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石積みの少女③(最終章) 

著:里田和登 
イラスト:先島えのき

 僕はしばらく大学を休み、部屋の中をのたうち回るだけの生活に入った。
 やがて、この報われない反復行動が、単なる自慰行為に過ぎないことを悟り、
 ある晴れた日のこと、鉱石を抱えて、最寄りの河川敷に向かった。
 ごつごつとした岩がたくさんあり、大きさも申し分ない。
 1つ目の石碑が完成した頃には、空の色は赤と紫のごった煮になっていて、
 いらだちの原因になっていた汗も、すっかり引いていた。
 振り返ると、僕とその隣に、2つの長い影が落ちていた。
 
 僕はその後も、石を積み続けた。
 川べりの岩をめくり上げ、裏側にはりついたかわいそうな生きものを、
 気持ち悪い、気持ち悪いといって、たのしむ子供たちの声が聞こえる。
 この世界でも、鉱石は可能な限りの働きをみせた。
 なぐさめ品として支給できるのは、
 この鉱石にあらかじめ収録されているもの、つまり情報の類に限られるようで、
 10点で得られるはずの机を所望しても、持ち点が減ることもなければ、
 ある日突然(机のようなもの)が降ってくることもなかった。
 この日、12個目の石碑が完成し、僕の持ち点は12点となった。
 高架を通過する、せわしない列車の音を聞きながら、
 ただぼんやりと、12の影を視界に入れていく。
机などの具体的なものは駄目で、物語については取得できる。
 情報は、ちゃんとやり取りが出来る。
 情報は、ちゃんと――。

 答えが突然降りてきた。
 同時に、体の中のありとあらゆる細胞が、ざわざわと騒ぎはじめた。
 それはもう、ざわざわと。
 お前に、それが出来るのか。本当に、それが出来るというのか。
 自分の真価を、問われているような気がした。

 足が、がくがくと震えだした。
 こわい。とてつもない話だ。
 とてつもない話すぎて、僕には。
 だって僕は、どこにでもいる普通の人間だ。
 人より賢いわけでもないし、とりたてて運動ができるわけでもない。
 いじめ抜かれたこともないし、誰かをいじめ抜いたこともない。
 また目の前にいじめがあって、心の中では許せない気持ちがあっても、
 何らかの手段で介入できるほどの勇気もない。
 せいぜい自分が次の生贄にならないように、それなりのスタンスを繕うくらいのものだ。
 要するに僕は、そこらへんに転がっている、一山いくらの凡人でしかない。
 そんな僕に、できるだろうか。

 でも、やろう。
 やらなくちゃ。

 その普通さゆえに、僕は少女の行く末に耐えきれず、無様にも泣きわめいてしまった。
 そのことが、鉱石を手放させてしまうことにつながり、
 果てには、少女を永遠の孤独の中に閉じ込めてしまった。
 これは、僕のぜい弱な意思が生み出した、大きな罪だ。
 だから。
 僕は絶対に罪を償わなくちゃいけない。
 こつこつと、石を積み続けることによって。

 * * *

 穴が閉じた。
 とんとんと地面を叩いてみた。
 もちろん反応がない。あるわけが、ないのだ。

 わたしは、なれ親しんだ(色なき土地)をまっすぐ進み、
 彼も通った(12の門)のうちの1つをくぐり抜けた。
 本当は、彼とこれらの場所を歩くとき、
「このあたりは、わたしが(色なき土地)と呼んでいる土地で、
 見晴らしを考え、あえて石碑を積まないようにしているんです」
 とか、
「このあたりの石碑が2つずつ並んでいるのは、
 門を意識しているからなんです。(12の門)というんですよ」
 とか、土地の名前やその由来を説明していくつもりだった。
 だけど本番では、あの有りさまだ。
 わたしは、その場の思いつきを、ただ彼にぶつけるだけ。
 前もって決めていたことを、ほとんどすっとばしてしまった。
 
