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【3】

 どうしよう、どうしよう、どうしよう! お姉さまが消えた! 探しに行ったまことも消えた! ステファニーは責任を逃れるために消えた! 私一人! この極限的な状況に私一人! どうしたらいいのだろう? 泣きそう、本当に泣きそう、私、本当に泣きそう。
 なんでこんな事になったんだろう。私が朝意地悪をしたからだろうか? 私が意地悪な女だから神様が天罰を与えたのだろうか? 悲しくて、心細くて涙が出そう。
 いや泣いている場合ではない。私は私のいる場所を守らなければ。私の家族を、私の愛する人の天使を守らなければ。まずやれる事からしよう。まずは捜索。お姉さまとまこととステファニーを捜索しなければ。
 見つけだして
 こってりとお説教しなくちゃ。

×××××

 美月はすごく怒っている、今は近づかないのが得策。ステファニーは校舎の影から美月が走り去るのを確認して胸を撫でおろしフラフラと歩き出す。
 携帯電話を出す。
 少し顔が赤くなる。
 今はチャンスだと思う。今は非常事態だから大好きなフェイ様に電話するチャンスだと思う。これは良い口実になる。
 口元がゆるんでしまう。
 いつも家ではみんながいてフェイ様と二人きりでお話しする事ができない。
 これは不満。
 でもお仕事中に電話はできない。恥ずかしいし、なんか卑しい女だとは思われたくはない。
 これは乙女心。
 でも今は非常事態。心おきなくフェイ様に電話してその声が聞ける。
 これは優越感。
 携帯電話の液晶を細い指で撫で、「ご主人様」の電話番号にアクセスしようとした時、声をかけられ体が凍りつく。
「ステフ!」
 振り向いてまた凍りつく。
 そこにはステファニーのご主人様がいた。
 変わり果てた姿で。
 鷺女の、美月の制服を着て。

×××××

「ステフ、ステフあー良かった誰か知り合いに会うまでなかなか落ち着かないもんだねしかし、いやいやここで会えてよかったわーホント困った! 勢いで来ちゃったけどホント困った! ステフおれのこと案内して! おれこの秘密の花園を堪能したいの! 体中で感じたいの! 隅から隅まで案内しちって!」
「……なんで……いらしたの……ですか?……」
「あー思い出したわ『宝 千歳』! あれはあれだわ、ネーネのおばはんだわ、ネーネを産んだ女の妹だわ。一回おれ会った事あるわ、お袋さんの葬式の時来てたわ。職場行ってくそったれに調べさせたらここで今働いてるって言うジャン? だから会いに来たの、手紙の事いろいろ聞きたいジャン? 何が目的か?」
「……なんで……制服……なのですか?……」
「あー家にいっぺん帰ったら誰もいないじゃん? それでここに来るにあたって少し変装? 美月さんの制服すごくいい! マコチンやステフのよりサイズが大きい! 着やすい! 動きやすい! まーいろんな所はガムテで補強してあるんだけれども」
「……フェイ様……」
「ん? なに?」
「……フェイ様……これは捕まります……」
「え! マジで!」
「……これは……犯罪です……」
「いやそんな事ないでしょ! 少し、ほんの少し人とは違うだけでこれは犯罪ではないはず! 犯罪ではないと思いたい! あれ? おれもしかして凄い事しちゃってるかも? ステフどうしよう! おれスゲー変質者チックな事してるかもしれない! 犯罪者かも知んない!」
「……私に……まかせて……ください……」
 ステファニーは決心して電話をかける。
 小言を言われることを覚悟して。

×××××


「ここなら誰も来ません。お話がゆっくりできます」
 宝 千歳さんが優しく、そして可愛らしく笑いかけてきます。
 そんな笑顔に騙されません! 私はお姉さまを守る使命があります!
「おかしだおー」
「あ、どうぞ。好きなだけ食べてね」
「お姉さま! ここは敵陣! そんなに気安く物を口にしてはいけません!」
「おいしいおー」
「あー食べてるー、なんで食べるんですか! なんで私の言う事を一つも聞いてくれないんですか! きー!もう知りませんからね! 私どうなっても知りませんからね!」
「まこちんには、あげないお」
「きー!この性悪! 好きなだけ糖分とってブヨンブヨンになればいいわ!」
「いえいえ貴女の分もありますよ。どうか糖分でも取って少し気を落ち着けてください」
「まこちん、ひのきのぼう」
「だからなんですか!」
「ふとると、まるた」
「きー!なんですか! 私は太っても体に凹凸がでないと言いたいのですか! 見てなさい! 私もあと数年したらたゆんたゆんに成長してお姉さまなんかすぐに追い抜いてみせますから! その時になってからじゃ遅いんですからね! 謝るのは遅いんですからね!」
「まこちん」
「なんですか!」
「わたし、しょうごから、たゆんたゆん」
「え、」
「じゅうごにわ、えふかっぷだお」

