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【2】

「なんでこんな事になったの? まこと、説明して」
「私だって分かりません! 何がどうなってこんな事になったのか……」
「……ステフは知らない……では…………」
「待ってステファニー。あなたも同罪です。あなた達二人で連れて来てしまったのでしょ?」
「……ステフは……知らない……」
「言い訳はだめ。まこと説明して」
「いや……説明と言われても……」
「ではステファニー説明して」
「……私……悪くない……」


 朝の校内中庭、ほとんどの生徒がもう教室に入り来週の文化祭に向けて準備に励んでいる。そんな校内、人目につかない静かな中庭に生徒が四人。
 おろおろするだけで、全く話が要領を得ないまこと。
 涙目で何とか逃げようとするステファニー。
 呆れながらなんとか事を収拾しようとする美月。
 そして美月の替えの制服を着て、ベンチに座り、校則違反の「クーリッシュ」を渾身の力で吸い込んでいるネーネ。

「なんでお姉さまが此処にいるの!」


―――朝、アパート、「霞荘」
 美月が出ていった部屋にはまだパジャマ姿のまこととステファニー、そしてネーネ。
「ステファニーちゃんそろそろ着替えて行きましょう。私たちも学校に行かなければ」
「……後……少しだけ……寝たい……」
「遅刻すると美月さんに叱られますよ」
「……今日……フェスの準備だけ……遅刻……バレない……」
「バレます!」
「……バレない……いなくてもバレない……」
「確実にバレます! 先生にバレなくっても美月さんには必ずバレます! 早く着替えなさい! ステファニーちゃん一人で電車に乗れないじゃないですか! このままでは私も遅刻してしまいます! 道連れ遅刻です! 過失も失態も無いのに遅刻してしまいます! 置いていきますよ!」
「……まこと……意地悪……」
 ステファニーが寝ころんだままパジャマを脱ぎ、カーテンレールに掛けてある自分の制服に転がって接近する。
 まこともパジャマを脱ぎ、制服に着替える。今日はクラスの出し物作りに参加したあと刺繍クラブにも顔を出してフェスで展示する作品を仕上げなければ。
「まこちん、すてふ、もういくの?」
 ネーネがパジャマのまま寝転がり、大好きな「アイスの実」を両頬にハムスターのように詰め込んでいる。
「はい。今日はフェスの準備で少し遅くなるかもしれません」
「え~つまんないお~みんなこのごろおそいお~」
「すいません、ですがフェスが明後日から始まりますので今が追い込みなのです」
「え~すてふわ~?」
「……私は……一人では……帰れないので……遅くなるはず……」
「え~このごろつまんないお~」
「……私も……行きたくない……」
「なにを言っているのです! 早くしないと本当においていきますよ!」
バン! バン! バン! バン!
「まこちん! ゆかはだめ! い、いえがこわれるおー」
「…… ! ……怖い……」
「はっ! 早く着替えなさい!」
 ステファニーが恐怖により今まで見せたことのないようなスピードで立ち上がり、神速で制服を着始めた。スカートをはきストンとスカートが落ちる。シャツを着るがブカブカ。
「……私……痩せた?……」
「痩せていません! 元々ガリガリです! それは美月さんの予備の制服です! 早く自分のものを着なさい!」
ステファニーは美月の制服をハンガーに掛け自分の制服をハンガーからはずし、身につける。
 そのときネーネの眼孔がキラリと光ったことに気がつかなかったのは、まこととステファニーのこの秋一番の失敗であり、後々二人を後悔のどん底に叩き込むことになる。
 スカートに半袖シャツ、薄手のベスト。黒のニーハイソックスをはき、器用に髪の毛をツインテールにする。髪の結び目には大きな黒レースのリボン、リボンとニーハイは校則違反だが宗教上の理由と学校側を無理クリ納得させた。首から大きなロザリオを下げる。コレで完成。大好きなゴスからほど遠いが、仕方がない。本当に学校は嫌い。大好きなゴスができないから。
「……着替えた……行ける……」
「わたしもおわったお~!」
「お、お姉さま! 何故美月さんの制服を着ているのです!」
「いくお~! がっこいくお~!」―――