 この世界のいいところを、ほとんど伝えられなかった気がする。
 (らせん型)の変せんだけは、知ってもらいたかったなあ。
 長い間、(並列型)に頼りっぱなしだったわたしが、
 ある日、ふとしたことで(らせん型)の積み方を思いつき、
 そこから派生して、とうとう(ひじ上十字型)に至るまでの物語。
 いろいろ大変だったから、それだけは知ってもらいたかった。
 世界にはたくさんの物語があるけれど、わたしには、この物語しかないんだよね。
 でも、気後れしてしまって。
 彼はそんなことに興味がないかなあという不安。
 興味がないといわれてしまったら、立ち直れないかもしれないという不安。
 そんな不安が、わたしを(らせん型)の実演程度にとどめてしまった。
 1つ前の積み方なら、なじられても、傷つかないと思ったんだよね。

 (らせん型)に甘んじていた、愚かな日々を思いながら、わたしは歩き続けた。
 彼の足跡はもったいないから、決して踏まないように。
 わたしは家にたどりつくと、椅子の上で丸くなった。
 この椅子がやっぱり、いちばん落ち着く。
 落ち着きすぎて、怖いくらいだ。
 机の上に、大切なものがない。
 勢いで、とんでもないことをしてしまった気もするけれど、
 でも、いいのだ。
 後悔はない。

 本当に良かったのかとか、複雑なことは考えない。
 だってわたしはもう、選択をしてしまったのだから。
 結果は、くつがえすことができない。
 これから先のことは、恐ろしいので、考えないことにする。
 それよりは、この胸に広がる、あたたかな気持ちのことを考えたい。
 彼は、わたしのために、泣いてくれた。
 死んでほしくないと思っていながら、わたしの人生を深く考えた上で、
 それだけはいってはならないと悩み、
 その上で強情なわたしに、やさしく折れてくれたのだ。
 そして、折れてしまったことで、自分を悔やみ、あの涙につながった。
 (思慮が足りなくて)という言葉から、漠然とそういうことじゃないかなと思っている。
 これは、わたしの思い込みかもしれない。
 なぜなら、わたしは人の心の読み合いに、とても疎いからだ。
(本番までは、もう少し出来ると思っていた。でもあのざまだ)
 でも、涙を流すということは、理屈でいえば、感情が高ぶっているということだし、
 最低限、わたしごときに高ぶってくれたと、考えてもいいんじゃないだろうか。
 本当に、そうだったらいいなと思う。
 そうだったら、心が本当に救われる。

 彼に、わたしの気持ちが伝わっているだろうか。
 わたしは、物語に憧れていて。
 物語には、好きとか、嫌いとか、楽しいとか、つまらないとか、
 安心できるとか、不安になるとか、いろいろな感情があって、
 そういった感情は、たいていは人と人の出会いで発生する。
 わたしにとっては、想像すら出来ないことで、とてもうらやましいと思った。
 そして、わたしも彼と出会い、短い時間のなかで、
 いろいろなことを感じることができた。
 彼もまた、わたしのために、悲しんでくれた。
 わたしは、心からうれしかった。
 これが、うれしいという感情なんだって、はっきりとわかった。
 それはもう、(ひじ上十字型)の発明なんて目じゃないくらいだ。
 続けざまに、わたしのなかに現れた感情は、
 感情を差し向けてくれた彼に、何とか報いたいなという気持ち。
 死ぬのは悲しい。彼はそういった。
 裏を返せば、死ななければ、うれしいということだ。
 わたしが死ななければ、うれしい。
(一瞬でそう判断出来た自分を、ほめたいと思った。
 あれはすごかったな。まさに確信だった)
 わたしも彼にそう思ってもらえて、とてもうれしいし、その感謝の気持ちを伝えたい。
 だから、彼の部屋に鉱石を落とした。
 うん。そういう理屈だ。
 そういう理屈が、彼にもちゃんと伝わっているだろうか。

 本当に感謝をしているんだよ。
 伝わってくれたかなあ。

 日常が返ってきた。
 石を積み続けるだけの日々に戻ったわけだ。
 ただ、わたしの1つの大きな目標は達成されたし、
 もう一方は、もう永遠に達成されないのだから、
 必要以上の積み上げを行う気にはなれなかった。
 前は、1日5個を日課に、がんばっていたのにね。
 要するに、わたしは効率重視の(ひじ上十字型)に、
 意味を見いだせなくなっていたのだ。
 あんなにも愛しかった(ひじ上十字型)が、くだらなく思えるだなんて。
 全体的な、形の話だけではない。
 積み込み・積み流し・積み弾き・包み上げ・包み置きといった、
 (ひじ上十字型)を織りなす上での、細かな手法を駆使する気になれなくなっていた。
 新しい積み方を考えなくちゃ。
 もっとすてきな積み方を編み出さなくちゃ。
 そんなふうに思いつつ、わたしは、漠然と石を積み続けた。 

