
◆3----------------------------------------------◆
わたくしは確かに突飛な質問をしたかもしれません。確かに、でもなんでしょう? 知るわけねーだろ? これはないでしょう? わたくしは誠心誠意疑問をぶつけているのです、ボケ? ボケって、わたくし、アマンダ・テールノーズの頭の中から生まれてこのかたこれほど汚い言葉で罵られたことはありません。ボケって、さすがに傷つきます。
「お前何言ってるの? バカなの? メンタル病んでるの? 自分探しならインドに行けよ、俺に聞かずガンジス川に聞けよ」
あれ? なんででしょう? 罵られ続けています。
「なんなの? ヨガやれよ、悟りとか開けよ、ほらあれやれよあれ、ゼン? そんな感じのあるから、俺知らねーけどあるから、足とか組んで解放されろよ、宇宙と繋がっちゃえばいいじゃん」
宇宙と? 繋がる? それはそれで魅力的な話です。
「宇宙と繋がれるのですか?」
「繋がれるはずないじゃん、お前宇宙のことなんだと思ってるの? 宇宙って空間だよ?どうやって繋がるの? やっぱりバカなの? メンタルボロボロなの? 死ぬしかないの?」
あ、やっぱりバカにされてる。完全にバカにされてる。
今まで幾人の方々に質問をしてきました。御教授下さい、御教授下さいと幾人の方々に聞いたか分かりません。今まで得心いく答えは得られていませんし、得心いく答えを提示したかたはいらっしゃいませんでした。しかし、しかしです、質問にお答えいただいた方々は皆真剣にお答えくださいました。それぞれの立場から真剣にわたくしに御教授下さいました。でもなんでしょう? 完全にバカにされています。こんなケースは初めてです。感心すると言うか、考え深いというか、心の奥底から湧き出るこの感情はなんなのでしょう? なんというか、絞殺したいです。
「お前さ、いつからそんなこと考えてるの?」
「いつから? 声が聞こえなくなってからです」
「声!? 何それ!? かなり怖いんですけど! お前頭の中とかで声とか聞こえちゃう系だったの!?」
「聞こえちゃう系っていうものがよく理解できませんが、生まれた時から声は聞こえていました」
「生まれた時から!? スゲーなお前ナチュラルボーン○○○○じゃん! その声に従って生きてきたとか言っちゃう系?」
「言っちゃう系ってものが理解できないのですが、確かに声に従い生きてきました。その声が聞こえないのです。もう何年も聞こえないのです。生きる指針が、導きが、私には届かないのです。どのように生きていけばいいのでしょうか?」
「お前さー」
蔑むような目で見られています。そして口は半笑い、完全にバカにされています。
「お前さー、声聞こえないならそれでいいんじゃねーの? だって声聞こえるほうが異常だろ? 声聞こえなくなったんならお前のメンタル正常に近づいたってことじゃねーの? よかったじゃん? 病気治ったじゃん? 好きに生きろよ、薬はほどほどにな」
「病気ではありません!」
「病気だろ、頭の中に声聞こえちゃったら病気だろ、でもいいんだよ、もう聞こえないんだろ? よかったじゃん? 治ったじゃん? 好きに生きろよ、薬はほどほどにな」
好きに生きろ、この言葉は幾人もの方々がわたくしに御教授下さった言葉です。もちろんもっと優しい言葉で丁寧に、わたくしのことを気遣って言葉を選んでみなさん言ってくださいましたが、ニュアンス的にはこんな感じでした。好きに生きろ、この言葉はわたくしの得心を得る言葉ではありません。
「それではダメなのです。その言葉では足りないのです。もっと的確にわたくしの得心いく言葉をいただけないでしょうか?」
「は? 何言ってるの? バカなの? 死ぬの?
