mouse_top

【5 KIMBERLEY’s Turn】
-緩やかな自殺-


PM01:30/キンバリー・マァ/結婚式場 控室
 私は今夢の中にいる。美しい夢。どのように美しいかは説明出来ない。でも美しい夢。
夢が美しすぎて、目を覚ますことが出来ない。
 私は今夢の中にいる。美しい夢。でも本当は美しくない夢。ただ夢の中にいたいだけ。
「キム、そろそろ起きてください」
 私を起こす声が聞こえる。
「キム、そろそろ式が始まりますよ」
 私を起こす声が聞こえる。
 夢からは覚めたくない。ずっと夢の中にいたい。
「キム」
「キム」
 夢から覚めたくない。
「キム、アナタは使命がありここに来たのでしょう?」
 私は目を覚ます。そこは結婚式会場の控室。私は今日結婚をする。
「キム、やっと起きましたか」
「……すいません……兄さま……」
「いいのですよキム、もう式が始まります」
 式が始まる。私の結婚式が始まる。
 私は華僑の王ホァン・コンロンの息子に嫁ぐ。それは家族のためであり、使命のため。
 兄さまのため、お母様のため、そして姉さまのため。
 兄さまと姉さまは素晴らしい結婚をした。お互いが支えあい、愛しあい、慈しみあい助けあう素晴らしい結婚だった。しかし私は結婚相手の顔も知らない。写真では見た事があるがその笑顔を知らない、声を知らない、喋り方の癖を知らない、好きな食べ物を知らない、私を愛してくれるか分からない。
 愛してはくれないだろう。
 愛してくれるはずがないだろう。
 私は第三夫人で、そのうえ子供なのだ。
 花婿は二十五歳で、私は十三歳なのだ。
 愛してくれたとしてもそれは妻に対する愛情とは違うだろう。
 第一夫人を見た。
 美しい人だった。ひまわりのように華やかで、胡蝶蘭のように艶やかで、こんなに美しい女性がこの世にいるのかと思った。
 第二夫人を見た。
 美しい人だった。豹のように気高く、猫のように可愛らしい人だった。
 きっと私は愛されないだろう。
 私は彼女達のように美しくはないのだから。
「キム、アナタは美しいですよ。まるでビスクドールのようだ」
 兄さま、私が美しいはずがありません。
「キム、アナタは美しい、私の妻の次に」
 兄さま、私は姉さまのように美しくはありません。
 姉さまのように美しくはありません、強くもありません、気高くもありません、素晴らしくもありません。私はちっぽけな人形、子供の玩具、飽きられれば捨てられる、ただのビスクドールです。
「行きましょうキム、第一夫人と第二夫人の結婚式は終わりました。次はアナタの番です。別室でフェイ様がお待ちです。式の前にご挨拶をしましょう」
 私は初めて花婿に会う。
 私を愛してくれない花婿に。

××××

「マウスさん! いつまでトイレに入っているつもりですか!」
「マコチントイレのドアけらないで! もう少しで止まるから! 待ってて!」
「昨日からトイレに何回行けばいいのですか!」
「しょうがないの! バルブがバカになってるんだからしょうがないの!」
「どこで何をしてきたのですかー!!!」
「びひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「お姉さまは飲み過ぎです!!」
「びひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「飲み過ぎです!!」
「マコチン大きな声出さないで!! 腹に響く!!」
「いいから早く出てきてください!! さっきの式での事しっかりと説明してください!!」
「誓いのキッスとか無理!! マコチンとは無理!!」
「なんでですか!!」
「だって性的魅力がないんだもん」
「誓いのキスにまで性的感情を持ちこまないでください!! 早く出てきなさい!!」
「出てけるはずないじゃん!! マコチンに殺される!!」
「お前が殺されるような事をしたからだろうが!!」
「まこちん、しなかったんだお」
「うるさい!!」
「わたしはしてもらったお」
「!! マウスさん!! 性的な魅力で差別するのはおかしいと思います!! たゆんたゆんはよくてヒノキの棒はダメとかおかしいと思います!! 抗議します!! 断固抗議します!!」
「ネーネは姉で身内だから違和感がないから出来るの!! それにデコにだし!! 口にじゃないし!!」
「私にだってデコにすればよかったじゃないですかー!!」
「マコチンのデコ怖い!! 頭突きしてきそうで怖い!!」
「私は待ってたのですよ!! ベール上げて! 目を閉じて! 頬を赤らめて待ってたのですよ!! それをなんですか! 一人すたすたバージンロード逆走ってなんの儀式ですか! 異教徒の呪いですか!! 私はその儀式の首謀者であるマウスさんとそれを見て爆笑していた力丸満をこの世から駆逐するまで怒りを納めることはできません!! 二人とも殺します!! 聖なる光で焼き尽くしますよ!!」
「びひゃっひゃっひゃっひゃっ」
「アナタも焼き尽くしますよ!!」
「まこちんこわいおー!!」
「ネーネ! 逃げて!! そのサーベルタイガから逃げて!!」
「こわいおー!! あしがふるえてにげられないおー!!」
「うわ! 男の前だと媚びてる!! お姉さま媚びてる!! マウスさん騙されないでください!! お姉さまは笑顔で老酒ラッパ飲みです!!」
「ネーネ逃げて!! そのベルゼバブから逃げて!!」
「誰が悪魔か!!」
「こわいおー!! あたまからたべられるおー!!」
「うわ! なぜか脱いでる!! セクシーアピールしようとしてる!! マウスさん騙されないでください!! お姉さまは結構な腹黒です!!」
「ネーネ逃げてー!!」
「こわいおー!!」
「早くトイレから出なさーい!!」

