プロローグ
我が国、愛すべきアメリカ合衆国で『ランジーン』の始まりは一人の少女だった。
彼女、アマンダ・テールノーズは八歳の時、クリスマスプレゼントが置いてあるリビングのモミの木(5ヤード以上の高さがあったとされている)を軽々飛び越えて見せた。困惑する両親の前で自分のことを『ラビット』と呼び、自己紹介と両親に敬愛の念を述べたと言われている。周囲の大人、まず彼女の両親は彼女の言動を小児性の空想だと判断し放置していたが、次第に彼女の空想は妄想のように彼女を支配し始め、もう彼女の中にはアマンダは存在せず、超人的な跳躍力と高い知能と社会性を兼ね備えた、完全な別人格『ラビット』がアマンダの体を乗っ取っていた。
精神科医から精神科医、カウンセラーからカウンセラー、両親は裕福な家庭環境もありアマンダ・テールノースの中から『ラビット』を取り除くため全米を駆け巡った。アマンダ・テールノーズには様々な医師から様々な病名がつけられた。
統合失調症による幻覚幻視を伴う家族避認妄想と自己神格化妄想。
パラノイヤ型妄想。
家族内でのダブルバインドがうまく受け取れず発症したPTSD。
解離性同一性障害。
そして多くの精神科医たちが指摘した解離性憑依障害。
解離性憑依障害とは一人の人間の中に複数の人格が現れる解離性同一性障害と似通ってはいるが本質は全く違う。
解離性憑依障害とは憑依されるのである。基本的には神、悪魔、精霊、天使などが一般的であるがドイツでは黒犬が、日本では狐が憑依する解離性憑依障害が報告されている。また歴史上の宗教的偉人、預言者や開祖などが憑依するケースもある。宗教的意味合いが強いコンテンツが体に憑依した状態になるこの疾患は、主人格が宗教的コンテンツに乗っ取られるケースも少なくはない。妄想ではあるが、妄想以上に人格形成が完成してしまっているためもう妄想として処理できない、そのような疾患だ。
しかし両親はこの病名に納得ができなかった。
まず、超人的な身体能力。
アマンダ・テールノーズは八歳(もうこの時には十歳になっていたが)にしては小柄で、運動能力も同年齢の子供たちから比べると劣っているくらいだった。そのアマンダ・テールノーズが八ヤードを垂直飛びし、四足ではあるが五十メートルを六,〇秒で走るのだ、決して妄想のみでできるはずがない。
次に、その社会性と高い知能。
アマンダ・テールノーズは内気で引っ込み思案な少女だったが、全く変貌していた。礼儀正しく利発で、そして少女とは思えない口調で両親に接していた。まるで大人のように、そう、『ラビット』は大人だった。
最後に身体変化。
アマンダ・テールノーズの目が、自分を『ラビット』だと自己紹介した時から彼女の目は真っ赤に染まっていた。虹彩が青かったはずの彼女の瞳は赤い、まるでウサギのような真っ赤な瞳に変わっていた。
やはり妄想やその他疾患だと説明できない。亜種疾患としてもあまりに違いすぎる。両親はどうしてよいものか悩み、答えを探し続け、全米を飛び回り、書物を読み漁り、ネットで検索し続けた。
そして出会った。
アマンダ・テールノーズの今をそのままに説明してくれる現象に。
それが日本人の研究者が発表した一つの論文だった。
そこに乗っている言葉一つ一つに両親は身震いし、歓喜の涙をこぼした。
アマンダ・テールノーズの疾患名が分かったのである。
伝染症、言葉による自己増殖のための生存戦略。
まるでヴァイラスのように人間の脳に住みつき、体と思考を変化させ、脳を機能的に器質的に変化させ、まるで違う生き物に変える。そして人間の口からまた言葉として飛び立ち次の脳に宿り、そこでも人間を変化させる。宿主は『シゾク』と呼ばれるファミリーを形成し、より病原体を外に排出しようと、勢力を拡大しようと言葉にコントロールされる。
タンパク質も持たない、
プリヨンよりも生物として不確定、
情報だけで肉を持たない存在、
生命体として行きつくだけ行きついた存在。
『イゲンシ』
研究者は、論文の最後にこのように記していた。
