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『最強勇者の弟子育成計画』第九話 入浴

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 第九話 入浴

 魔力が極端に低いカリーナは、他の一般的な魔法使いよりも、魔法の練習に当てられる時間が少ない。
 魔法を使用するには、魔力が必要だからだ。
 カリーナの魔力では、初歩的な魔法でも少し練習しただけで尽きてしまう。
 一度魔力が空になってしまうと、後は自然と回復するまで、実践的な練習はおあずけになるのだ。

 だからカリーナは、その空いた時間を他の訓練や勉学に費やした。
 特に魔法に関する知識なら、学院の同級生どころか上級生にだって負けない自信がある。
 各流派が独自に開発している魔法の詳細までは知る術がないものの、広く開示されている魔法はだいたい覚えていたし、大会などでトップクラスの魔法使い達の戦いを観察して、誰がどのような魔法を使用していたかを、カリーナは全て覚えていた。

 だがそんな彼女でも、自分の師匠が使ってみせた魔法は見たこともなかった。
 一級魔法使いの奥義に匹敵する……いや、それ以上の強力な魔法を放って涼しい顔をしているアキラの魔力にも驚いたが、それ以上に興奮した。
 自分も同じ魔法を教えてもらえるかもしれないと思うと、気が昂ぶった。

 そしてアキラは、彼女のそんな期待を遥かに上回る場所に連れて行ってくれた。

 一冊一冊が国宝級の……どれか一冊でも外に流出したら、魔法学界に革命が起こりそうなクラスの魔法書が、大きな本棚にぎっしりと詰まっている書斎。
 そこに案内され、アキラはどれでも自由に読んでいいと言い出したのだ。

 これには流石に、目眩がした。
 自分如きに、これほどのものを与えて本当にいいのだろうか?
 自分は、これほどの厚遇に報いることはできるのだろうか?
 そんな不安を覚えるのと同時に、アキラの流派名を知らないことに罪悪感が湧いた。

 これほどの人が師範を務める流派を、どうして自分は知らなかったのだろうか?
 弟子を取るのは初めてだと言っていたが、彼ほどの人物が無名なわけがない。
 きっと自分が、どこかで見落としていたのだ。
 カリーナはそう考えた。

 だから今さら流派の名を聞くのは、「あなたの流派が何か? 聞いたこともないけれど、他になかったので弟子入りを希望しました」と白状しているようなもので、気が引けた。
 実際にその通りなのだし、自分が悪いのだが、初めて自分を評価してくれた人から熱意を疑われるかもしれないと思うと、どうしようもなく怖かった。

 だが、いつまでもこのままにしておくわけにはいかない。
 そう思うカリーナは、どうにかして話を切り出そうと苦悩していたのだが……アキラの屋敷に、とある天使が訪問してきた衝撃のせいで、頭の中から吹き飛んでしまった。
 なにせやってきた天使は、魔法使いならば誰でも知っているような有名人だったのだ。

 王都の魔法使いギルドのトップにして、トウェーデ魔法学院の学院長。
 天界でも六名しか存在しない最上位階級の熾天使。
 かつて勇者アデルと共に魔王の軍勢と戦った、生ける伝説。
 神焔のウリエル、その人だった。

「あら、誰かしら?」
「俺の弟子だ」
「カ、カリーナと申します」

 アキラから紹介され、カリーナは緊張した面持ちで頭を下げる。

 彼女がウリエルの姿を見たのは、これが初めてではない。
 だがそれは、トウェーデ魔法学院で新入生の入学を祝う催し事があった際に、挨拶に来た彼女を遠目から見たのみであった。
 当時は、絵本の中で憧れるしかなかった存在の登場に、誇張抜きで感涙しそうになったのをカリーナは覚えている。

 そんな天上人であるウリエルは、カリーナの名前を聞くと、こめかみに指を当てて考え込んだ。

「ん~、どこかでその名前を聞いたような……? ああ、思い出した!」

 ウリエルは手をポンと打つと、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「七級で、四級の依頼を受けようとしていた問題児ちゃんね~」

 そう言って上品に笑うウリエルに、顔色を青くしたカリーナは慌てて頭を下げた。

「あ、あの時は、ご迷惑をお掛けしましたわ!」
「ああ、別に責めているわけじゃないのよ~」

 宥めるようなウリエルの声に、しかしカリーナは内心で戦々恐々とする。

 もしかしたら、自分を戦闘系に入門させないよう各流派に通達したのは、彼女なのかもしれないとカリーナは思っていた。
 正直なところ、それを知った時は危うく逆恨みしそうになった。
 でも今なら、悪いのは圧倒的に自分だったと冷静に考えられる。