そもそも得心いく言葉が欲しいって何様なの? 基本ね、基本誰かがくれた答えに納得いかないって時はもう頭の中に答えがあるに決まってるの。その答えを誰かに言ってもらって、誰かに肯定してもらって安心したいって時の心理なの。
いいよ、金くれるんでしょ? いくらでも肯定してやるから言ってくれよ。質問とかはまどろっこしいから、答え探すのとかウザいから、いいから言ってみろや、てか言ってください、
お前はさ、どんな答えを期待してるのさ」
「答え? 求めている答えなどありません、わたくしはあなたのお考えを、」
「いやいやいや考えは言ったじゃん? 病気治っておめでとさんじゃん? それじゃあ本当に俺の考えてることを言ってやろうか? お前のことを考えていない、お前のことを知らない、お前のことを大切に思っていない、お前のことが大切じゃない俺が本当にお前の質問を聞いて考えたことを言ってやろうか? それに耐えられるのか?」
ブルーアイズ、二つのブルーアイズがわたくしを射抜き、わたくしは言葉も出ず、ただ唾を呑みます。真理、真の回答、わたくしの心情を無理に汲み取ろうとしない情け容赦ない回答、真の答えがわたくしに放たれようとしていると感じます。
生まれて初めて身が震えます。
緊張で発汗しています。
感情が、緊張が体を支配して頬が引き攣るのが分かります。
今わたくしは新たな声を聞く瞬間なのだと感じます。
救われると、感じています。
泥に汚れた頬、ひび割れた唇、生えるに任せた髭で囲まれた口が言葉を発するために動き出します。喉が音を発するために締り、声帯が震え、空気の波が、震えがスローモーションのように私の耳に向かってくるのが見えます。歪んだ大気、屈折する光、毎秒三百二十メートルで進むまさに音速の震えがスローモーションでわたくしの体に当たり鼓膜を震わせます。音を感知し、言語として理解し、意味を知った時わたくしの目から涙が吹き出し感情のままに天を仰ぎ奇声を上げます。怒鳴り、叫び、感情を放ち、体は打ち震えます。
真理に到達したと確信します。
真言を得たと確信します。
福音を聞いたと確信します。
そして解放されたのだと、心の底から感じます。
言霊を頭の中で一文字一文字反芻し、そのたびに快楽の波は強く体を貫きます。
繰り返します。
言葉を飲み下すため反芻します。
言葉を、わたくしの指針を、解放のイグニッションキーを。
天啓を。
「舐めてんじゃねーよクソアマ、誰かに食わせてもらって、生かしてもらって、それに不平垂れてんじゃねーぞクソアマ。
生きてることに不平垂れてんじゃねーぞクソアマ。
生きていることに理由はねえ、
生まれたことに理由はねえ、
あるのは目的だけなんだよクソアマ。
生きる指針は生きることだ、生き続けることだ、生き抜くことだ、死なないことだ。
何かのために生きるんじゃねーよ、自分のために生きるんでもねえ、命のために生きるんだ、自分の体の中にあるたった一つの命守るために生きるんだ。
人生ってのはな、それ以外のなんでもねーんだよ
生きることにな、それ以外の理由はねーんだよ」
天啓を。
私は真理を教えて下さった男性に抱きつきおんおん泣きます。唇を唇に押し当て舌を絡ませおんおん泣きます。体を包んでいる衣服を引き千切り、男性の衣服も引き千切り、赤子のように縋りつきおんおん泣きます。おんおん泣きながらわたくしは快楽の絶頂に達します。上がりきるたびに高みが見える快楽の峰を音速で駆け上がっていきます。体中の細胞が悦楽を求め、快楽を求め、運動機能の全てを駆使し体を揺すり、当たる場所が満ち満ちて離れないように痙攣をし、暖かさを感じるために皮膚を皮膚に張り付け、抱きしめ、狂ったように体を揺すります。放たれたものを体内で受け、それでも収まらずに次の結合を望み、くねり、滑り、絡みつき、舐め上げ、そして受け入れ体を揺すります。涙を流し、体中の体液をまき散らし、嬌声を上げながら悦楽の高みに落ちていきます。
悦楽の頂点で失神し、目を覚ましたら夜でした。見上げる星空には無数の星が煌めき、でもその星々に、宇宙に、繋がりを持てるなんて今のわたくしは思いません。宇宙は空間です。どうやって繋がりを持つのですか?
