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2013年12月

スクールライブ・オンライン Episode智早【3】

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スクールライブ・オンライン Episode智早【3】


 保健室で、ズブ濡れになった制服から体操服に着替え、保健医が髪を乾かしてくれた。その時も、私は一言も口を開かなかった。
「智早(ちはや)、大丈夫?」
 後から保健室に来た篁(たかむら)が、今は隣で傷の手当を受けている。
 篁に話しかけられ、私はここで初めて顔をのそりと持ち上げた。
 篁の口元に絆創膏が貼られている。
「……篁こそ」
「え、ああ、これ? 大したことないよ」
 殴られたら痛い。それを知っている篁が、殴られるとわかりきっている行動をとった。
 どうして。
 決まっている。矛先が私に向いたから。私を守ろうとしたからだ。
 不用心に蜂の巣を突く真似をし、自分だけでなく、その被害が篁にまで飛び火した。
「……すまない」
「いいって」
 罪悪感で押し潰されそうだ。
 謝罪を済ませた後は、無言が場の空気を支配した。気を遣ったのか、それともいたたまれなくなったのか、手当を終えた保険医が篁に「会堂(かいどう)君、落ち着いたら瀧(たき)さんを教室に連れていってあげてね」と言って退室していった。
「そ、そういえば、智早が髪を解いてるところ見たの、初めてかも」
「私はクセ毛だから、普段はまとめないと面倒なんだ」
「へえー、そうなんだ」
 二人きりが気まずいせいで、篁が必死に会話を探している。それは私も同じだ。 
「……篁、こないだ勧められた『秘密の花園』だが、読了したぞ」
 イギリス生まれのアメリカ人作家、フランシス・ホジソン・バーネットの小説だ。バーネットの作品の中で最もポピュラーで、永遠に語り継がれる珠玉の名作と言われている。
「え? あ、そうなんだ。女子にどんなのを勧めればいいかって考えて選んだんだけど、どうだった? 映画化なんかもしてるし、ハズレではなかったでしょ?」
「タイトルから予想していたものとまったく違った。孤独な少女が血の繋がらない伯父に引き取られることになった時は、いよいよか、と期待したのに、結局ラストまで健全なストーリーに肩透かしを食わされた。それについて文句を言いたい」
「何を期待してたのかは聞かないでおくよ……」
「私も、さすがに口にするのは抵抗がある」
「オタマジャクシとか大声で叫んでた人が、よく言うよ」
 そこでまた会話が途切れる。
 ……ダメだ。息が詰まる。
 無理してフザケた話題を投入しても、この空気の中では異物にしかならない。
 私は諦め、覚悟を決めて先ほどのことについて話し始めた。
「篁が、人に飛び掛かるとは思わなかった」
 これは保険医が話していたことだ。私はその現場を直視できず、ただ震えていた。
「さすがに僕も、カッとなっちゃったからね」
「すまない」
「智早が謝るようなことじゃないよ。こんなのかすり傷だって」
 そう言って、つんつんと口元の絆創膏に触れてみせる。本人は気づいていないようだが絆創膏には大きな血だまりができており、とても痛々しい。
 私が気に病まないよう、強がっていることは容易に想像できた。
 私は座ったまま姿勢を正し、篁に目を合わせず俯いたまま尋ねる。
「訊いてもい――……いや、訊いてもよろしいでしょうか」
「なんで敬語!? やめてよ」
 あまりにも申し訳なくて、つい。
「教えてほしい。篁は、今までどうしてあいつらに抵抗しなかったんだ? さっきみたいに、やろうと思えばやれたんじゃないのか?」
「やらないよ。こないだ言ったじゃない。痛いのは嫌なんだ」
 やらないと、やれないは違う。
「私は篁のことを、臆病だと思っていた。篁の気が弱いからされるがままでいるのかと、そう思っていた」
「過去形なの?」
「篁は臆病なんかじゃない。あいつらに向かっていった」
「それは智早が……。それなら智早だって最初」
「違う。私と篁は全然違う。私は、知らなかっただけだ」
「知らなかったって、何を?」
 さっき受けたプレッシャーと痛み、そして恐怖を思い出し、ぶるると体が竦んだ。
「……体験しないと、わからないものだな……」
 実際に自分の身に降りかかったことで、これまでの認識がごっそり覆った。
「…………あれが、いじめか」
 怖かった。恐ろしかった。何もできなかった。
「あんな怖い思いは、二度としたくない」
 たった一度の暴力で心が折られ、自分がどれほど弱い人間かを思い知らされた。
 臆病というなら、私こそが臆病だ。
「篁はあれを、ずっとずっと味わってきたはずだ。それなのに、どうして耐えられる?」
 私の質問に、篁はカリカリと頭を掻いた。
「……僕から手を出したら、終わりだと思ったんだ」
「非暴力、不服従か? しかしいじめが終わるなら、それは願ってもないことだろう?」
「ううん。そうじゃなくて……なんていうのかな……」
 言い出しにくいことなのか、篁は唸った。
 ややあって、次に篁が言った言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。
「僕が手を出したら、それこそ三谷(みたに)君たち……彼らと、友達になれる機会が永遠に失われるって考えてたんだ」
 想像の斜め上すぎて、耳を疑いさえした。
「友……達? 自分をいじめている相手と?」
「うん。三谷君たちと、友達になりたかった。卒業まで、もう何ヶ月かしかないのにね」
「いや、でも、どうして……」
「彼らが放課後、どこか遊びに行く約束とかしてるの、すごく羨ましかったんだ」
 その光景を思い浮かべているであろう篁の表情が、柔らかく綻んだ。
「教室で他愛無い話をしたり、友達と一緒にゲームしたりするの、ずっと憧れてた」
 自分を虐げてきた相手への恨みや怒りの感情をまったく言葉に乗せず。
「僕も彼らの中に、ちゃんと友達として混ざれたらいいなって思ってた」
 本当にそうあれたらいいと願っていることが、こっちにまで伝わってきた。
「篁は、すごいな。すごすぎる」
 篁の懐の大きさを知り、逆に己の矮小さを痛感した。
「すごくなんかないよ。自分からは何もしなかったし。相手が勝手に改心してくれるのを待ってただけなんだ。どっちみち叶わなかったよ」
 だけど、その願いを完全に潰えさせたのは、他ならぬ私だ。
「すまない……」
「智早のせいじゃないよ。というか智早、さっきから謝りすぎ。えと、なんだっけ。次に謝ったら殴る――のは無理だけど、怒るよ?」
「怒ればいい」
「えー……」
「篁を非難しておきながら、篁と違って、たった一回あれを味わっただけで、もうあいつらと関わりたくないと思ってしまった」
「うん」
「篁は、あいつらと友達になりたいと言ったが、それを聞いて私は……絶対にやめてほしいと……思ってしまった」
「うん」
 私は弱くて、臆病で、そして卑怯だ。
 あんなに恐ろしく、心も体も冷たくなる行為に耐えてきた篁に私は――。
「……これが最後だ。謝るのは、これで最後にするから……」
「うん」
「……こないだ図書室で、情けないなんて言って……すまなかった……」
 私は握りしめた両手に視線を落としながら、唇を噛みしめた。
「気にしてないよ」
 篁はただ頷き、私を許した。
「智早は強いね」
「何を言っている。強いのは篁だろう」
「女子なら普通、あんなことされたら泣いちゃうと思うけど」
「女らしくなくて悪かったな」
 少しだけ泣きそうになったことは伏せておこう。
 それと何故か、篁に女らしくないと言われたのが、ほんの少しばかりショックだった。
「悪いなんて言ってないよ。それどころか、嬉しかったなあ」
「嬉しい? なんの役にも立てなかったぞ?」
「役に立つとか、そういうことじゃないんだ。そりゃあ、あんな無茶はもうやめてほしいけど、智早のしてくれたことは……ホント…………ホントにね――……」
「何が言いた――」
 ギョッとした。
 同時にドクン、と心臓が一度だけ大きく跳ねた。
「ホント……涙が出るかと思うくらい……嬉しかったんだ」
 ぼろぼろと、篁の瞳から止めどなく涙が零れていった。
「お、おい。篁……何を……」
 出るかと思うくらいというか、思いっきり出ている。
 なんだ。どうして突然篁が泣き出すんだ。ここで泣くのは女の私なんじゃないのか?
 篁は笑顔で、涙腺が壊れたのかと思うほど涙を流し続ける。
「僕は智早がいてくれて、すごく救われた。僕にも五年生のあの時までは、友達だった人もいたけど、皆、僕がいじめられるようになって離れていった」
 篁は強い。それでも平気なはずはなかった。
 篁に刻まれてきた傷の数と深さは、私が受けたものなんかと比較にならないんだから。
「智早だけだ。僕と一緒にいてくれたのは」
 それを言うなら篁だって……。
 私の場合、一人でいることを良しと考えてはいたけど、誰かと一緒にいることが、こんなに居心地のいいものだと教えてくれたのは篁だ。
「ふ、ふん。私は普通とは違うからな」
 照れ臭い気持ちを憎まれ口で隠した。
「智早、〈普通〉の反対が何か知ってる?」
「変わり者。異常ということだろう?」
「違うよ。普通の反対は――…………〈特別〉っていうんだよ」
 そう言って、篁は正面から私を抱きしめた。
「た、篁?」
 またしても心臓が跳ねた。しかも今度は一度ではなく、バクバクと休むことなく跳ね続ける。篁が触れている部分から熱が全身へと伝わり、体中が熱くなっていく。
「智早は僕にとって、特別だ」
 ――特別。
 …………ああ。
 だからか。
 喋っていて話が弾む。打てばその度に響くツッコミセンスも貴重だ。
 こんなに気の置けない奴は他にいない。
 それに何より、一緒にいて飽きない。一緒にいて心が安らぐ。
 いつの間にか篁は、私にとってそんな存在になっていた。
 だから私は、篁があいつらにいじめられているのが我慢できなかった。
 こんな簡単なことだったなんて。こんな簡単なことに気づけなかったとか、人付き合いに関する自分の経験値不足にほとほと呆れてしまう。
「私にとっても、篁は特別かもしれない」
 そう言って、私もまた篁の背に手を回した。
「かも、なの?」
「不満か?」
「そんなことはないけど」
 とりあえず、一番気の合う奴。今はこれでいい。その先があるかは……まあ、未定だ。
「ねえ、智早」
「なんだ?」
「約束してほしい。あんな危ないことは二度としないって」
「……言われなくても、できる気がしない。偉そうなことを言った自分が恥ずかしい」
「いいんだよ。智早は女の子なんだから」
「なんだそれは。男女差別か?」
「ち、違うよ。……少しはカッコつけさせてくれてもいいのに」
「泣きながら言われてもな」
 肩越しに篁が溜息をついた。
 咄嗟に軽口で返したが、私はそこまで鈍いわけじゃない。
「智早は、そのままでいてね」
「篁もな。私としては、篁がマゾヒストであってくれた方が面白かったが」
「あはは。やっぱり智早って変わり者だね。ちなみにこれは褒め言葉だよ」
「なら、許す」
「変わり者でいてくれて、ありがとう」
 私は篁の優しさと温かさを感じながら、この時間がずっと続けばいいのにと願った。