×××××

「なんでここにマウスさんがいるんですか! なんで私の冬服を着てるのですか! 説明してください!」
「……美月……フェイ様……脅えてる……」
「美月さん怖い!」
「……フェイ様……いい子いい子……」
「ステファニー! なんでこんなところで点数を稼ごうとしてるの! それどころじゃないでしょ! 今我が家一番の危機に遭遇しています! お姉さまが学園に忍び込み失踪! その上マウスさんが女装姿で学園に忍び込み完全に変態化! これがばれたら私たちはバラバラに生活することになるかもしれないのですよ! 一緒に暮らせないのですよ! それでもいいのですか!」
「いやーおれはそれでもかまわないというかー できればそのほうがいいというかー」
「黙っていてください! マウスさんは捕まれば家には帰れず刑務所行きです!」
「え! なんで?」
「変質者だからです!」
「変質者……おれが変質者……」
「……フェイ様……いい子いい子……」
 美月は穴が開くほどコメカミに人差し指を押しつける。
 このままではいけない。状況は悪化の一途をたどっている。自体の収集には情報を一元化し、危険なものを一括管理せねばならない。リスクを分散するのではなく。リスクを集約し一つにまとめ上げねば。
 美月は携帯をだす。

 コール

×××××

「もしもしまこと、お姉さまは見つかった?」
「美月さん!」
「見つかった?」
「いやー見つかったは見つかったのですがー」
「それは良かった。これから合流します。いる場所をおしえて」
「いや! 合流は少し待って下さい!」
「なんで?」
「いやなんでというか、なんでというか、なんでというか」
「ハッキリ言いなさい! 今は非常事態ですよ!」
「……見つかってしまったのです」
「は!? 誰に!」
「その……」
「ハッキリ言って!」
「教師にです……」
「終わった」
「美月さんすいません!すいません!すいません!」
「……まこと今どこにいるの……」
「はい! 今茶道部の部室にいます!」
「……私たちもそこに合流します……なんとか全力を尽くし事態を収拾したいと思います……天にいらっしゃいます我らが父よ、御名をあがめさせたまえ、御国を来たらせたまえ、御心が天にあるがごとく…………プッツーツーツー」
 美月さんがここに来る!
 絶対に叱られる!
 お姉さまは次々と差し出されるお菓子を頬張り続けているし次にアイスを要求してる。宝 千歳なる高等部の教師はニコニコお菓子を差し出し続けフェロモンを分泌しまくってる。
 叱られる。
 完全に美月さんに叱られる。

