特別短編タイトル2

《1》

 やりたくないことは絶対にやらない。
 万事にいい加減な安藤真琴(あんどう・まこと)が唯一つ持っていたこのポリシーによって、彼女は受験に失敗し、中卒フリーターとなった。なるべくしてなったことだと親はいう。本人だってそう思う。でもやりたくないことはやりたくないのだから仕方ない。
 中学を卒業してぷらぷらしている真琴を捕まえ、親はやりたくないことを強制しようとする。だから友達の家を泊まり歩く。自宅には二週間に一度しか戻らない。
 バイト先のコンビニで廃棄の弁当をこっそり抜いて持ち帰る。公園の水飲み場で喉を潤す。食べられる野草とみればビニール袋に詰めて持ち帰る。仲良しのホームレスの後ろについて炊き出しに並ぶ。駅で乗り換える際、鼻腔をくすぐる立ち食い蕎麦の匂いに対し、三十回中二十九回は耐えてみせる。
 親のいうことを聞いて真面目に勉強するよりも、こういったその日暮らしの方が性に合った。堪え性があるのか無いのか自分でもよくわからない。
 「真琴けっこー可愛いんだしさー。もうちょっとお金の稼ぎようあるじゃん?」とアドバイスしてくれた友人は「良い人」を紹介してやるとまでいってくれたが、真琴はその日以降、彼女の連絡先を携帯から消去し、付き合いを綺麗さっぱり無くしてしまった。
 幼さを残しながらも残酷さや狡猾さを先に感じる彼女の声は好きだったが、彼女と一緒にいれば「やりたくないことをやらされる」気がしたからだ。
 このように「やりたくないことをやらされる」ことには敏感だった。逆に、それ以外には無頓着だった。十五歳という年齢を誤魔化して働くし、品性下劣な相手におべっかも使うし、賭け麻雀をする時は小手先のイカサマで貧乏人から巻き上げる。プライドが高いというわけではないのだ。あくまでも、やりたくないことを絶対にやらない。
 その日、真琴が友人から引き受けた作業も「やりたくないこと」であればけしてやらなかっただろう。面白みがなく純粋に「作業」だったが、やりたくないというわけではなかったため、一晩泊めてもらうことを条件に引き受けた。
「それじゃよろしく頼むねー」
 彼女は学校に行き、後には真琴とスマートフォンだけが残された。雑多な雑誌類が雑然と積み重ねられるという雑な部屋で、ソファーに寝転んでスマートフォンを操作する。操作方法については、すでに説明を受けていた。やるべきことは決まりきっているため面倒というわけではない。
 「魔法少女育成計画」の色鮮やかなロゴが浮かび上がってくる。教えられたIDとパスワードを入力すると画面にアバターが現れた。
 「魔法少女育成計画」だったはずだが、アバターはロボットを模していた。背中のブースターも腰のウイングも赤い目も全てが魔法少女には見えない。NPCや他のアバターと比べると、やはり浮いている。なぜこんなアバターにしたのだろうか。部屋の中をちらと見回してみると、雑誌の中に何冊かロボット専門の月刊漫画誌が混ざっている。さらにプラモデルの箱が昨日食べたコンビニ弁当の下にあった。
 ロボットが好きだという話はこれまで聞いたことがなかったが、そういえば付き合っている男の影響を受けやすい子ではあった。なるほどなーと頷きつつ作業を開始する。
 ゲーム内の闘技場で一定回数戦う。それにより特別なカードの入手条件を満たす。ただしその一定回数というのが非常に多い。回数を知って諦める者も少なくないのだそうだ。
 真琴の友人は諦めなかった。諦めず、闘技場での戦いを真琴に投げた。子供の頃、RPGのレベル上げを弟妹に任せるやつは何人かいた。
 単純作業だ。「魔法少女育成計画」は完全無課金を謳い文句にしていたが、それでも真琴にいわせれば時間の無駄に他ならない。同じ娯楽なら金になるものだってある。無料で暇潰しをするくらいなら小銭を稼いだ方がいい。
 「やるやつの気がしれない」とか「私ならもっと魔法少女らしいアバターを選ぶのに」などと考えながらボタンを押し続けていると、ファンファーレが鳴り響いた。戦闘回数をクリアしたのかと思って画面を見ると、そこには球体が浮かんでいる。
「おめでとう! あなたは魔法少女に選ばれたぽん!」
 なにが起こったのだろう。ろくに画面も見ずボタンを連打していたが、ひょっとして間違った操作をしてしまったのだろうか。もしそうだとすればまずい。やり直せるものならいいが、取り返しがつかないものなら大変だ。金で払えといわれることはないにしても、無料でネイルアートしてくれる友人を失うのはかなりの痛手だ。
「どうしたぽん? 魔法少女になれて嬉しくないぽん?」
「ちょっと黙ってて。そんなこと聞いてる場合じゃないから」
「黙ってろとか酷いぽん」
「ぽんぽんうるさい。語尾を特殊にすれば可愛いとでも思ってんのか。鬱陶しい」
 ここまでいって、画面内の球体と会話をしていたことに気がついた。白と黒の球体はふわふわと漂い、周囲にはリンプンが漂っている。その目は子供の悪戯書きにも見える簡素なものだったが、目の光には確かな意思がこもっていた。
 そうだった。ソーシャルゲーム「魔法少女育成計画」には一つの噂がつきまとっていた。数万人に一人の割合で本物の魔法少女を生み出す奇跡のゲーム。
 こうして真琴は――自分の所持するゲームでも自分で作ったアバターでもないのに――魔法少女「マジカロイド44」になってしまった。

《つづく》

-----------------------------------------------------------
魔法少女育成計画 (このライトノベルがすごい! 文庫)魔法少女育成計画 
著者:遠藤 浅蜊
販売元:宝島社
(2012-06-08)

-----------------------------------------------------------
http://kl.konorano.jp/(このラノ文庫公式)
http://konorano.jp/(このラノ大賞公式)
https://twitter.com/konorano_jp(このラノツイッター)