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『最強勇者の弟子育成計画』第十二話 大会

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 第十二話 大会


 学院から帰ってきたカリーナは、やけにやる気に満ち溢れていた。
 いや、今までも十分にやる気はあったが、今日は一段と覇気が強いというべきか。
 なにせ屋敷に帰ってくるなり、彼女は地面に額が着いてしまいそうな勢いで頭を下げ、俺にこう言ったのだ。

「どんなに苦しい修行でも耐えてみせます。どうかわたくしを、次の魔法大会で勝てるようにして下さい!」
「あら~、凄いやる気ね~」

 カリーナの気迫に、ウリエルも頬に手を当てながらちょっと驚いている。
 ……そういえば、彼女は昨日から王都に帰っていないのだが、ギルドの仕事とかは大丈夫なのだろうか?
 朝も起きるのが遅く、昼近くまで爆睡していたし……
 まあ俺が心配することでもないし、あまり考えないようにしよう。

 さて、カリーナから苦しい修行とやらを所望されたわけだが……ぶっちゃけ、魔法を教えられない俺に、そんなことを言われても困る。
 多分、一番効率的なのは、毎回ご飯を限界まで食うことだ。
 いっぱい食べたら、それだけステータスが早く上がるからね。
 でも、それでは納得しない気がする。

 例えば、俺がまだ日本にいた時に「ご飯をお腹いっぱい食べてるだけで東大に受かるよ」と言われても信じなかっただろう。
 そこに科学的根拠があったとして、懇切丁寧に説明されても絶対に信じなかったと思う。

 適当にそれっぽいだけの修行をでっち上げると、ウリエルに看破されそうだし……
 俺が黙って悩んでいると、その沈黙をどう受け止めたのか、カリーナが不安そうな顔をしていた。
 なので、ついその場しのぎの言葉を口にしてしまう。

「どんなにつらい修行でもか?」
「はい!」

 物凄く良い顔をして頷かれた。
 どうしよう、大食いにでも挑戦させてみるか?
 いや、それで無理をして吐かれたら元も子もないし……

 他に思いつくのは、カリーナが扱える属性で、俺が教えられそうな応用があるぐらいだ。
 でもそれには、元になる魔法を覚えていないと話にならない。

 俺はウリエルに、カリーナが大会までにその魔法を覚えられそうかどうか聞いてみた。

「ん~……その魔法だと、あと半年は時間が欲しいわね」
「半年か……」

 夏の大会までは、残り二ヶ月とちょっとしかない。
 その約三倍も時間が必要となると、やはり無理だろうか……

 とそこまで考えたところで、俺は超有名な漫画にあった、一日で一年の修行ができる異次元空間のことを思い出した。
 流石にあれを再現することはできないが、要するに一日の修行時間を長くすればいいのではないだろうか?
【エレメンタル・スフィア】には時間に干渉できるような魔法はないので、なるべく修行以外の時間を削るようなことしかできないが、これは名案だと思った。

「よし、じゃあ今から大会前日までは寝ないで頑張ってみよう。それなら学院に行っている時以外は、ずっと魔法の練習ができるからな」
「はい! …………えっ?」

 いい返事をしてから、カリーナの表情が固まった。
 それはそうだろう。
 単に二ヶ月間ずっと寝るなというだけなら、体を壊して欠場するのがオチだ。
 だがこの世界には、俺が元いた世界では不可能だったことを可能にする魔法があった。

「ああ、体のことは心配するな。この間、お前に【パーフェクト・ヒール】をかけたら目の下にあったクマが消えたし、それで寝不足や疲労も回復できると思う」
「そんな魔法があるんですか?」
「え?」

 カリーナの反応に疑問符を浮かべると、何かを察したウリエルが苦笑した。

「【パーフェクト・ヒール】なんて、人間で使えるのはアデルと、あともう一人ぐらいよ。普通の魔法使いは、存在すら知らない人も多いわ」

 そうだったのか……。
 カリーナと初めて会った時に彼女が衰弱していたのは、てっきり嫌がらせで回復魔法をかけてもらっていなかったからだ思っていた。

 これは後になって知ったことだが、回復魔法のある光属性は扱える人間自体が稀少らしい。
 でも天使だと、逆に光属性の魔法を使えない者の方が珍しいのだとか。

 その回復魔法を使って休まず特訓するという案に、ウリエルものってきた。

「カリーナさんは座学の成績がとても優れているから、大会までは午前中にある授業も休んで大丈夫じゃないかしら? これで、一日のほとんど全てを魔法の修練に当てられるわ。ただちょっと心配なのは……」

 彼女はそこで一旦言葉を止めると、顎に指を当てて小首を傾げた。

「人間にそんなことをして、本当に大丈夫なのかしらね?」

 ……たしかに、よく考えたら色々と問題がありそうな気がする。
 あくまで気がするだけで、あまり学があるとは言えない俺には、具体的にどうなるのかは分からない。 
 いくら疲労がないといっても、生物が持つ根源的な欲求の一つを完全に封じてしまうのは、精神に何か悪い影響があったりしないだろうか?