わたくしは全裸で、わたくしに言霊を与えてくださった男性も全裸で失神していました。口から泡を吐いていますし痙攣し白目を剥いていますがとても愛おしく、凛々しくわたくしの目には映ります。わたくしは思います。このかたのお名前が知りたいと、このかたの経歴が、このかたの生い立ちが、このかたの全てが知りたいと欲します。体を摺り寄せ鼻先に額を当て擦りつけます。このかたの匂いが少しでもわたくしに移ればと肌をこすりつけます。愛おしさが体から溢れ出し声になって出てしまいます。ふふん、ふん、ふふふふん、鼻歌となって大気を揺らしてしまいます。抱きしめ、甘く噛み、舌先で味わい唇で弾力を感じます。ううんと辛そうに呻き声を上げるその声が可愛らしくて、眉間に寄る皺が愛おしくて、舌先で鼻から眉間を舐め上げてしまいます。早く目を覚ましてくださいませと願います。目を覚まして、わたくしにそのお名前をお教えくださいませと願います。願い、そして体をこすりつけ今この時を楽しんでしまいます。
うううーん、本当に愛おしい声、愛おしい呻き声、この声を聞けるためならわたくしは全てを捨てる覚悟はあります。そもそも持っている物など何もないのです、なので欲望のままに、快楽のままに、愛おしさのままにより良き呻き声を聞くために両手で首を絞めてみたいと思います。
うーうーうー! 可愛い! なんて愛おしい呻き声なのでしょう! もがきわたくしの手を引っ掻く仕草もリズミカルで少し滑稽で愛おしさは鰻登りです。うーうーうー!!! なんて素晴らしいのでしょう! 力が入ってしまいます。このまま首を捻じ切ってしまわないようなんとか握力をコントロールするのは至難の業です。くぱって効果音が出そうなほど勢いよく男性の目が開きました。下から思いっきり頬を殴られますが首を回転させパンチの威力を逃がしノーダメージで首を絞め続けます。ぶーじゅーうー! 男性は口から泡を吹き出しもがいています。可愛らしい、美しい、愛らしい、全ての感情が吹き出し私は乱暴に男性の頬を張り倒し強引にキスをします。頭に突き抜ける電撃、強烈な衝撃、痙攣するほどの悦楽がわたくしの体を襲い快楽の山の高みに一瞬にして到達してしまいます。強い体が砕け散るような快感に体の自由が奪われわたくしは高振動で痙攣します。その隙をつき男性がわたくしを突き飛ばし這いずりながら距離を取ります。内ももを擦り合わせながら手の力のみで這いずり逃げる男性のお尻がなんて可愛らしいのでしょう。凝視ししてしまいます。男性はわたくしの視線に気がつき手の甲でお尻を押さえますがその仕草が可愛らしすぎて失神してしまいそうになります。あー見てる見てる、わたくしを恐怖の目で見ている、その怯えた眼差しがまたサディスティックな欲望をわたくしの中に芽生えさせてしまうのですよ、お分かりなのですか? ダメですよ? ほら、あなたはわたくしから逃れられないのですから。しゃなり、しゃなりと四つん這いで腰を振り、舌を出し涎を滴らせ笑みを浮かべ近づくと、恐怖のあまり体を震わせ、自由がきかない体にムチ打ち全力で逃げようとする男性の姿はこの世のものとは思えないほど愛くるしさ。しゃなり、しゃなり、腰を振り体を揺さぶり近づくと、男性は近づいた分だけ逃げていきます。天に届けと腰を上げ、両手を伸ばし体全体で伸びすると、ヒッ! 可愛らしい男性の悲鳴が聞こえます。体をブルブルブルと揺すり目を閉じ、目を見開き、タメを作り一気に男性に向かいジャンプをします。
ひひゃ! 体がぶつかるのと同時に口から可愛い声を上げた男性は一心不乱に抵抗してきますので首筋に噛みつくと全身を痙攣させ大人しくなりました。体前面の皮膚を全て男性の体に密着させ、揺すり、こすりつけます。
男性は泣いていました。
「もうなんなの!? もう許してください、殺さないでください、食べないでください、死にたくありません、なんでもします、なんでもします、殺さないでください、食べないでください、俺をころさないでぇぇぇぇぇ」
殺しはしませんよ愛しい人。
「ころさないでぇぇぇぇぇぇ」
殺されたのはわたくしですよ愛しい人。
「なんでもいうこと聞くからぁぁぁぁぁぁ ころさないでぇぇぇぇぇ」
なんでも言うことを聞く? なんて素晴らしい提案なのでしょう。この愛おしい存在を自由にできる、なんて素晴らしい状況なのでしょう。
それでは言う個とことを聞いていただきましょう。まずはあなた様のお名前を教えてくださいまし。
「お名前を教えてくださいまし」
「な? なまえぇぇぇ? キャスパー 俺キャスパーだよぉぉぉ」
