小樽巡り地獄変~再会~
ビクトリアを出ると僕は社長たちと別れた。
社長とヒラ子は捨てられた子犬のような目で見てきたが、僕は振り切った。
これ以上騙されてたまるものか。
僕は人に道を尋ねながら運河に向かった。
運河は素晴らしいものだった。
大正時代に作られた石造りの運河は、古風な雰囲気を醸し出し、僕に悠久の歴史を感じさせた……。
運河沿いには、運河の写真や絵を売っている人たちもおり、僕はようやく観光地に来たのだという気持ちになった。
これだ、これこそが観光だ。
コンビニだのツタヤだの案内しやがって、あの社長め。
あんなの僕の地元にもあるよ、まったく。
僕は満ち足りた気分でカメラを取り出し、運河を撮影しようとした。
だが……。
「お客さん、ちょっと待ちなよ……」
誰かが僕の肩を叩き、僕は無言でカメラを下した。
振り返ると、そこには社長とヒラ子がいた。
「なんのようだ。
僕はもう君たちにガイドしてもらうつもりはないぞ」
社長はサングラスを取ると、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「少し、我々の話を聞いてはくれませんか」
「なに?」
「お客さん、確かにね、運河はいいと思いますよ。
景観的にもその歴史的にも観光の目玉、まさに小樽の主役ですよ。
それにひかれるお客さんの気持ちもわかります」
「……それで?」
「でもね……小樽のいいところってのは、そんなところだけじゃないんだ!
我々は、お客さんに、小樽の表の顔だけじゃなく、一般に知られない素敵スポットを知ってもらいたかったんだ!
ツタヤだとかサンクスだとかを紹介したのは謝ります。
でもね、運河なんか誰だって見られる。
我々がこれから紹介しようとしていた素敵スポットには、きっとお客さんは気付かないまま小樽を去ってしまうでしょう。
こんな――こんな悲しいことはない!
小樽はもっといいところなんだ!」
社長は熱く語った。
傍らで、うなずきながらヒラ子は旗を振る。
僕は思った。
確かに社長とヒラ子には騙された。
だが社長の言葉には、なにか、芯に迫るものがあった。
こんな熱い魂を感じさせる若者の言葉を無視できようか!
社長はうさんくさい。熱く語っても、その全身からうさんくささを放っている。
でも、一度くらい、もう一度くらい、この若者と幼女にチャンスを与えてもいいんじゃないか?
僕はかばんにカメラをしまうと、ため息をついた。
「仕方がない……もう一度だけチャンスをあげよう。
今度はちゃんとしたところを紹介してくれよ?」
「さすがカッコ・カーリーさん!」
※
「右手をごらんください~公園の滑り台です」
僕は思った。
ああ、また騙されたんだな僕は、と。
「……」
「そして、あそこで項垂れてるのは~たぶん商大生です~。
他校より留年率の高いという噂の商大では~珍しくない落ち込む学生です」
サングラスをかけた社長は感慨深げに言った。
「おそらく単位不足でしょうな。
大学生共通の悩みです。
俺の先輩も言っていました。
『単位取得を望むものよ忘れるな。単位をのぞく時、単位もまたこちらをのぞいているのだ』と。
これは単位取得を求めるあまり己のキャパシティを超えた授業計画をたてないようにという戒めの言葉で――」
「いや興味ないから!
なんでまたどうでもいいもんの紹介してんだ!
さっきの語りはなんだったんだよ!」
「どうでもいいだって!?
あなたは若者の苦悩をどうでもいいで片づけるのか!」
「ああ片づけるね、だって僕関係ねーもん!」
僕は頭をかきむしって叫んだ。
「一瞬でも君たちを信用した僕が馬鹿だったよ!
もう信じないぞ、僕は運河に戻る!」
「まあ、落ち着いてください、お客さん。
我々が本当に見せようと思っているものはこの先にあるのです」
「本当だろうな、嘘だったら金返してもらうからな!」
※
「右手をご覧ください~名前のよくわからない杭です。
これは一説によると、船を停める時に使うそうです~」
ああ、杭……杭ね、確かにこれは杭だ。
これは繋留杭という船を停泊させるときに使う杭だ。
でも、だからなに? 杭を紹介されて、僕はどうしたらいいわけ?
……もう僕はなにも感じなかった。不満も怒りも。
ここを出たら本当にコイツラとは縁を切ろう。
僕が思ったのはそれだけだった。
だがそこには杭以外にも目に付くものがあった……。
「うん?
