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【4 MITSUKI’s Turn】
-可愛いルナ、意地悪なルナ-

AM11:15/来賓者控室
 私は心の中で、恋する人を「マウス」と呼んでいる。
 言葉に出して呼ぶ時は「マウスさん」、心の中で呼びかける時は「マウス」。
「マウスさん」ではなく「マウス」。
 それが私の秘密。私の秘密、私だけの秘密。そして今日は憂鬱。
 今日は恋するマウスの結婚式なのだ、気分も憂鬱になるのは当たり前だ。当たり前の事なのだ、恋しているのだから。
 しかし結婚相手は優しいマウスのお姉さま、そして私の友人、まこと。
マウスはまことの幼いころからの憧れの人であり、灼鼠(しゃくそ)であり、白馬の王子様なのだ。彼女がこの時をどれだけ望んでいたか私にもわかる。まことは恋を成就させようとしてるのだ。私はそれを指を咥えて見ているだけ。
 祝福する気持ちはある。おめでとうと言いたいと思う。でもそれは心からなのか、本心なのか、それとも違うのか、私にはわからない。
 私は彼女の事が大好きだ。私はつい先日まで泥の中にいた、そして私は彼女を泥の中に引きずりこもうとした。それでも彼女は笑って一緒に泥の中に入ろうとしてくれた、彼女は言った。
「私が辛い時、美月さんが助けてくださいね。私は美月さんを助けられないかもしれないけど、一緒に苦しむくらいは出来ると思います」
 彼女は笑顔でそう言った。
 私は彼女に対して胸いっぱいの感謝と、身体いっぱいの懺悔の気持ちがある。
でも、それと、恋とは、少し違うのだ。
「ふぅ」
 溜息が出る。
 こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか? 鷺山女学院中等部の合格発表の時? ハイジャンのジュニアハイスクール全国大会当日? こんな気持ちが私の中にまだあったなんて驚きだ。こんな子供のような我儘な気持ち、地震や災害がきて今日が無茶苦茶になればいいなんて、大津波がきてそれどころじゃなくなればいいなんて、そんな気持ちが。
私は意地悪な女だ。
 マウスはこの結婚を望んでいるのだろうか? 以前満の店で今日の結婚式の話がでた時、私は勇気を出して「第四夫人」を主張したがあれは冗談ではなく本心なのだ。マウスは今日の結婚式を望んでいるのだろうか? 望んでいるとしたら、少し悲しいし、望んでいないとしたら、少し嬉しい。

 私はなんて嫌な女なのだろう。
 こんな事ばかりを考えていても仕方がない、式場の中は準備で大わらわ、まこととマウスのお姉さまには会う事が出来ないらしい。一緒にきた満は少し前にどこかに消えた。気分転換に外にでもでよう。マリンタワーの下でお茶でもしよう。どうせココにいても話し相手はいないし、気分は鬱々としていくだけだ。まだ式が始まるまで時間があるだろうから、マリンタワーの裏のセレクトショップでものぞいて、お茶を飲もう。
 私はヨコハマ・グランドホテルのロビーをでて、ホテルの前の道をゆっくり歩く。
 今は七月、ジューンブライドではない。それで良しとしよう。
 そんな事を考えながら一人歩く。
「美月さん」
「あっ満さん」
 満が地下駐車場の入口に立っている、何をしてるのだろう? 大きな段ボールを台車に乗せて。
「美月さんどうしたの? こんなところ一人で」
「お茶でもしてこようかと」
「一人で?」
「まこともお姉さまも控室からでられないようですし。私はその二人以外、知り合いがいませんので……」
「そうね、一人にしてごめんなさいね」
「いえ、気を使わないでください」
「美月さん、今、ひま?」
「ええ、ひまでお茶をしにいくところなので」
「そうよかった、私、今、凄く困ってるの。出来れば手を貸してほしいのだけど」
「分かりました、お手伝いします」
「よかった!」
 満が笑顔を見せる。美しい笑顔、青磁のように美しい笑顔、私はこの人ほど美しい人間を知らない。この美しい人間はどう思っているのだろうか? 今日のこと、この人はどう思っているのだろうか?
 この人はマウスのことを心から愛している。いや、もう愛なんてものじゃない、愛情なんて生易しいものじゃない、私は知っている、この人はマウス以外何も大切なものなんかない。
 マウス以外に価値を見出していない。
 マウス以外の何にも興味がない。
 マウス以外が死に絶えても涙一つ流さない。
 この人の世界はマウスだけ、それ以外は瑣末なおまけなのだ。
 誰も、何も、私も、そして世界も。
 この人は今日をどう思っているのか? 今日の式を、マウスの結婚を。
 聞いてみたい、でも聞けない。聞いても仕方がない。
 この人の感情は愛、私の感情は恋、きっと答えは違うはずだ。
 満は台車を押し、ホテルのロビーに入り、受付で部屋を一つ借り鍵を受け取った。
 台車を押す満、それにつき従う私。
「あの、満さん」
「何? 美月さん」
「こんな事言ってなんなのですが……」
「ん? 何?」
「あの、その、そのですね、その段ボールですね、そのですね、」
「凄い臭いでしょう」
「……はい」
「仕方がないの、中に入っている物が凄い臭いを発してるから。ごめんなさい、でも少し我慢しててね美月さん」
「はい、私はいいのですが……この中身、何に使うのです?」
「そうよね、気になるわよね。でもここでは開けられないから部屋についたら見せてあげる。見せないと手伝ってもらえないし」
「はい」
 私と満は部屋の鍵を開け、中に入る。

