ゆらりゆらり

「このドアを開いては駄目」
肉片が俺に忠告する。
「このドアを開いては駄目」
俺はドアノブを握りゆっくり回す。
「このドアを開いては駄目」
 俺はゆっくりドアを開く。
「待ってたよ、君は小説家なんだろう? さあ入りたまえ。小説家の客人は初めてさ、歓迎するよ」
目の前には小人、いや、額から不規則に曲がり捻じれた角が一本出ているから小鬼が立っていた。漆黒のイブニング、ピカピカのエナメルシューズ、真っ赤な蝶ネクタイ、三本指の爪が鋭い大きな手。
「大間九郎、なんでこんな名前なんだい?」
「たいした意味はないよ」
「そうかい?」
「そうさ」
「でもこの名前だとここでは存在できないよ?」
「名前なんてどうでもいい、なんと呼んでくれてもかまわないよ」
「そうかい? では僭越ながら僕が君に名前を付けさせて戴くとしよう。九郎はCROWだから君の名前は烏でどうだい?」
「何だっていい」
「そうかい? それじゃあ君の名前は烏だ。烏、歓迎するよ」
小鬼は背伸びをしテーブルの上からワインボトルを取る。
「そこにワイングラスがあるだろう? 飲み口が広くて出来るだけ大きい物を選んで二つ持って来てくれないかい?」
何十と並ぶワイングラスの中から小鬼の言っていた形の物を二つ選ぶ。
「はは、このグラスを選ぶなんて、君は良いセンスをしてるよ。このワイン、ボルドーのちょっと良い奴でね、誰か客人が来た時に開けようと思っていたんだ」
小鬼は真っ赤な液体をグラスに注ぐ。
「乾杯をしようじゃないか」
「何に?」
「そうだな? 君の受賞に乾杯」
「ありがとう。乾杯」
小鬼は水を飲むように、何も楽しくなさそうに一気にワインを煽る。
「そして君の馬鹿げた行為に乾杯しようか」
小鬼は自分のグラスになみなみとワインを注ぐ。
「馬鹿げた行為?」
「そう馬鹿げた行為。
 君が卵を産ませた女はおれの女房だよ」



※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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