 それから卒業までの数ヶ月、結局、篁へのいじめがなくなることはなかったが、篁は泣きごと一つ言わずに耐え忍んだ。私も約束どおり……見て見ぬ振りをした。
 そして三月、私たちは小学校を卒業した。


          


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スクールライブ・オンライン Episode智早【2】

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スクールライブ・オンライン Episode智早【2】


「秋は短いな。もうすっかり冬の気温だ」
 室内との温度差で曇った窓ガラスを眺め、私はしみじみと呟いた。
 篁(たかむら)には図書委員の仕事があるので、私は篁のいる受付カウンターに一番近い机で宿題をするようにしている。正直、小学校の図書室には興味を引く本があまりないので退屈だ。読書より、篁と話をしている方が、よほど暇つぶしになる。
「読みたい本があれば希望申請もできるよ。審査が通ればだけど」
「『マゾヒスティック・オルガスムス』というタイトルの本を頼む」
「え? 何それ」
「そういえば姉妹編として『サディスティック・エクスタシー』なるものも紹介されていたな。ついでなので、そちらも一緒に申請してもらおう」
「内容はわからない、というか、あまり知りたくないけど、多分通らないかと……」
「やれやれ。了見が狭いな」
 それにしても、篁のこの反応、やはりおかしい。
「少し前から気にかかっていたことなんだが、篁はマゾなのに、この手の話にいまいち食いつきが悪いように思えるのは気のせいだろうか」
「ちょ、誰がマゾ!?」
「私の前で謙遜する必要はない。それとも既にマゾヒズムを極め、新たな性癖を開拓している最中なんだろうか。だとすれば、私はいささか篁を過小評価していたようだ」
「いや謙遜とかじゃなく!」
「ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は読んだかい?」
「え、何いきなり。読んだことはあるけど」
「(マゾだけに)満足したかい?」
「まあ、それなりに」
「やはりね」
「やはり何!? 何そのドヤ顔! 僕はマゾじゃないってば!」
「いや、ちょっと待ってほしい。さっきから篁の話を聞いていると、まるで自分のことをマゾではないと言っているように聞こえる」
「ダイレクトにそう言ってるじゃないか!」
「なんだと? 私の勘違いだとでも言いたいのか!?」
「なんで喧嘩腰!? そんなに自信あったの!? なんか申し訳ないけど智早(ちはや)の勘違いだよ! てか、ずっとそう思ってたの!?」
 しかしそうなると、腑に落ちないことがある。この際だ。問い詰めてみることにする。
「篁がマゾでないなら、どうしてされるがままになっているんだ? 私はてっきり悦んでいるものだとばかり思っていた」
「な、なんのこと?」
「誤魔化すな。篁が受けているいじめのことだ」
 私の歯に布着せない指摘に、篁がビクリと体を強張らせた。
「……知ってたん、だね。……うぁー、女の子に言われると、結構くるなあ……」
 バツが悪そうに、観念したように篁が肩を落とした。
「知ってるのに、智早はどうして僕と普通に喋ってくれてたの?」
「篁がいじめられていることと、私が篁と喋る喋らないに、なんの関係がある?」
「普通、いじめられるような奴とは喋りたいと思わないんじゃない?」
「普通普通と言うが、それは誰が決めた普通だ? 篁は私が異常だと言いたいのか?」
「異常なんて、そんなことは」
「普通じゃないなら異常だろう」
「智早のことは、変わってるなあと思ったりはするけど、それが悪いだなんて思わない。僕は、智早が一緒にいてくれて……嬉しいし、一緒にいると、楽しいよ……」
「私だって、篁といる時間は楽しい」
 誰になんと言われようと、それは覆ることのない事実だ。
 篁は右へ左へと視線をやった後、俯き耳を赤くしながら「……ありがとう」と言った。
「意味もわからず謝る癖が影を潜めたと思ったら、今度は意味もわからず礼を言われる。変だと言うなら、篁こそ変だ。というか篁、顔が真っ赤だぞ。暖房の効きすぎか?」
「そ、そうかもしれない。うん、ちょっと暑いよね」
 窓を数センチだけ開け、私は話を本題に戻した。
「そもそも、篁は何故いじめられているんだ? 気が弱いから目をつけられたのか?」
「言わなきゃダメかな?」
「言ってしまえ。吐いて楽になれ」
「…………当たり。それだよ」
「それ?」
「吐いちゃったんだ。五年生の遠足で、バス酔いして」
「ふむ、それで?」
「それだけだよ」
「それだけでいじめに発展したというのか? 気分が悪ければ吐くことくらいあるだろう」
「あるよね。でも、それが原因でいじめに発展することも……あるんだ」
「幼稚だな」
「智早は人間ができてるから、余計そう感じるのかも」
「なんだそれは? 私と篁の何が違う? マゾヒストじゃないのなら、どうしていじめられたままでいる?」
「怖いからだよ。情けないけど」
「怖い? 群れて一人を攻撃するような卑怯者たちがか?」
「うん、怖い」
「それは篁が抵抗の意志を見せないから、相手も付け上がっているんだろう」
「抵抗したら、それまでの倍の数、倍の力で殴られるんだ。やめてくれ、くらいは言ったりするんだけどね」
「それでは足りないということだ。殴り返すくらいの気概を見せれば」
「それは、嫌だな」
「どうしてだ!?」
「だって、殴られたら痛いんだ。それを知ってるのに、その痛みを誰かにぶつけるなんてできないよ。誰だって、痛いのは嫌だ」
「だから、いじめられたままでいる方がマシだと?」
「マシだとは思ってないけど。とにかく……暴力は嫌なんだ」
「その意志薄弱が、いじめをのさばらせているわけか。男のくせに、本当に情けないな」
「……そうだね。自分でも情けないと思うよ」
 女にここまで言われて言い訳もなしか。
「……気分が悪い。今日はもう帰る」
 吐き捨てるように言い、私は篁を置いて図書室を出た。

          ◇

 篁があんな腑抜けた奴だとは思わなかった。
 ここ数日の私は、生理でもないのにずっと苛々しっぱなしだ。
 校内清掃の時間、教室で集めたゴミを、焼却炉に叩きつけるようにして投げ入れた。
 客観的な視点から他人の性癖等に興味を持つことはあっても、自分の希望と違うことでむしゃくしゃするなんてことは、これまでにない感覚だ。
「なんだというんだ、いったい」
 訳のわからないモヤモヤが気持ち悪い。
 篁のことなんかもう知らんと毒づきながら、ゴミ捨ての役目を終えた私は、肩を怒らして廊下を歩いていた。すると、品のない声が耳に入ってきた。
「ゲロむらやーい、ゲーロむらー」
 ……なんて間の悪い。
 今一番会いたくない人物、見たくない光景が進行方向にあり、思わず口元がヒクついた。
「そこまだ汚れてんだろ。ちゃんと掃除しろよ」
 連中に分担という考えは頭になく、篁一人が膝をついて雑巾がけをしている。その周りを三人が囲んでアレやコレやと口を出すだけ。時折、篁の背に蹴り入れている。
 私は少し離れた所から、その様子を見つめた。
「そこも。ほらそこも。うわっ、そこにこびりついてるの、それもしかして、ゲロむらのゲロじゃね? うげー、ばっちーばっちー。さっさと拭き取れよ」
「ご、ごめん、すぐやるから……」
 また謝っている。
「お前、週に何回くらいゲロ吐いてんの? つうか、去年からずっとゲロ臭いんだけど。ちゃんと風呂入ってんのか?」
 一人が集中的に暴言を浴びせ続けている。あの中で一番背が高く、一番態度がでかい。奴がいじめのリーダー格だ。
 いつの間にか握りしめていた拳に力がこもる。
 抵抗もせず、やられてばかりの情けない篁に苛立っているのは確かだ。
 だけどそれと同じくらい、周りの連中にも腹が立って仕方がない。
 お前たちは何様だ。お前たちのどこに他人の尊厳を貶める権利がある。一回嘔吐したからなんだというんだ。お前たちは生まれてこの方、一度も吐いたことがないというのか。この先、一度も吐かずに人生を終える自信でもあるのか。そもそもお前たちが直接被害を受けたのか。頭からゲロをかけられたのか。
 不平不満が次から次へと浮かんでくる。
 なのにわからない。
 どうして私が他人のことで苛々しなくちゃならないんだ。
 苛立つ理由に見当がつかないせいで、余計に苛々が募る。
 答えは出ない。だけど、一つだけはっきりしていることがある。
「お前たち、いい加減にしたらどうだ」
 私はこれ以上、あんな風に虐げられている篁を見るのは我慢ならないということだ。
 私の登場に、篁が驚いて目を剥いている。
「はあ? 誰だよ、ゲロむらを庇う気――て、瀧(たき)智早だ」
 振り向き様、不躾に私の名前を口にしたこいつの名前を私は知らない。名を名乗れと言う場面でもないし、このまま〈お前〉でとおさせてもらう。
「えーと、なんか用かよ?」
「一人に寄って集ってみっともない。週に何回とか、そういう話はマス●―ベーションの回数だけにしておけ」
「は? マス……何だそれ?」
 これだから無知な連中は嫌だ。せっかくユーモアを織り交ぜて、波風が立たないように気を遣ってやったというのに。
「智早、僕のことはいいから!」
「うるさい、篁は黙っていろ!」
「おいおい、ゲロむら、なんで瀧のこと呼び捨て? てか、瀧も篁って、え? お前ら、そういう関係? うーわー、ふじゅんいせーこーゆーってやつか?」
「……ゲスめ」
 もう知らん。本当に知らん。不満をそのままぶつけてやる。
「さっきから黙って聞いていれば、ゲロゲロと耳障りだと言っているんだ! お前たちはカエルか? 品性の欠片もない。父親の精嚢でオタマジャクシからやり直せ!」
 私の啖呵が理解できないのか、リーダー格の男子が、仲間二人に向けて自分の頭を指でトントンと叩くジェスチャーをした。
「こいつ、何言ってんだ?」
 まるで、私の方がいかれていると言っているかのように。
 私は血が沸騰しそうになり、さらに声を荒げた。
「お前たちのようなアホは、両生類以下の単細胞生物だと言っているんだ! その頭の中には脳みそが詰まっていないのか!? 群れないと何もできない卑怯者め!」
「はあぁ!? いきなり出てきて、ずいぶんなこと言ってくれるじゃんか、あぁ!?」
 怒鳴ることで相手を威嚇する。低能な輩がやりそうなことだ。
 やっぱり篁は情けない。こんな連中、怖くもなんとも――
「女のくせに出しゃばんなよッ!!」
 ドンッ! と胸に強い衝撃が襲い、私は背中を壁にぶつけ、その場に尻もちをついた。
「ち、智早ッ!」
 篁が叫んだのと同時、
 凍るように冷たい何かを頭の上から浴びせられた。
 …………。
 ………………え?
「あーあ、瀧さんが廊下にバケツの水ぶちまけましたー。俺たち何も悪くありませーん。瀧さんが一人でやりましたー。うはあ、雑巾絞った水でビッショ濡れ。きったねー」
 ぽた、ぽた、と髪から床に滴る雫を呆然と見やる。
 ……バケツ……水……?
 何が起こった?
「あれえ? 今度はいきなりだんまり? さっきの威勢はどこいったんですかー?」
 何もわからない。
「ははは、カッコつけて出てきといて、いいザマー」
 何も考えられない。
「あ、これビビってる? 絶対ビビってんよ。なっさけねー」
 寒さではない震えが体を襲う。

