特別短編タイトル7

《1》

 一人の少女を中心に、扇の形で散開していた黒服の男達が一斉にマシンガンを抜き放った。
「貴様もこれで終わりだ! せいぜい念仏を唱えるんだな!」
「申し訳ないけど神も仏も信じていないわ」
「だったらそのまま死ぬんだな……やれっ」
 リーダー格の合図に従い、部下の黒服達がマシンガンを乱射する。木箱を破壊し、コンクリ壁を穿ち、窓ガラスを割り、跳弾が十メートル四方の部屋を飛び交い、その内一発がリーダー格の太股を貫き、悲鳴があがり、鮮血が迸った。
「撃ち方やめえっ! ストップ! ストップ!」
 太股を押さえて転がっているリーダー格の指示に従い、男達は引き金にかけていた指を緩めた。硝煙が徐々に晴れ、輪郭さえはっきりしていなかった人の影が露になっていく。
「神も仏も信じちゃいない。だけど私は私の正義を信じている。私が……マスクド・ワンダーが正義を貫く限り、銃弾程度で死ぬことはない」
 転がる薬莢の中、マントを翻し、何者にも屈することなく一人の女性が立っていた。その身体には傷一つついていない。
「ち、ちくしょう! 化け物女め!」
「観念しなさい! 抵抗すれば痛い目見るわよ!」
 その言葉を発してからナイフを抜いた男達を叩きのめすまでに要した時間は二秒半。秒殺だ。部屋の中央に倒れた男達をまとめ、ふぅとため息を吐いたところでパチパチと拍手の音が聞こえた。窓の外に女の子がいて、一生懸命に拍手をしている。
「いいね! 素晴らしい! かなりスーパーヒーローっぽかったよ!」
「ありがとうございます」
 女の子は満足げに何度も頷いた。好も……マスクド・ワンダーも頷いた。
 訓練が始まってからすでに一ヶ月。訓練前の自分から見るとまるで別人のようになった。
◇◇◇

 秘密の訓練が始まる以前から三田好(みた・このみ)はマニュアル至上主義者だった。マニュアルとは、先人が試行錯誤、苦心惨憺の末に生み出した「最も効率的だと思われる方法」である。自身で上をいくやり方を生み出すのが創造性で勝っているが、実行するためには先人以上の艱難辛苦は必須となる。それに時間を取られるくらいならば、先人に敬意を払って既存のやり方を踏襲するのがベストだろう。
 それが合理的だ。好は合理的で無駄のないものが好きだった。
 切羽詰った企業が決まって合理主義に走るように、無駄をなくして効率を重視するのが上手くいくための近道だ。皆が決まり事を尊重し、遵守し、確実に実行する。それが好の考える最高の合理主義といっていい。
 幼稚園の頃、友人達が「えんのきまり」をろくに守らず、手も洗わず、うがいもせず、そのせいで集団感染して幼稚園が一時閉鎖する騒ぎになった。幸いにして死者が出ることはなく、後々笑い話になったが、友人達が腹を押さえて唸っている中、一人おろおろしていた好にとっては笑い話どころではなかった。慌て、騒ぎ、泣き、おののいた。友人達が苦しみもがく地獄のような光景が心にしっかりと刻みこまれた。
 好の自我の基礎部分はその時形作られたといっていい。先生のいいつけに背かず、一人「えんのきまり」を遵守していたおかげで病から逃れ、腹を痛めることもなく家でのんびりできたのだ。
 決まり事を守っていれば間違いはない。教科書に書いてあることを根こそぎ暗記し、計算式も年号も一つとして忘れず、定められたことを受け入れ、自分勝手を慎む。テストは常に満点で、両親も先生も褒めてくれた。
 好も誇らしかった。自分が正しいと思っていることを認められた。
 がり勉、点数稼ぎ、そんな陰口も知ってはいたが、気にならなかった。好が覚えるべきマニュアルは後から後から途切れることなく積み重なっていく。教科書だけでなく、参考書、問題集、過去問、各種テキストが雨後の筍のように次々と現れる。一つ一つ、丁寧に覚え、学ぶ必要があった。クラスメイトの陰口にかかずらっている暇はない。友達はいなかったが、好にはそんなものなど必要なかった。
 両親は特別に教育熱心というわけでもなく、だが娘が学びたがっているのを止めることもなかった。望むものは惜しみなく与えてくれた。「一緒に映画に行かないか」とか「スケートでもしてみないか」とか「漫画を買ってあげようか」とか「テレビゲームをしたくはないか」とか「アニメのDVDを借りてこようか」とか、何度か誘われることはあったが、好は全て断り、やがて両親は好に娯楽を与えようとはしなくなった。
 好が求めるものは娯楽ではなく学習だ。新しい参考書や問題集の方が役に立つ。
 双方ともに良い家の出で、のんびりした気質の両親は、気を悪くすることもなく「そういう子なんだ」と認識し、通知表にある「一人を好み、仲の良い友達がいない」という評価を気にしつつも娘のやりたいようにさせた。トンビ二羽からとんでもない大天才が生まれてしまったかもなと二人で笑った。
 中学は全国でも有数の進学校である私立に進み、そんな環境でも「がり勉」という陰口を叩かれ、相変わらず友達はできず、好は勉強にのめりこんでいった。