 天使は、地上に生きる人間や亜人の守護者だ。
 五級以下が戦闘系に入門できなかったり、ギルドが受けられる依頼を厳しく管理しているのも、ひとえに魔法使いの命を守るためである。
 自分の行いは、その気遣いを踏みにじるようなものだったと思う。

 悪いのは自分。
 それが分かっているからこそ、
咎められるのが怖かった。 今にも、「七級の生徒がどうして戦闘系の流派に入門しているのか」と言われそうで、気が気でなかった。
 そう言われてしまえば、自分はここを出て行くしかないのだから。

 だがカリーナのそんな心配は杞憂だったようで、ウリエルは特に何かを咎めることはなかった。

「ふふふ、でもちょっと意外だったわ」
「そうか?」
「そうよ~。あなたの性格なら、弟子を取るのにもっと時間がかかると思ってたもの」

 アキラとウリエルは、知り合いなのだろうか?
 どこか親しそうな二人の雰囲気に、カリーナはほんの少しだけ、胸の奥がチリッとしたような気がした。
 それが何なのか分からず、カリーナは不思議そうに首を傾げる。
 すると、いつのまにかウリエルが彼女の顔を見つめていた。

「ふ~ん?」
「あの、何か?」

 じっとりと観察するような視線に、何かを見透かされたような気がして、カリーナは落ち着かない気分になる。
 どうしていいか分からず戸惑っていると、ウリエルが名案を思いついたとばかりに、手を叩いた。

「そうだ! ねえ、カリーナさん。今ちょっと時間はあるかしら?」
「それは……」

 言い淀みながらアキラに目を向けると、彼はカリーナの言わんとしていることを察して頷く。

「ああ、今日はもう構わないぞ」

 カリーナがアキラの許可を得ると、改めてウリエルは弾んだ声を上げた。

「なら一緒に、お風呂に入りましょう」
「……………………え?」

 あまりにも唐突に思えるウリエルの提案に、カリーナは目を点にしたのだった。


────────────────────


 屋敷から少し離れた場所にある建物に、それはあった。

 王侯貴族でも見たことがないであろう、絢爛豪華な浴室。
 床から浴槽に至るまで、磨き上げられた白い大理石が敷き詰められ、天井は石造りでありながら、付与された魔法によって空を一望できるようになっている。
 広大な浴槽の傍には獅子の彫刻があり、その口からは絶えずお湯が吐き出されていた。

 どこか神殿を連想させる造りの浴場に、カリーナとウリエルは感嘆の声を上げる。

「やっぱり、あったわね~」
「やっぱり?」

 彼女の発言に首を傾げると、ウリエルは苦笑しながらも、懐かしそうに目を細めた。

「彼って、昔からお風呂が大好きだったのよ。一日に、何回も入っていたぐらいに」
「……よく知っておられるのですね」
「ん~? そりゃね~」

 またチリチリとしてきた胸の内を誤魔化すように、カリーナは浴槽に入ろうとして──

「あら、駄目よ」

 ウリエルに腕を捕まれて引き留められた。

「湯につかる前に、ちゃんと体を洗うか、かけ湯をしてから入らなきゃ。あなたのお師匠さんに見られたら、口うるさく怒られるわよ~」
「そ、そうなんですの?」

 アキラに見られるというのは別の意味で大問題になると思うが……それとは別に、聞いたことのないマナーに、カリーナは首を傾げる。

 そもそも彼女は、実家では一人で浴室に入ったことはなく、いつも侍女にされるがままだった。
 爪の先まで磨き込むのは侍女の仕事で、自分ではまともに体を洗ったことがない。

 そのことに思い至ってカリーナが戸惑っていると、彼女が元貴族の子女だと知っているウリエルは、面白い悪戯を思いついた時の子供のような笑みを浮かべた。

「もしかして、お風呂の入り方が分からないのかしら?」
「え、ええ。お恥ずかしながら……」
「ふふふ、なら私が教えてあげるわね~」

 嫌な予感を覚えるも、どうしていいか分からず、カリーナは浴場の端に備え付けられていた椅子に座らされた。
 そして手近にあった入れ物から見たこともない液状の何かを手に取ると、ウリエルはザラザラとした奇妙な布を使ってカリーナの体を洗い始める。

 珍しい布や洗剤を使っていること以外は、侍女達がやっていたことと別段変わったところはない。
 だというのに、どうしてか背筋にぞわぞわと悪寒が走った。
 体を探られるような手付きに、思わず眉を顰めてしまう。