 ――体が……動かない。

「よお。ちょっと可愛いからって、調子乗ってるからそうなるんだよ」
 ドスの利いた声が耳元で囁かれる。
 私にはそれが、首に冷たい刃物でも当てられているように感じた。
「いいか? これに懲りたら二度と偉そうに口出すなよ。わかったな」
 ぐっしょりと濡れたおさげを引っ張られ、無理やりに頷かされる。
「三谷(みたに)君、女の子になんてことするんだ!」
 篁の怒鳴り声がしたかと思うと、相手の気配が私から遠ざかった。
「こ、の……。ゲロむらのくせに体当たりかましやがった。やんのかコラァッ!」
 すぐ近くで争う声が聞こえる。
「おい、こいつにも水ぶっかけてやれ!」
 鈍い音が間断なく響く。誰かが殴られている。そんな嫌な音だ。
 それでも私は、縫い付けられたように地面を凝視し続けた。
 自分の身に起きたことが信じられず、放心したように頭が真っ白になっている。
「くっそ、離せ。離せっつってんだろ!」
「智早に……謝ってよッ!」
 しばらくすると、騒ぎを聞きつけた教師がやってきた。
 誰かにタオルを被せられ、保健室へ連れて行かれた。
 その間、私は誰に何を言われても、一度も顔を上げられないでいた。

          


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スクールライブ・オンライン Episode智早【1】


――それが恋に変わるのは、もうしばらく先の話だ 。


 小学六年生の秋、気になる男子ができた。
 同じクラスになったことがないから、彼のことは名前も知らない。まあ、そのあたりは重要ではないし、特に興味もないのでどうでもいい。
 最近とみに視力が落ちたことで使い始めたメガネのズレを正し、秋晴れの日差しが差し込む図書室の窓に目をやる。運動場では、今も彼が他の生徒たちとドッヂボールに興じている姿があった。
 今日は何を話しているんだろう。彼への興味が尽きない私は、髪を左右に分けて結んだ三つ編みおさげを指先で弄びながら、図書室の窓を半分ほど開いた。
「トロくさい奴だな。さっさとボール取りに行けよ。十秒以内で」
 苛立ちめいた声に、「あうッ」と彼のくぐもり声が重なった。
「あーあ、残念、二秒遅かった。今日も帰りはカバン持ちの刑な」
 どこに非を見たのか、臀部を蹴られた彼は「ごめん」と謝罪した。
 一方的な暴力に、理不尽な叱責。あれを〈いじめ〉と断ずることに疑問の余地はない。
 低俗で、野蛮で、時間の無駄遣い。六年生にもなって、よく飽きないものだと感心する。彼らは昨日も、今日も、そして明日も同じ行為を繰り返すだろう。
 彼は見るからに気が弱そうで、体格も平均的。何をされても愛想笑いを浮かべるだけ。弱い者いじめが好きな連中には格好のオモチャに映るだろう。
 彼へのいじめを知った最初の頃、私には不思議でならなかった。いじめる人間の心理がではなく、いじめを受けているという過酷な境遇に身を置き、なんの打開を試みることもなく甘んじている彼のことがだ。
 いじめをやめさせることなんて、赤子の手を捻るように簡単だろうに。やろうと思えば息継ぎをする間に解決できる。人の道を切々と語り聞かせる必要も、汗水流して護身術を習う必要もない。例えば、連中の目の前で窓ガラスを叩き割ってやればいい。いじめなどというチープな行為を楽しむ連中は、派手な演出(パフォーマンス)と狂気(インサニティー)に慄き、その日を境に自ら関わりを断とうとするだろう。
 それをしないのは、何か弱みでも握られているからなのかと思って見ていたが、私が観察している限りで、いじめをしている連中が弱みらしきものを引き合いに出している場面は見たことがない。
 となると、別なところに理由があるんだろう。
 いじめを容認する彼の心理について、私は持てる知識を総動員し、一つの仮説を立てた。
 この仮説に至ることができたきっかけは先日――
 行きつけの書店で、聞き慣れぬ響きを放つタイトルがついた文献に目を留めた。
 タイトルは、『マゾヒスティック・オルガスムス』。
 この時点でオチが読めたという人は、相当なキレ者に違いない。
 必殺技みたいなタイトルに、無知な私は興味を引かれ、棚から一冊を抜き取った。ありがたいことに、タイトルの解説が1ページ目に記されていた。
【マゾヒスティック】
 マゾヒズムの性向をもつさま。被虐的。
「〈性向〉は、人の性質の傾向。〈被虐〉は、残虐な取り扱いを受けること。いじめられること。これらは知っているが、マゾヒズムとは……む、派生語としてちゃんと書いてあるじゃないか。この本、できるな」
【マゾヒズム】
 相手から精神的、肉体的苦痛を与えられることによって性的満足を得る異常性欲。
「なんと、人間の心理とは実に奥が深い」
 余談ではあるが、この頃から私は急速に性知識を蓄えていくことになる。
 私はさらに文献を紐解いていく。〈オルガスムス〉とはいったい――。
「……――あ。何を」
「お嬢ちゃんにはまだ早いよ」
 いつの間にか近づいてきた店員が私の手から文献を奪い、無理やり児童文学コーナーへと追いやった。立ち読み禁止ということか。しかし、かろうじてタイトル前半の意味だけは解読できた。そして真理への糸口を得た。
 世の中には、マゾという嗜好を持つ者。いじめられることで快感を覚える人間がいる。
 おそらく、彼もその類なんだろう。そう推測して以来、マゾの生態について興味を抱いた私は、気づけば彼のことを目で追うようになり、今に至る。
 回想から戻ってくると、運動場ではボールが遥か彼方に転がっていき、彼がまた蹴られている姿が目に入った。それを見た私は、憂いが滲み出る溜息をついた。
「まったく、バリエーションが少なくてつまらないな。叩くか蹴るか、あとは雑用を押しつけるだけなのか。そんなことでは彼も満足できないだろうに」
 苦痛に歪める彼の表情を、この時の私はそんな風に解釈していた。

