特別短編タイトル7

《2》

 好は、とても「夢の中っぽい」空間にいた。真っ白な雲が絨毯のように敷き詰められ、それが果てしなく続いている。地平線でもなく水平線でもない、雲平線とでもいうのだろうか。前後左右どちらを見ても雲だけが占めていた。
 夢らしい夢だなぁ、と夢を自覚し、ふと足元を見るとテレビとDVDプレイヤー、それとラックの中に積み上げられたDVDが置いてあった。
 なにもしていないのに、それどころかコンセントの所在さえ定かではないのに、テレビとプレイヤーに電源が入り、ラックからすうっと持ち上がったDVDのケースがぱかりと開き、中身がプレイヤーにセットされた。テレビの前の雲が持ち上がり、ソファーのような形を作った。座れ、ということだろうか。
 好は雲のソファーに腰掛け、DVDの再生が始まった。
 魔法少女のことばかり考えて眠ったので、てっきり夢でも魔法少女のDVDを観るのだろうと思っていたが、違っていた。DVDは昔の特撮ヒーロー物だった。好の父親が生まれる前に放映していたくらいに古い。
 悪の組織に捕らえられた青年が、改造、強化され、さらに洗脳されようとしたが、あわやというところで逃れる。改造された身体を武器に、青年は組織に立ち向かっていく。
 好はDVDを観続けた。再生が終わると新しいDVDに入れ替えられ、最終話が終わり、スタッフロールが流れ、好は自分が涙を流していたことに気がつき、目が覚めた。
 起きた後は夢を忘れている。なにかが夢であった、それくらいの薄ぼんやりとした感覚しかなく、それでもなんとなく心が震えた記憶があり、夜に眠ると同じ場所にいる。
 DVDはアニメ、特撮、その他様々な内容を再生し、好はソファーの上で正座してそれを視聴した。マフラーを靡かせバイクを走らせる改造人間。各人一色のコスチュームを身に纏って戦う戦闘部隊。巨大怪獣と格闘する異星人。闇の武器商人と戦うサイボーグ達。アメコミ原作の実写映画に出てきたヒーローは、好が変身した後の姿を思わせるぴっちりしたスーツを身に纏っていた。
 勉学によって感動したことは、もちろんある。できなかったことができるようになり、知らなかったことを知る喜びは何者にも代え難い。
 しかし勉学で涙したことはない。悔しくても嬉しくても、その感情を次へと向けていた。涙を流すことなく、先へ先へと進み続けてここまで来た。
 今感じている思いはなんだろう。
 「えんのきまり」を守らなかった友人達が苦しむ様を事あるごとに思い出し、効率的であり合理的であれば無事に生きていけると考えていた。物語の主人公達は効率とも合理とも縁遠い生き方をしている。馬鹿にされても、笑われても、他人のためを考えて行動する。大切な人の笑顔などという曖昧なもののために自分の生命を危険に晒し、勇気と根性だけで、はるか強大な敵に立ち向かう。
 好の好きな生き方ではない。できるだけ遠くでやってくれと冷めた目で見るのがいつもの好だった、はずだ。なのにこの胸の高ぶりはなんだろう。
 今の自分は「魔法少女」だ。力を持っている。物語の主人公達と肩を並べて戦ってもなんら遜色がない。滅多にない機会を手にしたのだ。
 DVDを観終わり、知らず知らずの内に拍手をしていた。その拍手に音が重なる。振り返ると、パジャマ姿で小脇に枕を抱えた女の子が両掌をパチパチと打っていた。
「あなたは……」
 いったい何者か、と質問しようとし、途中で止めた。女の子の枕からは、好も持っているハート型の「魔法の端末」がはみ出していた。
「このDVDは、あなたが?」
「うーん。たぶん」
「たぶん?」
「よく覚えていないんだよねぇ」
 パジャマ姿の女の子は頭をかき、髪の毛の先でふわふわと飾りが揺れた。
「なにか特別なことがあってこんなふうになっているんだとは思うんだけど……それがなにか全っ然、思い出せない」
 頭を左右に揺らし、今度は髪の毛ごと振れた。うんうんと唸っている。
「自由に夢の中へ出入りできないし、魔法が弱くなってるとしか思えないし、それになぜか夢の中から抜け出せなくなってるし……ううん……そうだ、でもさ。これは今のあなたに必要なものだったはずだよね? それはなんとなくわかるんだけどさ」
 DVDセットを指差した女の子を見て好は少し迷い、迷いを振り払うように首を横に振り、最後に深く頷いた。

