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『最強勇者の弟子育成計画』第三話 カリーナ

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 第三話 カリーナ


 

「お嬢様、そろそろお時間です。お目覚めになって下さい」

 いつもの侍女の声に意識を浮上させたカリーナは、鉛のように重たい瞼に力を入れて見開いた。

 窓から差し込む春の日差しに照らされ、目に鋭い痛みを感じる。
 体は重く、まだまだ寝足りないと関節の節々が悲鳴を上げていた。
 このまま二度寝し、疲弊した頭や体を休ませたい欲求に駆られる。

 だが、今の自分にそんな甘えは許されないことを思い出し、カリーナはベッドから無理矢理体を起こした。
 やや切れ長の目の下には、色濃いクマができてしまっており、鼻筋の通った綺麗な顔立ちが台無しになってしまっている。
 顔色も青く、立ち上がるなり体をふらつかせて倒れそうになるも、彼女は歯を食いしばってそれを堪えた。

 カリーナが体調を崩しているのは、誰の目にも明らかだ。
 しかし彼女の世話をする侍女は興味がなさそうに黙殺し、カリーナの赤みの強い栗色の髪を手入れし始めた。
 目の下にあるクマはどうしようもないものの、それ以外はこれから朝食を共にする相手に失礼のないよう、身嗜みを整えていく。
 侍女はカリーナに華やかな衣装を着せ、腰まで届く長い髪を念入りに梳いて下ろし、両側面の髪を頭の後ろに回して一つに結んだ髪型……ハーフアップに仕上げていった。

 一般的な平民の感覚なら、気心の知れた家族との食事でするような装いではない。
 だが貴族の家……少なくとも、侯爵の位を持つラッセル家では普通の日常であった。

 カリーナが父親との会食に臨むべく部屋の外へ出ると、廊下で彼女と同じ髪色をした男と出くわした。
 今年で十三歳になるカリーナよりも、三つほど年上の青年だ。

「おはようございます、カラムお兄様」

 軽く膝を折って挨拶をする彼女の姿に、カラムと呼ばれた男は、あからさまに顔を顰めた。

「……今日も元気そうだな、妹よ」

 カラムの視線は、彼女の目の下にあるクマに向けられている。
 明らかに皮肉なのだが、カリーナは黙って微笑みを浮かべた。

 すると何が気に入らないのか、カラムは忌々しそうに舌打ちをすると、後は何も言わず彼女を置いて食堂へと向かっていく。
 行き先は同じなので、カリーナもそれに続いた。

 二人が食堂に入ってテーブルの定位置に着くと、それから少し時間を置いてやってきた壮年の男が、上座に腰掛けた。
 くすんだ金髪の、柔和そうな顔立ちをした男だ。
 名をアイザックといい、彼こそがこのラッセル家の現当主である。
 カリーナの家族は、他にも年の離れた弟と妹がいるが、二人はアイザックが所有する領地の屋敷にいるので、王都に建てた別宅である此処にはいない。

 アイザックは食事が運ばれてくる前に、にこやかな表情で二人に話し掛けた。

「二人とも、最近の調子はどうだい?」
「特に何も。いつも通りです」
「……」

 父親の問い掛けに、カラムは何でもなさそうに応え、カリーナは顔を俯かせた。
 そんな二人の反応を見比べて、アイザックは苦笑する。

「謙遜しなくてもいいよ、カラム。お前の学院での活躍は、私も聞き及んでいる。今年のトウェーデ魔法大会でも、入賞は確実だと目されているそうじゃないか。流石はラッセル家の長男だ」
「ありがとうございます」

 カラムは褒められたことで小さく頭を下げるも、自分にとってこれぐらいは当然といった態度は崩さなかった。
 対して、カリーナの表情は暗い。

「それで、カリーナは弟子入り先が見つかったのかな?」
「……」
「カリーナっ! 父上に対して失礼だぞ!」
「カラム、いいんだ」

 何も答えようとしないカリーナにカラムが叱咤するも、アイザックはそれを宥めた。

「ふむ。その様子だと、まだ見つかっていないようだね」
「はい……」

 カリーナは顔を俯かせたまま、消え入りそうな声で応える。
 肩を落として落ち込んでいる彼女に、アイザックは柔らかく微笑みかけた。

「大丈夫、きっと良い弟子入り先が見つかるよ。諦めずに、頑張りなさい」
「……ありがとうございます、お父様。今日はきっと、ご期待に応えられると思いますわ」

 アイザックの言葉に、カリーナは顔を上げて小さく笑みを浮かべた。
 決して自分の境遇を楽観視しているわけではなく、自信がありそうなところを見せて父を安心させるための、虚勢の笑みだ。
 それを見て、アイザックは満足そうに頷く。

 ラッセル家は、代々優秀な魔法使いを輩出してきた、伝統のある家だ。
 いや、ラッセル家に限らず、ランドリア王国の貴族は優秀な魔法使いの血筋を積極的に取り入れており、全体的に高い才覚を持っている。
 魔法使いとしての力量が、そのまま貴族社会でのステータスにもなるからだ。

 なので女性であれば、優秀な魔法使いほど婚姻の申し込みが多くなるし、逆に力の弱い魔法使いであれば、たとえ大貴族の娘であっても婚姻を嫌がられる傾向にある。
 あまりにも才能がなさすぎれば、家の恥として最悪捨てられることだってありえた。