          ◇

 放課後になり、私は図書室へ向かった。いつもなら昼休み中に済ませるのだが、つい彼の観察に没頭して時間を忘れ、貸出時間を逃してしまったのだ。
 私は読書に関してこれと決めた嗜好はなく、雑多に読み漁るタイプだ。作家やジャンル、流行を追い続けるようなこともない。知識の探究家を気取っているわけじゃないが、それでもクラスメイトといるより、一人で本を読んでいる時間の方がよほど有意義に感じる。
 私にはどうにも同級生のしていること全般が幼稚に見えてしまう。本の虫として過ごしてきたせいか、この口調も女の子らしくない、子供らしくないと親によく言われる。感性が人とは異なる成長を遂げてしまったのかもしれない。おかげで友達はいない。
 クラスメイトたちが私に関心を持たないのは無理もない。こんな根暗メガネを相手にしても退屈だろう。それを改善しようとしない私に、そもそもの問題がある。
 改善? 問題?
 不意に過った言葉に首を捻る。
 私は無意識のうちに自分の性格を問題と考え、直したいと考えているんだろうか。
 改善してどうする? 改善した後はどうしたい? 友達を作りたいのか?
「…………ないな」
 一瞬の思考でそう片付ける。少々、言葉の選択を誤っただけだ。
 さて、今日はどういった本を借りて帰るとしようか。廊下を歩きながら頭を巡らせる。目下、興味を引かれているマゾの生態について記された文献でもあれば喜ばしいんだが。ロシアの作家、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』でも読めば、何か新しい知識を得られるだろうか。
 そんなことを考えながら図書室に到着し、扉をスライドさせた。
「…………」
 私はこの時、〈面食らう〉という体験を、十二年生きた人生で初めて味わった。
 ところで〈面食らう〉と〈面食い〉はまったく違う意味だが、どこかに共通性があるのだろうか。――などと思考を脇にズラすことで、私は動揺を隠した。
 何に面食らったかというと、入ってすぐ左手にある貸出コーナーの受付カウンターに、例の彼が座っていたのだ。何故ここに。カバン持ちの刑が執行されているはずでは?
 私が入り口で突っ立っていると、彼がこちらに顔を向け、「貸出時間は十六時までです」と言ってきた。彼は図書委員らしい。
 ともかくこれはチャンス。いつも彼は他の男子と一緒にいる、というか、無理やり連れ回されているので、このように一対一で対峙する機会などなかった。ここで一気にマゾの神秘に迫れるかもしれない。
「君、オススメの本があれば教えてほしい」
 カウンターの前に立ち、開口一番でそう言うと、彼は人の良さそうな目をぱちくりとさせた。
「えっと、ごめんなさい。今週のオススメとか、そういう企画はやってなくて」
「君のオススメで構わない」
 むしろ君の好みを知ることが、解明への手がかりになると言えよう。
「僕の? ……僕は、その……欧米文学なんかが好きなんだけど……」
 何故申し訳なさそうに言うのか。
「中でも好きなのは、フランツ・カフカとか。あ……でも、ちょっと小難しすぎるかも」
「カフカ。確か、数多くの女性体験のある作家だったか? 不倫経験もある」
「瀧さん、カフカを知ってるの?」
「知っているのは女性遍歴だけだな。作品自体は読んだことがない」
「変わってるね……」
 そういうことに興味津々なお年頃なのだよ。
「それで、カフカのどんな作品がオススメなのかな?」
「んと、この作家の書く物語はストーリーが面白いっていうより、ツッコミどころがたくさんあってね、そこが逆に面白いんだ。中でも僕の一押しは『変身』かな。主人公が朝起きたら虫になってるって話なんだけど、その変身に気付いた家族がほとんど驚かないところにまずツッコミを――」
「ストップ。勧めてくれとは言ったが、ネタばらしは困る」
「ご、ごめん」
 もう遅い。あらすじを聞いただけで、ストーリーがだいたい読めてしまった。
 おそらく、主人公は虫になった醜い自分を他者に見せ付けることで、次第に、蔑まれ、石を投げつけられることに悦びを見出すようになり、さらなる快感を貪らんがために奮闘するという物語だ。そうして主人公は、いつしかその悦びを世に布教しようと、同士を求めて旅に出る――と、彼の好みから推測すれば、こんなところだろう。
「まあいい。それよりさっき君は私の名前を口にしたが、名乗った覚えはないと思うが。君とはクラスが一緒になったことはないし、話をしたのもこれが初めてのはずだ」
「あ、ごめん」
 また謝った。よく謝る奴だ。
「瀧智早(たき・ちはや)さん、だよね?」
「いかにも。私は瀧智早だ」
「うん、よろしくね」
「よろしく、じゃない。どうして知っているのかを知りたいんだ」
「ご、ごめん」
 また……。いい加減、イラッとしてきた。
「えっと、瀧さん、よく図書室で本を借りていくでしょ? それで貸出カードを整理してたら、よく名前を見かけて」
「それは妙な話だ。その情報からは、本をよく借りる瀧智早という人間が存在するということだけで、私がその瀧智早なる人物だと断定できた理由にはならないと思うのだけど」
「ご、ごめ――痛ッ!?」
「さっきから謝りすぎだ。次に謝ったら殴る」
「眉間に手刀は殴ったうちに入らないんだね……」
 しかし考えてみれば、彼的に殴られることはご褒美。もしや、意図的に殴られるよう誘導しているんだろうか。だとすると、かなりの策士。
「理由は別にないんだけど。瀧さん目立つし、多分、六年生は全員知ってると思うよ」
「目立つ? 休み時間ごとに図書室に入り浸るような根暗メガネがか?」
「ね、根暗メガネ? でも瀧さん、かわ……いし…… 」
「川? 石?」
「や、なんでも……ないです」
「私は目立つのか。それは知らなかったな。単独行動ばかりしていることが、逆に目立つ結果になっていたということか。どうでもいいが」
「や、そういうわけじゃ……」
「それはそうと、君の名前を教えてもらおうか」
「僕の?」
「私の名前は知られているのに、私が君の名前を知らないというのは何やら負けた気分だ」
「勝ち負けなの? ……えっと、僕は、会堂篁(かいどう・たかむら)です。篁は、こういう字を書きます」
 小学校では習わない字を使うらしく、名乗りながらメモ用紙に書いてみせてくれた。
「下の名前も苗字みたいだな」
「うん。それでよくからかわれるんだ」
「気に障ったかい?」
「悪口だったの?」
「そんなつもりはないが」
「だったら全然気にならないよ。僕は篁って名前、嫌いじゃないし」
 そう言って、目の前の彼は優しく微笑んでみせた。
 おどおどするだけじゃなく、こんな表情もできるのかと、私はすこし感心した。
「いや待て。君の場合、悪口だったということにした方がよかったんだろうか」
「なんで!?」
「隠さなくていい。私はこう見えて、大概のことなら許容できる」
「え、どういうこと?」
「まあせっかくだ。嫌いじゃないというなら、君のことは篁と、下の名で呼ばせてもらおう。私のことも智早で構わない。〈ちゃん〉も〈さん〉も付けず、呼び捨ててくれ」
「いきなり呼び捨てとか……いいの?」
「私だけ呼び捨てなのに、私のことを呼び捨てにさせないのは不公平というものだ」
「さっきから、瀧さんのそのこだわりはなんなの?」
「瀧さんじゃない。智早だ」
「あ、ごめ――て謝ってないよ。ぎりぎり飲み込んだよ。その厚さはもう鈍器だからね」
 私は頭上高く振り上げていたハードカバーを返却コーナーに戻した。
「ところで、〈篁〉とはどういう意味だい?」
「え、さあ」
「ご両親も、それなりの願いを込めてつけた名だろうし、何かしらの意味があるはずだ」
 こういうことは、調べないと気が済まない性質だ。
 私は辞書コーナーから漢和辞典を引っ張り出し、ページをめくっていく。二人して紙面を覗き込むと、互いの肩が触れてしまい、篁が「ひぇ」と変な声を出した。
 【篁】……竹が群がって生えている所。たけやぶ。
「意味がわからない。タケノコのように、にょきにょき育てという願いだろうか」
「そこはすくすく育て、じゃないの?」
「篁物語と何か関係あるかもしれない」
「悲恋の物語だね」
「つまり、篁に悲恋の人生を送ってほしいという両親の願いが」
「そんな親いないって……。智早の由来は、早く頭の良い子になりますように、かな?」
「だろうな。捻りがない。産まれた時、智早にするか、早智(さち)にするかで迷ったそうだが、智早にしてくれと私が希望した」
「へえー…………え?」
「冗談だ」
 どちらからともなく吹き出し、私たちはくすくすと笑った。
 いじめられっ子でマゾヒスト。どんな奇人変人かと思いきや、なかなかどうして。
 そういえば私も、人前で笑うなんて、いつぶりだろうか。
 図書委員の仕事は曜日替わりらしく、篁は木曜日の放課後が図書委員の当番だそうだ。
 私はこの日から、毎週木曜日の放課後は、欠かさず図書室に通うようになった。

 これが数年後、最高の《鍛冶師(ブラックスミス)》と最強の《騎士(ナイト)》と呼ばれるようになる、私と会堂篁のファーストコンタクトだった。




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特別短編『ゴーグルと亀』③

特別短編タイトル9










《3》

 テプセケメイの隣に腰掛け、紙皿とお茶を受け取り、マナの顔を見た。カーテンから漏れた光で眼鏡が光り、瞳が見えない。特徴的な巻き毛はストレートに戻され布団の中に潜りこんでいた。量販店で売っていそうなスウェットを着こみ、長期入院の患者というよりはだらしない怠け者というふうにも見える。
 窓の外に目を向けたまま、ムースを一口食べ、二口食べた。日の光に照らされているせいか、顔色がとても白い。
「そっちは、どうだ」
「特に変わりなく、という感じです。上の方は後片付けで忙しいらしいですけど」
「そうか……忙しさが一段落ついたら、そっちの上司と会っておきたい。話を通してもらうことはできるか?」
「ええ、私でできることでしたら」
「この事件のことをもっと調べておきたい」
 マナはムースを切り分け、もう一口食べた。顔が少し色を取り戻しているように見えた。
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特別短編『ゴーグルと亀』②

特別短編タイトル9










《2》

 テプセケメイの奇行を窘めつつ、家の中に籠って鬱々としている。一週間、二週間とそんな日々を過ごし、三週間目になって上司から連絡があった。
 病院名、病棟と病室、それに時間帯を教えられた。
「マナ班長のお父上から許可をいただいた。現在療養中ではあるが、本人にすべきことはなく退屈しているのだそうだ。見舞いに来てくれれば嬉しい、とのことだよ。私は後始末で忙しいからそちらでよろしくやっておいてほしい」
 お見舞い。マナの様子が見たいという気持ちはある。申し訳なくて顔を合わせられないという気持ちもある。どちらの気持ちも本心からのものだ。
「お見舞い、知ってる。テレビで見た。メイも行きたい」
 テプセケメイは行きたがっている。身内がいいといってくれていても、マナ本人はどう思っているのだろうか。
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特別短編『ゴーグルと亀』①

特別短編タイトル9










《1》

  魔法少女の肉体は頑健にできているが、魔法使いは体力も自己治癒力も人間と大して変わらない。ただし自前の魔法によって怪我を治療することができる。そのため普通の怪我を負っても入院するようなことはない。
 では魔法使いにとって病院は不要なのか?
 そんなことはない。魔法使いが病院を利用することはある。軽い風邪のために鶏を買ってきてから首をかっさばいて長々と詠唱し、なんて面倒な儀式魔法を執り行うくらいなら医者に風邪薬を処方してもらった方が手間も金も節約できる。
 それに病院を必要とする理由は病気や怪我だけではない。魔法のかかった毒や薬によって中毒を起こしたりすれば、薬効を抜くために専門の病院に入院する。ただの毒や薬と違い、魔法に纏わる物であれば慎重にし過ぎるということはない。専門家の元で時間をかけて正しい処置を施さなければ後遺症が残ってしまう。
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特別短編『ゴーグルと亀』公開!

特別短編タイトル9










11月、12月と2ヶ月連続で前後編を発売しました
『魔法少女育成計画limited』!
お陰様でたいへんご好評をいただいております!

ずっとご愛読いただいている皆様には、本当に感謝の言葉もございません。
「名前は聞いたことあるけどまで読んでない」という未来の読者の皆様は、
ぜひこの機会に既刊とあわせてお楽しみください!
「店頭で見当たらない」という場合は、
お近くの書店にてご注文いただけますと幸いです。

というわけで、やっぱり今回もやります!
ご好評感謝企画、『魔法少女育成計画limited』特別短編掲載です!

現状3~4編の掲載を予定しております。ただ年末年始を挟むこの時期ですので、
公開間隔は不定期になる可能性があります。予めご了承ください。

今回の物語の主人公は「7753」。
『limited』の物語が終わった直後のお話です。
本編を読んでからお楽しみください。


『limited』特別短編第1弾、『ゴーグルと亀』は、こちらからどうぞ!

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魔法少女育成計画 limited (後) (このライトノベルがすごい! 文庫)
著者:遠藤 浅蜊
販売:宝島社
(2013-12-09)

魔法少女育成計画 limited (前) (このライトノベルがすごい! 文庫)
著者:遠藤 浅蜊
販売:宝島社
(2013-11-09)

魔法少女育成計画 episodes (このライトノベルがすごい! 文庫)
著者:遠藤 浅蜊
販売:宝島社
(2013-04-10)

魔法少女育成計画 restart (後) (このライトノベルがすごい! 文庫)
著者:遠藤 浅蜊
販売:宝島社
(2012-12-10)

魔法少女育成計画 restart (前) (このライトノベルがすごい! 文庫)
著者:遠藤 浅蜊
販売:宝島社
(2012-11-09)

魔法少女育成計画 (このライトノベルがすごい! 文庫)
著者:遠藤 浅蜊
販売:宝島社
(2012-06-08)

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http://konorano.jp/bunko/(このラノ文庫公式)
http://konorano.jp/(このラノ大賞公式)
https://twitter.com/konorano_jp(このラノツイッター) 

『神☆降臨!』発売記念! プロローグ全公開!