 星との接着に投じた505000の石碑は、
 時間をかけて、ていねいに崩すことにした。
 わたしは石碑を崩すのが、あまり得意ではない。
 
 どのくらいの時間が経っただろうか。
 時々、何のために石を積み上げているのか、分からなくなる。
 そういうとき、わたしは(直線通り)へと向かい、
 (はじまりの石碑)を見に行くようにしている。
 自分を見失ったときは、それを見に行くように、ちゃんと動機付けがしてあるのだ。
 この石碑は、記憶に間違いがなければ、わたしが最初に積み上げたものだ。
 いびつな形をしているから、未だに最後の一石を乗せることができないでいる。
 手触りは、すこぶるいい。
 ここに来ると、わたしは自分の罪や、どうして石を積むことになったかを、
 ちゃんと思い出すことができる。

 わたしたちの一族が犯した罪は、価値観の柔軟性の否定だ。
 わたしたちの星は、「何かを正しいと決めつける」ことを絶対に許さない。
 そうしたことで、かつて星をほろぼしかねない状況におちいったからだ。
 ところが、わたしたちの一族の一人が、ある日こんな価値観をもってしまった。
「何かを正しいと決めつける人を許さないことも、
 何かを正しいと決めつけているのではないか」
 彼は世界中の怒りを買い、星をほろぼしかねない異分子とされ、
 重い刑に処されることになった。

 その罪の等分配により、今のわたしがいる。
 うん、そういうことだ。
 (はじまりの石碑)を見ると、ちゃんと思い出せる。
 でも、思い出せるのは、それだけではない。
 この(はじまりの石碑)を見ると、彼とのお気に入りの会話も思い出せる。
 今は、思うよ。彼のことは死んでも忘れない。忘れるわけがないって。
 でもわたしは、自分が信用ならない。
 罪のことを忘れてしまいそうな自分がいる以上、
 もしかしたら彼のことだって、いつかは忘れてしまうかもしれない。
 だから、この石碑を眺めるときは、
 必ず彼との会話を、彼の涙を、思い出すようにしている。
 2つ目の動機付けだ。
 彼のことは、忘れてはならないと思う。
 日々努力をしていけば、きっと忘れないでいられる。

 気の遠くなるくらいの時間が過ぎた。
 しばらくは、砂地に印を付けて日にちを数えていたけれど、
 そういった細々とした作業は、ものの100年くらいで、どうでもよくなってしまった。
 鉱石がなくなってしまったので、どのくらい石碑を作り上げたかも、もう分からない。
 最近は(石碑崩し)にのめり込んでいる。
 これは、建てたばかりの石碑を、すぐさま崩すというたわむれだ。
 そうすると、気持ちが少し下向きになる。
 ただ、彼のように、涙が出ることはない。
 涙は感情が頂点に達した時に出るものだったはずなので、
 たぶん今のわたしには、悲しみが足りないのだろう。
 わたしは感情の頂点に興味があり、一度は泣いてみたいと思っている。
 ただ、わたしの中にある、ほんのわずかな悲しみもまた、
 (石碑崩し)をくりかえしているうちに、失われてしまった。

 ××××じみた、時間が過ぎていった。
 以前の1000年もずいぶん長かった気がするけど、
 それとは負けないくらいの時間を味わっているような気がする。
 そういえば、いつのまにか(直線通り)が完成していた。
 実際に、一列に並ぶ石碑の横を歩き続け、いつまでも途切れないことを確認した。
 確かに、きれいに一列だ。でも、だからなんだっていうんだろう。
 どうしてわたしは、石碑を一列に並べようと思ったのだろうか。
 星を一周した目印は、(直線通り)の近くにある(はじまりの石碑)だ。
 ここから歩くと、ちゃんとまたここに戻ってくる。
 わたしにとっては、石碑で星を一周させた事実より、この石碑のほうが大切だった。
 なぜなら、この石碑を見ると、彼のことを思い出せるからだ。
 そういえば、もう1つ、この石碑を見ることで、何かが思い出せたような。
 いったい、なんだったっけな。
 でも、忘れてしまうということは、きっとたいしたことはないよね。

