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第7話『only my railgun』

ある日の昼休みのことだ。

入谷弦人はいつものように五階にある元軽音楽部の部屋の扉を開けた。
「もうちょっと! もうちょっとだけでいいから! ワンチャンください!」
「まだ続けんの? もうめんどうくさいんだけど……」
「ここから! ここからが本番なの! ぼくの戦いはこれからなんだよ!」
「そんな連載漫画の打ち切り回みたいなこと言われても」
 小松孝弘が九条京子にしつこく食い下がっている。どうやらなにかを必死に頼み込んでいるらしい。十中八九、面倒な事態とみて間違いなさそうだ。
 そっと弦人は開いた扉を閉めようとする。が、閉まる直前、扉の端を足で押さえられる。
「入谷ぁ、なーに逃げようとしてんのかしらぁ?」
「え? おっ! ゲンちゃん! ちょうどいいとこに来てくれた!」
 弦人は渋々、部屋のなかへと戻る。孝弘は顔を輝かせながら、弦人のもとに近づいてきた。
「いやーじつはさぁ、ちょっと見て欲しいものがあるんだけど!」
「……見て欲しいもの?」
 困惑する弦人はちらりと京子を一瞥するが、向こうは向こうで「さーて、今週の【NARUTO‐ナルト‐】はどうなってるかなぁ……」と言いながら、今週のジャンプをめくり始めている。スケープゴートにすべてを任せる算段のようだ。
 弦人はしかめっ面を崩さず、孝弘のほうを見る。
「つまらないものだったら承知しないぞ」
「大丈夫、大丈夫! それじゃあ、ゲンちゃん。こいつをよーく見てて」
 孝弘が差し出した右手には一枚のコインを置かれている。言われるがまま、弦人が注視していると、孝弘は親指でそのコインを弾いた。
 真上に放られたコインはくるくると回転しながら、重力に引かれて落下していく。
 すると孝弘は勢いよくコインをつかみ取り、すぐに手を開いてみせた。
「アラ、不思議! 握ったはずのコインが消えてしまいました! さて、コインはいったいどこに消えてしまったのでしょうか!?」
「人差し指と中指のあいだだろ?」
「…………………」
「だって、そこだけ閉じてるし」
 弦人は孝弘の右手に顔を近づけるが、慌てて孝弘は自分の手を背中に隠す。気を取り直すように咳払いした。
「待って。次が本当の勝負だから。見てて」
そう言って、孝弘は自分の左手を片耳にくっつけてから、勢いよく開いてみせた。
「うー、でっかくなっちゃった!」
「ぶっ飛ばすぞ?」
「待って! 嘘! そんな怒らないで!」
 耳の形をした手品グッズを持ちながら、孝弘は必死に弁解する。
「いままでのはまだ前座! スロースターターなだけだから! 後半になると一気に面白くなるタイプなの!」
「話の面白さが決まるのは最初の三行。シリーズ物の勝負が決まるのは一巻の売上げ初速。序盤で惹きつけられてなかったら、客はすぐに飽きる。そんな常識も知らないのか?」
「どこの常識!? そんなどこぞのラノベ編集者みたいなこと言われても!」
「……というかなんでマジック? また女子の前で披露するつもりか?」
「うん、女子っつーか……エヴァちゃんの前で……」
「エヴァの前で?」
「まさか、あの約束がまだ有効だなんて思わなかったんだよ……。このままじゃナイフでジャグリングだよ……」
「なんの話だ?」
「くだらない話よ」
 京子がジャンプから顔をあげながら話す。
「前にエヴァと小松が話していたとき、そいつったらエヴァにテキトーなこと言ってね。あの子がそれを真に受けちゃったの。大道芸人並みのパフォーマンスを見せてくれるって期待してるみたいで……。昨日とか、『いつですか? いつ見せてくれるんですか!?』ってしつこかったらしいし」
「あー、なるほど」
弦人は大体の事情を察する。そのときの様子を見てもいないのにありありと情景が頭に浮かんできた。
