初心者ギルマス・零央

夏休みに突入す!

コミカライズProject進行中の
《学園×オンラインゲーム》シリーズ、第3弾!
4月10日(木)発売予定!!
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夏休み直前の攻城戦。激しい戦いの末に、城主ギルドとなった
零央たち《心の欠片(フラグメンツ)》。しかし、周囲の人々は彼ら
の実力を認めず、微妙な雰囲気に……さまざまなトラブルを通し
て、城主ギルドの責任、ギルドマスターとしての在り方を学んで
いく零央だが、大型アップデートに隠された真実を知り――。
大人気の新感覚・近未来学園×オンラインゲーム小説、
第3巻はファン待望(?)の水着回(一部)です!

3巻発売を記念して、本編のスピンアウトな
特別書き下ろし短編を一挙公開!
ファン(そして著者?)待望の水着祭りです!


以前の書き下ろしはこちらから↓

書き下ろし外伝 【智早と会堂、出会いとのエピソード
スクールライブ・オンライン Episode智早

◆1巻・あらすじ&主要キャラクター紹介はこちら
 
◆2巻・立ち読み&主要キャラクター紹介はこちら


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スクールライブ・オンライン An unsuitable job for Reo


 夏休みに入って一週間が過ぎた日のこと。
 特筆することもない平穏な日々を過ごしていると、我らが《心の欠片(フラグメンツ)》の三年生、縁の細いメガネが似合うクールビューティー、瀧智早(たき・ちはや)先輩が唐突に、「皆でプールへ行こう」と言い出した。
 理由は、まあ想像がつく。
 一学期の攻城戦を経て、僕がギルドマスターを務める《心の欠片(フラグメンツ)》をどうにか〈城主〉の座に据えることができたものの、何かが劇的に変わったわけではない。城主としての仕事もあるにはあるが、それもギルドマスターである僕の役割なので、他のメンバーたちの手を煩わせることもない。
 それに3Rも、ログインはできるが、レベル上げはできない。学内ネット専用ゲームなので、夏休み中は帰省や、部活合宿などでプレイできない生徒への配慮として、モンスターを倒したり、クエストをクリアしたりしても経験値を得られないのだ。そのため長期休暇中は生徒の3Rへの関心も、いくらか薄れがちになっている。
 つまりギルド全体で言ってしまえば、暇を持て余していた。
 そんなこんなで、瞬く間に瀧先輩の提案は可決され、《心の欠片(フラグメンツ)》と、同盟ギルドである《迷子天使(ロストエンジェル)》による即日開催の合同イベントが決行されることになった。
 集合場所は、学園の敷地内にあるアスリートジムだ。プールはこの施設内にある。
 しかし、現地に集まったメンツを見て、僕は暑さからではない汗を流した。

