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 安田さんの軽い口によって、藍子とクロが言い知れぬ関係だと噂が流れてしまった。もう学校に行きたくないとか思ってる間に、冬休みに突入した。休みの間に、変な噂も消えているだろうと楽観的に考えるしかない。とにかく今は白い目から解放されて、ほっと一息だった。
 その日、クロが唐突に緑池の存在を思い出したのは、今日が緑池のこだわっていたクリスマスイブだったからだ。
 あの事件以来、腹が立っていたのもあり、緑池に会いに行ってなかった。
 昼下がり、クロは上着を着込んで部屋を出た。階段を下りて、玄関へとたどりつく。
 気は重いが、様子は気になる。
 聖夜にこだわっていた彼が、ずっと一人でその日を過ごすのはやはり寂しいだろうと思う。
 玄関の上がり口に座って、もそもそとスニーカーを履く。その手つきはやはり緩慢になってしまう。とことん付き合うと決めたが、自分が行ったところで、結局彼の願いは叶えてやれない。
「お兄ちゃんどこ行くの?」
 背後から声をかけられて、クロはびくりと背筋を伸ばした。
 振り向くと、妹の黄が首を傾げて立っている。クロは顔を微妙に強張らせ、どう言い訳したものか考える。そのまま事実を伝えれば、面白がってついてくると言い張るに決まっている。
「ひいちゃんクリスマスパーティの準備してるけど、どっか出かけるの?」
「まぁ……ちょっと」
 休みモードの黄はいまだパジャマ姿で髪もぼさぼさ状態で、気だるそうに聞いてくる。ゴロゴロしてりゃあいいものを、変に目ざとい黄を前に、クロは視線を泳がせるしかない。緋色は黄の言うように、朝から気合を入れた料理やケーキを作っている。藍子はどこかに出かけているのか、今日はずっと姿を見かけていない。
「あーわかった!」
「な、なんだよ」
「もーお兄ちゃんも隅におけないなぁ。このこのー」
 たじろぐクロに対し、黄は頬をピンクに染め、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「は? だからなんだって」
「だよねぇ、イブだもんねぇ。きちんとプレゼントは準備した?」
「……そういう意味か」
 やっと黄がニヤニヤしている意味が理解できた。黄は、クロがこれから紫音に会いに行くと思っているのだ。クロとしては苦笑を漏らさずにはいられない。
 紫音に会いに行きたい、と思う気持ちはもちろんある。昨日、紫音のお見舞いに行った時、ちょうど病室に紫音の母親がいて話をした。今年のイブは病室でパーティをするから、クロ君も一緒にどうかと声をかけてくれた。しかし父親も来るらしいし、家族水入らずで過ごしてください、と断ったのだ。
「さすがに緊張するだろ父親つきは……」
「は? 何?」
「なんでもない。じゃ、行ってくる」
 黄には誤解させたままでいた方がいいだろうとの結論に達し、立ち上がる。黄は嬉しそうに顔を綻ばせてぶんぶん両手を振ってきた。
「頑張ってねー!」
 天使のように無邪気な笑顔で言ってくる黄を見ると、こういう時は可愛い妹だなぁ、とは思うのだ。
「ひいちゃんやあいちゃんに黙っててほしかったら、豪華なプレゼントよろしくねっサンタさん♪ フヒヒッ」
 笑顔は邪気に満ちていた。


