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2010年10月

君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第25話(第二部完)―  大間九郎

ゆらりゆらり

 

河童は脱皮して鬼になった。美しい鬼。肌や髪の毛まで白く透き通り、瞳は燃える様に赤い。頭にはもう皿は無く、背中には甲羅も無い。背中には蓑を背負い、右手には大きな包丁を持ち、額には可愛らしい二本の角が有る本格的な本物の鬼になった。

小鬼は子煩悩になった。朝から晩までコトブキと過ごし、一日中コトブキをおぶっている。108の鬼を束ね、関東鬼社会にこの人ありと謳われていたらしい螺旋角の小鬼は人間と河童のハイブリッドに心奪われ、その地位と威厳をかなぐり捨てて今は現世の俺の部屋で離乳食作りと記念写真を趣味とするただの子煩悩になった。

では俺は何になった? 俺は自分を特別な人間だと思って生きてきた。スポーツを見ればこれくらいなら出来そう。美術館に行けば俺でも書けそう。歌を聴けば俺でも歌えそう。本を読めば俺でも描けそう。俺はそうやってこの30数年何もやらずに何にも努力せずに生きてきた。

才能は磨かれなければ輝かない。そんなのは迷信だと思ってきた。本物の才能は一度開花する機会を与えられれば、大輪の花を咲かす。努力なんていらない。努力なんて才能の無い奴のすることで本物のジーニアスである俺には必要ないと思ってきた。

あれは小学校6年の時、俺はソフトボールチームに入っていた。レフト、9番。努力し無い俺は6年生と言うだけでレギュラーだった。横浜市大会、予選第一試合、西区大会を勝ち上がってきた俺達のチームと中区を勝ち上がってきたチームの試合。俺はレギュラーから外されベンチにいた。レフトに入ったのは練習を一番頑張ってた4年生、堀川の弟だった。俺はこの時思ったんだ「あ、おれソフトの才能ないわ、努力した奴に負けるなんてソフトの天才のする事じゃ無いモン」俺はその日以来ソフトのチームに行かなかった。「あ、おれ勉強の才能ないわ」「あ、おれ絵の才能ないわ」「あ、おれ音楽の才能ないわ」そうやって俺は何も努力しないまま、今まで生きてきた。誰も俺を認めてくれない。誰も俺の凄い才能に機会をくれない。俺は世界に唾吐いて生きてきた。そしてあの日お前に出会ったんだ。

「河童、もう俺駄目かな? 俺は何も出来ないまま屑みたいに生きて屑みたいに死んじゃうのかな? もしかして俺ってもしかしてだけと特別な選ばれた人間じゃないのかな? 唯のクソみたいな屑みたいな一般人なのかな? 答えろ河童!」

「そんなこと知らんよ。

だが人間。特別な選ばれた人間、特別に誰かに選ばれた人生など生きていて楽しくなかろう。お前が選べ人間。人生も、才能も、神さえもお前が選べるのだぞ、お前が好きなように生きれば良いではないか。好きなように生きて好きなように死ねばいい。お前の人生だ、お前の支配者はお前自身ではないか。怖がるな人間。人生は旅と言うではないか、旅の恥はかき捨て、人生の恥もかき捨てだ。さぁ願いごとを言え人間、俺も暇ではないのだ」

