このライトノベルがすごい!文庫 スペシャルブログ

ここでしか読めないスペシャルなコンテンツを公開!

『最強勇者の弟子育成計画』第五話 現実


 第五話 現実



「どうしてこうなった」

 アデルの家にあった、幾つかの客室のうちの一つ。
 そこのベッドの上で寝息を立てている少女の姿を見て、俺は思わず頭を抱えた。

 俺がゲームのキャラであるアデル・ラングフォードとなってしまった日の翌日。
 ウリエルにおねだりされて弟子を取ることを了承してしまったものの、何をどうしていいか分からず、適当に街を彷徨っていたのだ。

 ウリエル曰く、ラングフォード流と名付けられた新しい流派の名前を出せば、弟子なんて勝手に向こうから集まってくるらしいが……正直面倒くさいので、あんまり沢山の弟子は取りたくない。
 というか、偉そうな顔をして魔法を教えられる自信がない。
 なにせ昨日までの俺は、何の取り柄もないただの大学生だったのだ。

 それに、入門希望者に受けさせる試験を作れと言われても、どんなことをやればいいのか全然分からない。
 だから試験を実施して弟子を募ることはせず、そこら辺で遊んでる生徒を適当に見繕ってスカウトしてしまおうと街を歩いていたのだが……

 偶然、男に絡まれていたところを助けた少女から、いきなり弟子にしてくれと迫られたのである。

 あまりの剣幕に思わず頷かされてしまったが、俺にとっても別に問題はなかった。
 元々弟子に取る生徒を探していたのだし、彼女がそうなっただけのことである。
 だが俺があっさり弟子入りを認めると、彼女は信じられないといった面持ちで目を見開いた後、急に気を失って倒れてしまったのだ。
 しかも、けっこうな熱を出して。

 いたいけな少女を、路上に寝かせたまま放置しておくわけにもいかない。
 かといって、まだ名前も聞いていなかったので、どこに送り届けていいのかも分からない。
 だから俺は、ひとまずこの少女をアデルの家へと運んだのだった。

 そして、空いていた客室のベッドに彼女を寝かせて今に至る。
 やってしまってから、ふと思ったのだが……これがもし現代の日本なら、俺は警察に捕まってしまうのではないだろうか?
 中学生ぐらいであろう年齢の女の子を、路上で寝ていたのをいいことに大学生の男が自宅に連れ込む。
 ……凄く、犯罪くさいです。

 向こうで実行に移していれば、ご近所さんの通報で警察に踏み込まれ、全国ニュースで「大学生の男が、少女を誘拐」と報道されていたかもしれない。
 俺の持っている同人誌やパソコンの中身から出てきたものを晒され、「これだからオタクは……」と
か囁かれ、全国にいる同志たちに申し訳ないことになっていたはずだ。

 日本ならば、俺だって普通に救急車を呼ぶという適切な対応が取れたのだろう。
 だが、ここは異世界だ。
 病院のような施設が、あるのかどうかも知らない。
 俺の行いが、異世界の人にどう受け取られるのか全然分からない。
 今になって、どうして宿の部屋を取らなかったのかという後悔の念が湧く。

 ──やってしまったかもしれない。

 そんな不安から、俺は少女の眠るベッドの傍らに座ってダラダラと冷や汗を流していた。
 できれば、心の準備ができるまで目覚めないで欲しい。
 そんな願いも虚しく、やがて少女はゆっくりと閉じていた瞼を上げた。

「……目が覚めたか?」
「ここは……?」
「俺の家だ。お前が急に倒れたから、連れてきた」

 正直に言った。
 ここで少女が悲鳴を上げようものなら、すぐにでも王都から逃げようと心に決め、ビクビクしながら彼女の反応を窺う。
 だが俺が予想していたような事態は起こらず、少女はベッドから体を起こそうとして、つらそうに表情を歪めた。

「熱がある。無理に起き上がろうとしなくていい」
「ありがとうございます」

 少女が、お礼を言いつつ体の力を抜く。
 どうやら、俺の行いは異世界的にセーフだったらしい。
 俺は内心で胸をなで下ろした。
 ちょっと考えすぎだったのかもしれない。

「もう遅い時間だし、親御さんも心配しているだろう。俺が連絡をしておくから、住んでいる場所を教えてくれないか?」
「あ……」

 俺の言葉に、少女が小さく声を上げて身を固くした。
 ……今になって、身の危険を覚えたとかじゃないよね?

