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『最強勇者の弟子育成計画』第八話 偵察

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 第八話 偵察

 俺は王都でカリーナと別れると、すぐに物陰に隠れた。
 魔法を発動した時の光が見えないように、こっそりと陰から、通行人に向けて手当たり次第に【アナライズ】をかけていく。

 途中でちょっと眩しくなってきたので、サングラス代わりに濃い色の付いた眼鏡……ゲームのおまけアイテムだ……を取り出して、顔に掛けた。

 なぜ俺がこんな不審者のような真似をしているかというと、この世界の人間が、どのくらいのステータスをしているのか調査するためだ。
 弟子の育成にも目安として使えるし、俺のステータスがどの程度なのかも分かる。

 でも白昼堂々と、他人に向けてカメラのフラッシュの如く魔法の光を放っていれば、王都の住人から白い目で見られること請け合いだ。
 だから、目立たないよう隠れた。

 でも、物陰でピカピカ光ってるのは丸分かりだったようで──

「おい貴様、そこで何をしている!」
「!」
 途中で金髪の厳つい衛兵らしき人に見つかって、追い掛けられてしまった。
 俺はただ、通りすがりの人を【アナライズ】していただけだというのに……

 幸い、眼鏡のおかげで顔は見られていなかったようだし、身体能力は俺の方が高かったので、しっかり衛兵も【アナライズ】してから撒いた。
 なぜか衛兵の人が凄く怒っていたが、俺は無罪なので気にしないでおこう。

 危ない思いをした甲斐があって、沢山の人のステータスを見ることができた。

 まず魔法使いでない者は、ほとんどの人が魔力値0だった。
 これは魔法の才能がないということなのだろう。
 たまに一桁分だけ魔力を持っている者もいたが、この数値ではまともに魔法が使えないはずだ。

 そして次に魔法使いのステータスなのだが、こちらはけっこうバラつきがあった。
 だが、カリーナほどステータスが低い魔法使いは滅多に見つからなかった。
 彼女は自分のことを劣等生だと言っていたが、やっぱりそれは謙遜でも何でもなかったようだ。
 少なくとも王都にいた魔法使いの中では、紛う方なき底辺である。

 倒れるほど努力してそれは、切なすぎるだろう……。
 あまりに不憫なので、俺がやれることは全てやって育てようと思う。

 逆に、ステータスが特に高かった魔法使いは、魔力値が二百前後ぐらいあった。
 感応値や肉体強度も似たような感じで、どれか一つでも三百にまで達している者は皆無である。
 まあ天使や魔族は別格だろうし、他の種族はまた違っているかもしれないが、少なくとも人間種の強さはこんなものなのだろう。

 次に俺は、魔法使いの装備品を売っている店を回っていった。
 どのくらいの性能を持った装備品が普通なのか、調べるためだ。
 カリーナには、一般的に出回っているものよりも、少し上ぐらいの性能の装備品を渡すつもりである。

 別にアイテムボックスの中にある最強装備を渡してもいいのだが、それを着たカリーナが表に出ると、なんとなく面倒なことになりそうな気がするからだ。
 だって、ゲームで見た装備品の説明欄には、「伝説の~」とか「神が創造した~」とか大仰な設定が付いているものばかりだったし。

 幾つか店を見て回って思ったのだが、やけに派手な装備品が多かった。
 やはり魔法使いの装備品は、派手なのが普通なのだろうか?
 もしそうなら、今の自分の装備も考え直さないといけない。

 とりあえず王都で一番広い店で目立つところに展示してあった装備品を基準にすることにした。
 これよりちょっとだけ良い装備品を渡しておけば間違いないだろう。
 俺はそこで調査を打ち切り、後は適当に王都を散策して時間を潰してから、カリーナと合流したのだった。

 俺はこの時、ステータスと装備品を調べただけで、人間の魔法使いの強さがどれくらいなのかを把握したつもりでいた。
 この世界はゲームとは違うと分かっていたつもりで、どこかゲームと同じように考えていたのだ。
 自分の認識が甘すぎたと気が付いたのは、カリーナを連れて王都を離れた後だった。

 帰り道で、ずっと何かを聞きたそうな顔をしていた彼女は、屋敷の庭先で俺の腕から降りると、すぐにこう質問してきたのである。

「あの、師匠の流──っ、……属性適性は何ですの?」
「え、何それ?」

 思わず素で答えてしまった瞬間、やってしまったと思った。
 彼女の口ぶりからして、その属性適性とやらは魔法使いの常識にある何かなのだろう。
 それを知らないとなると、変に思われてしまう。

 一瞬ヒヤリとしたが、どうやらカリーナは俺の反応に勘違いしてくれたらしい。
 彼女は深刻そうに俯いた後、小さな声で「今さら師匠の──を知らないなんて、言えないですわ……」と呟いたのが聞こえてきた。

 就職の面接に行って採用を受けたのはいいけど、実はその会社の仕事内容を知らなかったような気持ちだろうか?