 クロは休日の静まりかえった星霊学園へと、簡単に侵入した。もうちょっとセキュリティーを強化すべきではなかろうか、と心配になった。
 身を切るような冷たい風に揺らされ、ざわざわと木の枝がこすれあって音を立てる。身を縮めながら、早足で目的の場所に向かった。
 空は雲に覆われて白い。吐く息も白い。陽が沈めばもっと気温が落ちてきて、寒さが増しそうだ。上着とマフラーだけで寒さをしのぐのは辛そうだと、気が重くなった。
 たどりついた先の『呪いの泉』で、緑池はいた。
 池の淵に座り、一人侘しくたそがれていた。
「おい」
 声をかけると、緑池がハッと顔を上げる。
 クロの方を見て、びっくりしたのか目を見開いた。
「あれ、なんでキミ……もしかして、僕に会いに?」
 クロは肯定もせずに、ふくれっつらのまま緑池の隣に、腰をどっかりと下ろす。
 彼を直視する気も起きない。やはり藍子にしたことを思い出すと、怒りが沸々と蘇ってくる。
「怒ってると思ってた。藍子さんにひどいことしちゃったかなって」
「ムチャクチャ怒ってるに決まってるだろ」
「ですよねー」
 ハハハ、と乾いた笑いを漏らす緑池の方を見ずに、クロは目の前の汚い緑の藻ばかりが浮いた池を見下ろす。
 それにしても寒かった。こんな場所でイブを過ごすことになるとは、本当に緑池に呪われたのかもしれないな、と自分の境遇のひどさを思い知る。加えて腹も鳴りはじめた。今日は朝からまともに何も食べていない。一緒にパーティはできないかもしれないが、緋色の渾身の料理を食らう為にお腹を空かせておかなければいけないのだ。
 と、隣に座る緑池が、盛大なため息を吐き出した。
「ああぁ、男と二人でイブなんて過ごしたくない……」
「お前な」
「そんなに僕のことが好きだったなんて、知らなかったよ。でもその気持ちには応えられないやごめん。僕は藍子さんが好きだ」
「帰るぞこの野郎」
 言っても、緑池はいじいじといじけるばかりだ。
「藍子さんもずっと会いに来てくれないし……やっぱり怒ってるよなぁ。きちんと謝らないといけないなぁ」
「もうその手には乗らん。お前と『接触』はしない」
 ムッツリとクロが言うと、緑池は更にうなだれた。やはりクロに藍子の下へ連れて行ってもらおうと企んでいたらしい。
 そうこうする間にも、時間が流れていく。寒さにどんどん体温が奪われていく。手袋をしてくればよかった、とかじかみ赤くなった指先に息を吐きかける。
 徐々に上空が暗くなってきていた。
 クロはぶつくさいいながらも、それでもずっと緑池の隣にいた。緑池も案外楽しそうに過ごしているので、やはりここに来てよかったと思う。
 彼の願いを叶えてやることはできない自分には、これぐらいしかできない。
 だから今日はとことん、彼の気が済むまでずっと一緒にいるつもりで、ここにきたのだ。
「そろそろ陽が落ちるな」
 どれぐらいこの場所で過ごしたのか、もう体の感覚もない。クロがぽつりと言った時だった。
 ざっ、ざっと枯葉を踏み鳴らす、早足の靴音が近付いてきているのが聞こえた。
 クロはなんの気なしに振り返る。緑池も同様に振り返っている。
「「藍子さん……!?」」
 緑池と同時に言い放ってしまった。そうして二人とも、口がぽかん、と開いたままになってしまった。
 大急ぎで走ってきた様子の藍子が、息を弾ませて立っていた。その姿は、赤いミニのワンピースにもこもこの白いファーが衿や袖についている、つまりサンタのコスプレをしていた。三角帽子もきちんとかぶっている上、白い大きな袋を肩からさげている。
「な、なんですかその格好!?」
 思わずクロは立ち上がり、言い放つ。藍子は照れくさそうに笑った。
「メリークリスマス! えへへ、似合うかな?」
「似合います! 最高ですビバ藍子さん! そのまま食べてしまいたい!」
 緑池が涙を流して讃えた。
「似合う? じゃなくって! なんでそんな格好してるんですか!? 大体なんでここに……」
「今日の藍子おねーちゃんは、サンタクロースなのです」
 藍子が笑顔のまま言ってくる。
 そして両手を天に掲げた。その仕草を見て、クロはハッとする。
「よかった、間に合って」
 ぽつりと言った藍子が目を閉じる。
 そして息を吸い込み、優しく微笑みを浮かべた。