「モテ泣き」シリーズの谷 春慶による、新作!



著:谷 春慶/イラスト:崎由けぇき
 
理不尽神話系修羅場コメディ、

絶賛!発売中!


konorano_kamikourinn

さて。『神☆降臨!』が、どんなお話しかというと
――――→

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
平穏な人生を夢見て、日夜勉学に勤しむ主人公・山田。
だが、彼の日常はあっけなく崩壊した……それも、ギリシア神話の主神・ゼウスのせいで……

「俺の●んこを取り戻してこい。
 ダメだったら、オメーのもらうから」。

処女神・アテナ&腹黒フクロウ・ミネルヴァ、
セクハラ同級生、
天然系幼馴染み、
そして同級生を巻き込んで、
まったく参加したくない●んこ奪回一大修羅場が今勃発!

「何を言っているかわからないだろうが、
 僕だって意味わかんねーよっ!」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
 
……理不尽な神々に振り回されるコメディです。●んこだけど。
……ギリシア神話に詳しくなります。●んこだけど。
……学園パニック物といってもいいかも? ●んこだけど。
……オレTUEEEE!ではないかな? ●んこだし。 

まぁ、ブレーキってナニソレ美味しいの? そんな話です。
そんな、『神☆降臨!』のプロローグを全公開!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

神☆降臨!
ロンギヌスの槍は銃刀法にひっかかりますか?より

 朝起きたら、昨日捨てたはずの聖槍が刺さっていた、僕の部屋のフローリングに……
 長さは二メートルくらいだろう。
 柄は木製だけど、太刀受けにはからまる蛇のような装飾があり、石突きには赤い宝石がつけられている。種類としては、三又になっている変形的な十文字槍だ。中央の穂先は透明な水晶のような材質なのだろうか。湖面に浮かぶ虚像のように、黒髪でパッとしない僕の顔を映していた。
 イエス・キリストを処刑した槍、ロンギヌスの槍である。
 ただの男子高校生でしかない僕、山田白金の部屋に本物の聖槍があるはずないって誰だって思う。僕だってそう思う。でも、これはガチで本物だ。本物である証拠として、うっすら金色のオーラを発している。
「はは……」
 かわいた笑いがこぼれてしまった。昨日のことを思い返すと、気分がはげしく落ち込むんだけど、槍のオーラが僕のメランコリックな気持ちを強制シャットアウトしてくれた。
 あはは、槍の聖なる力で心が洗われるようだ。今日も前向きに生きていける。
 そのままベッドからおりて背伸びをし、カーテンを開けた。
 雲一つない、いい天気だった。そんな僕の背後には、日光を浴びてうっすら輝く聖槍ロンギヌス。落ち込みたいのに落ち込めないのって、ちょっと不思議。このまま強制ポジティブシンキングで現実逃避してもいいかな?
 ま、いいわけないっすよね……
 あらためて床に刺さったロンギヌスの槍へと視線を戻した。やっぱり光ってる。
 おかしいな、昨日の夜、ゴミ捨て場に捨ててきたはずなのに、どうしてここにあるんだろう? しかも、ガチで本物の聖槍だし……たしか、ロンギヌスの槍って手にした者に世界を総べさせるとか、そんな伝説あったよね?
「うわぁ……」
 マヂでいらねぇ。
 僕はカール大帝やナポレオン、アドルフ・ヒトラーとか、そういう覇王思考の方々みたいに聖遺物集めて、世界征服するつもりありません。そして敬虔なキリスト教信者でもありません。普通の男子高校生です。聖槍より平穏と安定がほしい。そして心おだやかに生きていきた……ああ、聖槍の厳かな輝きを見てると、全ての悩みはどうでもいいことのように思えて……いやいや待て! これ、完全に心のお薬じゃん。ナチュラルにマインドコントロールかましてきてるじゃん。なんか、おっかねぇよ、この聖なる輝き!
 こんな得体の知れない槍を、このまま床に突き刺しておくわけにはいかない。引き抜こうと槍をつかんだ瞬間、手と槍の境界が消えたような錯覚を覚えた。手になじむ……
「ていっ!」
 槍を引っこ抜き、そのままベッドに放り投げ、布団をかぶせた。でも、穂先と石突きが布団からはみだしてるし、【オイテカナイデ】って悲痛に叫んでるように輝きが増して……
「プーちゃん! 朝だよ、起きなよ!」
 甲高い声とドタドタと階段をかけあがってくる音が聞こえたかと思えば「きゃぁぁ」と叫び声が響いた。続いてドドドとなにかが階段を落ちていく音が聞こえてくる。
 またかよ、と呆れていたら、部屋のドアがゆっくりと開いた。黒髪ロングの女子高生が、匍匐前進するように這っている。呪いのビデオから出てくるお化けみたいだ。
「ぷ、プーちゃん……お、おはよう」hpm1
 涙目になりながらも必死に笑顔を取り繕うのは、
 僕の幼なじみ沙藤優羽(さとう・ゆう)だ。
「お前、大丈夫か? また階段から落ちただろ?」
 手を差しのべつつ尋ねた。
 優羽は僕の手を取りながらニコリと笑う。涙目だけど。
「ぜ、ぜんぜん落ちてないし……」
 立ち上がりながら目をそらしたけど、
 小さな声で「うぅ痛い」とうめいている。
 大きめの制服を着た幼なじみは、ウェーブのかかった髪の毛を更にボサボサにしていた。階段から落ちたせいだろう。でも、普段はがんばって整えているらしい。
 見慣れた顔だから僕はなんとも思わないが、かなり整った顔立ちをしている。大きな両目はパッチリ二重で愛嬌があるし、鼻筋も自己主張しすぎない程度に高い。
 スカートから伸びる白い足は引き締まっているが、膝の辺りが赤くなっていた。階段から落ちた時に、ぶつけたのだろう。
 ちょっと心配になるくらいいつもニコニコ笑ってるけど、中身も見た目どおりだ。
 優羽はドジだ。基本的に隙しかない。
 しかしながら天性の悪運の良さのため、今まで車に三回はねられたことがあるが全て無傷だったし、数え切れないほど階段から落ちているが、せいぜい打撲や捻挫ですんでいる。
「で、プーちゃん、そのベッドのやつ、なに? オモチャ? 
 無駄遣いはダメだよ」
 ロンギヌスの槍を見て、呆れたようにため息をついていた。
 でも、涙目だ。
「とにかく、朝ごはんできたから早く食べようよ」
 確かに優羽の言うとおり、聖槍があろうとなかろうと僕の日常は変わらないし、変えたくない。
 僕は今日も朝ごはんを食べて学校に行くのだ。
 部屋を出る優羽のあとについていくけど、優羽は盛大に足を引きずっていた。これで階段をおりられるとは思えない。僕は優羽の前に出てしゃがんだ。
「ああ、もう、めんどくせぇ。背負ってやる」
「お、おんぶとか絶対ヤダ! プーちゃん、背中で私のおっぱい触る気でしょ!」
 優羽は自分の胸を隠すように腕を組んでいた。でも、優羽に背中で触れるほどのおっぱいはない。憐れみたくなるほどにフラットチェスト。ザ・垂直線である。
「……そうだね、そういう下心とかあったかもしれないね」
 こう言ってやるのが紳士としての優しさだろう……背中をゲシっと蹴られたけどさ。ぜんぜん痛くないし、むしろ怪我してる優羽のほうが痛いと思うよ。だって、小さい悲鳴が聞こえたもの。ふりかえれば、優羽が壁に手をついて痛みに耐えていた。
「……お姫様だっこ」
 ボソリとそんな声が聞こえた。優羽は壁に手をついたままふりかえらずに続ける。
「おんぶは嫌だけど、お姫様だっこならされてあげてもいい」
 優羽は胸を含めて細身だし、背もそんなに高くないから軽いとは思う。でも、女子一人を抱えるのは、けっこう重労働だ。朝から乳酸たまるようなことしたくない。
「もう、お前、一人でおりてこいよ」
「……そんなこと言っていいの? 私、足が痛くて泣いちゃうよ?」
 ポタリと優羽の足元になにかが落ちた。もう泣いてるじゃん……