「ん~」
「どうかしましたの?」
「子作りをするには、まだちょっとだけ成長が足りないかしら?」
「こ、こづくっ──」

 ウリエルの発言に、カリーナは思わず彼女の手から逃れるようにして、立ち上がってしまった。

「あら、どうしたの?」

 ニコニコと悪びれない笑顔に、カリーナは堪えきれずに嘆息する。
 そして、恨めしそうにウリエルの大きく実ったそれに目をやった。
 たしかに彼女のそれに比べれば、自分のものは貧相な育ち方しかしていない。

「わたくしには、まだ早いです」
「そうかしら? あと二年ぐらいで、早い人は結婚している年齢よ?」
「あと二年もありますわ」
「たった二年しかないわよ~」

 悠久の時を生きるウリエルと、まだ十三年ほどしか生きてないカリーナとでは、時間への捉え方が違っているのはしょうがない。
 カリーナはまた小さく溜息をついて、話を変えることにした。

「どうして、そんな話を?」
「ん~、優秀な子孫は沢山いた方がいいからかしら? 私じゃ、人間の子供は産めないもの」
「はあ……」

 言っていることがよく分からず、カリーナは困惑する。
 だがウリエルはそれに構わず、自分のペースで話を続けた。

「ねえ、彼のことはどう思ってるのかしら?」
「彼?」
「貴女のお師匠様のことよ~」
「素晴らしい方だと思いますわ」

 素直に思ったことを伝えると、なぜかウリエルに顔を凝視された。

「ふむ、まだ自覚はないのかしら? それとも私の勘違い?」
「……え?」
「さあ、体を洗ったら浴槽に入りましょう~」

 ウリエルはそう言うと、カリーナにはわざわざ引き留めてまで体を洗ったというのに、自分は軽くお湯をかぶっただけで浴槽に入っていった。
 なんとなく彼女の性格が掴めてきたカリーナは、釈然としないものを感じつつも、何も言わずに後に続く。

 二人が浴槽に入り、湯に肩までつかった瞬間、カリーナの体が唐突に淡い光に包まれた。
 体の奥底に眠っていた力が目覚めて滾ってくるような心地に、目を丸くする。

「あ~、この感覚、懐かしいわね~」
「何ですの? これ……」
「ふふふ、驚いた?」

 自分にまとわりつく青白い光を見て不思議そうにしているカリーナに、ウリエルが説明する。

「魔力の回復、肉体強度や感応値の一時的な上昇などなど……彼の造るお風呂は、昔から特別製だったの。便利でしょ?」
「便利って……」

 そういう次元の話じゃなかった。
 魔力が回復するお風呂があるなど、物語にあるような絵空事の中ですら聞いたことがない。
 このようなものが表に出たら、世界中の国や魔法使いが大騒ぎするのではないだろうか。

「魔力が尽きたら、何度でも入るといいわ。それなら、一日に好きなだけ魔法の練習ができるでしょう?」
「え、ええ……」

 カリーナは、わりと風呂に入ることは好きだ。
 それが、このような煌びやかで豪華な浴場となれば、尚更である。
 今日のようにウリエルに遊ばれなければ、それこそ一日何度入っても飽きないだろう。

 だからカリーナとしては、訓練でそんなに楽しい思いをしていいのかと、ちょっと不安になったのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第八話 偵察

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 第八話 偵察

 俺は王都でカリーナと別れると、すぐに物陰に隠れた。
 魔法を発動した時の光が見えないように、こっそりと陰から、通行人に向けて手当たり次第に【アナライズ】をかけていく。

 途中でちょっと眩しくなってきたので、サングラス代わりに濃い色の付いた眼鏡……ゲームのおまけアイテムだ……を取り出して、顔に掛けた。

 なぜ俺がこんな不審者のような真似をしているかというと、この世界の人間が、どのくらいのステータスをしているのか調査するためだ。
 弟子の育成にも目安として使えるし、俺のステータスがどの程度なのかも分かる。

 でも白昼堂々と、他人に向けてカメラのフラッシュの如く魔法の光を放っていれば、王都の住人から白い目で見られること請け合いだ。
 だから、目立たないよう隠れた。

 でも、物陰でピカピカ光ってるのは丸分かりだったようで──

「おい貴様、そこで何をしている!」
「!」
 途中で金髪の厳つい衛兵らしき人に見つかって、追い掛けられてしまった。
 俺はただ、通りすがりの人を【アナライズ】していただけだというのに……

 幸い、眼鏡のおかげで顔は見られていなかったようだし、身体能力は俺の方が高かったので、しっかり衛兵も【アナライズ】してから撒いた。
 なぜか衛兵の人が凄く怒っていたが、俺は無罪なので気にしないでおこう。

