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『最強勇者の弟子育成計画』第七話 謎の師匠


 第七話 謎の師匠



 ゆっくり寝すぎたせいか、学院に登校しなければならない時間が差し迫っていたので、これからの詳しい話は帰ってからということになった。

 てっきり、アキラの屋敷は王都の中にあると思っていたカリーナは、外に出た瞬間、目を丸くして驚いてしまう。
 王都の街並みはどこにも見当たらず、代わりに屋敷の周囲には平原が広がっていたのだ。

 遠目には、鬱蒼とした森も見える。
 あの森は、おそらく【幻幽の森】だ。
 王都の近場にある森で、どうしてか奥に入ろうとしても、いつの間にか入り口に戻されてしまう不思議な場所として有名だった。
 とある一級魔法使いが、この森から強力な結界を感知したという話もある。

 アキラの住む屋敷は、どうやらその【幻幽の森】の奥にあるようだった。

 さらに近くにある平地では、幾体ものゴーレムが忙しなく行き交い、畑を耕したり何かの建物を組み立てたりしている。
 そのゴーレムの一体一体が、土で出来ているとは思えないほど洗練された姿をしており、キビキビとした動きをしていた。

 普通の魔法使いが扱うゴーレムは、歩くたびに体から土が落ち、のっそりとした動きをしているものだ。
 たとえ腕の良い魔法使いでも、あのようなゴーレムは一体作るだけで精一杯だろう。
 アキラが魔法で召喚したのだとしたら、驚嘆すべき技量である。

 俄には信じられないいくつもの光景を目の当たりにして、カリーナは呆然と立ち尽くした。
 驚くべきことが多すぎて麻痺したのか、彼女は自分が理解できる範囲の事実を、まず最初に認識する。

「これでは、学院の授業に間に合いませんわ……」

 いくら近いといっても、【幻幽の森】と王都では徒歩で数時間以上の距離はある。
 カリーナの足ではどう頑張っても、間に合いそうになかった。

 こうなったのは、のんきに遅くまで寝込んでいた自分のせいだ。
 そう思い、仕方なく大幅な遅刻を覚悟していると、屋敷からアキラが出てきた。

「走っても駄目か?」
「……少なくとも、私には無理ですわね」

 今からだと、王都内にある実家から学院に向かって丁度いいぐらいだろう。
 王都の外にある森の奥地からだと、下手をすれば学院の授業が終わっているかもしれない。

「師匠も、王都へ行かれるんですの?」
「……そう呼ばれると、背中がむず痒いんだけど」

 どこか気恥ずかしそうに頬を掻いて、アキラは頷いた。

「追い追い、自力で通えるようになってもらうけど、しばらくは俺が王都まで送っていくな」
「え?」

 送っていくという発言に、カリーナが頭に疑問符を浮かべていると、アキラは彼女の前に立ってしゃがみ込んだ。

「乗って」
「あの、それは流石に……」

 短い間にアキラの人となりは把握していたし、別に嫌なわけではないのだが、なんとなく恥ずかしい。
 彼の背中を前にカリーナがもじもじしていると、アキラが不思議そうに首を傾げた。

「おんぶは恥ずかしいか?」
「え、ええ」
「う~ん、それもそうか」

 アキラがそう言って立ち上がったことに、
安堵の息を吐いたのも束の間。 何を思ったのか、彼はカリーナに歩み寄ると、彼女を横抱きに抱え上げた。
 軽々と自分を持ち上げたアキラに、あわあわと取り乱しながら抗議しようとして──

「舌を噛むかもしれないから、喋らないで」

 グンッと体を上に押し上げられるような感覚がして、カリーナは慌てて彼の体に捕まった。
 凄まじい速度で、視界に映っていた景色が斜め下に流れていく。

 アキラが跳躍したのだとカリーナが気づいたのは、上昇が止まって浮遊感を覚えたところだった。
 どうなったのか辺りを見回すと、目に飛び込んできた風景に息を呑む。

 二人は今、空を飛ぶ鳥と同じ高さを漂っていた。

 遠くには王都の街並みが広がっており、城壁の門から続く街道にはポツポツと商人の馬車らしきものが見える。
 人が豆粒のようであり、広いと思っていた王都が手狭な箱庭のように映った。
 あんなに小さな場所の中で、うじうじと苦悩していた自分が、ちょっと馬鹿らしく思えてしまう……とまでは言わない。
 世界にとってはどれだけ小さなことでも、眼下に見える豆粒の一つでしかない自分の心では、昨日までの重圧に今にも押し潰されそうだったのだ。
 だがそれでも、気が大きくなって少し余裕を持つことができた。

 ふとカリーナは、この位置まで跳んでみせた師の顔を見上げる。
 本当に、彼は一体何者だろうか?