「河童、俺やっぱ一人だと怖いから俺が才能開花さすまで俺といてくんねーかな? 俺の横で俺の事支えてくんねーかな?」

「お安い御用だ、ガキでも出来る。そんな事で良いのか? 簡単な事だ。その願い承った」

では俺はなんになった? 俺は俺が好きになれる俺になったんだ。

――――第二部完



※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第24話―  大間九郎

ゆらりゆらり

T氏のあり様は酷い。
体中になんか、まぁきっと鋭い爪とかだと思うが、その何かで引っかき傷を作りそれが文字になっている。
額には「はなちょうちん」。右の頬には「守銭奴」。左の頬には「馬並み」。背中にはデカデカと「ぱねぇ!」。腹には「ジーザス・クライスと掛けまして、加齢臭と説きます。その心は? じーさん・くさいっす」。目立つ物だけピックアップしたが体中にはまだ様々な一口ギャグが刻み込まれている。きっとこれは小鬼の部下達がやったものと思われるがナカナカ良いセンスしてる。人間の心を折るにはこのくらい酷いほうが良い。そして傷は結構深く、命に別状は無いだろうが、一生消えないものと思われる。お、この一文気にいった。左大腿に書いてある「このチン毛偽物ですから~! 残念!」。このギャグ一回りして何故だか面白い。左足の裏の「素人童貞だ、間違いない!」までいくと分かり辛さあざとさが出て少し心が萎える。左ケツ「OK欲情」。これは得も言われぬ哀愁を漂わせる。きっと年配の鬼が長年暖めてきた渾身のギャグをT氏のケツにぶちまけた結果、思い切り滑ったのだろう。この文字の傷は他の物に比べて一際深い。南無三。
「ほら~自由にお絵かきしていいんだよ~」
小鬼がまだ書くスぺースが残っている右のケツに「アソパソマソ」の絵を爪で抉る。かなり下手くそ、何故誰が書いてもそれなりになるこのキャラをそこまで下手に書けるのか? やはり三本指がいけないのか? まぁそれは良いとして、T氏を仰向けにし70発ぐらい平手打ち。「う、う~ん」、目ー覚ました、よしよし。「やめてく~だ~さ~い~」、何だまだ寝ぼけてやがる、よし、平手10追加。
「やめてください! 何でもしますから! 言うこと聞きますから! これ以上! これ以上嬲らないでください!」
お~起きた起きた。
「大丈夫ですかTさん!」
「お? おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ大間!!!!!!!」
「そうですよ! 貴方の事をいつでも心配している大間! 大間九郎ですよ!」
「大間! 大間! 俺! 俺!」
「大丈夫ですよ! 私が貴方の事を助けだしましたから! 此処にはもう怖い鬼は居ませんよ!」
「本当か! 本当なのか大間!」
「はい! 不肖わたくしめが全部鬼を退治し、この様に鬼質まで取ってT氏の安全を確保いたしました! 此処は安全です! 大間を特別扱いしてるうちはT氏は安全です!」
「そうか~! やった~! やっと! やっと! やっと自由だ!!!!!」
「すいませ~ん。わたくし新しい担当になりますSと申します~。大間さんいらっしゃいますか~。ウヲ! T! お前今までどこ行ってたの!? ウヲ! 何だその体中の面白い怪我は!」
「Sさん! 大間の担当は譲りませんよ! 俺は大間に一生尽くすんだ!」
「いや、いいよ、こんなつまんない小説書く奴の担当スンゲー嫌だし」




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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第23話―  大間九郎

ゆらりゆらり

 

「申し訳ありません大間さん、担当を変更させていただきたいのですが~」

宝島社から電話。

「はぁ、なんでですか?」

「いやぁ~申しわけありません。お恥ずかしい話なのですが大間さんを担当させて頂いていたTが失踪しまして~何処を探しても見つからんのですわ。此処から色々出版に向けて立て込んでくる時期なのにあのバカ何処に行ったのか~」

 俺はT氏が何処に行ったか知っているがここは沈黙、この質問の正しい答えは沈黙だ。

「そのような事情なら担当の方が変更になるのは致し方ありません。私としては此処までT氏と作り上げてきた作品を一緒に発表出来ないのは断腸の思いですが、我儘は言いません。宝島社様の仰る通りにいたします」