 危ない思いをした甲斐があって、沢山の人のステータスを見ることができた。

 まず魔法使いでない者は、ほとんどの人が魔力値0だった。
 これは魔法の才能がないということなのだろう。
 たまに一桁分だけ魔力を持っている者もいたが、この数値ではまともに魔法が使えないはずだ。

 そして次に魔法使いのステータスなのだが、こちらはけっこうバラつきがあった。
 だが、カリーナほどステータスが低い魔法使いは滅多に見つからなかった。
 彼女は自分のことを劣等生だと言っていたが、やっぱりそれは謙遜でも何でもなかったようだ。
 少なくとも王都にいた魔法使いの中では、紛う方なき底辺である。

 倒れるほど努力してそれは、切なすぎるだろう……。
 あまりに不憫なので、俺がやれることは全てやって育てようと思う。

 逆に、ステータスが特に高かった魔法使いは、魔力値が二百前後ぐらいあった。
 感応値や肉体強度も似たような感じで、どれか一つでも三百にまで達している者は皆無である。
 まあ天使や魔族は別格だろうし、他の種族はまた違っているかもしれないが、少なくとも人間種の強さはこんなものなのだろう。

 次に俺は、魔法使いの装備品を売っている店を回っていった。
 どのくらいの性能を持った装備品が普通なのか、調べるためだ。
 カリーナには、一般的に出回っているものよりも、少し上ぐらいの性能の装備品を渡すつもりである。

 別にアイテムボックスの中にある最強装備を渡してもいいのだが、それを着たカリーナが表に出ると、なんとなく面倒なことになりそうな気がするからだ。
 だって、ゲームで見た装備品の説明欄には、「伝説の~」とか「神が創造した~」とか大仰な設定が付いているものばかりだったし。

 幾つか店を見て回って思ったのだが、やけに派手な装備品が多かった。
 やはり魔法使いの装備品は、派手なのが普通なのだろうか?
 もしそうなら、今の自分の装備も考え直さないといけない。

 とりあえず王都で一番広い店で目立つところに展示してあった装備品を基準にすることにした。
 これよりちょっとだけ良い装備品を渡しておけば間違いないだろう。
 俺はそこで調査を打ち切り、後は適当に王都を散策して時間を潰してから、カリーナと合流したのだった。

 俺はこの時、ステータスと装備品を調べただけで、人間の魔法使いの強さがどれくらいなのかを把握したつもりでいた。
 この世界はゲームとは違うと分かっていたつもりで、どこかゲームと同じように考えていたのだ。
 自分の認識が甘すぎたと気が付いたのは、カリーナを連れて王都を離れた後だった。

 帰り道で、ずっと何かを聞きたそうな顔をしていた彼女は、屋敷の庭先で俺の腕から降りると、すぐにこう質問してきたのである。

「あの、師匠の流──っ、……属性適性は何ですの?」
「え、何それ?」

 思わず素で答えてしまった瞬間、やってしまったと思った。
 彼女の口ぶりからして、その属性適性とやらは魔法使いの常識にある何かなのだろう。
 それを知らないとなると、変に思われてしまう。

 一瞬ヒヤリとしたが、どうやらカリーナは俺の反応に勘違いしてくれたらしい。
 彼女は深刻そうに俯いた後、小さな声で「今さら師匠の──を知らないなんて、言えないですわ……」と呟いたのが聞こえてきた。

 就職の面接に行って採用を受けたのはいいけど、実はその会社の仕事内容を知らなかったような気持ちだろうか?

 昨日できたばかりの流派の師匠だし、偽名を言っちゃったし、その属性適性とやらを知らないのが普通なんだけどね。
 都合がいいので、そのことは黙っておくことにする。
 俺はこっそりと安堵の息を吐いてから、逆に聞いてみることにした。

「カリーナの属性適性は、何なんだ?」
「わたくしは、火と風ですわ」
「他の属性は使えないのか?」
「ええ、魔法学院に入学した時にあった検査で、適性はその二つだと診断されましたわ」
「そうか……」

 どうやら、この世界の普通の魔法使いは、扱える属性が限られているらしい。
 二つの属性が使えるのは、普通と比べて多いのか少ないのか分からない。
 カリーナは成績が低いようだし、少ない方なのか?
 ……いや、属性適性だけは並以上の才能がある可能性もある。