「そのまま連れてきたの? なんで連れてきたの? 二人はお姉さまが学校に来ることをおかしいなーとか、いけないことだなーとか思わなかったの? 私に電話するとか、マウスさんに電話するとか、何かしら方法はあったはずなのに何も考えずここまで連れてきたの? なんでそんなことが出来るの!」
「すいません……」
「……ステフ……悪くない……」
「悪い、悪くないじゃありません! 謝って済む問題でもありません! どうするの! この状況!」
「助けてください美月さん。もう私たちではどうにもできません」
「……美月……助けて……」
 コメカミに穴があくほど右人差し指を押しつけ、眉間にフィヨルドのようなシワを寄せ、美月は瞳を閉じた。
 これ以上叱ったところで何か進展があるとは思えない。これ以上はただの虐めだ、愛する家族を虐めるわけにはいかない。もう怒鳴るのは止めよう。それよりもこの先の事、今この状況を何とかしなければならない。
 もうこの時間校門は閉まっている。
 警備員がいるため、特別な許可がないと生徒は校門の外には出られない。今日は授業がなく一日フェスの準備だから下校時間は一番早い生徒で三時。
 三時までは校門を出ることは誰一人できない。
 買い出しなどの生徒に紛れて外に出ることはできないだろうか?
 まず無理だ。外出には生徒一人一人に担任の許可証が必要、お姉さまには担任がそもそもいない、許可証を書いてくれる人がいないのだ。
 どこからか抜け出せないだろうか?
 これも無理だろう、この学園は外部からの進入者に対する防御機能が高水準で完備されている。外から入れないのだ、中からも出られるはずがない。
 もうこれ以上何も思いつかない、アイディアの欠片も出てこない。八方塞がりだ。外に出るプランはカットオーバーせねば……………
 美月の思考は高速回転で回り続ける。いくつものプランが浮かんでは自ら否定し消去していく。
 何かないのか何か! この状況を打破できる妙案はないのか! このままではお姉さまが見つかってしまう。お姉さまが見つかれば私たちの生活が学園中に露見してしまうかもしれない。今までのようにマウスや家族達との楽しい生活が送れなくなるかもしれない。それだけは避けなければ。

×××××

 いない、お姉さまがいない。
 少し目を離したすきにどこにもいない。
 まことはこの緊急事態に思考が完全に停止していた。
 あれ? さっきまでここにいて、トイレに行きたいと言っていて、自分がトイレに連れてって、トイレの前で待ってて、あんまり遅いからのぞきにいったらトイレの中には誰もいない。誰一人いない。
 何が起こったのか理解できない。
 イッツ・イリュージョン。はっ! そんなこと言っている場合ではない、探さなければ!このままでは、このままではまた美月さんに怒られてしまう!
「……まこと……お姉さま……逃がした……」
 はっ! ステファニーちゃん!
「……美月に……叱られる……」
 ふらりと立ち去ろうとするステファニー。
 はっ! コイツ告げ口する気だ!
 まことはステファニーの右手をグワシと掴む。
「ステファニーちゃん! 何処に行くのです?」
「……美月のとこ……」
「何しに行くのです?」
「……………………………………………告げ口」
「なななななんでそんな事をするのです?!」
「……まこと……怒られる……ステフ……怒られなくなる……」
「そそそそそんな事はありません! ステファニーちゃんも怒られますよ!」
「……なんで?」
「????なんでですかね?」
「……ふらり……」
「あぁぁぁぁ! 待って下さい!」