 だというのに、アイザックは……カリーナの父親は、魔法学院で劣等生のレッテルを貼られてしまっている不甲斐ない娘に、怒鳴りつけたり、嫌みを言ったりしたことは一度もない。
 そんな優しい父親を喜ばせたい一心で、カリーナは何としてでも今日中に弟子入り先を見つけようと意気込んだ。

────────────────────

 トウェーデ魔法学院とは、今から百年前に天使達が作ったとされる学舎のことである。
 世界に四つある大陸に一校ずつ、各大陸の一番大きな国の首都に、その魔法学院は設けられていた。

 最初の一年間は、午前中にある通常授業と同じく、午後からの魔法の授業も共同で受ける。
 そして一年目最後の成績に応じて、魔法使いのランクである一級から七級に振り分けられると、二年目からは天使が認可した魔法使いの元で、各流派の魔法を学ぶことになっていた。

 生徒は自分の行きたい流派を選び、そこで様々な審査を受け、無事に合格できたら晴れて弟子入りが許される。
 当然、人気のある流派は競争率が高く、審査も厳しい。
 そういった人気流派の審査をいくつも受け、その全てに落選してしまう生徒も沢山いた。

 とはいっても、弟子を募っている魔法使いは多く、たとえ七級の生徒であっても、どこかの流派に入門できるように学院は配慮している。
 だから、分不相応な高望みをしなければ、誰でもすぐに師が見つかるようになっていた。
 つまりは、ひと月も師を探す期間が設けられているのに、あと二日を残してまだ弟子入り先が見つかっていないような生徒は、分不相応な高望みをしているということであり──

 午前中の通常授業を受けるために校門をくぐったカリーナに、そこかしこから嘲笑の眼差しが向けられた。

 どこかに弟子入りした者は、入門した流派を示す小さい記章が与えられる。
 だから学院の制服にそれが付いていないと、まだ弟子入り先が見つかっていないことが一目瞭然なのだ。
 それに、大貴族である侯爵家の娘でありながら七級という評価を受けてしまった彼女は、悪い意味で注目が集まりやすい。
 学院の在校生の中で、貴族でありながら五級以下の成績である者は、カリーナしか存在していないからだ。
 さらにいえば、貴族で七級という成績は史上初でもある。

 それでも、自分の力のなさを認めて相応の流派に入門していれば、他生徒から今ほど冷たい目を向けられることはなかっただろう。
 だが彼女は、高い力量を求められる流派にばかり足を運び、審査どころか門前払いを受け続けていると噂になっていた。
 力を示そうとしたのか、七級であるのに四級以上の依頼を受けようとして、魔法使いギルドに迷惑をかけたこともある。

 何も知らない他人から見れば、頭の悪い愚か者の所業にしか映らない。
 カリーナが、ほとんどの生徒から良い印象を持たれていないのも、当然だろう。
 それを自覚しているカリーナは、時折聞こえてくる侮蔑の言葉に我慢しながら、俯きそうになる顔を前に向けて歩き続けた。

 やがて、真ん中にある教壇を中心として、すり鉢状に机が並んでいる教室の前にたどり着くと、入り口付近で金髪を縦巻きにした少女とはち合わせになった。
 その胸には、名門と名高い「マクダーモット流」の記章が誇らしげに飾られている。

「あらカリーナさん、ごきげんよう」
「……ごきげんよう、レベッカさん」

 声を掛けてきたのは、カリーナと同じ高位貴族の娘である、レベッカ・ミルフォードだ。
 彼女は自慢の巻き髪を見せつけるように手でかき上げると、見下すような目で正面にいるカリーナを見据えた。

「その目の下にあるクマはどうしたのかしら? 夜更かしでもしていたの? 落ちこぼれは、自己管理もできないようね」
「ええ。思慮が足らず、お恥ずかしい限りですわ」
「それで、そろそろ弟子入り先は決まったのかしら?」
「いえ、まだですわ」

 カリーナが首を横に振ると、レベッカはわざとらしく溜息をついた。

「いい加減、貴族の品位を疑われるような真似は、やめて下さらないかしら?」
「……ええ、今日までに弟子入り先を決めてご覧に入れますわ」

 今日こそ自分が望む流派へ入門してみせると、カリーナは不敵な笑みを浮かべる。
 レベッカはそれに目を丸くした後、救いようのない馬鹿を見たとでも言いたげに、鼻で笑った。

「そう。では、精々頑張ってみなさいな。貴女に良い結果が出ることを、祈ってるわ」
「お気遣い、痛み入りますわ」

 そこで会話を打ち切り、背を向けて教室へと入っていくレベッカ。
 彼女に続いてカリーナも教室に入り、自分の席へと座る。
 すると、彼女の隣に座っている、長い黒髪を後ろの高い位置で括った少女が、声を潜ませてカリーナに話し掛けてきた。