「そうですか~いやありがたい。Tもこんなに優しい一般常識のある作家さんほったらかして罰が当たるわ。今日新しい担当そちらに挨拶に行かせますが宜しいですか?」

「はいお待ちしています」

電話を切る。

「担当が変わるのか?」

 元河童が何故か蓑を背負い包丁を研いでいる。

「そうらしいな」

俺はマグカップにコーヒーを入れ小鬼の横に置く。小鬼は凶悪な爪の付いた三本の指でコトブキの足をさすりながらニコニコお馬のお歌を歌っている。

「馬はとしとし鳴いても強い。馬が強けりゃお武家さんも強い」

「馬が強くてもお武家が強いとは限らんだろう」

「うるさい烏! コトブキが混乱するだろうが! お前は黙ってつまらない小説でも書いてろ!」

鋭い爪で切り裂かれそうになる。

「この歌は今日行ったベビーマッサージ教室で習ったのだ! コトブキが一番アッパーになるこの曲を愚弄すると俺が許さんからな!」

スンゲー妖気、ここは引こう、殺されかねん。

「元河童」

「何だ人間?」

「T氏今頃どうしてるかな?」

「命までは取られまい、それ以外は保障できんが」

「ま、命さえあればいいか、命あってのモノダネだしな」

ピンポーン。はーい。新しい担当さんかね? 玄関に出る。

「宅急便でーす。ハンコかサイン下さい」

 かなり大きな大きな段ボール、サインをして部屋のなかに運ぶ。かなり重い。

「おー来たか来たか。コトブキの玩具にと鬼界から送ってもらったんだわ」

小鬼が段ボールを開ける。

中にはT氏が入っていた。




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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第22話―  大間九郎

ゆらりゆらり

「お前らあれね! アレに夢中で自分達の子供が卵から孵っても気づかないのね! 全くこの先この子の人生が思いやられるわ! ネグレクト! ネグレクトって言うんでしょ現世では!」
 小鬼が赤ん坊を抱き、あやしながら叫ぶ。赤ん坊はいつの間にか産湯につかり綺麗サッパリ深紅のおくるみに包まれキャッキャッ笑っている。
「俺だって鬼ジャン!? こんな姿誰かに見られたらイメージダウンジャン!? でも仕方ないジャン!? 赤ん坊が泣いてたんだから! 可愛かったんだから! その横では激しい情事の最中だったんだから! 産湯にだって入れたわ! おしめだってしたわ! おくるみだって俺のお気に入りのバスローブ裂いて作ったわ! 現世に行って薬局で粉ミルク買って来たわ! 店員に驚かれたわ! 思わずポイントカード作ったわ! 訳分からず勧められるままに色々新生児グッズ買ってしまったわ! おしゃぶりは歯の形が変形するからあまり良くない事を初めて知ったわ! 男の子なのに「女の子ですか? 可愛いですねー」って言われて嬉しかったわ! 何で108の鬼を束ねる俺がこんな事までしなくちゃなんないのよ!」

 俺、正座。
 元河童も正座。

「良いんだよ! 俺は良いんだよこの子の為に俺が勝手にした事だから! でもさ! お前ら親でしょ!? お前が孕ませてお前が産んだんでしょ!? つまりは責任があるわけでしょ!? この子が一イッパシの大人に成るまで育てる義務が有るわけでしょ!? 大丈夫なの!? 育てられるの!? ナニの途中にこの子泣いたら中断できんの!? 子作りばっかして子育て出来ないんならシッカリ避妊しなよ! 生まれてくる子が可哀想だわ! こんなに小さいんだよ! この手! こんなに小さいんだよ! こんなに小さくても生きてて、これから必死で生きてこうとしてるんだよ! 何でこんな小さい可愛らしい命を無視できるの!」
 ヤバい、ウルトラ眠い。
「ねぇ! 聞いてんの! 真面目な話をしてんだよ! この子、人間と鬼のハイブリッド(ド?)だよ! 子供の世界は意外と残酷なんだよ! 虐めとかあるかも知んないジャン! 大丈夫なの!? お前らこの子の事守って行けんの!? 俺も陰ながら見守っちゃうけどやっぱりメインでこの子を守っていくのはお前らになるワケジャン! 心配ジャン!? ホントに心配ジャン!? お前らホントに信用ならないジャン!? どーしたら良いんだよー!!!! どーしたら俺は安心できんだよー!!!! あ、俺、現世行こ。現世行ってこの子と暮らそ。それしかないわ、この気持ちに決着つけるには」
へ?
「コトブキ~小鬼のオジちゃんいつまでも一緒でちゅよ~べんべろば~」
「何だコトブキって?」
「この子の名前でしょうが! 寿鬼って書いてコトブキ。縁起が良いでしょ~」
いや名前って。