「キャスパー様?」
「そうだようぅぅぅぅぅぅぅ」
キャスパー様、なんて素晴らしいお名前なのでしょう。それでは次の質問です。
「お歳を教えてくださいまし」
「おれのとしぃぃぃぃぃ? 二十一だよぅぅぅぅぅぅ」
二十一歳、少し年上、これは理想的展開ですね。次の質問に移りましょう。
「ご職業は?」
「無職!!」
あら男らしくお答えになられました、なぜかここだけは力強くておどろきました。無職、つまりは旅人ですね、社会に縛られない自由人ですね、しきたりや風習に囚われない真の革命者ですね、得心いたしました。無職、素晴らしい響きでした。次の質問に、これはとても大切な質問です。答えによってはキャスパー様を殺してわたくしも命を捨てる、それほどの質問です。気合が入ります。キャスパー様、信じています。
「キャスパー様、あの、その、あのですね? その、今ですね、今現在お付き合いされている異性のかたはいらっしゃいますか?」
わー聞いちゃった! もう後戻りできないこと聞いちゃった! 無論いたとしても責めは致しません、当たり前のことです、わたくしがこれほど愛おしく感じるのですほかの女性がキャスパー様のことを愛おしく感じるのはしょうがないことです。わたくしとキャスパー様は今日初めて出会いました、つまり二人の時間は今日始まったのです。過去に何があろうとわたくし気には致しません。それは当たり前のことだからです。
しかし、もし、キャスパー様に恋人がいらっしゃったり、この先もそのかたと恋人関係を続けていく意思があるようなら話は変わってしまいます。
殺すしかなくなってしまいます。
まずお付き合いされているかたを殺します。それでもキャスパー様がわたくしのほうを向いてくださらなかった時はキャスパー様を殺してわたくしも死にます。それほどこの質問は後戻りできない質問なのです。わたくしキャスパー様を殺したくはない。一緒に生きていきたい。なのでお願いしますキャスパー様、わたくしの得心する答えをください!
「彼女はいませんよぉぉぉぉぉぉぉぉ」
はい大勝利!
キャスパー様の鳩尾に当て身をし失神させてから肩に担ぎます。可愛いお尻が顔の横に来たのでペロリと一舐めしてしまいます。それでは山を下りることにしましょうか。山を下りて、わたくしはキャスパーさんと新しい生活を始めようと思います。
もう声は聞こえません。でもそれは気になりません。
わたくしの頭の中だけに響く声など意味ある声ではなかったのです。
本当にバカバカしいことです。
意味ある声とは空気を震わせる音。発せられ鼓膜に届く音。
キャスパー様が発する音、それだけだったのです。
「で、どうすんだよこれ?」
デスクの上にあるモニターを見ながらシークレット・サービス責任者エディ・ダグラスは頭を抱える。二週間前エディが護衛している『ラビット』ことアマンダ・テールノーズはいきなり空が見たいと言い出した。
今まで我が儘一つ言わず、軟禁状態のような生活を受け入れてくれている『ラビット』に対しシークレット・サービスの責任者である自分は油断していた。
空が見たいと出かけて行った近所の自然保護地域から帰ってきた『ラビット』は全裸で、恐ろしいことに全裸の男を肩に担いでいた。エディが全裸の理由、男の素性を問うと『ラビット』は激高し自宅の戸を固く閉ざしこちら側とのコンタクトを全くしなくなってしまった。デスクの上にあるモニターを見る。『ラビット』ことアマンダ・テールノーズが住む小さな一軒家の玄関が映っている。玄関の前には食事が、今晩の夕食が置いてあるがもう二時間手を付けられる気配がなく放置されている。
自然保護地域から帰って二週間、こちらが提供する食事を全くとっていない『ラビット』は死んでしまっているのではないかと思い、中の様子を特殊部隊を使い偵察させたが生きているらしい、それもかなり活発に生きているらしい。
毎日ミシンの前で何時間も衣服を作ったり、要人宅に設置されているシェルター内の食材で料理を作ったりして、今まで人形のように暮らしてきた彼女からは考えられないような活発な、活動的な生活をしているらしい。
三時間おきに地下のシェルターに下りていき、一時間経ったら出てくる生活をしているらしい。あの日見た全裸の男はシェルターにいるのだろう。シェルターに下りる『ラビット』は食事を持っていくことがあるし、空になった食器を持って上がってくるからだ。
軟禁状態の『ラビット』が誰かを監禁している、笑えないジョークじゃないか。
どうすんだよこれ?