 ただただ(直線通り)を歩く。
 一周して、(はじまりの石碑)の前に戻ってくると、とてもうれしい。

 小さな時間の束が、たくさん過ぎていった。
 いいかえると、たくさんの時間が過ぎていったということだ。
 物語を読みたいという思いが、形ばかりのものになり、
 なぜそんなものに固執していたのか、分からなくなってくる。
 最近は、石の積み方が、すごく気持ち悪い。
 石碑が、いろいろな形をしているのは、どうしてなんだろう。
 どうしてわたしは、あえていろいろな形で作ろうと思ったのだろう。
 もっと単純で、分かりやすい形でいいじゃないか。
 うん。きっと調子に乗っていたのだろう。
(あはは。わたしは調子に乗りやすいたちなのだ)
 わたしは、単純な三角形が好きだ。三角形のものをたくさん作りたい。
 身の回りに三角形がたくさんあると、すごく落ち着くのだ。
 世界中を、三角形に埋め尽くせたらなあ。
 そうすれば、そこそこに、うれしいはずだ。
 ただ、このいびつな形の石碑だけは、どうしても壊す気になれない。
 どうしてかな。三角形じゃないのにね。
 名前は確か、(はじまり)だ。
 (はじまり)は、とても不思議な石碑だと思う。
 触れると、ぼんやりとわたしでない別の人のことを思い出せるから、好きだ。
 好きだから、わたしはこの石碑の存在を、適度にゆるしてやる。

 わたしは、もう時間というものが、よく分からなくなっていた。
 10000年が経ったような気もするし、1年も経っていないような気もする。
 時々、体の中がぐるぐるして、立っているのか、座っているのか、
 石を積み上げているのか、そうではないのか、分からなくなる。
 あれ、石はどこにあるのだろうと思ったら、
 体中に張り付いていて、お願いどうか張り付かないでと祈ったら、
 石の数々に「ときどきそういうふうに突き放すんだね」と、ののしられたり。
 うん。なんだろうね。そういうたぐいの、とばっちりなのかな。
 わたしは、まだ大丈夫。
 わたしは、まだ大丈夫。
 そんなふうにつぶやきながら、石とともに「にじり寄る何か。」をもてあそぶ。
 うん。平気だ。ぶざまなほどに平気だ。

 時間はとかく公平で、経ったり、経たなかったりするらしい。
 わたしは、奥まったところで、いくつもの石をさがす。
 気がつくと、石を積み上げていて、
 あれ、さっきまで寝ていたはずなのにということが、しばしばある。
 目の前に作りかけの石碑があって、手を伸ばしてみるけれど、なぜだか感触がない。
 夢を見ているのか、そうでないのか、判断ができないのだ。
 石を積み上げていると、あ、これは夢だなと分かることがある。
 わたしったら、せっかくの夢なんだから、もっとまともな夢を見ればいいのにと、
 自嘲しながら目を覚まして、しょうがないから石を積み上げていると、
 あ、これは夢だなと分かってしまい、わたしったら、せっかくの夢なんだから、
 もっとまともな夢を見ればいいのにと、自嘲しながら目を覚まして、
 しょうがないから石を積み上げていると、あ、これは夢だなと分かってしまい、
 わたしったら、せっかくの夢なんだから、もっとまともな夢を見ればいいのにと、
 自嘲しながら目を覚まして、しょうがないから石を積み上げる。
 ところで、今は夢なのだろうか。
 それとも現実なのだろうか。
 そしてたどり着く、見事なまでの「どっちでもいいよね」という結論。

 夢を見ているときと、見ていないときの区別って、必要なのだろうか。
 別に区別は必要ないよね。どっちにしろ、石を積み上げるだけなんだから。

 時間は巻き戻ることはないはずだ。
 うん、巻き戻るという話は聞いたことがないから、きっとさらなる時間が過ぎたのだ。
 わたしは、石を持ったまま、世界中を走り回った。
 この石を誰かに渡さなくちゃ。
 この石を誰かに渡さなくちゃ。
 そんなふうに思いつつ、わたしは声をからして何かを呼んだ。
 あはは。なんなんだ。
 わたしは、どこかがおかしいのかな。
 とがめる人がいないから、わたしはおかしくなってしまったのかな。
 星の位置がちょくちょく変わって、気味が悪いなあと思う。
 名前も忘れてしまった、作りかけの石碑を見る。
 この石碑を見ると、ぎりぎりのところで思い出せる。
 わたしはかつて、人と話をすることができた。
 彼は確か、わたしに何かをしてくれて、
 その何かが、わたしにとってはすごくうれしいことで。
 なぜだか、足が勝手に動く。なんだろう、この足の動きは。
 わからないけれど、足が何かを恋しがっているような。
 足をうごかすと、勝手にすっと動いたりして、すごくうれしかったような。
 なんだろう。よく分からないよ。

