第1話『残酷な天使のテーゼ』
ある日の昼休みのことだ。
入谷弦人はいつものように五階にある軽音楽部の元部室の扉を開けた。
「おお! グーテン・ターク(こんにちは)、ゲント! 今日は早いですね!」
部屋にいた少女が流暢な日本語で挨拶してくる。
黄金色の髪に、瑠璃色の瞳。そして陶磁のように滑らかで白い肌。どこからどう見ても西欧人である彼女の名前はエヴァ・ワグナーという。
アニソンバンドを組むためにわざわざ日本へ留学してきた生粋のアニソンバカであり、弦人をアニソンバンドへと引きずり込んだ元凶でもある。どうやらいまの時間、エヴァ以外のメンバーは来ていないらしい。
「ゲント、ちょうど良いところに来てくれました!」
きらきらと目を輝かせるエヴァを見て、弦人は嫌な予感を覚えた。
この留学生の“ちょうど良い”が、弦人にとって“ちょうど良かった”試しがない。
「ゲントのために作ってきたものがあるんです! 受け取ってもらえませんか?」
「俺の、ために?」
「ヤー(はい)。……頑張って、作ってきたんですよ?」
そう答えるエヴァは上目遣いをしながら恥ずかしそうに顔を俯けた。弦人はエヴァを見やりながら、ぶっきらぼうに返事した。
「……別に、いやだとは言わないが」
「本当ですか!? じつはこういうのなんですけど!」
そう言ってエヴァが差し出したのは、一つのMP3プレイヤーだった。
「ゲ ントのために選んだアニソン100曲集入りプレイヤーです! 名づけて、『エヴァのアニソンコレクション100 Fur Gento』! いやー、苦労したんですよね! 本当は1000曲にしたかったのですが、さすがにアニソン初心者には多過ぎますからね! そのへんはちゃ んと空気を読みましたから! これを聴けば、ゲントにもアニソンの良さが伝わると思います! なのでどーぞ受け取って……」
「いやだ」
「いきなり前言撤回ですか!?」
エヴァは唇をへの字に曲げてまくしたてる。
「いつまでも聴かず嫌いは良くないです! ゲントはわたしたちの大事なギタリストなんですから! ちゃんとアニソンバンドのメンバーとして恥ずかしくないアニソン知識を身につけてください!」
「と言われても……。お前の趣味を押しつけられるのも……」
「安心してください、ゲントも。その点はぬかりありません。ちゃんとゲントのために考えて、良い曲ばかり選びましたから!」
エヴァが自信満々に胸を張った。
その言葉に、さすがの弦人も興味をそそられる。
エヴァのアニソンに関する知識は弦人も一目置いている。彼女がここまで言うのなら、それなりの選曲をしてきたということなのだろう。
「……たとえば、どんな曲が入ってるんだ?」
するとエヴァは嬉しそうに目を輝かせた。
「待ってください。いま再生しますから! えーと、確かスピーカーがこのあたりに……」
エヴァは部屋からスピーカーを引っ張り出し、MP3プレイヤーに接続する。
弦人はため息をつきながら、椅子に座った。
とりあえずいまのところはエヴァのペースにはまったほうが良さそうだ。ちょうど良い時間つぶしにもなるだろう。
やがてスピーカーから、女性のコーラスが部屋中に響き渡った。
まるで水面に浮かんだ波紋のように、ゆっくりと広がる意味深な歌詞。
やがて静寂を破るように高らかなメロディが奏でられる。
印象的なイントロを聴いて、すぐに弦人はピンと来た。
「この曲ってもしかして……」
「さすがにこの曲は知ってましたか」
エヴァは得意げににやりと笑ってみせる。
「これぞアニソンの名曲中の名曲、『残酷な天使のテーゼ』です! エヴァですよ! エヴァ!」
「いや、お前の名前は知ってるけど」
「じゃなくてっ!」
「……ああ、あっちの“エヴァ”」
「そー です! 【新世紀エヴァンゲリオン】の“エヴァ”です! なにを隠そう、わたしが初めて日本語で見たアニメもこれなんですよ! 日本文化を教えてくれた先 生が、わたしの名前とおなじアニメがあると言って教えてくれまして。いやー、ちっちゃい頃は全然ストーリーがわかりませんでしたが……」
「お前のアニメ遍歴はどうでもいい。……で、これがアニソンの名曲中の名曲なのか?」
「ヤー! すくなくともアニメ好きでない人にも通じるアニソンの定番であることは確かです!」
歌をバックにして、エヴァの語り口に熱が宿る。
「“エ ヴァ”自体はテレビ放送が終わって十年以上経つのですが、いまでもこの『残酷な天使のテーゼ』はカラオケの人気曲として定着しています。以前にキョーコた ちとカラオケへ行った際にも、カラオケマシンのランキングを見たら一位に入ってました! いわゆる子供向けのアニメを除けば、この曲ほど世の中に浸透して いるアニソンもないんじゃないでしょうか?」
