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レディオは背中の圧力伝導フィルムから送られてくる情報を脳内に拡散し、収束させることに全精神を集中させていた。
情報の拡散と収束。
背中に入る情報はサイレント・タンたちがテレビを見ながら、会場から、スタッフルームに忍びこんで、テレビ中継の中継車を傍受して、俺の体の中に埋め込まれた筋電計や、バイタルチッカーからの情報を読み取って次から次へと送ってきてくれている。三十六枚の圧力伝導フィルムから伝わる情報量は莫大で、俺が目にし、聞き、肌で感じる情報と合わせ拡散させ、収束させる。情報は多いほうがいい、大量の情報は外部環境として俺に意志決定をさせていく。
人間には思考による自由意思決定は存在しない、存在してもその選択肢はとても少ない。
人間の行動のほとんどは、外部から入力される情報によって決定される。
人間の行動は環境が決める。
この考えに則るならば外部環境である情報は正しく、洗練されていて、膨大であればあるほど、得られる結果は大きなものになることが約束されている。情報なのだ、精査された情報とそれを理解できる脳内環境と、行使できる肉体、最大の結果を得るために必要なのはそれなのだ。
俺は鎮魂の刃だ、刃であるがゆえに意思は必要ない。与えられた環境に準じ、走り、跳ね、当たり、飛ぶのだ。喉元に届くまで俺は喉元に俺という刃が届くまで走り続ければいいのだ。考えるな、考えろ。委ねろ、委ねるな。自律するな、全てを自律の上に成り立たせろ。矛盾を内包した天秤を丁度平行に保ちながら走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、切っ先が喉元に届くまで。
レディオは真理を知っている。
金で買えないものはないのだ。レディオには金があり、その金でレディオは、人間の身でありながら『ランジーン・デッド・ラン』の選手となった。通常『ルーキー・オブ・デッドラン』でデビューし、『ランジーン・セカンド』で一年以上経験を積んでから初めて『ランジーン・デッド・ラン』の選手になれる。でもそんな時間はレディオになかった。肉体の崩壊、薬物で強化された肉体はもう崩壊寸前で、何年も時間をかけて登り詰めることを拒否していた。レディオは金を使い『ランジーン・セカンド』で鳴かず飛ばずだった、トマス・ゴーストと言う選手の経歴を買った。トマス・ゴースト、エレファントマン、その選手の経歴を買い、その選手に成りすまし、金でリーグ運営者を買収し、『ランジーン・デッド・ラン』出場権を得た。トマス・ゴーストは改名しレディオスタゴーストになり、何時の間にかエレファントマンだったファミリー名も、サイレント・タンに書き換わっていた。全ては金の力、レディオは金で復讐の機会を買ったのだ。
レディオは真理を知っている。
人間には思考による自由意思決定は存在しないし存在してもその選択肢はとても少ないし、人間の行動のほとんどは、外部から入力される情報によって決定されるし、人間の行動は環境が決めるのだ。
レディオは膨大な情報を得るため、サイレント・タンに協力を要請した、彼らのアウトプットする情報量は人間の比じゃなく、その正確さと的確さは人間と比べ物にはならなかった。まずサイレント・タンが右手人差し指で毎分百二十回繰り返すサインを全て理解することから始めた、苦難で困難であったけれどもスマートドラックとレディオの才能により三ヶ月でレディオはPCを使わず目視でサイレント・タンの発する情報を理解できるようになった。次に行うのは触覚でのサイン認知だ。背中に貼った圧力伝導フィルムから送られてくるサインを理解する、視覚ではなく触覚で感知する、二十四時間、背中のフィルムから流れてくる情報は最初情報量の多さに吐き気がしたが、慣れ、フィルムの数を四枚、八枚、十二枚と増やしていき三十六枚にたどり着いた。これがレディオの情報処理できる限界の枚数、だが情報量としては十分な枚数だった。