頭を抱えるしかない。自分たちが護衛しているのはアメリカ合衆国最大の要人『ラビット』なのだ。アメリカ合衆国を『ランジーン』の王国にした美しき体現者であり、アイドルなのだ。スキャンダルは許されないのだ。
エディの部下が熱めのコーヒーを淹れデスクの上に置く。エディはそれに口をつけブラックベリーを取り出す。
コール。
あいつには借りしかない。軍隊にいた時、イラクで何度も命を助けられた。同じFBIに所属していても何度も窮地を救ってもらった。しかしあいつが窮地に立った時自分は見て見ぬふりをし、あいつは左遷され今はきっと最低の仕事をさせられているはずだ。
あいつには借りしかない。その上自分は見殺しにし裏切っている。しかし今頼れるのはあいつしかいない。
呼び出しコールが鳴る。
ブラックベリーの向こう側でいつもと変わらないフランクな声が聞こえる。
「どうしたんだいエディ? 昔話をしたいわけじゃないんだろう?」
「頼む、力を貸してほしい。お前の力が必要なんだ」
「オウケイ」
気さくに、フランクに、ブラックベリーの向こう側にいる救世主はカラカラカラと笑いながら電話を切った。
<ランジーン×ビザール テイクスリイ④ へ>
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「いつから? 声が聞こえなくなってからです」
「声!? 何それ!? かなり怖いんですけど! お前頭の中とかで声とか聞こえちゃう系だったの!?」
「聞こえちゃう系っていうものがよく理解できませんが、生まれた時から声は聞こえていました」
「生まれた時から!? スゲーなお前ナチュラルボーン○○○○じゃん! その声に従って生きてきたとか言っちゃう系?」
「言っちゃう系ってものが理解できないのですが、確かに声に従い生きてきました。その声が聞こえないのです。もう何年も聞こえないのです。生きる指針が、導きが、私には届かないのです。どのように生きていけばいいのでしょうか?」
「お前さー」
蔑むような目で見られています。そして口は半笑い、完全にバカにされています。
「お前さー、声聞こえないならそれでいいんじゃねーの? だって声聞こえるほうが異常だろ? 声聞こえなくなったんならお前のメンタル正常に近づいたってことじゃねーの? よかったじゃん? 病気治ったじゃん? 好きに生きろよ、薬はほどほどにな」
「病気ではありません!」
「病気だろ、頭の中に声聞こえちゃったら病気だろ、でもいいんだよ、もう聞こえないんだろ? よかったじゃん? 治ったじゃん? 好きに生きろよ、薬はほどほどにな」
好きに生きろ、この言葉は幾人もの方々がわたくしに御教授下さった言葉です。もちろんもっと優しい言葉で丁寧に、わたくしのことを気遣って言葉を選んでみなさん言ってくださいましたが、ニュアンス的にはこんな感じでした。好きに生きろ、この言葉はわたくしの得心を得る言葉ではありません。
「それではダメなのです。その言葉では足りないのです。もっと的確にわたくしの得心いく言葉をいただけないでしょうか?」
「は? 何言ってるの? バカなの? 死ぬの?
そもそも得心いく言葉が欲しいって何様なの? 基本ね、基本誰かがくれた答えに納得いかないって時はもう頭の中に答えがあるに決まってるの。その答えを誰かに言ってもらって、誰かに肯定してもらって安心したいって時の心理なの。
いいよ、金くれるんでしょ? いくらでも肯定してやるから言ってくれよ。質問とかはまどろっこしいから、答え探すのとかウザいから、いいから言ってみろや、てか言ってください、
お前はさ、どんな答えを期待してるのさ」
「答え? 求めている答えなどありません、わたくしはあなたのお考えを、」
「いやいやいや考えは言ったじゃん? 病気治っておめでとさんじゃん? それじゃあ本当に俺の考えてることを言ってやろうか? お前のことを考えていない、お前のことを知らない、お前のことを大切に思っていない、お前のことが大切じゃない俺が本当にお前の質問を聞いて考えたことを言ってやろうか? それに耐えられるのか?」
ブルーアイズ、二つのブルーアイズがわたくしを射抜き、わたくしは言葉も出ず、ただ唾を呑みます。真理、真の回答、わたくしの心情を無理に汲み取ろうとしない情け容赦ない回答、真の答えがわたくしに放たれようとしていると感じます。
生まれて初めて身が震えます。
緊張で発汗しています。
感情が、緊張が体を支配して頬が引き攣るのが分かります。
今わたくしは新たな声を聞く瞬間なのだと感じます。
救われると、感じています。