 泣かれたらお姫様だっこしないわけにはいかなかった。
 だっこしたらしたで、優羽がハイテンションで騒いだ。そんなにテンパるなら、お姫様だっこしろとか言わなきゃいい。
 朝からうっとうしいなぁと思いつつもダイニングで優羽と一緒に朝飯を食べ、優羽の足首にシップを貼ってやる。幸い、優羽のケガは軽い捻挫と打撲だけですんだ。
 優羽が食器を洗っている間に、僕は学校へ行く準備を整える。
 僕の両親は共働きで、お互い好き勝手に海外を飛び回っている。なので僕が小学校三年生ごろから、僕の面倒を隣家の沙藤家に委任していた。要するにベビーシッターのようなものだ。もちろんタダではない。僕の父親はそれなりの額を沙藤夫妻に支払っているため、実の子とはいわないまでも僕は丁寧に育てられたと思う。今もこうして優羽が朝飯作ったり家の掃除をしてくれたりするけど、それは善意というよりアルバイトみたいなものだ。
 とはいえ、幼いころから一緒なので、互いに兄妹のような情があるのも事実。小中高と一緒だし、友好的な関係は構築できてると思う。
 朝食のあとかたづけも終わり、支度を終えた僕と優羽は、いつもより早く家を出た。
 足を引きずるように歩く優羽に合わせて、僕はゆっくりとした歩調で歩く。住宅街を抜ければ、じょじょに同じ制服姿の連中が目に入ってきた。
 僕らの住む新條市は、ベッドタウンで都心へも電車を使えば、すぐに出ることができる。娯楽施設も充実してるし、そこそこ都会でそこそこ住みやすい街だ。まあ、あくまでそこそこなので、駅から離れると、田んぼや畑が広がってくる。
 そこそこ都会にある、そこそこの進学校に通っている高校生。それが僕だ。
 僕の両親のように世界をまたにかける夢があるわけでもない。一生頭脳労働職を貫き、安定した人生を送りたい。具体的には高級官僚になるのが僕の夢だ。
 登校の道中、優羽がいろんなことを喋り、それに僕が相槌を打ったり質問して聞き役に徹する。そうやって、いつものようにテキトーな会話をしているうちに学校に到着した。
 家から徒歩二十分くらいの距離に、僕らが通う七聖学院高等学校がある。ミッション系の学校で、そこそこ偏差値の高い進学校。校内には教会なんかもあって、校内カウンセラー的な立ち位置でシスターとかがいる。
 校門前には風紀委員の面々が立っていた。抜き打ちの服装チェックだろう。スカートが短かったり、髪の毛の色が派手だと、ご指導をいただくことになるわけだ。
 大抵、こういう行為はみんなに嫌われるんだけど……
「おはようございます」
 お嬢様然とした美少女がニコニコ微笑みながら注意していくので、誰も不快にも不満にも思わなかった。彼女の名前はオピス・O・アルカイオス。二年生の風紀委員長だ。
 朝日に映える白磁のように白い肌。その肌とは対照的にしっとりと黒い髪の毛は、背中まで伸びており、前髪は切りそろえられている。世にいう姫カットという髪型だ。背は女子のなかでは高いほうだろう。そのシルエットは完全無欠にモデル体型で、腰は細く胸やお尻は大きい。そして、なにより印象的なのは、その紫の瞳だ。大抵の人間は、この視線に射すくめられただけで骨抜きにされる。
 そんな超絶美少女に微笑みながら服装を注意されれば、自発的に「気をつけます」と反省してしまう。極端に美しかったり優れてる人って、存在が暴力的だと僕は思う。
「山田君に沙藤さん、おはようございます」
「アルカイオスさん、おはよ~」
「……ちっす」
 僕は紫の目を見ないようにして、逃げるようにその場を通りすぎた。
 オピスさんは外面だけならパーフェクトな人だ。だから学園のマドンナ的存在で、男女問わず人気がある。
「プーちゃん、アルカイオスさんに少し冷たい。さっきの挨拶、感じ悪いと思う」
「……苦手なんだよ」
 そう言いながら校門を越えて、校舎へと入っていった。
 僕たちのクラスは二年A組だ。
 優羽は教室の扉を越えた瞬間「おはよ~」と言いながら、クラスメートに挨拶していた。僕は無言のまま自分の席へとむかう。僕の席は窓側の一番後ろなんだけど、違和感があった。隣に机があるのだ。昨日までなかったはずなのに……
「あれ? プーちゃん、この机どうしたの?」
 優羽は僕の二つ前の席だ。鞄を置きながら、怪訝そうな顔で僕の隣の席を眺めている。
 転校生が来るには、五月ってすごく中途半端な気がする。首をひねって考え込んでたら、誰かが近づいてきた。
「なあ、シロガネ、相談があるんだけど」
 その声に視線をむければ、黒髪オールバックの男子生徒が立っていた。
 制服を着崩し、ズボンの裾を折り上げたりしているけど、こいつがするとオシャレ感は皆無で野暮ったい。名前は真田吏一(さなだ・りーち)、通称リーチ。
「おはよう、リーチ……」
「おはようリーチ君」
 優羽のニコニコ笑顔に「おう、沙藤おっす」と返しているが、リーチの眉間には深いシワが刻まれたままだし、目にもクマがあった。
「随分と眠そうな顔だけど、また深夜アニメでも見てたのか?」
 確か『まじかるプリンセスMOMO』というアニメにはまってるって言ってたっけ?
「MOMOちゃんの放映日は水曜だから違う。そんなことより重要な相談があんだよ」
 そう言って、リーチは更に眉間のシワを深くし、真剣な目で僕を見つめてくる。
「あのさ……どうしたら合法的に女子のスカートのなかに頭をつっこめると思う?」
 こいつのあだ名はリーチ、将来、なにかしらの罪を犯しそうという意味でリーチ。
 あと一歩で人として逸脱しそうという意味を込めてリーチ。
 成績的にも留年リーチ……僕の友人リーチはそういう男だ。
「……俺さ、昨日の夜、寝ないで考えたんだけど、答えが出せなくてさ」
 目がマジだった。冗談じゃなくてガチで言ってやがる。僕が昨日、大変な目にあってた時に、こいつは、こんな下らないことを考えてたのか……リーチの人生って楽しそうだな。
 僕と優羽が絶句していたら、前の机に鞄が置かれた。
「――ラッキースケベ狙い」
 ボソリと抑揚のない声をあげたのは優羽の親友、上杉愛望(うえすぎ・まなみ)。通称センセイだ。
 センセイは校則にギリギリひっかからない程度に髪の毛を染めているので、微妙に茶色い髪の毛をしている。そんでもってメガネっ子だ。メガネって、それだけで野暮ったいイメージがあるんだけど、センセイはオシャレメガネ。全体的に洒脱で、リーチとは違う。
「愛望ちゃん、おはよ~」
「センセイ、おはようございます」
「――優羽たん、おはよ~。山田死ね」
 センセイは、優羽に甘い反面、なぜか僕に対する当たりがきつい。
 そんななか、考えるダメ人間リーチはセンセイに対してため息をつく。
「あのな、センセイ、ラッキースケベは俺も考えた。でもさ、俺、偶然に頼りたくねぇんだよ。ほしいものは勝ち取りてぇんだよ。なんつーか、もっとアグレッシヴに狙っていきたいんだよ。ほら、俺、生粋のストライカーじゃん?」
「――得点力不足という日本サッカー界の救世主発見」
 とりあえず二人そろってサッカー部のみんなに謝ってほしい。
「――では助言を一つ」
 そう言って、センセイは人差し指を立てた。
 センセイはこうしてまったくありがたくないアドバイスを僕らにくれる。そして、そのアドバイスは、まったく役に立たないことでも定評がある。
「――今日から雷嫌いを吹聴すべし。今は五月。そろそろ梅雨も近い」
「雷嫌ったらスカートのなかに頭つっこめるのかよ! そんなわけねぇだろ!」
 空気を読まないことに長けるリーチは、こういう問題発言を簡単にシャウトしやがる。
「――吏一、想像しろ。雷嫌いの少女が怯える。お前に抱きつく」
「持ち帰る」
「さらりと言うな、つかまるぞ」
 とりあえずツッコミを入れるのが僕の仕事だ。
「――雷嫌いの少女は抱きついてきても許される。ならば、吏一もまた然り。普段から雷嫌いを吹聴し、実際に雷が鳴ったところでスカートに頭をつっこみ、こう言うのだ『ぽっくん、雷、怖いんですぅ』」
「なにそれ、超完璧に合法じゃん! まさか、こんな近くに天才がいたなんてな。国はセンセイを手厚く保護すべきだぜ!」
 こいつら、バカだと思う。そんなバカ二人に僕はジト目を投げつけた。
「……そうだね、お前らそろって保護監察とかされたほうがいいと思うよ」
「――安心しろ、その時はお前らも一緒だ」
「さりげなく優羽にまで前科をつけるな。ダブル犯罪者予備軍」
「えっ!? 今の流れで私まで仲間にカウントされるの?」
 こいつらと会話をしているとツッコミで忙しい。
「なあ、ところで知ってっか? 俺に新たな恋の予感警報発令中なんだぜ」
「知らんし」
「――興味もない」
「セクハラはダメだよ、リーチ君」
 リーチの恋はいつでも失恋で終わる。だって、こいつ、アグレッシヴだけどバカだもん。
「おいおい、そんなこと言っていいのかよ? これはお前らにも関係あることなんだぜ」
「関係あるってなにがだよ?」
 鞄のなかの教科書などを机に移しつつ僕はリーチの話に乗っかる。
「転校生が来るんだよ、転校生が!」
 僕は、隣の空席に視線を投げた。
「……ふ~ん、ま、事実っぽいけど、それ、誰から聞いたんだ?」
「オッピーちゃんが教えてくれた」
 オッピーちゃんというのは、風紀委員長のオピスさんのことだ。ちなみにクラスは隣のB組で、リーチは『オピスふぁん倶楽部』の名誉顧問らしい。
「あ、そうだ、シロガネ。オッピーちゃんが、放課後、風紀委員室に来いってさ」
 正直、迷惑な話だった。
 聞こえないふりをしたところで予鈴のチャイムが鳴り、リーチも自分の席へと戻っていく。しばらくすると、担任の江田島先生がやってくる。黒髪ショートカットの英語教師。美人だけど、教師を仕事と割り切っているタイプだ。その江田島(えだじま)先生が教壇に立ち、出席簿を出したところで一つ咳払いをした。
「出席を取る前に連絡があります。うちのクラスに転校生が来ました」
 その発言にクラスがザワついた。一際リーチの声が大きかった。うざかった。
「では、入ってきてください」
 扉が開いた瞬間、男子のほとんどが「お~」と声をだした。僕は声まで出さなかったけど、自然と目を見開いていた。
 キラキラ光っていたのだ。
 金髪である。でも、染色や脱色の人工的なものではなく天然のブロンドだ。歩調に合わせてゆれる髪の毛は、火の粉が舞うように輝いている。そして、胸を張って歩く姿が、これまた様になっていた。こういう歩き方ができるのは自信に満ち溢れているからだろう。
 ていうかさ、肩にフクロウがとまってるんだけど、なにあれ? 人形? あ、動いた。あれ、生きてるな。生きてるフクロウが肩にとまってるんだけど、先生はそこにツッコミを入れないのだろうか?
 などと疑問を感じていたら、その金髪美少女は江田島先生の隣に立った。
 パッチリ二重の大きな目。瞳の色は見慣れぬ灰色だった。背は低いけど、袖のあまった制服を着ていた。胸が大きいからだ。体格にあった制服がないからワンサイズ上のものを着ているのだろう。ああ、これが世にいう……
「金髪ロリ巨乳ゲットだぜぇぇぇぇぇぇぇ!」
 どっかのバカが叫んでいた。僕がボソリと「お前はマサラタウンに引きこもってろ」と言ったら、前に座るセンセイの肩がピクリと動き「――サトシ君も性を知る年齢か」って感慨深げにつぶやいた。誰だっていつかは大人になる。サトシ君だって大人になるのだ。
 当然のことながら空気を読まないリーチのシャウトは、教室内を凍らせるという大惨事を巻き起こしている。さすがのリーチも察したらしく、咳払いして机に突っ伏していた。やっぱりバカだ、あいつ……
 そんな絶対零度の空気のなか、超弩級の美少女が言葉を失ってる僕らを流し見た。
「……パラス・アテナだ」hpm2
 ボソリとつぶやかれた名前に、思わず「え?」と声がもれてしまう。
「アテナさんはギリシャからの留学生ですので、みんな、いろいろと気にかけてあげてね」
 そう言って江田島先生が僕へと視線を投げてくる。
「特に隣の席の山田君はお願いね☆」
 面食らった僕を、転校生がにらんできた。
 銃口のように相手の気勢を殺ぐ眼光だ。ゾクリと背筋が毛羽立ち、カタカタと体が震えだす。視線をそらし、呼吸を整えても体の震えがとまらなかった。荒ぶる雷光、竜巻、大時化、噴火、抗えない自然の暴威を前にした時に感じる必殺の未来予知。見た目は美少女なのに存在そのものが、なぜか暴力的。
 そんな怪物がゆっくりと確実に僕へと近づいてくる。
 本当に僕が面倒を見るの?
 え? しかも、パラス・アテナって言ったよね? 
 パラス・アテナって……
 混乱している僕の横にアテナが座った。
「貴様が山田白金(やまだ・ぷらちな)か……」
 キラキラネームな本名を呼ばれてカチンときたけど、僕の理性ちゃんをフル動員してへつらうように笑う。度胆を抜かれるくらいに美少女だった。顔ちっちぇし、体もちっちぇ。身長は150センチくらいかな? いや、まあ、胸は大きいみたいだけど……
「……話は父上から聞いている」
「お、お父様から話を?」
「我が貴様を鍛えることになった、死ね」
 流れるようによどみなく「死ね」とか言われたけど、文脈的に唐突すぎる殺害予告だ。
 いや、きっと聞き間違いだよ、気のせいだよ。
 不意に肩にとまっていたフクロウがなにやら耳打ちするようにアテナの耳元で嘴を動かしていた。アテナは「うむ」と小さくうなずき、僕をにらんでくる。
「そのふぬけた面を見てると反吐が出る。今すぐ呼吸をとめろ、クソマラ野郎」
 気のせいじゃなかった。ものすげぇ毒舌だった。思いきりにらまれたけど、僕が目をむけるとプイッとそっぽをむき、そのまま黙り込んでしまう。スッと背筋を伸ばして前を見る姿は、それだけで神々しかった。まるで、僕の部屋にある聖槍みたいに……
 その上、ギリシャで、父上で、アテナでしょ?
 ああ、やっぱり認めたくないけど、この子、人間じゃねぇ。