「大丈夫? さっきレベッカ様と一緒に教室に入ってきたみたいだけど……」
「ありがとう、ヘレナ。わたくしは、大丈夫ですわ」

 自分のことを心配してくれたヘレナという名の少女に、カリーナは心から笑顔を浮かべる。
 席が隣り合ったことで親しくなった彼女は、カリーナの数少ない友人だった。

「それでさ、その……見つかったの?」
「いえ、残念ながら……」

 言葉を濁しながら聞いてくるヘレナに、カリーナは首を横に振った。

「七級でも生産系の流派なら、どこかに弟子入りできるのに……どうしても、戦闘系じゃないと駄目なの?」
「……」

 彼女のもっともな言葉に、何も言えなくなって口を閉ざす。

 トウェーデ魔法学院の生徒は、四級以上は戦いを生業とした流派に、五級以下は魔道具や魔法薬などの生産を生業とした流派に入門するのが一般的だ。
 カリーナは七級なので、生産を生業とした流派を選ぶのが普通である。
 たまに四級以上でも生産を選ぶ物好きもいるが、それは求められる能力を満たしているから可能なのであって、逆に五級以下の者が戦闘を生業とする流派に入れることはない。

 だがカリーナは、どうしても戦闘を生業とする流派に入門したかった。
 成績を上げていけば途中で流派を移ることもできるが、最初に生産系の流派に入ってしまっていると、後から移籍を希望しても同じ生産系の流派しか選べなくなるからだ。
 つまりここで戦闘系の流派に入っておかないと、もう二度と挽回のチャンスはなくなってしまうのである。

 彼女も、自分の力が足りないのは十分に理解している。
 だが今の劣等生のまま流されては、カリーナの存在はラッセル家の汚点となってしまうかもしれないのだ。
 ラッセル家の……自分を大切に育ててくれた、大好きな父の血筋が疑われることになるのだ。

 魔法使いとしての力がステータスになる貴族社会にて、最悪ともいえる七級の娘が生まれてしまった家の血となれば、自分どころか妹すら婚姻を結び難くなるだろう。
 社交界でも、家族は肩身が狭い思いをすることになる。
 それはつまり、カリーナの存在が家族に拭えない呪いをかけるということだ。
 彼女が生まれてしまったこと自体が、間違いになってしまうのだ。

 だからカリーナは、死に物狂いで努力した。
 寝る時間を極限まで削って、魔法の勉強や修練に打ち込んだ。
 若い時にしか味わえない、華やかで甘酸っぱい学生生活を送る同級生たちを尻目に、他の全てを捨てて魔法のみに時間を費やしたのだ。
 努力の量でいえば、この学院の生徒で彼女が一番だろう。

 だが、結果の伴わない努力などに意味はない。
 地獄のような一年を経た後、彼女に下されたのは七級の劣等生という現実だった。

 でもカリーナは、まだ諦めてはいない。
 いや、自分から諦めるわけにはいかなかった。
 カリーナが強く手を握りしめて黙ったことで、二人の間にどこか気まずい空気が漂う。
 だがそんな空気を破るようなタイミングで、銀髪を顎の下あたりで切り揃えた碧眼の少女が、ヘレナとは反対側になるカリーナの隣に腰を下ろした。

「二人とも、おはよう」
「エミリア、おはよう」
「おはようございますわ」

 どこか眠そうで、表情の変化に乏しい印象を受ける少女……エミリアが、近くの席の二人と挨拶を交わす。

「エミリアは、いい加減入門先を決めたの? 見たところ、記章は付けてないようだけど……」

 カリーナの時と違って、ヘレナの声が少しだけ刺々しくなった。

 エミリアも、カリーナと同じくどこの流派に入るか決まっていなかった。
 だが彼女の場合は、成績が原因で入門先が決まらないのではない。
 むしろエミリアは、魔法学院始まって以来の天才と謳われるほどの優等生だ。

 彼女が弟子入り先を決めていないのは、ただ人付き合いが面倒くさいという理由で、今まで先延ばしにしていただけの話である。
 カリーナやヘレナといった例外を除いて、エミリアは極度の人嫌いなのだ。

「うん。昨日、決まった」
「どこに決まりましたの?」
「ハイゼンベルク流」
「ええっ!?」
「まあ……」

 エミリアが口にした流派に、カリーナとヘレナは感嘆の声を上げた。
 ハイゼンベルク流といえば、ごく一部のエリートしか入れない名門中の名門として有名なのだ。

 しかも、これまで一年生で入門できた生徒は皆無だった。
 ハイゼンベルク流には、特に優秀な成績を残した上級生が学院長からの推薦を受けて、引き抜きという形で入門するのが通例だったのである。
 つまり一年生で入門してみせたのは、エミリアが史上初ということになる。

「流石は、エミリアですわ」
「凄いよねぇ……」
「まだまだ足りない。私の夢は、特級魔法使いだから」

 彼女の発言に、カリーナとヘレナは言葉を失う。

 特級魔法使いとは、一級魔法使いの上に存在するランクだ。
 その位を授かった者は、一国の王よりも強い発言力と待遇が、天使より約束されると言われている。

 特級の位にたどり着いた者は、世界中を探してもたった三人しかいない。

 魔法の扱いに長けた種族の中でも飛び抜けた力を持つ、エルフ族の女王。
 魔族でありながら地上に住み、人間側に味方して魔王と戦ったとされる吸血鬼のお姫様。
 そして人間の身でありながら天使や魔族の力を凌駕し、魔王を討ち滅ぼしたとされる伝説の魔法使い、アデル・ラングフォード。

 皆が皆、歴史に名を残すような傑物ばかりだ。
 それぐらいでないと、天使から特級の位を授かることはないのだ。
 普通なら、そんな魔法使いになると宣言しても、誰もが子供の夢だと言って笑うだろう。

 だがカリーナは、エミリアならばもしかして……と思ってしまった。
 と同時に、強い羨望と嫉妬を覚える。
 信じられないほど大きな目標を見据える友人を見ていると、人並みの貴族であることも分不相応だと罵られる自分が、どうしようもなく惨めに思えたのだ。