「私はこの存在に名前を付けるにあたり二つの事柄に留意した。
一つはこれを生命体として認める、認めないの両者が納得できる名前であること。
二つ目はこれの伝達方法が名前を見ただけですぐに分かること。
遺伝子は生命体の設計図であり、DNAの集合体である。設計図を生命そのものだという者もいるだろう。設計図は生命ではないというものもいるだろう。つまり遺伝子は生命体でもあり生命体でもないと言えるのではないだろうか。
この存在がどのように伝達していくかはもう分かっている。言葉だ。言葉がこの存在の伝達、伝播、増殖には欠かせないファクターとなっている。
そのことを踏まえ私はこの存在に、
ラング(言葉)とジーン(遺伝子)、
二つの言葉を組み合わせた造語を名称にしようと思う。
『ランジーン』
これがこのバカげた素晴らしい存在の名称である」
両親はアマンダ・テールノーズを抱きしめて涙を流した。
そこからが戦いだった。アメリカ合衆国の精神医療学会はドイツと並んで『ランジーン』否定派の最右翼だった。アマンダの両親は叔父である下院議員フォロフォック・テールノーズを口説き落とし「『ランジーン』保護とその人権の保障についての法律」を下院に提出させた。そして自ら娘と共にテレビ、ラジオ、何百回という公演を重ね国民の支持を取り付けようとした。
「『ランジーン』は危険な存在ではないのです! 私の娘アマンダは『ラビット』と呼ばれる『ランジーン』に感染しましたが彼女は私たちを襲ったり、私たちを感染させたりしようとしたことは一度としてありません!
アメリカ合衆国国民の12%が『ランジーン』であるとの試算が出ています。
これはアメリカ全土にいるアフリカ系アメリカ人の数とほぼ同じです。
これだけ多くの国民が『ランジーン』になっているのに国はまだ目を逸らし続けるつもりでしょうか!
今必要なのはアメリカを本来の姿に戻すことです!
差別なきアメリカ! 自由の国アメリカ! アメリカ合衆国に今必要なのは!
変わる! 強い! 意志です!
取り戻す! 強い! 決意です!
今! 『ランジーン』は不当な差別の下にいます!
隔離され殺されようとしています!
私の娘はサイコーシスと言われ隔離され殺されようとしています!
どうか助けて下さい!
強いアメリカ! どうか私の娘を助けてください!」
叫び続け、彼女の両親はアメリカ国内で『ランジーン』の権利を勝ち取った。
国民は心打たれ「『ランジーン』保護とその人権についての法律」を支持する大統領を選んだ。決め手になったのは涙を流し懇願する両親が語る強い国アメリカへの高揚感と、アメリカ最大の福音派教会が「『ランジーン』は神が作り出したもの。神のご意志です」と『ランジーン』の存在を認めたことにあった。
下院、上院、共に「『ランジーン』保護とその人権の保障についての法律」を可決し、ここに我がアメリカ合衆国での『ランジーン』の地位は確立されたのである。『ランジーン』はこの時アメリカ国民として、自由と平和の国の一員として認められたのである。『ランジーン』はその性質上『シゾク』と呼ばれるファミリー(同族同士のコミュニティーをそう呼ぶ)を形成し生活するが大きなファミリーには一定の土地を与え、もっと大きなファミリーには一区間内で自治権を与えられた。法律に伴いレベルの高い生活保障と保護を与え、『ランジーン』皆保障を実現させた。
この事により『ランジーン』後進国だった我がアメリカ合衆国は世界に類を見ない『ランジーン』に優しい国、『ランジーン』が住みやすい国に変貌したのである。
ああ我が麗しのアメリカ! 素晴らしいアメリカ! 自由の国アメリカ!
我々合衆国国民は声を高らかに宣言しようではないか! 我々は成し遂げたのだ!
自由を! 平等を! 差別なき社会を!
我々は未知の存在である『ランジーン』までも友人として隣人として家族として受け入れられる成熟した国になったのだ!
強いアメリカ! 誇るべきアメリカ! アメリカ国民であることに胸を張ろう!
アメリカ合衆国は素晴らしい!!
