■登場人物紹介はコチラから■
第9話『INVOKE』
ある日の放課後のことだ。
入谷弦人はいつものように五階にある元軽音楽部の部屋の扉を開けた。
すると鼻の奥をツンと刺激するような匂いに襲われる。
「京子先パイ……そこはテープでマスキングしないとだめだと思います……」
「え? ここって青一色でいいんじゃないの?」
「いえ……画像を見ると、白のパーツもありますね……」
「ほんとに? もう、メンドーねぇ」
見ると、九条京子と宮坂琴音が机の上に新聞紙を広げ、なにかの作業に勤しんでいる。
鼻を突いた刺激臭はどうやら塗料が原因らしい。弦人は床に打ち捨てられていた箱を拾い上げた。
『宇宙戦士フリーダムガンボーイ――総員出撃! 奴らは群れでやってくる!』
やたらレトロなデザインのタイトルロゴにキャッチコピー、そしてアニメには無知な弦人にも伝わってくる“コレジャナイ”感にただただ唇を引き攣らせる。
「……なに、これ」
「エヴァが持ってきたパチモンのプラモ。ドイツにある日本の玩具専門店で売ってたんだって」
京子がパーツから目を逸らさないまま答えた。琴音が隣で頷く。
「さっきまでエヴァ先パイも一緒にやっていたのですが……面談があるとかで途中で職員室に行っちゃって……」
「面談?」
「交換留学生として、ってやつ。留学センターの職員の人と交えて学校生活の報告だってさ」
「なるほどな」
ならばなにも問題ないだろう。この学校で、あの留学生ほど学校生活を満喫している人間をほかに知らない。
「で、残りをお前ら二人で作っているのか。……模型部じゃあるまいし、わざわざここで作らなくても」
「いいじゃん。だらだら集まるだけなんだからさ。完成したらここに飾る予定だし」
「……大丈夫なのか、勝手にそんなことして」
「アタシたち以外、使っている人間もいないし、大丈夫じゃない? それに二人だけじゃないわよ」
そう言って京子は自分の持っているパーツを弦人に押しつけた。
「アンタも手伝いなさい。これもバンド活動の一環よ」
「なんでそうなる。プラモなんていままで作ったことないぞ」
「はぁっ? アンタ、それでも男の子? まったく使えないわねぇ」
「あ、い、入谷先パイ……琴音たちにはどうかお構いなく……」
慌てたように琴音が弁明する。
「琴音たちが好きでやってるだけですから……無理しなくても大丈夫です……」
「ちょっと琴音……」
「ほら。宮坂もこう言ってるし」
弦人は琴音のフォローに感謝した。こういう心配りをもっと京子にも見習ってほしいところ――。
「もともと……入谷先パイには期待もしてなかったので……」
「俺の感心を返せ、コラ」
まさかの不意打ちだった。本当にこの後輩の言動は予想ができない。
フン、と京子は嘲笑を浮かべた。
「ほらほら。役立たずのコーテリヤさんは机の隅でも行ってなさい。アタシたちのジャマはしないこと! せっかくあのうっさい奴が軽音楽部のほうに行って作業も捗っているんだから。良い!?」
「ハイハイ……」
弦人は適当な返事を返しながら、席に座った。
と言ってもとくにやることもないので、横目で京子たちの作業を見つめる。
そもそも琴音はともかく、京子とプラモが結びつかないのだが、意外にも手慣れた様子で作業を進めていく。
「結構慣れてんだな」
「まぁね。兄貴に付き合わされてガンプラ作ってたから。昔はHGもよく作ってたけど、MGくらいのほうがやっぱりやり応えがあっていいわねぇ!」
「……お前って、趣味と外見がほんとうに釣り合ってないよな」
「うっさい、黙れ。いいのよ! 塗装もマニキュアもおんなじようなもんなんだからっ」
「そこを一緒にするのは……さすがにどうかと思いますが……」
「そういえば琴音もやけに詳しいわね。ガンプラ作ったりするの?」
「ガンプラというより……ガレージキットのほうを……。ボカロのガレキ、塗装するのが好きで……」
「へー、そんなのあるのねぇ! 今度やってみようかしら」
「京子先パイくらいの技術があれば……きっと楽しめると思いますよ……。あ、この尖ってる部分……ヤスリで削りましょうか……?」
「うん、お願い」
京子と琴音の会話について行けるわけもなく、弦人は黙って組み上がりつつあるプラモデルを見つめる。まるで美容室で髪を切られているのを眺めているような気分だ。