 昨日できたばかりの流派の師匠だし、偽名を言っちゃったし、その属性適性とやらを知らないのが普通なんだけどね。
 都合がいいので、そのことは黙っておくことにする。
 俺はこっそりと安堵の息を吐いてから、逆に聞いてみることにした。

「カリーナの属性適性は、何なんだ?」
「わたくしは、火と風ですわ」
「他の属性は使えないのか?」
「ええ、魔法学院に入学した時にあった検査で、適性はその二つだと診断されましたわ」
「そうか……」

 どうやら、この世界の普通の魔法使いは、扱える属性が限られているらしい。
 二つの属性が使えるのは、普通と比べて多いのか少ないのか分からない。
 カリーナは成績が低いようだし、少ない方なのか?
 ……いや、属性適性だけは並以上の才能がある可能性もある。

 悩んだ末、俺は正直に答えることにした。

「俺は使えない属性がない」
「全属性を……」

 やめて、そんなキラキラした目で見ないで。
 中身はそんな大した人間じゃないんです。ただのオタクな大学生です。

「師匠の魔法を、見てみたいですわ」
「ん~、リクエストはあるか?」
「それでは、火属性か風属性の魔法を」

 カリーナは、考える素振りを見せずにその二つの属性を選んだ。
 まあ、自分の使える属性に興味を抱くのは当然か。

 危ないので、カリーナに俺の後ろにいるよう伝えてから、どんな魔法を使おうか思案する。
 最初は、何も考えずに一番強い魔法を使おうと思った。
 だがここで派手な魔法を披露してドヤ顔はちょっと恥ずかしいし、下手をすると威力が大きすぎて引かれるかもしれないので、やめておくことにする。
 かといって、弱すぎる魔法を見せても、今度はがっかりさせてしまうだろう。
 自分の師匠が弱い魔法しか使えないとなると、かなり不安になってしまうはずだ。

 ならばここは一段だけ下げて、火属性の上級魔法である【インフェルノ】や、風属性の上級魔法である【ヘルブラスト】あたりが妥当だろうか?

 ……いや、これも駄目な気がする。
 よく考えると、どちらもゲーム終盤の強敵と戦えるぐらいの威力があるのだ。
 王都にいる魔法使いぐらいの強さでは、束になっても勝負にならないであろうモンスターを、単独で撃破可能な魔法なのである。
 王城を一撃で破壊できそうな威力だと言った方が分かりやすいだろうか?
 もちろん空に向かって撃つが、余波でも土埃が酷いことになるし……

 なので結局、さらに一段下げた魔法でいくことにした。
 意識を集中し、集まってきた精霊から赤い玉を選んで五つ揃える。
 赤い光が融合して弾けると、火属性の中級魔法である【フレア】が発動した。
 地面に着弾してしまわないよう、やや斜め上に向けて、それを放つ。

 魔法を発動させた時の白い光が出た次の瞬間、鼓膜を破りそうな勢いで爆発音が連鎖し、赤い炎の花が幾つも咲き乱れた。
 辺りに衝撃波が吹き荒れ、地面の震動がその上に立つ足に伝わってくる。

 やがて放った魔法が収まると、直接火が触れたわけでもないのに、爆発が起こった空間の真下にあった雑草がぽっかりと消し飛んでしまっていた。
 想定通りの威力で発動したことに満足感を得ると、俺は自分の背後で魔法を見ていたであろうカリーナを振り返る。
 見ると彼女は、尻餅をついた姿勢で口を半開きにしていた。

「どうした?」
「……い、今の魔法は?」
「【フレア】だ」

 魔法名を教えると、カリーナは急にガバッと立ち上がって、俺に詰め寄ってきた。
 勢いに圧されて一歩下がると、彼女はさらに一歩進んで迫ってくる。

「そ、その魔法は教えて頂けるんですの!?」
「ああ……いや、ちょっと待て」

 思わず頷きかけてから、すぐに自分には魔法を教えられそうにないことを思い出した。
 ゲームにもあった、精霊の?げ方のコツや相性のいい魔法の組み合わせなどなら、教えられることもあるかもしれない。
 だが、使用する魔法自体はどう教えていいのかまるで分からないのだ。