テイクワン
オウヴァ・マッチ・アタッチメント
【1】
真っ赤に燃えて見えるのは人の形をした何かで人ではない、動いているけど人ではない、人のように動くけど、人のように、燃えて肺も燃えて、眼球も燃え て、辛くて、熱くて、痛くて、もう死にたいって思ってる人のように動くから人のように見えるけど、人だと思ってしまうと怖くてしょうがないから人ではな いって思うことにした。
窓から見えるのは人ではない、
窓から見える数十体の燃えて人の形をした何かは人ではない、
あれは燃えている人ではない、
燃やされている人ではない、
あれはほかの何かだ。
何かは分からないけど。
「アイーシヤ! 窓から顔を出さないで!」
「ママ、なんで燃えているの?」
「いいからこっちに来なさい!」
ママは私に駆け寄り頭からすっぽりとお腹の袋の中に私を入れる。
「アイーシヤ、ママがいいと言うまで袋から出ないで」
優しい声でママは私に話しかけて袋の上から私の頭を撫でてくれる。
袋の上からでもママの手が震えているのが分かる。
優しい声でも、緊張しているのが分かる。
私はママのお腹の袋の入り口に指を引っかけて、クイッと袋の外を見る。暗い、電気はついていない、でも外が燃えているから窓から入る明かりで部屋の中は何も見えないほど暗くはない。
「アイーシヤ、すぐに助けが来るの、こんなの間違ってる、必ず助けが来るわ」
ママはクローゼットの中に入りクローゼットの扉を閉めてしゃがみこみ私を袋ごと抱きしめる。
「アイーシヤ、怖がらないで、必ず助けが来る、必ず、必ず、必ず私たちは助かる」
私を抱きしめる力が強くなって、私は少し苦しくなって、でもママが本当に怖がっているのは分かっていて、私だって心の底から怖くて、だから私はもっと強 く抱きしめてママ!って思って、もっと!って思って、もっと!って思って、締め付けられる痛みが生きていてしがみ付く最後の証明みたいに思えて私は袋の中 で力いっぱい体中を緊張させて筋肉っていう筋肉を緊張させてカチカチにして石みたいに体中に力を入れて固くなる。
歯が、奥歯が、擦れてギチギチ鳴る。
ギチギチ鳴る、耳の奥でギチギチ歯が擦れる音が鳴ってその音しか聞こえなくってこの音が私のバリアーみたいな気がして、私は歯を鳴らすために奥歯に力を入れ続けた。
「アイーシヤ、私のかわいいアイーシヤ、必ず助かるから安心して」
ギチギチギチギチ
「アイーシヤ、私の天使アイーシヤ、必ず私があなたを助けるから安心して」
ギチギチギチギチ
「アイーシヤ、怖がらないで、怖いのは夜だけ、もうすぐ朝になるわ、朝になったら必ず希望が出てくる、朝日と一緒に必ず希望が私たちに降り注ぐ、だから安心してアイーシヤ、もう少しだから、安心してアイーシヤ、私のかわいいアイーシヤ」
ギチギチギチギチ
「安心して」
「ママ」
「なに?」
「ママ」
「なに?」
「ママ歌を聞かせて」
「歌?」
「ママの歌を聞かせて」
「今はダメよアイーシヤ、私たちがここにいることが分かってしまうわ」
「お願いママ、バリアーが、欲しいの。もうギチギチのバリアーじゃ足りないの、ママの歌を聞かせて、朝日が昇るまでママの歌で私を守って、お願いママ」
「仕方がない子ね、それじゃあ小さな声で、袋の中にだけ聞こえるくらい小さな声で、あなたの心にしか届かないくらい小さな声で歌を、あなたを守る歌を、あなたにあげる」
「歌ってママ」
「聞いていてアイーシヤ」
袋の入り口が少し開いてママの鼻と口が袋の入り口を塞ぐ。
そして歌いだす。
スロウ・ブルース・マイナー・割れた声
「坂の上から 見えた大きな船は アンタの故郷に帰る船さ
サトウキビと コットンを積み込んで アンタの故郷に帰るのさ
待っているんだろ? 故郷で家族が アンタ酔えばそのことばかり
待っているんだろ? 故郷じゃ誰かが 私じゃない女が待ってるんだろ?