ただ人の作業を眺めながら、身動きも取れず、じっと完成するのを待つ。表面的な会話も含めて、あれほど不毛な時間もない。
「あ、入谷」
と、京子がいきなり声をかけきた。
「ヒマならさ、BGMかけてよ。テンション上がりそうなやつ」
「……唐突な要求だな」
「妥当なお願いよ。何事も雰囲気づくりって大事でしょ? だいたいアンタだって横からずっと眺めているだけじゃ退屈でしょ? 気を遣ってるんだから感謝しなさい」
「じゃあ、レッド・ツェッペリンの『天国への階段』を――」
「アニソン限定でよろしく」
「全然気を遣ってないだろうが」
予想通りだったので、ことさら失望もしない。弦人はいつものようにアニソン100曲入りのMP3プレイヤーをスピーカーにセットした。
「あ、曲選は空気読んでよ。いまの場にふさわしそうな感じで」
「エヴァじゃないから、そんな気は回せない。だいたい、この場にふさわしそうって、どんな感じだよ」
「え、えっと、こう……敵の戦闘メカを撃ち落としたくなるようなテンションというか……」
「ずいぶん物騒なテンションだな」
弦人は仕方なくランダム再生に設定してからボタンを押す。考えてもアニソンバカでない弦人にわかるはずもない。運に任せるしかない。
しばらくしてスピーカーからキーボードの旋律が響いた。
鎮魂歌のようにも聴こえる調べののち、音が弾けるように点火。シンセの音に乗ってアップテンポなリズムのメロディが炸裂する。
「お、T.M.Revolutionの『INVOKE』ね。なんだ、アンタも良い選曲してるじゃない」
京子が作業の手を止めて、めざとく反応する。どうやら当たりだったらしい。
「っていうか、よくイントロだけでわかるな……」
「そりゃそーよ、カラオケでいっつも歌ってるもの。この声出すのに、どれだけ修行を積んだと思ってるの……!」
「いや、西川貴教の歌声を再現できたら、相当だと思うが……」
トランス感あふれるメロディに乗って、歌いあげる男性ボーカルの力強く、印象的な歌声。弦人はT.M.Revolutionの曲では『HOT LIMIT』が好きだったが、それとは違う壮大で、容赦のない世界観を感じ取る。
互いに傷つけあう者たち、絶望的な世界で足掻いて行く魂たち。
それでも壮大なストリングスとうねるようなシンセの音が、圧倒的な疾走感で聴く者の心を駆け巡る。なんのアニメの曲かは弦人にはわからなかったが、戦って傷つきながらも、なにかを求める者たちの姿が目に浮かぶようだった。
「西川貴教が関わっているのだったら、どちらかというとabingdon boys schoolのほうが好きだけどね。でも、けっこう盛り上がるわよ。美代も一緒に歌ってくれるし」
「そうなのか。九条のまわりってアニソン聴かないイメージなんだが……」
「アニソンっていうより、みんなJ-POPって認識だからね。【機動戦士ガンダムSEED】の曲って一般にもヒットしている曲多いから、わりと歌いやすいのよ。ほら、中島美嘉の『FIND THE WAY』とか。おなじような意味で【鋼の錬金術師】の曲も可」
「そういう曲、便利ですよね……。ボカロ曲だと……そもそもボカロ好きな人じゃないと知らないから……オタじゃない友達の前では歌いづらくて……」
「でもカラオケって歌う場所だろ? そんなの気にせず、自分の好きな曲を歌えばいいんじゃないの?」
弦人としてはフォローのつもりで投げた言葉だったが、京子と琴音には信じられないとばかりに眉をひそめられた。
「アンタ、それカラオケ行ってない人間の発言よ」
「そうです……一度でも選曲を間違えたときの空気を浴びた人間なら……そんな発言はしない……」
「選曲を間違えたときの空気?」
「そうよ。カラオケボックスは情報戦なの、参加者のテンションや空気を読み合って行われるグレート・ゲームなのよ……」
急に京子は遠くを見るような目になって言った。
「……前にうっかりアニメ映像付きので曲を入れちゃったことがあって……あん時はごまかすの大変だったな……」
「うわー……ありますね……それ……」
似たような経験があるのか、琴音も暗い顔で同意する。