 だから慌てて待ったをかけると、カリーナが暗い顔で肩を落としてしまった。

「そ、そうですわよね。流派の奥義かもしれない魔法を、入門したばかりの弟子が教えてもらえるわけが──」
「いや、そうじゃないから」

 カリーナの誤解を、首を横に振って否定する。
 ……否定してから、ちょっと後悔した。

「弟子になったからといって、簡単には魔法は教えない」という、教育方針っぽい理由を付けておけば、時間稼ぎになっただろうに……。
 笑顔になったカリーナから期待の眼差しを向けられると、今さら「やっぱり駄目」とは言えなかった。

 俺は短い時間、逡巡した後、ふと妙案を思いついて彼女を手招きする。

「ついてこい」
「はい」

 俺はカリーナを連れて屋敷の中へ入り、二階にある書斎へと案内した。
 中身を詳しく確認してないが……というか文字が読めないので確認しようがないが、何かそれっぽい本が沢山ある部屋だ。
 表紙に魔法陣っぽいのが描かれてあるので、きっと何らかの魔法書なのだろうと思う。
 違ってたら、謝ろう。

「この部屋にある本は、自由に読んでいい」

 俺がそう言うと、どうしてか呆けた表情をしていたカリーナは、ふらふらとした足取りで本棚へと歩み寄った。
 その中の一冊を取り出すと、目を皿のようにして一心不乱に読み始める。
 ……なんか、目が血走ってて怖い。

「できるだけ、自力で勉強すること。どうしても分からないことがあった時だけ、質問に来い」

 実際に来られたら化けの皮が剥がれそうなので、心より健闘をお祈りしております。

「ほ、本当に、ここにある全ての本を、自由に読んでいいんですの?」

 俺の声で我に返ったカリーナが、恐る恐るといった様子で確認してきた。
 本を持つ手が、ちょっと震えている気がする。

「ああ、そうだ」
「──っ、ありがとうございます!」

 頷くと、カリーナに深々と頭を下げられた。

 ……それって、そんなに凄い本なのだろうか?
 軽々しく人に読ませてしまってよかったのだろうかと、ちょっと不安になる。
 どんなことが書いてあるのか興味も湧いてきたし、これからコツコツとこの世界の文字を覚えていこうかな……と考えていたところで、部屋の外から窓を小突く者がいた。

 俺が窓を開けてやると、背中の翼を動かして宙に浮いている女性が、弾んだ声を上げて中に入ってくる。

「あ~、いたいた。本当にこんな所に住んでたのね~」

 そう言って二階の窓から直接入ってきた女性を見て、カリーナが瞠目した。
 何やら死にかけの魚のように、口をぱくぱくさせている。

「ウリエルか。何しに来た?」
「何って、遊びに来たのよ~。昨日、そう言ったじゃない」
「……そうだったな」

 昨日の別れ際、寂しそうな顔をされたのに負けて、つい住んでいる場所を教えてしまったのだ。
 たしかに「暇があったらいつでも遊びに来ていい」とは言ったが、その次の日に来るとは思わなかった。

「ウ、ウ、ウ、ウリエル様!?」
「あら、誰かしら?」

 ようやく声を絞り出したカリーナに、小首を傾げて彼女を見るウリエル。
 二人の反応を見て、俺はなんとなく面倒くさいことになりそうな予感がした。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第七話 謎の師匠


 第七話 謎の師匠



 ゆっくり寝すぎたせいか、学院に登校しなければならない時間が差し迫っていたので、これからの詳しい話は帰ってからということになった。

 てっきり、アキラの屋敷は王都の中にあると思っていたカリーナは、外に出た瞬間、目を丸くして驚いてしまう。
 王都の街並みはどこにも見当たらず、代わりに屋敷の周囲には平原が広がっていたのだ。

 遠目には、鬱蒼とした森も見える。
 あの森は、おそらく【幻幽の森】だ。
 王都の近場にある森で、どうしてか奥に入ろうとしても、いつの間にか入り口に戻されてしまう不思議な場所として有名だった。
 とある一級魔法使いが、この森から強力な結界を感知したという話もある。