愛しているって言ったのは悲しみからかもしれないが
愛してるって言葉から縛られ私は動けない」
スロウ・ブルース・マイナー・割れた声
私はその魔力みたいなママの声に引き込まれる、動けない、声に絡め取られて動けない。
スロウ・ブルース・マイナー・割れた声
私は声に絡め取られてもう瞼を開けてはいられない、意識が収束していって視界が黒くなり全身が脱力して落ちていく感覚にも似た何か、そう浮遊感、浮遊感を感じていた。
ママの声が聞こえる。
「もう安心して眠りなさいアイーシヤ、もうすぐ日が昇る、私たちは救われるの」
「ママ」
「眠って」
「ママ」
「眠って」
……ママって声を出そうとしたけどもう声は出なくてそのまま私は落ちていく感覚の中眠ったんだと思う。
そして銃声で目を覚ます。
銃声って初めて聞いたけどもっとパンッとかバンッとかって感じだと思ってたけどそんなんじゃなかった。ブボーン!って空気ごと吹き飛ばす強烈な炸裂音 だった。ブボーン!って音がしてママが体ごと吹っ飛んだろうけど袋の中の私は訳も分からずグリングリンてグルグルって感じで袋の中で宇宙遊泳状態? 宇宙 遊泳したことないから分からないけど無重力?って感じになってママが地面に叩きつけられた衝撃を袋の中の私も感じてビターンてなって止まった。痛い、痛い なんてものじゃないくらい痛い、今まで生きてきた中で一番痛い。そして気持ち悪くなって吐いた。「ギャー!」ママの悲鳴が聞こえて「うるさいクズが! 俺 が受けた心の痛みはこんなもんじゃねーんだよ!」て声が聞こえてバブーン!ってまた銃声が聞こえて「ウギャー!」ってまたママの声が聞こえて「足がなく なってこれで走れねーだろアアン!?」って声が聞こえてバブーンて銃声が聞こえたと同時に袋の入り口からビチャビチャビチャって液体が流れ込んできて液体 の中にクルクル丸い物があるから手でクルクルしたら直感的にママの目だって分かって目の玉だって分かってもう一度吐いた。吐いたら外から聞こえる音がしな くなった。
コツコツコツ、やっぱりしてた。
コツコツコツ、足音が聞こえる、近づいてきてる、ママを殺した銃が近づいてきてる。
コツコツコツ、私を殺しに近づいてきてる。
怖いが頭の中に広がって、頭の中は怖いしかなくなる。体中が震えて歯が鳴って耳の中がキーンとする。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、本当に怖い、怖い以外何も考えられない。
近づいてくる足音が止まる。
もう怖すぎてキュウィーンってなる。
「う、うう、ううう、」
?
「う、う、う、」
泣いてるみたいな?
よく分からないけど外の人泣いてる、袋の中からでも分かるくらい泣いてる、なんで泣いてる? よく分からないけど、これってもしかして助かる前兆? ちょっと怖さ半減? なんて思ってたら大間違いだった。
グバって感じで袋の入り口から手が入ってきて私の手とか足首とか掴んで引きずり出そうとしてきて、全然助かる前兆じゃんって思いながらジタバタジタバタ体中の筋肉を使って袋の中で暴れる。
「コレ! そんなに暴れなくて大丈夫だから!」
なに言ってんのこの人? 暴れなくて大丈夫なはずがない、ママを殺した人が袋の中に手を入れてきてるのに大丈夫なはずないじゃん、バカなの? 私のことバカにしてんの? 殺すんでしょ! 私のこともバブーンて殺すんでしょ! ふざけるな!