 時間がぬるぬるしていて、気味が悪い。
 時間は時に、ぬるぬるするのだ。それも、計画的だからたちが悪い。
 わたしは、いったい何者なんだろう。
 わたしは、どうして石を積み上げているのだろう。
 たしか、そういうこまごまとしたことにも、いちいち理由があったような気がする。
 でも忘れるくらいなのだから、たいした理由ではないのだろう。
 それよりも、大切なことはたくさんある。
 大切なこと。
 あれ。なんだったっけ。

 あれ。石以外に、大切なことってあったっけ。
 なんだろう。気持ち悪いよ。思い出せないことが、すごく気持ち悪い。
 ああ、そうだ。あの人だ。
 あの人は、わたしにとってはとても大切な存在で、決して忘れてはいけなかったんだ。
 良かった。思い出せた。今日も、ちゃんと思い出せたよ。
 あ、そろそろ起きなくちゃ。どうせこれも夢だよね。
 起きたらまた、眠って。眠りの中で、目を覚まして。
 起きるのを止めたら、石を積んで。
 大きい石と、小さな石を、目方で見比べて。
 そして、静寂。
 ええと。あれ。石を壊して欲しいんです、って誰の言葉だったっけ。
 あなたに死んで欲しくないんです、の間違いだっけ。
 そうだ。間違いだ。それは誰のものでもない、わたしの物語なんだ。
 すてきだなあ。輪をかけてすてきだ。
 とりあえず、二つ目と、三つ目を崩すんだよね。
 この世界を作り替えるためには。
 えへへ、もとのもくあみだ。

 いろいろなものが動いている。
 石ってこんなふうに動くんだなと思う。
 もちろん、気のせいじゃない。気のせいだっていう人もいるけれど、
 絶対にそうじゃない。
 きっと動いていて、わたしが間にいるから、いけないんだ。
 そうだ。わたしが間にいるから、いけないんだ。
 いけないんだ。そんな馬鹿な。そんなのって、あんまりすぎる。
 なんてね。分かってるんだ。こういう感覚に、かまかけてちゃいけないって。
 この感覚は、とても危険だ。
 忘れちゃいけない。
 忘れちゃいけない。
 そうだ。忘れちゃいけないことのほうが、わたしにとっては大事なのだ。
 でも、いったい何を。
 そうだ。忘れちゃいけないことを忘れちゃいけないわけじゃなくて、
 わたしには、忘れちゃいけない(何か)があったんだ。
 でも、わたしは、何を忘れちゃいけなかったのだろう。
 うわあ。問題が2つに増えたよ。増えてしまった。
 くるしいよ。くるしいよう。
 
 そうだ。そうだよ。
 思い出した。危なかった。危なかったなあ。
 わたしは石を積み上げる人なのだ。
 あぶない、あぶない。忘れるところだったよ。
 わたしは、ただ石を積み上げるだけの人。
 良かった。また思い出せたよ。
 ぎりぎりのところだったけれど、最後にはわたしは思い出せるのだ。
 あはは。そりゃあそうだ。だってわたしはちゃんとしてるもの。
 石だって動くはずだよね。

 最近は、心の調子がいいといえる。
 起きてるときと、眠っているときの境目が、はっきりしているからだ。
 石がある。積む。わたしはそれだけの生きものだ。
 ときどき、何かを思い出す。
 でもその何かが、いったい何だったのかは分からない。
 少し前までは、忘れちゃだめだ、忘れちゃだめだと、
 必死に戦っていたような気もするけれど、
 どうして戦っていたかもよく分からない。
 どうしてわたしには、考えるという機能がそなわっているのだろう。
 何かを考えようとすると、むなしくなってくる。
 何かを思い出せないことに、気付くからだ。
 苦しむのはいやなので、何も考えないようにする。
 そうすると、とても楽だ。
 