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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第21話―  大間九郎

ゆらりゆらり

 ドアを開ける。
 そこには干からびた河童と床に転がる卵。
「お前の体の一部だろ、好きにしろよ」
 小鬼がドアを閉める。
「河童、お前、河童じゃないんだってな」
 河童は白濁した目で俺を見る。
「に、にんげん?」
 河童が弱々しく俺に手を伸ばす。俺はその手を取り河童を抱きしめる。
「河童、お前がなんでもいいよ。お前が鬼でも何でもいいから俺と一緒にいてくれ。俺にはお前が必要なんだ。愛してる河童」
「にんげん」
「愛してる」
 河童の干乾びた皮がズルリと剥ける。瑞々しい白い肌、透き通る白い髪、真っ赤な瞳、額には二本の小さな角、可愛らしい口元から天に突き立つ二本の下牙。
「鬼?」
「人間、俺はだっちゃ?などとは言わんぞ」
「言わんでいいわ!」
「迎えに来てくれたのか?」
「ああ迎えに来た」
「もう、河童では無くなってしまったが良いのか?」
「勘違いするな、俺は河童萌えではない」
「本当か? 疑わしいものだ」
「証明するか?」
「こんな所で~! だめ~! そんな、こんなのだめ~!」
「いいではないか! いいではないか! いいではないか!」
「だめ~! だめ~! だめ~!」
「鬼! 鬼! 鬼!」
「人間! 人間! 人間!」

ピシリッ
無視された卵が青白く光り、亀裂が入る。




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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第20話―  大間九郎

ゆらりゆらり

ドアを開けたらそこには小鬼が立っていた。
「なかなか粋がるじゃないか烏。この先どうする? 俺も殺すか?」
小鬼は背の高いスツールに座り、ブランデーグラスを傾ける。
「殺さない。此処を出て行く。俺にはまだやる事があるからな」
小鬼は襟元の蝶ネクタイを緩める。
「そうかい? 河童はどうする? 卵は? 捨てて行くか?」
「捨てていかない。あれは俺の物で俺の一部だからな」
「烏~それは都合が良すぎないかい?」
「都合? 小鬼、お前の都合なんて俺には関係ないんだよ」
小鬼は葉巻を切り、火を付ける。
「烏、俺はお前が好きだ。お前の書く小説もつまらなくて大好きだよ。河童や卵をくれてやっても良いんだが俺にも立場ってものがあってね。何も無しにはお前をここから返せない。代償だ。何か代償をよこせ。それが無ければお前達を現世に戻す事は出来ない」
 煙を吐き出す。
「…………代償か」
「そうだ、それに見合う代償だ」
「……………………」
「良く考えろ烏」
小鬼が吐き出した煙が部屋の中を漂う。

「…………宝島社」
「ん?」
「宝島社『このライトノベルがすごい』編集部にTと言う男がいる」
「ん? それがどうした?」
「その男を好きにしてもらって構わない」
小鬼がいやらしい顔で笑う。
俺もいやらしい顔で笑う。
「商談成立か?」
「ああ、商談成立だ」




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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第19話―  大間九郎