泥に汚れた頬、ひび割れた唇、生えるに任せた髭で囲まれた口が言葉を発するために動き出します。喉が音を発するために締り、声帯が震え、空気の波が、震えがスローモーションのように私の耳に向かってくるのが見えます。歪んだ大気、屈折する光、毎秒三百二十メートルで進むまさに音速の震えがスローモーションでわたくしの体に当たり鼓膜を震わせます。音を感知し、言語として理解し、意味を知った時わたくしの目から涙が吹き出し感情のままに天を仰ぎ奇声を上げます。怒鳴り、叫び、感情を放ち、体は打ち震えます。
真理に到達したと確信します。
真言を得たと確信します。
福音を聞いたと確信します。
そして解放されたのだと、心の底から感じます。
言霊を頭の中で一文字一文字反芻し、そのたびに快楽の波は強く体を貫きます。
繰り返します。
言葉を飲み下すため反芻します。
言葉を、わたくしの指針を、解放のイグニッションキーを。
天啓を。
「舐めてんじゃねーよクソアマ、誰かに食わせてもらって、生かしてもらって、それに不平垂れてんじゃねーぞクソアマ。
生きてることに不平垂れてんじゃねーぞクソアマ。
生きていることに理由はねえ、
生まれたことに理由はねえ、
あるのは目的だけなんだよクソアマ。
生きる指針は生きることだ、生き続けることだ、生き抜くことだ、死なないことだ。
何かのために生きるんじゃねーよ、自分のために生きるんでもねえ、命のために生きるんだ、自分の体の中にあるたった一つの命守るために生きるんだ。
人生ってのはな、それ以外のなんでもねーんだよ
生きることにな、それ以外の理由はねーんだよ」
天啓を。
私は真理を教えて下さった男性に抱きつきおんおん泣きます。唇を唇に押し当て舌を絡ませおんおん泣きます。体を包んでいる衣服を引き千切り、男性の衣服も引き千切り、赤子のように縋りつきおんおん泣きます。おんおん泣きながらわたくしは快楽の絶頂に達します。上がりきるたびに高みが見える快楽の峰を音速で駆け上がっていきます。体中の細胞が悦楽を求め、快楽を求め、運動機能の全てを駆使し体を揺すり、当たる場所が満ち満ちて離れないように痙攣をし、暖かさを感じるために皮膚を皮膚に張り付け、抱きしめ、狂ったように体を揺すります。放たれたものを体内で受け、それでも収まらずに次の結合を望み、くねり、滑り、絡みつき、舐め上げ、そして受け入れ体を揺すります。涙を流し、体中の体液をまき散らし、嬌声を上げながら悦楽の高みに落ちていきます。
悦楽の頂点で失神し、目を覚ましたら夜でした。見上げる星空には無数の星が煌めき、でもその星々に、宇宙に、繋がりを持てるなんて今のわたくしは思いません。宇宙は空間です。どうやって繋がりを持つのですか?
わたくしは全裸で、わたくしに言霊を与えてくださった男性も全裸で失神していました。口から泡を吐いていますし痙攣し白目を剥いていますがとても愛おしく、凛々しくわたくしの目には映ります。わたくしは思います。このかたのお名前が知りたいと、このかたの経歴が、このかたの生い立ちが、このかたの全てが知りたいと欲します。体を摺り寄せ鼻先に額を当て擦りつけます。このかたの匂いが少しでもわたくしに移ればと肌をこすりつけます。愛おしさが体から溢れ出し声になって出てしまいます。ふふん、ふん、ふふふふん、鼻歌となって大気を揺らしてしまいます。抱きしめ、甘く噛み、舌先で味わい唇で弾力を感じます。ううんと辛そうに呻き声を上げるその声が可愛らしくて、眉間に寄る皺が愛おしくて、舌先で鼻から眉間を舐め上げてしまいます。早く目を覚ましてくださいませと願います。目を覚まして、わたくしにそのお名前をお教えくださいませと願います。願い、そして体をこすりつけ今この時を楽しんでしまいます。
うううーん、本当に愛おしい声、愛おしい呻き声、この声を聞けるためならわたくしは全てを捨てる覚悟はあります。そもそも持っている物など何もないのです、なので欲望のままに、快楽のままに、愛おしさのままにより良き呻き声を聞くために両手で首を絞めてみたいと思います。
