mouse_top
「お前の嫁さんだ。手続きは済ましてある。後は式を挙げるだけだ。式は来週、横浜グランドホテルを押さえてるから安心しろ。お前は当日来てくれれば後は俺がすべてなんとかするから、お前に煩わしい思いは決してさせない。たのむ当日ホテルまで来てくれ」
ロン/『ファンダ・メンダ・マウス』253頁

××××××××××××××××××××

 人生は続く、人生は止まらない正に一生止まらないジェットコースタみてーなモンだ、がんじがらめに椅子に縛りつけられて行ってらっしゃい帰ってくるなよっ て送り出されて猛スピードでバカみたいに走り続けて逃げだす方法なんてモンはない。だから物語も続く、ロンとのクソみたいな約束から続く物語も続く。これ はクソみたいな約束から一週間たった朝から始まるおれに訪れたクソみたいなカスみたいな物語だ。バッドデイ、おれにとって人生最悪の日。
人生最悪の結婚式当日の物語だ。



【1 MAKOTO’s Turn】
-アングリーガール-

AM09:00/マウス自宅
  朝起きたら誰もいない。誰もいない?おかしくない?だって我が家には就労者はおれだけでおれ以外はジャリ(マコチン)かネーネしかいなくてその二人は働いていない。ジャリは学校に行っててでも今日は日曜日、日曜日のジャリは昼まで起きない。
「おはよーございまーす」
 返事ナシ。
「おはよーございまーす!!」
 返事はナシ。
 おかしい凄く静かすぎる。
 布団から這いでて異変に気がつく。ケータイがない。枕元に充電コードにさしておいたケータイがない。ははーんソーユーことかー、相手さんはソーユーふーにきたかー。
 おれは寝る時はパンイチ何も着ない。産まれたマンマに布切れ一枚を愛している。パンイチのまま匍匐前進窓まで近づき部屋の外を伺う、アパートの前の道にドデカイベンツが二台停まってて黒服グラサンの男達が周りを囲んでいる。ははーんそうきたかー。

さ、て、と。

 逃げますか? 逃げるでしょう。このままでは俺は無実の罪で花婿にされてしまう。
 花婿? 冗談じゃない、俺にはまだするべき事がある。たとえば路上プレイとか。

××××

AM10:00/式場控室
 面白くないです!佐治まことです!
 面白くないです!私も夫人のはずです!なのになぜ私は結婚式を挙げてもらっていないのに後から来るキンバリーちゃんは結婚式を挙げてもらえるんでしょうか!そりゃ来たくなんかなかったですよ結婚式場、でも行かないと行かないでそれはそれで不安?不安と言うか怒り?収まらない怒り?そんな感情が渦巻いてしまっていても立っていられないので来ましたよ結婚式場。お会いしました、キンバリーちゃん、ご挨拶にきてくれました。第一夫人であるお姉さまと、第二夫人である私に、律儀に、ウェディングドレス姿で、フリフリレースいっぱいで、律儀に、嫌みかと思えるほど律儀に、律儀に「……本日から……お世話になります……キンバリー・マァです……」とか可愛らしい声で言っちゃってさぁ、そりゃー可愛いですよ、金髪で?碧眼で?お人形さんみたいな顔で?そりゃー誰だって好きなんじゃないんですか?私だって好きですよそんな可愛い子。
 そりゃ私はちっちゃくて、髪の毛だって真っ白だし、顔だって可愛いか可愛くないかって言われれば可愛いみたいな?そんな感じですよ。でも頑張って毎日可愛くしようとしてるんです。努力してるんです。女の子なんです。好かれたいんです。肌を綺麗にしようとお母さまにバラの化粧水を送ってもらって毎日つけていたらかぶれて顔が真っ赤に腫れてしまったり。ニ、ニーソが男性の間で人気だとの情報を聞きがんばって履いてみたけど誰にも気がつかれなかったり。
 愛されようとして、可愛く思ってもらおうとして毎日頑張っているんです。それなのに後からきたキンバリーちゃんは今日挙式。あれでしょ?ブライダルエステとか?ブライダルフェイシャルエステとか?受けちゃって可愛いをもっと可愛いにしてるんでしょ?
 面白くないです!面白くないです!けっしてやっかみではないんです!