「琴音もネットで知り合ったオタの友達とカラオケ行ったんですけど……みんなオタだと思って油断して……定番と思って『チルノのパーフェクトさんすう教室』を入れたら……みんな、ニコ動は見ない人で……」
「あー……オタって言ってもいろいろだものねー。逆にオタでくくられてる分、妙な線引きがあるというか……相容れない境界があるというか……」
「密室で味わうアウェイ感……あれはもはやいじめレベルです……」
「……カラオケってそんなに恐ろしい場所なのか」
驚愕の事実を前にして、弦人も言葉を失う。
そんな会話を続けるうちに、いつのまにか『INVOKE』の再生が終わった。
「あ、終わったわね」
「そうだな」
テンションを上げるためにかけたのに、プラモの作業はちっとも進んでいない。コホンと咳払いしてから弦人は二人に尋ねた。
「次はなにかける? またT.M.Revolutionでいいか?」
「そ、そうね。琴音はどうする?」
「琴音は、先パイたちが聴きたい曲で……構いませんけど……」
言葉尻を濁し、琴音はそのまま押し黙ってしまう。
京子は困ったように頬を掻き、弦人に尋ねた。
「なんかさー……アレよね?」
「そうです……アレです……」
「……ああ、アレだな」
弦人にも京子がなにを言わんとしてるのかがわかった。
「なんか、物足りないよな」
曲自体は嫌いじゃない。むしろいままで聴いたアニソンのなかでもトップクラスに弦人の琴線に触れる曲だった。
京子も、それに琴音も、この曲には食いついていた。
それなのに、なにか大事な要素が一つ欠けている。
自分たちのテンションを押し上げるようななにかが――。
「すいません、遅くなりました! 面談が長引いてしまいまして!」
豊かな黄金色の髪を振りまわして、女子生徒が一人、あわただしく部屋に入ってくる。ドイツから来たアニソンバカの留学生、エヴァ・ワグナーだ。
エヴァはさっさと鞄を置くと、作りかけのプラモを前にして鼻息を荒くする。
「さぁ、さっさと続きにとりかかりますよ! 最高の一品に仕上げて見せますからっ!」
さっそく腕まくりするエヴァだが、ふと机の上に置かれたMP3プレイヤーを見て目を輝かせた。
「あ、ゲント! もしかしてそれはわたしのMP3プレイヤーですか!? なにか曲を流していたのですか!」
「え、ええと、『INVOKE』を流していたが……」
「『INVOKE』! 西川アニキの名曲ですか! 良いですね、いまこの状況に相応しい曲じゃないですか!」
エヴァの口調がまるで点火したようにボルテージを上げていく。
「親友同士が争い合い、宇宙(そら)を駆け巡る、本編のストーリーにはこれ以上ないほどふさわしい曲です! 歴史の長いガンダムシリーズ、当然いろんなアーティストが関わってきたわけですが、ことSEEDシリーズに関しては西川アニキの存在抜きに語ることはできまません! 特に【機動戦士ガンダムSEED】の本編でフリーダムが登場したときに流れる『Meteor -ミーティア-』の鳥肌感といったらもう!」
弦人たち三人は唖然とエヴァを見つめてから、「あっ」とおなじタイミングで声を発した。
「そうか」
「そうよね」
「そうですね……」
弦人、京子、琴音はお互いに目を合わせる。
三人ともおなじ結論に達していることを確認した途端、京子と琴音はプッと吹きだした。
「うん? どうかしましたか?」
「……いいや、なんでもない」
弦人は苦々しい顔つきになって首を振った。
エヴァの前で言えるわけがない。
エヴァの解説抜きでは物足りなく感じているなんて、死んでも口にしたくはない。
「よし! じゃあ入谷、なんでもいいからガンガン曲かけちゃって! とっととこのプラモを仕上げちゃうわよ!」
「じゃあ琴音も……そろそろ本気出します……」
「おお、みんなやる気ですね! じゃあ、早く完成させて部屋に飾りましょう!」
俄然やる気になっているエヴァは、弦人のほうを振り向く。
「ほら、ゲントも手伝ってください」
「……はいはい」
弦人は再びMP3プレイヤーの再生ボタンを押すと、机のほうへ近づく。もう一度、箱に印刷された“フリーダム・ガンボーイ”の名前を見て、弦人は小さく呟いた。
「“フリーダム・アニソンガール”には誰も敵わない、か……」