 ──今日こそは、せめて普通の貴族になろう。

 才気溢れる友人を眩い思いで眺めながら、カリーナは強くそう思った。
 だが、その意気込みも虚しく、その日もカリーナの弟子入り先が見つかることはなかった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第二話 再会?とおねだり


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 第二話 再会?とおねだり


 

 翌朝、俺は森を越えた先にある王都にまでやってきた。

 徹夜で魔法の試し撃ちをしていたせいか、瞼が酷く重い。
 だが、たとえ今すぐベッドで横になったとしても、胸から湧き上がる興奮によって眠れることはないだろう。
 忙しなく行き交う人混みの中、辺境から上京してきた田舎者の如く、キョロキョロと辺りに視線をやる。

 大きな声を張り上げて客寄せをする商人。
 道の片隅に寄って、姦しく雑談している女性。
 街を巡回している騎士。
 やたらと派手な装いをした、魔法使いらしき人。
 笑いながら道を走る小さな子供達。

 何もかもが新鮮で、ワクワクした。
 時折、すれ違う人に微笑ましそうな視線を向けられるが、気にしない。
 いや、本当は気にしてるし恥ずかしいけど、はしゃいでしまう気持ちを抑えられなかった。
 たまに俺の服装を見て、見下したように鼻を鳴らす若い魔法使いがいるけど、これはよく分からない。

 ゲームと同じであれば、ここはランドリア王国の首都のはずだった。
 王都の中央にある巨大な城は、ゲームで見たものとよく似ているから間違いないだろう。
 だがどういうわけか、城以外の街並みはゲームのものとは全然違っていた。
 やはり、何もかもが一緒というわけではないらしい。

 さて、どこから見て回ろうかと悩んでいたところ……ふと肉を焼いた時の香ばしい匂いが漂ってきたせいか、ちょっと腹が減ってきた。
 なのでその匂いの発生源であった屋台にて、何かの肉を串に刺したもの……焼き鳥に似ている……を買おうとしたのだが、残念ながら断られてしまった。
 所持していたお金が使えないというわけではなく、金貨を出されても、お釣りが支払えないとのことだ。

 金貨を見せた時に驚いていたので、これ一枚でもそれなりに高額なのだろう。
 聞けばギルドに行けば両替してもらえるとのことだったので、俺はまずギルドに向かうことにした。

【エレメンタル・スフィア】でのギルドとは、天界からやってきた天使が管理している、魔法使いの集まりの場だったはずだ。
 魔界から迷い込んでくる魔物を、人間の魔法使い達に討伐させることで、地上の浄化を行っているらしい。
 ギルド内に張り出された依頼を受けて、指定された魔物の討伐に向かい、討伐証明となるものを持ち帰れば、ギルドが報酬を払ってくれるというシステムだ。

 ギルドはこの国だけでなく、世界中のあらゆる国々に存在している。
 天使が運営しているといっても、ギルドの幹部以外は天使が雇った人間達が働いているのだが、職員として雇われた人間は中立の立場として扱われ、国に所属していることにはならない。
 また、ギルドだけでなく世界中に散らばるカトラ教会を束ねる教皇や枢機卿も天使であり、実質的に地上の覇権は天界が握っていると言っても過言ではなかった。

 といってもゲームでは、魔族が関わらなければ各国の政に口を出すことは、ほとんどないという設定だった。
 王宮内で醜い権力闘争をしてようが、反乱が起ころうが、他国と戦争しようが、天使らは傍観を決め込むのだ。
 もちろん人間が天使らに牙を剥けば反撃してくるだろうが、一部の例外を除いて、天使と人間の間には逆立ちしても超えられない強さの壁があるので、基本的に人間は天使に手を出さない。
 とまあ、そんな設定を思い出しているうちに、俺は目的のギルドに着いた。

────────────────────

 街並みが変わってしまっても、王城とこのギルドだけはゲームと同じ位置にあったので助かった。
 ……まあ場所が変わっていても、王城に匹敵しそうなぐらい大きな建物なので、迷うことはなかっただろうが。

 組織としては同じでも、国の文化によってギルドの建物は全然違う装いをしている。
 この国のギルドは、どこか荘厳な雰囲気を持つ白い塔だ。
 正面の扉をくぐると、掃除の行き届いた清潔なフロアが広がっていた。
 無駄がなく機能的で、王城のような華やかさはないものの、自然と背筋が伸びてしまう落ち着きがある。

 フロアの奥にはカウンターがあり、幾人ものギルド員が、長蛇の列を作る魔法使い達に対応していた。
 それにしても、何故かやたらと派手な装いの人が多い。
 酷い人になると、金一色のギラギラとしたローブを着込んでいる人までいるし。
 目にも、精神的にも、痛々しいことこの上ない。

 俺は金貨を両替してもらうべく列に並ぶと、近場にいた魔法使い達の視線がこっちに集まった。
 背伸びした子供を見るような、生暖かい目を向ける者。
 こちらを気遣い、心配そうな目を向ける者。
 あからさまに見下して、鼻で笑う者。

 反応は様々だが、微妙に居心地が悪い。
 俺には、そんなにもお上りさん的な雰囲気が漂っているのだろうか?
 まあこの建物に入ってからも、物珍しそうに視線をあちこちに向けていたから、そう思われるのも仕方ないかもしれない。