 アキラの住む屋敷は、どうやらその【幻幽の森】の奥にあるようだった。

 さらに近くにある平地では、幾体ものゴーレムが忙しなく行き交い、畑を耕したり何かの建物を組み立てたりしている。
 そのゴーレムの一体一体が、土で出来ているとは思えないほど洗練された姿をしており、キビキビとした動きをしていた。

 普通の魔法使いが扱うゴーレムは、歩くたびに体から土が落ち、のっそりとした動きをしているものだ。
 たとえ腕の良い魔法使いでも、あのようなゴーレムは一体作るだけで精一杯だろう。
 アキラが魔法で召喚したのだとしたら、驚嘆すべき技量である。

 俄には信じられないいくつもの光景を目の当たりにして、カリーナは呆然と立ち尽くした。
 驚くべきことが多すぎて麻痺したのか、彼女は自分が理解できる範囲の事実を、まず最初に認識する。

「これでは、学院の授業に間に合いませんわ……」

 いくら近いといっても、【幻幽の森】と王都では徒歩で数時間以上の距離はある。
 カリーナの足ではどう頑張っても、間に合いそうになかった。

 こうなったのは、のんきに遅くまで寝込んでいた自分のせいだ。
 そう思い、仕方なく大幅な遅刻を覚悟していると、屋敷からアキラが出てきた。

「走っても駄目か?」
「……少なくとも、私には無理ですわね」

 今からだと、王都内にある実家から学院に向かって丁度いいぐらいだろう。
 王都の外にある森の奥地からだと、下手をすれば学院の授業が終わっているかもしれない。

「師匠も、王都へ行かれるんですの?」
「……そう呼ばれると、背中がむず痒いんだけど」

 どこか気恥ずかしそうに頬を掻いて、アキラは頷いた。

「追い追い、自力で通えるようになってもらうけど、しばらくは俺が王都まで送っていくな」
「え?」

 送っていくという発言に、カリーナが頭に疑問符を浮かべていると、アキラは彼女の前に立ってしゃがみ込んだ。

「乗って」
「あの、それは流石に……」

 短い間にアキラの人となりは把握していたし、別に嫌なわけではないのだが、なんとなく恥ずかしい。
 彼の背中を前にカリーナがもじもじしていると、アキラが不思議そうに首を傾げた。

「おんぶは恥ずかしいか?」
「え、ええ」
「う~ん、それもそうか」

 アキラがそう言って立ち上がったことに、
安堵の息を吐いたのも束の間。 何を思ったのか、彼はカリーナに歩み寄ると、彼女を横抱きに抱え上げた。
 軽々と自分を持ち上げたアキラに、あわあわと取り乱しながら抗議しようとして──

「舌を噛むかもしれないから、喋らないで」

 グンッと体を上に押し上げられるような感覚がして、カリーナは慌てて彼の体に捕まった。
 凄まじい速度で、視界に映っていた景色が斜め下に流れていく。

 アキラが跳躍したのだとカリーナが気づいたのは、上昇が止まって浮遊感を覚えたところだった。
 どうなったのか辺りを見回すと、目に飛び込んできた風景に息を呑む。

 二人は今、空を飛ぶ鳥と同じ高さを漂っていた。

 遠くには王都の街並みが広がっており、城壁の門から続く街道にはポツポツと商人の馬車らしきものが見える。
 人が豆粒のようであり、広いと思っていた王都が手狭な箱庭のように映った。
 あんなに小さな場所の中で、うじうじと苦悩していた自分が、ちょっと馬鹿らしく思えてしまう……とまでは言わない。
 世界にとってはどれだけ小さなことでも、眼下に見える豆粒の一つでしかない自分の心では、昨日までの重圧に今にも押し潰されそうだったのだ。
 だがそれでも、気が大きくなって少し余裕を持つことができた。

 ふとカリーナは、この位置まで跳んでみせた師の顔を見上げる。
 本当に、彼は一体何者だろうか?

 今は魔法を使って足場を作り、それを蹴って空を駆けている。
 だが最初の跳躍の時には、魔法を発動した光が見えなかったので、おそらくは魔力で強化した身体能力のみで跳んだのだろう。
 なんとも凄まじい肉体強度である。
 人間の魔法使いでこんな動きをする存在なぞ、聞いたこともない。

 魔法使いで言う肉体強度とは、体内にある魔力でどこまで体を強化できるかのことだ。
 外に放出する魔法と違って、いくら体を強化し続けても魔力を消費することはない。
 だが体内にある魔力が肉体強度の限界値を下回れば、残っている魔力分の強化しかできなくなる。