××××

「ココからは一人で行ってください」
 花婿の控室前、兄さまは張りついたような笑顔で私に言う。
「私はこの先には入れません。キム、ここからはアナタの仕事ですよ」
「……はい……」
 足早に立ち去る兄さま。私は深呼吸をしてドアをノックする。
 この中に私の花婿がいる。私の支配者がいる。私を愛してくれない結婚相手がいる。
「あ~~~い」
 中から可愛らしい声が聞こえてドアが開く。

××××

「あーきんばりちゃんだお」
「……はい……第一夫人……様……キンバリー・マァでございます……」
「ふぇい、きんばりちゃんがきたおー」
「は? 誰それ!?」
「およめさんだおー」
「は? だれの!?」
「ふぇいのだおー」
「は!? あーあーマァさんちのジャリっ子かチッと待っててもらってー」
「早く出なさいこの異教徒が!!」
「まこちん、それだから、ふぇいはでられないんだお」
「なんですか!? 全て私のせいですか!? もういい! もう私グレた! もう知らないんだから! みんな知らないんだから! 私グレますからね!!」
「まこちん」
「なんですか!?」
「たゆんたゆん」
「きー!何おっぱいをゆすってアピールしているんですか!あてつけですか!ヒノキの棒である私へのあてつけですか!許すまじー!」
「きゃー」
「にがすかー!」
 ばたばたばたばた
「あーあのクソジャリいなくなってやっとこさトイレからでられるわいってところでオマハンがキンバリーちゃん?」
「……はい……」
「オス!オッチャンマウス!これからはマウスって呼んでね!」
「……はい……フェイ様……」
「ウヲなに今のノリ突っ込み的な? 一人ボケ落とし的な? おれのボケを完全にボケでキャンセルした的な? ウーンオマハンやるねー」
「……はい……フェイ様……」
「お前おれといて楽しい?」
「……はい……フェイ様……」
「おれっち体が柔らかくて自分で自分のをハムハムすることが出来ます!」
「……はい……フェイ様……」
「極太ディルト!!」
「……はい……フェイ様……」
 おれはこのクソジャリのも両ホッペを摘み左右に伸びるだけ伸ばす。
「痛いか?」
「……ふぁい……ふぁいふぁふぁ……」
「痛いんだな?」
「……ふぁ……ふぁい……ふぃふぁふぃふぇふ……」
「あ!? 今なんつった!?」
 おれは両腕に力を入れる、ジャリのほっぺたが左右に二倍は伸びる。
「ふぃふぁふぃ!! ふぃふぁふぃふぇふ!!」
「痛いか!?」
「ふぁい!!」
「おれはホァン・フェイタン。今日はおれとお前の結婚式がある。でもお前が結婚を望まないならおれがなんとか言いくるめてこの話なかったことにしてやる。お前はどうしたい? お前はどう生きたい? どのように生きて? 何をしたい? お前はまだジャリだ、こんなクソみたいな結婚でお前が悲しむ事はないんだよキンバリー・マァ、どうしたいキンバリー・マァ? おれがお前の思うとおりにしてやる」
 おれはジャリのホッペから両手を離す。
「どうしたい?」
「……私は……」
「ん?」
「……私……私は……」
 私には成すべき事がある。私には果たさなければいけない約束がある。私にはここにいる理由がある。
 花婿は私に逃げるチャンスをくれた。全て私が思うとおりにしてくれると言った。私はいつも命じられるままに生きてきた。誰かの顔色を見て、誰かの機嫌を見て、誰か、誰か、誰か。私は誰かに決めてもらわないと生きていけない。
 でもこれは違う。私には成すべき事がある。兄さまのため、お母様のため、そして姉さまのため、私は望んでここに来たのだ。
「……一緒にいさせてください……」
「それがお前の望みだな? テメーのオツムで考えてだした結果だな? 誰にも媚びてないな? 誰も背負ってないな?」
「……はい……」
「それならば俺と一緒に暮らそうキンバリー・マァ。結婚とか夫婦とか関係なくおれと一緒に暮らそう、お前にはそれが一番いい感じがする」
「……ありがとう……ございます……」
 フェイ様は優しく微笑む。お優しい笑顔で、兄さまの張りついたような笑顔とはまるで違う、心溶けるような笑顔で。
 