 周囲の視線にソワソワしながら、待つこと数十分。
 ようやく自分の番が回ってきて受付の前に立つと、対応する長い黒髪の若い女性が、眼鏡の奥にある
鳶色の双眸を細めた。
 泣きぼくろが似合っていて、とても綺麗な人なんだけど……どうしてだろうか?
 視線が冷たく感じられて、とても背筋が寒いです。

「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「えっと、金貨の両替をして欲しいんですけど……」
「……貨幣の両替は、商業ギルドの管轄なのですが」
「えっ、何それ?」

 思わずそう返してしまってから、すぐに気が付いた。
 恐らく屋台の人から聞いた「ギルド」とは、「商業ギルド」のことだったのだろう。
 ゲームでは商業ギルドなるものはなかったから、こっちのことだと勘違いしてしまったのだ。

 俺の反応を見て何かを察したのか、受付の女性は小さく溜息をついた。

「ここは魔法使いギルドです。それも、四級以上の人のみを扱っている場所ですよ」
「あー……すみません、勘違いしてました」
「次からは、ちゃんと商業ギルドに行って下さいね。それで、何か身分を証明できる物はお持ちでしょうか?」
「え、もしかして両替してくれるのですか?」
「ええ、今回だけですよ」

 今の俺は、いわばコンビニで両替だけをお強請りするような、たちの悪い客のようなものだろう。
 さっさと追い返されても、文句は言えないのに……見た目は冷たそうだけど、どうやら優しい人のようだった。
 心なしか、態度も先ほどより軟化しているような気がする。

 後から聞いた話によると、最近は五級以下のランクしかないのに四級以上の依頼を受けようとしていた輩がいたらしく、警戒していたのだそうだ。
 魔法使いは一般的に七級から一級に分かれており、数字が低くなるほど優秀な魔法使いとなっている。
 四級以上からは危険な依頼が多く、五級以下の者には絶対に受けさせないことになっているとのことだった。

「うーん、身分証か……」

 何かあったかな?
 と、俺はアイテムボックスのリストを開いた。
 重要品の項目をスクロールしていくと、丁度「ギルド証」というものを発見する。
 ゲームの序盤でギルドに登録して手に入れていたはずなのだが、名前だけで使用することはないアイテムなので忘れていた。
 俺はアイテムボックスからそれを取り出すと、受付の女性に手渡した。

「これで大丈夫でしょうか?」
「あら、随分と古いギルド証をお持ちなのですね……」

 何気ない仕草で、受付の女性がギルド証の裏を見た。
 ──瞬間、彼女の動きが凍り付いたようにピタリと止まった。
 しばらく動きを止めた後、ゆっくりと眼鏡を外して目頭を揉み、「疲れているのかしら……」と呟きながら、またギルド証を見る。
 そして、また固まってしまう。
 何だか、このまま放置しておけば無限ループに入りそうな予感がした。

「何か問題でも?」
「ひゃいっ!」

 俺が声を掛けると、受付の女性が悲鳴のような可愛らしい声を上げた。
 うん、これがギャップ萌えというものだろうか。
 普段は真面目そうな女性にそんな声を上げられると、ちょっとキュンとしてしまう。

「す、すみません、少々お待ち下さい」

 顔を赤くしながらそう言うと、受付の女性は凄い勢いで奥へと走っていった。
 ちょっとした異変に興味を惹かれたのか、近場にいた魔法使い達がこっちを見ている。
 小心者なので、そんな風に注目されると背中がむずむずして落ち着かなかった。

 しばらくして受付の女性が戻ってくると、彼女は俺に向かって深々と頭を下げた。

「さ、先ほどは大変失礼いたしました! 奥で、ギルド長がお待ちです」

 近場にいた魔法使い達が、ざわっとなった。
「あいつは何者だ?」といった声が、ちらほらと聞こえてくる。

 魔法使いギルドの長は、人間ではなく天使である。
 普段は人間に気を遣ってか、あまり表に顔を出さない天使が、わざわざ直接会うのだという。
 そんな待遇を受ければ、注目されるのもしょうがない。

 何度も言うが、俺は小心者だ。
 内心ではガチガチに緊張しながら、俺は受付の女性の案内に従って、奥にある階段へと移動したのだった。

────────────────────

 長い長い階段を上って、塔の最上階にまでやってきた。
 日本にいた頃の俺ならばヘトヘトになっていただろうが、今は体のスペックが高いせいか、全然疲れを感じていない。
 俺を案内した受付の女性……ルアンナと名乗った彼女も疲れた様子は見せていないので、この世界ではこれぐらい普通なのだろう。

 ルアンナは短い廊下の中ほどにある、大きな扉の前に立つと、手の甲で控えめにノックをした。

「ギルド長、アデル・ラングフォード様をお連れしました」
「は~い。入ってもらって~」

 ルアンナが扉の向こうにいる者に声を掛けると、どこか間延びした言葉が返ってきた。
 上司の許可を得てルアンナが扉を開くと、俺は促されるまま部屋に足を踏み入れる。

 すると、背中に三対六枚の小さな翼を生やした天使が、満面の笑顔でこっちに駆け寄ってきた。
 長い金髪に碧眼の双眸をした、やや目尻の低いおっとりとした印象を受ける女性だ。
 興奮からか、乳白色の綺麗な翼がバサバサと動いて揺れている。
 ついでに、胸のあたりを大きく押し上げているそれも、たゆんたゆん揺れている。