一日八時間のトレーニングとステロイド。八時間の情報収集、拡散と収束トレーニングとスマートドラッグ。血液ドーピングのために低酸素ルームで生活し、栄養コントロールのためにすべての食事は流動食にし、走るために、勝つために、刃を届かせるためにレディオは一年かけて自身を一本の刃へと作り変えていった。
右手人差し指は誓いとして去年、『エーデルワイス』が流れる中切り落とした。情報の袋小路、吐きだせない情報は体の中で渦を巻いて加速しエネルギーとなって肉体を破壊する。右手人差し指はサイレント・タンにとって唯一の情報発露器具だ、人間や他の『ランジーン』とは重要性が違う。その人差し指を切り落とし、自分の決意をサイレント・タンたちに見せ協力を仰ぎ、得たのだった。
一本の刃として、喉元に届く切っ先として、レディオはレディオスタゴーストとなり、決死の刃は異能者『ランジーン』を捕えようとしていた。
カーブを曲がり直線に出る。四人は先頭コミック・ロドリゲスから最後尾I・J・フィリオまで三メートルの狭い幅の中に密集していた。先頭はロドリゲス、その後方影のように張り付くレディオスタ、その一メートル後ろ、やや右側にダッドサン、その右、並走するI・J・フィリオ。ロドリゲスは左側からの追い抜きを警戒し肩が壁に触れるほど左側によって走っている。これで視界は右側だけを警戒できる。
ちょくせんーーー!!! 今俺の前に壁はないぜ! 走るぜ! 遮る物は何もない! 何もないから走るぜ! 火を噴くぜ! ターボだぜ! 当社比二倍の加速力だぜ! ぶっ飛ぶぜ――!!!! 栄光の先には悦楽が待ってるんだぜ! 羽を休める場所は君の胸だって決まってるんだぜ! 愛だぜ! 愛が全てのパワーの源なんだぜ! ってか君って誰よ? あー彼女欲しー! ふざけるな! 金持ちになってもスターになっても彼女できねーじゃねーかよ! 金とかもう必要ねーんだよ! 金いらねーから彼女が欲しーんだよ! 彼女! 彼女! 彼女! もう二十八になるんだぜー! はい! どん!
糖質補充が行き届かなくなった全身の筋肉が悲鳴をあげ、確実にコントロールを拒絶し始め、それでも加速するコミック・ロドリゲス。
(^○^)ダッド ヤバいであるな、このままじゃビリであるな。
*'ω')グッド ビリは嫌でござるな。
(^○^)ダッド 耐えがたい屈辱であるな。
*'ω')グッド 耐えがたい屈辱でござる。
(^○^)ダッド おいオート、もっと早く走るである。
*'ω')グッド オート、ターボでござる。
(^○^)ダッド 走れオート馬車馬のように。
*'ω')グッド ・走るでござるオート燃え尽きるまで。
(怒)オート うるせーんだよ! なんもしねーくせに!
(^○^)ダッド *'ω')グッド オートが喋った!
ダットサン・グッドマンは頭を下げ、流線型の頭部で風を切りながら前に出る、狙うのはコミック・ロドリゲスの右横、あとは駆け引きなしの足の勝負。頭を下げて、無酸素走行に切り替え、ロケットのように、推進力を上げて加速する。そこで異変が起きた、右側、右肩に掛かる荷重、並走していたI・J・フィリオがもたれ掛るように体を寄せてきたのだった。左に押し込まれる、目の前にはレディオスタゴーストの背中、右にはI・J・フィリオ、左には壁、加速する場所を失い、ダッドサン・グッドマンは、ハメ込まれたまま最後尾を走る。
I・J・フィリオはダッドサン・グッドマンをハメ殺して加速する。目の前にはコミック・ロドリゲス、横を並走するのはレディオスタゴースト。I・J・フィリオは見る、並走するレディオスタに視線で合図を送る。
お前どうするのだ? このままでは前方をロドリゲス、右を自分、左側を壁、後方をダッドサンに囲まれ飛び出すスペースは皆無だぞ? トップになりたくてここにいるのだろう? 一番最初にチェッカーを振らせたくて今走っているのだろう? 俺もそうだ、ロドリゲスもそうだ、ダッドサンもそうだ、ここにいる人間はみな一番になりたくて、栄光を手にしたくて、そのことだけに全てをかけたから今走っているられるのだ。お前も栄光が欲しいのだろう? ならやることは一つしかないだろう?