 ――男子がいねえ。

【参加者】
《心の欠片(フラグメンツ)》……僕・沙耶(さや)・ユマ・瀧先輩
《迷子天使(ロストエンジェル)》……杏奈(あんな)先輩・神鳴(かみなり)さん

 キャッキャウフフと楽しげに弾む女子の声。なにぶん急な催しなので参加者自体少ないが、いかんせん女子濃度が高すぎる。この状況で彼女たちの会話に加わろうとするなら、ソロでレベル70クラスのボスモンスターに挑むくらいの勇気と覚悟が必要だろう。
 予想外だった。元々、《心の欠片(フラグメンツ)》は僕を除いて全員女子だけど、まさか《迷子天使(ロストエンジェル)》側からの男子参加者がゼロだとは。瀬川(せがわ)先輩は? あの人も帰省中? 杏奈先輩の水着が見られるんですよ?
「……これってもしかして、今日一日、ハーレ――」
 ――とと。慌てて口を塞ぐ。こんな浮ついた台詞を誰かに聞かれでもしたら、こつこつ築いてきたストイックな僕のイメージが壊れてしまう。なんてことを考えた直後、
「新藤くーん、今、〈ハーレム〉と言いかけたかい?」
 よりにもよって。
 今回の発案者である瀧先輩が、迂闊に放ってしまった僕のワイルドピッチを、球史に残る名捕手さながらのキャッチングで拾い上げ、肩に手を回してきた。
「な、なんのことです? 僕は、えーと……は、晴れ晴れとした良い天気になりそうだなあって言おうとしたんですよ。いやあ、絶好のプール日和ですね」
「屋内プールだけどね」
 くっくっと可笑しそうに笑う瀧先輩には、何もかも見透かされているようだ。
 そのとおり。僕は舞い上がっている。
 でも仕方ないんだ。だってこの場に集まった女子メンツは全員、誰の目にも綺麗可愛いと映る逸材なのだから。そんな彼女たちが水着姿になるんだぞ? これを楽しみじゃないなんて言う輩がいるとすれば、僕はそいつを男だとは認めない。
 ともあれ、僕はギルドマスターだ。一応責任者の立場にあるので、自制心だけは強く持つことを心がけておかなきゃな。
 さて、お楽しみの水着だが、どうせなら新調しようということになり、ジムに併設しているショップで買い物をすることになった。
「秋月さん、負けませんわよ」
「私も、負けるつもりはない」
 何やら杏奈先輩と沙耶が互いに凄みを利かせ、火花を散らせている。
「瀧先輩、あの二人、泳ぎで勝負でもするんですか?」
「さあどうだろうね。君はただ、彼女たちが選んだ水着を褒めてあげればいいと思うよ。女子の水着を褒めるのは、男の義務だからね」
 僕程度の感想で期待にそえられるかわからないが、義務とまで言われたなら、誠心誠意頑張らねばなるまい。男は僕一人しかいないんだしね。
「僕は施設利用の手続きをしてくるので、皆は先にショップへ行っていてください」
 女子たちを見送り、僕はジム一階にある受付コンソールの前に立った。
 手続きは簡単。学生証のコードを認証させ、希望する施設と時間帯を、音声案内に従って選ぶだけだ。
 ここで少し驚かされた。今の僕は城主ギルドメンバーとして登録されているため、ジム内の好きな施設を好きな時間帯、好きな時間まで利用できますといったことが表示されたからだ。特別講師を招いたダンス、ヨガやピラティス、加圧トレーニングなんかの講習も、予約なしの無料で受けられるとある。
「こんなところにも城主ギルドの特典があるんだな」
 とはいえ、今日は別ギルドの杏奈先輩と神鳴さんもいるし、一般開放されているプール利用だけのつもりなので、そういったものに用はない。
「六人で……まだ昼前だし、十五時までの利用でいいか」
 ――手続き完了。
 よし、僕も水着を買わないと。