 ……彼女いない歴十九年。
 女性に免疫がないので、つい目を逸らしてしまいました。
 こういう時、眼福だと素直に拝める勇気が欲しい
 彼女は俺の前に立つと、感極まった様子で、俺の手を両手で包み込むように握ってきた。

「もうアデルったら、久しぶりじゃない~」
「えっ?」
「もしかして、分からないのかしら? 私、ウリエルよ」
「え……えぇ!?」

 ウリエルという名の天使は、ゲームでも主要キャラの一人として登場していた。
 だが俺の知っているウリエルは、もっと幼い容姿をしていたのだ。
 ゲームでは彼女の翼は二枚だったし、胸部にあんな凶悪なものは実ってなかった。もっと背が小さくて、ツルペタだった。

 年齢が主人公と同じ設定だったため、てっきり合法ロリの類だと思っていたのだが……単に、天使の成長速度が遅いだけだったらしい。
 別に残念だとか、そういうことはない。
 決してない。

 彼女は上機嫌にニコニコとしながら、続けて気になる発言をした。

「ふふふ、あなたと会うのは、百六十年ぶりくらいかしら?」
「……百六十年?」
「そうよ~。どこかに隠居したらしいとは聞いていたけど、ちっとも顔を出してくれないから寂しかったわ~」

 さりげなく知らされた情報に、俺は顔に出さないよう努めながらも内心で驚いていた。
 どうやらここは、ゲームの物語があった時代から百六十年後の世界らしい。

 どうりで街並みが変わっているはずだった。
 家の庭などが荒れ放題だったのも、納得できる。
 というか、百六十年前から俺の外見が全く変わってないことに、疑問を抱かないのだろうか?

「俺が年を取ってないことに驚かないのか?」
「あら、いくら当時の私が子供だったからって、貴方が魔王を倒した時に不老の力を手に入れたことぐらい知ってるわよ」

 俺が知らなかったよ!

 いつの間に不老になんてなってたんだ……
 そういえば魔王を倒してクリアはしたものの、肝心のエンディングは寝落ちして見ていなかった気がする。
 立て続けに明らかになった新事実に、目を白黒させていると、ふとウリエルが不思議そうに首を傾げた。

「それにしても、アデルは何でそんな格好をしているのかしら?」
「え?」
「……ああ! 貴方の正体がバレると騒ぎになるものね~。アデルは昔から、目立つのが嫌いだったからね~」

 そう言って、うんうんと勝手に納得するウリエル。
 俺の服装のどこか変なのか教えて欲しいのだが、なんとなく聞きづらい雰囲気だ。
 そういえば、外でもギルドでも、随分と奇異な目で見られていた気がする。

「そうそう、ギルド証のことなんだけどね~。アデルが今持っているのって、古いタイプのギルド証で、今はもう使えないのよ」
「あ、そうなんだ」

 百六十年も経っているのだ。そういうこともあるだろうと、素直に納得する。

「それで、ギルド証を新しく発行することになるんだけどね。百年前に色々と規則が変わって、新規発行するには一つだけ条件があるの」
「ふむ?」

 ギルド証は、魔法使いがこの世界で快適に生きていくために、必要になってくるものだ。
 別にギルド証がないまま、もぐりの魔法使いとしてやっていけなくもないが……ギルドを利用できないのは、色々と不便ではあった。
 だがそのギルド証を再発行する条件は、俺にとって少々やっかいなもので……

「数日以内に誰でもいいから、弟子を取ってくれないかしら?」
「……弟子?」
「そう、弟子」

 手を握ったまま上目遣いで、何かをおねだりするような仕草をするウリエルに、俺は思わず頷いてしまったのだった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 

『最強勇者の弟子育成計画』第一話 目覚め

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 第一話 目覚め



 目を覚ますと、いつものベッドの上……ではなく、硬い机の上でうつぶせになっていた。

 頭を支えているのも、柔らかい枕ではなく自分の腕。
 けっこう長い時間眠っていたのか、ちょっと痺れている。

 腕に走るピリピリとした感覚に顔を顰めながら辺りを見回してみると、自分が住んでいる部屋ではない……だが、どこか見覚えのある内装が目に映った。

 年季の入った濃い茶色の木で造られた床や天井。
 分厚い本がギッチリと詰まった棚に、白い光の玉が浮いている不思議なランプ。
 パチパチと音を立てながら、中で火が揺らめいている暖炉。

 西洋アンティークな雰囲気の、心温まる良い感じの部屋だが……俺の部屋ではない。
 俺の部屋はもっと狭かったし、こんなにお洒落じゃなかった。

 俺が寝泊まりしていたのは、日本にならどこにでもある学生アパートの狭い部屋だったはずだ。
 壁に飾られているのは高価そうな絵画ではなく、お気に入りのアニメのポスターだった。
 棚の上に飾られているのは木彫りの芸術品ではなく、ポリ塩化ビニルとかプラスチック製のフィギュアだった。
 それが一体、どうして……?

