特別短編ロゴ3


「――で、これは、何?」
 時間は過ぎ、陽もだいぶ沈みかけたころ。
 調理室ではようやく緋色の前に、二つの料理(?)が並んだ。椅子に腰掛けてその物体を見下ろす緋色は、珍しく頬がひきつっている。
「えへへ、緋色先輩! 私頑張りましたッ☆」
 葵は得意げな表情で胸を張っている。
「緋色せんぱいが元気になれるように、心をこめました」
 桃果は誠実な表情で、胸に手をあててつむぐ。
 黄はその二つの物体Xを、緋色の横に立って見遣ってみる。
 まず、葵の作った料理。何やら黄色いものが団子状に丸まってお皿にのっかっている。一応は料理としての体を為してはいるが、何を作ったのかは不明だ。
「カルボナーラです!」
「どこが?」
「え? どっからどう見ても、カルボナーラですよ! 卵がちょっと固まっちゃいましたけどぉ」
「卵が固まったとか、そういうレベルの塊じゃないと思う」
 どうやら彼女は調理部所属でありながら、料理に関して相当な素人のようだ。 緋色は青ざめ、二つの料理を見下ろしたまま完全に硬直している。その様子を、期待の眼差しで見つめる葵と桃果。
 黄は緋色が不憫になってきた。個性的な後輩を持つと、苦労するんだなぁ、と思った。
 緋色はフォークを手にとって、葵の作った塊へと突き刺した。解れることなく、大きな塊がそのままフォークにくっついてきた。
 目を閉じて、思い切ってぱくり、とその一部を口に含む。
 緋色がもごもごと口の中で咀嚼するのを、葵は瞬きすらしないで真剣に見つめ続けている。
「卵の味しかしない。しかもぐにゃぐにゃ、ゴテゴテ。正直言って、おいしくない」
 緋色の評価に、葵がしゅん、と眉を下げた。
「ごめんなさい……」
「でも、葵が一生懸命頑張って作ったのは伝わってくる。まだまだ料理はヘタクソだけど、気持ちはちゃんと入ってるから……私の為に、ありがとう」
「わ、私の方こそ食べてもらえてありがとうございます!」
「これからビシビシ鍛えるから、覚悟しておいて」
「は、ハイッよろしくお願いしますっ」
 泣きそうだった葵の表情が、途端にパァッと輝く。黄はこっそりヤレヤレと肩をすくめた。自分の兄もそうだが、緋色も女の子に対して胸キュンなセリフを、平気な顔して吐くのだ。要するに天然なのだ。
 緋色は、黄の用意してやったコップの水を一口飲んでから、ずっと目を逸らしていた桃果の料理へと目を向けた。
こちらはもう、一体何がなんだか分からない。
 赤黒い汁に、魚の頭やら何かの草、木の根っ子らしきものがプカプカと浮いている。もはや料理には見えないドン引きレベルのブツである。その臭いも、幽霊だろうと怨霊だろうと泣いて逃げ出しそうなほど凄まじい。
「薬膳スープをつくってみました。本の通りには作れなくて、似たようなものを探してきたありあわせの材料ですけど……」
「もかちゃん、それって……料理の本じゃなくて、まさか」
「本来なら、トカゲの尻尾やカエルの目玉を入れて煮込みたかったんです……でも、見つけられなくて、ごめんなさい」
 残念そうに言って、深々と頭を下げる桃果。
 黄は思った。
 リアル魔女が、ここにいる。
「私がいつも読んでる本に書いてあったんです……『元気になる料理』って」
「そ、それってオカルトの本だよね? ひいちゃんにでたらめばっかだから処分しなさいって言われてた……」
 その会話を横で聞いていた葵が、怒りを爆発させた。
「緋色先輩になんてものを食べさせようとしてんのよ! 緋色先輩っ、こんなものどう見ても食べられません! 勝負は私の勝ち――」
「食べるわ」
 緋色はキッパリと、力強く宣言した。
「だってこれも、私の為に桃果が心を込めて作った料理だもの」
「ひいちゃん……」
「緋色先輩、かっこいい……」