「どうした?」
「わたくし、帰る家がありませんの。いえ、今日から無くなったと言うべきか……」
「どういうことだ?」

 尋ねると、少女は少し躊躇った様子を見せてから、自分の事情を話しはじめた。

 少女が、カリーナ・ラッセルという侯爵家の令嬢であったこと。
 トウェーデ魔法学院の生徒であり、七級魔法使いであること。
 そしてつい先ほど、その学院の成績が原因で、侯爵家から捨てられてしまったこと。

 悲惨に思える身の上話を聞かされ、俺はどう声を掛けてよいのか分からなくなってしまった。
 その沈黙をどう受け止めたのか、カリーナという名の少女が苦笑する。

「わたくしが七級魔法使いだと知って、失望されましたか?」
「いや……」
「気を遣わなくていいんですのよ」

 そう言って、カリーナは笑みを浮かべた。

「冷静に考えれば、今さらどこかに弟子入りできた程度で、家に帰れるようになるとは思えませんし……それにもう、疲れましたわ」
 
 草臥れた老人のようだ。
 諦観の入り交じった彼女の表情を見て、俺はそう思った。

「だから、ごめんなさい。弟子入りの話は、なかったことに──」
「帰れるさ」

 平和な国で育ったせいだろうか?
 まだ子供と言っていい年齢のカリーナの境遇にいたたまれなくなって、俺は気が付けばそんな言葉を口にしていた。

「俺の弟子になるんだ。俺がお前を、誰よりも強い魔法使いにする。お前が優秀な魔法使いだって認められれば、家にだって帰れるようになるんじゃないか?」
「ふふふ、優しいんですのね」

 俺はわりと本気で言ったのだが、カリーナは信じていない様子だった。
 でも、少しは安心できたのかもしれない。
 彼女はベッドの上で、瞼を眠たそうに瞬かせた。

「そういえば、まだお名前をお聞きしていませんでしたわ」
「うっ……」

 ちょっと言い淀んだ俺に、カリーナが不思議そうに首を傾げた。

 ここでアデルと名乗ると、なんとなく面倒なことになりそうな予感がしたのだ。
 ウリエルも、この名前が広まれば、ちょっとした騒ぎになるだろうと言っていたし……学院から弟子入り希望者が大挙して押し寄せて来そうな気がする。
 それは、非常に困る。

 なので俺は、日本での名を名乗ることにした。
 いつまでも隠しきれるものではないだろうが、ひとまず先送りである。

「アキラだ」
「アキラ様……今日という日に、貴方と会えてよかった」

 眠気で目が閉じそうになるのを懸命に堪えている彼女に、俺はできるだけ優しく見えるよう苦心しながら、笑顔を作った。

「今日はもう寝ろ。これからのことは、明日の朝にでも話せばいい」
「……ごめんなさい、お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 カリーナはそう言うと、再び目を閉じた。
 彼女の口から、すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。
 でも若干、苦しそうにしているのが気になった。顔色も悪いし、うっすらと汗もかいている。

 ……まさか、このまま死んだりしないよね?
 日本では、過労のせいで家で寝たまま死んでいたというニュースもあったし……

 ちょっと不安になったので、試しに回復魔法でも最上級にあたる【パーフェクト・ヒール】をかけてみた。
 すると彼女の目の下にあったクマが消えて、苦しげだった寝息が安らかなものに変わる。
 どうやら、熱も下がっているようだった。
 思った以上に、魔法って便利だ。

 最初は風邪か何かだと思っていたのだが、彼女の話を聞く限り、やはり熱の原因は過労だったのだろう。
 よく観察しないと分からないが、頬が微妙にやつれているし……相当苦労してきたのだと思う。
 貴族の家のご令嬢なのに、回復魔法は誰にもかけてもらえなかったのだろうか?

 俺は続けて、【アナライズ】という対象のステータスを分析する力のある魔法をかけてみた。
 ゲームではモンスターにしか使用できなかった魔法だが、この世界では人間相手にも問題なく発動した。

 魔力値  37
 肉体強度 15
 感応値  22

 ……これは酷い。
 人間の魔法使いの平均値がどれくらいなのかは知らないが、酷いということだけは分かる。

 肉体強度や感応値が何を示す数字なのか、確証はない。
 だが少なくとも魔力値……MPが37というのは低すぎる。
 どれくらい低いかというと、ゲーム序盤で覚える魔法を数発放つだけで尽きてしまうぐらいに低い。
 これでは、劣等生と言われてもしょうがないかもしれない。

 彼女の様子を見る限り、きっと努力を怠っていたわけではないのだろう。
 ゲームではモンスターを倒してレベルを上げれば簡単に強くなれたが、レベルという概念のないこの世界では、そう簡単な話ではないらしい。

 人並み以上の努力をして人並みの結果が出ないのなら、それは才能がないということだ。
 お前には向いていなかったんだと、冷たく突き放すことはできる。
 でもカリーナには、できれば報われて欲しいと思った。
 きっと男なら、誰でもそう思うはずだ。
 なにせ、薄幸の美少女だし。

 これでむさいオッサンが相手だったら、「ああ、そうか」としか思わなかった自信がある。
 美少女はすべからく保護されるべきだ。

「お父様……」

 寝言だろう。
 そうぽつりと呟いたかと思うと、カリーナの目尻から一粒の涙が流れ落ちた。

 なんか、キュンときた。

 俺は張り切って立ち上がると、つい先ほど思いついたことを実行するべく部屋を後にした。
 そのまま、荒れ果てた庭へと出る。

 カリーナに帰る家がないのなら、しばらく此処で暮らせばいいと思う。
 まだ本人に確認はとってないが、俺は既にそのつもりである。
 彼女が大手を振って実家に帰れるようになるまでは、面倒を見るつもりだ。