 石とわたし。
 世界にはわたしと石だけがあり、それだけだ。
 もう1つ何かがあった気もするけれど、きっと今は石とわたしだけでいいのだろう。
 ある日、とてつもなく背の高い石碑を見つけた。
 わたしの背丈の数倍はある。
 いつの間に、こんなものを作ったのだろう。
 これを作るのには、相当な時間が必要だと思うのだけれど、
 自分で作ったという、記憶もなければ、実感もない。
 でも、わたしが作ったということだけは、分かる。
 積み方になんとなく、わたしらしさがあるからだ。
 うれしいなあ。こんな大きな石碑に、わたしらしさがあるなんて。
 本当にうれしいなあ。

 石を積むとうれしい。
 ただそれだけ。

 わたしってなんだろう。
 わたしと石の区別ってなんなんだろう。

 区別なんて必要ないんじゃないかって思う。
 
 わたしは石だ。
 
 * * *
 
 ある日のこと。
 わたしは、びっくりした。石碑が一直線に並んだ場所を見つけたのだ。
 本当に一直線で、わたしはびっくりした。
 これも、わたしが作ったのかなあ。
 いろいろな場所を歩くと、いろいろな石碑があるから、
 最近はいろいろな場所を歩くようにしている。
 なぜなら、いろいろな石碑があるからだ。

 直線を進んでいくと、遠くにぽつんと、いびつな形の石碑があった。
 わたしは、それを見て、何かを感じた。
 なんだろう、大切なものに出会えたような。
 胸が苦しくなるような。
 うれしいとは、少しちがう。とても、不思議な感覚だった。
 これはもしかしたら特別な石碑で、わたしが作ったものじゃないのかもしれない。
 大切にしなければと、思った。

 すごいなあ。
 すごいなあ。
 わたしはしばらく、石碑を見ていた。

 しばらくして、とつぜん地面が暗くなった。
 なんてことだと、わたしは思った。
 まさか、地面の色が変わるなんて。
 見上げると、空に巨大な石のようなものが浮いていた。
 石は音もなく、わたしの星へと降り立った。
 
 中から、人が出てきた。
 それが人だということは、なんとなく分かった。
 どうして、わかるのだろう。でも(あれは人だ)という考えが頭の中にある。
 人が、ゆっくりと近寄ってきた。
 わたしは、ただただ相手を見た。
 わたしの口が、勝手にぱくぱくと動いた。
 なんで動くのだろう。
 人は、わたしに何かを手渡すと、そのまま去って行った。
 口がぱくぱくしたのは、わたしだけだったけれど、
 わたしはなんとなく、人にもぱくぱくしてもらいたかった気がする。

 わたしは、ぽかーんとした。
 その人は、わたしと目があったとき、少しだけ顔の一部分を、ゆがませた気がする。
 そのゆがませ方は、決して気分が悪いものではなく、気分がよくなるものだった。
 何だったのかな。

 わたしは人がくれたものを、しばらく眺めていた。
 これは、なんだろう。
 わたしの世界に普通にあるものだけれど、なんだかとても懐かしいような。
 心がとても、落ち着くような。
 しばらく触れていると、頭の中が混乱してきた。
 目の前の景色がかすれてきて、得体の知れない模様まで現れる有り様だった。

「それは、見ることを意識しすぎると生じる、閉じた現象です」

 どこからか、音が聞こえてきた。
「見ようという意識は捨ててください。力を抜いて、感じるように努めてください」
 なんだか、懐かしい音だった。
 やがてわたしは、それが声だということを思い出す。
「やっと、会えました」
 声はいった。
「僕です。お久しぶりです」
 その声は、聞き覚えがあるものだった。
 不思議と、手のひらが、震えてしまう。
 わたしの口が、再び動いた。
 思い出す。
 そうだ。
 わたしには、喋るという機能がついていて、言葉というものを発することが出来るのだ。
「うれしい」
 わたしの口は、そういった。
 よく分からないが、わたしの口がそういいたがっていた。
 少しずつ、何かが頭の中に、よみがえってくる。