 スポーツショップも受付と同じく一階にある。そしてその充実ぶりも、一般のショップに引けをとらない。この時期は、さすがにウインタースポーツ系の品は目立たないけど、それ以外なら大抵のスポーツ用品がここで揃う。
「皆は――……見当たらないな」
 もう水着を選んで試着室に入ったんだろうか。
 ちなみに、水着は構造が単純なため、3Rにも使われているBMI技術を応用した映像操作アプリケーションを使えば、即時オーダーメイド製品を作ることもできる。最初に自分の体型をスキャンし、あとは脳内でイメージしたデザインを映像として抽出、モニターに転写される。細部を調整し、気に入ったなら決定。その場で、世界にただ一つのオリジナル水着が手に入る。
 さらに購入特典として、買った商品と同じデザインのアバター装備がデータで貰える。つまり、3Rの中でも同じ水着姿になれるってことだ。
 ただし、その装備は他のプレイヤーやNPCとはトレードできない。また、防御力も紙同然。むしろ裸に等しい。
 ただまあ、女子ならともかく、男物の水着なんて正直なんでもいい。とりあえずトランクスタイプで、色柄が目立ちすぎなければ既製品で十分。僕は店に並んでいる物の中から無地で黒ベースの水着を適当にチョイスした。
 店員さんに一声かけ、買ったばかりの水着を手に試着室の一つに靴を脱いで入る。プールサイドはこの店に隣接しているから、先にここで着替えちゃった方が早い。女の子たちは時間がかかりそうだしな。
 カーテンを閉じて荷物を棚に置き、汗を吸い込んだシャツのボタンを外していく。
「プールなんていつぶりだろ」
 悲しいかな、今まで一緒に行く友達もいなかったし、中等部の頃の水泳授業が最後か。その時は男女別だったんだよな。
「……てことは、女子の水着を見るのって、もしかして小学校以来?」
 小学生と高校生じゃ、どこもかしこも違っているだろう。(……ごくり)
 それに、見ることばっかり意識してたけど、考えてみれば男は僕一人だから、圧倒的に見られる視線の方が多いわけで……。
「やば、緊張してきた」
 全身が映る鏡の前で、なんとなしに両腕で円を作るようなポージングをとり、上半身が裸になった自分の体をじいっと観察してみる。
 逆三角形には程遠いけど、ガリガリってわけじゃない。腹筋はうっすら割れているものの、たくましいって程でもない。普通すぎて面白みがない。
 そういや、《無敵艦隊(アルマダ)》のギルドマスター・剛田(ごうだ)先輩の筋肉は凄まじかった。二の腕なんて、女子のウエストくらいあったんじゃないだろうか。何グラムか分けてほしい。
「…………筋トレでも始めるか」
 溜息を吐きながら、ズボンとトランクスを一緒に脱ぎ下ろした、まさにその瞬間――
 シャッ――……と。
 風もないのに、試着室のカーテンが勝手に開いた。
 反射的に体ごと振り返ると、くりっとしたスカイブルーの瞳と目が合った。
「ふぇ?」
 たたんだ制服と手提げ鞄を胸に抱えたブロンドの彼女が愛らしい声を漏らし、
 視線がやや下がった。
 そしてナニかを確認した後、上がってまた僕と目が合った。
「…………」
「…………」
 互いに反応できない空白の時間が終わると、その少女――ユマは不器用に、無理やりに微笑もうとするが、顔は可哀想なくらい引きつり、湯気が立ちそうなほど赤くなって全身が小刻みに震えだした。
「ま……まち……が……まし、た」
 目尻に涙を溜め、どうにかそれだけ言ったユマは、そっと優しくカーテンを閉めた。
 その後しばらくの間、僕は両足首にズボンとトランクスを引っかけただけの、九割九分裸の状態で立ち呆けた。
 