 悩んだ末、俺は正直に答えることにした。

「俺は使えない属性がない」
「全属性を……」

 やめて、そんなキラキラした目で見ないで。
 中身はそんな大した人間じゃないんです。ただのオタクな大学生です。

「師匠の魔法を、見てみたいですわ」
「ん~、リクエストはあるか?」
「それでは、火属性か風属性の魔法を」

 カリーナは、考える素振りを見せずにその二つの属性を選んだ。
 まあ、自分の使える属性に興味を抱くのは当然か。

 危ないので、カリーナに俺の後ろにいるよう伝えてから、どんな魔法を使おうか思案する。
 最初は、何も考えずに一番強い魔法を使おうと思った。
 だがここで派手な魔法を披露してドヤ顔はちょっと恥ずかしいし、下手をすると威力が大きすぎて引かれるかもしれないので、やめておくことにする。
 かといって、弱すぎる魔法を見せても、今度はがっかりさせてしまうだろう。
 自分の師匠が弱い魔法しか使えないとなると、かなり不安になってしまうはずだ。

 ならばここは一段だけ下げて、火属性の上級魔法である【インフェルノ】や、風属性の上級魔法である【ヘルブラスト】あたりが妥当だろうか?

 ……いや、これも駄目な気がする。
 よく考えると、どちらもゲーム終盤の強敵と戦えるぐらいの威力があるのだ。
 王都にいる魔法使いぐらいの強さでは、束になっても勝負にならないであろうモンスターを、単独で撃破可能な魔法なのである。
 王城を一撃で破壊できそうな威力だと言った方が分かりやすいだろうか?
 もちろん空に向かって撃つが、余波でも土埃が酷いことになるし……

 なので結局、さらに一段下げた魔法でいくことにした。
 意識を集中し、集まってきた精霊から赤い玉を選んで五つ揃える。
 赤い光が融合して弾けると、火属性の中級魔法である【フレア】が発動した。
 地面に着弾してしまわないよう、やや斜め上に向けて、それを放つ。

 魔法を発動させた時の白い光が出た次の瞬間、鼓膜を破りそうな勢いで爆発音が連鎖し、赤い炎の花が幾つも咲き乱れた。
 辺りに衝撃波が吹き荒れ、地面の震動がその上に立つ足に伝わってくる。

 やがて放った魔法が収まると、直接火が触れたわけでもないのに、爆発が起こった空間の真下にあった雑草がぽっかりと消し飛んでしまっていた。
 想定通りの威力で発動したことに満足感を得ると、俺は自分の背後で魔法を見ていたであろうカリーナを振り返る。
 見ると彼女は、尻餅をついた姿勢で口を半開きにしていた。

「どうした?」
「……い、今の魔法は?」
「【フレア】だ」

 魔法名を教えると、カリーナは急にガバッと立ち上がって、俺に詰め寄ってきた。
 勢いに圧されて一歩下がると、彼女はさらに一歩進んで迫ってくる。

「そ、その魔法は教えて頂けるんですの!?」
「ああ……いや、ちょっと待て」

 思わず頷きかけてから、すぐに自分には魔法を教えられそうにないことを思い出した。
 ゲームにもあった、精霊の?げ方のコツや相性のいい魔法の組み合わせなどなら、教えられることもあるかもしれない。
 だが、使用する魔法自体はどう教えていいのかまるで分からないのだ。

 だから慌てて待ったをかけると、カリーナが暗い顔で肩を落としてしまった。

「そ、そうですわよね。流派の奥義かもしれない魔法を、入門したばかりの弟子が教えてもらえるわけが──」
「いや、そうじゃないから」

 カリーナの誤解を、首を横に振って否定する。
 ……否定してから、ちょっと後悔した。

「弟子になったからといって、簡単には魔法は教えない」という、教育方針っぽい理由を付けておけば、時間稼ぎになっただろうに……。
 笑顔になったカリーナから期待の眼差しを向けられると、今さら「やっぱり駄目」とは言えなかった。

 俺は短い時間、逡巡した後、ふと妙案を思いついて彼女を手招きする。

「ついてこい」
「はい」

 俺はカリーナを連れて屋敷の中へ入り、二階にある書斎へと案内した。
 中身を詳しく確認してないが……というか文字が読めないので確認しようがないが、何かそれっぽい本が沢山ある部屋だ。
 表紙に魔法陣っぽいのが描かれてあるので、きっと何らかの魔法書なのだろうと思う。
 違ってたら、謝ろう。

「この部屋にある本は、自由に読んでいい」

 俺がそう言うと、どうしてか呆けた表情をしていたカリーナは、ふらふらとした足取りで本棚へと歩み寄った。
 その中の一冊を取り出すと、目を皿のようにして一心不乱に読み始める。
 ……なんか、目が血走ってて怖い。