そういえばまた座り込んで項垂れてる人がいるぞ。
なんだか多いな」
社長は相変わらず感慨深げに言った。
「これは釣り師ですな。きっと魚が釣れないだけです
魚が釣れたら喜びのあまり踊りだすに違いない……」
「いや、釣り竿すら持ってないぞ!
それに今にも死にそうなくらい半端じゃなく項垂れてる。
あれ……しかもよく見たらさっきと同じ奴じゃないか!
死んだ魚のような目をしているぞ!」
「そりゃあ釣り師ですからな。
俺の先輩も言ってました。
『魚釣りをするものよ忘れるな。魚をのぞく時、魚もまたこちらをのぞいているのだ』と。
これは魚を追うばかり、自身もまた死んだ魚のような目になってしまうことを戒めた言葉です。
先輩はいつも『単位ィ……単位が足りないィ……』と呻く死んだ魚のような人でした……」
「それ実は釣りは関係なかったんじゃないか!?」
激昂する僕に、社長はふうと息を吐き、首を軽く振った。
「まあまあお客さん、ここからが本番ですよ。
騙されたと思って、その杭に片足を乗せてこの海を眺めてごらんなさい」
「え?」
僕はいぶかしげに社長とデシ子を見た。
二人は笑顔で、「さあさあ」と僕を促す。
僕は言うとおり、杭に片足を乗せた。
なんだか妙に男らしいポーズになってしまった。
だが――。
目の前には小樽の海。
海と僕の間にはなにもない……遠くを船が行く。
そこにはことさらに海を強調するような物はなく、ただ北の海だけがあった……。
冷たい風、潮の匂い、どこまでも続く海……。
そしてなにかこう――この「杭に片足を乗せて海に望む」というシチュエーションに、よくわからない感動を僕は覚えた。
なにか海の男になったような気分になれる。
「これが……海か……」
僕は思わず声を漏らした。
「どうですかお客さん。
こんな海の眺め方も悪くはないでしょう?」
「……そう、かもしれないな……」
僕は社長に同意した。
それは正直な想いだった。
飾られた街もいい。だが飾り気のない海もまた、悪くはなかった。
だが、傍らで項垂れる釣り師が「単位……単位欲しい……」と地獄の亡者のように呻くので若干だいなしではあった……。
つづく。
※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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伝説兄妹2! 小樽恋情編 (このライトノベルがすごい!文庫)
著者:おかもと(仮)
宝島社(2010-12-10)
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ビクトリアを出ると僕は社長たちと別れた。
社長とヒラ子は捨てられた子犬のような目で見てきたが、僕は振り切った。
これ以上騙されてたまるものか。
僕は人に道を尋ねながら運河に向かった。
運河は素晴らしいものだった。
大正時代に作られた石造りの運河は、古風な雰囲気を醸し出し、僕に悠久の歴史を感じさせた……。
運河沿いには、運河の写真や絵を売っている人たちもおり、僕はようやく観光地に来たのだという気持ちになった。
これだ、これこそが観光だ。
コンビニだのツタヤだの案内しやがって、あの社長め。
あんなの僕の地元にもあるよ、まったく。
僕は満ち足りた気分でカメラを取り出し、運河を撮影しようとした。
だが……。
「お客さん、ちょっと待ちなよ……」
誰かが僕の肩を叩き、僕は無言でカメラを下した。
振り返ると、そこには社長とヒラ子がいた。
「なんのようだ。
僕はもう君たちにガイドしてもらうつもりはないぞ」
社長はサングラスを取ると、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「少し、我々の話を聞いてはくれませんか」
「なに?」
「お客さん、確かにね、運河はいいと思いますよ。
景観的にもその歴史的にも観光の目玉、まさに小樽の主役ですよ。
それにひかれるお客さんの気持ちもわかります」
「……それで?」
「でもね……小樽のいいところってのは、そんなところだけじゃないんだ!
我々は、お客さんに、小樽の表の顔だけじゃなく、一般に知られない素敵スポットを知ってもらいたかったんだ!
ツタヤだとかサンクスだとかを紹介したのは謝ります。
でもね、運河なんか誰だって見られる。
我々がこれから紹介しようとしていた素敵スポットには、きっとお客さんは気付かないまま小樽を去ってしまうでしょう。
こんな――こんな悲しいことはない!
小樽はもっといいところなんだ!」
社長は熱く語った。
傍らで、うなずきながらヒラ子は旗を振る。
僕は思った。
確かに社長とヒラ子には騙された。
だが社長の言葉には、なにか、芯に迫るものがあった。
こんな熱い魂を感じさせる若者の言葉を無視できようか!
