特別短編タイトル4

《1》

 マジカロイド44は評価し難い魔法少女だ。
 カラミティ・メアリにとっての評価とは、即ち強い弱いということでしかない。マジカロイド44は強くなったり、弱くなったり、その時その時で肌に感じる強さにむらがある。たとえばヴェス・ウィンタープリズンが相手なら、視界に入る前、半径十メートル以内に入った瞬間から後れ毛が逆立つ。その相棒のシスターナナが相手なら、どれだけ近くにいても相手をしてやる気がしない。
 マジカロイド44は、ある日はウィンタープリズン寄りで、別の日にはシスターナナ寄りになっている。強いのか弱いのははっきりしない。
 ただし強かろうと弱かろうと油断ならない相手であることは間違いない。どこに行けばいいか、誰を頼ればいいか、正しい判断を下すことができる。そんなマジカロイド44が頼る先としてカラミティ・メアリを選択したのは、やはり正しい判断を下したからだ。
 そして、今、カラミティ・メアリは一人で酒を飲んでいる。なぜ一人かというとマジカロイド44が待てど暮らせど帰ってこないからだ。絨毯の毛をブーツで蹴り、革張りのソファーに寝転がって身を沈め、無駄に煌びやかなシャンデリアを見上げた。

 庇護を求めてきたマジカロイド44に対し、カラミティ・メアリは「誰でもいいから魔法少女を一人殺してこい」と要求した。カラミティ・メアリの軍門に下ろうというならそれくらいはしてもらう。当然だ。覚悟なき弱者は必要ない。
 カラミティ・メアリは寝返りをうった。ソファーの背が視界を埋める。
 マジカロイド44は正しい判断を下すことができる魔法少女だ。カラミティ・メアリの要望を無視して逃げればどんな運命が待ち受けているか知っている。つまり逃げはしない。正しい判断を下すことができる、ということは、手に余る相手を殺しに出向く、ということもない。安全に確実に命を奪う、そんな相手の居場所に向かったはずだ。
 スイムスイムの一派は人数が多い。シスターナナにはウィンタープリズンがついている。リップルとトップスピードは常にべったりくっついている。森の音楽家クラムベリーは単独で行動しているが、強い。あれと戦うのは――無論負けることはないにせよ――カラミティ・メアリでも骨が折れる。
 残るは新入りの魔法少女とスノーホワイト。情報不足の新入りよりは、ラ・ピュセルという相棒を失ったばかりのスノーホワイトだ。キャンディーをたくさん持っているだけで、戦闘能力で劣っている。根性もない。殺す相手として実に手ごろだ。
 誰か殺してこいと命じる前に、それとなく教えてやった。誰か殺すというならスノーホワイトにするのが一番いい、と。理不尽な命令をしながらも、カラミティ・メアリなりに気を遣ってやったのだ。先輩として最低限度の振る舞いというものがある。
 マジカロイド44ならスノーホワイトの一人や二人問題ではない。そのはずが、なぜか未だに連絡が来ない。マジカロイド44がこの部屋から出ていったのは一昨日のことだ。連絡が来ないどころではなく、こちらから連絡を入れることもできない。メールを送ろうと電話をしようと全てスルーされる。
「なにかが、あったか」
 ソファーの上で身をひるがえし、寝転んだ姿勢から座りなおし、魔法の端末を立ち上げファヴを呼び出した。
「はいはいどうしたぽん?」
「マジカロイド44が今どこでなにやってるか教えろ」
「いやー……なにをやってるかとかそういう問題じゃないような」
「誰かに殺られたってんなら殺ったやつを教えろ」
 魔法の端末をテーブルの上に置き、白黒の立体映像にぐっと顔を近づけた。
「あたしの命を受けたやつを殺すっていうことはさ。カラミティ・メアリを舐めてるってことになる。んなやつ放っておいたら顔が潰れる」
「うーん……でもここで教えたらちょっとアンフェアじゃないぽん?」
「フェア! アンフェア! どっちでもいいって顔してるくせによくいうねェ。あたしにそれを教えてくれたら、きっとあんたの望むようになるさ。請合ってやる」

◇◇◇

 ソーシャルゲーム「魔法少女育成計画」によって生まれた十六人の魔法少女が八人になるまで減らされる。キャンディーの多寡によって脱落者が決定すると宣告され、それによって脱落した魔法少女は例外なく死んでしまう。
 すでに三人の魔法少女が脱落している。キャンディー強奪のため徒党を組んで他の魔法少女に襲い掛かった者がいるとも聞いている。便利なアイテムという名目の殺し合いの道具がダウンロードできるというアナウンスもあった。
 状況の全てが殺し合いへと収束している。