 まだ覚醒しきっていない頭を懸命に働かせ、寝る前の記憶を掘り起こそうと試みる。
 たしか俺は、自分の部屋でゲームをしていたはずだった。
 人気RPGシリーズの最新作にハマり、通っている大学が夏休みだったこともあって、何日も徹夜でプレイしていたのだ。
 膨大な時間を使ってレベルを最大にまで上げ、あらゆるアイテムを揃え、おまけ要素も全てやり尽くしてから、ラスボスである魔王を倒しに行って──

 とそこまで思い出したところで、俺はこの部屋が、そのゲームの主人公であるアデル・ラングフォードの自室に似ていることに気が付いた。
 もちろんゲームなので、こんなにリアルには描写されていなかった。
 だがゲームを現実で再現したら、きっとこんな風になるだろうと思える。

「まさか……」

 俺はある可能性に思い至って、机の傍にある窓へと目をやった。
 今は夜なのか、外が暗いせいで瓶底のような分厚い窓ガラスに、自分の顔が映る。

「──っ、誰だよ!?」

 彫りの深いイケメン顔に、思わずそう叫んでしまった。

 いや、それが自分の顔なのは分かっている。
 だが現実の自分とはあまりにも違いすぎて、まるで見知らぬ他人が、窓の外からこの部屋を覗いているように見えたのだ。

 アデルの設定がゲーム通りなら、髪や瞳の色は日本人と同じ黒色だし、年齢も十九歳とリアルの俺とそう変わらないのだが……顔立ちは、完全に外国人のそれである。
 上背も高くなっているし、もはや元の俺の面影は欠片も残っていない。
 今は自分のものになっているアデルの顔が、どこか気味悪く思えた。

 俺はその嫌な気分を振り払うようにして、窓を開け放つ。
 月明かりの下、広い庭を挟んだ向こうにとした森が見えた。
 ここがアデルの家ならば、あれは幻幽の森と呼ばれる場所のはずである。

「マジかよ……」

 空に浮かぶ月は二つ。
 幻幽の森からチラチラと立ち上る、六色に輝く精霊の光。
 間違いない。
 ここは、自分がハマっていたゲーム、【エレメンタル・スフィア】の中の世界だ。

「……痛い」

 確認のために頬をつねってみたが、ちゃんと痛い。
 どうやら、夢ではないらしい。

 俺はとした気持ちで、椅子の背に体重を預けた。

 なぜ?
 どうして?
 一体、何が起こった?
 元の世界の俺はどうなっている?

 様々な疑問や不安が頭に浮かぶが、当然答えは出ない。
 しばらく混乱したまま椅子に座り込み、長い長い時間をかけて、ようやく俺は「何も分からない」から、「今は考えてもしょうがない」という結論に至った。

 きっと、頭の良い人間ならもっと早く割り切るのだろう。
 だが、俺は凡人なのだ。
 こんな時は、つくづくそう思う。
 追い詰められるとやたら理屈っぽくなるが、建設的なことは何一つ言えず、口から出るのはプライドを守るための屁理屈ばかり。
 俺は自分を、そんなちょっと情けない人間であると思っていた。

 自虐で危うく気分が落ち込みそうになったので、さっさと思考を切り替えることにする。
 ひとまず過去のことに結論が出たら、次に頭に浮かぶのは未来の話。
 分かりやすく言うと、「これからどうしよう?」という単純なものだ。

 油断すれば混線しそうになる思考の手綱を握るべく、考えるべきことをピックアップしてみる。
 今重要なのは、この世界で生きるための衣・食・住だろう。
 ゲームである【エレメンタル・スフィア】のことは知り尽くしているが、この世界の何もかもがゲームと一緒であるとは限らないのだ。
 一つ一つ確認していく必要がある。

 まず服はゲームでの装備品であった魔法使いのローブなどを着ているので、問題なさそうだ。
 強いて言うなら、実にゲーム的なデザインの装備品なので、ちょっと恥ずかしいということぐらいか……。
 ゲームのキャラが着ている分には、「なんか強そうで格好いい!」と素直に思えるのだが、実際にリアルで着ていると、単なる中二病のように思えてしまった。
 後で、できるだけ地味な服を探して着替えようと思う。

 次に確認するのは食。
 一人暮らしをしていたので、軽い自炊ぐらいはできる……のだが、一般的な大学生でしかなかった俺には、畑などを作って自給自足する知識はない。
 動物を狩っても、解体とかできる気がしない。
 下手に調理して、お腹を壊しても困るし。

 つまり今の俺が食べる物を手に入れるには、どこかで買い求めなければならないのだ。
 その費用のことを考えると、まとまったお金もいるだろう。

 そういえば、ゲームで貯めていたお金はどうなっているんだ?
 と、考えた瞬間、目の前に半透明なパネルのようなものが浮かび上がった。

 所持金 999999999G

 表示されたウィンドウは、ゲームと全く同じデザインをしていた。
 中に書かれてあった数字も、俺がゲームで貯め込んでいた金額そのままである。

 試しに念じてみると、手の中に金貨らしきものが一枚だけ出現して、所持金の表示が99999
9998Gになった。
 1Gにどれくらいの価値があるのか分からないが、一応金貨っぽいし、大丈夫じゃないだろうか? 流通しているお金がゲームと一緒とは限らないが……それならそれで、貨幣を交換する手段もあるだろう。多分。
 これだけあれば、近くに街さえあれば生活に困ることはなさそうだ。

 ふと所持金以外のことも気になったので、他にも何かないか色々試してみる。

 まず、アイテムボックスなるものはあった。
 中にはゲームで集めた装備品や消耗品がたっぷりとあり、出し入れ自由だ。
 どうやらクリア後の所持品が反映されているようで、レアなものから平凡なものまで、ゲームにあったものは全て取り揃えられている。

