特別短編タイトル2

《3》

 シスターナナはそれから一週間に渡って連日マジカロイド44を訪ねてきた。マジカロイド44はシスターナナが来るたびに「きっともうすぐだ」「兆候が見えている」「魔法少女になる日も近い」などと煽ってシスターナナを喜ばせ、「完全全自動掃除機」や「一日で漫画が書けるペン」「対魔法生物用光線銃」等を売りつけ、一日に一万円ずつ財布の中身を肥やしていった。少しずつ重くなる財布を眺めてにやにやとする日々。このままいけば念願のマイホームを手に入れることができるかもしれない。
 しかし蜜月は長くなかった。最初の出会いから一週間で、シスターナナの「理想の王子様」は魔法少女になってしまったのだ。七個目の未来アイテム「マジカルパワー増幅ピアス」を装着して間もなく魔法少女に目覚めてしまったのだという。
 ああマジカルパワー増幅ってそういうことかよ畜生だったら渡すんじゃなかったと歯噛みして悔しがったが、外面ではおめでとうございますと祝っておいた。
 シスターナナは、それはもう喜んだ。マジカロイド44の手をとって上下左右に揺らし、最終的にはグルグルと振り回した。ビルの屋上で回転しながらマジカロイド44はがっかりした。やはり魔法少女は金にならない。
 シスターナナから「魔法少女になったお祝い兼お世話になった方々への御礼パーティーを開きたい。ちょっとしたお菓子や飲み物も用意するのでぜひ来てはいただけないだろうか」という招待を受けた時は迷うことなく了解した。ちょっとしたお菓子や飲み物という魅惑の言葉に惹かれたのが八割。残り二割は「理想の王子様」が気になったというものがある。
 シスターナナの理想の王子様、魔法少女「ヴェス・ウィンタープリズン」は、なるほど確かに王子様然としていた。物憂げな眼差し、クールな物腰、名前もなんとなくそれっぽく、見た目も中性的で、かつ美しい。コートにマフラーという地味ないでたち、廃業したスーパーの中で簡易式折り畳み机の上にお菓子とジュースが並ぶというチープなシチュエーション、それらを吹き飛ばしてノーブルだ。
 廃業したスーパーという会場は、当然古びていたが埃っぽくはなかった。今でも手が入れられているようだ。シスターナナが掃除しているのかもしれない。彼女のまめさは供されたチョコレート菓子やプリン、クッキーが手作りだったことからも窺えた。味も悪くない。
 シスターナナは本人を前にしてなおのろけ、見た目の美しさは変身前から変わらないとかとても優しい人とか恥ずかしげもなく並べ立て、ウィンタープリズンはそれを嗜めるでもなくチョコレートをつまんでいた。マジカロイド44ともう一人招待された魔法少女の合計二人は、馬鹿っプルのいちゃつきぶりを辟易しながら眺めているしかない。
 恥知らずな馬鹿っプルめと心の中で毒づき、適当な相槌を打ちつつお菓子をウェポンラックに落としていく。二人が中座した時は心底からのため息をつき、黙って飲み食いしていたもう一人の魔法少女に声をかけた。
「アナタも大変デスね」
「うん?」
「あの二人の毒気に当てられて」
 尻尾の生えた騎士「ラ・ピュセル」はしばし考えていたようだったが、
「シスターナナは我が師。弟子である私が協力するのは当然のことだ」
 我が師とはレクチャー役の魔法少女だったということだろうか。騎士らしく随分と時代がかった言い回しを使う。マジカロイド44自身が語尾や発音をロボットっぽくしようとする『成り切り』に拘る性質だったこともあり、古風な言い方を選んだ騎士に対しちょっとした共感を覚え、話を継いだ。
「協力ってなにしたんデス?」
「覆面被って悪者のふりをして襲ったりとか……」
「ああ、それでウィンタープリズンがシスターナナを守ってというやつデスか」
「まあ、そうだな」
 少し恥ずかしそうにしているあたり、やはり共感できそうな感性を持っているらしい。
「それに……恋はとても素晴らしいものだと思うから」
 一気に共感できそうゲージが減じていった。恋に恋する馬鹿ップルを目の前に「恋はとても素晴らしい」なんてお題目を唱えることができる人とは、正直、友達になりたくない。
「ええっと……騎士様も恋をされているのデス?」
 ラ・ピュセルの顔がぐんと赤みを増した。ジュースが注がれていた紙コップを握りつぶし、橙色の液体が四方へ飛んだ。尻尾がびたんびたんと床を打ち叩いている。
「いや、別に、その、恋というほどのものではないのだけれど。幼馴染なんだが。ちょっと気になるかなーというそれだけの話だ。別に恋ではないのだ」
「どんな方デス?」
「魔法少女に憧れていて、優しくて、他人の危機を見逃すことができず……いや別に恋というほどのものではないのだ」
「なるほどなるほど。それは素晴らしいことデスね」
 シスターナナの次は、ラ・ピュセルかその幼馴染をカモにすべきかもしれない。

 砂糖菓子より甘ったるい馬鹿っプルぶりを見せつけられるだけだったパーティーも終わり、別れ際。マジカロイド44はシスターナナに呼び止められた。
「マジカロイドさんは『危険な場所』をご存知ありませんか?」
「は? 『危険な場所』デスか?」
「はい」
「そうデスねー。場所というか人デスが、カラミティ・メアリがデインジャーデスね。場所としていうなら彼女の担当地域である城南地区になるデスか」
「カラミティ・メアリさんですか。お教えいただきありがとうございました」
 シスターナナはぺこりと頭を下げてスーパーの中に戻っていった。
 マジカロイド44は背中のランドセル型推進装置に点火して空を飛んだ。月の形は一週間前に比べると当然ながら欠けている。
 質問の意図を図りかね、シスターナナに問い返そうとしたがやめておいた。頭を上げてこちらを見るシスターナナの瞳……その中にある黒く粘っこいなにかを見てしまったからだ。あれは良くない。あれとこれ以上絡むのは「やりたくないこと」だ。
 真琴はやりたくないことは絶対にやらない。それは魔法少女になってからも変わらない。
 仮の家に帰って変身を解き、つまみを手土産に友達のホームレスを訪ねた。毒に当てられた後は少しでも和みたくなる。
「こうやっておっちゃんと話してるのが一番和むわ」
「おお、嬉しいこといってくれるね真琴ちゃん。じゃあおっちゃんと結婚するか」
「それは断る」

◇◇◇

 シスターナナは両手を合わせて膝に置き、おっとりと微笑んでいる。羽二重奈々の笑顔とは通じているようで、また違った魅力がある。守ってあげたくなる笑顔だとウィンタープリズンは思う。
 魔法少女になったウィンタープリズンは彼女の笑顔を守ることができる。彼女から与えられた力というのは少し情けないが、力の由来はこの際問題ではない。
「城南地区のカラミティ・メアリという魔法少女をご存知ですか?」
「いや? 君も知っての通り、私は新米だからね。界隈の同業者事情には疎いんだ」
「良くない噂を聞きました。私達が行って事情を聞くべきと考えています」
 シスターナナは微笑みながらも街の平和を真剣に考えているのだろう。彼女はいつだって自分より他人を優先する。まさに聖女だ。愛おしい。抱き締めたい。そんな彼女だからこそウィンタープリズンが守ってあげなくてはならない。
 この溢れ出る力は奈々から与えられた。ならば奈々のために使うべきだ。 

《おわり》

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魔法少女育成計画 (このライトノベルがすごい! 文庫)魔法少女育成計画 
著者:遠藤 浅蜊
販売元:宝島社
(2012-06-08)

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