 一応、心算はある。
 たしかに俺には、魔法などの細かい理論は教えられない。
 アデルの力のおかげか、なんとなくで魔法を使うことはできるが、詳しい仕組みを理解しているわけではないのだ。

 だが代わりに俺には、ある程度までなら基礎的な能力を底上げする手段があった。
 ゲームとは違うので、どこまで上手くいくか分からないが、少なくともMPに相当する魔力は上げられるはずだ。
 他のステータスは試してみないと分からないが、恐らく大丈夫だろう。

 あとは、彼女が思う存分修行できる環境を用意したい。
 少なくとも魔法の練習をするのだから、開けた場所が必要になってくるはずだ。
 さらにはアレを育てるための畑や、もし使い魔を使役するのなら牧場も欲しい。

 だがメニュー画面には屋敷の増設などはあっても、荒れることを前提にしてないせいか、畑や牧場を修復できるような項目はなかった。
 だから、どれも普通ならすぐに用意するのは無理だろう。
 でも今の俺には、魔法があった。

「【クリエイト・ゴーレム】」

 茶色の光玉を集めて地属性の魔法を唱えると、地面の土が盛り上がって巨大な人型を形作っていく。
 簡単な命令に従って自動で動く、土人形だ。
 俺はそれをさらに数十体ほど作り出し、まずは荒れた庭を更地にするべく、人形達を動かしたのだった。


<<つづく>>


----------------------------------------------------
最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第四話 夢


 第四話 夢

 

 その日も全く成果が上がらず、カリーナは肩を落として屋敷に戻ることになった。
 これで、入門先を探せる期間は残り一日しかない。

 ──もう、諦めるしかないのだろうか?

 カリーナがそう失意の中で落ち込んでいると、今日は珍しく早い時間に帰ってきたアイザックが、今夜は夕食も家族で一緒に食べようと提案してきた。

 何やら、カリーナに大事な話があるらしい。
 朝食は毎日のように一緒にとっていたが、夕食はいつも別々だったのだ。
 久しぶりに夕食を共にできることを嬉しく思う気持ちと、今日も何の成果も上げられなかったことを告げねばならない気の重さを抱えたまま、カリーナが食卓の席に着くと……

 アイザックが、いつも通りの、にこやかな表情で言ったのである。

「カリーナ、お前をラッセルの名から解放してあげようと思う。もう学校にも、行かなくてよい。明日からは家を出て、自由に生きなさい」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 いや、理解するのを、頭が拒否した。
 信じたくなかった。

 でもアイザックの言葉は、しっかりとカリーナの耳に届いてしまっており、頭の中を何度も反響してジワジワと絶望に染め上げていく。
 口調は柔らかいのに、その内容は酷く冷たかった。

 カリーナはたった今、ラッセル家から捨てられたのだ。

 どこか遠くに軟禁されるのと、どちらがマシだったのだろうか?
 と、妙に冷えていく思考の中でそんなことを考える。

「馬鹿な!?」
「カラム、行儀が悪いぞ」

 急に立ち上がったカラムを、アイザックが窘めた。
 だがカラムは、それに構わず言葉を続ける。

「お考え直し下さい、父上! いくらなんでも、それは──」
「私としても心が痛むが、これは決まったことだ」

 アイザックはそう言うと、聞き分けのない子供を優しく諭す時のような微笑みを、カリーナに向けた。

「賢いカリーナなら、分かるね?」

 アイザックの視線に晒され、カリーナは小さく震える。

 いつも通りだ。
 いつもの、大好きな父親の、どこか安心できる穏やかな笑顔だ。
 口では悔いの言葉を並べながら、いつもと本当に何も変わらない。

 カリーナは、父のその張り付けたような笑顔に、初めて恐怖を感じた。
 そんな彼女の怯えを察したのか、カラムはカリーナの肩を掴んで、食堂の扉を指差した。

「カリーナ! お前は自室に戻っていろ!」
「こらこら、カリーナと一緒に食事できるのは今日が最後になるんだぞ。追い出したら可哀想じゃないか」

 おどけるようなアイザックの声を背に、カリーナはふらふらとした足取りで食堂を後にする。
 彼女が廊下に出ると、途端にカラムとアイザックが激しく口論する声が、扉越しに響いてきた。
 とはいっても、声を荒らげているのはカラムのみで、アイザックの声音は終始落ち着いたものだったが。

 カリーナは廊下に佇み、必死に自分を庇うカラムの声を聞く。
 あのカラムが、こんなにも自分のことを気に掛けてくれていたとは、考えもしなかった。
 家に迷惑を掛けている自分を嫌っているのだと、カリーナは勝手に思い込んでいた。

 そして逆に、父親はもっと自分を愛してくれているのだと思っていた。
 もしこのまま出来損ないでいても、あの優しい父親なら自分を捨てたりしないだろう。
 そんな吐き気がするほど甘いことを、心のどこかで考えていた自分に気が付く。

 ここにきて、ようやくカリーナの止まっていた感情が、現実に追いついてきた。
 焦燥感が胸の内から湧き上がり、居ても立ってもいられず、その場から走り出す。
 部屋に戻って学院の制服に着替えると、カリーナは急いで家の外に飛び出した。