「できるだけ、自力で勉強すること。どうしても分からないことがあった時だけ、質問に来い」

 実際に来られたら化けの皮が剥がれそうなので、心より健闘をお祈りしております。

「ほ、本当に、ここにある全ての本を、自由に読んでいいんですの?」

 俺の声で我に返ったカリーナが、恐る恐るといった様子で確認してきた。
 本を持つ手が、ちょっと震えている気がする。

「ああ、そうだ」
「──っ、ありがとうございます!」

 頷くと、カリーナに深々と頭を下げられた。

 ……それって、そんなに凄い本なのだろうか?
 軽々しく人に読ませてしまってよかったのだろうかと、ちょっと不安になる。
 どんなことが書いてあるのか興味も湧いてきたし、これからコツコツとこの世界の文字を覚えていこうかな……と考えていたところで、部屋の外から窓を小突く者がいた。

 俺が窓を開けてやると、背中の翼を動かして宙に浮いている女性が、弾んだ声を上げて中に入ってくる。

「あ~、いたいた。本当にこんな所に住んでたのね~」

 そう言って二階の窓から直接入ってきた女性を見て、カリーナが瞠目した。
 何やら死にかけの魚のように、口をぱくぱくさせている。

「ウリエルか。何しに来た?」
「何って、遊びに来たのよ~。昨日、そう言ったじゃない」
「……そうだったな」

 昨日の別れ際、寂しそうな顔をされたのに負けて、つい住んでいる場所を教えてしまったのだ。
 たしかに「暇があったらいつでも遊びに来ていい」とは言ったが、その次の日に来るとは思わなかった。

「ウ、ウ、ウ、ウリエル様!?」
「あら、誰かしら?」

 ようやく声を絞り出したカリーナに、小首を傾げて彼女を見るウリエル。
 二人の反応を見て、俺はなんとなく面倒くさいことになりそうな予感がした。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第七話 謎の師匠


 第七話 謎の師匠



 ゆっくり寝すぎたせいか、学院に登校しなければならない時間が差し迫っていたので、これからの詳しい話は帰ってからということになった。

 てっきり、アキラの屋敷は王都の中にあると思っていたカリーナは、外に出た瞬間、目を丸くして驚いてしまう。
 王都の街並みはどこにも見当たらず、代わりに屋敷の周囲には平原が広がっていたのだ。

 遠目には、鬱蒼とした森も見える。
 あの森は、おそらく【幻幽の森】だ。
 王都の近場にある森で、どうしてか奥に入ろうとしても、いつの間にか入り口に戻されてしまう不思議な場所として有名だった。
 とある一級魔法使いが、この森から強力な結界を感知したという話もある。

 アキラの住む屋敷は、どうやらその【幻幽の森】の奥にあるようだった。

 さらに近くにある平地では、幾体ものゴーレムが忙しなく行き交い、畑を耕したり何かの建物を組み立てたりしている。
 そのゴーレムの一体一体が、土で出来ているとは思えないほど洗練された姿をしており、キビキビとした動きをしていた。

 普通の魔法使いが扱うゴーレムは、歩くたびに体から土が落ち、のっそりとした動きをしているものだ。
 たとえ腕の良い魔法使いでも、あのようなゴーレムは一体作るだけで精一杯だろう。
 アキラが魔法で召喚したのだとしたら、驚嘆すべき技量である。

 俄には信じられないいくつもの光景を目の当たりにして、カリーナは呆然と立ち尽くした。
 驚くべきことが多すぎて麻痺したのか、彼女は自分が理解できる範囲の事実を、まず最初に認識する。

「これでは、学院の授業に間に合いませんわ……」

 いくら近いといっても、【幻幽の森】と王都では徒歩で数時間以上の距離はある。
 カリーナの足ではどう頑張っても、間に合いそうになかった。

 こうなったのは、のんきに遅くまで寝込んでいた自分のせいだ。
 そう思い、仕方なく大幅な遅刻を覚悟していると、屋敷からアキラが出てきた。

「走っても駄目か?」
「……少なくとも、私には無理ですわね」

 今からだと、王都内にある実家から学院に向かって丁度いいぐらいだろう。
 王都の外にある森の奥地からだと、下手をすれば学院の授業が終わっているかもしれない。

「師匠も、王都へ行かれるんですの?」
「……そう呼ばれると、背中がむず痒いんだけど」

 どこか気恥ずかしそうに頬を掻いて、アキラは頷いた。

「追い追い、自力で通えるようになってもらうけど、しばらくは俺が王都まで送っていくな」
「え?」

 送っていくという発言に、カリーナが頭に疑問符を浮かべていると、アキラは彼女の前に立ってしゃがみ込んだ。

「乗って」
「あの、それは流石に……」

 短い間にアキラの人となりは把握していたし、別に嫌なわけではないのだが、なんとなく恥ずかしい。
 彼の背中を前にカリーナがもじもじしていると、アキラが不思議そうに首を傾げた。