ゆらりゆらり

「哀れなお姿ですな」
ブラフが俺の体に針を刺す。
「何もない人間が高望みするからこの様な事になるのです。身の程ですよ身の程、貴方は言葉の通り身の程をわきまえなかったからこの様な苦痛を味わっているのですよ」
ブラフは俺の体に27本目の針を刺す。
「才能が無いのに、小説を書く。何の間違えかそれが出版されようとしている。下らない貴方のエゴが日本中の本屋を汚し、読者を汚す。これは罪ですな」
ブラフは俺の体に28本目の針を刺す。
「つまらない小説、グロテスクで、矮小で、品性も品格も無いただただ文字で空白を埋めただけの様な下らない小説。何も訴えかけられず、何も考えさせられず、感動も、興奮も無く、幼稚な文章をただただ並べたゴミ屑の様な小説。貴方は何をしたかったのですか?」
 ブラフは29本目の針を俺の右耳に刺す。
「有名になりたい。人に認められたい。特別な自分でありたい。子供の様な考えを30を超えた大人が抱いている時点で罪でしょう? 自分は選ばれた人間? 誰にですか? 神にですか? 何故神は貴方を選ぶのですか? なんの取り柄も無く、醜いだけの貴方を何故選ぶのですか?」
ブラフは30本目の針を俺の脇腹に刺す。
「神にだって選ぶ権利は有るのですよ?」

「……………………神なんざ願い下げだ……………………」
「?、なんですか?」
「……………………神なんざ願い下げだ……………………」
「?」
ブラフは俺の口元に耳を近づけ、言葉を拾おうとする。
「神がなんと?」
俺はブラフの喉元に喰らいつく、ブラフは驚き、俺の背中に爪を突き立てる。背中が引き千切られる、それがどうした? ブラフの喉を喰い千切る、口から大量の血を吐き、喉から大量の血を噴き、額の五芒星から大量の血を噴いたブラフはその場にへたり込み動かなくなった。
「肉片」
「何?」
「この鎖をはずせ」
「もう外れているわ」
立ち上がりブラフの死体を蹴りあげる。
「選ぶのは俺だバカ! 才能だって、運命だって、人生だって、神だって選ぶのは俺だバカが! 高望み!? 何も望んじゃいねぇよ! 望まれて此処にいるんだバカが! 世界中が俺の才能を望んでるんだバカが! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねよ!」
 俺は死体を蹴り上げ続ける。




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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第18話―  大間九郎

ゆらりゆらり

「あれは河童の様に見えて河童じゃないんだよ。遠野とかに居る由緒正しき河童とは違う。はぐれ者さ。あれの祖先は沙悟浄という鬼さ、天帝の器を割ってしまったばっかりに天界を追われ、七日に一度は脇腹を鋭い刃物で突かれる罰を受け、苦しさと、痛みと、怒りで鬼になった哀れな天上人のなれの果てさ。
俺達は人間の感性に引っ張られて姿形を変えちまうから、沙悟浄は河童と思う人間が増えたせいであれは河童の姿になっちまった。もとは鬼、姿は河童、鬼からも河童からも忌み嫌われ相手にされず、亭主の俺にすら心を開かず、あろう事か人間相手に尻尾を振って卵まで孕んじまった。哀れな哀れな生き物さ。
哀れだろう? 滑稽だろう? 俺の女房は良かったかい? 俺はあんな河童もどき、手だって握った事も無いよ。いくら中身は鬼だって俺はあんな醜い容姿の者を抱く気になんてなれないよ。気持ちが悪いし汚らわしいじゃないか、あの蛙の腹の様な肌、指の間にある水掻き、触ると軟らかい口ばし、烏、お前は本当に凄い男だよ、あれ相手に孕ませる程抱けるなんて狂っているとしか思えないね。
この先の話をしようか、お前とあれの話さ。お前は俺の女房に手を出したんだそれなりの罰を受けてもらうよ。そうだね肝を抜かれるぐらいは覚悟して欲しいね。あれはもう駄目だ。あれは鰐にでも食わして俺は新しい女房でも貰うとするよ。今度は純粋な鬼が良い、俺だって孕ませるほど抱きたいからね。卵だけどもうすぐ孵るらしいじゃないか、赤子の肉はうまいし肝は不老長寿の妙薬だからありがたく使わせてもらうよ。人間と河童もどきの間の子。なかなか食べ応えがありそうじゃないか。今から楽しみだよ。
ほら、そんな顔するなよ。
そんなに睨むなよ。
そんな目で俺を見るなよ。
ゾクゾクしちゃうじゃないか。
俺の中の何か外れちゃうじゃないか。
お前をここで一飲みにしても良いんだよ。
なんの力も無い人間風情が粋がるんじゃないよ。
明日、お前の目の前で河童を鰐に食わせてやろう、赤子もお前の目の前で俺が骨の髄までシャブッてやろう。人間。お前にはこの世の絶望を全てプレゼントして現世に帰してやるからありがたく思いな。
明日を楽しみにしてるんだな人間、ゴミ屑が」