「……ようするに自業自得ってことか」
「そんなにあっさり片付けないで! 助け合いはバンドの基本でしょ!?」
「助け合いという言葉を都合よく使うな」
「ってかさー、素直にできないってエヴァに謝ればいいだけの話じゃないの?」
「ふふふ、わかってないなーキョーちゃん。男の約束に二言はなしなんだぜ?」
「ああ、じゃあわかってないアタシが手を貸す必要もなかったわね、そうよね」
「嘘、ごめん、助けてください。ってか無理ゲーだよ! あんな期待を籠められた目で迫られてさ! どうやって断れっていうのさ!」
 孝弘が弁解したちょうどそのとき、部屋の扉が開いた。
「グーテン・ターク(こんにちは)! おお、今日は結構揃ってますね。みんなでなんの相談ですか?」
 図ったようなタイミングで入ってきたのは、ドイツからの留学生エヴァ・ワグナーである。
すると孝弘の目があからさまに泳ぎだした。
「え、えーとね、ほら、ちょっとあれ」
 しばらく考えてから、孝弘は言った。
「――超能力の有無について議論しててね」
「いや、その切り返しは無理あるでしょ」
「たしかに」
 京子のツッコミに弦人も同意する。
「なんでお前はそうやって話をややこしくするんだか……」
「まったくよ。レベル0の無能力のくせに」
「レベル0?」
 弦人が首を傾げると、京子はなぜか急に慌ててそっぽを向いた。
「そ、そのまんまの意味よ! なに、文句でもあるわけ!?」
「なんで怒ってるんだよ……」
「良いんだよー、キョーちゃん。ここでは素直な自分をさらけ出せば……」
「あっ?」
「すいません、調子に乗り過ぎました」
「おー、キョーコも見てたんですね! 【とある魔術の禁書目録(インデックス)】ですか? 【とある科学の超電磁砲(レールガン)】のほうですか?」
 なぜかエヴァには通じたらしく、嬉しそうに目を輝かせる。京子もぽつりと話し始めた。
「アタシは【とある科学の超電磁砲】から……。【とある魔術の禁書目録】はいま原作のほう追いかけていて……」
「わたしもいま読んでいるところです! いろんな能力が出てきて面白いですね! 日本の漢字で英語読みができるなんて、わたし初めて知りました!」
「……言っとくけど、エヴァ。『幻想殺し』って書いても普通の人はイマジンブレイカーとは読まないわよ?」
「え? でもこないだGoogle IMEで変換したときはちゃんと漢字に変換できましたよ。イマジンブレイカーも、レールガンも」
「マジで!?」
 すっかりアニメ談義で盛り上がるエヴァと京子を見ながら、孝弘がそっと弦人に耳打ちする。
「ゲンちゃん、ゲンちゃん」
「なんだ?」
「これ、いつものパターンなんじゃない?」
「……なんの話だ?」
「またまたぁ。気づいてるくせにぃ」
「………………なにを言っているのかわからないが」
「ゲント!」
 エヴァがきらきらと瑠璃色の瞳を輝かせてこちらを見つめている。
 しばらく弦人はエヴァの目を見つめた後、諦めて肩を落とす。視界の端で、孝弘がおかしそうに腹を押さえていたので、肘で小突いた。
「……これか?」
 弦人がポケットから取り出したのは、携帯音楽プレイヤーである。アニソンが100曲収録された、アニソンバカによるアニソン入門リスト。
「さっすが、ゲント! わかってますね! せっかくですから、ゲントにはこの曲を聴いてもらいましょう! 心がたぎること間違いなしですから!」
 エヴァは嬉しそうにMP3プレイヤーを受け取りながら、スピーカーに接続していく。
「えーと、たしかこのへんに……。ああ、ありました! ありました!」
 トラックを選択してからしばらくして、スピーカーから波打つようなサウンドが響き渡る。
 まるで鼓動のようなパワフルな低音のイントロダクション。波打つリズムがいやがおうにもこちらの気持ちを盛りたて、高揚感を煽る。