 今は魔法を使って足場を作り、それを蹴って空を駆けている。
 だが最初の跳躍の時には、魔法を発動した光が見えなかったので、おそらくは魔力で強化した身体能力のみで跳んだのだろう。
 なんとも凄まじい肉体強度である。
 人間の魔法使いでこんな動きをする存在なぞ、聞いたこともない。

 魔法使いで言う肉体強度とは、体内にある魔力でどこまで体を強化できるかのことだ。
 外に放出する魔法と違って、いくら体を強化し続けても魔力を消費することはない。
 だが体内にある魔力が肉体強度の限界値を下回れば、残っている魔力分の強化しかできなくなる。

 つまりアキラは、あれだけのゴーレムを動かしておいて、まだまだ魔力に余裕があるのだ。
 彼の実力の底が、見える気がしない。

 こんなにも凄い人が自分の師匠なのだと思うと、カリーナはなんとも言えない胸の高鳴りを感じるのだった。

────────────────────

 学院には、余裕を持って到着することができた。 
 何か用事があるらしく、アキラとは王都に入ってすぐに別れている。
 二人は今日の授業が終わってから、城壁前で落ち合うことになっていた。

 いつになく上機嫌な様子でカリーナが魔法学院の校門をくぐると、昨日と同じように生徒の視線が集中する。
 胸の上にある記章の色に、誰もが信じられないといった顔をしていた。

 各々の流派から配布される記章は、上級にあたる戦闘系の流派は金色、下級にあたる生産系の流派は銀色で装飾されている。
 カリーナの胸にある記章は金色をしており、それは彼女が四級以上の魔法使いしか入れないはずの、戦闘系の流派に弟子入りしたことを示していた。

 自分とすれ違う生徒から視線を浴びるたびに、カリーナの上機嫌だった気分はどんどん萎んでいってしまう。

 昨日まで自分に向けていたものとは、違う感情の込められた生徒達の目。
 もちろん、良い意味での視線はない。
 カリーナが七級である事実は変わっていないのだから、当然だった。
 生徒の中には、戦闘系に入りたくても泣く泣く諦めた者も数多くいるのだ。

 ──どうして七級のあいつが弟子入りできて、俺はできないんだ。

 そんな、嫉妬というよりも理不尽に対する怒りのような視線を感じるたびに、カリーナは肩身が狭い思いをした。
 彼らの目から逃げるように、早足で教室へと向かう。
 すると、奇しくも昨日と同じ場所で、レベッカと顔を合わせることになった。
 彼女はカリーナの胸にある記章を見て、怪訝そうに表情を歪める。

「……ごきげんよう、カリーナさん」
「あら、レベッカさん。ごきげんよう」

 見覚えのない紋様だったことで無名どころだと判断したのか、彼女はすぐに、いつもの見下すような態度に戻った。

「まさか、本当に上級の流派に入ってしまうなんて……一体、どんな手を使ったのかしらね?」
「安心して下さいな。貴族の名を貶めるような真似はしていませんわ」
「貴族、ねぇ?」

 レベッカが、弄ぶ獲物を見つけた時の猫のような、いやらしい笑みを浮かべる。

 彼女はカリーナに目を向けたまま、首に掛かっていたアクセサリーを、少し持ち上げてみせた。
 アクアマリンにも似た、大きな青色の宝石が幾つも埋め込まれたネックレスだ。
 少し装飾過多なような気もするが、むしろ優雅な雰囲気のある彼女には、その方が合っている。

「ねえ、カリーナさん。この首飾り、私に似合っているかしら?」
「ええ、とても似合ってますわ」

 カリーナが素直に返すと、レベッカが首にあるネックレスを愛おしそうに撫でた。

「ありがとう。実はこれ、魔力値の底上げをする魔道具なのよ」

 レベッカの言葉に、カリーナは軽く目を見張った。
 魔力値や感応値といった基礎能力を上げる力を持つ魔道具は、人間の魔法使いには作れず、普通の魔道具よりもずっと稀少なのだ。
 上級の魔法使いでも、持っている者は少ない。
 魔法使いならば、誰もが憧れるような一級クラスの装備品である。