 ドアが開き、小鬼が出て行く。俺は手足を鎖で繋がれ、体中を殴られたため体中が熱い。
「これが貴方の望んだ結果?」
部屋の角が薄く光り、肉片が俺をなじる。




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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第17話―  大間九郎

ゆらりゆらり

「このドアを開いては駄目」
肉片が俺に忠告する。
「このドアを開いては駄目」
俺はドアノブを握りゆっくり回す。
「このドアを開いては駄目」
 俺はゆっくりドアを開く。
「待ってたよ、君は小説家なんだろう? さあ入りたまえ。小説家の客人は初めてさ、歓迎するよ」
目の前には小人、いや、額から不規則に曲がり捻じれた角が一本出ているから小鬼が立っていた。漆黒のイブニング、ピカピカのエナメルシューズ、真っ赤な蝶ネクタイ、三本指の爪が鋭い大きな手。
「大間九郎、なんでこんな名前なんだい?」
「たいした意味はないよ」
「そうかい?」
「そうさ」
「でもこの名前だとここでは存在できないよ?」
「名前なんてどうでもいい、なんと呼んでくれてもかまわないよ」
「そうかい? では僭越ながら僕が君に名前を付けさせて戴くとしよう。九郎はCROWだから君の名前は烏でどうだい?」
「何だっていい」
「そうかい? それじゃあ君の名前は烏だ。烏、歓迎するよ」
小鬼は背伸びをしテーブルの上からワインボトルを取る。
「そこにワイングラスがあるだろう? 飲み口が広くて出来るだけ大きい物を選んで二つ持って来てくれないかい?」
何十と並ぶワイングラスの中から小鬼の言っていた形の物を二つ選ぶ。
「はは、このグラスを選ぶなんて、君は良いセンスをしてるよ。このワイン、ボルドーのちょっと良い奴でね、誰か客人が来た時に開けようと思っていたんだ」
小鬼は真っ赤な液体をグラスに注ぐ。
「乾杯をしようじゃないか」
「何に?」
「そうだな? 君の受賞に乾杯」
「ありがとう。乾杯」
小鬼は水を飲むように、何も楽しくなさそうに一気にワインを煽る。
「そして君の馬鹿げた行為に乾杯しようか」
小鬼は自分のグラスになみなみとワインを注ぐ。
「馬鹿げた行為?」
「そう馬鹿げた行為。
 君が卵を産ませた女はおれの女房だよ」



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君の止まり木はたぶん俺で俺の止まり木は必ず君―第16話―  大間九郎