 そのまま屋敷の敷地外に出ても、誰にも止められることはなかった。
 普段なら、こんな時間に門の外へ出ようとしたら、衛兵に止められていたはずだ。
 この屋敷で働く者達が、もうカリーナのことをラッセル家の一員と認識していないのだろう。
 そう思い知らされ、彼女の胸中で荒れ狂う焦りが、ますます膨れあがる。

 このままでは、本当に捨てられる。
 どこでもいいから、弟子入りさえ果たせれば……もしかしたら、お父様が考え直してくれるかもしれない。
 そんな思いを抱いて、カリーナは必死に足を動かす。

 屋敷を出て、貴族の邸宅が集まる地域を抜け、下町の一番近い位置にある魔法使いの家へ。
 魔灯に照らされた道を行き、流派の一つを担当している者の元へと押しかけた。

 カリーナの記憶が正しければ、成績でいうと中堅クラスの生徒が集まる流派だったはずだ。
 その家の扉を、カリーナは縋るような思いで叩いた。

「誰かいませんか!? お願いします! 誰か!」

 何度も、何度も叩く。
 彼女の行為に、近くを通りすがった人々が顔を顰めた。
 だが今のカリーナに、そんなことを気にする余裕はない。

 しつこく彼女が呼びかけているうちに、とうとう扉が荒々しく開かれた。
 カリーナの声を掻き消すように、白髪頭をした壮年の男の怒鳴り声が響く。

「誰だ、こんな遅い時間に!」
「夜分遅く、失礼しますわ。わたくしは、カリーナ・ラッセルと申します」

 カリーナが頭を下げて自分の名前を口にし……それを聞いていた男が、あからさまに嫌そうな顔をした。

「ああ、お前が件の問題児か」
「えっ……」

 不穏な雰囲気に、カリーナは嫌な予感を覚えた。
 戸惑いと不安から瞳を揺らす彼女に、男は呆れたように大きく溜息をつく。

「魔法使いギルドから、お前をうちに弟子入りさせないように通達があった。おそらく、中級以上の流派全てに同じような知らせが回っているだろう。……お前、ギルドでも騒ぎを起こしたらしいな?」
「そ、そんな……」
「そもそも、うちは五級以下の生徒を受け入れるつもりはない。いい加減、夢ではなく現実を見るんだ」

 そう言い残して、男はさっさと奥に引っ込んでしまった。
 カリーナは呆然と、閉じられてしまった扉を見つめる。
 男に言われた言葉を頭の中で反芻しながら、やがて行く当てもなく、ふらふらと歩き出した。

 夢と、現実。
 男は、夢ではなく現実を見ろと言った。
 現実とは、このどうしようもない現状のことだろう。
 では夢とは?
 自分の夢は、どこでもいいから並の流派に入門することだったか?
 父に捨てられないことだったか?

 カリーナはそこで、ふと昔のことを思い出していた。

 幼い頃。
 まだ、何も知らなかった頃。
 夜空に手を伸ばせば、暗がりに瞬く星が掴めるのだと思っていた頃。
 カリーナは、特級魔法使いになることを夢見ていたのだ。
 今も語り継がれる英雄譚を絵本で読み、憧れた。
 努力さえ怠らなければ、なれると本気で信じていた。

 夢から遠ざかりすぎて、忘れていた。
 もっと大人になれば、下らない夢だったと鼻で笑えるのだろうか?
 笑い話に、できるのだろうか?

 あの時よりは、まだ大人になったという自負はある。
 だが、今のカリーナが抱いた感情は、もっと別のものだった。

 どこをどう彷徨ったのか、いつの間にかカリーナは、薄暗い路地裏の突き当たりに立っていた。
 彼女以外に人は見当たらず、他人の視線はない。
 だからだろうか?
 カリーナは胸に湧き上がった感情を、ぽつりと吐き出していた。

「悔しいですわ……」

 言ってしまった。
 今まで胸の奥底に押し込み、封をして、見ないようにしてきた感情。
 それが、呟いてしまった一言をきっかけに、溢れ出てくる。

 同級生達から向けられる嘲笑。
 貴族達から浴びせられる侮蔑。
 知人から向けられる憐憫の眼差し。
 そして、笑って自分のことを捨てた父親の顔。

 これまで歩んできた様々な場面が、思い起こされる。
 カリーナは、その全てがどうしようもなく──

 悔しかった。

「……ひっ……ぐ……」

 嗚咽が漏れる。
 歯を食いしばっても、堪えられなかった涙が目尻からこぼれ落ちる。
 泣いてしまったことで、ますます自分が情けなく惨めに思え、そうなるともう止められなかった。

「くや…しい……くやしいっ……くやしい!」
 
 喚いたところで、どうにもならない。
 それが分かっていても、カリーナは声を吐き出さずにはいられなかった。
 子供が駄々をこねるようにして、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

 しばらくそうしていると、誰もいないと思っていた彼女の背に、ふと呂律の乱れた男の声が掛かった。

「こんなところで一人で泣いて、どうしたのかな~」

 酒臭い匂いを漂わせた、体格の良い男だ。
 ニヤニヤとしながら舐め回すような視線を向けられ、カリーナは悪寒でぶるりと背筋を震わせる。 
 昂ぶっていた感情が、急速に冷えていくのを感じた。