 カリーナの羨むような視線に、レベッカは自慢するように話を続けた。

「昨日、お父様からプレゼントしてもらったの。名門のマクダーモット流に入門できたご褒美ですって」
「そう……」

 この時点でカリーナは、レベッカの言葉の裏にあるものを察していた。
 彼女は、知っているのだ。
 昨日、カリーナが家から放逐されたことを。
 もう貴族の娘でも何でもない、ただの平民であることを。

「侯爵家の娘だもの。貴女にもきっと、お父様から何か贈り物があるわ」
「……」

 唇を噛んで黙り込んでしまったカリーナに、レベッカが高笑いをしながら去っていく。

 まだ癒えていない傷に、塩を塗り込まれたかのようだった。
 すぐには立ち直れず動けないでいると、背後からカリーナの肩に手が置かれる。
 見ると、いつもの眠そうな無表情を、僅かにだが心配そうに歪めたエミリアが立っていた。
 彼女の隣には、レベッカの背中に憎々しげな目を向けているヘレナもいる。

「大丈夫?」
「ええ……」
「ほんと、嫌なやつだよね~」

 ヘレナはそう言ってからカリーナに向き直り、今度は一転して弾んだ声を上げた。

「おめでとう、カリーナ! 弟子入り先が見つかったんだね」
「おめでとう」
「ありがとう、エミリア、ヘレナ」

 実家から捨てられても変わらず接してくれる二人に、カリーナは救われたような思いがする。
 ヘレナはカリーナの胸にある記章を見て、唸りながら首を傾げた。

「う~ん、私の知らない紋様だけど……なんて流派なの?」
「……あっ」

 その質問に、カリーナは自分が大切なことを失念していたことに気が付いた。

「どうした?」
「流派の名称をお聞きするのを、忘れていましたわ……」
「あはは、カリーナらしいね」

 おろおろとする彼女に苦笑した後、ヘレナは少し気まずそうにしながら、心配していたことを切り出した。

「それで、その……泊まる所はあるの? もし困ってるなら、うちに来る?」
「大丈夫ですわ。しばらくは師匠の所に泊めてもらえることになりましたの」
「へえ?」

 カリーナが二人にアキラのことについて話していくと、どうしてかヘレナは険しい表情になっていった。
 弟子が一人しかおらず、森の外れにある家で二人暮らしになることを説明したあたりで、エミリアの無表情もどこか硬くなっている。
 そんな二人の反応に、カリーナは不思議そうに首を傾げた。

「二人とも、どうなされましたの?」
「ねえ、カリーナ。そのアキラって人に、何かされてないよね?」
「ええっと……何か、とは?」

 よく分かっていない彼女に、ヘレナが周りに聞こえないよう耳打ちをする。
 その内容に、カリーナは一瞬で顔を真っ赤にした。

「し、師匠はそんなことをする人ではありませんわ!」

 まだ会って間もないはずのカリーナの断言に、ヘレナは微妙そうな表情を浮かべる。

「だってカリーナって、意外と単純……ゴホンッ、純粋で騙されやすいところがあるしな~」
「うん。だから、とても心配」
「まあ、お二人とも失礼ですわ!」

 二人の言い様に、心外だと頬を膨らませたカリーナであった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第六話 弟子


 第六話 弟子



 その日の目覚めは驚くほどに爽快で、意識を浮上させてから、すぐに頭の中が冴え渡っていった。
 いつもの鈍い頭痛や、こみ上げてくる吐き気や、寝床に縫いつけられたのかと錯覚するほどの気怠さもない。
 久しく忘れていた疲労のない朝に、戸惑ってしまうほどだ。

 カリーナは、そんな心地よい目覚めの余韻にひたり、幸せな気分になる。
 だが次の瞬間には、昨日のことを思い出して、どん底まで気を沈ませた。

 ──お父様に捨てられた、人生最悪の日。
 昨日は、カリーナにとってそういう日だった。
 いっそ、もう目覚めなくてもよかったとさえ思ってしまう。
 なりふり構わず泣いてしまいたくなるものの、ここは恩人の家であったことを思い出して、なんとか堪えた。

 これからどうしようかと、頭を悩ませながら起き上がり……ふと寝かされていたベッドの手触りが、やけにいいことに気が付く。

(……これ、何で出来ていますの?)