 俺がそう迷っていると、カリーナが再度頭を下げて、後押しをしてきた。

「それでお願いしますわ」
「う~ん」

 まあ危なそうなら途中で止めたらいいか。
 そう考えて、俺は自分の思いついた方法をカリーナにやらせることにする。
 ……とそこで、俺は昨日うっかり忘れていたことを思い出した。

「あ、そうそう、本当は昨日に渡そうと思ってたんだけど──」
「え?」

 俺はアイテムボックスから、【反魔鏡のローブ】という、黒い生地に金糸で魔法陣みたいなのが縫われてある防具を取り出した。
 ちょっとだけだが各ステータスを上昇させる力があり、さらには下級魔法なら自動で反射してくれる機能が付いたものだ。
 俺がリサーチした店で展示してあったものよりも、グレードが一つ上くらいの装備である。

「お前用の、装備だ」
「──っ」

 それを無造作に手渡すと、何故かカリーナはそのまま気を失って後ろに倒れてしまった。
 いきなり寝てしまうとは、先が思いやられるな……。

 こうして、二ヶ月後の魔法大会まで、彼女の集中特訓が始まったのである。

 ちなみにカリーナに渡した装備は、ウリエルから「ちょっと、学生の大会でそれは反則よね~」とのお言葉を頂き、ひとまず一般的なレベルのローブと交換することになった。
 王都の店にあったものより、少しだけ良い装備を選んだつもりだったのだが……何かが間違っていたらしい。


────────────────────


 ランドリア王国の王都では、年に一度、数日間にわたって大きなお祭りが開かれる。
 このお祭りの間に、トウェーデ魔法学院の生徒が互いの魔法を駆使して戦う魔法大会や、制作した魔道具を披露して評価点を競い合う品評会なども開かれ、それらを見物しようと大陸中からやってきた人々によってわうのだ。
 人が集まるのを狙ってやってきた商人や旅芸人も競い合うように出店し、観光客だけでなく王都に住んでいる民衆も、この数日間は昼夜を忘れたように騒ぎ続ける。

 そんなお祭りが始まった、最初の日の朝。
 観光客による長蛇の列に並んで王都に入ったカリーナは、見慣れたはずの街並みを見回して感慨深げに目を細めた。

「ああ、王都が懐かしく思えますわ……」
「そうか」

 たった二ヶ月ぶりなのだが、今のカリーナの様子は、まるで都会に疲れて十年ぶりに故郷に帰ってきた中年のようであった。
 やはり長期間全く眠らずにいるのは、けっこう精神的にきつかったらしい。
 特に最後らへんは、性格が変わってちょっとおかしくなっていたし。
 最終日に一日使って泥のように眠ったら元に戻ったが、もう二度とやらせないでおこうと思う。

 俺達が魔法大会が行われる試合会場に向かっていると、途中でカリーナの知り合いらしい学院の生徒と出会った。
 黒髪をポニーテールにした活発そうな少女と、銀髪を顎の下あたりで切り揃えた感情の起伏が薄そうな少女だ。

 二人はカリーナの姿を見るなり、どこか焦った様子でこちらへと駆け寄ってきた。

「カリーナ、今までどこで何をしていたの!? 急に学校に来なくなったから、心配したよ」
「心配した」

 捲し立てるポニーテールの少女に追従して、銀髪の少女も頷く。
 体をペタペタと触って、どこか異常がないか確かめていく二人に、カリーナは苦笑しながら軽く頭を下げた。

「お二人とも、ご心配をお掛けしましたわ」
「それで、そっちの人は?」

 どうしてか、ポニーテールの少女から睨みつけるような視線を向けられた。
 さりげなくカリーナとの間に体を入れて、俺から彼女を守れるような位置取りをしている。
 その姿は番犬のようで、今にもグルルッと唸ってきそうな感じだ。

 俺はそんなにも不審者に見えるのだろうか?