うーうーうー! 可愛い! なんて愛おしい呻き声なのでしょう! もがきわたくしの手を引っ掻く仕草もリズミカルで少し滑稽で愛おしさは鰻登りです。うーうーうー!!! なんて素晴らしいのでしょう! 力が入ってしまいます。このまま首を捻じ切ってしまわないようなんとか握力をコントロールするのは至難の業です。くぱって効果音が出そうなほど勢いよく男性の目が開きました。下から思いっきり頬を殴られますが首を回転させパンチの威力を逃がしノーダメージで首を絞め続けます。ぶーじゅーうー! 男性は口から泡を吹き出しもがいています。可愛らしい、美しい、愛らしい、全ての感情が吹き出し私は乱暴に男性の頬を張り倒し強引にキスをします。頭に突き抜ける電撃、強烈な衝撃、痙攣するほどの悦楽がわたくしの体を襲い快楽の山の高みに一瞬にして到達してしまいます。強い体が砕け散るような快感に体の自由が奪われわたくしは高振動で痙攣します。その隙をつき男性がわたくしを突き飛ばし這いずりながら距離を取ります。内ももを擦り合わせながら手の力のみで這いずり逃げる男性のお尻がなんて可愛らしいのでしょう。凝視ししてしまいます。男性はわたくしの視線に気がつき手の甲でお尻を押さえますがその仕草が可愛らしすぎて失神してしまいそうになります。あー見てる見てる、わたくしを恐怖の目で見ている、その怯えた眼差しがまたサディスティックな欲望をわたくしの中に芽生えさせてしまうのですよ、お分かりなのですか? ダメですよ? ほら、あなたはわたくしから逃れられないのですから。しゃなり、しゃなりと四つん這いで腰を振り、舌を出し涎を滴らせ笑みを浮かべ近づくと、恐怖のあまり体を震わせ、自由がきかない体にムチ打ち全力で逃げようとする男性の姿はこの世のものとは思えないほど愛くるしさ。しゃなり、しゃなり、腰を振り体を揺さぶり近づくと、男性は近づいた分だけ逃げていきます。天に届けと腰を上げ、両手を伸ばし体全体で伸びすると、ヒッ! 可愛らしい男性の悲鳴が聞こえます。体をブルブルブルと揺すり目を閉じ、目を見開き、タメを作り一気に男性に向かいジャンプをします。
ひひゃ! 体がぶつかるのと同時に口から可愛い声を上げた男性は一心不乱に抵抗してきますので首筋に噛みつくと全身を痙攣させ大人しくなりました。体前面の皮膚を全て男性の体に密着させ、揺すり、こすりつけます。
男性は泣いていました。
「もうなんなの!? もう許してください、殺さないでください、食べないでください、死にたくありません、なんでもします、なんでもします、殺さないでください、食べないでください、俺をころさないでぇぇぇぇぇ」
殺しはしませんよ愛しい人。
「ころさないでぇぇぇぇぇぇ」
殺されたのはわたくしですよ愛しい人。
「なんでもいうこと聞くからぁぁぁぁぁぁ ころさないでぇぇぇぇぇ」
なんでも言うことを聞く? なんて素晴らしい提案なのでしょう。この愛おしい存在を自由にできる、なんて素晴らしい状況なのでしょう。
それでは言う個とことを聞いていただきましょう。まずはあなた様のお名前を教えてくださいまし。
「お名前を教えてくださいまし」
「な? なまえぇぇぇ? キャスパー 俺キャスパーだよぉぉぉ」
「キャスパー様?」
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キャスパー様、なんて素晴らしいお名前なのでしょう。それでは次の質問です。
「お歳を教えてくださいまし」
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二十一歳、少し年上、これは理想的展開ですね。次の質問に移りましょう。
「ご職業は?」
「無職!!」
あら男らしくお答えになられました、なぜかここだけは力強くておどろきました。無職、つまりは旅人ですね、社会に縛られない自由人ですね、しきたりや風習に囚われない真の革命者ですね、得心いたしました。無職、素晴らしい響きでした。次の質問に、これはとても大切な質問です。答えによってはキャスパー様を殺してわたくしも命を捨てる、それほどの質問です。気合が入ります。キャスパー様、信じています。
「キャスパー様、あの、その、あのですね? その、今ですね、今現在お付き合いされている異性のかたはいらっしゃいますか?」
わー聞いちゃった! もう後戻りできないこと聞いちゃった! 無論いたとしても責めは致しません、当たり前のことです、わたくしがこれほど愛おしく感じるのですほかの女性がキャスパー様のことを愛おしく感じるのはしょうがないことです。わたくしとキャスパー様は今日初めて出会いました、つまり二人の時間は今日始まったのです。過去に何があろうとわたくし気には致しません。それは当たり前のことだからです。
しかし、もし、キャスパー様に恋人がいらっしゃったり、この先もそのかたと恋人関係を続けていく意思があるようなら話は変わってしまいます。
殺すしかなくなってしまいます。
まずお付き合いされているかたを殺します。それでもキャスパー様がわたくしのほうを向いてくださらなかった時はキャスパー様を殺してわたくしも死にます。それほどこの質問は後戻りできない質問なのです。わたくしキャスパー様を殺したくはない。一緒に生きていきたい。なのでお願いしますキャスパー様、わたくしの得心する答えをください!