 体が沈み込みそうな、それでいて適度な弾力のあるマットレスに、素材はよく分からないが高品質であることが分かるシーツ。
 昨晩は色々ありすぎて意識していなかったが、これは元実家である侯爵家にあったベッドよりも質が高いように思えた。
 ふと気になって、カリーナは自分がいる部屋の内装を見回し……驚愕に、目を見開く。

 その部屋の中にあった、調度品の数々。
 それらのほとんどが、何かしらの魔道具だったのだ。
 火を使わないランプや、傾けると中から水が湧く水瓶といった定番のものから、用途のよく分からない珍しいものまで、様々な魔道具が備え付けられてある。

 価値は質によって大きく左右されるものの、大抵の魔道具は庶民の手には届きにくい高級品だ。
 それが、この客室には数え切れないほど置かれてある。
 侯爵家の屋敷並みの……いや、それ以上の財力を窺わせる部屋だった。

(たしか、アキラ様と名乗っておられましたけど……)

 一体、何者なのだろうか?
 明らかに只者ではないのだが、少なくともカリーナの記憶の中に、アキラという名の大貴族や富豪はいない。

 それに、これだけの調度品を揃えられる財力があるのに、どうしてあんなに見窄らしい格好をしているのかも分からなかった。
 普通の魔法使いならば平民出身でもそこそこ裕福であるし、よほど能力が低くなければ、もうちょっと良い装備品を揃えられる。
 特に戦いを専門とする四級以上の魔法使いともなれば、装備品の質が生死に直結する場合もあるので、できるだけ良い装備品で身を包むのが普通だ。
 だがアキラの身につけていた装備品は、五級以下の魔法使いよりも酷いものだった。

 流派の師範になることを認められるほど優秀な魔法使いであるはずなのに、どうしてあんな格好をしているのだろうか?

 次々と浮かび上がってくる不可解な点に、カリーナが考え込んでいると、部屋の扉をノックする音が響いた。

「起きてるか?」

 その問い掛けにカリーナが返事をすると、楕円形のトレイを片手に持ったアキラが、扉を開けて中に入ってくる。
 トレイの上には皿が乗っており、白い湯気を立てていた。
 ベッドの上にいるカリーナからは、その中身までは見えない。

「体の調子はどうだ?」
「おかげさまで、調子が良いですわ」
「そうか」

 ぶっきらぼうな口調で喋るアキラが、ベッドの傍にまで来ると、カリーナは深々と頭を下げた。

「昨晩は助けてもらった上に泊めて頂き、感謝いたしますわ」
「別にいいさ」
「それで……その……」

 思わずカリーナは、続く言葉を言い淀んでしまう。
 アキラから恩を受けたものの、家から捨てられたばかりの彼女には、返せるものが何もないのだ。
 カリーナがどうやってお礼をすればいいのか悩んでいると、アキラが手に持っていたトレイを彼女に差し出した。
 皿の中にある米料理らしきものから良い匂いが漂い、カリーナの鼻腔をくすぐる。

「あの、これは?」
「朝食だ。お粥はスキルメニューにな……作れないから、リゾットにしてみた」

 カリーナがトレイを受け取った状態で呆けていると、アキラが首を傾げた。

「食欲がないのか?」
「いえ、そうではなく──」

 ただでさえ何もお礼ができないのに、朝食まで頂いてしまって良いのだろうか?
 と思ったところで、カリーナのお腹からキュルキュルと可愛らしい音が鳴った。
 昨晩は夕食前に家を飛び出したので、お腹が減っていたのだ。

「……頂きますわ」

 恥ずかしさから顔を赤くして、カリーナはトレイの上にあった匙を手に取る。
 そうして、ランドリア王国では珍しい米の料理を掬い、ゆっくりと口の中に運んだ。
 咀嚼した途端に、鬱屈としていた気分を忘れてしまうほどの衝撃を受けて、目を大きく見開く。

(──美味しいっ!)