「わたくしの師匠ですわ。師匠、こちらはわたくしの友人の、ヘレナとエミリアですわ」
「アキラだ、よろしく」

 紹介され、俺はできるだけ爽やかに見えそうな笑顔を作ってみる。

「よろしく……」

 笑顔のおかげか警戒心は和らいだ気がするが、今度は俺の服装を見つめて怪訝そうな表情を浮かべていた。
 エミリアも、俺の顔をジーっと見つめてくるが、こっちは無表情で感情が読み取れない。
 だが、ほんの僅かだけ目を見開いているような気がする。

 二人の反応に疑問符を浮かべていると、いきなり背後から少女の高笑いが響いてきた。
 振り返ると、いかにもお嬢様っぽい少女が、こちらへ向かって歩いてくる。
 金髪の縦ロールとか、こっちの世界に来てから初めて見た。

「お久しぶりね、カリーナさん。てっきり、もう王都にはいないものかと思っていたわ」
「レベッカ……」

 目に見えてカリーナの顔が強張った。
 どうやらこのレベッカという少女とは、あまり仲が良くないらしい。

「それにしても、貴女のような生徒を弟子にする物好きはどんな方なのか、以前から気になっていたのだけれど……」

 彼女はそう言いながらこっちに目を向けると、俺の服装を見てあからさまに鼻で笑った。

「なんて見窄らしいのかしら。貴女には、お似合いの師匠ね」
「──っ!」

 途端、柳眉を吊り上げたカリーナが何かを言う前に、俺は彼女の肩に手を置いて宥めた。

「ああ、俺にはお似合いの弟子だよ」
「師匠……」

 ──お前は「アデル・ラングフォード」に相応しい弟子だ。
 そんな言葉の裏にあるものを察してか、カリーナが感動したような目を向けてくる。

 そんな彼女の様子に、レベッカは面白くなさそうに眉を顰めた。

「……それではカリーナさん、ごきげんよう。大会では、よろしくお願いしますね」

 ちょっと引っ掛かる言葉を残し、踵を返して立ち去っていく。

 カリーナが勝ち上がるとは欠片も思ってなさそうなレベッカが、彼女に「よろしく」と言った。
 その意味は、試合会場の前に張り出された初戦の組み合わせを見てすぐに分かった。

「そんな、初戦からレベッカだなんて……」

 古代ローマのコロッセオにも似た造りの建物の前で、ヘレナがカリーナの隣に並んでいた名前を見て呆然と呟いた。
 聞くところによると、あのレベッカという少女は、エミリアに次いで優勝候補だと囁かれてるほどの生徒らしい。

「まあ優勝を狙うならいつ当たっても同じだろ」
「そうですわね」

 初戦から強敵と当たってしまったのに、どこか余裕のあるカリーナの態度に、ヘレナが不思議そうにしていた。
 まあ二ヶ月前の彼女しか知らないなら、しょうがない反応だろう。
 逆に、全然悲観してなさそうなエミリアの様子の方が気になる。

 俺やヘレナは、大会参加者が集う控え室までは同伴できないので、カリーナ達とは一旦ここで別れることになった。

「見ていて下さい、師匠。師匠が侮辱された分は、キッチリとお返ししてきますわ!」
「おう、その意気だ。頑張ってこい」

 パシンと拳と手のひらを打ち合わせて意気込むカリーナ。
 ちなみに彼女には、俺が日本で培った格闘技の極意を教えてある。
 ……通信空手一級だけどね。

 接近戦になってしまえば、魔法より殴った方が早いのだ。
 あくまで通信教育の知識だけど、ないよりはマシだろう……多分。

 性格が豹変していた時に教えたせいか、砂に水がしみ込むように格闘技の動きを習得していったし、今の彼女は魔力抜きでも日本にいた頃の俺よりも強いと思う。
 いや、日本の俺が貧弱すぎるんだけども。

「二人とも頑張ってね!」
「ええ、期待していて下さいな」
「行ってくる」

 ヘレナの応援に、二人が手を振りながら会場に入っていく。
 ちなみに、ヘレナは四級の成績でありながら戦闘系の流派には入っておらず、大会には参加しないそうだ。

「ヘレナも、試合を観戦していくのか?」
「はい、友達の晴れ舞台ですから、もちろんですよ。私が参加する魔道具の品評会は明日からですので、時間も余ってますし」
「そうか。だったら──」

 特別席を用意してもらってるから、そこで観戦しないか?
 と言いかけたところで、いきなり背後から何者かに抱きつかれた。
 背中に、ふにょんっと二つの幸せな感触がする。

「おはよう、アデル! 私、寂しかったわ~」
「……昨日まで屋敷で会ってただろう」

 すりすりと頬ずりをしてくるウリエルに、ヘレナは顎が外れてしまいそうなぐらいに口を開けて驚いていた。

「ウ、ウリエル様!? それに、アデルってまさか──」
「あっ」

 せっかく偽名で自己紹介したのに……
 ウリエルに抗議の目を向けると、彼女は悪びれた様子もなく、ちろっと舌を出していた。

 きっと、わざとだ。
 だが、意図が分からない。

 俺はこの時、ウリエルの視線がヘレナの腰にある小袋に向けられていることが、妙に気に掛かったのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

  

『最強勇者の弟子育成計画』第十一話 能力測定

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 第十一話 能力測定


 自分の師匠は、あの伝説のアデル・ラングフォードだった。
 そんな衝撃の事実を聞かされた次の日、カリーナはふらふらとした足取りで学院にまで来ると、ぼんやりとした様子で自分の席に座っていた。