◇◇◇

 パジャマの女の子に事情を明かすと「よくわからないけど、私が手伝ってあげられそうだよ」といってくれた。根拠はないが、なぜか自信はありそうだった。

 名前はマスクド・ワンダー。正体は不明。掲げるは正義。巨悪を討ち、弱者に手を差し伸べる英雄の中の英雄。あらゆる物体の重力を操る特S級能力者。大統領とは旧知の仲で、国家存亡の危機に頼られたことも一度や二度ではない。どんなに困難な任務だとしても、マスクド・ワンダーの辞書に不可能という文字はないのだ。
「……この設定って必要なんですか?」
「絶対必要だよ! ペンタゴンとかFBIとかバチカンとかから連絡があった時、こういうのがあればプラスになるって!」
 朝起きた時には夢の中の全て、考えた設定も忘れている。はずなのに、気がつけば授業中ノートにさらさらと設定を筆記していた。誰にも気づかれなくて本当に良かった、と好は胸を撫で下ろした。

「私はマスクド・ワンダーです。敵をやっつけます」
「違う違う違う! そんな英語の教科書みたいな喋り方じゃなしに! もっと尊大に!」
「私は……マスクド・ワンダー?」
「疑問系じゃなくて!」
「わ、私はマスクド・ワンダー! 悪いやつは許さない!」
「もっとアメコミっぽく!」
「我が名はマスクド・ワンダー! 悪は許さないわ!」
「そう! そんな感じ!」

 黒服の男達が全部で十人、全員がマシンガンを手にし、銃口をこちらに向けている。
「あの……これ、危なくないですか?」
「大丈夫だよ、夢だから」
「はあ」
「勝ったら倍々で人数増やしていくからね。それじゃ皆さんよろしくー」
「おう、任せとけや。マスクド・ワンダーの命とったらあ」
「ナメてんじゃあねえぞクソスベタが」
「おめえのせいで組織がどれだけの損害を蒙ったか……思い出すだけでも腹が立つぜ!」
「大丈夫なのかなあ……」

 露出度の高いガンマンスタイルでテンガロンハットを被った少女が微笑んだ。
「うふふっ。私の名前はカラミティ・メアリっていうの。よろしくね、ワンダーさん」
「それじゃこの綺麗なカラミティ・メアリと模擬戦三万本ね」
「綺麗な……?」

 ある時は女の子と一緒に他の魔法少女の夢を見学にいった。
「誰の夢でも自由に見に行けたはずなんだけどね。たまーに思い出したように、誰かの夢を見に行けるだけになっちゃった。だから今日の機会を逃すと次がいつかもわかんないよ」
 「魔法少女が魔法少女としての夢を見る」ことは非常に珍しく、彼女が見る夢を見学すれば参考になることはきっとあると少女は語り、抜き足差し足、気づかれぬよう足音を抑えて夢の中を歩いた。
 森の中、大きな木の下に座りこんで瞑目した少女がいた。全体が青い奇矯な服装に可愛らしい顔立ちと、これで魔法少女でないなら誰が魔法少女だというような見た目をしている。座禅というやつだろうか。修行僧のような雰囲気だった。
 青い魔法少女は急に目を開き、木の影に隠れたマスクド・ワンダーを見た。
「あれ? ご同輩っすか?」
 木の影という遮蔽物を全く問題にせず、魔法少女はマスクド・ワンダーに近寄り、身を縮めていたワンダーの手をとるとぎゅっと握った。どうしようと後ろを振り返ったが、パジャマの女の子は姿を消している。
「夢、じゃないっすよね? リアルの魔法少女の方っすよね? いやー師匠から習った『夢の中の修行』をできる人が私以外にもいるとは思わなかったっすよ。同志っすね、同志同志。起きたら覚えてないっていうのがちょっとアレっすけど、なんか身についてる感じはあるんすよね。不思議っすよねえ。睡眠学習ってやつなんすかねえ」
 妙に懐かれた。覗き見のようで後ろ暗かったワンダーは逆らうことができず、疲労で足腰が立たなくなるまで青い魔法少女との組み手につき合わされた。
 
《つづく》

--------------------------------------------------
魔法少女育成計画 restart(後) (このライトノベルがすごい!文庫)魔法少女育成計画restart(後)
著者:遠藤 浅蜊
販売元:宝島社
(2012-12-10)




魔法少女育成計画 restart (前) (このライトノベルがすごい! 文庫)魔法少女育成計画restart(前) 
著者:遠藤 浅蜊
販売元:宝島社
(2012-11-09)




魔法少女育成計画 (このライトノベルがすごい! 文庫)魔法少女育成計画 
著者:遠藤 浅蜊
販売元:宝島社
(2012-06-08)

--------------------------------------------------
http://konorano.jp/bunko(このラノ文庫公式)
http://konorano.jp/(このラノ大賞公式)
https://twitter.com/konorano_jp(このラノツイッター)