ふ! ざ! け! る! な! ガブッ
って感じで思いっきり手首位に噛みつくと「痛いー!」っていってでも手を引っ込めなくって私の髪の毛とシャツの襟首を掴んで「てりゃ!」って掛け声とともに袋の外に引きずり出す。
視界がいきなり明るくなって思わず目を瞑る。でも噛みついてる顎の力は緩めないなんとなくだけどこの噛みつきが最後の砦のような気がする、この噛みつき を放したら死んでしまう気がする、だから目を瞑って顎に全エネルギーを集中して思いっきりガウガウガーって噛みつき続ける。
「痛いって、マジで放してって」ガウガウガー
「ホント、ホント、マジで肉取れちゃうから」ガウガウガー
「いいから目を開けて! 俺! 俺! ほら! 俺だから!」ガウガウガー
「マジで! ち…………」
ん? 静かになった? かな?ガウガウガー
ん? 噛みついてる腕に力がなくなったぞ?ガウガウガー
少しづつ瞼を開いていくとまず私が噛みついている腕が見える、思ったより手首に近くなかった、肘と手首の真ん中くらい、うわーすごい血が出てる、こんな に噛みついてたんだ、なんか、私やるじゃん!って感じ。そのまま視界を上にスライドさせていく、すごい体してる、すごいマッチョ、男の人だ、体が男の人。 そのまま視界を上にスライドさせると顎が見える、顎髭、私顎髭が好き、この人の顎髭の感じはすごく好きなんて思いながら視界をもっと上にスライドさせると 顎より先はなかった。
なんて言えばいいの? 説明するのがすごく難しいんだけど顎から先がズバッとなかった、切り取られたって感じ? すごく綺麗に切り取られてるから今まで そこに何もなかったって錯覚しちゃうくらい。それに血が、血が一滴も切り口から流れてなくってそれもきっとこの錯覚に一役買ってるんだと思うんだけど、と りあえず、私が噛みついてたママを殺した男の人は顎から先がなくなっていて死んでた。
「もう大丈夫ですよ」
男の後ろから今まで聞いたことのない、私が噛みついていた男の人とは違う男の人の声がする。怖いのでガウガウガーは止めずにチラリと視線だけ動かして声がした方向を見る。
男の人が立っていた。メガネをかけてる男の人、目がギョロギョロしてる東洋系の男の人が立ってた。
「もう噛みつかなくていいんですよ」
あ、助けに来てくれたんだ、なんとなく思った。噛みつくのを放そうと口を開けようとするけど口が開かない、強く噛みすぎちゃって口が開けられない。私は 自分の口を指さして開けられませんって言ったつもりだったんだけど実際は「あべばべばべぶ」としか発音できず、メガネの人もキョトンとしてるし、これじゃ 意思が伝わらないことを理解したので両手の人差し指で自分の口を指さし首を左右に振り、開かない! 開かない! 開かない! 開かない!って連呼してみ た。実際はあばばび! あばばび! あばばび! あばばび! としか音にはなっていないのだけどそれでも一心不乱に言い続けて、人差し指で口を指し続け て、左右に首を振り続けてたら「あれ? もしかして離れないんですか?」ってやっと気づいてもらえたからうんうんうんうん!って首を縦に振り続けメガネの 人がやっとこ私の顎を掴んで引っ張ってくれて、でも抜けないから口と噛みついてる腕の間に指を入れてウニーって口を開いて外してくれた。
ブベブベブベ、息が楽になる、すごい、噛みついてないって最高。
「えーと、自己紹介しますね」
「おべばいしましゅ」
「わたくしファウストリバー・ライトブルーと申します。今回この第四『ランジーン』自治区で暴動の鎮圧にあたりましたFBIランジーン人権問題担当保安官です」
「たしゅけてくりて、ありがとうごじゃいます」
「いえいえ、仕事ですので」
「ハウシュトしゃんもランジーンなんでしゅか?」
「はい、わたくし、ケルベロスファミリーに所属します『ランジーン』です。我々ケルベロスはブラックハウンドです、電撃の黒犬、いつでも電撃を纏い電撃を操ります」
ファウストさんは右手と左手の人差し指を立てて先端を近づけると青くて白くてきれいな電気の橋が指先から指先に架かる。
「我々ケルベロスは電気を纏うため体表に絶縁フィルムを移植しています。なので我々は感電いたしません。電極はほとんどの者が指先に移植しています。そしてこれも」
ファウストさんが自分の口の端に指を引っかけクイッて感じで引き上げるとすごく太くて長い犬歯が見える。
「犬っぽいでしゅね」
「我々は犬人、ケルベロスですから」
「耳はないんでしゅね」
「おじさん犬耳つけたまま生活できるほど人間できてないですから」
「尻尾は?」
「そんなかわいい物ありませんよ」
「ないんでしゅか、犬なのに」
「はい、黒犬は電撃の固まりです。姿形じゃなく在り様なんです」
「牙生やしてるくせに?」
「そこは大目に見てください。牙ぐらい」
