《2》
子供であるということがわかり、しかもこれ以上コロッケは供給できないと告げ、御役御免になると思っていた。なんとなく名残惜しいような不思議な気持ちだったけど、これでお別れになって、家に帰ってから「なんかすごい女の子に会ったよ」と姉に話したりするんだろうな、と思っていた。
なぜか智樹は今もチェルナーと行動を共にしている。
「コンビニとかファミレスってあるかな?」
「場所ならわかりますけど、お金あるんですか?」
「忍びこむのとゴミを漁るのとどっちがいいかなー」
「いやどっちもダメですよ」
「ダメなの?」
「ダメですよ」
「そっか……特別な贈り物だからいつも食べてるようなごはんじゃダメなんだ。そういうことなんだよね?」
「もうそういうことでいいです」
「アンケートとったんだよ。どんなのが欲しいですかーって」
「どんな回答があったんですか?」
「猫の肉が食べてみたいとか」
「それは……ちょっと……」
「あとはね。せめて音楽家に一太刀浴びせたいとか」
「どういう意味なんです?」
「病院に住んでるファミリーの子がね。そういってる『ニュウインカンジャ』の女の子がいるっていってたの。意味はチェルナーにもよくわかんないなー。トモキはわかる?」
「これっぽっちもわかりません」
「あの……なんで脱ぐんですか?」
「走って汗かいたから水浴びしたいなーって思ったんだ」
「この寒いのに?」
「ああ、そっか。今は毛皮もないもんね。きっと冷たくて寒いよね」
「ええ、まあ、たぶん」
「トモキは頭いいなー」
「……ありがとうございます」
「隠れて!」
「どうしたんですか?」
「ほら、見てあの人」
「あのお婆さんですか? 薔薇のコサージュつけてる人?」
「あの人すごく強いから気をつけないといけないんだよ」
「あの人が?」
「チェルナー知ってるんだ。あの花つけてる人に逆らったらいけないんだよ。よく覚えてないけど、なんかすごいことがあったような気がするんだ」
「ええと、よくわからないけどわかりました」
「そういえばチェルナーさんはなんでそんな格好をしているんですか?」
「しっ! それを訊いたらダメ!」
「えっ……どうして?」
「チェルナーの正体を探ろうとすると消されるよ!」
「えっ……あの……えっ? わ、わかりました」
「ちょっとどこに行くんですか」
「一緒に来たらなんでもあげるよってこの人間が」
「だ、ダメですよそんな理由で知らない人についていったら! チェルナーさん! ちょっと! 行っちゃダメだって! おまわりさーん! おまわりさーん!」
街中を引きずり回される形で見て回った。チェルナーが反社会的行動をとろうとする度、智樹は彼女を必死で押し止め、ただでさえ見た目で目立つのが一層目立つ。明日あたり智樹を含めて噂になっているかもしれない。
色んな場所を回ってみたものの、まっとうな方法でチェルナーの望む食料を手に入れることはできなかった。理由は簡単、チェルナーも智樹も先立つものがない。結局、二人は出会った公園に戻ってきた。二人並んで押し黙ったままベンチに腰掛けている。
もう薄暗くなっている。心なしか寒さも増しているようだ。それは心の問題か、それとも実際寒いのか。たぶんどちらもだ。悲しくなってくる。
この寒空の下で自分はなにをしていたのだろうかと空しくなって隣を見ると、チェルナーがうなだれている。薄暗くなってはいるが、目元に光る物が見えて智樹は慌てた。
「だ、大丈夫ですか?」
「チェルナー、プレゼント見つけられないのかな……」
チェルナーは、姉と同じくらいか、少し年上くらいなのに、餓える家族を必死で養おうとしている。涙を流して無力に耐えている。少し突き抜けすぎている感もある天真爛漫さを見せられてから、この涙。
――なんて……破壊力。
涙の一筋が智樹の心に突き刺さった。
チェルナーが泣いている。智樹の喉の奥のさらに奥にあるなにかが、熱くて濃くて言葉にできないなにかがこみ上げる。お前はなにをやっているんだ、と誰かが叫んだ。こんなことをしている場合じゃないだろう、とも叫んだ。
智樹は、誰かの声に突き動かされるように立ち上がった。