「……何でもありませんわ」

 カリーナは頬を濡らしていた涙を慌てて拭うと、男の横を通り過ぎて路地裏から出ようとした。
 しかし──

「ちょっと待てよ。心配して声を掛けてやったのに、お礼ぐらい言えねーのか?」

 男が、カリーナの腕を掴んで引き留めた。
 乱暴に引っ張られたことに顔を顰めつつも、男の言うことにも一理あると思い、素直に謝罪する。

「たしかに……そうですわね。非礼をお詫びしますわ」

 カリーナが頭を下げると男は上機嫌になり、今度は腰を掴んで引き寄せようとした。

「おう、俺が慰めてやるから、ひとまず宿の部屋で落ち着こうじゃねーか」
「そ、それは結構ですわ!」

 腕を前に出して拒絶するも、男の力は強く、離れることができない。
 見たところ魔法使いでもない、ただの酔っ払いの男に良いようにされ、カリーナは歯噛みした。
 こんな時、四級以上の……いや、せめて五級並みの力があれば、カリーナは楽に逃げおおせていただろう。
 気は進まないが、叩き伏せることも可能だったはずだ。
 だが現実のカリーナは、この男を前に、何もすることができない。

「離してっ!」
「うるせえ! 大人しく──」

 男が腕を振り上げ、カリーナはぎゅっと目を瞑って痛みに備えた。
 だがいくら待っても、予想していたような衝撃がこない。

 気になっておそるおそる目を開くと、男がゆっくりと地面に崩れ落ちていくところだった。
 代わりに、いつの間にか男の背後にいた青年が、声を掛けてくる。

「おい、大丈夫か?」

 黒髪黒目の、やけに顔立ちの整った魔法使いだ。
 目尻が鋭く冷たい印象を受けるものの、纏っている雰囲気のせいか、あまり怖くはない。

 はっきり言って、格好はとても見窄らしかった。
 魔法使いの装備品は、強い魔法が込められているものほど色合いが派手になっていく傾向がある。
 同業者の間では、装備品の質が魔法使いの優秀さを表しているように見られているので、見栄で分不相応な装備品を揃えている者はいても、その逆はあまりいない。
 だから、今カリーナの目の前にいるこの男は、大した魔法使いではない……はずなのだが。

 ローブの胸あたりに付けられた、流派の範士マスターであることを示す記章に、カリーナの視線は
釘付けになっていた。
 色は、上級を示す金色。
 四級以上の生徒を弟子に迎えている魔法使いだ。
 だがバッジに描かれた紋様は、全ての流派を把握しているはずのカリーナでも、知らない種類であった。

「おーい、聞いてるか?」

 青年の呼びかけに、カリーナは我に返った。
 そして、気が付く。
 カリーナは、全ての流派を回って頼み込んだ末、全てに断られてしまっていた。
 でも、まだ一つだけ残っていたのだ。
 自分が訪ねていない流派が。

 カリーナは、ごくりと唾を飲み込む。

 また、断られるかもしれない。
 いや、断られるのが当然なのだ。
 七級の劣等生である自分を、弟子にしてもらえるわけがない。
 期待したところで、すぐに落胆することになるのは目に見えている。

 でも川に溺れる者が、助かりたい一心で藁を掴んでしまうように、気が付けばカリーナは青年に話し掛けていた。

「あ、あの!」
「んん?」

 急に声を張り上げたせいか、目を丸くして驚いている青年に、カリーナは深々と頭を下げた。

「お願いします! わたくしを、貴方の弟子にして下さい!」
「……えぇ?」

 カリーナの叫ぶような訴えに、青年は困惑したように眉を顰めたのだった。

<<つづく>>

--------------------------------------------------
最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 --------------------------------------------------
 

『最強勇者の弟子育成計画』第三話 カリーナ

banner_yusya



 第三話 カリーナ


 

「お嬢様、そろそろお時間です。お目覚めになって下さい」

 いつもの侍女の声に意識を浮上させたカリーナは、鉛のように重たい瞼に力を入れて見開いた。

 窓から差し込む春の日差しに照らされ、目に鋭い痛みを感じる。
 体は重く、まだまだ寝足りないと関節の節々が悲鳴を上げていた。
 このまま二度寝し、疲弊した頭や体を休ませたい欲求に駆られる。

 だが、今の自分にそんな甘えは許されないことを思い出し、カリーナはベッドから無理矢理体を起こした。
 やや切れ長の目の下には、色濃いクマができてしまっており、鼻筋の通った綺麗な顔立ちが台無しになってしまっている。
 顔色も青く、立ち上がるなり体をふらつかせて倒れそうになるも、彼女は歯を食いしばってそれを堪えた。

 カリーナが体調を崩しているのは、誰の目にも明らかだ。
 しかし彼女の世話をする侍女は興味がなさそうに黙殺し、カリーナの赤みの強い栗色の髪を手入れし始めた。
 目の下にあるクマはどうしようもないものの、それ以外はこれから朝食を共にする相手に失礼のないよう、身嗜みを整えていく。
 侍女はカリーナに華やかな衣装を着せ、腰まで届く長い髪を念入りに梳いて下ろし、両側面の髪を頭の後ろに回して一つに結んだ髪型……ハーフアップに仕上げていった。