×××××

 愛咲はトイレの窓から抜け出し、学園内を散歩していた。太陽の光が気持ちいい、太陽の光はオレンジ。オレンジのオムレツ。紫の花が咲いて良い香り、この香りはライトブルー。ライトブルーのマスカット。生徒たちの笑い声が聞こえて楽しそう、楽しそうはチェリーピンク。チェリーピンクのタイ焼き。犬の足の裏はパープル。パープルのバター。猫の耳はモスグリーン。モスグリーンの綿菓子。
 とても気持ちが良い。
 とてもキラキラして、
 どれも美しい。
 どれも愛おしく、
 どれも愛らしい。
 今日も同じだ。マーマが教えてくれ通り、今日も幸せ。
 愛咲は視力が極端に低い。輪郭は殆ど確認できず、色も通常人間が感じているモノよりも強く感じる。そう、それはまことが大好きな晩年のモネの庭の絵のように。左耳の聴力はほぼ無く、音に遠近感がない。
 愛咲は出産時、低酸素状態が長く続いたため認知能力に障害がある。認知障害。高次脳機能障害とも言う。何が起きているのか分からない、目に見えていてもそれが何なのか分からない、物事を遂行する手順が分からない。その様な障害。
 愛咲にはこの世界が何もわからなかった。愛咲はこの世界から拒絶されていた。拒絶されていることさえわからなかった。しかし愛咲と世界をつないだ人間がいる。マウスと愛咲を育てた女性である。マウス、愛咲の母親である女性は愛咲に細かく、丁寧に、根気強く、愛情をこめて愛咲を教育し、愛咲の人とは違う特殊な認知能力を開花させた。
 色、味、愛、愛咲に認知できるその三つをキィにし、組み合わせ、愛咲に世界を認知させたのである。
 「太陽の光」――色・オレンジ、味・オムレツ、愛・大量。

「花の香り」――色・ライトブルー、味・マスカット、愛・耳の後ろくらい。
「複数の笑い声(若い女性)」――色・チェリーピンク、味・タイ焼き、愛・指四本。

 そして

「弟」――色・極彩色の黒、味・血の味、愛・尽きることのない泉のよう。

 フェイに会いたいな。
 愛咲は思う。
 いつも思っている。
 愛咲の世界はフェイのためにあって、愛咲はいつもフェイのために生きている。
 愛咲は知ってる、フェイが愛咲を大切にしてくれるのはマーマがフェイに愛咲を大切にしろと教えたからだ。フェイは愛咲を見ているようでホントは愛咲の後ろにいるマーマを見ている。いつもそれを感じる。でもいい、フェイは優しいし、愛咲もマーマが大好きだから。愛咲がいなくなったらフェイはマーマに会えなくなる。フェイが悲しむ。
 愛咲はフェイを悲しませたくない。だから愛咲はフェイのために生きる。
 フェイに会いたいな、愛咲はいつも思っている。

 風が吹く、弱い、そよ風。
「そよ風」はパステルイエロー、パステルイエローのチョコミント。
 でもこの風は少し違う、ダークブラウンのレバーが少し混じっている。ダークブラウンのレバーは「驚き」と「戸惑い」の中間。愛咲は感情も色と味と愛で認知している。
「愛咲!」
自分を呼ぶ声、ダークブラウンのレバーが大きくなっている。
「あ! いた! いたよ~ホントに良かったよ~」
 泣きながら駆けてくるマットブラックの椎茸。これは「まこと」。「まこと」の味と色。まことは愛咲に抱きつき胸に顔を埋める。
「どこに行っていたんですか! 心配したんですよ! 良かった~無事で良かった~誰にも気づかれてないですかお姉さま?」
 まことの事も好き。まことは強いけど弱い、暗いけど明るい、いつも元気、元気で大好き。それにいつもフェイを困らせるとこが好き。困った顔のフェイも怒った顔のフェイも大好きだから。
「ばれてないおー」
「そうですか~良かった~」
「このひといがいにわー」
「へ?」
 まことは愛さが指さした方向に振りむく。まこと脳内カメラアングルパーン、スクリーンの背景がショッキングピンクに変わった。一人の女性が立っている。教師なのだろう。この学園の中に制服を着ていない人間は教師ぐらいしかいない。白い肌、真っ赤な唇、美しい黒髪に爆発するようなフェロモン。まことは一瞬で感知した。
 あーこの人お姉さまの何かだ。これほどのフェロモンを出せる人間がお姉さまの何かで無いはずはない。何かで無くこれだけのフェロモンが出せるなら、
 こんなに腹立たしい事はない!