 世界中の誰もが知っている、人類最強の魔法使い。
 そんな人が身近にいて、カリーナの弟子入りを認めてくれている。
 数日前の自分が聞けば、とうとう頭がおかしくなったのかと、哀憐の情を抱くことだろう。

 どこか現実味が薄すぎて、今も明晰夢を見ているような気分だった。
 次の瞬間に実家のベッドで目が覚めて、今までのことが夢だったとしても、カリーナはあっさりと受け入れてしまう自信がある。
 「ああ、良い夢だったな」と、寂しくはあっても、いつもより機嫌良く一日を過ごせるだろう。

 昨日の衝撃が未だに抜けようとせず、ふわふわと雲の合間を漂っているかのような心地だった。

 近くに座っているエミリアが何を言っても、半ば思考が止まっているカリーナには届かない。
 ひたすら虚ろな目を前に向けて、座っている。
 やがて、いつもより少し遅れてやってきたヘレナが、ご機嫌な様子でそんな彼女の肩を叩いた。

「おっはよー、カリーナ! ちょっと昨日さ~、市場ですっごい掘り出し物見つけちゃって」
「……はあ」

 ヘレナは持ってきた小袋から、手のひら大の真っ黒な宝珠らしきものを取り出すと、見せびらかすようにして掲げる。

「ジャーン! 【常闇の宝珠】だって! 店の人によると、夜の力が封じ込められてるとかなんとか。魔道具のわりには格安だったんで買っちゃった」
「……はあ」
「ほら、ここを擦ると黒い煙っぽいのが出てくるんだよ。なんか闇っぽくない?」
「ヘレナ、それ騙されてる」
「えっ」

 エミリアの忠告に、ヘレナはそれがどういう意味なのかを訊ねようとして──

「……はあ」

 そこでようやく、カリーナの様子が変であることに気がついた。
 怪しげな煙を立ち上らせている宝珠を片手に持ったまま、空いた方の手を彼女の目の前で振ってみる。

「おーい」
「……はあ」

 カリーナの瞳が自分の手を追っていないことを確認すると、ヘレナは宝珠を袋にしまいながら、怪訝そうな顔でエミリアに目を向けた。

「カリーナ、どうしちゃったの?」
「知らない」
「ん~……まさかっ!?」

 寸秒ほど思案した後、ハッと何かを察したような表情を浮かべたヘレナは、カリーナの両肩に手を置いて切迫した声を上げた。

「カリーナ! しっかりして!」
「え? え? 何ですの?」

 肩を激しく揺さぶられて、ようやく我に返ったカリーナが、どうしてか深刻そうな雰囲気を漂わせている友人を不思議そうに眺める。
 ヘレナはそんな彼女に、沈痛な面持ちで話を続けた。

「初めてをこんなことで散らしちゃったのがショックなのは分かるよ。でも、絶対に泣き寝入りしちゃ駄目。私も一緒に行くから、しっかりと魔法使いギルドに事の顛末を報告して、そのド腐れ師匠に抗議を──」
「何の話ですの?」

 戸惑う彼女に、ヘレナは大きい声で話すに
は憚れるようなことを、小声で耳打ちをする。
 その内容を理解すると、カリーナは耳の端まで茹で上がったように赤面した。

「──っ! だから師匠は、そんなことをする人ではありませんわ!」
「なら一体、どうしたのさ?」
「そ、それは──……」

 ヘレナに聞かれ、カリーナは思わず言い淀んだ。

「師匠の正体がアデル・ラングフォードだったことに動揺していた」と馬鹿正直に喋りそうになったところを、口をつぐんで堪える。

 実はそのアデルから、騒ぎになるのを避けたいから本名は黙っておいてくれと頼まれていたのだ。
 師匠の名誉を守りたい思いはあるが、それ以上に約束を破ることはできない。

「い、言えませんわ……」

 そう言って悔しそうに目を逸らしたカリーナに、ヘレナとエミリアは顔を見合わせた後、今度は本気で心配しだした。

「ほ、本当に何もなかったんだよね?」
「怪しい」

 どうしてかしつこくなった二人の追及にカリーナが戸惑っていると、丁度そこで教師らしき魔法使いが、数人ほど教室に入ってきた。
 彼らが一抱えほどもある水晶玉を運んでいるのを見て、ヘレナが今思い出したように声を上げる。

「あ、そういえば昨日が期限だっけ?」

 彼女が言う期限とは、学院の生徒が弟子入り先を選ぶことができる最後の日のことである。
 そして今日は、自分が入門した流派を学院に報告するのと同時に、各々の基礎能力を測定することになっていた。

 教師の呼びかけに、生徒が席を立って中央に置かれた水晶玉……基礎能力を測定する魔道具に集まり始める。
 カリーナは、さらに追及してくる二人から逃げるようにして、水晶玉の前に並び始めた生徒に交ざったのだった。