 つまりアキラは、あれだけのゴーレムを動かしておいて、まだまだ魔力に余裕があるのだ。
 彼の実力の底が、見える気がしない。

 こんなにも凄い人が自分の師匠なのだと思うと、カリーナはなんとも言えない胸の高鳴りを感じるのだった。

────────────────────

 学院には、余裕を持って到着することができた。 
 何か用事があるらしく、アキラとは王都に入ってすぐに別れている。
 二人は今日の授業が終わってから、城壁前で落ち合うことになっていた。

 いつになく上機嫌な様子でカリーナが魔法学院の校門をくぐると、昨日と同じように生徒の視線が集中する。
 胸の上にある記章の色に、誰もが信じられないといった顔をしていた。

 各々の流派から配布される記章は、上級にあたる戦闘系の流派は金色、下級にあたる生産系の流派は銀色で装飾されている。
 カリーナの胸にある記章は金色をしており、それは彼女が四級以上の魔法使いしか入れないはずの、戦闘系の流派に弟子入りしたことを示していた。

 自分とすれ違う生徒から視線を浴びるたびに、カリーナの上機嫌だった気分はどんどん萎んでいってしまう。

 昨日まで自分に向けていたものとは、違う感情の込められた生徒達の目。
 もちろん、良い意味での視線はない。
 カリーナが七級である事実は変わっていないのだから、当然だった。
 生徒の中には、戦闘系に入りたくても泣く泣く諦めた者も数多くいるのだ。

 ──どうして七級のあいつが弟子入りできて、俺はできないんだ。

 そんな、嫉妬というよりも理不尽に対する怒りのような視線を感じるたびに、カリーナは肩身が狭い思いをした。
 彼らの目から逃げるように、早足で教室へと向かう。
 すると、奇しくも昨日と同じ場所で、レベッカと顔を合わせることになった。
 彼女はカリーナの胸にある記章を見て、怪訝そうに表情を歪める。

「……ごきげんよう、カリーナさん」
「あら、レベッカさん。ごきげんよう」

 見覚えのない紋様だったことで無名どころだと判断したのか、彼女はすぐに、いつもの見下すような態度に戻った。

「まさか、本当に上級の流派に入ってしまうなんて……一体、どんな手を使ったのかしらね?」
「安心して下さいな。貴族の名を貶めるような真似はしていませんわ」
「貴族、ねぇ?」

 レベッカが、弄ぶ獲物を見つけた時の猫のような、いやらしい笑みを浮かべる。

 彼女はカリーナに目を向けたまま、首に掛かっていたアクセサリーを、少し持ち上げてみせた。
 アクアマリンにも似た、大きな青色の宝石が幾つも埋め込まれたネックレスだ。
 少し装飾過多なような気もするが、むしろ優雅な雰囲気のある彼女には、その方が合っている。

「ねえ、カリーナさん。この首飾り、私に似合っているかしら?」
「ええ、とても似合ってますわ」

 カリーナが素直に返すと、レベッカが首にあるネックレスを愛おしそうに撫でた。

「ありがとう。実はこれ、魔力値の底上げをする魔道具なのよ」

 レベッカの言葉に、カリーナは軽く目を見張った。
 魔力値や感応値といった基礎能力を上げる力を持つ魔道具は、人間の魔法使いには作れず、普通の魔道具よりもずっと稀少なのだ。
 上級の魔法使いでも、持っている者は少ない。
 魔法使いならば、誰もが憧れるような一級クラスの装備品である。

 カリーナの羨むような視線に、レベッカは自慢するように話を続けた。

「昨日、お父様からプレゼントしてもらったの。名門のマクダーモット流に入門できたご褒美ですって」
「そう……」

 この時点でカリーナは、レベッカの言葉の裏にあるものを察していた。
 彼女は、知っているのだ。
 昨日、カリーナが家から放逐されたことを。
 もう貴族の娘でも何でもない、ただの平民であることを。

「侯爵家の娘だもの。貴女にもきっと、お父様から何か贈り物があるわ」
「……」

 唇を噛んで黙り込んでしまったカリーナに、レベッカが高笑いをしながら去っていく。

 まだ癒えていない傷に、塩を塗り込まれたかのようだった。
 すぐには立ち直れず動けないでいると、背後からカリーナの肩に手が置かれる。
 見ると、いつもの眠そうな無表情を、僅かにだが心配そうに歪めたエミリアが立っていた。
 彼女の隣には、レベッカの背中に憎々しげな目を向けているヘレナもいる。