「……まー、俺でも知っているくらいだからな」
「もしまだ本編を見ていないようでしたら、せ めてOP映像だけでも見ることをオススメします。とにかくですね、このOPのカットバックがとてもスタイリッシュでカッコいいんです! いまだに“エ ヴァ”を超えるOPのアニメはなかなかないと思いますよ。わたしなんかOPに映っているカヲルを探すためにコマ送りの技術を覚えたくらいですし……」
「なんでわざわざコマ送りする必要があるんだ?」
「見ればわかります!」
「……あっそ」
そんなやりとりをしているうちに、曲はいつの間にかサビへと突入する。
冒頭の歌詞が、印象的なメロディに乗って繰り返される。こうしてじっくり聴くのは初めてだったが、エヴァの言うとおり、この曲のテンポはとても耳触りが良い。このテンポでどんな映像が演出されているのかはたしかに気になるところだ。
「しかし……“エヴァ”ってロボットアニメだろ? 歌詞の意味がさっぱりわからないのだがアニメに関連した内容なのか? ロボットの名前も出てこないし……」
「確かにアニメ本編と直接関連する言葉は出てこないですね。でも、アニメもこの曲も用いているモチーフはおなじです。少年の成長、神話、哲学、そして母性」
エヴァは得意げに解説してみせる。
「い まだにファンのあいだで内容の解釈をめぐって議論が巻き起こっているような作品ですからね。本編や歌詞の解釈についてこれが正しいという答えは存在しな い。むしろ見る人によって様々な解釈を可能とさせてしまう、それが“エヴァ”の“エヴァ”たるゆえんなのです! あ、ちなみに今回は 〈Director's Edit. Version〉のほうを選んでみました! 間奏のギターソロがとってもカッコいいですからぜひ覚えておいてください!」
「なるほど」
「とにかく『残酷な天使のテーゼ』は、まさに“エヴァ”という作品を代表するアニソンであると言っても過言ではありません。それくらいにアニメとのシンクロ率は高いです! まさに本編とのシンクロ率400%の名曲です!」
「400? パーセンテージなら普通100までだろ?」
「……本当にゲントはネタの振り甲斐がない男ですね」
「なんのことだ?」
「なんでもないです……」
なぜか沈んだ面持ちになるエヴァだが、スピーカーから鳴る間奏にピクリと耳を震わせた。次の瞬間、折り重なるような女性のコーラスが響き渡る。
どこの言語かもわからない、深遠な響きを持った声。
弦人はエヴァの顔を見て、息を飲んだ。
まるで敬虔なクリスチャンのような顔つきになっていた。
「……エヴァ?」
呼びかけられたエヴァははっと我に返り、照れくさそうにはにかんだ。
「ああ、失礼しました。いまの部分を聴いていたら、懐かしくなりまして……」
「間奏のコーラスが?」
「ヤー。これ、コラールの要素を加えてアレンジしているんです」
「コラールって……たしかドイツの讃美歌だよな?」
弦人は頭の隅にある知識を引っ張り出しながら答える。エヴァは驚いたように目を見開いた。
「おお、よく知ってますね! 正確にはルター派の讃美歌ですけど」
「でもこれ、ドイツ語……じゃないよな。聴いたことのない言葉だが、なんて言ってるんだ?」
「ああ、ここのコーラスには厳密な日本語訳がないんです」
エヴァは苦笑した。
「もともとこのコーラスは解読されてない古代文書による言葉を地域伝承に頼って歌にしているんです。そのときに、コラールの要素を加えてアレンジしているそうでして。だから、こう、なんといいますか……」
弦人はエヴァが言わんとしている言葉を口にした。
「琴線に触れる?」
「そ うです! それです!」エヴァは嬉しそうにはしゃいだ。「なんでしょうかね。『残酷な天使のテーゼ』を聴いていると、すごく心が安らぐんです。聖歌隊にい た頃のことを思い出して、自分の家に帰った気分になると言いますか。とにかくこの歌はわたしにとっても運命的な曲なんです。もしこの曲を聴いてなかった ら、そもそもアニソンにはまることもなかったかもしれないですね」
弦人はもう一度曲に耳を澄ます。
高みへと昇ろうとしている少年に向けられた、切なくも激しい願いと祈り。アニソンというジャンルのなかで生まれた讃美歌。それが、この『残酷な天使のテーゼ』という曲なのかもしれない。
そのままエヴァと弦人はなにも言わず、最後まで曲を聴き続ける。
やがて楽曲は叫ぶようなボイスと共に終わりを迎えた。エヴァは停止ボタンを押し、弦人に微笑みかける。
「どうでしたか、ゲント。聴いてみた感想は」