 死にたがりの中学生、鳩田亜子が魔法少女「ハードゴア・アリス」になったのは白い魔法少女に助けてもらったことがきっかけだった。
 父親の罪に苦しみ、自分の無力に悩み、もう死ぬしかないと思い詰めていた亜子を助けてくれたのが、アニメや漫画にしかいないと思っていた「魔法少女」だった。家の鍵を落としてしまった亜子のために、真っ白で綺麗な衣装を汚して鍵を探し出してきてくれた。嬉しそうで、幸せそうで、見ている者も楽しくなる、そんな笑顔を見せてくれた。
 「魔法少女」の実在を知った亜子は、貯金を一部崩してスマートフォンを購入、叔父と叔母に頼みこんで契約をし、本物の魔法少女になると噂のソーシャルゲーム「魔法少女育成計画」を始めた。目的は魔法少女になること、それのみ。成せねば死ぬ。覚悟だけではない。元々死ぬつもりだった。一度とりやめた計画を再び実行するだけだ。
 亜子は文字通り死ぬ気で、睡眠を初めとした生活に必要な時間を削って「魔法少女育成計画」に取り組み、倒れる寸前までゲームをやるどころか倒れてもゲームを続けるという荒行の結果、執念で魔法少女になった。
 スノーホワイトと対照的な黒い魔法少女。スノーホワイトの隣に立てば、きっと美しいコントラストを描く。皆が白と黒の魔法少女のコンビを噂する。亜子の変身した「ハードゴア・アリス」は、スノーホワイトと一緒に人助けをする。
 そんなことを夢見ていた。だが、なってみると魔法少女も楽しいばかりではなかった。

 ハードゴア・アリスの魔法は「怪我の治りが早い」だ。実験として、掌を針で刺す、彫刻刀で切る、ライターで炙る等の自傷行為を繰り返したが、どんな怪我も瞬く間に塞がり、怪我を負う前の状態に戻る。この魔法ならスノーホワイトを悪漢魔法少女から守ってあげることができる。
 実際、守ることができた。ハードゴア・アリスの首を問答無用で刎ね飛ばし、さらにスノーホワイトに迫ろうとしていたロボットを一体破壊した。アリスの貫手によって胸を貫かれたロボットは、血溜まりの中に突っ伏す一人の女性に変化し、それによってロボットが魔法少女だったことを知り、自分が人を殺したということも理解した。
 父親と同じ立場に置かれたという絶望感はなかった。スノーホワイトを守ることができたという達成感に震えていた。
 寿命を支払って手に入れたアイテム「兎の足」をスノーホワイトの手に握らせて別れ、家に帰ってからも、朝になって学校に向かってからも、ずっと高揚感に満たされていた。アリスの魔法は想像以上のものだった。怪我の治りが早いという生易しいものではなく、首を刎ねられても死なず、首のないままで動き回ることができ、さらに失った首もほどなくして再生してしまった。トカゲの尻尾どころではない。原生動物であってもここまで生命力が強くはないだろう。まさに「魔法」だ。
 この力があればスノーホワイトを守ってあげることができる。恩を返すことができる。
 昨日は有耶無耶の中で別れてしまった。気がつけばスノーホワイトがいなくなっていた。今日こそはきちんと挨拶をしようと思う。同じ魔法少女として、一緒に頑張りましょうとスノーホワイトの手を取るのだ。
 夜も更け、亜子はハードゴア・アリスに変身し、倶辺ヶ浜へと急いだ。また昨日と同じくスノーホワイトを狙う悪い魔法少女が現れるかもしれない。
 路肩に駐車してあった青い軽トラックの荷台に飛び乗り、そこから四車線の道路を挟んで反対側の路肩に停めてあった白い軽トラックの荷台にまで跳び、そこから民家の屋根に飛び移った。
 風に潮の匂いが混ざり始める。二百軒に一軒程度の割合で釣具店がある。海が近い。倶辺ヶ浜だ。そしてここにスノーホワイトがいる。
 魔法少女が拠点とすべきは人の来ない場所である、とシスターナナから教わった。スノーホワイトがいるなら人の来ない場所だ。打ち捨てられた倉庫、漁協のビルの上、その辺りだろうか。それとも路地裏や架線下といった人気のない場所か。どこにいるのだとしても、探すとしたら高い所から見渡すのがいい。魔法少女は夜目がきき、抜群の視力を誇る。
 倶辺ヶ浜は亜子が住み暮らしている場所だ。一番高い場所はどこか、どこからなら見渡せるか、調べずとも知っている。海水浴場近くに丘があり、そこに据えつけられた一際大きい鉄塔。あそこの上が一番いい。
 漁協のビル、路地裏といった魔法少女が潜んでいそうな場所をチェックしながら鉄塔を目指した。小学校の校庭を囲む金網の上を走り、そこから街灯の上、さらに高々と跳んで校舎の壁にとりつき、屋上へ登った。丘の上の鉄塔がもうすぐそこに見える。
 屋上から飛び降りようとしたところでハードゴア・アリスの頭部が弾け、血と脳と頭蓋骨が飛び散った。

《つづく》

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