「大丈夫?」
「ええ……」
「ほんと、嫌なやつだよね~」

 ヘレナはそう言ってからカリーナに向き直り、今度は一転して弾んだ声を上げた。

「おめでとう、カリーナ! 弟子入り先が見つかったんだね」
「おめでとう」
「ありがとう、エミリア、ヘレナ」

 実家から捨てられても変わらず接してくれる二人に、カリーナは救われたような思いがする。
 ヘレナはカリーナの胸にある記章を見て、唸りながら首を傾げた。

「う~ん、私の知らない紋様だけど……なんて流派なの?」
「……あっ」

 その質問に、カリーナは自分が大切なことを失念していたことに気が付いた。

「どうした?」
「流派の名称をお聞きするのを、忘れていましたわ……」
「あはは、カリーナらしいね」

 おろおろとする彼女に苦笑した後、ヘレナは少し気まずそうにしながら、心配していたことを切り出した。

「それで、その……泊まる所はあるの? もし困ってるなら、うちに来る?」
「大丈夫ですわ。しばらくは師匠の所に泊めてもらえることになりましたの」
「へえ?」

 カリーナが二人にアキラのことについて話していくと、どうしてかヘレナは険しい表情になっていった。
 弟子が一人しかおらず、森の外れにある家で二人暮らしになることを説明したあたりで、エミリアの無表情もどこか硬くなっている。
 そんな二人の反応に、カリーナは不思議そうに首を傾げた。

「二人とも、どうなされましたの?」
「ねえ、カリーナ。そのアキラって人に、何かされてないよね?」
「ええっと……何か、とは?」

 よく分かっていない彼女に、ヘレナが周りに聞こえないよう耳打ちをする。
 その内容に、カリーナは一瞬で顔を真っ赤にした。

「し、師匠はそんなことをする人ではありませんわ!」

 まだ会って間もないはずのカリーナの断言に、ヘレナは微妙そうな表情を浮かべる。

「だってカリーナって、意外と単純……ゴホンッ、純粋で騙されやすいところがあるしな~」
「うん。だから、とても心配」
「まあ、お二人とも失礼ですわ!」

 二人の言い様に、心外だと頬を膨らませたカリーナであった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第六話 弟子


 第六話 弟子



 その日の目覚めは驚くほどに爽快で、意識を浮上させてから、すぐに頭の中が冴え渡っていった。
 いつもの鈍い頭痛や、こみ上げてくる吐き気や、寝床に縫いつけられたのかと錯覚するほどの気怠さもない。
 久しく忘れていた疲労のない朝に、戸惑ってしまうほどだ。

 カリーナは、そんな心地よい目覚めの余韻にひたり、幸せな気分になる。
 だが次の瞬間には、昨日のことを思い出して、どん底まで気を沈ませた。

 ──お父様に捨てられた、人生最悪の日。
 昨日は、カリーナにとってそういう日だった。
 いっそ、もう目覚めなくてもよかったとさえ思ってしまう。
 なりふり構わず泣いてしまいたくなるものの、ここは恩人の家であったことを思い出して、なんとか堪えた。

 これからどうしようかと、頭を悩ませながら起き上がり……ふと寝かされていたベッドの手触りが、やけにいいことに気が付く。

(……これ、何で出来ていますの?)

 体が沈み込みそうな、それでいて適度な弾力のあるマットレスに、素材はよく分からないが高品質であることが分かるシーツ。
 昨晩は色々ありすぎて意識していなかったが、これは元実家である侯爵家にあったベッドよりも質が高いように思えた。
 ふと気になって、カリーナは自分がいる部屋の内装を見回し……驚愕に、目を見開く。

 その部屋の中にあった、調度品の数々。
 それらのほとんどが、何かしらの魔道具だったのだ。
 火を使わないランプや、傾けると中から水が湧く水瓶といった定番のものから、用途のよく分からない珍しいものまで、様々な魔道具が備え付けられてある。

 価値は質によって大きく左右されるものの、大抵の魔道具は庶民の手には届きにくい高級品だ。
 それが、この客室には数え切れないほど置かれてある。
 侯爵家の屋敷並みの……いや、それ以上の財力を窺わせる部屋だった。

(たしか、アキラ様と名乗っておられましたけど……)

 一体、何者なのだろうか?
 明らかに只者ではないのだが、少なくともカリーナの記憶の中に、アキラという名の大貴族や富豪はいない。

 それに、これだけの調度品を揃えられる財力があるのに、どうしてあんなに見窄らしい格好をしているのかも分からなかった。
 普通の魔法使いならば平民出身でもそこそこ裕福であるし、よほど能力が低くなければ、もうちょっと良い装備品を揃えられる。
 特に戦いを専門とする四級以上の魔法使いともなれば、装備品の質が生死に直結する場合もあるので、できるだけ良い装備品で身を包むのが普通だ。
 だがアキラの身につけていた装備品は、五級以下の魔法使いよりも酷いものだった。

 流派の師範になることを認められるほど優秀な魔法使いであるはずなのに、どうしてあんな格好をしているのだろうか?