I・J・フィリオはレディオスタゴーストを見る、レディオスタゴーストはI・J・フィリオに視線を向けず、だが、体を少し沈ませて、進路を壁側、コミック・ロドリゲスの左側に向けスッともう一段階沈み込んだ。
よし! I・J・フィリオは確信した、これで勝てる。ダンプだ、左右から挟み込む体当たり、右側から自分、左側からレディオスタ、左右から挟み込みロドリゲスを減速させる、そして勝つ、レディオスタは壁ギリギリ、自分の前にはコースが、広大に広がっている。どちらが走行に有利なのかは火を見るより明らか。勝てる。栄光は目の前で、レースはもう決着を迎える。俺が勝つ。I・J・フィリオは加速し左斜め後ろからコミック・ロドリゲスにダンプする。体が当たる。強い衝撃と反発力がフィリオの体にも返って来る。しかしこの衝撃は想定内。減速しろコミック・ロドリゲス! しかしI・J・フィリオの思惑に反し、コミック・ロドリゲスは減速しなかった。強い反発力を持ってI・J・フィリオを押し返し、フィリオは右の壁際ギリギリまで押し込まれた。なぜだ? フィリオはレディオスタを見る。レディオスタは沈み込み、加速しようとしていた。
あいつダンプしなかったな!
レディオスタはI・J・フィリオがダンプする寸前、左に沈み込んだ体を強引に建て直し、少し下がり、体当たりしていくI・J・フィリオを眺めていた。コミック・ロドリゲスは単体でのダンプを受け付けない。屈強な肉体は体の軸をぶらさず、I・J・フィリオの肉体を受け止め押し返していった。道ができる。目の前にゴールまでの直線が見える。フィリオを押し込むためロドリゲスが右側にスライドし、レディオスタの前に障害物がないゴールまでの一本道が現れた。体を沈み込ませて、下肢に反跳力を、上半身に前傾を、視界に水平線を与えレディオスタは加速する。
加速するレディオスタとロドリゲスの間、四十センチもない間隔にダッドサン・グッドマンは飛び込む。体を地面すれすれまで低くし、尖った頭部を地面と水平にし、ミズスマシのように、流れるようにダットサン・グッドマンは狭い隙間を流れるように飛び出す。視界には地面しか見えない。しかし分かっている。ただ真っ直ぐ走ればいいのだ。真っ直ぐ走れば体はゴールに突き刺さる。
コミック・ロドリゲスは右からダンプしてきたI・J・フィリオをふり払い加速する、もう燃料はない、無酸素運動で体中がレッドシグナルを点滅させているがそれは全く関係ない。加速だ、今必要なのはゴールまで体を運んでくれる加速だ。腕を振る、腿を上げる、四肢を臍でさばきエネルギーを流体させる。加速だ、あとはゴールまで体を運んでくれる加速だけが必要なのだ。加速、コミック・ロドリゲスはゴールに向かって加速していく。
コミック・ロドリゲスから来る圧力から解放されたI・J・フィリオは目の前を見る。道はある、コミック・ロドリゲスと右側の壁、その間に細いがまだ道はある。地面を蹴る、つま先がダートのコースに喰い込み土煙が後方に撒き散らされる。頭を低くし体中のエネルギーを推進力に変えI・J・フィリオはゴールに向かって、栄光に向かって最後の加速を見せる。
疾走する四人は胸を上げゴールラインに雪崩れ込む。ほぼ一線、しかし誰の目から見てもI・J・フィリオは他の三人に比べ遅れてゴールしたことが分かる。トップは誰なのか? 観客は液晶の掲示板に目を移し、食い入るように結果を待つ。
I・J・フィリオはその超越した聴力によりゴールラインを駆け抜ける時音を聞いた。「カサカサカサカサカサカサカサ」、小さな虫が大量に何かの上を移動するような乾いた音、不気味な気色の悪い音。ゴールラインを切って自分でも分かる。自分は栄光に届かなかった。それよりも今は音だ。ヘルメットを脱ぎ耳を澄ませる。汗にまみれた銀髪が宙を舞う。聴力は取捨選択できる、聞こえる音の必要性に合わせ、聞きたい音以外をシャットダウンできる。耳を澄ます。背中、ゴールし全エネルギーを使い切りうつ伏せで倒れているレディオスタゴーストの背中だ。近づく、やはりそうだ、背中から虫が蠢くような音が聞こえる。なんだこれは? この不快極まりない音は? 近づくたびに大きくなるこの不快極まりない音は?
