《1》
「魔法少女育成計画」というソーシャルゲームがある。
数万人に一人の割合で、プレイヤーが本物の魔法少女になってしまう奇跡のゲームという噂がつきまとう。ソーシャルゲームとしては狂気の沙汰ともいえる「全面無課金」が、そのような噂の流れる一助となったのは間違いない。だが噂の根幹が実際の目撃情報であることは周知の事実である。
N市内で目撃される奇妙な少女達、通称「魔法少女」のまとめサイトは今日も賑わっている。嘘とも真ともつかない情報が飛び交い、それに対する感想や批評、罵倒や嘲笑が積み重なっていく。
まとめサイトに常駐する住人は幾つかのタイプに分類できた。「魔法少女」に助けられた者。「魔法少女」というキャラクターを愛する者。「魔法少女」に限らずUMAやUFOを好む者。煽ることが生き甲斐という者。そして……「魔法少女」本人。
「どうしたもんだろうね」
「ホントにね」
天里美奈(あまさと・みな)と天里優奈(あまさと・ゆな)はキッチンのテーブルに隣り合って腰掛け、スマートフォンの画面を前に額を寄せて相談していた。
双子というものは年を経るに従って趣味や主義、容姿でさえ差異が出てくるものだが、美奈と優奈は大学生になっても仲がよく、同じものを好み、同じ服を着、見た目は瓜二つで親でさえ見分けがつかない。当然のように同じ大学を選び、当然のように同じマンションで暮らし、当然のように始終行動を共にする。なにか問題があれば、二人で話し合う。
この話し合いは、二人の認識としては相談だったが、実際には果てしない愚痴のこぼし合いと慰め合いで、少なくとも前向きにどうこうしようという話ではなかった。建設的ではないことに二人とも薄々気づいてはいるが、だからといって解決策が思いつくわけではない。解決策が思いつかないならダラダラと話していた方がいい。
話す中でちょっとしたアイディアが見つかることがないわけではないし、美奈は優奈が好きで優奈は美奈が好きだった。なので二人でダラダラ話すのも嫌いというわけではない。
「悩んでる間に人気投票始まっちゃうよ」
「始まっちゃうよねー。このままじゃ一位とれないなー」
「一位をとるための素晴らしいスキームが欲しい」
「コンセンサスやね」
「なんかさー。私らだけじゃアイディア思いつかなくない?」
「あー、そこに気づくとはお姉ちゃんマジクール」
「クールだったらなにか思いついてるんじゃないかなって」
「お姉ちゃんマジ謙虚」
「ルーラに相談する?」
「あんなヒスババアやだ」
「だよねー。でもファヴは頼りになんないし」
「じゃあシスターナナとか? カラミティ・メアリとか?」
「そこはルーラよりパス。あいつら関わりたくない系」
「そもそも相談するっていう考え方がよくないのかもわからんね」
「ああ、利用してやるとかの方がいいかもね」
「こき使ってやるってのもいい感じ」
「それならあいつとかいいんじゃない。新入りの」
「あ、ルーラが連れて来たわんこ?」
「そいつそいつ」
「いいねいいね。じゃああいつにアイディア出しさせるってことにしようそうしよう」
「そうと決まれば前祝に桃鉄やろう。負けた方が今日の夕飯奢るのね」
「よーし、今日の牛丼は卵つけちゃうもんね」
◇◇◇
浮世離れした存在である魔法少女にも世間一般と同じく人間関係がつきまとう。「魔法少女育成計画」によって魔法少女になると、まず最初に先輩魔法少女からのレクチャーを受けることになる。
犬吠埼珠(いぬぼうざき・たま)が魔法少女「たま」になって最初に出会った魔法少女、「ルーラ」に対して抱いた印象は「怖そうな人」だった。もっとも珠にとっては初対面の人間八割五分くらいが「怖そうな人」だ。二度三度会うことによって「怖そうな人」の九割九分が「怖い人」になる。
生来の臆病さがおどおどとした態度に表れ、反応の鈍さや頭の回転の遅さと相まって、珠はいつも相手に一段低い者として見られることになる。習い事をしていても、学校の授業でも、先生は珠を最初から相手にしないか、どこかで諦めるかのいずれかだ。
学業は下の下、スポーツは下の中。絵も歌も人並み以下。物覚えは最悪。両親は珠を疎んじ、それに従って妹と弟も珠をいないに等しいものとして扱う。中学校のクラスメイトからは使い走りか数合わせ程度にしか思われていない。
唯一珠の話を聞いてくれた母方の祖母は、半年前に急性肺炎で亡くなった。たどたどしくつっかえる珠の話を面白そうに聞きながら「珠ちゃんは優しい子だねぇ」とよく頭を撫でてくれた。お葬式の時は、その掌がとても温かかったことを思い出し、悲しくて、悲しくて、涙が枯れ果てるまで泣き続けた。
「魔法少女育成計画」を始めたきっかけは、祖母の死である。祖母が亡くなり、珠を相手にしてくれる人は誰もいない。もし噂の通り魔法少女になることができればこの閉塞状況を打開することもできるのではないかとぼんやり考え、スマートフォンへすがりつくようにしてゲームに熱中し、二ヶ月ほどで「魔法少女育成計画」のマスコットキャラクター「ファヴ」から話しかけられた。