×××××

「ステフ美月さん壊れちゃったね」
「……はい……美月は……完全に……壊れています……」
「ブツブツ呪文唱えたまま凄い力で首根っこ引っ張ってくるね」
「……はい……心ここにあらずです……」
「もう逃げられないね」
「……覚悟が必要です……」
 美月は幽霊のように校舎の人けがないエリアを選びふらりふらりと茶道部部室に向かう。右手でマウスの首根っこを掴み、左手でステファニーの首根っこを掴み引きずりながら。
 その瞳からは完全に生気が失われていた。
 美月は茶道部の部室の扉を開く。
 マウスとステファニーを投げ込む。
 床に額を擦りつけ土下座する。
「申し訳ありません! 今回のことは全て私の責任です! どうかどうか許して下さい!」
「美月さん!?」
「どうかどうか許してください!」
「美月さん!? 何を言っているのか私にはわかりません!? どうか頭をあげてお顔を見せてください」
「私はどの様な処分でうけます! どうかまこととステファニーには寛大な処分を! お姉さまは見逃してあげてください! ただみんながフェスで盛り上がっていたので寂しくなってしまっただけなのです! どうか許してあげてください! マウスさんは悪い人ではないのです! でも変態なのです! 病気なのです! 私が一生をかけて更生させますのでどうか見逃がしてください! 警察は呼ばないでください! どうか! どうか! 許して下さい!」
「へ? マウスさん? え!? 女装してる! それもバッチリメイクで女装してる! 誰ですかこの人は! 警察! 警察!」
「待ってください先生! 警察だけは! 警察だけは勘弁してください! あ! 宝先生!?」
「美月さんもあなた達も私の後ろに隠れてください! 変態! 私の生徒たちに指一本触れさせませんよ!」
「指一本触れるつもりもないよ、性的魅力感じないもん」
「マウスさん! ほら! いいのですよ! がっときていいのですよ!」
「ガッといけるか! このひのきの棒が!」
「殺す!」
「……フェイ様……ちらっ……ちらっ……」
「ステフお前メチャ病弱なんだからそういうすけすけ止めて毛糸のヤツをはきなさい! 次入院したらそのままアメリカ送り返すからな!」
「……ぐすん……」
「ふぇい! ほら! ほら!」
「ネーネ! 乳首はだすな! ここは学校だぞ! いいからしまっとけ! 雷様にとられっぞ!」
「こわいおー!」
「美月さん? なに髪かき上げて体ひねってのびしてんの? 疲れてんの? ストレッチなの?」
「……いやいいのです、忘れてください」
「あれ? みなさんこの変態さんとはお知り合いなのですか?」
「ふぇいだお」
「フェイ?」
「わたしたちの、だんなさまだお」
「だんな様?」
「みんなふぇいのおくさんだお」
「???」
「みんな、ふぇいと、くらしるんだお」
「!!! 鬼畜! 何も知らない少女たちを誑かし共同生活! 女の敵! 変な宗教! 警察! 警察!」
「先生違うのです! 私達は望んで暮らしているのです! 私達から今の生活を奪わないでください!」
「美月さん! あなた達はこの鬼畜に騙されているのです! 見てみなさい! 制服ですよ!? 女装ですよ!? 女子校に不法侵入でしよ!? これ以上の変態がいますか!?」
「宝 千歳さ~ん、おれおれ、ほれおれの顔良く見てみ?」
「じー、あっ!見たことある! 確か貴方は愛咲の義理の弟! あー身内から犯罪者がー」
「いやいやおれっちネーネ迎えに来ただけだから。それにこのジャリ達はおれが預かってるだけ。ただおれの家に住んでるだけでそれ以外なんでもないよ。ネーネは姉だから一緒に住んでる。当たり前でしょ?」
「ではなんで制服なのですか?」
「…………」
「目を晒さないでください!」
「…………趣味?」
「変態!」
「変態じゃないわ! 少し制服が好きなだけだわ! 少し性的なことにアグレッシブなだけだわ! それよりアンタネーネに手紙出したろ、おれはアンタに聞きたい事がある。なんで今更ネーネに関わろうとする? 今まで連絡一つよこさなかったアンタが今更ネーネにかかわる必要なんてねーだろ?」
「それは」
「ふぇい? このひと、だれだお?」
「ネーネ、朝、手紙来ただろ。その差し出し人がこの人、宝 千歳。ネーネのおばはん、血族、ネーネ俺手紙勝手に読んだわ、この人ネーネにあって一緒に暮らしたいんだと、もう親戚がネーネしかいないから寂しいから一緒に暮らしたいんだと、こいつの本心はわからねーし何考えてるかもわからねーし何がなんだかわからねーけどネーネはどうしたい?
この女と暮らしたいか? 暮らしたいならおれはそれでもいいって思ってる。この女の狙いがなんであれそんな事はおれがなんとでもするし、ネーネが望むように、ネーネが悲しまないように全ておれがなんとかしてやる。ネーネはどうしたい? この女と暮らしたい?」
「ふぇいは、どうしたいんだお?」
「おれはネーネの望むようにしたい」
「わたしと、くらせなくても、いいの?」
「おれはネーネと暮らしたいんじゃない。俺はネーネに幸せになって欲しいんだ。おれはそのためだったらなんでもする」
「ふぇいは、わたしがいなくなってもいいの?」
「ネーネ、ネーネはいなくなんないよ。おれとネーネはいつも一緒。離れていてもいつも一緒。ネーネは俺の天使で、おれはネーネの宝物だから」
「愛咲、私と暮らしてはくれませんか? 私はもう貴方しか血縁がいないのです。今まで連絡取らなかった事は謝ります。どうか私を一人にしないでください。お願いします」

 宝 千歳はネーネを求めている。おれはネーネの幸せを求めている。
 宝 千歳はネーネに助けてくれと手をさし出している。
 でも助けるか、助けないのかを決めるのはネーネだ。決めるのはネーネ。誰かに懇願されたから、誰かが苦しんでるから、誰かのために、そんなのは言い訳だ。決めるのは自分だ。自分で決めてからやるのだ。責任は自分でとるのだ。
 そうじゃなきゃ善行は嘘になる。
 そうであれば偽善は贋物ではなくなる。

「わたしは、ふぇいと、くらすお」

 ネーネは眩しいくらいの笑顔で宝 千歳を抱きしめる。
「わたしはいま、しあわせだお、むかえにきてくれてありがと、でもしあわせ」
 うんうんと宝 千歳は頷きながら、泣きながら、笑顔を見せながらネーネを抱きしめかえした。
 そしておれは茶道部部室を出たところで一般生徒に見つかり警備員に捕り押さえられパトカーに乗って学園を後にした。