         *     *      *               

 同年代の女の子たちとプール。ラブコメなんかだと、ちょっぴりエッチなハプニングが起こるのはお約束だけど、よもや自分が見られるパターンとは。
「誰得だよ……」
 やるせない気持ちで水着に着替え終わり、パーカーを羽織って試着室から出ると、ユマが俯いたまま試着室の傍らにしゃがみ込んでいた。
 気まずい。
「……………………………………見た?」
 その問いかけにビクリとしたユマが、ぷるぷると首だけを横に振った。髪の隙間から覗く耳はまだ真っ赤だ。
 これは完全に見られてるな。思いっきり向き合ってたし。
「えっと……僕は気にしてないから、ユマも気にしないで。ね?」
 こくこくと頷いてくれているが、こちらに向けられた顔は今にも泣きだしそうだ。
「うん、うん、わかってるよ。わざとじゃなかったんだよね。うん、え? 試着室の中に靴下を忘れて? うん、荷物を抱えていたから足下が見えなくて、僕の靴があることに気づかなくて試着室を間違えた? うん、そっか、それは仕方ないよ。不幸な事故だ。僕も忘れるから、ユマも、もう忘れよう」
 僕の差し出した手を取って立ち上がったユマの顔からは、まったく赤みが取れていないけど、さっきよりもずっと自然に笑ってくれた。
「あ、ユマのそれ、パーカーの下はもう水着? どんなの選んだの?」
 ユマはフードのついた長袖の上着を着ており、太股のあたりまで肌が隠れていた。上着が大きくて、見ようによっては穿いていないようにも見え――……と、いかんいかん。ユマをそういう目で見ると、お巡りさんに怒られてしまう。
 ちなみにプール仕様なのか、いつものダウンスタイルなロングヘアーがツインテールになっている。さらに幼く見えるものの、やばいくらいに似合う。昼間だろうが、一人で外を出歩かせるのが心配になるレベルでやばい。
「あい。こういうの、です」
 僕の質問に対し、ユマはなんの躊躇いもなくパーカーのファスナーを下ろし、はらりと前を大きく開いてみせた。
警戒心のないその行為は、否応なしに僕の心臓を跳ねさせた。むさくるしい野郎がやれば、即通報されそうな行為。それを可憐な少女がやると、こんなにもトキメキ、胸を高鳴らせてしまうものなのか。
 現れた水着は、胸元に小さなリボンあしらったピンクのワンピースタイプ。ユマの幼さが水着の魅力を最大限に発揮し、水着がユマの愛くるしさを極限まで引き立てている。
 ――金色の妖精。まさに、そう呼ぶに相応しい。
「レオ、さん?」
「……え? あ、に、似合ってる! 思わず見とれちゃったよ!」
「えへへ。Thanks.」
 照れ臭そうに頬を染めるユマは、それはもう狂おしいまでに愛らしかった。それを見た僕は、「ウチの娘は絶対嫁にやらん」と言いたくなる父の気持ちが理解できてしまった。
「そういや、他の人たちは?」
 尋ねるとユマは顔を曇らせ、僕の羽織った上着の袖を引いて「こっち」と言った。
 ユマのあとをついていき、二つ並んだ試着室の前までやってきた。両方カーテンは閉じられ、使用中となっている。
「中に誰かいるの?」
「あい。皆、います」
 皆? 皆で入ってるのか。仲がいいなあ。
 きっと、水着選びに夢中になった彼女たちの楽しげな声が聞こえてくるに違いない。
 そう思って僕は耳を澄ました。誓って、衣擦れの音を聞こうなんてつもりはない。
 ……が、どうも様子がおかしい。
「沙耶、これは《心の欠片(フラグメンツ)》の名誉を懸けた、《迷子天使(ロストエンジェル)》との戦いだよ」
「ホムホム先輩にだけは、負けたくない」
「鈴音、なんとしてでも勝ちます。そのためなら、わたくしは鬼になりましょう」
「いや自分は普通のでいいっスから! 絶対そんなの着ねえっスから!」
 楽しい水着選びのはずが、戦場さながらの緊迫した声が飛び交っていた。
「イイネ、沙耶、最高だよ。これならホムホムが相手だろうと、新藤君の視線は沙耶一人に釘づけ間違いなしだ。でもせっかくの肌を隠してしまうから、パレオはナシの方向で。ハイレグも、もう少し角度を大胆にしてみようか」
「まだまだいける」
 右の試着室からは、瀧先輩と沙耶の声がする。
 そして左の試着室からは、杏奈先輩と神鳴さんの声が。
「ほら、聞こえましたでしょう!? 敵陣営は本気です!」
「いや、あれ絶対嘘っス! マスターを煽ってるだけっス!」
「この水着ではダメです。こんな物では、本気を出した秋月さんには勝てません。もっともっと過激なデザインを考えるのです。例えばこんな風に!」
「その面積はやばいっス! てか、それはもはや一次元の領域っスよ!」
 一次元て……紐じゃないですか。
 このまま放っておいたら大変なことになる。そんな予感が、カーテンの向こうからひしひしと伝わってくるが、男の僕に口を挟める隙なんてないので、大人しく成り行きに任せることにした。なんか怖いし。
「ところでユマはその水着、一人で選んだの?」
「あい」
 懸命な判断だと思う。
 しばらくすると、左の試着室から、よろよろとジャージの上着を羽織った神鳴さんだけが出てきた。憔悴しきった様子で、立っているのもやっとという体だ。