 次々と浮かび上がってくる不可解な点に、カリーナが考え込んでいると、部屋の扉をノックする音が響いた。

「起きてるか?」

 その問い掛けにカリーナが返事をすると、楕円形のトレイを片手に持ったアキラが、扉を開けて中に入ってくる。
 トレイの上には皿が乗っており、白い湯気を立てていた。
 ベッドの上にいるカリーナからは、その中身までは見えない。

「体の調子はどうだ?」
「おかげさまで、調子が良いですわ」
「そうか」

 ぶっきらぼうな口調で喋るアキラが、ベッドの傍にまで来ると、カリーナは深々と頭を下げた。

「昨晩は助けてもらった上に泊めて頂き、感謝いたしますわ」
「別にいいさ」
「それで……その……」

 思わずカリーナは、続く言葉を言い淀んでしまう。
 アキラから恩を受けたものの、家から捨てられたばかりの彼女には、返せるものが何もないのだ。
 カリーナがどうやってお礼をすればいいのか悩んでいると、アキラが手に持っていたトレイを彼女に差し出した。
 皿の中にある米料理らしきものから良い匂いが漂い、カリーナの鼻腔をくすぐる。

「あの、これは?」
「朝食だ。お粥はスキルメニューにな……作れないから、リゾットにしてみた」

 カリーナがトレイを受け取った状態で呆けていると、アキラが首を傾げた。

「食欲がないのか?」
「いえ、そうではなく──」

 ただでさえ何もお礼ができないのに、朝食まで頂いてしまって良いのだろうか?
 と思ったところで、カリーナのお腹からキュルキュルと可愛らしい音が鳴った。
 昨晩は夕食前に家を飛び出したので、お腹が減っていたのだ。

「……頂きますわ」

 恥ずかしさから顔を赤くして、カリーナはトレイの上にあった匙を手に取る。
 そうして、ランドリア王国では珍しい米の料理を掬い、ゆっくりと口の中に運んだ。
 咀嚼した途端に、鬱屈としていた気分を忘れてしまうほどの衝撃を受けて、目を大きく見開く。

(──美味しいっ!)

 海鮮類とチーズが絶妙に絡み合った味が舌の上に広がる。
 今まで食べたことのないような美味に、カリーナは頬に手を当てて、うっとりと目尻を弛ませた。
 この近辺では高級食材である海の幸に、様々な調味料を惜しげもなく使った料理。
 かなりの贅を凝らした一品だが、カリーナはそんなことを考える余裕もないほどに、料理の虜にされてしまった。

 夢中になってリゾットを掬い、一口ごとにじっくりと味わう。
 カリーナが実に幸せそうな表情で料理を食べていると、途中でアキラが彼女に声を掛けた。

「そういえばさ」
「……はい」

 我に返ったカリーナは、自分がアキラの視線を忘れるほど一心不乱に食事をしていたことに気が付き、ますます顔を赤くする。

「お前、通ってた学院はどうなるんだ?」
「えっと……? 失礼、仰っている意味がよく分かりませんわ」

 カリーナがそう言うと、アキラはどこか話しづらそうに頬を掻いた。

「実家から勘当されたんだろう? 学費とかどうなるのかなって……」

 アキラの質問に、カリーナは内心で疑問符を浮かべつつ、素直に答える。

「いえ、魔法学院に学費はありませんわ。ギルド長と学院長を兼任なされているウリエル様が資金を提供しておりまして、魔法の才能がある者ならば誰でも入れるようになっていますの」
「そうか」

 頷くアキラを、カリーナは不思議そうに見つめた。
 今話したことは、ランドリア王国の魔法使いならば誰でも知っていることだ。

 仮にも流派の師範を引き受けた者が、どうしてそんなことを知らないのだろうか?