 一般的な平民の感覚なら、気心の知れた家族との食事でするような装いではない。
 だが貴族の家……少なくとも、侯爵の位を持つラッセル家では普通の日常であった。

 カリーナが父親との会食に臨むべく部屋の外へ出ると、廊下で彼女と同じ髪色をした男と出くわした。
 今年で十三歳になるカリーナよりも、三つほど年上の青年だ。

「おはようございます、カラムお兄様」

 軽く膝を折って挨拶をする彼女の姿に、カラムと呼ばれた男は、あからさまに顔を顰めた。

「……今日も元気そうだな、妹よ」

 カラムの視線は、彼女の目の下にあるクマに向けられている。
 明らかに皮肉なのだが、カリーナは黙って微笑みを浮かべた。

 すると何が気に入らないのか、カラムは忌々しそうに舌打ちをすると、後は何も言わず彼女を置いて食堂へと向かっていく。
 行き先は同じなので、カリーナもそれに続いた。

 二人が食堂に入ってテーブルの定位置に着くと、それから少し時間を置いてやってきた壮年の男が、上座に腰掛けた。
 くすんだ金髪の、柔和そうな顔立ちをした男だ。
 名をアイザックといい、彼こそがこのラッセル家の現当主である。
 カリーナの家族は、他にも年の離れた弟と妹がいるが、二人はアイザックが所有する領地の屋敷にいるので、王都に建てた別宅である此処にはいない。

 アイザックは食事が運ばれてくる前に、にこやかな表情で二人に話し掛けた。

「二人とも、最近の調子はどうだい?」
「特に何も。いつも通りです」
「……」

 父親の問い掛けに、カラムは何でもなさそうに応え、カリーナは顔を俯かせた。
 そんな二人の反応を見比べて、アイザックは苦笑する。

「謙遜しなくてもいいよ、カラム。お前の学院での活躍は、私も聞き及んでいる。今年のトウェーデ魔法大会でも、入賞は確実だと目されているそうじゃないか。流石はラッセル家の長男だ」
「ありがとうございます」

 カラムは褒められたことで小さく頭を下げるも、自分にとってこれぐらいは当然といった態度は崩さなかった。
 対して、カリーナの表情は暗い。

「それで、カリーナは弟子入り先が見つかったのかな?」
「……」
「カリーナっ! 父上に対して失礼だぞ!」
「カラム、いいんだ」

 何も答えようとしないカリーナにカラムが叱咤するも、アイザックはそれを宥めた。

「ふむ。その様子だと、まだ見つかっていないようだね」
「はい……」

 カリーナは顔を俯かせたまま、消え入りそうな声で応える。
 肩を落として落ち込んでいる彼女に、アイザックは柔らかく微笑みかけた。

「大丈夫、きっと良い弟子入り先が見つかるよ。諦めずに、頑張りなさい」
「……ありがとうございます、お父様。今日はきっと、ご期待に応えられると思いますわ」

 アイザックの言葉に、カリーナは顔を上げて小さく笑みを浮かべた。
 決して自分の境遇を楽観視しているわけではなく、自信がありそうなところを見せて父を安心させるための、虚勢の笑みだ。
 それを見て、アイザックは満足そうに頷く。

 ラッセル家は、代々優秀な魔法使いを輩出してきた、伝統のある家だ。
 いや、ラッセル家に限らず、ランドリア王国の貴族は優秀な魔法使いの血筋を積極的に取り入れており、全体的に高い才覚を持っている。
 魔法使いとしての力量が、そのまま貴族社会でのステータスにもなるからだ。

 なので女性であれば、優秀な魔法使いほど婚姻の申し込みが多くなるし、逆に力の弱い魔法使いであれば、たとえ大貴族の娘であっても婚姻を嫌がられる傾向にある。
 あまりにも才能がなさすぎれば、家の恥として最悪捨てられることだってありえた。

 だというのに、アイザックは……カリーナの父親は、魔法学院で劣等生のレッテルを貼られてしまっている不甲斐ない娘に、怒鳴りつけたり、嫌みを言ったりしたことは一度もない。
 そんな優しい父親を喜ばせたい一心で、カリーナは何としてでも今日中に弟子入り先を見つけようと意気込んだ。

────────────────────

 トウェーデ魔法学院とは、今から百年前に天使達が作ったとされる学舎のことである。
 世界に四つある大陸に一校ずつ、各大陸の一番大きな国の首都に、その魔法学院は設けられていた。

 最初の一年間は、午前中にある通常授業と同じく、午後からの魔法の授業も共同で受ける。
 そして一年目最後の成績に応じて、魔法使いのランクである一級から七級に振り分けられると、二年目からは天使が認可した魔法使いの元で、各流派の魔法を学ぶことになっていた。

 生徒は自分の行きたい流派を選び、そこで様々な審査を受け、無事に合格できたら晴れて弟子入りが許される。
 当然、人気のある流派は競争率が高く、審査も厳しい。
 そういった人気流派の審査をいくつも受け、その全てに落選してしまう生徒も沢山いた。