 海鮮類とチーズが絶妙に絡み合った味が舌の上に広がる。
 今まで食べたことのないような美味に、カリーナは頬に手を当てて、うっとりと目尻を弛ませた。
 この近辺では高級食材である海の幸に、様々な調味料を惜しげもなく使った料理。
 かなりの贅を凝らした一品だが、カリーナはそんなことを考える余裕もないほどに、料理の虜にされてしまった。

 夢中になってリゾットを掬い、一口ごとにじっくりと味わう。
 カリーナが実に幸せそうな表情で料理を食べていると、途中でアキラが彼女に声を掛けた。

「そういえばさ」
「……はい」

 我に返ったカリーナは、自分がアキラの視線を忘れるほど一心不乱に食事をしていたことに気が付き、ますます顔を赤くする。

「お前、通ってた学院はどうなるんだ?」
「えっと……? 失礼、仰っている意味がよく分かりませんわ」

 カリーナがそう言うと、アキラはどこか話しづらそうに頬を掻いた。

「実家から勘当されたんだろう? 学費とかどうなるのかなって……」

 アキラの質問に、カリーナは内心で疑問符を浮かべつつ、素直に答える。

「いえ、魔法学院に学費はありませんわ。ギルド長と学院長を兼任なされているウリエル様が資金を提供しておりまして、魔法の才能がある者ならば誰でも入れるようになっていますの」
「そうか」

 頷くアキラを、カリーナは不思議そうに見つめた。
 今話したことは、ランドリア王国の魔法使いならば誰でも知っていることだ。

 仮にも流派の師範を引き受けた者が、どうしてそんなことを知らないのだろうか?

 カリーナがそう疑問に思っていると、アキラが懐から何かを取り出した。

「じゃあ、学院には通えるんだな」

 そう言って、彼は見たことのない紋様が刻まれた記章をカリーナに手渡す。
 アキラの流派に弟子入りをしたことを示すそれに、彼女は声を震わせた。

「こ、これは! どうして……」
「昨日、弟子にするって言っただろう?」
「でも、わたくしは七級で──」

 カリーナが言おうとした言葉を遮るようにして、アキラがさらに驚くべきことを言い出した。

「そうそう、家に帰れるようになるまでは、ここで寝泊まりするといい」
「えっ」
「どうせ部屋は余ってるからな」
「……」

 あまりのことに、カリーナは絶句する。

 アキラとカリーナは、昨日まで赤の他人だったはずだ。
 今も、少し会話をしたことがある程度の知人でしかない。
 とてもではないが、カリーナがそのような厚遇を受けていい関係ではないはずだ。

 思わず下心を疑ってしまいそうになるが、カリーナはすぐにその考えを否定した。
 彼女は自分の容姿にそこまで自惚れてはいないし、かといって他のことでも自分に価値があるとは思えない。
 カリーナはラッセル家から追い出されてしまったし、彼ほどの財力を持つ者を満足させるような金銭も持ち合わせていないのだ。
 強いて言うなら僅かなりとも魔法を扱える力があることだが、それも流派の師範をするほどの者にとったらゴミのようなものだろう。

 彼女が反応を返せないでいると、アキラが不安そうに声を掛けてきた。

「嫌か?」
「いえ、そういうことではなく……どうして、そこまでして下さいますの?」

 ──彼は底抜けのお人好しで、自分の身の上に同情した。
 カリーナが思いつく理由は、これぐらいだった。
 もしそうなら、アキラの善意からくる厚意に感謝しなければならない。

 そして、彼の提案を絶対に断ろうと思っていた。
 アキラが優しいのをいいことに、ただ同情を引いて自分から甘い汁を
啜ろうとするなど、他人を騙して懐を潤す輩と何ら変わらないと思ったからだ。 彼の善意につけ込んで、依存するようなことはしたくなかった。
 優しい人だからこそ、甘えてはいけないと思った。

 そんな決意を胸に、アキラの返事を待つ。
 だが彼が口にした理由は、カリーナが予想していたものとは違っていた。

「目の下に、クマがあったからだ」
「クマ……ですか?」

 戸惑うカリーナに、アキラは何かを考えながら、ゆっくりと話を続ける。

「実は、俺が誰かを弟子に取るのは初めてだ。そして俺のやり方だと、弟子の成長に普通の才能は関係ない……と思う。俺にとって、弟子のランクが一級だろうが七級だろうが関係ないんだ。だから俺は、違う部分を評価した」

