特別短編タイトル4

《2》

 イズマッシュ・サイガ12。寒い国で作られた、いわゆる散弾銃。安価で素晴らしい耐久性を提供してくれるのはAKファミリーの一員なら当然だ。セミオート式で、日本で使用されている同名の散弾銃より装弾数が多い。カラミティ・メアリの魔法によって強化された物ならば、魔法少女の頭部を潰れたトマトと変わらない状態にしてくれる。
 カラミティ・メアリは侮辱を許さない。カラミティ・メアリの命を受けたマジカロイド44を殺害する、ということは、カラミティ・メアリへの侮辱に他ならない。看過していては皆がカラミティ・メアリを舐めるようになる。魔法少女が舐められてはおしまいだ。
 不思議の国のアリスを真っ黒にした、という風情の魔法少女。名前はハードゴア・アリスだとファヴから聞いた。なにを急いでいたのかは知らないが、後ろも見ずに突っ走り、カラミティ・メアリの接近を許し、至近距離から弾丸を浴びるはめになった。注意力が足りていない。

 どんな魔法を使うかは知らないが、高が知れている。これに殺されるのであれば、マジカロイドもそれまでの魔法少女だったのだろう。死体の尻を蹴り飛ばして上天を見た。夜でも暗くなることがない城南地区にいるよりかは星が綺麗に見えている気がする。がらにもなく星空に目を奪われたカラミティ・メアリは、浮遊感によって現実に引き戻された。
 足元が覚束ない。地面が上にある。重力が反転している? 違う。足首ががっちりと握られている。思う間もなくコンクリに叩きつけられた。辛うじて受身をとったが、痛烈な打撃で骨が軋む。コンクリの欠片が散る中、相手を確かめようとしたが身体が捻られた。足首が未だ掴まれたままだ。今度は水平方向にぶんと振るわれ、空中へ放り投げられた。
 ここは学校の屋上だった。放り投げられるということは、このまま校庭に落下するということになる。カラミティ・メアリは腰に提げたアイテム「四次元袋」からロープを取り出し、投げた。ガンマンモチーフの魔法少女なら習得して当然のスキル、投げ縄だ。鉄柵にロープを絡みつかせ、強く引く。鉄柵がもげる寸前まで歪み、カラミティ・メアリはロープに引かれて屋上に舞い戻った。
 確かに頭部を潰したはずだ。実際、相対してみると間違いなく頭部が潰れている。なのに潰れたままで動いている。
 拳を避け、蹴りを止めた。動きは速い。それに力が強い。単純な腕力だけならカラミティ・メアリを上回る。界隈の魔法少女では馬鹿力のヴェス・ウィンタープリズンと並んでトップタイではないだろうか。顔が潰れているということは、当然視界が塞がっているはずなのに、苦にしていない。蹴り、殴り、コンクリ片を投げ、歪んだ鉄柵をもぎとって横に薙いだ。咄嗟にしゃがんだが、避けきれず、テンガロンハットが宙を舞った。
 サイガ12を腰だめに構え、撃った。敵の足首に命中し、動きが止まった。さらに撃つ。
 カラミティ・メアリは倒れた敵に向け、空になるまで弾丸をお見舞いし、潰れたトマトからミートソースに作り変えてやった。
 ようやく動かなくなった敵を前に安堵し、自分が安堵しているということを自覚して苛立った。もう一度蹴りつけてやろうかと足を出そうとして気がついた。目の前の死体が動いている。死ぬ間際の痙攣ではない。意思をもって動こうともがいている。
「くそったれが」
 トカレフを抜き、弾丸が尽きるまで撃ち、続いてAKを撃ち尽くした。小学校の屋上は血液の大洪水になっている。これで死んだだろう、と思った矢先、死体だったはずの物がぴくりと動いた。元がなんだったのか判別できないほど破壊されつくしているのに、まだ生きている。
 カラミティ・メアリは手榴弾を取り出した。これだけ派手にぶっ放せば誰かが気づく。今更爆発騒ぎの一つや二つあったところで変わらない。ピンを抜き、バラバラと屋上に投下し、自分は飛び降りた。きっかり三秒で大爆発が起きた。ただの手榴弾ではない。カラミティ・メアリの魔法によって強化された超兵器だ。屋上の残骸が落下してくる様を眺め、これなら死んだろうと確信して屋上に駆け登ると、屋上どころか階下の教室まで吹き抜けになり、教室の中央には肉の塊が蠢いていた。
 カラミティ・メアリのコメカミに太い血管が浮かび上がった。
 アーミーナイフを抜いてざくざくと切り刻み、十のパーツに分けてバラバラにした。その内九つまでは動きを止めたが、一番大きなパーツが動いている。見ていてわかる速度で傷が埋まっていく。人体を再生させようとしている。
 瓶を取り出し、慎重に蓋を開き、注いだ。カラミティ・メアリの魔法が込められた濃硫酸だ。火傷や皮膚の爛れ程度では終わらない。ぶすぶすと白煙が立ちこめ、胃袋を直接刺激する嫌な匂いが漂い、風に吹き消された。教室の床に穴を開けたが、肉の塊は未だ動いている。濃硫酸二瓶目、三瓶目を追加。欠片も残さず消してやる。
 床を突きぬけ、五階から一階にまで達し、カラミティ・メアリもついていき、延々と注ぎ続けた。肉が溶け、塊がなくなり、よっしゃとガッツポーズをし、これで清々して帰れると額の汗を拭い、気がついた。濃硫酸の海の中に肉が生まれている。動いている。
 眩暈がした。なにかの間違いかと思って目を擦っても肉は消えてくれない。
 袋からガソリンを取り出し、注ぎ、マッチを擦って投げ入れ、爆発に近い勢いで燃え上がる。燃えカスになってまだ動いている。
 何度も何度も踏みつけてやるが、やはり動いている。
 カラミティ・メアリは薄い笑みを浮かべた。魔法少女になってからここまでコケにされたことはなかった。袋からドラム缶を取り出した。持って歩けるサイズの物ならなんでも入れておくことができる。それが大きなドラム缶だろうと、生コンだろうと。
 肉をドラム缶に放り入れ、袋から生コンを注ぎ、ドラム缶いっぱいにし、それを袋に入れ直す。
 外からはサイレンの音が聞こえる。そろそろ退散しなければならない。向かう先は港だ。ドラム缶を沈めて今日の仕事を終わりとする。それで終わり。おしまい。最後だ。