 ――降霊――

 藍子が念じたと同時、空からいくつもの光の粒が、雪のように降ってくる。
 そして、緑池とクロの前に、ふわりと、優しい光の粒が収束していく。
 古いセーラー服を着た女生徒の幽霊が立っていた。
 隣に立つ緑池が、言葉もなく息を呑んだ音が聞こえた。
 どうやら状況が飲み込めずにきょとん、としている女生徒は、長い髪を揺らしてきょろきょろと周囲を巡らせる。
 緑池の姿に気付いたのか、そこで視線をとめた。
「あ、いたいた」
 嬉しそうに笑顔を見せた女生徒は、タタタ、と緑池に駆け寄ってくる。緑池は呆然としたままだ。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
 もじもじと言い放つ彼女を、緑池は言葉なくじっと見下ろす。
 そして、顔をくしゃ、と歪ませてその顔を見られまいと、とっさに腕で顔を覆い隠していた。
「な、なんだよ……遅いよチクショウ……何年待ったのかもう分かんないよ……あんまり遅いからキミのこと、忘れちゃってたじゃないか」
「ご、ごめんって! 泣かないで、ごめんねごめん! もう待たせたりしないから!」
 涙が止まらなくなってしまったのか、嗚咽をこぼす緑池へと、女生徒の幽霊がおずおず手を伸ばす。髪の毛をヨシヨシと撫でてやっていた。
「緑くんが死んでるなんて、知らなかったよ。もしかして緑くんに、後を追わせちゃったのか、な……」
 彼の本名はどうやら緑君というらしい。緑池緑か。クロはどうでもいいことを頭の片隅で考えた。
 眉を下げて言う女生徒に、緑池は顔を隠したままで首を振る。
「キ、キミがイブの直前に事故で死んじゃって、それで、あまりに悲しくてここでわぁわぁ泣いてごろごろ転がってたら池で溺れて死んだ」
 そんな理由!? と突っ込みたくなったのを、クロは耐えて二人の幽霊を見守った。
「思い出したよ。ここ、この泉は、僕がキミに告白した場所だから、二人の思い出の場所だったから、だから僕は……」
「私は幽霊になっちゃった後ね、イブの日にデートの待ち合わせをした駅前にずっと立ってたの。その場所に約束通りいけなかったのが、私の心残りだったから。でも緑君、来なかった」
「僕、キミが死んだ直後に死んじゃったんだ。まさかキミが待ち合わせた場所に行ってるなんて思わなくて……」
「ずっとずっと、何年もすれちがってたんだね、私たち」
 女生徒が苦笑を浮かべる。
 ふと、クロの横に、藍子が並んできた。
「緑池君、聖夜に彼女と過ごしたいって言ってたから。きっと今日じゃなきゃうまくいかないかなって思ったの。彼女のこと、降霊できてよかったぁ」
「そういうことはきちんと話しといてください……」
 緑池は生前、大好きな彼女とイブを一緒に過ごす約束をしていた。それなのに、イブを直前にして、彼女をなんらかの理由で失って。だからこの日に、彼女と待ち合わせをしていた聖夜にこだわっていたんだろう。クロはようやくそうと悟った。
 何年前に交わした約束なのかはわからない。それでも、二人はようやく会うことができた。
「これからは、ずっと一緒だよ?」
 一生懸命に頭を撫でながら、首を傾げて言う幽霊の女の子の仕草は、胸をくすぐるほどにとても可愛らしい。クロはその光景を見て、チクショウいいなぁ、なんて内心で思ってしまった。
 ラブラブな雰囲気の二人は、もうクロと藍子の方には見向きもせず。
 手を繋いで、光の粒となっていき――そして、消えた。
「あいつ藍子さんに散々迷惑かけといてお礼の一つもないのかよ」
 クロがぐちぐち漏らすと、藍子はふんわりと笑う。
「成仏するとき、私には緑池君の声が聞こえたよ?」
「え、なんて言ってました?」
「こっそり耳打ちしていったの。『本当にありがとうございました。それと、藍子さんに浮気してたのは彼女には秘密にしといてください』って」
「それでばれる前にさっさと成仏しやがったのか……」
 クロはがっくりと脱力する。最後の最後まで身勝手な幽霊だった。
 それでも、幸せそうに成仏していった二人は、もう寂しくないだろうと思う。
 少しだけ上向きになった気持ちを抱えて、クロは改めて藍子の方を見た。
「事情は分かりましたけど、なんでわざわざそんな格好してくるんですか」
「せっかくのイブだし、演出だよ~。雰囲気出るでしょう? みんなのプレゼントも頑張って用意してたんだ! 楽しみにしててね♪ 今日は、藍子サンタさんなの」
 そう言って白い袋を持ち上げ、満面に笑う藍子を見ると、本当に家族が大好きなんだなこの人はと、思わず苦笑が漏れる。
「それでこんなギリギリにきたんですか……それにしても、アイツの事情、最初から知ってたんですか?」
「ううん、全然。でも、ちょっとこの学校の歴史調べてみたら、この場所って前は『告白成就の泉』って呼ばれてたんだよ。それでね、きっとこの場所に緑池君が縛られてるのは、ここで誰かに告白して、両想いになったからじゃないからかなぁって。聖夜に過ごしたいのは、その彼女なんじゃないかなって思って。予想が当たってたみたいで、よかった」
 確かに少し考えれば分かったかもしれない。自分が頑張ってみても、結局は藍子の方が一枚上手だったらしい。
「かなわないな、やっぱ」
「ん~? なんか言った?」
「藍子さんはのんきだなぁって。変な噂流されてるのに、全然動じてないし」
「大丈夫だよ。理事長のおじさまが情報操作してくれるって」
「不正!? それで俺、なんの処分もなかったのか!」
「えへへぇ」
「く、黒い……っ」
 笑顔の藍子が、少し怖く見えた瞬間だった。
「さて、帰ろっかクーちゃん。緋色ちゃんのおいしい手料理が待ってるよ~お腹空いちゃった~」
 藍子が言って、寄り添ってきてさりげなく手を繋いできた。ドキリと鼓動が跳ねる。バッと勢いよく、繋がれた手を離した。油断をするとすぐにベタベタ触ってくる藍子は、しょんぼりと寂しそうだ。
「帰りますけど、そんな格好してる人とは手は繋ぎません。恥ずかしい」
「えー」
 頬を膨らませる藍子を無視して、さっさと一人で歩き出す。
「あの時は、ぎゅーっていっぱい触ってくれたのにぃ」
 そのことを掘り返されると顔面から火が噴き出しそうになるので、クロは振り返らず、更に足を速め、スタスタと帰路を急いだ。
 長時間冷たい場所にいたせいか、いつもよりもずっと、暖かい我が家が恋しい。

 ≪おわり≫

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