 アキラはそこで一旦言葉を切ると、気恥ずかしそうに視線をカリーナから逸らした。

「俺はお前を、凄いと思った。見込みがあると思ったから、弟子にした。そして、俺の弟子だから面倒を見る。これじゃ駄目か?」

 彼の話した内容に、カリーナは体を硬直させた。
 半開きになった口から、消え入りそうな声を漏らす。

「……わたくしを、評価して下さったと?」
「そうだ。だってお前は、あんなになるまで努力を重ねてきたんだろう? よく頑張ったな」
「あ──」

 心が、震えた。
 何かを言おうとしても声が出ず、唇だけが動く。
 堪える暇もなく、涙が溢れた。

 結果の出ない努力に何の意味もないと、カリーナは重々承知している。
 だから、誰からも……父からでさえも、労いや褒め言葉はもらったことがないし、それが当然だと思っていた。
 鼻で笑われて馬鹿にされることはあっても、評価されるなんてことはなかった。

 だからだろうか。
「よく頑張ったな」という軽い一言が、心の奥底まで深く響いたのだ。
 初めての経験に、言葉では言い表せない感情が胸を熱くした。

 ふとアキラの手が、カリーナの頭を撫でる。
 その仕草は、まるで子供扱いだ。
 でもそれがとても心地よく感じられ、彼女は自分が子供であったことを思い出した。

 これまで、簡単には涙を見せたりしないと半ば意地になりながら生きてきたのだが、昨日からは泣いてばかりである。
 情けないという思いはあるものの、今はもう無理に我慢しようとは思わなくなっていた。

「……ありがとうございます」

 ようやく声が出せる程度に落ち着いたカリーナは、渡された記章を大切そうに胸に抱きながら、深く頭を下げたのだった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第五話 現実


 第五話 現実



「どうしてこうなった」

 アデルの家にあった、幾つかの客室のうちの一つ。
 そこのベッドの上で寝息を立てている少女の姿を見て、俺は思わず頭を抱えた。

 俺がゲームのキャラであるアデル・ラングフォードとなってしまった日の翌日。
 ウリエルにおねだりされて弟子を取ることを了承してしまったものの、何をどうしていいか分からず、適当に街を彷徨っていたのだ。

 ウリエル曰く、ラングフォード流と名付けられた新しい流派の名前を出せば、弟子なんて勝手に向こうから集まってくるらしいが……正直面倒くさいので、あんまり沢山の弟子は取りたくない。
 というか、偉そうな顔をして魔法を教えられる自信がない。
 なにせ昨日までの俺は、何の取り柄もないただの大学生だったのだ。

 それに、入門希望者に受けさせる試験を作れと言われても、どんなことをやればいいのか全然分からない。
 だから試験を実施して弟子を募ることはせず、そこら辺で遊んでる生徒を適当に見繕ってスカウトしてしまおうと街を歩いていたのだが……

 偶然、男に絡まれていたところを助けた少女から、いきなり弟子にしてくれと迫られたのである。

 あまりの剣幕に思わず頷かされてしまったが、俺にとっても別に問題はなかった。
 元々弟子に取る生徒を探していたのだし、彼女がそうなっただけのことである。
 だが俺があっさり弟子入りを認めると、彼女は信じられないといった面持ちで目を見開いた後、急に気を失って倒れてしまったのだ。
 しかも、けっこうな熱を出して。

 いたいけな少女を、路上に寝かせたまま放置しておくわけにもいかない。
 かといって、まだ名前も聞いていなかったので、どこに送り届けていいのかも分からない。
 だから俺は、ひとまずこの少女をアデルの家へと運んだのだった。

 そして、空いていた客室のベッドに彼女を寝かせて今に至る。
 やってしまってから、ふと思ったのだが……これがもし現代の日本なら、俺は警察に捕まってしまうのではないだろうか?
 中学生ぐらいであろう年齢の女の子を、路上で寝ていたのをいいことに大学生の男が自宅に連れ込む。
 ……凄く、犯罪くさいです。

 向こうで実行に移していれば、ご近所さんの通報で警察に踏み込まれ、全国ニュースで「大学生の男が、少女を誘拐」と報道されていたかもしれない。
 俺の持っている同人誌やパソコンの中身から出てきたものを晒され、「これだからオタクは……」と
か囁かれ、全国にいる同志たちに申し訳ないことになっていたはずだ。