 カリーナがそう疑問に思っていると、アキラが懐から何かを取り出した。

「じゃあ、学院には通えるんだな」

 そう言って、彼は見たことのない紋様が刻まれた記章をカリーナに手渡す。
 アキラの流派に弟子入りをしたことを示すそれに、彼女は声を震わせた。

「こ、これは! どうして……」
「昨日、弟子にするって言っただろう?」
「でも、わたくしは七級で──」

 カリーナが言おうとした言葉を遮るようにして、アキラがさらに驚くべきことを言い出した。

「そうそう、家に帰れるようになるまでは、ここで寝泊まりするといい」
「えっ」
「どうせ部屋は余ってるからな」
「……」

 あまりのことに、カリーナは絶句する。

 アキラとカリーナは、昨日まで赤の他人だったはずだ。
 今も、少し会話をしたことがある程度の知人でしかない。
 とてもではないが、カリーナがそのような厚遇を受けていい関係ではないはずだ。

 思わず下心を疑ってしまいそうになるが、カリーナはすぐにその考えを否定した。
 彼女は自分の容姿にそこまで自惚れてはいないし、かといって他のことでも自分に価値があるとは思えない。
 カリーナはラッセル家から追い出されてしまったし、彼ほどの財力を持つ者を満足させるような金銭も持ち合わせていないのだ。
 強いて言うなら僅かなりとも魔法を扱える力があることだが、それも流派の師範をするほどの者にとったらゴミのようなものだろう。

 彼女が反応を返せないでいると、アキラが不安そうに声を掛けてきた。

「嫌か?」
「いえ、そういうことではなく……どうして、そこまでして下さいますの?」

 ──彼は底抜けのお人好しで、自分の身の上に同情した。
 カリーナが思いつく理由は、これぐらいだった。
 もしそうなら、アキラの善意からくる厚意に感謝しなければならない。

 そして、彼の提案を絶対に断ろうと思っていた。
 アキラが優しいのをいいことに、ただ同情を引いて自分から甘い汁を
啜ろうとするなど、他人を騙して懐を潤す輩と何ら変わらないと思ったからだ。 彼の善意につけ込んで、依存するようなことはしたくなかった。
 優しい人だからこそ、甘えてはいけないと思った。

 そんな決意を胸に、アキラの返事を待つ。
 だが彼が口にした理由は、カリーナが予想していたものとは違っていた。

「目の下に、クマがあったからだ」
「クマ……ですか?」

 戸惑うカリーナに、アキラは何かを考えながら、ゆっくりと話を続ける。

「実は、俺が誰かを弟子に取るのは初めてだ。そして俺のやり方だと、弟子の成長に普通の才能は関係ない……と思う。俺にとって、弟子のランクが一級だろうが七級だろうが関係ないんだ。だから俺は、違う部分を評価した」

 アキラはそこで一旦言葉を切ると、気恥ずかしそうに視線をカリーナから逸らした。

「俺はお前を、凄いと思った。見込みがあると思ったから、弟子にした。そして、俺の弟子だから面倒を見る。これじゃ駄目か?」

 彼の話した内容に、カリーナは体を硬直させた。
 半開きになった口から、消え入りそうな声を漏らす。

「……わたくしを、評価して下さったと?」
「そうだ。だってお前は、あんなになるまで努力を重ねてきたんだろう? よく頑張ったな」
「あ──」

 心が、震えた。
 何かを言おうとしても声が出ず、唇だけが動く。
 堪える暇もなく、涙が溢れた。

 結果の出ない努力に何の意味もないと、カリーナは重々承知している。
 だから、誰からも……父からでさえも、労いや褒め言葉はもらったことがないし、それが当然だと思っていた。
 鼻で笑われて馬鹿にされることはあっても、評価されるなんてことはなかった。

 だからだろうか。
「よく頑張ったな」という軽い一言が、心の奥底まで深く響いたのだ。
 初めての経験に、言葉では言い表せない感情が胸を熱くした。

 ふとアキラの手が、カリーナの頭を撫でる。
 その仕草は、まるで子供扱いだ。
 でもそれがとても心地よく感じられ、彼女は自分が子供であったことを思い出した。

 これまで、簡単には涙を見せたりしないと半ば意地になりながら生きてきたのだが、昨日からは泣いてばかりである。
 情けないという思いはあるものの、今はもう無理に我慢しようとは思わなくなっていた。

「……ありがとうございます」

 ようやく声が出せる程度に落ち着いたカリーナは、渡された記章を大切そうに胸に抱きながら、深く頭を下げたのだった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
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