↓↓↓好評発売中!↓↓↓
-----------------------------------------------------------
アニソンの神様
著者:大泉 貴
販売元:宝島社
(2012-09-10)
-----------------------------------------------------------
http://kl.konorano.jp/(このラノ文庫公式)
http://konorano.jp/(このラノ大賞公式)
https://twitter.com/konorano_jp(このラノツイッター)
「で、残りをお前ら二人で作っているのか。……模型部じゃあるまいし、わざわざここで作らなくても」
「いいじゃん。だらだら集まるだけなんだからさ。完成したらここに飾る予定だし」
「……大丈夫なのか、勝手にそんなことして」
「アタシたち以外、使っている人間もいないし、大丈夫じゃない? それに二人だけじゃないわよ」
そう言って京子は自分の持っているパーツを弦人に押しつけた。
「アンタも手伝いなさい。これもバンド活動の一環よ」
「なんでそうなる。プラモなんていままで作ったことないぞ」
「はぁっ? アンタ、それでも男の子? まったく使えないわねぇ」
「あ、い、入谷先パイ……琴音たちにはどうかお構いなく……」
慌てたように琴音が弁明する。
「琴音たちが好きでやってるだけですから……無理しなくても大丈夫です……」
「ちょっと琴音……」
「ほら。宮坂もこう言ってるし」
弦人は琴音のフォローに感謝した。こういう心配りをもっと京子にも見習ってほしいところ――。
「もともと……入谷先パイには期待もしてなかったので……」
「俺の感心を返せ、コラ」
まさかの不意打ちだった。本当にこの後輩の言動は予想ができない。
フン、と京子は嘲笑を浮かべた。
「ほらほら。役立たずのコーテリヤさんは机の隅でも行ってなさい。アタシたちのジャマはしないこと! せっかくあのうっさい奴が軽音楽部のほうに行って作業も捗っているんだから。良い!?」
「ハイハイ……」
弦人は適当な返事を返しながら、席に座った。
と言ってもとくにやることもないので、横目で京子たちの作業を見つめる。
そもそも琴音はともかく、京子とプラモが結びつかないのだが、意外にも手慣れた様子で作業を進めていく。
「結構慣れてんだな」
「まぁね。兄貴に付き合わされてガンプラ作ってたから。昔はHGもよく作ってたけど、MGくらいのほうがやっぱりやり応えがあっていいわねぇ!」
「……お前って、趣味と外見がほんとうに釣り合ってないよな」
「うっさい、黙れ。いいのよ! 塗装もマニキュアもおんなじようなもんなんだからっ」
「そこを一緒にするのは……さすがにどうかと思いますが……」
「そういえば琴音もやけに詳しいわね。ガンプラ作ったりするの?」
「ガンプラというより……ガレージキットのほうを……。ボカロのガレキ、塗装するのが好きで……」
「へー、そんなのあるのねぇ! 今度やってみようかしら」
「京子先パイくらいの技術があれば……きっと楽しめると思いますよ……。あ、この尖ってる部分……ヤスリで削りましょうか……?」
「うん、お願い」
京子と琴音の会話について行けるわけもなく、弦人は黙って組み上がりつつあるプラモデルを見つめる。まるで美容室で髪を切られているのを眺めているような気分だ。
ただ人の作業を眺めながら、身動きも取れず、じっと完成するのを待つ。表面的な会話も含めて、あれほど不毛な時間もない。
「あ、入谷」
と、京子がいきなり声をかけきた。
「ヒマならさ、BGMかけてよ。テンション上がりそうなやつ」
「……唐突な要求だな」
「妥当なお願いよ。何事も雰囲気づくりって大事でしょ? だいたいアンタだって横からずっと眺めているだけじゃ退屈でしょ? 気を遣ってるんだから感謝しなさい」
「じゃあ、レッド・ツェッペリンの『天国への階段』を――」
「アニソン限定でよろしく」
「全然気を遣ってないだろうが」
予想通りだったので、ことさら失望もしない。弦人はいつものようにアニソン100曲入りのMP3プレイヤーをスピーカーにセットした。