「背中を見せろ!」
I・J・フィリオはレディオスタの背中のプロテクターを強引に外そうとする。抵抗するレディオスタを殴りつけ、プロテクターを強引に毟り取る。インナースーツを引き千切り、レディオスタの背中が露わになる。
『結果を発表します! 本レースの結果は!
一着、コミック・ロドリゲス!
二着、ダットサン・グットマン!
三着、レディオスタゴースト!
四着、I・J・フィリオ!』
観客から歓声と落胆の声が上がる。
それを無視するようにI・J・フィリオが叫び声を上げる。
「審判団! レディオスタゴーストの不正を発見した! 順位確定の変更を申し入れる!」
会場が凍ったように沈みかえる。
「見ろこの蠢く青いフィルムを! レディオスタゴーストは背中に隠したこのフィルムから外部の情報を得ていた! きっとサイレント・タンが使うサインを背中で受け取っていたのだろう! これは不正行為だ! 己の体一つで勝負に挑む誇り高きランナーたちへの冒涜だ! 私は断固順位の変更を要請する!」
走って審判員が数人I・J・フィリオとレディオスタの下に駆け寄ってくる。フィリオはレディオスタの背中を指差し説明をする。
「きっとこのフィルムを使って外部から情報を得ていたものと思われます。これは不正行為です。早急な判断を要求します」
審判員の一人がレディオスタに話しかける。
「これはフィリオ選手の言った通り、情報を外部から入手する機械なのですか?」
フィリオが手でその審判を制す。
「この男はサイレント・タンです。そのうえ右手人差し指を失っています。何も答えられないし、コミュニケーションはとれません、聞いても無駄です」
審判員がフィリオの顔を見てレディオスタを見て一歩下がる。
レディオスタゴーストは、いや、レディオは立ち上がりヘルメットを脱ぎ、口元に笑顔を浮かべる。
「何が面白いのだ! よくも神聖なレースを穢してくれたな! 不正行為で『デッド・ラン』から追放してやる!」
レディオは右手、四本の指で汗にまみれた髪をかき上げ眉間に皺を寄せる。
「面白いから笑っているのさ」
口を開き、太い、男の声を発したレディオにフィリオ、審判員、会場が凍りつく。
「面白いじゃないか? 不正行為? ああそうさ、俺は不正行為をした、俺の背中を見て見ろ、サイレント・タンから情報が引っ切りなしに流れ込んで、俺はその情報を元に取捨選択しレースを有利に進めていたのさ。
情報の拡散と収束。
情報量が多いほど得られる答えは的確になっていくから俺は走れたのさ。俺は俺一人で走っていたわけじゃない。俺はサイレント・タン全員と共に走っていたんだ」
凍りつく会場、ゆっくりレディオの顔をフィリオが指差し言葉を発する。
「お前、サイレント・タンじゃないのか?」
「俺がサイレント・タン? ふざけるな、俺はサイレント・タンじゃない、俺はあんなに優しくないし、あんなに美しくないし、あんなに純粋じゃないし、そもそも『ランジーン』じゃない。
俺はサイレント・タンじゃない。
俺はただの人間だ」
「人間?」
レディオはフィリオを指差す。
「そう、俺はただの人間。俺は特殊な能力もなく、異能もなく、超人的な身体能力もない脳内ホムンクルスがありきたりなただの人間だよ。お前はただの人間にご自慢の高尚なレース、『ランジーン・デッド・ラン』で負けたんだ」
I・J・フィリオの顔が真っ青になり、真っ赤に変わっていく。
「ふざけるな! 何がレースで負けただ! お前は不正をしていたのだろうが! 汚い人間! 不正をしなければレースに出られない汚い人間が私を侮辱するな!」
