小樽巡り地獄変~そして伝説(二巻)へ~
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観覧車

僕は観覧車から海を眺めた。
ちなみにこの観覧車のことは社長からも聞いていた。

『あの観覧車は、まあ都市伝説みたいなもんですが、妙なジンクスがありましてねぇ。
あれに乗ったカップルは必ず別れるらしいですよ、くけけけ、ざまぁみやがれ、カップルはみんなあの観覧車に乗っちまえばいいんだ!くけ、くけけけッ!! ちくしょう俺も彼女が欲しい!!!』

社長は心の古傷でも開いたのか、怒りと悲しみのこもった瞳でカップルへの妬み嫉みを熱く語っていた。
人間、ああはなりたくないものである。
気持ちは痛いほどわかるが。

それから観覧車を降りると、池野中君に出会った。
偶然の出会い――ではなさそうだ。

「あれ? 池野中君、どうしてここに?」
「いや、カーリーさんに用事がありましてね。
柏木に訊いたら、この辺りにいるかもしれないって」
「用事?」

池野中君は陰鬱な顔で、僕に一冊の文庫本を差し出した。
タイトルは『建設兄弟!』であった。
僕の書いた本である。
彼は面倒くさそうに言った。

「サインもらえますかね」

僕は驚愕のあまり固まってしまった。
一筋の汗が僕のほほを走る。

「なん……だと?」
「いやだからサインください」

                               ※

僕が本にサインすると、池野中君は困った顔をした。

「サイン下手ですね。
これじゃあサインというか、単に名前を書いただけじゃないですか。
練習してくださいよ」
「僕は新人だぞ。
サインする相手もまだいないのにサインの練習なんかしても意味ないだろ。
売れてないからサインする予定もないしね、はは!! あれ? 涙出てきた!」  

僕が自虐的に叫ぶと池野中君はため息をついた。

「でも、まあ一人はいたんだからよかったじゃないですか」
「まあ、それはそうだけどさ。
でもなぜだ?」
「なにがですか」
「君、僕のファンじゃないよね、別に」
「ええ、読んだことないですしね」
「なんでそんな君がサインなんか欲しがるの?」
「代理ですよ」

池野中君が、僕の後ろを指さした。
僕が振り向くと、何者かが、さっと物陰に隠れた。

「恥ずかしくて顔を出せないそうです」
「いやいや是非顔を見せてほしいよ。
だって僕の初めてのファンなんだよ!」
「だそうですよ」

そう池野中君が言うと、物陰に隠れていた人物が姿を現した。
物陰から姿を現した女性の名は、嵐山素子。
紹介によると池野中君の恋人だそうだ。
嵐山さんは優しそうな可愛い女性であった。
ほんとに優しそうで可愛い女性であった……。

だから僕は遠くを見ながら言った。

「池野中君」
「なんですか?」
「彼女と一緒に、観覧車に乗っていったらいいことあるんじゃないかな」
「はあ。
まあ気が向いたら」
「是非乗るべきだと思うな、僕は」

池野中君は、観覧車のジンクスを知らなかったらしく、首をかしげるばかりであった。


                               ※

こうして僕の小樽旅行は終わった。
思い返してみればなかなか体験できないような、不思議な体験をできたよい旅行だった。

という話を空港のベンチに座って、携帯電話でザ・竹さんに言ったら「それ小説にすればいいんじゃね(笑)」と言われた。

まあ、それもありなのだが……。
だが僕には『建設兄弟!』に愛着があるのだ。
まだもう少し彼らとやっていきたかった。
だってキッズ・ナーとジェリコが小説家になりたいという僕の夢をかなえてくれたのだから。

「……ふう」

そして僕が携帯電話を畳むと、飛行機乗り場の入口から変な奴らが出てきた。
かなり変な奴らだった。
二人とも外人のようだったが……。
一人は白衣を着た小柄な女性で、彼女の周囲には黒服の男が護衛に回っている。 
空港に白衣、というのは尋常じゃなく目立った。
そしてもう一人は――これがとつもなく変な奴だった。
背の高い男で、肌は浅黒く、鼻はでかく、なにか獣じみた顔をした男だった。
その男は周囲に大量の女性をはべらせており、女性たちはみな瞳にハートマークを浮かべて男を見つめている。
その男は、人ごみの中で、突然道行く女性に何事か話しかけ、手をかざした。
するとその女性は突然、男の連れている大量の女性と同じように瞳にハートマークを浮かべる。
そして大男に抱きつき、彼は女性を抱き上げる。

僕はあんぐりと口を開けてしまった。驚いたのである。

「なんてモテる男だ……別にハンサムでもないのに。
ちくしょう、ソイツら全員連れて、小樽の観覧車に乗ればいいんだ。
それにしても、僕は二巻……出せるのかなー、恐ろしく売れてないからなー、くそう」

僕が毒づくと、僕の乗る飛行機の案内がアナウンスされ、僕はベンチから立ちあがった。
こうして僕の旅行は幕を閉じたのである。


                               完


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※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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