 江田島先生にアテナの面倒を見ろとか言われたけど、全力でごめんこうむった。これだけの美少女だから、そりゃ誰だって気になるとは思う。でも、雰囲気がアレすぎて、誰も近寄りたがらない。僕だって近寄りたくない。でも、そんななか、我らが特攻のリーチは物怖じしない。バカって雑に生きていけるからうらやましいよね。
「アテナさん、結婚を前提に俺の童貞をもらってください!」
 予想外に雑すぎた。怖れ知らずの大暴投だ。お前、そんな告白しかしないから、女子に毛嫌いされるんじゃないか……あと、それでOKな子、もれなくビッチだぞ。
 けれども、アテナはリーチがなにを言っているのか理解できないかのようにキョトンとしていた。ふと肩のフクロウがボソボソと耳打ちするように嘴を動かし、アテナのぽけ~とした表情が一転して剣呑なものになる。
「よくわからんが、貴様が我を愚弄していることはよくわかった。ミネルヴァの言うとおりだ。やはり、我の見た目では侮られるらしい。犬蝿には教育が必要である」
 不意に胃がしめつけられるように痛くなる。
 意味がわからず、テンパっていたら、今まで笑っていたリーチの表情も真っ青だった。それどころか、リーチの膝が生まれたての仔馬のようにガクガクと震えだす。直感的に原因はアテナだとわかった。だって、アテナの周囲にいる人がみんな怯えてるんだもん。
「ひざまずけ」
 小さな体から発せられたとは思えない圧倒的な威圧感に、リーチはビクッとビビりながらその場に膝をついた。ブルブルと震えながらアテナを見あげる。アテナは冷然とゴミでも見るような目でリーチを見おろし、肩のフクロウがボソボソとアテナに耳打ちする。
「貴様ハ蛆虫以下のクソだ。この世でモットモ価値のない存在ダ。ソノ下劣な魂、性根から鍛え直してくれる。これカラ? 我に話しかけられた時以外口を開くな! 口からクソ垂れる前と後にサーをつけろ、ふぁっきんぱんぷきんへっど二等兵!」
 言ってることはひどいけど、ところどころ微妙に片言……
「サー、イエッサー!」
 リーチが軍人みたいに敬礼した。そしたら、なぜか僕までアテナに指さされた。
「連帯責任だ」
 殺気のこもった眼光には、さからえませんでした。
 気づけば、僕とリーチは教室の後ろで腕立て伏せをやらされていた。授業がはじまってもだ。だって、先生がとめようとしても「そのクソマラ野郎どもは我の管轄だ」と、アテナが無表情で言う。誰もがアテナを前にするとガクガクブルブル震えだし、逆らうことなんてできなかった。しかも、僕とリーチだけではなく、クラスの男子がどんどんと筋トレ地獄へとブチ込まれていく。理由は特にない。目が合ったところで「貴様も戦士にしてやる」とか言うのだ。全力でありがた迷惑だった。最終的にクラスの男子全員がアテナによって二等兵に仕立て上げられた。なんか、授業中なのに校内を走らされたりしたよ。
 さすがに異常な状況だったので、そこでクラスの良心こと沙藤優羽がアテナを諌めようと動いてくれた。
「あのね、アテナさん、腕立て伏せとか、もうやめさせてあげたほうがいいんじゃないかな? さすがに、みんな、かわいそうだよ」
「うむ、そなたの心遣い、確かに承った。連中への訓練は昼で切り上げるとしよう」
 優羽が文句言わなきゃ一日中、しごき地獄だったってことだ。
 そんなこんなで、どうにか昼休みには教室に戻ることができた。
 僕は、こんなエキセントリックな子にかかわりたくない。でも、クラスの連中は違った。
 男子は全員二等兵としてアテナに忠誠を誓ってるし、女子は女子でアテナのフクロウとかアテナ自身を「かわいい」とか言って騒いでいた。で、アテナは僕たち男子に見せない微笑みを女子に対しては浮かべるもんだから、女子でも見蕩れちゃう。女子の一部で『アテナ様親衛隊』が作られてたよ。
 たった一日で、ここまで人心を掌握するなんてムチャクチャだ。しかもデタラメな方法でだ。どう考えたって異常だった。
 昨日のこともあって全力でかかわりたくなかったんだけど、終業のチャイムが鳴ったところで、アテナが僕の腕をガシリとつかんだ。万力のような力だった。
「……サー、なんでしょうか? サー」
「喋るな。黙ってついてこい」
 有無をいわさぬ雰囲気に逆らえず、引っ張られていく。逃げたくても、この握力からは逃げられる気がしない。僕が腕を振ろうとしても微動だにしないのに、アテナは簡単に僕の体を振り回す。小さい女の子が怪力無双とか、現実だとかなりホラーだ。おっかねぇ。だって、人知越えてっから。そんな具合に振り回され、僕は屋上へと連れてこられた。
 屋上にはひと気がなかった。
「ボサっとするな。気をつけ!」
 ビシッと体を硬直させる。午前中のしごきの時に、一連の動きは叩き込まれている。体を硬直させた僕を、アテナが下からにらみあげてくる。ものすごい美少女だけど、灰色の目が鬼のように怖い。一瞥されただけで泣きそうになる。
「貴様はなんだ、山田二等兵」
「サー! 蛆虫以下のクソであります! サー!」
「聞こえん! 大声出せ!」
「サー! 蛆虫以下のクソでありますっ! サー!!」
「うるさい!」
 ビンタされた。思わず「戦争コントかよ」と言ったところで、フクロウがアテナに耳打ちする。次の瞬間、僕はお腹を殴られた。膝から崩れ落ちた僕の首根っこをアテナがつかみ、そのまま持ち上げる。目の前にはアテナの怒った顔があった。
「ブルシット! 口答えをするとは、貴様、いい度胸だな! 貴様の優しいママなら、その上等なクソを口カラ垂レタトコロデ許してくれるだろう? えっと、ん? だが! 我は貴様のママではないっ! 上官だ! いいか、腐れまざぁふぁっかぁ、覚エテオケ。上官が『さかったセイウチのケツにど頭、つっこんでおっ死ね』と命じたら、貴様は『サー、イエッサー』と口からクソ垂レテ嬉々トシテ命令に殉ジロ。それが軍隊というものだ!」
 ここ学校だし、軍隊じゃねぇし……PTA! はやく僕を助けてPTA!
「我ガ助力した者は、全て勇者として……歴史? に名を残している! 貴様のようなクソマラ野郎も同様、英雄になってもらわねば困る。できなければ死ね?」
 いや、疑問形できょとんと小首をかしげられても僕が困る。
「ブルシット! 返事!」
「サー、イエッサー!」
 アテナはフンと鼻を鳴らして僕を放り投げた。
「……こんなヘタレなメス豚様ガ英雄ノ器とは、世も末? だなっ!」
 罵倒されてるんだけど、アテナ自身、探り探りな感じで喋ってるので、どうにもエッジが効いていない。
「まあよい。よくわからんが、我が貴様を鍛えてユウチャ……勇者にしてやる!」
 今、絶対、噛んだ。
「光栄に思え、犬蝿野郎! よし、では、腕立て姿勢……」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ!」
 勢いよく屋上の扉が開いた。
 そこに立ってたのは、リーチを筆頭にしたクラスの二等兵たちだ。
「サー! 山田二等兵だけずるいであります! 自分たちも同様にしごいてください! 違う意味でもしごいてほしいのであります、サー!」
 あいつ、よくアテナ相手に下ネタぶっこめるよな。バカだけど、すげぇと思う。ただ、おそらくアテナは下ネタという概念を理解していないようで、きょとんとしていた。
 でも、すぐにポンと手を叩く。
「よくわからんが、やる気があるのはいいことだ。では走ってこい」
「サー、イエッサー! いつまででありますか? サー」
「知らん、走ってこい」
 天真爛漫に丸投げしていた。おそらくだけど、この子、なにも考えてないんじゃないだろうか? でも、リーチは頬を赤らめながらビシッと敬礼する。
「サー、イエッサー!」
 リーチの敬礼に合わせて後ろのバカどもも敬礼していた。流れ的に、僕もついていかないといけない感じだったので、その後ろについていく。そしたら先頭のリーチが「ファミコンウォーズが出~るぞ」とか歌いだした。それに合わせて走る僕ら。完全に異常者の集団だ。その先頭を走っていたリーチが、ふと僕へと近づいてきた。
「なあ、シロガネ、お前、もう逃げちゃえよ」
「え? いいの?」
 他のみんなにも尋ねる。いい笑顔で「行けよ」とか「気にすんな」とか言ってくれた。こいつら、いい奴だな……
「……でも、どうして?」
「よくわかんねぇけど、アテナ教官殿、お前のことばかり気にかけてんじゃん。ここで、お前が逃げだしたら、お前の評価が落ちる。俺らの評価は相対的にあがる」
 リーチを筆頭に、みんな、いい笑顔でサムズアップしてた。
 アテナ狙いの皆さんは、どんな手を使ってでもライバルを蹴落としたいらしいです。
 なるほど、そうですか……うん、みんなして微妙にクズい☆
「それに、ほら、お前、オッピーちゃんに呼び出しくらってただろ? アテナ教官殿には俺からうまいこと言っとくから安心しろ」
 オピスさんからの呼び出しは、完全になかったことにしてたけど、アテナのしごきにつきあわされるよりはマシ……なのかな? う~ん、どっちも嫌だ。
「……まあ、とにかく、ありがとう、リーチ。じゃ、僕、行くよ」
 バカで変態で異常者の集団は「闘魂、闘魂、闘魂」言いながら廊下を走っていった。そんな彼らを尻目に、僕は教室へと戻って鞄をつかむ。そして、風紀委員室へとむかった。
 風紀委員室は教室のある棟とは別の棟にあり、ひと気がない。その閑散とした雰囲気が、僕の不安を色濃くさせる。
 どうか、風紀委員室でオピスさんと二人きりになりませんように! と願いながらドアをノックした。「どうぞ」と静やかな声が返ってきた。僕は「失礼します」と扉を開く。
 風紀委員室にはホワイトボードと事務用の机が四つほど置かれており、パソコン完備。壁際にはスチール製の棚と、会議で使うのであろう長机が折り畳まれて置かれていた。だが、カーテンの閉め切られた室内は薄暗い。黒髪の少女が、そっとカーテンに手を触れ、クリーム色にカーテンが静かに波打った。オピス・O・アルカイオスは僕へと振り返り、くすりと笑う。そして、さり気なく舌なめずりをした。
「やあ、山田プラチナ君、待ちわびたよ」
 下の名前を呼ばれて、かちんときた。男だったら突発的に殴ってるところだ。
「あの、下の名前で呼ぶの、やめてもらえますか?」
「ところで、君はいつになったら私をレイプしてくれるんだい?」HPm3
 一瞬、耳を疑った。ナチュラルな流れで、わけわかんない言葉を放っ てきたよ。
「あいかわらず頭おかしいですね。
 風紀委員がムチャクチャなこと言わいでください」
 やれやれと言いたげにオピスさんがため息をつく。
「君はわかってないね。私は風紀委員長で学校の風紀を取り締まり、
 みんなの前では一端の淑女として振る舞っている。
 その外面に校内の連中は騙され、お熱をあげている。
 そんな私がだ、実は淫乱でド変態だというのがいいんじゃないのかい?」
 オピス・O・アルカイオスは、風紀委員長で学園のカリスママドンナ。 人前ではお嬢様然とした言動で、男女問わず人気がある。
 そんな人に僕は日常的にセクハラされている。
 現に今もいきなり自分のスカートをめくりあげようとしやがったので、大急ぎでその手をつかんで制止した。
「……あの、オピスさん、いい加減、セクハラで訴えますよ?」
「私はかまわないけど、この私が君にセクハラをするなんて、
 校内の誰が信じると思う? そんなことを吹聴したところで
 君の評判が悪くなるだけだ」
 オピスさんの言うとおりだ。
 だから、こうして二人きりで会いたくなかったのだ。
 誰かの目があれば、さり気ないボディータッチ程度の被害ですむからね。
 僕はスカートをめくらせまいと必死になり、目の前でオピスさんが唇をすぼませてキスしようと口を近づけてくるから、のけぞるしかない。しばらく無言の攻防が続いたところで、オピスさんの手から力が抜けた。
「据え膳を食わないなんて……君は三次元より二次元が好きなタイプかい? そういえば、『まじかるプリンセスMOMO』というアニメが最近流行ってるんだろ? ヒロインが毎回触手で大変なことになるらしいじゃないか」
「いくら深夜アニメでも、そういう話じゃないと思いますよ」
 少なくともリーチは、愛と正義の新感覚系魔法少女アニメだって言ってた。
「ほんとに、これだから童貞は面倒くさいね。私の魂はド淫乱だが、肉体は処女なんだぞ。そんな乙女がこんなにもがんばってるのに……」
 泣きボクロのある目で悲しげにうつむかれると、その罪悪感の喚起力たるやすさまじい。
 これだから美少女はおっかない。内面が怪物でも、外面は子猫ちゃんだから抱きしめたくなってしまう。でも僕の働きものの理性ちゃんが「流されたら、らめなのぉ」って言ってるから、断固として流されない。
「セクハラするために呼んだってんなら、帰りますから!」
「つれないなぁ。まあ、プラチナ君を呼んだのは、君を欲情させるのが目的だったけど、他にもいくつか用件があってね。ほら、春の球技大会が近いだろ?」
 そういえば、そうだ。
「毎年、熱心なのはいいけど、体育館やグラウンドの使用権でイザコザが多くてね。生徒会にも、いろいろと取り締まってくれと頼まれてるんだ」
「まあ、わかりますけど、それ、僕に関係なくないですか?」
「君の友人、真田吏一君は去年も暴走してただろ? 彼の手綱を握れるのは君くらいだし、ムチャをしないようにしてほしいんだ」
 確かにリーチはお祭り騒ぎが大好きだし、その手のアジテーションが得意だ。去年も球技大会の時は、三年の先輩とぶつかり、因縁の対決みたいな構図を作り上げ、クラスの団結力を強めていた。そういうこと、あいつ、狙わずやるからな。
「まあ、やれる範囲でならやりますけど……」
 警戒しながらうなずく僕に、オピスさんは「助かるよ」と微笑んだ。
「プラチナ君、もう変なことはしないから放してくれないかな」
 僕がオピスさんの手を放し、オピスさんは事務机の引き出しを開けた。
「それと、君に手作りのプレゼントがあるんだ」
 オピスさんがなにかを差し出してくる。DVDらしきものを受け取りながら僕は「なんですか?」とパッケージを見た……瞬間、放り投げた。
「なんてことをするんだ、プラチナ君!」
「それはこっちの台詞ですよ! あんた、なんつーもんを!」
 抗議する僕を尻目にオピスさんが、投げ飛ばされたソレを拾う。
「風紀委員会のみんなで作ったんだぞ! シナリオと原画は私の担当だ!」
「風紀を取り締まる集団がエロゲー作るな!」
 そう、パッケージではオピスさんをモデルとした女の子が触手で大変なことになっていた。パッケージだけなら普通の商品と遜色ねぇし、やっぱり、この人、頭おかしい。
「ちなみに主人公はある日、悪徳に目覚め、体から触手を伸ばせるようになるという設定で、君がモデルだ」
「肖像権の侵害だっ!」
「しかたがないだろ! 君の触手で調教されるのが、私の願望なんだから!」
「聞こえないし、聞きたくないし、そもそも僕に触手はないっ!」
「どうかこのゲームをプレイしてプレイを勉強してくれ、プラチナ君。そして、このゲームのようなことを私にしてほしい。君の触手で」
 オピスさんは「はあ、はあ」と息を荒げて、ねっとりとした視線で僕を見あげていた。
「私のことを知ってくれぇ、理解してくれぇ。そして、同じ暗黒へと堕ちてきてくれぇっ!」
「断固として断わるっ!」
「私は両親ともに日本人じゃないから君の言ってる意味がわからない。とりあえず脱ぐよ」
 いきなり服を脱ぎ始めたオピスさんに僕は貞操の危機を感じ、脱兎のごとく風紀委員室から逃げだした。
「プラチナ君、待ってくれ! 腹を割って裸のつきあいで話し合おうじゃないか! セクハラしたことは謝る…って、別に嫌がらせしてる気はないぞ! これが私の愛情表現だ!」
 学園のマドンナが発したとは思えない言葉を背中に受けつつ、僕は全力ダッシュでその場を後にした。
 しばらく走って、渡り廊下にまでやってくる。棟と棟を結ぶ渡り廊下は閑散としていた。いろんな意味で火照った体をクールダウンさせるため、深呼吸をする。
 そりゃ、まあ、僕だって男の子だ。綺麗な女の子に迫られて嫌な気はしないさ。
 そもそも僕は思春期のチェリーボーイだし、性的なことに興味は尽きない。ぶっちゃけ、オピスさんに性的魅力を感じるし、僕が普通の男子だったら、絶対に流されてエロ漫画みたいな生活になってると思う。でもね、僕の理性ちゃんは働き者なんです。その理性ちゃんがオピスさんはダメだって言うなら、ダメなんだよ。拒絶するしかないんだよ!
 僕の生涯設計における高校生活では男女交際は禁止だ。高級官僚になるためには、学閥まで考えて東大の法学部に進学する必要がある。これは、天才でもなんでもない僕には、かなり高い目標であり、勉強以外のことに無駄なリソースを割いている余裕はない。
 だから、ここでハニートラップにひっかかるわけにはいきません。
 あと、リーチが姫カットの女の子はメンヘラ率が高いって言ってたしね。まあ「童貞のお前が女を語るなよ」と思った僕も童貞だったから、その時はなにもつっこめなかったよ。
 とにかく、誰にも僕の夢である安定した未来の邪魔はさせない。当然、美少女にだって邪魔はさせないし、それが、たとえ神様であっても同じだ……
 そんなことを考えていたら、いきなり窓が消えた――