××××

 面白くないです!佐治まことです!
 私は今結婚式会場にいます。私とお姉さま結婚式の準備が整うまでこの控室にカンヅメです。お姉さまはお酒を飲んでいます。ホントにお姉さまはお酒が大好きです。
「飲み過ぎです」
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「飲み過ぎです」
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ」
 完全に酔っています。式が始まるのが午後二時、今が午前十時、お姉さまは式まで持つのでしょうか?
「お姉さま」
「なんだおー」
「今日は結婚式らしいです」
「およめさんだおーかわいいおーだいすきだおー」
「良いのですか?」
「?」
「マウスさんが他の女性と結婚式を挙げて良いのですか?」
「?」
「だー!かー!らー!マウスさんが今日結婚するのです! お姉さまではなく! 私でもなく! 他の女性と結婚式を挙げられるのです! それを許されているのですか!?」
「ひゃっひゃっひゃっ おこってる! まこちんおこってる! ひゃっひゃっひゃっ」

ダメだ、完全に使い物にならん。

××××

 しかしドーシタもんか洋服が一枚もない。下着もない。靴下さえもない。さっきからパンイチ。おれの洋服が一枚もこの部屋にはない、なるほど俺が洋服なしで外には出れず、ケータイなしで助けも呼べず、ここで式が始まるまで監禁する気だな。
 甘いな。
 洋服? 何それ? 食べれんの?
 助け? 何それ? 美味しいの?
 そんなモンがおれを縛れるはずがない。パンイチ上等!! いやむしろこの状況下になりパンイチで表に出られる最高の理由を俺に与えてしまった! パンイチで外出、何ヤバい、スゲーコーフンする、なになにこのままのカッコで外出ていいの? 神よ、私は今日このような幸福を与えいただいた事に全身全霊感謝します!
おれは立ち上がりベランダにパンイチのままで出てタバコに火をつける。ベランダの下の黒服達が軽く会釈する。いやー君達この幸福を与えてくれてありがとう! 感謝しちゃう! おれっち感謝し過ぎてサービスしちゃう! おれは最後の布切れを脱ぎ産まれたマンマの姿で仁王立ち、ジュニアも仁王立ち、どうよ!ってなもんだ。
 おれは咥えタバコのまま部屋に入りそこで運命的な出会いをした。今まで君に気がつかなくてごめん、そうだよね、いたんだよね、ごめんね、おれの目が曇ってて、俺の目が常識なんかっていう下らない物に取りつかれてて、君の本質が見抜けなかっただけだよね、でも気がついた、やっとわかった、おれと君の運命が繋がった。
 待たせててごめんね。
 待たせたぶん愛するからね。
 心の底から君を受け入れるからね。

 おれの目の前には、ハンガーに掛けられたマコチンの鷺山女学院中等部の制服があった。

××××

 お姉さまは寝てしまいました。酔いつぶれて。私は一人この耐えがたき苦痛の空間の中にいます。話し相手もいません、怒りをぶつける矛先もありません、怒りが私の中で渦を巻いて大きくなっていくのがわかります。
 私、このままでは、怒り死にそうです。

××××

 こりゃ難しい、何よりマコチンガリガリ過ぎ、スカートのウェストのファスナが全然あがんない、仕方がないここはガムテで補強で乗りきろう。ブラウスの前が全然しまらない、ここは開けっ放ししかないか。上から黒の鷺女指定のカーデガンをムリクリ着て黒のハイソックスは小さくて全然はいんないからマコチンの全く似合ってなかったからガンムシしてたら履かなくなった黒ニーソを履いてこれで完成。鏡の前に立つ、ウーンマンディム、髭がいけないか、髭を剃ろう。おれは洗面台の前に立ちそこでまた運命の出会いをする。
びがろからネーネにプレゼントされた化粧道具一式。
 神よどこまで私を試せば気が済むのですか!

