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ランジーン×コード・インスパイテットストーリー
ランジーン×ビザール
テイクスリイ


ブレスオブライアー・キスオブライアー

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 【ラビットの苦悩】

 わたくし『ラビット』は生きていく指針を失いそれでも生きておりました。十八歳、わたくしがアマンダ・テールノーズの体から生まれて十年が経っていました。
 わたくしが手掛けた混乱の国、アメリカ合衆国はその混乱を深めていました。混乱の国アメリカ、人が死に、人が狂い、人が苦しむ国アメリカ、わたくしは成し遂げました。しかしそこに達成感も、多幸感も恍惚もありません。わたくしは従い成し遂げただけ、わたくしはこのアメリカになんの感傷もありませんでした。
 朝、目を覚まします。睡眠の終わりと共に一日が始まります。
 最初にやることは目を開けること。起き上りベッドを出てカーテンを開き窓を開けます。青空でした。澄み渡るほどの青空、雲一つない青空、ただわたくしには関係のないこと。興味もありません。澄んだ大気、わたくしの頬を撫でる凛とした冷たい空気と冷気、ただわたくしには関係のないこと。興味もありません。わたくしは耳を澄ませ頭の声を聴きます。でも頭の中の声は聞こえません。わたくしに何も命じてはくれません。わたくしはこの先、生きる方法が分かりません。死ねと言われているのでしょうか? ただアマンダ・テールノーズの肉体が滅びるのを待てと言っているのでしょうか? 分かりません。何も分かりません。
 声が聞こえなくなってからわたくしは誰とも会ってはいません。誰とも会わず、ここメンフィスの郊外にある家で一人暮らしております。声が聞こえなくなってから多くの人に会いました。いろいろなかたにいろいろなアドヴァイスをいただきました。私の生きる指針を、いろいろなかたが真剣に考えてくださいました。しかしどのかたのアドヴァイスも得心のいくものではありませんでした。
 御教授下さい、御教授下さい、御教授下さい、何人ものかたに、何百回とこの言葉を述べたでしょう。しかしわたくしが得たい本質は誰一人として理解しておらず、誰もわたくしに生きる指針を御教授下さいませんでした。
 生きることとはなんなのか、生きていることになんの意味があるか、わたくしはこの本質に触れられず今まで口を汚してまいりました。
 声は聞こえません。わたくしに生きる道しるべはもう存在しません。


【キャスパーの苦悩】

 俺は刑務所の中で勉強をした、生まれて初めて生きるために何かを学ぼうと必死になった。刑務所の中で受けられる技能講習はほとんど受けたが塀の外では全く役には立たなかった。自動車整備も、機械整備も、刑務所の中の機材は古すぎて塀の外にある最新機材は俺にとって未知の道具たちだった。全く役に立たない労働者、その上殺人者、雇ってくれるはずはない、俺は路上で生活しながら仕事を求め求人を求め毎日職業安定所に通ったが出所して二週間仕事にはつけていなかった。
 金がなくなった、刑務所の中の労働で稼いだ三十八ドルは、昨日の夜買ったカッテージチーズで全て使い果たした。まだ一月、このまま何も食べず路上で暮らしていたら確実に死ぬ。職はない、このまま職を探していても職が見つかる前に飢えて寒さで死んでしまう。死にたくはない、俺は死ぬために生まれてきたわけじゃない。生きたい、だから俺は最後の決断をすることにした。
 生きるために、俺は犯罪者に戻る。