「愛咲!」
 千歳は目の前の光景が信じられなかった。愛咲が会いに来てくれた。
「愛咲!」
 千歳はもう一度叫んだ。今まで呼べなかった名前を。駆け寄る、抱きしめるために駆け寄る。そこに見知らぬ生徒が現れた。
「あ! いた! いたよ~本当によかったよ~」
 見たこともない生徒は泣いている。体が小さい、中等部の制服? なぜこの子が愛咲のことを探していたのか?
「お姉さま! どこにいたのです! 一人でいなくなったら心配するではないですか!」
 お姉さま? 愛咲の妹? イヤ年が離れすぎだろう、では何故愛咲の事をお姉さまと呼ぶのか? 誰? この少女は? それに今気づいたがなぜ愛咲は鷺女の制服を着ているのか? 人違いか? イヤそんな筈はない、目の前にいるのは愛咲だ、叔母として、それぐらいはわかる。
「お姉さま! 誰にも見つかっていませんか?」
「だいじょぶだおー」
「良かった~」
「このひといがいにわー」
「へ?」
 少女が私を見る。驚いた顔、美しい猫のような瞳、その瞳に憎しみとも怒りとも取れる感情が浮かぶ。
「貴方はお姉さまの何かなのですか?」
 少女は守るように愛咲の前に立ち、両手を広げる。
 気高いビッグキャットの目。
 獰猛な捕食者の目。
 愛咲を守る、勇敢なガーディアンの目。
 敵意の目。
「貴方お名前は?」
「自ら名乗らない人間に教える名前はありません!」
「まこちんだおー」
「お姉さま! この緊迫した状態で個人情報を漏洩しないでください!」
「かわいいなまえだおー」
「今そんな事は関係ないのです!」
「おこるとこわいおー」
「怒らないでか!」
「こわいおー」
 すごく二人仲が良い。まるで本当の姉妹のようだ。そして話に取りつく島もない。
「私は宝 千歳、学園高等部で教師をしています。豊島美月さん知っていますか? あ、今は力丸美月さんですが。私は力丸美月さんのクラスの担任をしています」
 ごめんね美月さん。でもこの学園で美月さんを知らない生徒はいないし、下級生にはこの言葉殺し文句なの、許して美月さん。
「みつきのせんせいだおーまこちん」
「え! 美月さん一言も言っていませんでしたよ! 宝 千歳って朝の手紙の!? 美月さん言ってよ~」
 何やら美月さんとも仲が良いらしい。なんなのだ? 世間は私が思っているより狭いのか? 朝の手紙? 手紙、きっと私が愛咲に宛てた手紙のことだろう、なぜこの少女が手紙の存在を知っているのか?
「あのーまこちんさん…………」
「その名前で呼ばないだください! 私をその名前で呼んでいいのはマウスさんとお姉さまだけです! 私はその名前で呼ばれることを納得しているわけではありません!」
 うわー地雷踏んじゃった。マウス? 誰だ?
「あのーマウスさんて…………」
「ふぇいのことだお」
「あー! またスラスラと個人情報をー!」
「わたしのたからものー」
「お姉さまだけの物ではありません! 私の灼鼠でもあります!」
 なんなのだ? 全く話が読めなくなってきたぞ。このハイテンションとユルテンションの応酬を聞いているとそのコントラストに頭がクラクラしてくる。
「あのー愛咲、愛咲は私に会いにきてくれたんでしょ?」
「ふへ?」
 愛咲は可愛らしく小首を傾げ、土手一面の彼岸花が咲いたような艶やかで華やかな笑顔をその顔に浮かべ私を見る。
「ちがうおー」
 違うのかい!
「では何をしにココへ?」
「あそびにきたんだおー、ふぇすたのしみだおー」
「お姉さま! まだフェスは始まっておりません! 今日はまだ準備だと何度も話したではないですか!」
「てつだうおー」
「お姉さまはお客様! 手伝う事などありません!」
「つまんないおー」
「つまる!つまらないの話ではないわ!」
「こわいおー、ぐず……」
「泣けば済むのであれば私だって泣きますよ! 本当に泣きたいのは美月さんに叱られ、ステファニーちゃんに裏切られた私の方です!」
「なけばいいのに」
「なんですかそのイイグサはー!!!!」
 獰猛な肉食獣が愛咲の薔薇色のほっぺたを両手で捻り上げる。愛咲も果敢に肉食獣の可愛らしいほっぺたを両手で抓り上げている。二人とも可愛いだけにこのまま見ていたい気もするがココは止めなければ、大人として、いや教師としてココは止めなければ。