 葵が状況を忘れて、うっとりと緋色の凛々しい顔に見入っている。桃果も頬を染め、緋色へとキラキラした瞳を向けていた。
 緋色は意を決したのか、スプーンを薬膳スープとやらに伸ばしていく。
 表情はなんとか平静を保っているが、ぶるぶるとガタガタと、ありえないぐらい手が震えていた。
 誰も言葉を発しない張り詰めた空気の中、緋色のスプーンがゆっくりとスープに近づいていく。
 スプーンの先が水面に達した、その瞬間。
「――だ、だめええええぇっそんなの食べたら緋色先輩死んじゃうっ!!」
 涙目になって叫んだ葵が、咄嗟に緋色のスプーンを奪い取った。あっと思う暇もない。葵がそのスープ皿を持ち上げ、ずずずーっと一気に飲んでしまった。
「の、飲んだ……」
「全部飲んだ……」
 緋色と黄が二人で青ざめ、呆然と葵を見つめる。
 葵の手からスプーンが、からん、と音を立てて調理台の上へと落ちた。
「あ……あ……」
 口を開き虚空を見つめる葵の、その身体から、もわりと黒い影のようなものが抜けていくのが見えた。
 小さな淡い光の粒が、空気に溶けるように消えていく。
 それはどうやら、黄と緋色にしか見えなかったようだ。桃果はひたすら心配そうに眉を下げている。
「怨霊?」
 黄が声をひそめて緋色へと問うと、緋色は首を振ってそれを否定する。
「怨霊の残滓みたいなもの。葵の悪い感情を増幅させてたのは、多分ソレ。葵の悪い感情を餌にしてたのね。とりつかれてたわけじゃないけど、まぁちょっといつもより病んでたのはその所為なんじゃない?」
「なんで今出てきたんだろ……まさか、もかちゃんの料理?」
「おそらく」
 怨霊の残滓までも浄化させてしまうほど、強烈なものだったらしい。改めて、天然でそんなことをしてのける桃果という存在が恐ろしく感じられた。
「なんで私、こんなに小谷さんに怒ってたんだろ……」
 葵の表情はすっきり晴れやかになっていた。自分が先ほどひどく恐ろしいものを口にしたという事実は、記憶から飛んでしまっているらしい。
「あ、あの、渡瀬さん、大丈夫でしょうか……?」
「小谷さん、ごめんねっ」
 葵がガシッと桃果の両手を掴んだ。
「私、小谷さんにヤキモチやいて、いっぱいヒドイこと考えちゃってた。そんなの、筋違いなのに。本当に緋色先輩が好きだったら、二人を祝福しなきゃいけなかったのに……」
 目の端に涙を浮かべ、桃果へと言う葵は少し辛そうだ。
 桃果はびっくりしているが、葵の言っていることの意味が分からないらしく首を傾げている。
「本当にごめんなさい、小谷さん……」
「い、いえ。わたし、えーとあの……」
 桃果はどうしたらいいのか分からないのかアワアワして、メガネの向こうの視線が泳いでいる。
 見守っていた黄は一歩前へと出て微笑んだ。
「もかちゃん、そゆ時はね、お友達になりましょうって言えばいーんじゃない?」
「あ、は、はい。……わ、渡瀬さん。あの、よかったら、おともだちになりましょう」
 桃果の言葉に、うつむいていた葵が顔を上げる。救われたようなホッとした表情だった。
「本当に? 私のこと怒ってないの?」
「なんで怒るんですか? あの、わたし、渡瀬さんといっしょにお料理するの、楽しかったです」
「小谷さん……っ」
 葵は更にぎゅっと強く桃果の手を握った。どうやら二人に素敵な友情が芽生えてくれたらしい。
 問題は解決したし、よかったねと黄もニコニコ満足気にうなずく。
 緋色は一人取り残され、わけがわからないといった風にため息を吐いた。
 桃果と仲直りした葵は、その手を離す。
「私小谷さんと緋色先輩のことを祝福しま……あれ、なんで……」
 安堵感とともにタガが外れてしまったのか、葵の瞳から涙がぽろぽろと堰を切ったように溢れてきた。どうやら気持ちの整理がつかないようだ。