「不正? 俺がなんの不正をした?」
「背中のフィルムはなんだ! サイレント・タンたちから情報を入手して、レースを有利に運んでいたんだろう!」
「サイレント・タンから情報を入手?」
「そうだろうが! 背中のフィルムが動かぬ証拠だ!」
「お前は俺がサイレント・タンと結託し、情報を入手していたと言っているんだな?」
「そうだ! その通りだろうが!」
「分かった、俺はサイレント・タンと結託し、サイレント・タンから情報を入手し、レースを有利に運んでいた。それを認めよう」
「当たり前だ!」
レディオは笑みを崩さず、両手を広げ頭を下げる。少し静止し、両手を広げたまま顔を上げる。上げた顔には表情がなく、まるで、そう、サイレント・タンのようなかんばせだった。
「でもそれでいいのか? 俺は人間だぜ?」
コイツ何をと思い、張り倒そうとしたI・J・フィリオの動きが途中で止まった。「俺は人間だぜ」、つまり人間とサイレント・タンが情報の共有ができる、コミュニケ―ションができる、それをお前は認めるんだな? この男はそう言っているのだと今気がついた。
人間とサイレント・タンのコミュニケーション、これが可能だということになれば、自分の立場は危うくなる。裁判だ、二年前裁判で人間とサイレント・タンはコミュニケーションが取れない、これを理由にヒトミ・チャンドラの証言を認めず勝ったのだった。今認めるわけにはいかない。自分の快楽殺害が明るみに出てしまう。
「いや、それは、」
「それじゃお前は不正もないただの人間に神聖なレースで負けた、それでいいんだな?」
いいはずはない、人間に負けた、この先一生ランナーとして言われ続ける屈辱だ。もうスターではいられなくなる。今手にしている物の全ては自分がスターだから得られているのだ、スターでなくなったら何もかも失う。全て、何もかも。人間に不正なく負けた。これも認められない。
「I・J・フィリオ。お前は今詰んだんだよ。袋小路、まさに袋小路だろフィリオ。お前に逃げ道はねーんだよ、俺が全部塞いでんだよ、散れよI・J・フィリオ、このクソ野郎が」
レディオはフィリオの顔に唾を吐きかける。
紅潮したフィリオの顔面に唾がかかり滴る。
そして逃げ道のない現状に、屈辱の現状に、I・J・フィリオの精神は飴細工のように脆く砕け散った。
「ぎぃやややややや!!!!!」
叫び声をあげ、レディオに襲いかかるI・J・フィリオ。体を包んだプロテクタは凶器であり、フィリオの指先は強化プラで補強され、獣の爪のように鋭利で、受け入れるように胸を突き出したレディオの左胸に深々と突き刺さった。
情報の拡散と収束。
人間には思考による自由意思決定は存在しないし存在してもその選択肢はとても少ないし、人間の行動のほとんどは、外部から入力される情報によって決定されるし、人間の行動は環境が決めるのだ。
つまり環境さえ整えれば人間は、『ランジーン』は思いのままに操れるのだ。
環境さえ整えば、大観衆の前で殺人を犯させることも容易いのだ。
大量の血を吐き背中から地面に倒れるレディオは笑顔だった。取り押さえられ発狂するフィリオに笑顔を見せ、口から血の泡を吐きながら最後のセリフを言った。
「これが本当のチェックメイトだサディストが」
レディオの刃が、I・J・フィリオの喉元に突き刺さった瞬間だった。
笑顔のまま目を閉じ、弱くなる自分の鼓動を聞きながら左脛の圧力伝導フィルムに意識を集中させる。左脛から伝わってくる圧刺激に全神経を集中させる。