「だ、大丈夫?」
「……マスターは、もはや自分の手の届かないところまで行ってしまったっス……」
 手が届かないというか、手に負えないって感じだ。
「ゴロちゃん、お疲れ様、です」
 労わるように寄り添うユマが、神鳴さんに対して初めて聞く呼び方を口にした。
「ゴロちゃんて、神鳴さんのこと?」
「あー……なんかフロックハートさんが、自分のことをそう呼び始めたんスよ」
「カミナリさんだから、ゴロゴロピカーで、ゴロちゃん、です」
 ピカー、のところで大きく万歳。この子、ホント可愛いわ。
 でもなるほど。安直ながらも愛嬌があって、なかなかうまいネーミングじゃないか。
 僕はいいと思うんだけど、神鳴さんは不満なのか、渋った顔をしている。
「〈ゴロちゃん〉……イヤ、でした?」
「う、うーん、イヤではないんスけど、女子につける感じがしないというか。どうせ音で選ぶなら、鈴音の方から取って〈リンちゃん〉とか……」
「…………」
「そ、そんな悲しそうな目で見ないでほしいっス」
 ユマは駄々をこねているわけじゃない。ただ神鳴さんを見つめている。だけどそれだけで効果十分。傍で見ている僕の胸にまで罪悪感がザクザクと突き刺さってくる。
「……ゴロちゃん……やめ、ます。ゴメン、ナサイ。ゴロ――……カミナリ、さん」
 これが言い納めとばかりに、ユマが儚く折れそうな声で言った。
 でもそれ、トドメの一刺しだよね。
「アーッアーッ! もうわかったっス、ゴロちゃんでいいっス、よく考えたらいい感じに思えてきたっス、ゴロちゃん最高っス!」
 逆に神鳴さんが折れた。半ば自棄(やけ)になっている。
「まあまあ、〈ゴロちゃん〉も可愛いじゃない。僕もそう呼ばせてもら――」
「もし呼んだら、今後パーティー組んでも新藤先輩には一切回復魔法(ヒール)かけませんから」
「了解です、神鳴さん……」
 目が据わっておられる。
「そういえば神鳴さんも、もう水着に着替えたんだね。それはオーダーメイド?」
「はい。自分のだけは、なんとか普通のデザインを死守したっス」
 ジャージを羽織った神鳴さんの水着は、緑地のチューブトップだった。
 ほどよく日焼けした健康的な肌と、涼しげな色の水着が鮮やかなコントラストをなしている。ユマみたいに、触れることが禁忌に思えてしまうような神々しさとは違うけれど、太陽のように眩しい肢体を包んだ水着姿は文句なしに魅力的だ。
「うん、いいデザインだね。似合ってる」
 もう一言二言感想を言いたいところだけど、神鳴さんは極度のシャイで、あまり褒めすぎると頭がショートしてしまうと杏奈先輩から聞かされているので、これくらいで。
「…………それだけっスか?」
「え、どうかした?」
「別に、なんでもないっスよ」
 素っ気なく言って、ぷいっと目を逸らされてしまった。
「えと、僕……何か変なこと言ってたら、その、ごめん……」
 訳もわからず非を認めると、神鳴さんは不貞腐れたように唇を尖らせた。
「……そりゃ、自分は他の皆さんと違って、人様にお見せできるようなものじゃないんで偉そうなこと言えないっスけど。相手が新藤先輩とはいえ、一応はも男子に見られるわけですから、もう少し気の利いた感想を期待したりとか……してたんスよ」
 そうだったのか。神鳴さんの性格を深読みしたことが裏目に出た。
「も、もちろん水着だけじゃなくて、神鳴さん自身の魅力があってこそっていうか」
「今さらそんな取って付けたようなお世辞、言ってもらわなくてもいいっス」
 慌てて取り繕うも、神鳴さんの機嫌は直らない。
 当たり前だ。女の子が勇気を出して水着姿になっているんだ。褒められたくないはずないじゃないか。それなのに僕は変に気を回して、あんな適当な台詞を。
「……神鳴さん、聞いて」
「な、なんスか?」
 瀧先輩も言っていた。女子の水着を褒めるのは男の義務だって。
 褒めていいんだな? 褒めちぎった方がいいんだな!?
 ――だったら遠慮はいらない。全力で褒めさせていただきます!
「今だから告白するけど、3Rの中で初めて神鳴さんに会った時、僕は神鳴りさんのヘソ出しコスチュームに一目で心を奪われていたんだ」
「は?」
「おヘソなんかに、どうして魅力を感じるのか自分でも不思議だったよ。でも考えてみれば簡単なことだったんだ。おヘソは、胎児の頃に母親と繋がっていたという証でもある。そこに生命の神秘とか、人間の本能的な魅力が隠されているのは当然だと思うんだ」
「や、あの、新藤先輩、何言ってんスか?」
「一概にヘソと言っても、神鳴さんのヘソは、一点のくすみもない美しさと、理想的な縦長の形をした美ヘソの持ち主だと言える。僕は今とても感動している。3Rの中で見たのは所詮バーチャル。触れることの叶わない空想(ファンタジー)でしかない。だけどしかし、今こうして、夢にまで見た神鳴さんのリアルなヘソが、手を伸ばせば届くところにある!」
「ちょ、手ぇ伸ばさないで。わかったっスから、あんまにじり寄ってこないで……」