 負の感情を増幅させられていたとはいえ、緋色への感情はほんとうのものだったということか。立ち尽くし、ぽろぽろと泣く葵を見ると黄の胸が痛んだ。
 ばかだな、あおちゃん。二人は付き合ってなんかないんだよ――と今なら届くであろう真実を言おうとしたのだが、その前にすっと緋色が葵の前に立った。
 そして、緋色は葵をぎゅっと抱きしめた。
 葵の背中へと手をまわし、その背中を撫でさすってやっている。黄は唖然とするしかない。
「何を泣いてんのかわかんないけど。葵は元気だけが取り柄なんだから、さっさと元気になって突っ走って」
 緋色が優しく、葵の耳元で囁く。葵は言葉を失って目を見開き、耳まで真っ赤になっていた。
 軽いハグを終えると、緋色は葵のフワフワとした髪を撫でてやる。
「あ、う、うぁ……」
 目をぐるぐるとまわしている葵は、言葉にならない様子だ。
「ひ、緋色先輩……」
 葵は緋色をうっとりした瞳で見上げる。その瞳から、もう涙は消えていた。
「すごいなひいちゃんってば……そりゃファンも増えるわ」
 黄は小さく呟き、ため息を漏らした。桃果を見ると、赤面しつつ、やっぱりいつも通りわたわたとしている。
 葵が嬉しそうにしているのを見ると、よかったねぇあおちゃん、なんて思いながら……。
 そこで、黄の小悪魔アンテナが再び作動した。
 とてとて、と軽い足取りで緋色へと近付いていき、ポニーテールの揺れる背後へと立つ。
「ひいちゃんひいちゃん」
 呼ぶと、緋色が振り返ってきた。
「何?」
 ちょいちょい、と手招きすると、緋色が不機嫌そうに耳を寄せてくる。
 思いついたことを、こっそりと耳打ちをした。
「なっ!? ……本気で言ってんの?」
 恨みがましい眼でじとりと見下ろされても、黄はにんまりとしたままだ。
 緋色は頬を染め、こほん、と一度咳払いしてから葵へと向き直る。
「葵」
「はいっなんでしょう?」
「元気だして」
 緋色が言って再び葵へと近付いていき――その頬へと顔を寄せ、ちゅ、と軽く唇を触れさせた。
「――っ!? は、え、ええええええぇっ!?」
 すぐにパッと離れた緋色は、真っ赤になっている。
「これでいいの黄!? これで本当に葵は元気になるんでしょうねっ!?」
 頭から蒸気を噴出している葵は、ぱくぱくと口を開け閉めし、もはや声にならない状態だ。
 黄はフヒヒと笑う。
「めっちゃ元気になったよね、あおちゃん?」
 聞くと、葵は何度もガクガク頷いた。
「わた、私、やっぱり緋色先輩のこと諦めませんっ!! 大好きです!! 小谷さんは友達で、ライバルですっ」
 葵は宣言し、緋色へともう一度目を向ける。
「緋色先輩、今度は口にしてくださいねっ」
 晴れやかな笑顔で言うと、恥ずかしくなったのか自身の頬を覆い、きゃぁっと小さく漏らして逃げるように去っていった。
 緋色は呆然としている。
 のろのろした動きで、黄を振り返ってきた。
「黄、あのさ……もしかして、葵って恋愛感情で私のことが好き?」
「今更気付いたのひいちゃん?」
 黄が言うと、緋色がずおぉと迫ってきた。その顔は険しいを通り越して般若のようだ。怒りの赤いオーラも背負っている。
「……そうかそうか黄は全部知ってたのね。知ってて、葵にキスをしろと、ほう」
 緋色の迫力にじりじりと後ずさりした黄はぴゃーっと逃げ出す。
 桃果の手を取って巻き込むことにした。
「逃げろぉーもかちゃん! ひいちゃんがご乱心じゃー!」
「えっ、あ、はいっ」
 手に手を取って逃げ出した黄と桃果を、凄まじい勢いで緋色が追いかけてくる。
 桃果と一緒に鬼緋色との追いかけっこを存分に楽しんだ黄だったが――

 家に帰ったら、ご飯抜きにされた。

≪おわり≫

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