 私には成すべき事がある。私にしか出来ない事がある。でもこれは本当に自分の意思でおこなっている事なのだろうか? それはわからない。でも一つだけわかる事がある。フェイ様、私の支配者フェイ様、フェイ様は自分で選べと言ってくれた。私に選ばせてくれた。私を尊重してくれて、私の出した答えに従ってくれた。
 こんなお優しい方とは思わなかった。
 こんな心引かれる方とは思わなかった。
 こんな一緒にいて安心出来る方とは思わなかった。
 一緒にいたいと心から思った。
「……フェイ様……」
「ん?」
「……私は……ここにいて……よろしいの……ですか?……」
「お前さそんな事は自分で決めんの、どこに行くか、どこにいるか、誰といるか、何をするか、それは全部自分で決めんの、誰かのためとかそりゃ逃げだぜ、誰かは関係ない、自分がしたいからやる、自分がいたいからいる、責任は自分が全部とる。ソーユーもんだぜ」
「……それでは私を……お傍に……置いてください……」
「いたいだけいな、いたくなくなったら出ていっていいし、また帰ってきたっていいんだ、俺だってそうしてる。ようこそキンバリー・マァ、今日からお前はおれの家の住人だ」
「……ありがとう……ございます……キムは……嬉しいです……」
「うん今日からお前はキンバ、キムってなんか言いにくい、今日からお前はキンバ」
「……はい……フェイ様……」

××××

PM02:00/結婚式場入口
 私はウエディングドレスを着てチャペルの入り口の前に立っている。牧師の前には私が一緒にいたいと思えた、初めて選んだ、私に選ばせてくれたフェイ様が待っている。
 あそこに早く行きたいと心から思う。
 フェイ様の近くに行きたいと心から思う。

 チャペルの入口が開く。

 私はゆっくりとフェイ様の元に向かう。

 チャペルの中にパイプオルガンの調べが響く。

 聖歌隊の歌声が響く。

 チャペルの中にどよめきが起こる。

 フェイ様が私に優しく微笑んでくれている。

 私は歩む。

 ゆっくりと歩む。

 ゆっくりと、ゆっくりと、私は自殺していく――。





KIMBERLEY’s Turn End
All Turns End



××××

人生は続く、人生は止まらない、人生に終着駅なんかないしあったらそれは死だ。おれは今日三人の嫁さんをもらい、三人の人生を背負った。最悪だ、人生なんか自分の分ですらコントロールできてないのに。おれの人生にはブレーキがない、ブレーキをかけるって事は死を引き寄せるってことだ、転がり続けて、転がり続けて、おれは生きて生きて次の物語を続けていく。だからロンとのくそったれたしみったれた約束から最悪の一日がおれに訪れたようにこの最悪の一日からまた新しい物語が産まれる。物語はおれの物だけではない、誰の頭の上にも嫌なほど降り注ぐ、たとえばキンバの頭の上にも、たとえば美月さんの頭の上にも。
人生は続く、物語も続く。止まらない、止められない、おれたちはマグロと一緒だ。
泳ぎを止めたら死ぬのだ。









『ファンダ・メンダ・マウス1.5 バッドデイ』
Crank Up!






『ファンダ・メンダ・マウス2』
トラディショナルガール・トラディショナルナイト

ACTION!!





※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

ファンダ・メンダ・マウス2 (このライトノベルがすごい!文庫)ファンダ・メンダ・マウス2 (このライトノベルがすごい!文庫)
著者:大間 九郎
販売元:宝島社
(2011-03-10)


http://konorano.jp/
http://award2010.konorano.jp/
http://twitter.com/konorano_jp/