×××××

「マウスさん今回のこと反省していただかなければなりません!」
「いいジャン美月さん、おれっちも帰ってこれたわけだし、ミチルちゃんに手を回してもらって刑務所行きは免れたわけだし、ネーネも今までどおりこの家で生活してるわけだし美月さん達だって今まで通りここで生活できるわけだし、ま、終わり良ければすべて良し」
「良くありません! 私の制服を着て! なんで制服には興味があるのに中身には全く興味を示さないのですか!」
「いや、おれっち、ロリとかそっち方面には全く興味はむかないんだわー」
「私は言うほどロリではありませんよ!」
「いやなんていうかおれっち好みは美月さんみたいなキレイ目っていうよりどっちかというと洗練されてないタレ目のほうが好みなわけでー」
「!!!! もう知りませんからね! 私もうマウスさんを助けたりしませんからね! もう知らない! 私もう知らない! マウスさんの事なんかもう知りません!」
「ふぇい」
「ん?」
「ふぇいのすきな、たゆんたゆんだお」
「ネーネ乳しまえや、姉のたゆんたゆんになんか興味ないの」
「がばーん」
「……フェイ様……ちらっ……ちらっ……」
「ステフ! お前腹巻しろや! 今度熱出しても入院させネーからな!」
「……ぐすん……」
「マウスさんほれ」
「何やってんのマコチン?」
「ほれ、よせて、ほれ、たにま、ほれ」
「マコチンそれ皮にしわ寄ってるだけだよ」
「殺す!」
 ぴんぽーん
「あーはいはいあーネーネ千歳さんきたよー。あ、どうぞどうぞ」
「美月さん、マウスさんの鼻の下がのびています」
「まこと、あの人は強敵、できるだけ早くマウスさんから隔離しないと」
「……フェイ様……オバコン……」
「ふぇい、たゆんたゆん、たゆんたゆんなのにー」

 宝 千歳はネーネの決断を受け入れ今は一人で暮らしている。よくウチに遊びにくるしネーネと二人で出掛けたりもしているらしい。
 ネーネは選んだ、おれはそれを受け入れたし、宝 千歳もそれを受け入れた。ネーネは選んだ。ネーネは今の幸せを選んだ。おれはネーネの幸せを願い、宝 千歳もネーネの幸せを選んでくれた。


 おれは立ち止まったりしない。立ち止まって考える事は全てが後悔だし、後悔の後に残るのは絶望だし、絶望の後に残るのは空っぽで無能な自分である事を知っているからだ。無能な自分を見るくらいなら、走り続けていた方がましだ。走って、走って、無様に走って、笑われて嫌がられてた方がましだ。
 理屈こねて、道徳こいて、信念だからとか言っては走らない奴よりましだ。
 今回はそんなお話。
 そんな下らないお話。
 下らない天使の選択と、天使を愛する人間の受容の話だ。
 オチもない、下らない、神もなく、救いもなく、そもそも救いを求める人なんかでてこないそんな話だ。
 そし全く関係ないが少し神の話。
 神とおれとおれが属す人間の話。
 長崎に落ちた原爆を天罰と受け入れた人間がいた。
 未曾有の大災害を天罰と吹いた右寄りのクソがいる。
 天罰?上等じゃねーか神はバカみたいに天罰を降らす。
 天使と人間がいちゃつくのが気にいらねーと大洪水を起こしたり、ホモが気にいらねーと地獄の業火で町を焼きはらったり、アイツはやりたい放題だ。天罰なんておれ達が何かしようとしたら必ず降り注ぐもんだ、何人も死に、何人も悲しんで、それでも神は天罰を降らす。
 でも生き残こってる。
 おれは生き残ってる。
 人間は生き残ってる。
 神の天罰より人間は強いのだ、いつから生きてるかわかんねーけど神みたいな旧式に、自分の力でなんでも支配しようなんてクルパーに、人間はそんなモノには屈せずどんな事にあったって生き残ってる。
 受け入れて、
 受け入れがたい悲しみを受け入れて人間は生き残ってる。
 おれは人間であることを誇りに思う。
 おれは生き残っている人間を誇りに思う。
 おれ達の世界のその先は俺達が決める! 
 神とか! 運命とかじゃなく俺達が決める!
 おれ達は生き残る!  

 人間舐めんな!



『ファンダ・メンダ・マウス2・25 Don't get angry Don't cry』
END



『ファンダ・メンダ・マウス2・25 Don't get angry Don't cry』は、本来予定していなかったものでしたが、「東北地方太平洋沖地震による被災者のために、微力でも何かできないか」という著者・大間九郎氏の意志により急遽執筆されたものです。

 今回の地震によって亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。


※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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http://twitter.com/konorano_jp/