「おんぶは恥ずかしいか?」
「え、ええ」
「う~ん、それもそうか」

 アキラがそう言って立ち上がったことに、
安堵の息を吐いたのも束の間。 何を思ったのか、彼はカリーナに歩み寄ると、彼女を横抱きに抱え上げた。
 軽々と自分を持ち上げたアキラに、あわあわと取り乱しながら抗議しようとして──

「舌を噛むかもしれないから、喋らないで」

 グンッと体を上に押し上げられるような感覚がして、カリーナは慌てて彼の体に捕まった。
 凄まじい速度で、視界に映っていた景色が斜め下に流れていく。

 アキラが跳躍したのだとカリーナが気づいたのは、上昇が止まって浮遊感を覚えたところだった。
 どうなったのか辺りを見回すと、目に飛び込んできた風景に息を呑む。

 二人は今、空を飛ぶ鳥と同じ高さを漂っていた。

 遠くには王都の街並みが広がっており、城壁の門から続く街道にはポツポツと商人の馬車らしきものが見える。
 人が豆粒のようであり、広いと思っていた王都が手狭な箱庭のように映った。
 あんなに小さな場所の中で、うじうじと苦悩していた自分が、ちょっと馬鹿らしく思えてしまう……とまでは言わない。
 世界にとってはどれだけ小さなことでも、眼下に見える豆粒の一つでしかない自分の心では、昨日までの重圧に今にも押し潰されそうだったのだ。
 だがそれでも、気が大きくなって少し余裕を持つことができた。

 ふとカリーナは、この位置まで跳んでみせた師の顔を見上げる。
 本当に、彼は一体何者だろうか?

 今は魔法を使って足場を作り、それを蹴って空を駆けている。
 だが最初の跳躍の時には、魔法を発動した光が見えなかったので、おそらくは魔力で強化した身体能力のみで跳んだのだろう。
 なんとも凄まじい肉体強度である。
 人間の魔法使いでこんな動きをする存在なぞ、聞いたこともない。

 魔法使いで言う肉体強度とは、体内にある魔力でどこまで体を強化できるかのことだ。
 外に放出する魔法と違って、いくら体を強化し続けても魔力を消費することはない。
 だが体内にある魔力が肉体強度の限界値を下回れば、残っている魔力分の強化しかできなくなる。

 つまりアキラは、あれだけのゴーレムを動かしておいて、まだまだ魔力に余裕があるのだ。
 彼の実力の底が、見える気がしない。

 こんなにも凄い人が自分の師匠なのだと思うと、カリーナはなんとも言えない胸の高鳴りを感じるのだった。

────────────────────

 学院には、余裕を持って到着することができた。 
 何か用事があるらしく、アキラとは王都に入ってすぐに別れている。
 二人は今日の授業が終わってから、城壁前で落ち合うことになっていた。

 いつになく上機嫌な様子でカリーナが魔法学院の校門をくぐると、昨日と同じように生徒の視線が集中する。
 胸の上にある記章の色に、誰もが信じられないといった顔をしていた。

 各々の流派から配布される記章は、上級にあたる戦闘系の流派は金色、下級にあたる生産系の流派は銀色で装飾されている。
 カリーナの胸にある記章は金色をしており、それは彼女が四級以上の魔法使いしか入れないはずの、戦闘系の流派に弟子入りしたことを示していた。

 自分とすれ違う生徒から視線を浴びるたびに、カリーナの上機嫌だった気分はどんどん萎んでいってしまう。

 昨日まで自分に向けていたものとは、違う感情の込められた生徒達の目。
 もちろん、良い意味での視線はない。
 カリーナが七級である事実は変わっていないのだから、当然だった。
 生徒の中には、戦闘系に入りたくても泣く泣く諦めた者も数多くいるのだ。

 ──どうして七級のあいつが弟子入りできて、俺はできないんだ。

 そんな、嫉妬というよりも理不尽に対する怒りのような視線を感じるたびに、カリーナは肩身が狭い思いをした。
 彼らの目から逃げるように、早足で教室へと向かう。
 すると、奇しくも昨日と同じ場所で、レベッカと顔を合わせることになった。
 彼女はカリーナの胸にある記章を見て、怪訝そうに表情を歪める。