「あ、曲選は空気読んでよ。いまの場にふさわしそうな感じで」
「エヴァじゃないから、そんな気は回せない。だいたい、この場にふさわしそうって、どんな感じだよ」
「え、えっと、こう……敵の戦闘メカを撃ち落としたくなるようなテンションというか……」
「ずいぶん物騒なテンションだな」
弦人は仕方なくランダム再生に設定してからボタンを押す。考えてもアニソンバカでない弦人にわかるはずもない。運に任せるしかない。
しばらくしてスピーカーからキーボードの旋律が響いた。
鎮魂歌のようにも聴こえる調べののち、音が弾けるように点火。シンセの音に乗ってアップテンポなリズムのメロディが炸裂する。
「お、T.M.Revolutionの『INVOKE』ね。なんだ、アンタも良い選曲してるじゃない」
京子が作業の手を止めて、めざとく反応する。どうやら当たりだったらしい。
「っていうか、よくイントロだけでわかるな……」
「そりゃそーよ、カラオケでいっつも歌ってるもの。この声出すのに、どれだけ修行を積んだと思ってるの……!」
「いや、西川貴教の歌声を再現できたら、相当だと思うが……」
トランス感あふれるメロディに乗って、歌いあげる男性ボーカルの力強く、印象的な歌声。弦人はT.M.Revolutionの曲では『HOT LIMIT』が好きだったが、それとは違う壮大で、容赦のない世界観を感じ取る。
互いに傷つけあう者たち、絶望的な世界で足掻いて行く魂たち。
それでも壮大なストリングスとうねるようなシンセの音が、圧倒的な疾走感で聴く者の心を駆け巡る。なんのアニメの曲かは弦人にはわからなかったが、戦って傷つきながらも、なにかを求める者たちの姿が目に浮かぶようだった。
「西川貴教が関わっているのだったら、どちらかというとabingdon boys schoolのほうが好きだけどね。でも、けっこう盛り上がるわよ。美代も一緒に歌ってくれるし」
「そうなのか。九条のまわりってアニソン聴かないイメージなんだが……」
「アニソンっていうより、みんなJ-POPって認識だからね。【機動戦士ガンダムSEED】の曲って一般にもヒットしている曲多いから、わりと歌いやすいのよ。ほら、中島美嘉の『FIND THE WAY』とか。おなじような意味で【鋼の錬金術師】の曲も可」
「そういう曲、便利ですよね……。ボカロ曲だと……そもそもボカロ好きな人じゃないと知らないから……オタじゃない友達の前では歌いづらくて……」
「でもカラオケって歌う場所だろ? そんなの気にせず、自分の好きな曲を歌えばいいんじゃないの?」
弦人としてはフォローのつもりで投げた言葉だったが、京子と琴音には信じられないとばかりに眉をひそめられた。
「アンタ、それカラオケ行ってない人間の発言よ」
「そうです……一度でも選曲を間違えたときの空気を浴びた人間なら……そんな発言はしない……」
「選曲を間違えたときの空気?」
「そうよ。カラオケボックスは情報戦なの、参加者のテンションや空気を読み合って行われるグレート・ゲームなのよ……」
急に京子は遠くを見るような目になって言った。
「……前にうっかりアニメ映像付きので曲を入れちゃったことがあって……あん時はごまかすの大変だったな……」
「うわー……ありますね……それ……」
似たような経験があるのか、琴音も暗い顔で同意する。
「琴音もネットで知り合ったオタの友達とカラオケ行ったんですけど……みんなオタだと思って油断して……定番と思って『チルノのパーフェクトさんすう教室』を入れたら……みんな、ニコ動は見ない人で……」
「あー……オタって言ってもいろいろだものねー。逆にオタでくくられてる分、妙な線引きがあるというか……相容れない境界があるというか……」
「密室で味わうアウェイ感……あれはもはやいじめレベルです……」
「……カラオケってそんなに恐ろしい場所なのか」
驚愕の事実を前にして、弦人も言葉を失う。
そんな会話を続けるうちに、いつのまにか『INVOKE』の再生が終わった。
「あ、終わったわね」
「そうだな」
テンションを上げるためにかけたのに、プラモの作業はちっとも進んでいない。コホンと咳払いしてから弦人は二人に尋ねた。
「次はなにかける? またT.M.Revolutionでいいか?」