────────────────────


 測定した基礎能力が書かれた札を手に、ヘレナが自分の席に戻ってくると、彼女はどこか浮かない顔でエミリアに結果を聞いた。

「どうだった?」
「魔力値203、肉体強度119、感応値189」

 エミリアが自分の札を見せながらそう言うと、ヘレナが軽く口笛を吹いて称賛する。

「流石はエミリア。基礎能力だけなら、もう一級魔法使い以上じゃない?」
「それは大袈裟。ヘレナはどうだった?」
「上から104、70、91。前回からあんまり伸びなかったな~」

 ちょっと悔しそうにそう言うと、次に自分の札を凝視して固まっているカリーナに顔を向ける。
 ヘレナは少し迷う素振りをした後、彼女にも声を掛けた。

「カリーナは、どうだったの?」
「いえ、それが……」

 カリーナが自分の札を二人に見せると、中に書かれていた数字にヘレナが驚きの声を上げた。

「46、23、31……って、いくら何でも短期間で伸びすぎじゃない?」
「ええ。わたくしも、そう思いますわ」

 ひと月ほど前に測定した時は、カリーナはたしかに七級クラスの基礎能力しかなかった。
 なのに今は、六級の中堅クラスぐらいの数字はある。
 これは測定した教師が、魔道具の誤作動を疑うほどにありえない成長だった。
 実際、何度も測り直しをしたほどである。

「へ~、こういうこともあるんだねぇ」
「でも、よかった」

 エミリアの言葉に、ヘレナも頷く。

「そうだよね。おめでとう、カリーナ」
「二人とも、ありがとう」

 まるで自分のことのように喜んでくれる二人に、カリーナは頬を弛ませる。
 とそこで、教室の中央から生徒のざわめきが広がった。
 水晶玉の置かれている場所から、金髪を縦巻きにした少女……レベッカが、取り巻きを引き連れて出てくる。

 彼女は自分の席に戻る際に、一度カリーナの席の前で立ち止まった。

「あらカリーナさん、ごきげんよう」
「……ごきげんよう。これは、何の騒ぎかしら?」
「ああ、あれは私の基礎能力値を見た生徒が、勝手に騒いでいるだけよ」

 そう言って、レベッカが自分の札を見せる。
 そこに書かれてあった数字に、カリーナは驚いた声を上げた。

「146、97、137……」
「別に、大した数字ではないでしょう?」

 レベッカはそう言うが、同学年の中では二番目に高い数字である。
 たしかにエミリアとは差があるが、それはエミリアが異常なだけだ。
 レベッカの能力値も、本来なら十分に天才と呼べる領域のものである。

 だがカリーナやレベッカを知る生徒が驚いたのは、その数字の高さではなかった。

 レベッカはたしか、前の測定では魔力値123、肉体強度85、感応値118といった数字だったはずなのだ。
 それが今日の測定では、大幅に数字を伸ばしている。
 カリーナの成長もおかしかったが、レベッカの成長はそれをさらに上回っていたのだ。

「ところでカリーナさんは、夏の魔法大会には出場するのかしら?」
「ええ、そのつもりですわ」
「まぁ、辞退なさらないなんて勇気があるのね」
「……」

 明らかな嫌みに、カリーナが押し黙る。
 隣のヘレナが何かを言おうとしたが、それはエミリアが彼女の口を塞いで押し止めた。
 ヘレナは平民なので、ここで下手なことを言って貴族のレベッカと揉めると、ヘレナの身が危ないからだ。

「カリーナさんとは、是非とも最初に戦いたいわね。だって魔力を温存できるもの」
「……それはどうも」
「それでは、私はこれで」

 言いたいことを言って、満足そうにレベッカが立ち去る。
 そんな彼女の背中に刺々しい目を向けていたヘレナは、エミリアの手から解放されるとしゅんと肩を落とした。

「うう、庇ってあげられなくてごめん……」
「ヘレナ、気になさらないで。仕方がありませんわ」

 落ち込むヘレナを慰めていると、エミリアがカリーナの肩をつついて、教室の入り口を指差した。

「カリーナ、あれ」
「え? ──あっ」

 そこに立っていた人物に、カリーナは慌てて席から立ち上がると、駆け寄って行った。
 まだ生徒達の測定は終わっておらず、今日の授業は始まっていないので、彼女の行動を咎める者はいない。

 カリーナは、あれからたった数日しか経っていないのに、随分と長い間会っていなかった気がする家族……自分の兄にあたる、カラム・ラッセルの前に立った。
 険しい顔をしている兄の迫力に、思わず目を逸らして俯いてしまう。