「止めてください! 止めてください! 止めてください!」
 二人を切り離す。泣いてる愛咲をベンチに座らせて、泣いている可愛らしい子猫の頭を撫で、ハンカチを取り出し涙を拭う。
「どうしたのですか? 何があったのです? 先生に話していただけませんか?」
「お姉さまがいけないのです!」
 ビシッと愛咲を指す右手人差し指。
「まこちんがいじわるしたんだお!」
 ビシッと子猫を指す左手人差し指。
「二人とも仲良くしてください。お話は私がいくらでも聞きますから、場所を変えましょう。愛咲のことを学園には知られたくないんでしょう? どうでしょう、私が顧問をしている茶道部の部室が今、開いています。誰もいないはずです。そこに行きましょう。その先のことはそこで考えてはいかがでしょう?」
 子猫が睨む。
「なぜ私たちが貴方について行かなければならないのですか! これは私とお姉さまの問題! 貴方には関係ありません!」
 子猫がにらむ、にらむ。
「いえ、私は、良いようにと……」
 私、タジタジ。
「貴方には関係ありません! それとも貴方はもしかしてマウスさんのことを!」
 だからマウスって誰? 
「マウスさんのことを狙って…………」
 狙う? 何言ってるのこの子? アーウー! 何!? 目が完全にイっちゃってる! いけない! ホントに殺される! 
「いくおー!」
「はい!?」
「わたしいくおー!」
「愛咲!」
「お姉さま!?」
「いっくおー! まこちんこわいし、おねーさんわたしにようがあるんでしょ?」
 お姉ーさん!? 
「いけません! 今以上に異常な状態に私を陥らせないでください! 確かにこの女性は朝の手紙の人物かもしれません、お姉さまの何かかもしれません、でも、それだからこそ、より警戒しなければなりません! ここはまずマウスさんに連絡してご指示を仰ぐことが良いのではないでしょうか?」
「ふぇいにでんわ!」
 愛咲の顔にまた満開の笑顔が咲く。あーフェイって人を愛してるんだろーなー。愛する女の顔だ。美しく、可愛らしく、愛らしく、媚びている、愛する男に向ける顔だ。
「わたしがするおー」
「いえここは私がします!」
「まこちんよく、いるす、されてるおー」
「そんなことはありません! 私がお電話する時タマタマお忙しい事が多いだけでしょう! 変な言いがかりはよしてください!」
 子猫が怒り狂いながら制服のポケットから携帯電話を出し、ダイアルしている。子猫の憤怒の表情が一瞬ゆるみ別の表情が現れる。愛咲と同じ顔、女の顔、愛する人に媚びる顔。あーこの子も愛しちゃってるんだ、同じ人を。
「…………出ませんね」
「ほら、い~る~す~」
「違います! お忙しいのです!」
 あー子猫が泣きそう。
「何かお忙しいのでしょう。きっとそうです。大丈夫です。居留守ではありません。こんな可愛いお嬢さんからの電話を居留守する筈がありません。大丈夫です。ほら泣かないで」
 肩を抱き寄せると子猫はポロポロと大粒の涙を大きな瞳からこぼしはじめた。美しい涙、美しい瞳、猫のような完璧な瞳、真珠のような完璧な涙。
「私ときてはくれませんか? 何もしません。愛咲にも貴方にも何もしません。私は只、愛咲とお話がしたいだけなのです。私は愛咲に話す事、話したい事、話さなければいけない事があり、謝る事、謝りたい事、謝らねばいけない事があります。危害を加えるような事は一切いたしません。どうか私についてきては頂けないでしょうか?」
 涙に濡れた瞳が私を見ている。
 大きな瞳、
 攻撃的な瞳、
 そして可愛らしい子猫のような瞳。
「お姉さまお一人行かせるわけにはいきません。私も一緒に行きます」
 涙に濡れた瞳が私を見ている。
 大きな瞳、
 攻撃的な瞳、
 そして獰猛なビックキャットの瞳。
「お姉さまは天使です。私の灼鼠の天使です。もしお姉さまに危害を加えるような事をしたら」
 スカートを両手でちぎれるほど力一杯握り、体は震え、顔は真っ赤でまるで追いつめられたインパラのようなのに、その目は違う。
 プレデターの目、
 強者の目、
 青白い殺気に満ち満ちた目。
 強い闘争本能を秘めた目。

「貴方を許しません」

 ガーディアンの目。
 



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