「そ、そうね。琴音はどうする?」
「琴音は、先パイたちが聴きたい曲で……構いませんけど……」
言葉尻を濁し、琴音はそのまま押し黙ってしまう。
京子は困ったように頬を掻き、弦人に尋ねた。
「なんかさー……アレよね?」
「そうです……アレです……」
「……ああ、アレだな」
弦人にも京子がなにを言わんとしてるのかがわかった。
「なんか、物足りないよな」
曲自体は嫌いじゃない。むしろいままで聴いたアニソンのなかでもトップクラスに弦人の琴線に触れる曲だった。
京子も、それに琴音も、この曲には食いついていた。
それなのに、なにか大事な要素が一つ欠けている。
自分たちのテンションを押し上げるようななにかが――。
「すいません、遅くなりました! 面談が長引いてしまいまして!」
豊かな黄金色の髪を振りまわして、女子生徒が一人、あわただしく部屋に入ってくる。ドイツから来たアニソンバカの留学生、エヴァ・ワグナーだ。
エヴァはさっさと鞄を置くと、作りかけのプラモを前にして鼻息を荒くする。
「さぁ、さっさと続きにとりかかりますよ! 最高の一品に仕上げて見せますからっ!」
さっそく腕まくりするエヴァだが、ふと机の上に置かれたMP3プレイヤーを見て目を輝かせた。
「あ、ゲント! もしかしてそれはわたしのMP3プレイヤーですか!? なにか曲を流していたのですか!」
「え、ええと、『INVOKE』を流していたが……」
「『INVOKE』! 西川アニキの名曲ですか! 良いですね、いまこの状況に相応しい曲じゃないですか!」
エヴァの口調がまるで点火したようにボルテージを上げていく。
「親友同士が争い合い、宇宙(そら)を駆け巡る、本編のストーリーにはこれ以上ないほどふさわしい曲です! 歴史の長いガンダムシリーズ、当然いろんなアーティストが関わってきたわけですが、ことSEEDシリーズに関しては西川アニキの存在抜きに語ることはできまません! 特に【機動戦士ガンダムSEED】の本編でフリーダムが登場したときに流れる『Meteor -ミーティア-』の鳥肌感といったらもう!」
弦人たち三人は唖然とエヴァを見つめてから、「あっ」とおなじタイミングで声を発した。
「そうか」
「そうよね」
「そうですね……」
弦人、京子、琴音はお互いに目を合わせる。
三人ともおなじ結論に達していることを確認した途端、京子と琴音はプッと吹きだした。
「うん? どうかしましたか?」
「……いいや、なんでもない」
弦人は苦々しい顔つきになって首を振った。
エヴァの前で言えるわけがない。
エヴァの解説抜きでは物足りなく感じているなんて、死んでも口にしたくはない。
「よし! じゃあ入谷、なんでもいいからガンガン曲かけちゃって! とっととこのプラモを仕上げちゃうわよ!」
「じゃあ琴音も……そろそろ本気出します……」
「おお、みんなやる気ですね! じゃあ、早く完成させて部屋に飾りましょう!」
俄然やる気になっているエヴァは、弦人のほうを振り向く。
「ほら、ゲントも手伝ってください」
「……はいはい」
弦人は再びMP3プレイヤーの再生ボタンを押すと、机のほうへ近づく。もう一度、箱に印刷された“フリーダム・ガンボーイ”の名前を見て、弦人は小さく呟いた。
「“フリーダム・アニソンガール”には誰も敵わない、か……」
■楽曲データ
『INVOKE』 歌:T.M.Revolution
作詞:井上秋緒 作曲・編曲:浅倉大介 【機動戦士ガンダムSEED】OP
※上記ボタンをクリックすると外部サイトに繋がります。
↓↓↓好評発売中!↓↓↓
-----------------------------------------------------------
アニソンの神様
著者:大泉 貴
販売元:宝島社
(2012-09-10)
-----------------------------------------------------------
http://kl.konorano.jp/(このラノ文庫公式)
http://konorano.jp/(このラノ大賞公式)
https://twitter.com/konorano_jp(このラノツイッター)