 とはいっても、弟子を募っている魔法使いは多く、たとえ七級の生徒であっても、どこかの流派に入門できるように学院は配慮している。
 だから、分不相応な高望みをしなければ、誰でもすぐに師が見つかるようになっていた。
 つまりは、ひと月も師を探す期間が設けられているのに、あと二日を残してまだ弟子入り先が見つかっていないような生徒は、分不相応な高望みをしているということであり──

 午前中の通常授業を受けるために校門をくぐったカリーナに、そこかしこから嘲笑の眼差しが向けられた。

 どこかに弟子入りした者は、入門した流派を示す小さい記章が与えられる。
 だから学院の制服にそれが付いていないと、まだ弟子入り先が見つかっていないことが一目瞭然なのだ。
 それに、大貴族である侯爵家の娘でありながら七級という評価を受けてしまった彼女は、悪い意味で注目が集まりやすい。
 学院の在校生の中で、貴族でありながら五級以下の成績である者は、カリーナしか存在していないからだ。
 さらにいえば、貴族で七級という成績は史上初でもある。

 それでも、自分の力のなさを認めて相応の流派に入門していれば、他生徒から今ほど冷たい目を向けられることはなかっただろう。
 だが彼女は、高い力量を求められる流派にばかり足を運び、審査どころか門前払いを受け続けていると噂になっていた。
 力を示そうとしたのか、七級であるのに四級以上の依頼を受けようとして、魔法使いギルドに迷惑をかけたこともある。

 何も知らない他人から見れば、頭の悪い愚か者の所業にしか映らない。
 カリーナが、ほとんどの生徒から良い印象を持たれていないのも、当然だろう。
 それを自覚しているカリーナは、時折聞こえてくる侮蔑の言葉に我慢しながら、俯きそうになる顔を前に向けて歩き続けた。

 やがて、真ん中にある教壇を中心として、すり鉢状に机が並んでいる教室の前にたどり着くと、入り口付近で金髪を縦巻きにした少女とはち合わせになった。
 その胸には、名門と名高い「マクダーモット流」の記章が誇らしげに飾られている。

「あらカリーナさん、ごきげんよう」
「……ごきげんよう、レベッカさん」

 声を掛けてきたのは、カリーナと同じ高位貴族の娘である、レベッカ・ミルフォードだ。
 彼女は自慢の巻き髪を見せつけるように手でかき上げると、見下すような目で正面にいるカリーナを見据えた。

「その目の下にあるクマはどうしたのかしら? 夜更かしでもしていたの? 落ちこぼれは、自己管理もできないようね」
「ええ。思慮が足らず、お恥ずかしい限りですわ」
「それで、そろそろ弟子入り先は決まったのかしら?」
「いえ、まだですわ」

 カリーナが首を横に振ると、レベッカはわざとらしく溜息をついた。

「いい加減、貴族の品位を疑われるような真似は、やめて下さらないかしら?」
「……ええ、今日までに弟子入り先を決めてご覧に入れますわ」

 今日こそ自分が望む流派へ入門してみせると、カリーナは不敵な笑みを浮かべる。
 レベッカはそれに目を丸くした後、救いようのない馬鹿を見たとでも言いたげに、鼻で笑った。

「そう。では、精々頑張ってみなさいな。貴女に良い結果が出ることを、祈ってるわ」
「お気遣い、痛み入りますわ」

 そこで会話を打ち切り、背を向けて教室へと入っていくレベッカ。
 彼女に続いてカリーナも教室に入り、自分の席へと座る。
 すると、彼女の隣に座っている、長い黒髪を後ろの高い位置で括った少女が、声を潜ませてカリーナに話し掛けてきた。

「大丈夫? さっきレベッカ様と一緒に教室に入ってきたみたいだけど……」
「ありがとう、ヘレナ。わたくしは、大丈夫ですわ」

 自分のことを心配してくれたヘレナという名の少女に、カリーナは心から笑顔を浮かべる。
 席が隣り合ったことで親しくなった彼女は、カリーナの数少ない友人だった。

「それでさ、その……見つかったの?」
「いえ、残念ながら……」

 言葉を濁しながら聞いてくるヘレナに、カリーナは首を横に振った。

「七級でも生産系の流派なら、どこかに弟子入りできるのに……どうしても、戦闘系じゃないと駄目なの?」
「……」

 彼女のもっともな言葉に、何も言えなくなって口を閉ざす。

 トウェーデ魔法学院の生徒は、四級以上は戦いを生業とした流派に、五級以下は魔道具や魔法薬などの生産を生業とした流派に入門するのが一般的だ。
 カリーナは七級なので、生産を生業とした流派を選ぶのが普通である。
 たまに四級以上でも生産を選ぶ物好きもいるが、それは求められる能力を満たしているから可能なのであって、逆に五級以下の者が戦闘を生業とする流派に入れることはない。