弦人はため息をつきながら答える。
「すべての元凶を垣間見た気がした」
「元凶? もー、ゲントったら! それを言うなら原因ですよー! 元凶って悪い意味で使う日本語ですよ?」
「そういう意味で使ったんだ」
そこで昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。するとエヴァは残念そうに唇を尖らせた。
「もう終わりですか。もっとほかの曲についても解説したかったのですが」
「まだ続ける気だったのか……」
「次の機会にまたいろいろ教えますよ! わたし、アニソンについては詳しいですから!」
エヴァはMP3プレイヤーを停止するとスピーカーから取り外す。
「ゲントに貸します! ぜひ聴いてみてください。ゲントの琴線に触れる曲もきっと見つかると思いますよ?」
弦人はすぐ顔をしかめるが、エヴァの本気の眼差しを見て、いろいろと諦める。
たまにはこういうのも、悪くはないだろう。
しばらく考え込んでから弦人はMP3プレイヤーを受け取った。
「……ほどほどに頼む」
「了解です、ゲント!」
「ほら、教室戻るぞ」
「あ、待ってください」
慌ててエヴァがあとを追いすがってくる。それから感心したように弦人の横顔を見つめた。
「でも良かったです。ゲントもさすがに“エヴァ”は知ってたんですね!」
「名前だけ、だがな」
「うんうん、やっぱり有名な作品ですからね!」
「まぁ、要するに“エヴァ”っていうのはあれだよな?」
弦人はひどく真面目な顔で答えた。
「――紫色のガンダムだろ?」
「……やっぱり、ゲントはもっとアニメについて勉強したほうがいいと思います」
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「いやだ」
「いきなり前言撤回ですか!?」
エヴァは唇をへの字に曲げてまくしたてる。
「いつまでも聴かず嫌いは良くないです! ゲントはわたしたちの大事なギタリストなんですから! ちゃんとアニソンバンドのメンバーとして恥ずかしくないアニソン知識を身につけてください!」
「と言われても……。お前の趣味を押しつけられるのも……」
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エヴァが自信満々に胸を張った。
その言葉に、さすがの弦人も興味をそそられる。
エヴァのアニソンに関する知識は弦人も一目置いている。彼女がここまで言うのなら、それなりの選曲をしてきたということなのだろう。
「……たとえば、どんな曲が入ってるんだ?」
するとエヴァは嬉しそうに目を輝かせた。
「待ってください。いま再生しますから! えーと、確かスピーカーがこのあたりに……」
エヴァは部屋からスピーカーを引っ張り出し、MP3プレイヤーに接続する。
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歌をバックにして、エヴァの語り口に熱が宿る。
「“エ ヴァ”自体はテレビ放送が終わって十年以上経つのですが、いまでもこの『残酷な天使のテーゼ』はカラオケの人気曲として定着しています。以前にキョーコた ちとカラオケへ行った際にも、カラオケマシンのランキングを見たら一位に入ってました! いわゆる子供向けのアニメを除けば、この曲ほど世の中に浸透して いるアニソンもないんじゃないでしょうか?」
「……まー、俺でも知っているくらいだからな」
「もしまだ本編を見ていないようでしたら、せ めてOP映像だけでも見ることをオススメします。とにかくですね、このOPのカットバックがとてもスタイリッシュでカッコいいんです! いまだに“エ ヴァ”を超えるOPのアニメはなかなかないと思いますよ。わたしなんかOPに映っているカヲルを探すためにコマ送りの技術を覚えたくらいですし……」
「なんでわざわざコマ送りする必要があるんだ?」
「見ればわかります!」
「……あっそ」
そんなやりとりをしているうちに、曲はいつの間にかサビへと突入する。
冒頭の歌詞が、印象的なメロディに乗って繰り返される。こうしてじっくり聴くのは初めてだったが、エヴァの言うとおり、この曲のテンポはとても耳触りが良い。このテンポでどんな映像が演出されているのかはたしかに気になるところだ。
「しかし……“エヴァ”ってロボットアニメだろ? 歌詞の意味がさっぱりわからないのだがアニメに関連した内容なのか? ロボットの名前も出てこないし……」
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エヴァは得意げに解説してみせる。