××××

「それじゃ今からこの箱開けるけどびっくりしないでね」
「(ごくり)はい」
「御開ちょー」
「あっ! マウスさん! なんで制服!? 鷺女の制服!? あっ! これまことの制服! なんでまことの制服をマウスさんが着てるんですかー! なんでですかー!」
「私に聞かれても困るわよ、私が会った時にはもうこの格好だったし」
「あっ! よく見たら凄い真っ黒! 落雷にあったみたいに真っ黒! あたま雷様みたいにクリクリ! マウスさんに何があったんですかー!」
「そんなことよりノーパンよ」
「ぽっ」
「そのうえ脱糞よ」
「あーだからこの臭い」
「そうなの、このままじゃ式に出られないでしょう? それにマウスの制服脱糞姿他の人には見られたくないじゃない? だからここで綺麗にしようと思うの。手伝ってくれる?」
「お、お風呂に入れるのですか?」
「そうね、それ以外じゃ綺麗になりそうにない汚れ具合だから」
「やります! やらせていただきます!」
「それじゃまず、マウスをシャワールームに運びましょう。着ている物を全て脱がせましょう。気をつけてね、凄い感じで飛び散ってるから」
「はい」
「それじゃ脱がせましょう。下半身は私が受け持つから、上半身は美月さんお願い」
「はい……あのーこれはどうすれば?」
「あ、サルグツワ。後ろのベルトを外せばいいの」
「はい……あのーこれは?」
「あ、手錠。はい鍵、よかったわ失神してる黒服が鍵を持っていてくれて」
「はい……! 体中に拷問を受けたような傷が!」
「あ、それは昨日のプレイの名残だから気にしないで」
「で、でもこの鞭で叩かれたようなミミズ腫れは!?」
「きっと鞭で叩かれたのよ」
「で、でも縄で拘束されていたような内出血は!?」
「きっと縄で縛られてたのよ」
「で、でもこのろうそくか何かを押しあてられたような火傷は!?」
「きっとろうそくか何かを押しあてられたのよ。そんな事言ったら下半身はもっと凄いんだから、すでに調教済みなんだから、気にしないでいきましょう。それが優しさよ」
「はっはい」
「それじゃお風呂に入れましょうか」
「はっはい!」
「その前に美月さん」
「なんですか?」
「今日は制服なのね」
「はい、私結婚式に着ていくような洋服は持ってないですし。学生ですからこんな時は制服かと」
「言ってくれれば用意したのに」
「すいません、でもこれがいいかと」
「うーん、そうね、こうしましょう。このままマウスをお風呂に入れると私と美月さんの洋服は濡れてしまうわね」
「そうですね誰かをお風呂に入れるのは初めてですし、きっと洋服は濡れてしまうと思います」
「濡れた洋服のままでは式に出られないわ、マウスを綺麗にしたら二人でマリンタワーの裏にあるセレクトショップに行って洋服を買いましょう。あそこは大きいし、老舗だし、インポートだからそれなりにはなるでしょ。前から気になっていたの、貴方、洋服全然持ってないでしょう。いい機会だわ、今日は貴方に好きなだけ洋服を買ってあげる。式場で一番可愛らしくしてあげる。誰よりも、花嫁よりも、それがいいわ」
「そんな、洋服にはあまり興味がありません。それに結婚式で花嫁以外が目立つなんて、それはよくないことです。気兼ねしてしまいますし」
「いいのよこんな結婚式。まったく、面白くもなんともないわ」
「面白くないのですか?」
「そうよ、面白いはずないじゃない」
「マウスさんの結婚式だからですか?」
「そうよ、それ以外に理由がある?」
「い、いえ」
「何ニコニコしてるの? おかしな子」
「いえ、なんでもないです」
「それじゃお風呂に入れましょうか」
「はっはい!」