「まだまだこんなものじゃ語り尽くせない! だって、神鳴さんの魅力はおヘソだけじゃないんだ。例えば、その引き締まったふくらはぎや太股! もしかして何か部活を!?」
「り、陸上部っス」
「陸上部!? どうりで。ちょっとそこでクルッと回ってみて」
「え……こうスか?」
「ほらそれ! 重力に逆らってツンと上を向いたお尻とか、最高の一言に尽きるよ。華奢な肉付きなのに、しっかりと張りがあり、柔らかそうでありながらもコシがある!」
「こ、声がでかいっス!」
 カァーッと、これまで見てきた記録を上回る勢いで神鳴さんの全身が赤くなっていく。
 しかし僕は手を抜かない。彼女を傷つけてしまった分、きっちりとリカバリーさせてもらう。
「そしてなんと言っても、水着と日焼け部分に挟まれた、わずかに残る白い肌! 天然の絶対領域とでも言おうか! 男なら嫌でも目がいっちゃうくらいセクシーだ!」
「自分が、セ、セセ、セク!?」
「神鳴さんカワイイ! 神鳴さんセクシー! ほらユマも一緒に! 神鳴さんカワイイ!」
 僕は神鳴さんをユマと挟むようにして、「カワイイ、セクシー」を連呼した。
「も、やめ……」
「さあ気分が乗ってきたよ! 神鳴さんカワイイ! それ、神鳴さんセ――グフッ!?」
 照れ隠しと言うには強烈すぎる、すんごい張り手が飛んできた。
 調子に乗りすぎた報いを顔面に頂戴した僕は、背中から派手に転倒してしまった。
その際に、白くて柔らかい布(多分カーテン)が、ふわりと頭を撫でていった。
「つぅ……痛てて――……」
 背中と後頭部の痛みもさることながら、鼻っ面を叩かれたせいで、目の前にチカチカと星が飛んでいる。神鳴さんてば、容赦ないんだから。
 床に仰向けになった状態で頭をさすっていると、なびいたカーテンが元の位置に降り、遮られていた視界が開けていった。
「――――え?」
 するとそこに、いつもクールな瀧先輩と、いつも無表情な沙耶の、驚きに目を剥いているというレアな顔が現れた。
「新藤君、君(きみ)……」
「零央……」
「あ、あれ? 二人とも、いつの間に試着室から出てきて……」
 ――なんて、それはさすがに現実逃避か。
 どうやら二人が外に出てきたんじゃなく、僕がカーテンの隙間から首だけを、女子二人が使用中の試着室にお邪魔させてしまったらしい。
「こ、これはですね……」
 残念なことに――じゃない。不幸中の幸いなことに、試着室の中にいた二人は水着に着替え終わってくれていた。これでもし、二人が裸だったりしたら、僕は生涯を彼女たちの奴隷として過ごさなくてはならないところだ。
 ホッとしたところで、生温かい何かが頬を伝うのを感じ、錆の臭いが鼻に立ち込めた。
「零央、鼻血」
「え? あ、いや、この鼻血には別の理由があってだな」
「新藤君、そんなことより、何か言うことはないのかい?」
 言われて気づく。そうだった。女子の水着を見たなら、まず褒める。それが男の義務。たとえ顔面に張り手を喰らい、鼻血が出ていようと、それは変わらない。
 僕は、これ以上はないってくらいのローアングルから二人の水着を、それこそ穴があくほどじっと見つめた。沙耶と瀧先輩、二人とも白いビキニだ。色を合わせてくるなんて、本当に二人は仲良しさんだな。
「沙耶の水着にはフリルが付いてるのか。女の子らしくていいと思う。似合ってるぞ」
 それに、色素の薄い髪と、透き通るようにキメ細やかな白い肌。ユマが金色の妖精だとするなら、沙耶はまさしく銀色の妖精だった。さすがにこれはクサすぎて言えないけど。
「瀧先輩の水着はシンプルですけど、よく見ると小さなリボンが付いてるんですね。普段とのギャップもあって可愛いと思います」
 僕が指摘すると、瀧先輩が、バッと手で水着を隠してしまった。
「隠さなくてもいいじゃないですか。そりゃ、性悪悪魔の瀧先輩からしたら、趣味が女の子すぎる気がしないでもないですけど」
 しかもほんのり赤くなってる。瀧先輩が恥ずかしがるなんて、本当に珍しいな。
「あれ? でもその水着、なんだか変わった生地ですね。沙耶のもそうですけど、それだと水を弾くどころか、むしろ吸水性が良さそうな。なんていうか、まるで――」

 ズンッ……と。

 心臓が急速に、ドライアイスで圧迫されたように冷たく重苦しくなり、最悪に嫌な予感がした。
 その予感を後押しするかのように、瀧先輩が床に落ちている制服を拾い、本格的に体を隠してしまった。沙耶は直立不動だけど。
「まるで、なんだい?」
 笑顔で尋ねてくる瀧先輩が心底怖い。メガネの奥の瞳は全然笑ってないし。
 だらだらと、滝のような汗が流れていく。
 はぐらかすことは不可能と悟り、僕は思い浮かんでしまった単語を正直に口にする。
「………………………………………………………………下着みたい、ですね」
「みたい、じゃない。お察しのとおり下着だ」
「すいませんでしたああああああああああああッ!!」
 僕はモグラ叩きのモグラよろしく頭を引っ込め、二人が本当に水着に着替えて出てくるまで試着室の前で土下座し続けた。

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