 だがカリーナは、どうしても戦闘を生業とする流派に入門したかった。
 成績を上げていけば途中で流派を移ることもできるが、最初に生産系の流派に入ってしまっていると、後から移籍を希望しても同じ生産系の流派しか選べなくなるからだ。
 つまりここで戦闘系の流派に入っておかないと、もう二度と挽回のチャンスはなくなってしまうのである。

 彼女も、自分の力が足りないのは十分に理解している。
 だが今の劣等生のまま流されては、カリーナの存在はラッセル家の汚点となってしまうかもしれないのだ。
 ラッセル家の……自分を大切に育ててくれた、大好きな父の血筋が疑われることになるのだ。

 魔法使いとしての力がステータスになる貴族社会にて、最悪ともいえる七級の娘が生まれてしまった家の血となれば、自分どころか妹すら婚姻を結び難くなるだろう。
 社交界でも、家族は肩身が狭い思いをすることになる。
 それはつまり、カリーナの存在が家族に拭えない呪いをかけるということだ。
 彼女が生まれてしまったこと自体が、間違いになってしまうのだ。

 だからカリーナは、死に物狂いで努力した。
 寝る時間を極限まで削って、魔法の勉強や修練に打ち込んだ。
 若い時にしか味わえない、華やかで甘酸っぱい学生生活を送る同級生たちを尻目に、他の全てを捨てて魔法のみに時間を費やしたのだ。
 努力の量でいえば、この学院の生徒で彼女が一番だろう。

 だが、結果の伴わない努力などに意味はない。
 地獄のような一年を経た後、彼女に下されたのは七級の劣等生という現実だった。

 でもカリーナは、まだ諦めてはいない。
 いや、自分から諦めるわけにはいかなかった。
 カリーナが強く手を握りしめて黙ったことで、二人の間にどこか気まずい空気が漂う。
 だがそんな空気を破るようなタイミングで、銀髪を顎の下あたりで切り揃えた碧眼の少女が、ヘレナとは反対側になるカリーナの隣に腰を下ろした。

「二人とも、おはよう」
「エミリア、おはよう」
「おはようございますわ」

 どこか眠そうで、表情の変化に乏しい印象を受ける少女……エミリアが、近くの席の二人と挨拶を交わす。

「エミリアは、いい加減入門先を決めたの? 見たところ、記章は付けてないようだけど……」

 カリーナの時と違って、ヘレナの声が少しだけ刺々しくなった。

 エミリアも、カリーナと同じくどこの流派に入るか決まっていなかった。
 だが彼女の場合は、成績が原因で入門先が決まらないのではない。
 むしろエミリアは、魔法学院始まって以来の天才と謳われるほどの優等生だ。

 彼女が弟子入り先を決めていないのは、ただ人付き合いが面倒くさいという理由で、今まで先延ばしにしていただけの話である。
 カリーナやヘレナといった例外を除いて、エミリアは極度の人嫌いなのだ。

「うん。昨日、決まった」
「どこに決まりましたの?」
「ハイゼンベルク流」
「ええっ!?」
「まあ……」

 エミリアが口にした流派に、カリーナとヘレナは感嘆の声を上げた。
 ハイゼンベルク流といえば、ごく一部のエリートしか入れない名門中の名門として有名なのだ。

 しかも、これまで一年生で入門できた生徒は皆無だった。
 ハイゼンベルク流には、特に優秀な成績を残した上級生が学院長からの推薦を受けて、引き抜きという形で入門するのが通例だったのである。
 つまり一年生で入門してみせたのは、エミリアが史上初ということになる。

「流石は、エミリアですわ」
「凄いよねぇ……」
「まだまだ足りない。私の夢は、特級魔法使いだから」

 彼女の発言に、カリーナとヘレナは言葉を失う。

 特級魔法使いとは、一級魔法使いの上に存在するランクだ。
 その位を授かった者は、一国の王よりも強い発言力と待遇が、天使より約束されると言われている。

 特級の位にたどり着いた者は、世界中を探してもたった三人しかいない。

 魔法の扱いに長けた種族の中でも飛び抜けた力を持つ、エルフ族の女王。
 魔族でありながら地上に住み、人間側に味方して魔王と戦ったとされる吸血鬼のお姫様。
 そして人間の身でありながら天使や魔族の力を凌駕し、魔王を討ち滅ぼしたとされる伝説の魔法使い、アデル・ラングフォード。

 皆が皆、歴史に名を残すような傑物ばかりだ。
 それぐらいでないと、天使から特級の位を授かることはないのだ。
 普通なら、そんな魔法使いになると宣言しても、誰もが子供の夢だと言って笑うだろう。

 だがカリーナは、エミリアならばもしかして……と思ってしまった。
 と同時に、強い羨望と嫉妬を覚える。
 信じられないほど大きな目標を見据える友人を見ていると、人並みの貴族であることも分不相応だと罵られる自分が、どうしようもなく惨めに思えたのだ。

 ──今日こそは、せめて普通の貴族になろう。

 才気溢れる友人を眩い思いで眺めながら、カリーナは強くそう思った。
 だが、その意気込みも虚しく、その日もカリーナの弟子入り先が見つかることはなかった。


<<つづく>>

----------------------------------------------------

最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
カテゴリ別アーカイブ
記事検索
QRコード
QRコード