《2》
「理想の王子様に出会ったのです」
いい切った魔法少女「シスターナナ」の目は据わっていた。マジカロイド44は「ちょくちょく布教に来てた宗教の人っぽいな」という的外れな感想を抱いた。
シスターナナは理想の王子様がいかに素敵な存在であるかを朗々と語り、格好良くて美しく学識豊かでスポーツ万能、皆から慕われていて私のことをなにより大切に思っていてくれるとのろけ倒し、マジカロイド44はうんざりしながらもそれを聞いた。
魔法少女になった際のレクチャー役が常識も良識もぶっちぎった無法者「カラミティ・メアリ」だったこともあり、マジカロイド44の中では魔法少女=非常識の図式が出来上がっている。
「王子様が素敵であることは理解できたデス」
「そうですか。それはよかったです」
「で、ワタシに御用というのはなんデス?」
魔法少女チャットで知り合ったシスターナナから直に会いたいという申し出があり、どうせ変なやつなんだろうと予想しながらもそれを受けた。なぜなら面白そうだからだ。
待ち合わせ場所の水代町ビル屋上で実際に会ってみると、確かにシスターナナは変なやつだった。優しげな表情、きらきらとした目、修道服をモチーフにしたコスチュームと実際の修道女に似せながらも話すことは理想の王子様がどうこうと修道女に似つかわしくない。粗暴で偉ぶっていたカラミティ・メアリとは別ベクトルで「変なやつ」だ。
シスターナナはにっこりと笑った。シスターの背後に浮かぶ月や雲はともかく、ビルの鉄柵や貯水タンクという情景がなんとも似合わずシュールさを醸し出す。
「マジカロイド44さんは二十二世紀からいらした魔法少女型ロボットだそうですね」
「ああ、そういう設定だったデスね」
「便利な道具をたくさんお持ちだとか」
「便利じゃない道具の方が多いデスけどね」
「それを一つお貸ししていただくことはできないでしょうか」
シスターナナはさらに語った。
理想の王子様は文字通り理想の王子様だったが、唯一つ、魔法少女ではないというのが理想という言葉に傷をつけていたのだという。理想の王子様というからにはいざという時守ってくれるからこその理想の王子様であり、魔法少女でないならば魔法少女であるシスターナナの方が腕力で勝っているのは当然というわけで、そうなればむしろシスターナナが守ってあげなければということになる。それでは理想の王子様は理想の王子様になることができないではないか。シスターナナと同じステージに立ってこその理想の王子様だというのに。
正直なにをいっているのかよくわからなかった。
「と、いうわけで。魔法少女になる手助けをしてあげたいのです。そのための道具をお貸ししていただけないでしょうか」
シスターナナは茶色の封筒を取り出した。定型内の封筒が、ビル風に吹かれてひらひらと揺れている。
「失礼を承知で御礼も用意いたしました。些少ではありますが……」
シスターナナがなにをいっているかは相変わらずわからなかったが、わからなくても別に良いということは理解できた。封筒を受け取り、中身を確認すると諭吉が一人。そういえばチャットで「魔法少女は苦労があっても金にならない」とぼやいた気がする。シスターナナはそれを覚えていたのかもしれない。
「お力添えいただけないでしょうか?」
シスターナナは天使のような笑顔でにっこりと笑っている。マジカロイド44は咳払いし、腰部ウェポンラックに手をつっこんでごそごそと漁り、中から一つの装置を取り出した。目覚まし時計くらいのサイズで、メーターやらなにやらでゴテゴテしている。
マジカロイド44には出した物の正体がわかる。これは昆虫雌雄鑑定機だ。文字通り昆虫のオスメスを鑑定することができる。
これで人間を魔法少女にできるかと問われれば否である。しかしお金は欲しい。だがアイテムを変えることはできない。どうすべきか。
「これは……?」
「ちゃちゃちゃちゃっちゃちゃーん。『昆虫雌雄鑑定機』デス。その名の通り昆虫のオスメスを鑑定することができる便利な道具デス」
「どういう意味があるのでしょうか?」
「昆虫という生き物は宇宙や異世界からの来訪者という説さえある神秘的な生き物デス。そのようなファンタジッククリーチャーとの触れ合いにより、魔法少女の才能を伸ばすことがある……といえなくもないわけでもないかもしれないのデス」
最後の方は小声かつ早口だったが、それでもシスターナナは「本当ですか! それはよかったです!」と大喜びで受け取ってくれた。金欲しさにでっち上げた説明を真に受けてくれたようだった。
魔法少女は金にならない。
正体を明かしてはならないという制度や、人助けによってマジカルキャンディーを集めようというシステムが金儲けに適していない。カラミティ・メアリは反社会的団体に力を貸すことで報酬を得ていると得意げに話していたが、同じことをしようとすればそれ即ちカラミティ・メアリの縄張りを荒らすということに他ならず、マジカロイド44にそんなことをする度胸はない。
反社会的でない団体の場合は魔法少女のルールに抵触する事態が容易に予想できるし、そもそもマジカロイド44は他の魔法少女と比べて見るからに人間ではない。他の魔法少女から助けてもらった人間が「なんて美しい少女なんだろう」という思いを抱くのに対し、マジカロイド44から助けてもらった人間は「うわ、化け物!」と恐怖を抱く。そのような反応を見せる人間は短い魔法少女ライフの中で幾人もいたし、涙で枕を濡らすことこそ無いにしても、人並に傷ついて気落ちしないわけではない。まとめサイトでもマジカロイド44だけは別枠で「魔法でコントロールされているロボット(?)」などと紹介されている。ファーストコンタクトで躓くのは毎度のことだ。
ならば最初から犯罪を目的として力を使えばいいのではないかと思えるかもしれないが、そうすれば今度は自分自身が他の魔法少女から狙われる。他人を困らせている犯罪者の駆逐はマジカルキャンディーの獲得に繋がるからだ。まかり間違ってカラミティ・メアリのような魔法少女がやってきたらと考えると悪の道に走ることもままならない。
望外の幸運に恵まれて手に入れたと思っていた超常の力は、期待に反して意外と使えないものだった。がっかりした所へやってきたシスターナナは渡りに船だったといえる。
マジカロイド44の持つ「魔法」は、一日一個、四億四千四百四十四万四千四百四十四の中からランダム、その日限りの使い捨てで「未来の便利な道具」をウェポンラックから取り出すことができるというものだ。シスターナナに渡した昆虫雌雄鑑定機も一日限りの使い捨てで、翌日シスターナナが「使っているうちになぜか壊れてしまいました」と再訪問してきた。
マジカロイド44は嬉しそうに驚いた。こういう演技は苦手ではない。
「おお! それは素晴らしいデス! ワタシのアイテムは魔法的なパワーを放出することによって徐々に消耗していくのデス。つまりそれだけ消耗が早いということは、魔法的な影響を物凄い勢いで吸収したということデスね! おめでとうデス」
シスターナナは大いに喜んだ。喜び、浮かれ、新しいアイテム「デブリ除去専用マニピュレーター」を一万円で購入し帰っていった。
シスターナナが帰ってからマジカロイド44は鉄柵に寄りかかって空に浮かぶ月を眺めた。雲間からわずかに覗く満月は五百円硬貨を思わせた。
「これは……実にぼろい商売デスね」
《つづく》
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魔法少女育成計画
著者:遠藤 浅蜊
販売元:宝島社
(2012-06-08)
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