「カラムお兄様……」
「カリーナ。一体、今までどこに?」
「入門した流派の家に、お世話になっておりました」
「弟子入り先が見つかったのか」

 声がちょっと弾んだような気がして顔を上げてみると、カラムはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
 今まで兄が見せたことのなかった表情に、カリーナは目を丸くする。
 そんな彼女の様子に気が付いたカラムは、何かを誤魔化すように咳払いをした後、表情を引き締めた。

「すまない、カリーナ。俺では父上の決定を、覆すことはできなかった。今のあの屋敷に、お前の帰る場所はない」
「……お兄様が謝ることではありませんわ」

 カリーナがそう言うと、カラムは彼女の肩に手を置き、膝を折って視線の高さを合わせた。

「いいか、よく聞くんだカリーナ。父上は、お前が何か大きな功績……例えば学院の魔法大会で入賞するなどすれば、ラッセル家に呼び戻してもいいと言っていた」
「そうですの……」

 奇しくもそれは、昨日アデルが言っていたことと同じだった。
 魔法大会で良い成績を残せば、実家に帰ることができる。
 そんな話が、現実味を帯びてくる。

「だが正直、お前の力では厳しいと俺は思っている。それどころか、もし七級のまま成長できなければ、将来的に魔法使いとして生きていくことも苦しくなってしまうだろう」

 カラムの言う通り、以前のカリーナがあれ以上成長できないようであれば、魔法使いとして働いていくことは無理だっただろう。魔法に関する仕事をさせようにも、魔力値や感応値が低すぎて使い物にならなかったはずだ。
 それほどに、彼女の能力は低かった。

「お前がもし魔法学院をやめたいと言うなら、俺も一緒にお前の住む場所や働き口を探そう。贅沢な暮らしはできないが、きっと今よりは穏やかに過ごせるはずだ。……お前には、その方が幸せかもしれない」
「……」
「お前は、これからどうする?」

 カラムにそう問われ、カリーナは瞼を閉じてしばし考え込んだ。
 兄の言葉に甘えて、新しい道を探すのも悪くないかもしれない。
 ただしその場合は、魔法使いの道を諦めることになるだろう。

 自分の弟子入りを認めてくれたアデルや、短い時間だが自分に魔法を教えてくれたウリエルの顔が、脳裏に浮かぶ。
 提示された選択に、迷うことはなかった。

「ありがとうございます、お兄様。でも、ここに残りますわ」

 思えば、自分の師匠のことを……ラングフォード流に弟子入りしたことを伝えれば、今すぐにでも戻ることができるかもしれない。
 アデルの名前には、それだけの力がある。
 だが、それは嫌だとカリーナは思った。
 自分の力で、認めさせたかった。

 人によっては、子供の意地だと笑うかもしれない。
 でもこのままで終わるのは、あまりにも悔しい。
 そう、カリーナは思ったのだ。

「わたくしは必ず、お父様を見返してみせます」
「……そうか」

 カリーナの答えに、カラムは重々しく頷いたのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

  

『最強勇者の弟子育成計画』第十話 流派

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 第十話 流派

 二人が風呂から上がってきた後、すぐに俺の恐れていた事態が起こった。

 カリーナから魔法について、分からないところを質問されたのだ!

 未だこの世界の文字すら読めない俺は、当然答えられるわけがない。
 だから苦し紛れに、グーと念じてバーとやる感じだと言ったら、しょっぱい顔をしたウリエルが、今日のところは代わりに勉強を教えることになった。
「これだから天才は……」とぶつぶつ文句を言っていたことからして、良い具合に勘違いしてくれたらしい。
 過去にいたであろう、本物の天才達が作った奇天烈なイメージに感謝だ。

 ウリエルは全属性を扱えるが、得意な属性は火なので、カリーナには教えやすいのだそうだ。
 これからも、屋敷に遊びに来た時限定だが、彼女に勉強を教えてもいいとも言っていた。

 それにしても、俺の代わりに勉強を教えてくれているのは有り難いのだが、ウリエルは忙しくないのだろうか?
 たしかギルド長と学院長を兼任しているのではなかったか?
 仕事がどうなっているのかちょっと気になったが、深くつっこんで、その結果帰ってしまったら困るので、何も言わないでおく。

 さて、ひとまずは化けの皮が剥がれる事態を回避できたのだが、今度は俺のやることがなくなってしまった。
 ……というか、魔法を教えられない魔法使いの師匠とか、存在する価値がない気がする。

 二つを組み合わせることで威力が上がる魔法だとか、連鎖による連携だとか、そういうゲームにあったことならいくらでも教えられるのだが……実践はともかく、基礎的な理論の部分は全然教えられないのだ。
 ゲームだと、レベルが上がったら魔法を覚えたしね。
 コントローラーを握っていただけの俺が、魔法の勉強なんてしているわけがない。