 そうだ。
 そうだよ。
 一度だけ、わたしは。

「ごめんなさい」
 わたしは、何かに気がついた。
 その何かが、いの一番に(ごめんなさい)という言葉になった。
 やがて、思い出したかけらが、少しずつ大きくなってくる。 
 これは、記憶だ。わたしには、それが分かった。
 ああ、なんてこと――。
 同時にわたしは、自分の犯した罪の大きさに気がついてしまった。
「ごめんなさい。わたし、あなたのことを。本当に、本当に、ごめんなさい」
 わたしは、石を強く握りしめた。
「何を謝るんですか」
 彼は、昔と変わらない、優しい声でいった。
「さっきのは、血は薄くなっていますが、僕の血縁者です。
 いろいろありましたが、ようやく一族から、専門家が出ることになりまして、
 こうやって、この星に連れてきてもらうことが出来たんです。
 もちろん、人格情報だけであれば、もう少し早い時代に来ることができたのですが、
 なにせ、鉱石ごとお返ししたかったものですから」
 わたしは、自分に起きたことが信じられなくて、膝からくずれ落ちていた。
「あの、あなたはどうして、石の中にいるのですか」
 彼がどうして石の姿をしているのか、わたしには分からなかった。
 確か、昔はわたしと同じような形だったはずだ。
「石化です」
 彼はいった。
「僕は、あなたにもう一度会いたかった。
 けれど、僕の星の科学力では、生きている間に会うのは不可能でした。
 そこで、僕は生き存えるために、情報になることを選びました。 
 僕の星でも、情報の出入力に関するなぐさめ品は、有効だったのです。
 もう、遠い日のことですが、忘れません。
 僕は祖国を捨て、広大な土地に移り住み、生あるうちに、必要な分の石碑を積みました」
 なんてことだろう。
 石化。なぐさめ品。
 とても、懐かしい響きだった。
 物語は1点。机は10点。頭の中にさまざまな情報が降りてくる。
 そうだ。この世界にはたくさんのものがあって、石だけではなかったんだ。
 わたしはかつて物語を愛し、この世界が石だけでないことを知った。
 そして、とある世界に憧れた。
 その憧れは何よりもつよく、わたしの揺るぎない原動力だった。
 つながりの前日は、どんなに緊張したことだろう。
 受け入れてもらえるかな。心をかよわすことが出来るかな。
 指定された場所で、そんなふうに、そわそわしていたっけ。
 そして、ゆっくりと穴が開いて、
 ――彼と目が合った。
「まさか、会いに来てくださるなんて」
 わたしは鉱石にすがりついた。
「あなたに、どうしても伝えたいことがあったんです」
「なんでしょうか」
 鉱石から温もりが伝わってきた。

「僕のために、生き続ける証明をしてくれてありがとう」

 ああ。

 わたしは、一瞬でぼろぼろになってしまった。
 目のまわりが熱くなり、体中がふるえた。
 制することが出来ないほどの感情が、体じゅうを支配している。
 わたしは、みにくい声でいった。
「それだけのために。普通じゃない。そんなの普通じゃないですよ」
「普通じゃないかな」
「普通じゃない。普通じゃないです」
「よかった」
 わたしの目から何かが落ち、彼の温もり上で溶けていった。

「懐かしい場所です」
 彼はそういって、わたしをとある方向を見るように導いた。
 そこには、ぽつんと1つ石碑があった。
「ここで僕たちは、死について語り合いましたよね」
 彼と話していると、楽しかった日々のことが、よみがえってくる。
「はい。お話をしました」
「ときどきこの石碑のことを思い出し、最後の一石を探すことにしています。
 あのとき、あなたはこういいました」
「はい」
「よかったら、僕を頂上に乗せてみてくださいませんか」
 わたしは、石碑の一番上に彼を乗せた。
 おどろいた。
 思いのほか、しっくりきた。
「素敵です」
 わたしはいった。
「僕も、まるで昔からここにいたような気がします」
 彼もいった。

「物語が読みたくなったら、ぜひここへ」
「ええ。わたし、毎日通います」

 今日もわたしは石を積む。
 少し離れた位置で、彼が見守ってくれている。
 幸せだ。こんな幸せが、他にあるだろうか。
 そうだ。ここに家を建て直そう。
 100点なんてあっという間だ。
 彼が見守っていてくれれば、わたしはなんだってできる。
 
 わたしは、これからも石を積み続けるだろう。
 永遠に。
 彼とともに。

<FIN>





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