「ちょっと待っててください。すぐに戻ってきます」
智樹は自転車に跨り、全力で漕いだ。ほどなく自宅に到着する。
玄関先に自転車を置き捨て、靴を蹴り脱いで台所に向かった。親に怒られるなんて瑣末なことを気にしている場合ではない。引き出しからゴミ袋を取り出し、冷蔵庫の中、冷凍庫の中、それに戸棚から食料を取り出し、詰める。
「……なにしてんの?」
背後から姉の声がしたが、そんなこと、今はどうでもよかった。
詰める。
「ねえ。なにしてんの?」
詰める。詰める。
「ちょっと智樹」
「止めんなよ。食べ物が必要なんだよ」
「怒られるよ、そんなことして」
「いいよ別に怒られたって」
それでも止めようとする姉を振り払う。年も暮れようというのに、腹をすかせている子供達がいる。子供達にご馳走をプレゼントしようとして走り回っている女の子もいる。自分にできる最大限のことをしていったいなにが悪い。
といったことを大声で怒鳴りながら食料を詰め続け、袋の口を縛った。四十五リットルの袋、一つと半。けして多くはないが、これが今の智樹にできる精一杯だ。これを持ってチェルナーの元へ向かおうと袋を背負って振り向くと、智樹以上に大きな荷物を抱えた姉がいた。
「姉……ちゃん?」
「うぅ、こ、これも一緒に持っていって」
智樹の前にどさりと置かれた食品の山。四十五リットルの袋にして五つか六つは必要になるであろう量がある。
「姉ちゃん、これは?」
「よくわかんないけどさ。困っている人がいるなら放っておけないでしょ」
「なんか伊勢海老とか仔豚の丸焼きとか混じってるけど……どこから持ってきたの?」
「そんなの気にしないでいいから。ほら、早く持ってってあげないと」
「うん……ありがとう!」
姉に礼をいったのは何年ぶりだったろう。こんなに気持ちよくありがとうといえたのは、物心ついてからなかったかもしれない。二人で食料を抱え、祖父が普段野良仕事で使っているリヤカーに乗せた。重いが、その重さが今は嬉しかった。
「すごい……すごいよ!」
ビニール袋から零れんばかりの大量の食材を見るなり、チェルナーは踊るように跳ね、喜びで頬が緩み、手近にあった袋の口を解いて七面鳥の丸焼きに齧りついた。
「ちょっと待って! チェルナーさん、食べちゃダメ! 持っていかないと!」
「あ、そっか。チェルナーちょっと失敗した。美味しそうだったから」
チェルナーは袋の口を縛り直し、リヤカーに積んであった袋を一つ一つ指に引っかけ、両手を使って全て持ち上げた。相当な荷重が指にかかっているはずだが、苦にしている様子はまるでなく、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
「ありがとね! トモキ!」
「いやあ、大したことじゃ」
「トモキが大人になったらファミリーに入れてあげるね!」
「あはは、ありがとうございます」
「チェルナーとトモキで赤ちゃん作って育てようね!」
チェルナーは荷物など持っていないかのようにひらりひらりと塀の上から屋根の上に飛び乗り、智樹ににこにこの笑顔を向けて手を振り、屋根の向こうに姿を消した。
「……赤ちゃん?」
最後にとんでもないことをいわれたような気がする。
◇◇◇
アンナは不可解な部屋の状況を見て眉をひそめた。
可愛いがっているペットのハツカネズミ――名前はたまちゃん――のケージの中に入れた記憶のないオブジェクトが転がっていて、たまちゃんが必死でそれを齧っている。いったいなんだろうとケージを開けて取り出してみると、伊勢海老の頭だった。
「ホワイ?」
問いかけても返事はない。
日本文化が大好きで、日本かぶれといわれて久しいアンナだったが、伊勢海老の頭をハムスターの餌として与えるような真似はしない。そもそもこの家のどこにも伊勢海老などないはずだ。
「ワタシが良い魔法少女だったから、サンタさんのプレゼントですカネー?」
ケージの中のたまちゃんがチュウと鳴いた。
《おわり》
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