 まあ、そこらへんは追い追い何とかするとして……何とかできるかな?……特にすることがなくなってしまった俺は、アレの生産と今日の夕飯に力を入れることにした。

 ちなみにアレとは、ゲーム終盤の敵がごく稀に落としていく「〇〇の実」シリーズのことである。
 〇〇の部分に入るのは、「魔力」とか「筋力」の文字で、これにはステータスの基礎値を僅かに上昇させる力があった。
 RPGなら定番のアイテムだろう。

 それで、この「〇〇の実」シリーズ。
 実はゲームのおまけ要素である裏ダンジョンをクリアすると、「〇〇の実」を生産できる「〇〇の種」が手に入るのだ。

 キャラクターごとに成長限界が設定されており、一定以上は上げられないようになっていたものの、それでもゲームバランスを著しく破壊してしまう代物ではあった。
 まあ裏ダンジョンの最下層にいた裏ボスよりも強い敵はいないので、「〇〇の種」を手に入れた時点で、もう他には苦戦するような敵が存在しておらず、特に問題はなかったのだが。

【エレメンタル・スフィア】のアイテムは全てコンプリートしているので、俺はもちろんこの「〇〇の種」も持っている。
 そこで俺は、この「〇〇の種」を使って「〇〇の実」を量産し、メニュー画面にあった料理スキルを使ってカリーナに食べさせることを思いついたのである。

 「〇〇の実」のストックもあったので、今朝に食べさせたリゾットの中にも、魔力の実をこっそりと入れておいた。
 ゲームのステータスが、この世界だと何のステータスに反映されるのか分からないが、とりあえず万遍なく食べさせていこうと思う。

 ゲームではアイテムさえあれば無限に食べさせられたのだが、この世界ではそうもいかないだろう。
 一度に食べられる食事量には限界があるだろうし、「〇〇の実」の生産もプレイ時間では一時間に満たなくても、作中の描写では数日ぐらいかかっていたはずだ。
 まあ一気にステータスが上昇しすぎても困るだろうし、ゆっくりと上げていけばいい。

 カリーナに足りないのは、基礎的な能力だ。
 彼女はとても勤勉だが、根本的な才能の部分が致命的になかった。
 これをどうにかしない限り、彼女は弱いままだろう。

 つまり彼女が強くなれるかどうかは、この「〇〇の実」にかかっているのだ。
 俺には魔法を教えることはできないが、それよりも大事な部分を補うことができるのだ。
 だから、ウリエルの方が師匠みたいだとか、俺いなくてもいいんじゃね? とか、そういうことはないはずだ。

 俺は自分にそう言い聞かせて、張り切って「〇〇の実」の生産に着手した。
 下地になる畑は、昨晩のうちにゴーレムを使って用意させてある。
 俺はその畑の上に立って、アイテムボックスから取り出した種を地面に植えた。
 水をやった。
 ……やることが終わってしまった。

 後のことは、ゴーレムが勝手にやってくれる。
 夕飯までまだ時間があるし、とても暇だ。
 どこかに行こうにも、ウリエルにカリーナの勉強を教えてもらっておいて、自分だけ遊びに行くのは気が引ける。
 でも、何もしないでいるのはつらい。

 何か暇潰しに使えるものはなかったかと、アイテムボックスの中を探ってみた。
 するとキーアイテムの一覧で、初心者用のチュートリアルに用意された、パズルを練習するアイテムを見つける。
 選択してみると、日本で販売されていた携帯ゲーム機のようなものが出てきた。
 ボタンはなく、ゲーム機を手に持って念じることで動かし、ひたすらパズルだけをやっていくものだ。

 他にすることもないので、ファンタジーにはあまり似つかわしくないそれを、しばらくプレイする。
 ポツポツと作業のようにパズルを進めながら……ふと俺は、「どうして自分はこの世界にいるのか?」なんてことを考えた。
 どういう原理でゲームのキャラになってしまったのかは分からないし、今は考えても仕方ない。
 だがそれとは別に、何か課せられた使命のようなものがあるような気がしたのだ。

 明確な根拠はない。
 ただ、なんとなくそんな予感がしただけだ。
 カリーナと出会ったことも、本当にただの偶然だったのかと疑っている自分がいる。
 俺が、アデルとしてこの世界に来た意味。
 誰かから、何かを求められているような……そんな気がするのだ。
 俺が、もっと師匠らしくなったら分かるのだろうか?