ファウストさんに引き上げられて立ち上がる、緊張の連続でフラフラする。
「これから私どうなるんですか? ママが死んじゃった」
「そうですね、私の仕事もここまでなのでわかりません。なにせここは『ランジーン』自治区、アメリカ合衆国の法律が通用しない、今回の暴動は自治区の外の人間が自治区に雪崩れ込む形で起きたので、我々FBIが介入しましたが、中でのことは治外法権なので。
申し訳ありませんね、お役にたてそうもありません」
「そうですか」
「この自治区の長に話を聞いてみてはいかがですか?」
「自治区の長?」
「そうですよ、この自治区は三つのファミリーが合併して自治しているはずです。
お腹の袋に子供を入れて育てる、あなたのお母様が所属していたファミリー、
オウヴァ・ラヴァ。
見ず、聞かず、触らず、嗅覚のみで生きるファミリー、
スメル・リトル。
鉱物にたゆまぬ愛情を注ぎつづけるファミリー、
ドワーフマン。
自治区の長はドワーフマンのリーダーが務めているはずです。一緒に行きましょう、その方があなたの進む道を示してくれますよ」
ファウストさんはニコッて犬歯を見せながら笑う。私の手を引いて歩き出す。
「靴を履いてください、どこにありますか?」
「靴? 靴は持っていません」
「靴がないんですか!?」
「はい、家の中では裸足で過ごしましたし、外に出るときはママの袋の中に入っていたので家の外を歩いたことはありません」
「そうですか、それじゃあ仕方がないですね」
ファウストさんが床から何かを拾う。ママの足だ、右足は太ももから下、左足は足首、ファウストさんは銃で撃たれて千切れ飛んだママの足を両方拾ってきて 履いていた靴を脱がそうとしている。なかなかうまくいかないみたい、右足は太ももから下が残ってたからスルリと脱げたけど右足は足首から下だからなんかウ ニウニしちゃって靴から足が出てこないでテイヤ!ウー!といろいろ頑張ってるけどなかなかクネクネして足が出てこない。
「こまったー」
困り顔のファウストさんはママの左足を床に投げて思いっきり踏む。ギシャ!グシャ!ベチョ! 変な音がしてファウストさんはもう一度足を拾い上げて靴から左足を抜く。
ズルリ、靴から左足が出てくる。
「これで準備万端です」
得意げな顔のファウストさん、私の前にママの靴を一揃え並べてくれてニッコリ。
「これで靴が一揃えできました。ささ、人生初のシューズ・インです。ささ、ご堪能ください」
私は左足を上げママの靴の中に足を入れるとつま先にニュチュって粘り気のある感触がして足を勢いよく靴から抜く。
「気持ち悪い感触です!」
「あれおかしいな~」
ファウストさんが靴を持ち上げ逆さにして振ると溜まっていた血と一緒にママの指が二本ボテボテって床に落ちる。
「こりゃ気持ち悪いですよね」
テヘッてファウストさんが笑って落ちた指とママの足と、頭がグチャグチャになったママの死体を見て急に気持ち悪くなって吐く。
「大丈夫ですか?」
ファウストさんが肩に手を置くけどその感じがすごく重くて重くてたまらない。視界が横から黒くなっていく、黒くなって狭くなって、視界の真ん中以外真っ 黒になって真ん中も黒くなってグワーンって感じで平衡感覚を失って体の左半身を壁に押し付けられるような感触がして、あーこれ倒れて私床に左半身をついた んだなーってなんとなく思う。
はい、今から失神します。
5,4,3,2,1、はい失神しました。
<ランジーン×ビザール テイクワン② へ>
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ランジーン×コード tale.4 パラダイス・ロスト 1st
著者:大泉 貴
販売元:宝島社
(2012-01-13)
ランジーン×コード
著者:大泉 貴
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(2010-09-10)
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ランジーン×コード tale.2
著者:大泉 貴
販売元:宝島社
(2011-01-08)
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ランジーン×コード tale.3
著者:大泉 貴
販売元:宝島社
(2011-05-09)
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ランジーン×コード tale.3.5
著者:大泉 貴
販売元:宝島社
(2011-08-05)
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