小樽巡り地獄変~前兆~

ロゴ改

僕は地獄坂を上っていた。
ヒラ子曰く――。

「こちらが商大生を悩ませ、心をへし折る~地獄坂で~ございます。
毎朝この坂を上るのが面倒なあまり~坂の中腹まで上っておきながら、途中で家に帰って寝なおしたという学生がいるとか~いないとか~」

相変わらずどうでもいい、興味を感じさせないガイドであった。 

――埠頭を出てあれから、僕はちゃんとした観光地も案内してもらい、気がつくともう日が暮れていた。
日帰りの予定だったので帰ろうかとも思ったが、僕はひどく疲れていた。
ふだんはそう歩きまわったりはしなからだ。
今日はだいぶ歩いた。
すると、へとへとに疲れた僕に社長が言った。

「よければ我々の家に泊っていきますか?」
「え? いいのかい?」
「狭い部屋ですが、お客さんが良ければ」
「別料金とか発生しないだろうね」
「はっは、まさか」

――というわけで僕は社長の家に続くこの坂を上っていたのである。

                                     ※

社長とヒラ子の部屋は、学生の部屋らしくせまかった。
ヒラ子が部屋の中央で旗を振りながら言う。

「こちらが柏木家で~ございます。
せまいぼろいさむいの三拍子がそろったどうしようもない部屋で~ございます」
「君は部屋の中でもガイド役に徹するのか」
「それがプロというもので~ございます~」

ヒラ子は自慢げであった。

「いやでも君、どうみてもプロじゃないだろう」
「はいそうです……」

ヒラ子は項垂れた。
わかりやすい幼女であった。
ヒラ子は、顔を上げると突然僕に尋ねた。

「そう言えばカッコ・カーリーさんって変わった名前ですよね?
外国の方ですか?」
「いや、それはペンネームだ」
「え?」

僕はちょっと自慢げにかばんから一冊の文庫本を取り出した。
それは僕の著作『建設兄弟!』である。

「僕はね、作家なんだよ。
まあ新人だけどね」

社長とヒラ子が目を丸くした。
職業を言うとみんなが驚いてくれるのが、この職業のちょっといいところである。
僕はほんの少し誇らしげな気分になった。

「わあすごい! でもこんな本、本屋さんで見たことないです!」
「ほほうすごい! でもなんだか売れてなさそうですなぁ!」

……ひどくね?

                                     ※

それから僕は、ざるうどんをごちそうになり(彼らの夕食は毎日ざるうどんなのだそうだ。そのうち栄養失調で彼らは死ぬんじゃなかろうか)、風呂に入ると、もう十一時だった。
明日の朝には僕も帰るし、社長も大学があるそうだ。
ヒラ子も見たところ小学生くらいだし、学校があるだろう。
その割にはランドセルなど、ヒラ子の小学生らしい持ち物が部屋には見当たらなかったが……。
とにかくもう寝ることになった。

「ではお客さんはそちらのベッドをお使いください。
ヒラ子は床で、俺は椅子で寝ます」
「え? いいのかい?」
「たまに友人を泊めたりもしますからね。
慣れっこですよ」
「なんだか悪いなぁ……」
「まあまあお気になさらず……」

なんだか申し訳なかったが、僕はベッドで眠ることにした。
二人は各々の場所で毛布にくるまって眠り、僕は電気を消した。

                                     ※

電気の消えた部屋の中、声が聞こえる……。

「寒いよう……ここは寒いよう……」
「我慢しろデシ子……」
「床が固い……固いよう……」
「俺だってこの寒さと寝づらさに耐えているのだ……」
「うう……うううう」
「やめろ泣くな……たった一晩、たった一晩我慢すればいいんだ……」
「ううっ、うううう」
「泣くなよ、俺まで悲しく……うっ……うううう」
「ううううぅ、うううぅぅ……」
「うああああ、うあああああ……」

寝れるか。 

僕は電気をつけた。
二人は先刻までの悲壮な気配はどこ吹く風で、きょとんとした顔で僕を見た。

「どうかされましたかお客さん」
「あの、さ。
僕が床で寝てもいいよ?
僕に気を使ってくれるのはうれしいけど、申し訳ないっていうか……」
「いえいえめっそうもない。気になさらないでください」
「ほんとに?」
「ほんとです、なあヒラ子」

ヒラ子は「はい」とうなずく。
そして社長が「消しますよ」と言って電気を消した。

                                     ※

「うう、うううう、寒い、暗い……」
「うあああ、うあああああ……恨めしい、ベッドで寝れる奴が恨めしい……!」
「凍えるよう……寒いよう……」
「死ぬ……死ぬぅ……」

寝れるか。

僕は電気をつけた。
二人はきょとんとした顔で僕を見た。

「君たちいい加減にしろ」
「なんの話ですか、お客さん」
「目がさめちゃったじゃないか。
僕が床で寝るからベッドに入れよ」
「そんなめっそうもない」
「自分のために言ってるんだ!
怨嗟の呻きを聞きながら寝れるか!」

僕は頭をかきむしり、二人はきょとんとしたまま。
その時であった。
社長の電話が鳴った。

この電話があの凄惨な事件の幕開けとなるとは、この時の僕には気付きようもないことであった……。

つづく。




※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

http://award2010.konorano.jp/
http://konorano.jp/
http://twitter.com/konorano_jp


---------------第2巻発売決定!予約受付中!---------------
伝説兄妹2! 小樽恋情編 (このライトノベルがすごい!文庫)
著者:おかもと(仮)
宝島社(2010-12-10)
販売元:Amazon.co.jp
-------------------------------------------------------
-----