 メニュー画面からは、料理スキルも選択できるようだった。
 それに使える食材もアイテムボックスの中に入っていたが、これは腐ってしまわないか不安だ。
 今はこのまま中に入れておいて、駄目そうなら他に移すか処分するかしよう。

 あと、マップ表示もできた。
 真ん中に表示されている黒い点が俺で、今は他に何も映っていない。
 これがもしゲームと同じなら、人や魔物が近付いてきた時、敵意を持っているなら赤、味方なら緑、それ以外は灰色で表示されるはずだ。
 自分を中心として半径二十メートルぐらいの範囲しか表示されないので、今はあまり役に立たない。

 ステータスも表示されたのだが……これはゲームと違い、随分と様変わりしていた。
 HP、MP、知力、敏捷、筋力、精神といった項目が消え、代わりに魔力、肉体強度、感応値の三つが追加されていたのだ。

 魔力値  1789
 肉体強度 1421
 感応値  2300

 ……これは多いのか少ないのか判断がつかない。
 自分の記憶が正しければ、MPと魔力値の数字が同じなので、MP=魔力値なのだろう。
 他の項目は……肉体強度はともかく、感応値が何なのかよく分からない。
 これは追い追い、調べる必要がありそうだ。

 ひとまずステータスのことは置いておいて、次に俺は家の中を見て回った。
 だいたいはゲーム通りの造りをしていたが、家の中はともかく、外はめちゃくちゃ荒れていた。
 薬草などの生産に使っていた畑は、長く伸びた雑草に埋もれていたし、飼っていた家畜は全て姿を消していた。
 柵がほとんど崩れてなくなってしまっているので、逃げ出したのだろうか?

 逆に、家の中はちょっと不気味なほど綺麗だった。
 どこにも、埃一つ落ちてない。
 まるで、時間が止まってしまったかのような印象を受ける。
 もしかして、そういう魔法でもかかっているのだろうか?

 整いすぎて生活感が薄いのが気になるが、住に関しても心配することはなさそうだった。
 生きていくための全部が揃っている。
 寝床なんて、元の薄い布団なんかよりも、ずっと柔らかそうなベッドがあった。

 一通り確認して気持ちに余裕ができると、今さらながら……本当に今さらながら、胸の奥からジワジワと歓喜が湧き上がってくる。
 何せ、ファンタジーである。
 書籍でもゲームでも、俺はファンタジーが大好きだったのだ。
 しかもここは、俺がのめり込んでいた【エレメンタル・スフィア】の世界。
 もう元の世界に帰れないかもしれないという不安よりも、この世界に対するワクワクとした気持ちが勝り、俺はジッとしていられなくなった。

 まずは魔法を試してみようと、庭先に飛び出した……のだが、そこでふと気が付く。

 どうやって魔法を使えばいいのだろうか?

 ゲームなら敵と対面した時に戦闘画面に移行するのだが、念じてみてもコマンドは出てこない。
 アデル・ラングフォードは、凄腕の魔法使いという設定だ。
 だからか、身体能力の方はそれほど高くない。あくまで、魔法の力と比べたらの話だが。

 つまり魔法が使えないとなると、最大の取り柄がなくなってしまう。
 俺は、顎に手を当てて考え込み……ふと、戦闘の時にあったシステムを思い出した。

【エレメンタル・スフィア】では、主人公が魔法を使う際、ちょっとしたパズル要素があるのだ。
 それは有名な某落ちゲーに似ているもので、集まってくる六色の玉……赤、緑、青、茶、黄、黒のうち、同じ色の玉が四つ揃えば消えるというものである。

 例えば火属性の魔法が使いたければ赤の玉を、水属性の魔法が使いたければ青の玉を集める必要があり、難しい魔法であればあるほど、多くの玉が必要になってくる。
 使おうとしている魔法に必要な数を揃えられなければ魔法は失敗するし、もたもたしていると敵に反撃されたりもする。
 二属性の魔法を同時に使いたければ同時消し、連射したければ連鎖などといった小技もあった。

 ゲームの中では、それらの玉は魔法使いにしか見えない精霊だという設定だったはずだ。
 試しに俺は、その精霊を集められないか念じてみる。
 すると、どこからともなく現れた光の玉が、俺の眼前に集まり出した。

 俺は某落ちゲーも、ネット対戦で上位に入るほどにやり込んでいる。
 その気になれば長い連鎖や同時消しもやれそうだが、今回は赤い玉を四つ揃えるのみにしておいた。
 四つの赤い玉が融合し、弾けるようにして消えたところで、頭に浮かんだ火の呪文を読み上げる。

「【ファイア】」

 夜の闇の中に、ボッと明るい火が灯った。
 指先に灯ったそれに、目を見開いて凝視するも、すぐに消えてしまう。
 だが今、俺はたしかに魔法を使ったのだ。

 ……やばい、楽しい。

 もう、めちゃくちゃ興奮した。
 現実では絶対にありえなかったことが、この世界では当然のようにできるのだ。
 元々、寝る時間を惜しむほどに大好きだったこのゲーム。
 この世界で、やってみたいことがどんどん増えてくる。
 ひとまず今は、使える魔法がどんな風になっているか、順番に確認していこう。

 こうして俺は、そのまま朝を迎えるまで、様々な魔法を試していったのだった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22

 
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