一気に突き抜けるようなメロディーと歌声が炸裂する。勇ましい歌詞はメロディと完璧に同調し、楽曲に疾走感と躍動感を与えている。
 撃ち放たれた弾丸よろしく、エヴァは熱い語り口で話し始めた。
「fripSideの『only my railgun』。【とある科学の超電磁砲】の前期OPに使用された楽曲です。このアニメは超能力を持った女の子たちを主人公にしているのですが、いわゆる可愛らしいガールズソングではなく、バトル漫画に相応しい最強無敵のカタルシスに満ちた曲となっています! ちなみにタイトルのレールガンとは、アニメの主人公にしてレベル5の能力者である電撃姫、ミサカ・ミコトが使う必殺技です」
「レールガンって、あの電磁力で弾丸を加速して撃ちだすってやつか?」
「ヤー(はい)! ちなみに本編で撃ちだすのはメダルゲームのコインなんですけどね」
最初のサビが終わり、楽曲はAメロへと入る。
サビの勢いが嘘のようなしっとりとしたテンポ。決意に満ちていたサビの歌詞とは対照的に、少女の揺れる心が描かれていく。
どんなに強い力を持っていても、力が必ずしも助けになるわけではない。力の行く末を決めるのはいつだって人の心。答えを出せるのは、いつだって自分だけ。
 そして切ない感傷に満ちたメロディを振り払うように曲はふたたびサビへと突入する。その緩急が、サビの疾走感をより強く印象付ける。
「カッコいいアニソン、ということでしたらもちろんほかにも良い曲がたくさんありますけど、『only my railgun』の魅力はなんといっても疾走感と切なさの同居だと思うんです。放たれたコインに託されたヒロインの戸惑いや葛藤、そしてそれを振り払って先へと進もうとする強い意志と決意。単に盛り上がるだけじゃない、特別な力を持たない人でさえも共感できてしまうエモーショナルな歌詞。だからこそサビで炸裂するボーカルの疾走感といったらもうたまらないものがあります! まるで電気が駆け巡ったように、鳥肌がぞくぞくと立つほどです。この歌そのものがまさにマッハのスピードで撃ちだされる超電磁砲といっても過言ではありません! アニメの世界観との親和性の高さもあって、まさに最強ヒロインに相応しいアニソンです!」
「いいわよねー……。カラオケで歌ったら絶対に気持ちよさそう……」
「ライブでやると琴音ちゃんが大変そうだけどね。キーボードが主体っぽいし」
「ユーロビート調だからな。でもかなりギターの音も入っているし、バンド向けにアレンジすれば、ライブ映えはしそうな気も……」
「ゲントもそう思いますか!?」
 エヴァが勢いよく食いついてきたので、つい弦人はたじろいでしまう。
「わたし、いつかこの曲はライブでやりたいと思っているんです! 盛り上がること間違いなしです! じつはわたし、ばっちりパフォーマンスも考えているんです!」
「パフォーマンス?」
「ヤー! 見ていてください!」
 言うなり、エヴァは弦人の眼前に自分の手のひらを突き出す。
 なんの変哲もない綺麗な手が力強く握りしめられる。と、その途端、指の間から一枚のコインが出現する。
「うわっ!」
 思わずといった具合に、京子が感嘆の声を漏らした。やっていることは単純なのに、あまりに流れが鮮やかで、つい弦人も目が釘付けになってしまう。
 エヴァはさらにコインを真上に弾く。真上に放られたコインはくるくると回転しながら、また重力に引かれて落下していく。
 ここまではつい五分前に見た光景。だが、エヴァは放ったコインをつかまず、人差し指で空中のコインを弾いた。
 次の瞬間、コインは勢いよく水平に飛んで行った。
 弾丸のように打ち出されたコインはドラムのハイハットに命中。甲高い音を鳴らしながら、床へと転がっていった。
「すごい、エヴァ! なにいまの! どうやってやったの!?」
「ふふふ、アニメ見ながら練習しました! なんとかレールガンを撃てないかと、いろいろ試行錯誤しましたので」