 日本ならば、俺だって普通に救急車を呼ぶという適切な対応が取れたのだろう。
 だが、ここは異世界だ。
 病院のような施設が、あるのかどうかも知らない。
 俺の行いが、異世界の人にどう受け取られるのか全然分からない。
 今になって、どうして宿の部屋を取らなかったのかという後悔の念が湧く。

 ──やってしまったかもしれない。

 そんな不安から、俺は少女の眠るベッドの傍らに座ってダラダラと冷や汗を流していた。
 できれば、心の準備ができるまで目覚めないで欲しい。
 そんな願いも虚しく、やがて少女はゆっくりと閉じていた瞼を上げた。

「……目が覚めたか?」
「ここは……?」
「俺の家だ。お前が急に倒れたから、連れてきた」

 正直に言った。
 ここで少女が悲鳴を上げようものなら、すぐにでも王都から逃げようと心に決め、ビクビクしながら彼女の反応を窺う。
 だが俺が予想していたような事態は起こらず、少女はベッドから体を起こそうとして、つらそうに表情を歪めた。

「熱がある。無理に起き上がろうとしなくていい」
「ありがとうございます」

 少女が、お礼を言いつつ体の力を抜く。
 どうやら、俺の行いは異世界的にセーフだったらしい。
 俺は内心で胸をなで下ろした。
 ちょっと考えすぎだったのかもしれない。

「もう遅い時間だし、親御さんも心配しているだろう。俺が連絡をしておくから、住んでいる場所を教えてくれないか?」
「あ……」

 俺の言葉に、少女が小さく声を上げて身を固くした。
 ……今になって、身の危険を覚えたとかじゃないよね?

「どうした?」
「わたくし、帰る家がありませんの。いえ、今日から無くなったと言うべきか……」
「どういうことだ?」

 尋ねると、少女は少し躊躇った様子を見せてから、自分の事情を話しはじめた。

 少女が、カリーナ・ラッセルという侯爵家の令嬢であったこと。
 トウェーデ魔法学院の生徒であり、七級魔法使いであること。
 そしてつい先ほど、その学院の成績が原因で、侯爵家から捨てられてしまったこと。

 悲惨に思える身の上話を聞かされ、俺はどう声を掛けてよいのか分からなくなってしまった。
 その沈黙をどう受け止めたのか、カリーナという名の少女が苦笑する。

「わたくしが七級魔法使いだと知って、失望されましたか?」
「いや……」
「気を遣わなくていいんですのよ」

 そう言って、カリーナは笑みを浮かべた。

「冷静に考えれば、今さらどこかに弟子入りできた程度で、家に帰れるようになるとは思えませんし……それにもう、疲れましたわ」
 
 草臥れた老人のようだ。
 諦観の入り交じった彼女の表情を見て、俺はそう思った。

「だから、ごめんなさい。弟子入りの話は、なかったことに──」
「帰れるさ」

 平和な国で育ったせいだろうか?
 まだ子供と言っていい年齢のカリーナの境遇にいたたまれなくなって、俺は気が付けばそんな言葉を口にしていた。

「俺の弟子になるんだ。俺がお前を、誰よりも強い魔法使いにする。お前が優秀な魔法使いだって認められれば、家にだって帰れるようになるんじゃないか?」
「ふふふ、優しいんですのね」

 俺はわりと本気で言ったのだが、カリーナは信じていない様子だった。
 でも、少しは安心できたのかもしれない。
 彼女はベッドの上で、瞼を眠たそうに瞬かせた。

「そういえば、まだお名前をお聞きしていませんでしたわ」
「うっ……」

 ちょっと言い淀んだ俺に、カリーナが不思議そうに首を傾げた。

 ここでアデルと名乗ると、なんとなく面倒なことになりそうな予感がしたのだ。
 ウリエルも、この名前が広まれば、ちょっとした騒ぎになるだろうと言っていたし……学院から弟子入り希望者が大挙して押し寄せて来そうな気がする。
 それは、非常に困る。

 なので俺は、日本での名を名乗ることにした。
 いつまでも隠しきれるものではないだろうが、ひとまず先送りである。

「アキラだ」
「アキラ様……今日という日に、貴方と会えてよかった」

 眠気で目が閉じそうになるのを懸命に堪えている彼女に、俺はできるだけ優しく見えるよう苦心しながら、笑顔を作った。

「今日はもう寝ろ。これからのことは、明日の朝にでも話せばいい」
「……ごめんなさい、お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 カリーナはそう言うと、再び目を閉じた。
 彼女の口から、すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。
 でも若干、苦しそうにしているのが気になった。顔色も悪いし、うっすらと汗もかいている。

