた衝撃のせいで、頭の中から吹き飛んでしまった。
 なにせやってきた天使は、魔法使いならば誰でも知っているような有名人だったのだ。

 王都の魔法使いギルドのトップにして、トウェーデ魔法学院の学院長。
 天界でも六名しか存在しない最上位階級の熾天使。
 かつて勇者アデルと共に魔王の軍勢と戦った、生ける伝説。
 神焔のウリエル、その人だった。

「あら、誰かしら?」
「俺の弟子だ」
「カ、カリーナと申します」

 アキラから紹介され、カリーナは緊張した面持ちで頭を下げる。

 彼女がウリエルの姿を見たのは、これが初めてではない。
 だがそれは、トウェーデ魔法学院で新入生の入学を祝う催し事があった際に、挨拶に来た彼女を遠目から見たのみであった。
 当時は、絵本の中で憧れるしかなかった存在の登場に、誇張抜きで感涙しそうになったのをカリーナは覚えている。

 そんな天上人であるウリエルは、カリーナの名前を聞くと、こめかみに指を当てて考え込んだ。

「ん~、どこかでその名前を聞いたような……? ああ、思い出した!」

 ウリエルは手をポンと打つと、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「七級で、四級の依頼を受けようとしていた問題児ちゃんね~」

 そう言って上品に笑うウリエルに、顔色を青くしたカリーナは慌てて頭を下げた。

「あ、あの時は、ご迷惑をお掛けしましたわ!」
「ああ、別に責めているわけじゃないのよ~」

 宥めるようなウリエルの声に、しかしカリーナは内心で戦々恐々とする。

 もしかしたら、自分を戦闘系に入門させないよう各流派に通達したのは、彼女なのかもしれないとカリーナは思っていた。
 正直なところ、それを知った時は危うく逆恨みしそうになった。
 でも今なら、悪いのは圧倒的に自分だったと冷静に考えられる。

 天使は、地上に生きる人間や亜人の守護者だ。
 五級以下が戦闘系に入門できなかったり、ギルドが受けられる依頼を厳しく管理しているのも、ひとえに魔法使いの命を守るためである。
 自分の行いは、その気遣いを踏みにじるようなものだったと思う。

 悪いのは自分。
 それが分かっているからこそ、
咎められるのが怖かった。 今にも、「七級の生徒がどうして戦闘系の流派に入門しているのか」と言われそうで、気が気でなかった。
 そう言われてしまえば、自分はここを出て行くしかないのだから。

 だがカリーナのそんな心配は杞憂だったようで、ウリエルは特に何かを咎めることはなかった。

「ふふふ、でもちょっと意外だったわ」
「そうか?」
「そうよ~。あなたの性格なら、弟子を取るのにもっと時間がかかると思ってたもの」

 アキラとウリエルは、知り合いなのだろうか?
 どこか親しそうな二人の雰囲気に、カリーナはほんの少しだけ、胸の奥がチリッとしたような気がした。
 それが何なのか分からず、カリーナは不思議そうに首を傾げる。
 すると、いつのまにかウリエルが彼女の顔を見つめていた。

「ふ~ん?」
「あの、何か?」

 じっとりと観察するような視線に、何かを見透かされたような気がして、カリーナは落ち着かない気分になる。
 どうしていいか分からず戸惑っていると、ウリエルが名案を思いついたとばかりに、手を叩いた。

「そうだ! ねえ、カリーナさん。今ちょっと時間はあるかしら?」
「それは……」

 言い淀みながらアキラに目を向けると、彼はカリーナの言わんとしていることを察して頷く。

「ああ、今日はもう構わないぞ」

 カリーナがアキラの許可を得ると、改めてウリエルは弾んだ声を上げた。

「なら一緒に、お風呂に入りましょう」
「……………………え?」

 あまりにも唐突に思えるウリエルの提案に、カリーナは目を点にしたのだった。


────────────────────


 屋敷から少し離れた場所にある建物に、それはあった。

 王侯貴族でも見たことがないであろう、絢爛豪華な浴室。
 床から浴槽に至るまで、磨き上げられた白い大理石が敷き詰められ、天井は石造りでありながら、付与された魔法によって空を一望できるようになっている。
 広大な浴槽の傍には獅子の彫刻があり、その口からは絶えずお湯が吐き出されていた。