 そんな好が、魔法少女になったきっかけ、経緯については、曖昧模糊としている。生涯最大のビッグイベントで、大きな心の動きに満たされていたはずだが、なぜか記憶が茫漠としていた。思い出せない。あまりの驚きでぼうっとしていたせいかもしれない。
 なぜ姿が別人のものに変わるのか。どうして人間の限界を超えた身体能力を有しているのか。質量保存の法則を初めとした物理法則を超越しているのはなぜか。
 そのような疑問には「魔法とはそういうものだから」としか教えられず、「正体を隠して人助けをするように」という基本ルールのみを教えられ、好は放り出された。
 教科書も参考書もなく、教師さえいない。マニュアルを奪われたマニュアル人間は手探りで前に進むことを余儀なくされた。
 そしてすぐに頓挫した。好には無理だった。
 そもそも魔法少女がどういうものなのかよくわからない。そういう番組をやっていることは知っているが、テレビといえば時事問題が試験に出るかもしれないという理由からメモを片手にニュース番組を視聴していたくらいで、魔法少女のお約束も決まり事もなにもかもわからず、一歩も踏み出せない。魔法少女もののDVDをいくつか借りて視聴したが、どうもぴんとこない。作品によってやってること、やれることに隔たりがあり過ぎる。
 望む姿に変身したのだ、と説明されたが、この異様な風体を本当に好が望んでいたのか疑問に思えて仕方がない。「なんとなくそういう感じ」という漠然としたイメージがそのまま実体化してしまったように思える。マスクにマント、豊かな金髪、豊満なバスト、形よく突き出たヒップ、どこかで見たような気もするし、見たことがないような気もする。どちらにせよ、自分自身なのにも関わらず感情移入がし難い。姿を変えないわけにはいかなかったのかと本気で思う。
 マニュアルが欲しいというメールを繰り返し「魔法の国」に送ったが、梨のつぶてでろくな返事がない。やっていいことと、やってはいけないことの境が曖昧過ぎて動けない。かといってなにもしないのも「人助けをする」というルールに反するのではないかと思えてどうしようもない。自縄自縛のまま時間だけが経過していく。
 相談にのってくれるような友人はいないし、学校や塾の先生に質問すべきことでもない。両親に「魔法少女とはどういうものか、どんな活動をするものなのか」と、なるだけぼかして質問したところ、「好もそういうのが好きになったのか」と父母ともに嬉しそうで、昔視聴していた魔法少女アニメからドラマや映画にまで話はとび、ほとんど参考にはならず、悩みが解決することもなかった。
 好は考えた。魔法少女になったのは中学一年生、現在は中学二年生である。すでに受験の準備は始まっていた。ここからが人生で一番大変な時期になる、はずだ。魔法少女活動はあくまでも社会奉仕であり、学業の合間にやるのが好ましいのではないか。つまり高校に合格してから魔法少女デビューすべきだ。
 自分に対する言い訳という自覚は持ちながらも、それなりに納得のいく理屈であるように思えた。好は魔法少女への変身を封印し、受験勉強に勤しみ、見事難関高校に合格した。

 高校の制服に袖を通し、新たな自分を鏡で映し、いよいよ魔法少女にならねばならないタイミングが来たことを思い出した。先送りにし続け、なにをすればいいのか、未だに理解できていない。
 どうしたものだろうという悩みを抱えたまま、好はベッドの上で丸くなり、受験勉強の疲れも手伝って、気がつけばすやすやと眠っていた。

《つづく》

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