「おめでとうぽん! あなたは本物の魔法少女に選ばれたぽん!」
こうして犬吠埼珠は魔法少女「たま」になった。ビルの壁面を駆け上がり、漬物石を握り砕き、連続バク転で町内一周できる身体能力。夜の闇を見通し、針の落ちる音も聞き逃さない五感の鋭さ。声も顔立ちも可愛らしく、頭からは犬のような耳が生えていてぴょこぴょこ動かすこともできる。「素早く穴を開ける魔法」でどこまでも穴を掘り続けることだってできた。
魔法少女としての力を一つ一つ確認した後は、先輩魔法少女からルールや心得を学ぶため、西門前町の廃寺、王結寺に連れて来られた。
犬耳、犬尻尾、フード付きケープ、肉球グローブともこもこふわふわしたたまとは対照的に、魔法少女「ルーラ」は全体がすらっとしていた。長いマント、キラキラしたティアラ、ガラスの靴に象牙の杖。
胸を張って見下ろすようにたまを見るその姿は、お姫様然とした衣装の通り、魔法少女としての自信と威厳に満ち溢れ、たまは自然と身体を小さく縮めた。
「さて、魔法少女としての心得だけど」
ルーラは語り始めた。魔法少女はこういうことをしてはならない。魔法少女はこういう生き方をするべきだ。たまは猛烈な勢いで動くルーラの口をぼうっと見続け、気づけばルーラの説明は終了していた。
ルーラはたまの目を見て尋ねた。
「理解できた?」
「……ごめんなさい、よくわかりませんでした」
「こンのおおおおおぉぉぉぉぉクソ馬鹿ぁ! 愚図! 人の話はきちんと聞け!」
滅茶苦茶怒られた。たまは目に涙を浮かべ、ますますもって身を縮めた。散々怒鳴ってからルーラはため息をついた。
「まあ、あんたみたいな馬鹿は珍しくもない。というわけでこんなものも用意してある」
ルーラが取り出した小冊子は修学旅行のしおりに似ていた。コピー用紙をホチキスでまとめてあり、表紙には杖を掲げたルーラのイラストが描かれている。やけに耽美な絵柄だが、プロの漫画家かイラストレーターかと見まごうほど絵が上手い。イラストの上にはポップな字体で大きくタイトルが描かれていた。
「『魔法少女への道?』」
「これを読めばあるべき魔法少女像がわかる。まあ私の話を全部覚えればそれでいいんだけど、あんたみたいに劣悪な記憶力の持ち主が多いからね。愚民を導くために努力をするのも支配者としての務めであり……」
ルーラがまた語り始めたが、たまは聞いているふりをしながらページを捲った。細かい字がずらっと並んでいて見ているだけで眩暈がしそうだ。
「あのう……」
「ん? どうしたの?」
「読めない漢字ばっかりで……意味がわかんない言葉も多くて……」
「こンの阿呆! 間抜け! 腐れ脳みそ!」
しっちゃかめっちゃかに怒られた。あまりの猛烈な怒鳴りように、王結寺がギシギシと軋んだ。
ルーラは散々怒鳴り、コメカミに青筋を浮かべたまま肩で息をし、たまから小冊子を取り上げ、広げた。
「で? どの字が読めない? どの言葉がわからないの?」
「えっと……」
「早くいえ! これ以上私をイラつかせるな!」
「あ、あのう……これと、これと……」
しんと静まり返った廃寺の中にルーラが鉛筆を動かす音が響き渡る。二人で肩を寄せ合って小冊子に向かい、ルーラはたまの指摘に従ってルビを入れ、注釈をつけ、最後のページを埋めたところで小冊子をたまに押し付けた。
「いい? これで文句ない?」
「あ、はい。ない……です。ありがとう……です」
「じゃあ全部覚えてくるように。絶対だからね。覚えてこなかったら怒るから」
たまは上目遣いでルーラを見た。腕を組み、ふんと鼻を鳴らすルーラは自信満々でとても立派に見えた。
「ルーラ……さん」
「なに?」
「ええっと……親切なんですね」
「う、うるさい! 余計なこといわなくていいから!」
ルーラは耳の先まで真っ赤になり、ぷりぷりと怒りながら肩をいからせ出て行った。長いマントが床を擦って、ルーラの移動した場所だけ埃が拭われている。
たまはルーラを見送り、首をかしげた。「怖そうな人」というルーラへの印象は「怖い人」になったが、「怖い人」の中でもちょっとだけポジションが違う気した。
「意外といい人?」
これもまた違う気がする。上手く言語化することができず、たまは首をかしげたまま、うーんと唸った。
その後もたまは事あるごとに王結寺へ呼び出された。
王結寺の大掃除や壊れている箇所の修繕といった作業をルーラの指揮下で行い、そういった時はたまだけでなく双子の天使が一緒だった。ピーキーエンジェルズと紹介された双子の天使、ミナエルとユナエルは、ルーラの言葉に愚痴も文句もいわずに従い、たまとしてはルーラとセットの存在として考えていた。
そのピーキーエンジェルズから呼び出しを受けたのが二日前のことになる。
《つづく》
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魔法少女育成計画
著者:遠藤 浅蜊
販売元:宝島社
(2012-06-08)
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