 ならば魔法も、いずれは教えられるようにならないとな。

 つらつらとそんなことを考えていると、やがて腹を空かせたウリエルが夕飯の催促に来たのだった。


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 夕飯は様々な具を贅沢に盛り合わせた海鮮炒飯と、スープの組み合わせにしてみた。
 三人で小さな食卓を囲み、冷めないうちに頂くことにする。

 この近辺では珍しい米料理をスプーンで頬張り、ウリエルが頬に手を当てて感嘆の声を上げた。

「ん~、相変わらず美味しいわ~」
「それはどうも」

 ランドリア王国ではパンが主食らしいので口に合うか不安だったが、彼女の反応を見る限り大丈夫のようだった。
 カリーナなどは、食べるのに夢中になって無言になっている。
 ちなみに、ステータスが上昇する実はカリーナの炒飯にしか入れていない。

 しばらく食事を楽しんでいると、ふとウリエルが何かを思い出したように手を打った。

「ああ、そうそう。ちょっと言い忘れてたんだけど──」
「なんだ?」
「ちょっと困ったことになってて~」
「ふむ?」

 言葉とは裏腹に、あまり困ってなさそうな様子のウリエルに、本当は大した話ではないのだろうと適当に聞き流しかけて──

「王都に【魔化の宝珠】が入り込んだかもしれないのよ」
「ブッ」

 危うく、口の中の炒飯を吹き出しかけた。
 俺の反応を見て不安になったのか、カリーナが食事の手を止めてウリエルに目を向ける。

「それは、どういうアイテムなんですの?」
「人の体を、魔界にいる魔族が乗っ取ってしまうアイテムよ~。人間界への侵入を目論む魔族が、時々地上に送ってくるの」

 魔族という単語が飛び出して、カリーナが頬を引き攣らせた。

「そ、それは大丈夫なんですの?」
「あまり大丈夫じゃないわね~」

 ウリエルの言う通り、【魔化の宝珠】はかなりやばいアイテムだった。
 ゲームでも度々登場した重要アイテムで、この【魔化の宝珠】によって魔王の手先が人間界に入り込み、何度も災害を引き起こしている。

 ゲームでは街が崩壊しようが、国の軍隊が壊滅しようが、「ああ、そうか」ぐらいの感想で済ませられた。
 悲劇的なイベントとしての感傷はあっても、あくまでフィクションの話だったからだ。
 でも、ここで同じことが起きてしまえば、そうもいかない。

「だから、一応気を付けておいてもらおうと思って。王都で魔族に対抗できるのは、私か貴女の師匠ぐらいだもの」
「師匠が……」

 またカリーナが、キラキラした視線を俺に向けてくる。
 ゲームでも、普通の人間では力の差がありすぎて魔族に勝てないという設定だったし、気持ちは分かる。
 でもそれは「アデル」の力が凄いだけだ。
 俺自身は単なる小市民なので、なんだか彼女を騙しているような気がしてしまい、尊敬の眼差しが心に痛かった。

 俺がひたすらカリーナの視線に耐えていると、ウリエルが話を続けた。

「大会も近いし、それまでには何とかしたいわね~」
「大会?」
「トウェーデ魔法学院の大会よ」

 ウリエルの説明によれば、トウェーデ魔法学院は夏になると、魔法使いの強さを競い合う大会を開くのだそうだ。
 学年別のトーナメント戦で、主に戦闘系の流派に入門している生徒が参加するらしい。
 同時に生産系の生徒による、自作魔道具の品評会なるものもあるらしいが、どうしても注目度ではトーナメント戦に負けてしまうとのことだった。

 その魔法大会には大陸にある様々な国が注目しており、良い成績を残せばかなりの名誉になる。
 さらには、上位に入賞した三名は学院の代表に選出され、冬に他の三つの大陸にある魔法学院の代表と戦うことになるのだ。
 ただ、他の大陸からは人間以外のエルフや獣人などの生徒が出張ってくるせいで、人間しかいない大陸のトウェーデ魔法学院出身の生徒の成績は毎回のように芳しくないらしい。

 話を聞いている限り、想像していたものよりもずっとスケールが大きくて面白そうな大会だった。

「ふむ。なら夏の大会で良い成績を残せば、カリーナは実家に帰れるようになるかもしれないな」
「……そう、ですわね」

 俺の発言に、カリーナは暗い表情で顔を俯かせる。

「でもわたくしの力では──」
「よし、優勝しよう」
「え?」

 優勝という言葉に、カリーナが衝撃から目を丸くして固まった。
 そんな彼女とは裏腹に、ウリエルは当然とばかりに頷く。

「そうね~。だってラングフォード流の弟子だもの。優勝ぐらいはしないとね~」
「えっ……ええ!?」

 ウリエルから飛び出したラングフォードという名称に、カリーナは限界まで目を見開いて立ち上がった。
 勢いよく立ったせいで、座っていた椅子が反動で後ろに倒れる。
 けっこう大きな音が鳴ったが、それどころではないカリーナは、俺に震えた声で確認してきた。

「ラ、ラングフォード流って……」
「あら、知らなかったの?」
「あ~……すまん、アキラは偽名だ。本名はアデルだ」

 気恥ずかしさで頭の後ろを掻きながらそう言うと、カリーナは皿のようになった目で俺を凝視し……気を失って、後ろに倒れ込んだのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
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