 驚いて辺りを見回せば、たくさんの柱が立ち並ぶ白い神殿のなかにいた。
 そして、一段高くなっている場所には玉座がある。
 そこにヤンキーみたいな人が頬杖をつきながら座っていた。
 髪の毛はアテナみたいな金髪だけど、ホストがやるようなスジ盛りって髪型だ。顔つきは端正なもので瞳は空のように青く、かなりのイケメン。
 毛のあるフードつきのジャケットの下にシャツを重ね着し、ジャラジャラしたチョーカーを首からかけている。まるでロックシンガーのようにタイトなシルエットの黒いパンツ。更にトーキックで人を刺し殺す気ですか? と問いたくなるような尖がりブーツの色は雲のように白い。耳にはピアスがたくさんあって穴だらけだし、手にはゴツゴツした喧嘩指輪をいっぱいはめている。どこの部族の方ですか? と問いたくなる装飾だった。
 男は不機嫌そうに眉根を寄せつつも、僕を見る目は不遜全開で、他人を完全に小馬鹿にしているような感じだった。でも、逆らえない。腹を立てたってしかたがない。
「よお、またちぃとばかし頼みがあんだけどよ?」
 もうね、喋り方が完全にチンピラですよ。
「おい、てめぇ、聞いてんのか?」
 ああ、やっぱりまた呼ばれるんだ。昨日だけで終わりじゃないんだ。
「……はい、なんでしょうか、ゼウス様」
 僕の日常がぶっ壊れたのは、昨日、このギリシア神話の主神とであってからだ。


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