××××

 あーダメだ! 私は立ち上がり控室のドアをノックします。
 コンコン
「どうかいたしましたか?」
「少し外に出たいのですが」
「ここから御夫人がたを出さないようにするのが私の仕事です」
「お姉さまが酔い潰れて転倒し、頭を打って気を失いました。出来ればお医者様に来ていただきたいのですが」
「…………」
「急を要すると思うのですが」
「…………今開けます」
 ドアがゆっくりと開いていくのに合わせて私は全速力で隙間に滑り込みます。こんな時は小さい体が役に立ちます。
「待て!」
 待つはずがありません、全速力、全速力で走って私は式場を出てホテルを出て山下公園に逃げこみます。
 ふーここまでは追手も来まいて、草むらにしゃがみこみ一息つこうかとした時です。
「マコチン?」
「え? マウスさん? !!!!!!!!!!!!!!!! マウスさん!!」
 そこにはしゃがみこみ肩で息をするマウスさんがいました。

私の制服を着て。

バッチリメイクで。

××××

 よし完璧! 完璧鷺女! いやー憧れの鷺女にお近づきなりたいなりたいと思春期には渇望してたけどそうだよ! 自分でなっちゃえば良かったんだよ! いやースゲー鷺女、スゲー満足、ホントに真理は遅れた頃にやってくる。でも真理に出会えてよかった! 真理サイコー! 鷺女サイコー! さー逃げますか。
 おれは開けっ放しのベランダの窓に向かって猛ダッシュ、ジャンプ一発アパート二階の我が家から飛び出る、着地、俺を監視してるベンツの天井に。転がるように車の天井から下りてもとい落ちてマタマタ猛ダッシュ! 追いかけてくる黒服達! ヤバあいつらスゲー足速い、なに?あの走りかた、T2000? 伝説の快速カール君? ヤバいこのままじゃ追いつかれる! そんな時おれは一台の原付にはねられる。
「きゃあああああああああああ!!!!!!」
「いでえええええええええええ!!!!!!」
「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!? !! 女子高生!? じゃない!?」
 あたふたするおばはんの原付を立たせておばはんを乗せてケツにおれがしがみつく。
「それじゃーおばはん! 行けるところまで! アクセル全開で! いってみよー!!」
「なんでですか! なんで制服なんですか! 女装なんですか! 変態ですか!? 変態さんなんですか!? たすけて! たすけてくださーい!」
「いいからだせババー!」
おれは後からハンドルを握りアクセル全開ウィリー気味に急発進する!
「たたたたたたたずげてくくくくくくだざいーーーーー!!!!!」
「うるせーババー! 行けるとこまで行くぞ! あ、おれっち海が見たい、バイクであなたの背中にしがみついて海が見たい、うふ、ロマンチックーッ!」
「ゆゆゆゆゆろろろろししししでででででーーーーーー!!!!!」
 赤レンガが見えてきたところでおばはん気絶。チッ! ババーはここまでか! おれはババーごと原付を乗り捨て走って逃げる、赤レンガをこえて象の鼻パーク、大桟橋をこえて山下公園に入ったところで追手が増えてる! なんか前からも来てる! なんで!? おかしい囲まれてる!? おれは横っ跳びで草むらの中に飛びこむ。
「マコチン?」
「え? マウスさん? !!!!!!!!!!!!!!!! マウスさん!!」