ゆらりゆらり

暗闇の中は何も見えない。視界は無い、もう眼なんか必要ない。足の裏の感覚は研ぎ澄まされていく。ジャリジャリ。足の裏で感じる感触は砂ではない、小さな石、小さな石が一面に敷き詰められてその上を歩いている感覚。痛くは無い、痛みは無い、ただ少しこそばゆい。足の裏が小さな石たちに洗い流されていく感覚。匂いがする、これはなんの匂いだろう? この匂いは嗅いだ事のある匂い、夏の日草むらを歩いた時に感じる匂い、草の匂い、むせかえる様な草の青い匂い。汗が喉を伝う、拭いたいが腕の感覚が曖昧で上手く喉を触れない、体が暗闇に溶け出して暗闇と自分の境界が曖昧になる。感じるのは足の裏の感触、むせかえる様な草の匂い、汗が伝う喉の痒み、暗闇の中でその三つの感覚だけ宙に浮き、それ以外は曖昧に、存在しているのだろうか? 自分は存在しているのだろうか? 今存在しているのは足の裏と、鼻と、喉だけではないのだろうか? 前に進まなければならない、前に進むためにこの暗闇に足を踏み入れたのだ。前に、前に、ただただ前に。ジャリジャリ。足の裏の感覚はあるが耳で小石が擦れる音は聞いていない。何も聞こえない、音は無い、もう耳なんていらない。「いっては駄目」。肉片が話しかけてくるが聞こえない。聴覚はない、何となく肉片の存在を暗闇の中に感じるだけ、唯それだけ。俺はどれだけ歩いたのだろうか? 何時間も何日間も歩いた様な気もするがもしかしたら数分歩いただけかもしれない、時間の感覚もない。長い距離歩いたかもしれないがまだ数メートルかもしれない、距離の感覚もない、疲労もない、そして諦める心すらない。折れる心がないから、心が折れない、いつまでも歩き続ける、歩き続けられる。空腹もない、喉の渇きもない、焦りや焦燥感もない、ただあるのは前に進まなければならないという使命感と欲求だけ。精神の安定もない、精神の乱れもない、そもそも精神が無い。この暗闇の中に存在が許されるのは足の裏と、鼻と、喉だけ。目の前に光る物が見える、薄い青い光、弱い、弱い、闇との境界が曖昧な弱い光。視界が生まれる、眼が必要になる、俺は目を細める、青白い光の中心には焼け爛れた一匹の野兎が腹を上に向け絶命していた。駆け寄る、両手ですくい上げる。腕の感覚が戻り、腕が暗闇から切り離される。兎の口が動く。カチカチカチカチ。前歯を噛み鳴らす、死んでいる兎が前歯を噛み鳴らし俺に忠告してくる。「この先鰐に会ったら気をつけろ、奴等俺の皮を剥いでこんな姿にしちまった」。カチカチカチカチ。前歯が鳴り、兎はもう一度絶命する。もう前歯は鳴らない。もう兎の体は光らない。俺は焼け爛れた兎の死体を胸に抱き、前に進み続ける。生温かい。風は全くない、汗だけが体中をしたたる。兎は死んだまま動かない。こう暑くては兎の死体が腐ってしまうかもしれない。胸に抱き匂いを嗅ぐ。血の匂い。草の匂いではなく血の匂い。鼻いっぱいに広がる豊潤で残酷な匂い。この野兎は人生を全うしただろうか? 志半ばだったのではないだろうか? 兎も成仏すれば天界に上げてもらえるのだろか? まあいい、俺は兎に知り合いがいないけど、きっと天国には行けるだろう。兎の亡骸を海に流す。無数の鰐が兎の亡骸を引き千切り、砕き、食らっていく。一匹の鰐が海辺に近づき話しかけてくる。「お前は向こう岸まで行きたいかい」「向こう岸には何があるんだ?」「何もないよ、ここと同じ暗闇だけさ」「その先は?」「その先も同じさ、ここに有るのは暗闇だけ、お前の行き先は向こう岸ではないのだろう?」「俺の行き先を知っているのかい?」「知っているさ」「何処だい?」「あそこさ」。鰐は前ビレで薄明かりのドアを指さす。



※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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