「その努力、もっと別の方向に生かす気はないのか?」
「なにを言いますか、ゲント。アニメの必殺技に憧れるのはごく自然なことですよ。わたしの友人だって、ちっちゃい頃はかめはめ波の練習してましたし!」
「だからお前の常識をあてはめるな」
「それよりも、どうでしたかゲント! いまの、ライブでも使えますかね!?」
「無理だろうな」
 あっさりと弦人は否定する。
「コイン使っても会場の客からはなにも見えないだろ。いくら手際が良くても、客から見えなかったらなんの意味もないだろうが」
「むむ、ゲントは厳しいですね……」
「だいたい、余計なパフォーマンスなんて必要ないだろ。お前の歌があれば」
 弦人はこともなげに言った。すると沈黙が落ち、エヴァと京子が不思議そうな目で弦人を見つめてからひそひそと話し始める。
「ゲントが褒めている……。どうしましょう、雨でも降るんじゃないでしょうか……」
「わからないわよ……。あらゆるバンドを崩壊させるレベル6の能力、“皇帝入谷(コーテリヤ)”が発動する直前かも……」
「おい、聞こえているぞ」
 弦人が眉間にしわを寄せると、二人は悪戯っぽく笑った。
「わかりました! でももっとお客さんを湧かせられるよう、パフォーマンスを磨いてみせます! この曲に負けない最強無敵のカタルシスを得るためですからっ!」
「……ああ、そうかい」
 最強無敵のカタルシス。その言葉を聞いて、弦人はひとつ想像を巡らせる。
 ステージの上で歌いながら、エヴァはさっきのようなパフォーマンスを繰り広げている。観客はそれを見て歓声を送って――。
 バカバカしい想像だ、と弦人は頭を振る。だがその想像を一蹴できないのが、エヴァの恐ろしいところだった。
 弦人がため息をついたとき、昼休みのベルが鳴った。
「昼休みももう終わりですかっ! このまま『LEVEL5-judgelight-』を続けて聴きたかったのですが……」
「またの機会にしましょ。ってかエヴァ! 今度、琴音も誘ってアニソンカラオケしようよ! 普段のメンツじゃ歌えない曲、歌いまくってさ!」
「おー、楽しそうですねっ! って、はやく行かないと。じゃあ、すいません。お先に!」
「うん。あとでね、エヴァ」
 入ってきたときとおなじく、エヴァはまたすぐに部屋を出ていく。
 残された弦人と京子はそっと一言もしゃべらないでいるベース担当に目を向ける。
 孝弘が絶望的な表情でコインを弾いていた。
「……まー、コインマジックばかりがパフォーマンスってわけではないから」
「そ、そうよ! エ、エヴァにはアタシから言っておくし!」
「……いいんだよゲンちゃん、キョーちゃん。所詮、ぼくなんかレベル0の無能力者なんだから……。自分で言ったことだもの、当たって砕けるよ……」
「小松……アンタ……」
 それ以上、二人からはなにも言葉をかけることができなかった。孝弘を置き去りに、黙って二人は部屋を出ていった。

 翌日。軽音楽部の元部室にて。
「ははっははは!! お、お腹が痛いですっ! もう一回! もう一回、お願いします!」
「え~? しょうがないなぁ。じゃあ……でっかくなっちゃった!!」
「も、もうダメです……! わ、笑い死にしそうですっ!」
 孝弘の“耳がでっかくなる”ネタを前にし、笑い転げるエヴァの姿があった。
 弦人と京子が醒めた顔でいるなか、孝弘は得意満々の顔で言った。

「これからはぼくのこと、“とある奇術の笑芸人(コメディアン)”とでも呼んでくれ!」

 次の瞬間、京子のドラムスティックが炸裂したのは言うまでもない。


■楽曲データ
『only my railgun』 歌:fripSide
作詞:八木沼悟志、yuki-ka 作曲・編曲:八木沼悟志 【とある科学の超電磁砲】OP
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