××××

「何してるんですかこんなところで! なんで私の制服を着てるのですか! なんでバッチリメークなんですか! 説明してください!」
「いーからマコチン大声ださないで! 逃げてんの! おれっち逃げてんの! 大声だすとばれちゃうの! もろもろはおいおい! おいおい説明するからここは耐えて! いいから大声ださないで!」
「誰から逃げているのです?」
「そりゃーおれを結婚させようという奴からだわ」
「なるほどマウスさんは今日結婚式を挙げたくはないと」
「そりゃそうでしょ! なんで結婚? おれっちまだまだ思春期なの! 羽ばたきたいの! 自由な青い空に羽ばたきたいの! フリーバードになりたいの! 結婚なんてしたくないよー」
「ふむふむ、なるほど、ここは利害が一致しているようですね」
「え? たすけてくれるの?」
「任せていてください。ここは私が犠牲になり捕まります。そして時間を稼ぎます。その間にマウスさんは地の果てまで逃げてください、いいですか、地の果てまでですよ、もし捕まったら、私、この拳で、マウスさんを、いや、そんなマウスさんの真っ赤な潰れた完熟トマトみたいな頭見たくない、私は見たくありませんし、そんなことしたくはありません、逃げてください、命をかけて」
「は! はい!」
「すいませーん、私はここにいまーす、今出て行きまーす、ちょっと待っててくださーい」
「あっいた! よかったー、いきなり逃げだしたりしないでください、もう式まで時間がないのですから」
「すいません、少し外の空気が吸いたくなって」
「ホントにもう、あ、それとフェイ様を見かけませんでした? 何やらこの公園に逃げこんだらしいのですが」
「あーマウスさんでしたらさっき海に飛びこんで千葉方面にクロールしていきましたよ、ピーナッツ! ピーナッツ! 叫びながら泳いでいたので間違いなく千葉に行く気だと思います」
「そうですか、では行きましょう。着替えていただきませんと」
「着替える? 何にですか?」
「そりゃー決まってるでしょうウェディングドレスです。あれ? 白無垢のほうがお好みでしたか?」
「誰が着るのですか?」
「アナタでしょう。今日はまず第一夫人の結婚式をして、次に第二夫人であるアナタの結婚式をして、それから第三夫人の結婚式をします。あたりまえのことでしょう。物事には順番があります。長男より先に次男が産まれるはずがありません。第一夫人より先に第三夫人が結婚式を挙げるわけにはいかないのです。なので時間がありません、なにせ一日に三回結婚式を行うのです、お急ぎください」
「質問なのですが」
「なんでしょう?」
「式に花婿が来なければどうなりますか?」
「そんな式出来るわけないではないですか」
「花婿が捕まらないと私は式が挙げられないと?」
「当たり前です。しかしフェイ様、千葉ですか、捕まえられるかどうか……」
「ここにいます!」
「へ?」
「ここの草むらの中にいます!」

××××

 あのジャリ裏切りやがった! おれは草むらから飛び出たところをマコチンに髪の毛ワシヅカミにされ地面に顔面をオモカス叩きつけられる。
「早く! 確保! 確保!」
 ジャリマジスゲー力、体が全く動かない。おれは黒服達に捕縛され後ろ手で手錠をされ口にはSMとかのボール型のサルグツワされて引きずられていく。
 そんなこんなでおれは結婚式会場、ヨコハマ・グランドホテルに連れこまれる事となる。
これが狂った今日の始まり。狂った面白くもなんともないお話の始まり。おれの人生最悪の日の始まり。
バッドデイの始まりだ。

××××

結婚式、ウェディングドレス、今日は私の最高の一日になりそうです。



MAKOTO’s Turn End
Next Turn NE-NE




<<第2話はこちらから>>

※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

ファンダ・メンダ・マウス2 (このライトノベルがすごい!文庫)ファンダ・メンダ・マウス2 (このライトノベルがすごい!文庫)
著者:大間 九郎
販売元:宝島社
(2011-03-10)


http://konorano.jp/
http://award2010.konorano.jp/
http://twitter.com/konorano_jp/