 どこか神殿を連想させる造りの浴場に、カリーナとウリエルは感嘆の声を上げる。

「やっぱり、あったわね~」
「やっぱり?」

 彼女の発言に首を傾げると、ウリエルは苦笑しながらも、懐かしそうに目を細めた。

「彼って、昔からお風呂が大好きだったのよ。一日に、何回も入っていたぐらいに」
「……よく知っておられるのですね」
「ん~? そりゃね~」

 またチリチリとしてきた胸の内を誤魔化すように、カリーナは浴槽に入ろうとして──

「あら、駄目よ」

 ウリエルに腕を捕まれて引き留められた。

「湯につかる前に、ちゃんと体を洗うか、かけ湯をしてから入らなきゃ。あなたのお師匠さんに見られたら、口うるさく怒られるわよ~」
「そ、そうなんですの?」

 アキラに見られるというのは別の意味で大問題になると思うが……それとは別に、聞いたことのないマナーに、カリーナは首を傾げる。

 そもそも彼女は、実家では一人で浴室に入ったことはなく、いつも侍女にされるがままだった。
 爪の先まで磨き込むのは侍女の仕事で、自分ではまともに体を洗ったことがない。

 そのことに思い至ってカリーナが戸惑っていると、彼女が元貴族の子女だと知っているウリエルは、面白い悪戯を思いついた時の子供のような笑みを浮かべた。

「もしかして、お風呂の入り方が分からないのかしら?」
「え、ええ。お恥ずかしながら……」
「ふふふ、なら私が教えてあげるわね~」

 嫌な予感を覚えるも、どうしていいか分からず、カリーナは浴場の端に備え付けられていた椅子に座らされた。
 そして手近にあった入れ物から見たこともない液状の何かを手に取ると、ウリエルはザラザラとした奇妙な布を使ってカリーナの体を洗い始める。

 珍しい布や洗剤を使っていること以外は、侍女達がやっていたことと別段変わったところはない。
 だというのに、どうしてか背筋にぞわぞわと悪寒が走った。
 体を探られるような手付きに、思わず眉を顰めてしまう。

「ん~」
「どうかしましたの?」
「子作りをするには、まだちょっとだけ成長が足りないかしら?」
「こ、こづくっ──」

 ウリエルの発言に、カリーナは思わず彼女の手から逃れるようにして、立ち上がってしまった。

「あら、どうしたの?」

 ニコニコと悪びれない笑顔に、カリーナは堪えきれずに嘆息する。
 そして、恨めしそうにウリエルの大きく実ったそれに目をやった。
 たしかに彼女のそれに比べれば、自分のものは貧相な育ち方しかしていない。

「わたくしには、まだ早いです」
「そうかしら? あと二年ぐらいで、早い人は結婚している年齢よ?」
「あと二年もありますわ」
「たった二年しかないわよ~」

 悠久の時を生きるウリエルと、まだ十三年ほどしか生きてないカリーナとでは、時間への捉え方が違っているのはしょうがない。
 カリーナはまた小さく溜息をついて、話を変えることにした。

「どうして、そんな話を?」
「ん~、優秀な子孫は沢山いた方がいいからかしら? 私じゃ、人間の子供は産めないもの」
「はあ……」

 言っていることがよく分からず、カリーナは困惑する。
 だがウリエルはそれに構わず、自分のペースで話を続けた。

「ねえ、彼のことはどう思ってるのかしら?」
「彼?」
「貴女のお師匠様のことよ~」
「素晴らしい方だと思いますわ」

 素直に思ったことを伝えると、なぜかウリエルに顔を凝視された。

「ふむ、まだ自覚はないのかしら? それとも私の勘違い?」
「……え?」
「さあ、体を洗ったら浴槽に入りましょう~」

 ウリエルはそう言うと、カリーナにはわざわざ引き留めてまで体を洗ったというのに、自分は軽くお湯をかぶっただけで浴槽に入っていった。
 なんとなく彼女の性格が掴めてきたカリーナは、釈然としないものを感じつつも、何も言わずに後に続く。

 二人が浴槽に入り、湯に肩までつかった瞬間、カリーナの体が唐突に淡い光に包まれた。
 体の奥底に眠っていた力が目覚めて滾ってくるような心地に、目を丸くする。

「あ~、この感覚、懐かしいわね~」
「何ですの? これ……」
「ふふふ、驚いた?」

 自分にまとわりつく青白い光を見て不思議そうにしているカリーナに、ウリエルが説明する。

「魔力の回復、肉体強度や感応値の一時的な上昇などなど……彼の造るお風呂は、昔から特別製だったの。便利でしょ?」
「便利って……」

 そういう次元の話じゃなかった。
 魔力が回復するお風呂があるなど、物語にあるような絵空事の中ですら聞いたことがない。
 このようなものが表に出たら、世界中の国や魔法使いが大騒ぎするのではないだろうか。

「魔力が尽きたら、何度でも入るといいわ。それなら、一日に好きなだけ魔法の練習ができるでしょう?」
「え、ええ……」

 カリーナは、わりと風呂に入ることは好きだ。
 それが、このような煌びやかで豪華な浴場となれば、尚更である。
 今日のようにウリエルに遊ばれなければ、それこそ一日何度入っても飽きないだろう。

 だからカリーナとしては、訓練でそんなに楽しい思いをしていいのかと、ちょっと不安になったのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
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