 ……まさか、このまま死んだりしないよね?
 日本では、過労のせいで家で寝たまま死んでいたというニュースもあったし……

 ちょっと不安になったので、試しに回復魔法でも最上級にあたる【パーフェクト・ヒール】をかけてみた。
 すると彼女の目の下にあったクマが消えて、苦しげだった寝息が安らかなものに変わる。
 どうやら、熱も下がっているようだった。
 思った以上に、魔法って便利だ。

 最初は風邪か何かだと思っていたのだが、彼女の話を聞く限り、やはり熱の原因は過労だったのだろう。
 よく観察しないと分からないが、頬が微妙にやつれているし……相当苦労してきたのだと思う。
 貴族の家のご令嬢なのに、回復魔法は誰にもかけてもらえなかったのだろうか?

 俺は続けて、【アナライズ】という対象のステータスを分析する力のある魔法をかけてみた。
 ゲームではモンスターにしか使用できなかった魔法だが、この世界では人間相手にも問題なく発動した。

 魔力値  37
 肉体強度 15
 感応値  22

 ……これは酷い。
 人間の魔法使いの平均値がどれくらいなのかは知らないが、酷いということだけは分かる。

 肉体強度や感応値が何を示す数字なのか、確証はない。
 だが少なくとも魔力値……MPが37というのは低すぎる。
 どれくらい低いかというと、ゲーム序盤で覚える魔法を数発放つだけで尽きてしまうぐらいに低い。
 これでは、劣等生と言われてもしょうがないかもしれない。

 彼女の様子を見る限り、きっと努力を怠っていたわけではないのだろう。
 ゲームではモンスターを倒してレベルを上げれば簡単に強くなれたが、レベルという概念のないこの世界では、そう簡単な話ではないらしい。

 人並み以上の努力をして人並みの結果が出ないのなら、それは才能がないということだ。
 お前には向いていなかったんだと、冷たく突き放すことはできる。
 でもカリーナには、できれば報われて欲しいと思った。
 きっと男なら、誰でもそう思うはずだ。
 なにせ、薄幸の美少女だし。

 これでむさいオッサンが相手だったら、「ああ、そうか」としか思わなかった自信がある。
 美少女はすべからく保護されるべきだ。

「お父様……」

 寝言だろう。
 そうぽつりと呟いたかと思うと、カリーナの目尻から一粒の涙が流れ落ちた。

 なんか、キュンときた。

 俺は張り切って立ち上がると、つい先ほど思いついたことを実行するべく部屋を後にした。
 そのまま、荒れ果てた庭へと出る。

 カリーナに帰る家がないのなら、しばらく此処で暮らせばいいと思う。
 まだ本人に確認はとってないが、俺は既にそのつもりである。
 彼女が大手を振って実家に帰れるようになるまでは、面倒を見るつもりだ。

 一応、心算はある。
 たしかに俺には、魔法などの細かい理論は教えられない。
 アデルの力のおかげか、なんとなくで魔法を使うことはできるが、詳しい仕組みを理解しているわけではないのだ。

 だが代わりに俺には、ある程度までなら基礎的な能力を底上げする手段があった。
 ゲームとは違うので、どこまで上手くいくか分からないが、少なくともMPに相当する魔力は上げられるはずだ。
 他のステータスは試してみないと分からないが、恐らく大丈夫だろう。

 あとは、彼女が思う存分修行できる環境を用意したい。
 少なくとも魔法の練習をするのだから、開けた場所が必要になってくるはずだ。
 さらにはアレを育てるための畑や、もし使い魔を使役するのなら牧場も欲しい。

 だがメニュー画面には屋敷の増設などはあっても、荒れることを前提にしてないせいか、畑や牧場を修復できるような項目はなかった。
 だから、どれも普通ならすぐに用意するのは無理だろう。
 でも今の俺には、魔法があった。

「【クリエイト・ゴーレム】」

 茶色の光玉を集めて地属性の魔法を唱えると、地面の土が盛り上がって巨大な人型を形作っていく。
 簡単な命令に従って自動で動く、土人形だ。
 俺はそれをさらに数十体ほど作り出し、まずは荒れた庭を更地にするべく、人形達を動かしたのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
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