社長はうさんくさい。熱く語っても、その全身からうさんくささを放っている。
でも、一度くらい、もう一度くらい、この若者と幼女にチャンスを与えてもいいんじゃないか?
僕はかばんにカメラをしまうと、ため息をついた。
「仕方がない……もう一度だけチャンスをあげよう。
今度はちゃんとしたところを紹介してくれよ?」
「さすがカッコ・カーリーさん!」
※
「右手をごらんください~公園の滑り台です」
僕は思った。
ああ、また騙されたんだな僕は、と。
「……」
「そして、あそこで項垂れてるのは~たぶん商大生です~。
他校より留年率の高いという噂の商大では~珍しくない落ち込む学生です」
サングラスをかけた社長は感慨深げに言った。
「おそらく単位不足でしょうな。
大学生共通の悩みです。
俺の先輩も言っていました。
『単位取得を望むものよ忘れるな。単位をのぞく時、単位もまたこちらをのぞいているのだ』と。
これは単位取得を求めるあまり己のキャパシティを超えた授業計画をたてないようにという戒めの言葉で――」
「いや興味ないから!
なんでまたどうでもいいもんの紹介してんだ!
さっきの語りはなんだったんだよ!」
「どうでもいいだって!?
あなたは若者の苦悩をどうでもいいで片づけるのか!」
「ああ片づけるね、だって僕関係ねーもん!」
僕は頭をかきむしって叫んだ。
「一瞬でも君たちを信用した僕が馬鹿だったよ!
もう信じないぞ、僕は運河に戻る!」
「まあ、落ち着いてください、お客さん。
我々が本当に見せようと思っているものはこの先にあるのです」
「本当だろうな、嘘だったら金返してもらうからな!」
※
「右手をご覧ください~名前のよくわからない杭です。
これは一説によると、船を停める時に使うそうです~」
ああ、杭……杭ね、確かにこれは杭だ。
これは繋留杭という船を停泊させるときに使う杭だ。
でも、だからなに? 杭を紹介されて、僕はどうしたらいいわけ?
……もう僕はなにも感じなかった。不満も怒りも。
ここを出たら本当にコイツラとは縁を切ろう。
僕が思ったのはそれだけだった。
だがそこには杭以外にも目に付くものがあった……。
「うん?
そういえばまた座り込んで項垂れてる人がいるぞ。
なんだか多いな」
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「これは釣り師ですな。きっと魚が釣れないだけです
魚が釣れたら喜びのあまり踊りだすに違いない……」
「いや、釣り竿すら持ってないぞ!
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あれ……しかもよく見たらさっきと同じ奴じゃないか!
死んだ魚のような目をしているぞ!」
「そりゃあ釣り師ですからな。
俺の先輩も言ってました。
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これは魚を追うばかり、自身もまた死んだ魚のような目になってしまうことを戒めた言葉です。
先輩はいつも『単位ィ……単位が足りないィ……』と呻く死んだ魚のような人でした……」
「それ実は釣りは関係なかったんじゃないか!?」
激昂する僕に、社長はふうと息を吐き、首を軽く振った。
「まあまあお客さん、ここからが本番ですよ。
騙されたと思って、その杭に片足を乗せてこの海を眺めてごらんなさい」
「え?」
僕はいぶかしげに社長とデシ子を見た。
二人は笑顔で、「さあさあ」と僕を促す。
僕は言うとおり、杭に片足を乗せた。
なんだか妙に男らしいポーズになってしまった。
だが――。
目の前には小樽の海。
海と僕の間にはなにもない……遠くを船が行く。
そこにはことさらに海を強調するような物はなく、ただ北の海だけがあった……。
冷たい風、潮の匂い、どこまでも続く海……。
そしてなにかこう――この「杭に片足を乗せて海に望む」というシチュエーションに、よくわからない感動を僕は覚えた。
なにか海の男になったような気分になれる。
「これが……海か……」
僕は思わず声を漏らした。
「どうですかお客さん。
こんな海の眺め方も悪くはないでしょう?」
「……そう、かもしれないな……」
僕は社長に同意した。
それは正直な想いだった。
飾られた街もいい。だが飾り気のない海もまた、悪くはなかった。
だが、傍らで項垂れる釣り師が「単位……単位欲しい……」と地獄の亡者のように呻くので若干だいなしではあった……。
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