家に帰ると河童はいなかった。あったのは滅茶苦茶に荒らされた部屋と鋭い何かで付けられた三本線の引っ掻き傷が無数、そして部屋中を真っ赤に染める血液痕。
何があったと言うのか。
部屋の中を見渡す、河童が抱卵していた大きな座布団の上には血液痕は無い。そして卵も無い。引っ掻き傷、4~50センチあるし三本線の間隔が10センチ程ある。深さは2,3センチあり、こんな傷を付けられるのは地上で熊ぐらいだろう。しかし三本線、熊ではない。では何か? 河童か? 河童には爪が無い、こんな傷は作れない。
やはり人外と考えるほかあるまい。
これだけの血液、人が一人死んでてもおかしくない量だ、しかしこの血液は河童のモノではない。河童の血液は青い。一度喧嘩して額をせん抜きでかち割った時、青い血が噴いたから良く覚えている。河童の血は青い。
では誰の血液なのか?
河童を襲った人外の物だろうか?
分からない。
電気が消えた。部屋の片隅が薄ぼんやり光っている。目を細め見るとそこには青白く光る小さなアマガエルがいた。
「ついていっては駄目」
アマガエルが俺に話しかける。
「ついていっては駄目、それしか望みが無くとも」
「何について行くって言うんだ」
「ついていってはブジャァァ」
「おやおやこんな所にカエルがいましたか、踏んでしまいました。カエルを踏んで2000ドルした革靴が台無しです」
カエルがいた部屋の片隅にはイブニングを着た男が立っている。男? 男だろう。スラリと背が高く細身だが肩幅が広い。男と考えていいだろう。
男の顔は山羊だった、黒山羊、額に五芒星の傷があり血が滴り落ちている。
「申しおくれました。わたくしブラフと申します。以後御見知りおきを」
ブラフは慇懃に頭を下げる。
「では参りましょうか」
「何処にだ」
「何処って決まっているではないですか、貴方が今一番行かなければならない所にですよ」
「河童のもとにか?」
「貴方がそう望むなら」
ブラフが部屋の窓を開ける。窓の外は真っ黒な闇、一センチ先も見えない。
「参りましょうか」
ブラフは窓を通り闇の中に消える。俺の足元で肉片と化したアマガエルが俺に縋り付く。
「いっては駄目」
肉片青白い光を放つ。
※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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