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「400? パーセンテージなら普通100までだろ?」
「……本当にゲントはネタの振り甲斐がない男ですね」
「なんのことだ?」
「なんでもないです……」
なぜか沈んだ面持ちになるエヴァだが、スピーカーから鳴る間奏にピクリと耳を震わせた。次の瞬間、折り重なるような女性のコーラスが響き渡る。
どこの言語かもわからない、深遠な響きを持った声。
弦人はエヴァの顔を見て、息を飲んだ。
まるで敬虔なクリスチャンのような顔つきになっていた。
「……エヴァ?」
呼びかけられたエヴァははっと我に返り、照れくさそうにはにかんだ。
「ああ、失礼しました。いまの部分を聴いていたら、懐かしくなりまして……」
「間奏のコーラスが?」
「ヤー。これ、コラールの要素を加えてアレンジしているんです」
「コラールって……たしかドイツの讃美歌だよな?」
弦人は頭の隅にある知識を引っ張り出しながら答える。エヴァは驚いたように目を見開いた。
「おお、よく知ってますね! 正確にはルター派の讃美歌ですけど」
「でもこれ、ドイツ語……じゃないよな。聴いたことのない言葉だが、なんて言ってるんだ?」
「ああ、ここのコーラスには厳密な日本語訳がないんです」
エヴァは苦笑した。
「もともとこのコーラスは解読されてない古代文書による言葉を地域伝承に頼って歌にしているんです。そのときに、コラールの要素を加えてアレンジしているそうでして。だから、こう、なんといいますか……」
弦人はエヴァが言わんとしている言葉を口にした。
「琴線に触れる?」
「そ うです! それです!」エヴァは嬉しそうにはしゃいだ。「なんでしょうかね。『残酷な天使のテーゼ』を聴いていると、すごく心が安らぐんです。聖歌隊にい た頃のことを思い出して、自分の家に帰った気分になると言いますか。とにかくこの歌はわたしにとっても運命的な曲なんです。もしこの曲を聴いてなかった ら、そもそもアニソンにはまることもなかったかもしれないですね」
弦人はもう一度曲に耳を澄ます。
高みへと昇ろうとしている少年に向けられた、切なくも激しい願いと祈り。アニソンというジャンルのなかで生まれた讃美歌。それが、この『残酷な天使のテーゼ』という曲なのかもしれない。
そのままエヴァと弦人はなにも言わず、最後まで曲を聴き続ける。
やがて楽曲は叫ぶようなボイスと共に終わりを迎えた。エヴァは停止ボタンを押し、弦人に微笑みかける。
「どうでしたか、ゲント。聴いてみた感想は」
弦人はため息をつきながら答える。
「すべての元凶を垣間見た気がした」
「元凶? もー、ゲントったら! それを言うなら原因ですよー! 元凶って悪い意味で使う日本語ですよ?」
「そういう意味で使ったんだ」
そこで昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。するとエヴァは残念そうに唇を尖らせた。
「もう終わりですか。もっとほかの曲についても解説したかったのですが」
「まだ続ける気だったのか……」
「次の機会にまたいろいろ教えますよ! わたし、アニソンについては詳しいですから!」
エヴァはMP3プレイヤーを停止するとスピーカーから取り外す。
「ゲントに貸します! ぜひ聴いてみてください。ゲントの琴線に触れる曲もきっと見つかると思いますよ?」
弦人はすぐ顔をしかめるが、エヴァの本気の眼差しを見て、いろいろと諦める。
たまにはこういうのも、悪くはないだろう。
しばらく考え込んでから弦人はMP3プレイヤーを受け取った。
「……ほどほどに頼む」
「了解です、ゲント!」
「ほら、教室戻るぞ」
「あ、待ってください」
慌ててエヴァがあとを追いすがってくる。それから感心したように弦人の横顔を見つめた。
「でも良かったです。ゲントもさすがに“エヴァ”は知ってたんですね!」
「名前だけ、だがな」
「うんうん、やっぱり有名な作品ですからね!」
「まぁ、要するに“エヴァ”っていうのはあれだよな?」
弦人はひどく真面目な顔で答えた。
「――紫色のガンダムだろ?」
「……やっぱり、ゲントはもっとアニメについて勉強したほうがいいと思います」
■楽曲データ
『残酷な天使のテーゼ』 歌:高橋洋子
作詞:及川眠子 作曲:佐藤英敏 編曲:大森俊之 【新世紀エヴァンゲリオン】OP
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