【ラビットの欲望】

 今日も起きて最初にすることは目を開けること。起き上りベッドを出てカーテンを開け、窓を開けます。青い空、雲一つない澄み渡った空、わたくしは窓から身を乗り出し空を見上げます。
 この家にはわたくし以外人はいません、ただわたくしは国の重要人物なので家の前には警護のため警官が二人立っていますし、両隣の家と後ろの家は国が買い取り、警護の人間が住んでいます。
 わたくしは外出を好みません。家の中で一日何もせずに過ごします。何もせず椅子に座ったまま微塵も動かず、目を閉じ一日が過ぎるのを待ちます。食事は一日一回、排泄は一日二回、朝起きて、排泄をして、食事をして、排泄をして、就寝します。それがわたくしの一日であり、それ以外のことをしようと思ったことはこの家に越してきて一度もありません。
 この家に越してきて三年、今日の朝初めて空を見上げました。
 澄んだ空に浮かぶ雲はなく、飛ぶ鳥もなく、遮る電線もありません。わたくしと空はダイレクトに繋がり空はわたくしをその一部として認めてくれているように思いました。
 窓から身を乗り出し空を見上げます。耳を澄ましてもいつもの通り声は聞こえませんが、代わりに空が見えます。わたくしは空を見上げながら、もっと広いところで空が見たいな、と、思いました。
 わたくしの家の窓からでは隣の家とわたくしの家に挟まれ空が一部しか見えません。
 遮るもののない、そうですね草原のようなところに転がり空が見たいなと思いました。
 わたくしはここに越して初めて外出することにしました。空へ繋がるために。


【キャスパーの欲望】

 歩いて歩いてたどり着いたのは郊外の住宅地。ここは金持ちが住むエリアで公園と隣接した山は自然保護地域になっているらしい。看板が出ている。

『ここより先、自然保護地域のため、立ち入り禁止』

 ふざけてる、何が自然保護地域だ、ここの近くに住む金持ちたちはこの山でハイキングやトレッキングを楽しんでいて、そいつらのために貧乏人が締め出されているだけだ。ふざけるな。
 俺は山を囲んでいる金網を二、三度爪先でノックする。電流は流れていない。よじ登り金網を超える。山の中に入っていく。小枝を踏みしめ、落ち葉を踏みしめ山を登る。山の中腹まで獣道を進み、やっと目当ての場所を見つける。
 ハイキングコース、薄暗い木々の中の細い道。きっとここを金持ちが通る。そこを襲う。ここに来る金持ちは近くに家を持っている連中だ、だからここで襲って鍵を奪って家も襲う。
 金だ、空腹を満たすのも、暖かいベッドで眠るのも、人間扱いされるのにも金が要る。
 石ころにならないためには、死体にならないためには金が要るのだ。
 石ころにならないために、人間であるために、俺はハイキングコースの横、草むらの中で丸くなり石ころのように気配を消す。


【ラビットのアイデンティティ】

 護衛の方々には山の下でお待ちいただくことにしました。この山の頂上は少し開けた草原があります。そこに寝転び、空を見上げる。護衛の方々はわたくしが寝転んでも一緒に寝転んでは下さらないでしょう。寝転んだわたくしの近くに立った護衛の方々がいたら視界に空以外のものが、この場合では護衛の方々ですが、空以外のものが映り込んでは空を見る意味がなくなってしまいます。
 護衛の方々と自然保護地域に隣接する公園で別れ、一人ハイキングコースに足を踏み入れます。白いラバーソールに白のニーハイソックス、傘のように広がる白い膝丈ペティコートはパニエで膨らませ、首元に何重にもレースの刺繍がされたドレスシャツに真っ白な兎の毛皮のロングコート。頭には真っ白なヘッドドレスにはウサギの耳が二本左右に垂れ下がっています。わたくしの正装、『ラビット』であるわたくしのアイデンティティです。


【キャスパーのアイデンティティ】

 俺にアイデンティティはない。
 あえていうなら生きること、生き抜くこと、これが俺のアイデンティティだ。


 黙々と山道を歩く『ラビット』。石になり獲物を待つキャスパー。
『ラビット』がキャスパーのいる草むらの横を通り過ぎ、キャスパーは音もなく草むらを抜け出し、後方から『ラビット』の首に腕を絡め、カッターナイフを鼻先にチラつかせ、言葉を放つ。

「動くな」


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