特別短編タイトル5

《2》

 歩いて五分の駅から下りの電車に乗り、二駅で市の中心街に着く。その駅前のホテルで、偉い人が待っている。ホテルの名前と部屋番号、人間世界で使っている名前もメモにしたためてある。電車の中でも落ち着かず、繰り返しポケットからメモを取り出しては内容を確認した。
 魔法少女業界の偉い人に会う、というだけでも不安なのに、相手の人となりがわからないのが一層不安だ。パレットも会ったことはないのだという。
「僕は前線でマスコット続けてるからね。そういう偉い人の知り合いはいないの」
「それって下っ端としてこき使われてるだけなんじゃないの?」
「デイジーっていい難いこと平気で口にするよね」
 ホテルのフロントまで辿り着いた頃には心臓の音が自分でもわかるほど大きく、早く打っていた。どうということのない駅前のビジネスホテルが、王侯貴族御用達の由緒あるホテルに思えてしまう。名前と部屋番号を出して取り次いでもらい、部屋の前まで来て唾を飲みこんだ。ノックを二回。
「どうぞ」
 女性の……女の子の声だ。魔法少女だろうか。
「失礼します」
 ノブを握った手が汗で湿っている。自然と硬くなる声と表情を精一杯柔らかくしてドアを開いた。
 部屋の中に目を走らせる。狭い。風呂とトイレが右手にあり、正面にはもうベッドがある。シーツと敷布団が乱れ、雑駁な小物がその上に散らかっていた。全体的に雑然としている。テレビの前の椅子に腰掛けた人影が、菊に向かって右手を広げた。
「まあ座って」
 ――どこに?
 部屋の中に椅子は一つしかない。その椅子はもう塞がっている。ベッドの上は散らかっていて足の踏み場もない。当然尻の置き場もない。
 相手を見返す。年の頃は十代半ばだ。そんな外見年齢で「偉い人」になるのは魔法少女しかいない。恐ろしく奇抜な格好をしていて、そんな格好をするのも魔法少女しかいない。髪の色は緑色、アフロとドレッドを混ぜたような髪型で、それを押さえつけるように野球帽を被り、大きなサングラスをかけている。目が隠れていても顔立ちが整っているのが見てとれた。ということは、やはり魔法少女なのだろう。
 豹柄のミニスカートからすらりと伸びた足を組み、腕を組み、唇を固く閉じ、口調と様子を合わせてみると不機嫌なように思え、菊は慌てた。「偉い人」を不機嫌にさせるのはとても良くないことだ。
 迷っている時間はない。座ることができる場所は床しかない。床の上に正座し、目の前の少女を見上げた。こくりと頷き「よろしい」と呟く少女は外見年齢不相応に偉そうで、やはり偉い人なのだろう。
「硬くならなくてもいいよーう。今日はマジカルデイジーがきちんと放映されているか、確かめに来ただけだからさー」
「あ、はい」
 硬くならなくていい、といっている言葉だけ切り取れば優しそうなのに、本人は今もなお機嫌が悪そうに見える。
「はじめまして。マスコットキャラクターをやらせてもらっているパレットといいます」
「で、待ってる間、今までの放送分をチェックさせてもらったけどー」
 ポシェットから顔を出したパレットを軽くスルーし、少女は小机の上に紙束を投げた。
「先週の放送。あれなに?」
「あれは市内の倉庫で行われていた麻薬取引を」
「なんで麻薬取引の摘発? 魔法少女がやるべきことと違うんじゃない? 警察にいえよ。そういう時のために税金払ってるんだっつうの」
「ええと……」
「それにさー、ビーム撃ってたよねー? 人間に向かって必殺技使うとかダメだよねー?」
「ええっとぅ……」
 口ごもる菊をパレットが引き継いだ。
「普通に叩きのめしただけなんですけど、そのままアニメにすると絵的に地味だってことになって、それで演出としてビームを入れたんです。あくまでも演出ですから」
 マジカルデイジーの活躍をパレットが映像に記録し、それをテレビ局の協力者に渡し、そこから制作会社に渡ってアニメになる。映像の取捨選択はパレットが行っているし、演出について意見を求められることもあるという。
 偉い人は唇をぷりんと尖らせた。
「それ、嘘じゃん」
「えっ」
「えっじゃないよ。嘘じゃん。実際にはやってないのにアニメだと違うとかさ。マジカルデイジーの実在を信じる子供達に対する裏切りじゃん」
「ああ、いや、でも」
「魔法少女のなんたるかをまるで理解していない! 優しくて愛らしくて思いやりとか友情とかひたむきさとかそういうのが必要なんでしょ! 誰が麻薬密売組織との戦いを求めているというのか! そんなもん日曜の朝っぱらから見とうないわ!」
 偉い人は紙束をバシンと小机に叩きつけ、パレットはポシェットの中に顔を引っこめて菊は首をすくめた。できることならこの場からいなくなってしまいたかった。
 偉い人はふぅと一息ついてさらに続けた。
「それにさー。デイジーが麻薬取引を知った経緯がおかしい。街の噂話をクラスメイトが聞きつけて、ってそんな都合のいい偶然あるかっての」
 引っこんでいたパレットが恐る恐る顔を出した。
「それはですね、局側で協力してくれてですね。デイジーのクラスメイトが学校帰り商店街を歩いてる時、聞こえよがしに噂話をしてですね」
「やらせじゃん」
 またバシンと叩きつけ、パレットは再び顔を引っこめた。
「びっくりしたよ。今までの放送チェックしたらこんなのばっか。倫理規定とかそういうのないのー? 許されるのー? これでー? 免許剥奪とかそういう話になってもおかしくないよー? わかってるー? 魔法少女アニメっていうのはね、あんたが思ってるよりもっともっと大事なものなの。魔法少女のなんたるかを知ってもらえる数少ない機会なの。そんなチャンスを潰されたらたまんないのよ」
「すいませんでした……」
「謝るのはあたしにじゃないでしょ。間違った魔法少女像を伝えられた人達にでしょ」
「視聴者の皆さん……すいませんでした……」
 正座のまま、偉い人の爪先をじっと見ている。こういう話になるとは聞いていなかった。パレットは「あくまで顔見せだからさ」なんてことをいっていたはずで、菊もそのつもりでいた。そのパレットはポシェットの中に隠れたまま出てこない。
 菊は「これ、いつまで続くんだろう」と思いながらうなだれている。
「反省はわかったよ。それを形にしないと」
「はい……」
「じゃあこれから外に出るから。変身して」
「えっ……でも昼間です」
「だから?」
「魔法少女は正体見られたらまずいなあって」
 三度、紙束が叩きつけられた。
「あたしがなんでこんな格好してると思ってんの? 魔法少女であると露見しないようにこんな頓狂な格好して正体隠してんの。覆面レスラーがどこに行っても覆面してんのと同じ。魔法少女だったら外出はいつでも魔法少女。じゃあこれに着替えて」
 紙袋を手渡された。中にはシャツと野球帽、それにオーバーオールが入っていた。
「それに着替えて。で、これから魔法少女活動に向かうから。記録係はあたしがやるからね。マスコットキャラになんか任せてるからおかしなことになんの」
「でも……」
「でももなにもない! さっさとする!」
 
《つづく》

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