 数日後。
 脱落者が発表されるチャットでは「今週の脱落者はマジカロイド44」とアナウンスされただけで、他の魔法少女の名が呼ばれることはなかった。
 カラミティ・メアリは笑った。誰もいないクラブのVIPルームで肩を震わせ笑った。
 鬱屈が澱のように溜まっている。吹き飛ばさなければならない。それには祭りが必要だ。ただ殺すだけではない。派手に、華やかに、血が飛び、肉が散る、そんな大惨事が求められている。
 頭によぎったのはリップルだった。だがリップル一人では足りない。カラミティ・メアリの心を鎮めるためにはまだまだ生贄が要る。

◇◇◇

 ウィンタープリズンはほっとした。
 シスターナナに共鳴してくれた魔法少女が二人もいた。話すに値しないカラミティ・メアリや、いきなり襲い掛かってきたクラムベリー、非協力的だったリップルと事なかれ主義のトップスピード、そんな魔法少女ばかりでシスターナナが心を痛める毎日だったが、これでようやく糸口くらいは掴めたかもしれない。
 スノーホワイトとシスターナナはお互いに興奮した面持ちで一緒に頑張ろうと握手をしている。ハードゴア・アリスはその傍らで二人をじっと見ていた。
 ウィンタープリズンは僅かに柳眉を寄せ、くんと鼻を鳴らした。潮の匂いだ。ハードゴア・アリスを見ると目が合った。彼女から海水の匂いが漂っている。
「……なにかあった?」
「いえ、別になにも」
 ハードゴア・アリスはウィンタープリズンから視線を外し、再びスノーホワイトとシスターナナに目を向けた。本人がなにもないというからには、きっとなにもないのだろう。ウィンタープリズンは小さく頷いた。
 
《おわり》

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