「……ごきげんよう、カリーナさん」
「あら、レベッカさん。ごきげんよう」

 見覚えのない紋様だったことで無名どころだと判断したのか、彼女はすぐに、いつもの見下すような態度に戻った。

「まさか、本当に上級の流派に入ってしまうなんて……一体、どんな手を使ったのかしらね?」
「安心して下さいな。貴族の名を貶めるような真似はしていませんわ」
「貴族、ねぇ?」

 レベッカが、弄ぶ獲物を見つけた時の猫のような、いやらしい笑みを浮かべる。

 彼女はカリーナに目を向けたまま、首に掛かっていたアクセサリーを、少し持ち上げてみせた。
 アクアマリンにも似た、大きな青色の宝石が幾つも埋め込まれたネックレスだ。
 少し装飾過多なような気もするが、むしろ優雅な雰囲気のある彼女には、その方が合っている。

「ねえ、カリーナさん。この首飾り、私に似合っているかしら?」
「ええ、とても似合ってますわ」

 カリーナが素直に返すと、レベッカが首にあるネックレスを愛おしそうに撫でた。

「ありがとう。実はこれ、魔力値の底上げをする魔道具なのよ」

 レベッカの言葉に、カリーナは軽く目を見張った。
 魔力値や感応値といった基礎能力を上げる力を持つ魔道具は、人間の魔法使いには作れず、普通の魔道具よりもずっと稀少なのだ。
 上級の魔法使いでも、持っている者は少ない。
 魔法使いならば、誰もが憧れるような一級クラスの装備品である。

 カリーナの羨むような視線に、レベッカは自慢するように話を続けた。

「昨日、お父様からプレゼントしてもらったの。名門のマクダーモット流に入門できたご褒美ですって」
「そう……」

 この時点でカリーナは、レベッカの言葉の裏にあるものを察していた。
 彼女は、知っているのだ。
 昨日、カリーナが家から放逐されたことを。
 もう貴族の娘でも何でもない、ただの平民であることを。

「侯爵家の娘だもの。貴女にもきっと、お父様から何か贈り物があるわ」
「……」

 唇を噛んで黙り込んでしまったカリーナに、レベッカが高笑いをしながら去っていく。

 まだ癒えていない傷に、塩を塗り込まれたかのようだった。
 すぐには立ち直れず動けないでいると、背後からカリーナの肩に手が置かれる。
 見ると、いつもの眠そうな無表情を、僅かにだが心配そうに歪めたエミリアが立っていた。
 彼女の隣には、レベッカの背中に憎々しげな目を向けているヘレナもいる。

「大丈夫?」
「ええ……」
「ほんと、嫌なやつだよね~」

 ヘレナはそう言ってからカリーナに向き直り、今度は一転して弾んだ声を上げた。

「おめでとう、カリーナ! 弟子入り先が見つかったんだね」
「おめでとう」
「ありがとう、エミリア、ヘレナ」

 実家から捨てられても変わらず接してくれる二人に、カリーナは救われたような思いがする。
 ヘレナはカリーナの胸にある記章を見て、唸りながら首を傾げた。

「う~ん、私の知らない紋様だけど……なんて流派なの?」
「……あっ」

 その質問に、カリーナは自分が大切なことを失念していたことに気が付いた。

「どうした?」
「流派の名称をお聞きするのを、忘れていましたわ……」
「あはは、カリーナらしいね」

 おろおろとする彼女に苦笑した後、ヘレナは少し気まずそうにしながら、心配していたことを切り出した。

「それで、その……泊まる所はあるの? もし困ってるなら、うちに来る?」
「大丈夫ですわ。しばらくは師匠の所に泊めてもらえることになりましたの」
「へえ?」

 カリーナが二人にアキラのことについて話していくと、どうしてかヘレナは険しい表情になっていった。
 弟子が一人しかおらず、森の外れにある家で二人暮らしになることを説明したあたりで、エミリアの無表情もどこか硬くなっている。
 そんな二人の反応に、カリーナは不思議そうに首を傾げた。

「二人とも、どうなされましたの?」
「ねえ、カリーナ。そのアキラって人に、何かされてないよね?」
「ええっと……何か、とは?」

 よく分かっていない彼女に、ヘレナが周りに聞こえないよう耳打ちをする。
 その内容に、カリーナは一瞬で顔を真っ赤にした。

「し、師匠はそんなことをする人ではありませんわ!」

 まだ会って間もないはずのカリーナの断言に、ヘレナは微妙そうな表情を浮かべる。

「だってカリーナって、意外と単純……ゴホンッ、純粋で騙されやすいところがあるしな~」
「うん。だから、とても心配」
「まあ、お二人とも失礼ですわ!」

 二人の言い様に、心外だと頬を膨らませたカリーナであった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
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