一番大切な人からのメッセージ、一番大切なメッセージ。
もういない人からのメッセージ。
死んだ人間からのメッセージ。
愛するただ一人の肉親からのメッセージ。
愛するあの人からのメッセージ。
姉、ミライザからの愛の囁き。
レディオ・レディオ・レディオ・愛してる・愛してる・愛してるの・私はあなたを愛してるの・狂おしいほど・千切れるほど・飛び散るほど・弾けるほど・落ちるほど・沈み込むほど・天駆けるほど・迸るほど・あなたの鼓動が聞こえると私は全てを止めてその音と揺蕩うの・あなたの鼓動が聞こえると私は全てを止めてその音を弄ぶの・あなたの鼓動が聞こえると私は全てを止めてその音に身を任せるの・あなたの揺れる黒髪は真夜中を連れてきて・あなたの黒い瞳は漆黒を連れてきて・あなたの白い歯は朝靄を連れてきて・あなたの温もりは陽だまりを連れてくるの・衣服の擦れる音はまるで氷河が軋むような清涼感を与えてくれて・鼻をすする音は優しいビブラートで私を包み・首を鳴らす音は私に驚きと切なさを・指を鳴らす音は私に警告と緊張感を・喉を鳴らす音は際限ない悦楽の想像を・舌を鳴らす音は私にマゾヒスティックな快楽を・落ち込む顔は私にサディスティックな快楽を・悲しい顔は私に母性愛を・勇ましい顔は私に父性愛を・食べる口元はエロティックな想像を・掴む指はエロティックな想像を・髪をかき上げる仕草は同性愛を・細める目には異性愛を・全ての欲望をあなたは私に感じさせてくれる・全てが私の心を捕えて離さない・愛してるの・愛してるの・愛してるの・愛は捧げることで・愛は全て捧げることで・愛に流動性はなく・愛は普遍的で不動・変わることがないの・変われないの・全て捧げるしかないの・全て奪われるしかないの・全てあなたのために生きる・あなたのために生きる・生きることは尽くすことなの・あなたの全てに尽くすことなの・尽くして・尽くして・尽くして・全てをあなたに捧げることが愛の普遍的な形なの・だから私を食べて・私を飲んで・私を引き千切って・私を弄んで・私の全てはあなたの戯言のためにあり・私の命はあなたの戯言で失われることを望んでいます・全てを捧げます・全てを捧げます・だから殺してください・私を殺してください・あなたの手で・私を引き裂いてください・全てを捧げます・愛している・愛している・愛している・………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………愛してる・レディオ・愛してる・だから愛して・私を愛して・私を愛してレディオ・私のレディオ・私だけのレディオ・狂おしいほど・千切れるほど・飛び散るほど・弾けるほど・落ちるほど・沈み込むほど・天駆けるほど・迸るほど・私を愛してレディオ・私のために狂ってレディオ・私のために千切れてレディオ・私のために飛び散ってレディオ・私のために弾けてレディオ・私のために落ちてレディオ・私のために沈み込んでレディオ・私のために天駆けてレディオ・私のために迸ってレディオ、私を愛してレディオ・私のために死んでレディオ・死は愛を不変的にするの・あなたの死によって愛は普遍化するの・死んでレディオ・死んでレディオ・私のために死んでレディオ・死んで・死んで・死んで・死んで・死んで………………………………………………
姉さん、愛してるよ。不変的にね。
END
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