「彼女はいませんよぉぉぉぉぉぉぉぉ」
はい大勝利!
キャスパー様の鳩尾に当て身をし失神させてから肩に担ぎます。可愛いお尻が顔の横に来たのでペロリと一舐めしてしまいます。それでは山を下りることにしましょうか。山を下りて、わたくしはキャスパーさんと新しい生活を始めようと思います。
もう声は聞こえません。でもそれは気になりません。
わたくしの頭の中だけに響く声など意味ある声ではなかったのです。
本当にバカバカしいことです。
意味ある声とは空気を震わせる音。発せられ鼓膜に届く音。
キャスパー様が発する音、それだけだったのです。
「で、どうすんだよこれ?」
デスクの上にあるモニターを見ながらシークレット・サービス責任者エディ・ダグラスは頭を抱える。二週間前エディが護衛している『ラビット』ことアマンダ・テールノーズはいきなり空が見たいと言い出した。
今まで我が儘一つ言わず、軟禁状態のような生活を受け入れてくれている『ラビット』に対しシークレット・サービスの責任者である自分は油断していた。
空が見たいと出かけて行った近所の自然保護地域から帰ってきた『ラビット』は全裸で、恐ろしいことに全裸の男を肩に担いでいた。エディが全裸の理由、男の素性を問うと『ラビット』は激高し自宅の戸を固く閉ざしこちら側とのコンタクトを全くしなくなってしまった。デスクの上にあるモニターを見る。『ラビット』ことアマンダ・テールノーズが住む小さな一軒家の玄関が映っている。玄関の前には食事が、今晩の夕食が置いてあるがもう二時間手を付けられる気配がなく放置されている。
自然保護地域から帰って二週間、こちらが提供する食事を全くとっていない『ラビット』は死んでしまっているのではないかと思い、中の様子を特殊部隊を使い偵察させたが生きているらしい、それもかなり活発に生きているらしい。
毎日ミシンの前で何時間も衣服を作ったり、要人宅に設置されているシェルター内の食材で料理を作ったりして、今まで人形のように暮らしてきた彼女からは考えられないような活発な、活動的な生活をしているらしい。
三時間おきに地下のシェルターに下りていき、一時間経ったら出てくる生活をしているらしい。あの日見た全裸の男はシェルターにいるのだろう。シェルターに下りる『ラビット』は食事を持っていくことがあるし、空になった食器を持って上がってくるからだ。
軟禁状態の『ラビット』が誰かを監禁している、笑えないジョークじゃないか。
どうすんだよこれ?
頭を抱えるしかない。自分たちが護衛しているのはアメリカ合衆国最大の要人『ラビット』なのだ。アメリカ合衆国を『ランジーン』の王国にした美しき体現者であり、アイドルなのだ。スキャンダルは許されないのだ。
エディの部下が熱めのコーヒーを淹れデスクの上に置く。エディはそれに口をつけブラックベリーを取り出す。
コール。
あいつには借りしかない。軍隊にいた時、イラクで何度も命を助けられた。同じFBIに所属していても何度も窮地を救ってもらった。しかしあいつが窮地に立った時自分は見て見ぬふりをし、あいつは左遷され今はきっと最低の仕事をさせられているはずだ。
あいつには借りしかない。その上自分は見殺しにし裏切っている。しかし今頼れるのはあいつしかいない。
呼び出しコールが鳴る。
ブラックベリーの向こう側でいつもと変わらないフランクな声が聞こえる。
「どうしたんだいエディ? 昔話をしたいわけじゃないんだろう?」
「頼む、力を貸してほしい。お前の力が必要なんだ」
「オウケイ」
気さくに、フランクに、ブラックベリーの向こう側にいる救世主はカラカラカラと笑いながら電話を切った。
<ランジーン×ビザール テイクスリイ④ へ>
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