××××

 うん体がぬくい、スゲーぬくい、体中にぬくさひろがってマジ天国。天国? 何ここ天国? もしかして彼岸? おれっち彼岸でぬっくぬく? いや彼岸はまずいだろう、彼岸に行っては何もできない、来週強引に取ったキャサリンさんのプレイまではなんとか生きていなくては、キャサリンさんに悪いし、予約とばすの悪いし。おっ、肩口にフワフワした感覚、何これスゲー気持ちいい感覚、雲? 天国だけに雲? いやマシュマロ? ベタだけどマシュマロ? いやこの感覚はおれが最もこの世で愛していて、きっと世の男性達が最も愛している物、そう、それは
「おっぱい!!」
「ひゃー! マ、マウスさん!」
「あれ美月さん? ココで何してんの? あれなんでおれ裸!? 美月さんなんで制服!? お風呂なんでアワアワ!? まだプレイは続いてんの!? 学園プレイは続いてんの!?」
「ママママママウスさん! 前! 隠して前!」
「うろ!? 前隠して何すんの!? やっぱり後ろ狙い!? アワアワでヌルヌルだけど後ろに何か入れる時はローションを使ってください!! 無理なので!! 直にとか無理なので!!」
「マウスさん前! ホントに前!」
「前!? うわスゲー事になってるおれの前! 何こんなにおっきくなった事ないんですけど! 何この膨張率!? このまま破裂すんの!?」
「隠して前! 前隠して!」
「やっぱり後ろ狙い!? けっこう太いのまで入りますから楽しんでください」
「マウス、美月さんに自分の変態的趣味を押しつけるのはやめなさい。純なのよ。初(うぶ)なのよ。真っ白なの。マウスのサイケデリックな性欲では美月さんには荷が重すぎる。受け止められる女性はこの横浜ではキャサリンさんぐらいだわ」
「ミチルちゃん! なんでビジョビジョ!」
「貴方をお風呂に入れたから」
「美月さんもビジョビジョ」
「マウスもうビジョビジョって言いたいだけでしょう」
「うん言いたいだけ、ミチルちゃんがいるってことは結婚式には出なくちゃいけないってことだよね」
「そうよマウス、今、着替えを持ってくるわ」
「マジ出なくちゃダメ?」
「出なくちゃダメ。お仕置きの意味もあるけどそれよりマウス、今逃げても必ず捕まえられてかならず式を挙げさせられるわ。それなら今挙げちゃえばいいじゃない、式を挙げるだけ、それ以外何も変わらないのだから」
「まーそーなんだけどね」
「マウスさん結婚式が嫌なのですか?」
「そりゃイヤでしょ、おれっちフリーバードなの! 自由の青い鳥なの! 鳥かごになんて収まってらんないの! 待ってるの! ヘンゼルとグレーテルらしき美女たちが待ってんの! 飛び立たないわけにはいかないでしょー」
「マウスさん、ヘンゼルとグレーテルではお菓子の家になってしまいます。そこはチルチルとミチルです」
「あらミチルちゃん出てきた」
「それじゃあ私の家の鳥かごに一生入っていてくれるマウス?」
「なんでミチルちゃん青い鳥だよ! 飛び立ちまくるに決まってんじゃん!」
「マウスさん、青い鳥はチルチルとミチルの家の鳥かごで発見されるのです」
「うわ結構飼いならされちゃってんじゃん」
「飼いならしてあげる。私、キャサリンさんに色々教えてもらうから」
「もうキャサリンさんの事は言わないで!」
「それではマウスさんは結婚は嫌だと?」
「そうなの美月さん! おれっちをココから連れだして!」
「行きましょう美月さん、こんな男に関わっても良いことなんか一つもないわ。こんな変態、ほうっておいて私たちはシッピングに行きましょう。洋服、好きなだけ買ってあげる。マウス、すぐに着替えを持った華僑の人が来るから言う事を聞きなさい。どうせ逃げても捕まえられるんだから」
私は満に手を引かれ部屋を出ていく。
 満は結婚を快く思っていなかった。私と同じだ。
 マウスは結婚を嫌がっていた、それじゃこんなのただの儀式だ。
 私は笑顔になってしまう。
 なんだ、結婚式があったて何も変わらないではないか。
 気にしていてバカみたいではないか。
「満さん」
「何、美月さん?」
「私、式場で一番目立てますかね?」
「きまってるでしょ、私が一番にしてあげる。美月さん、美しいお月さん、可愛いルナ、意地悪なルナ、私がアナタを月の女神ルナより美しくしてあげるわ」

 私は今日、月の女神になって花嫁に意地悪する事にした。



MITSUKI’s Turn End
Next Turn KIMBERLEY






※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

ファンダ・メンダ・マウス2 (このライトノベルがすごい!文庫)ファンダ・メンダ・マウス2 (このライトノベルがすごい!文庫)
著者:大間 九郎
販売元:宝島社
(2011-03-10)


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