特別短編タイトル7

《3》

 設定を練り、ヒーローっぽい挙措を体得し、戦闘訓練、さらに魔法の精度を上昇させるために様々な物体に魔法をかけた。
 夢の中の体験は、目が覚めてしまえばもう忘れている。だが全く身についていないわけではない。身体が、そして心の奥底が覚えている。
 魔法少女がどういう活動をするのか、なんとなく理解できるようになっていた。酔っ払いの世話、ゴミの片付け、さらに落書きを消したりする。
 分別されていない空き缶をゴミ箱から取り出し、掌の上に置き、重化と軽化を精妙なバランスでコントロール、瞬き一つする間にスチール缶を押し潰し、直径二センチメートルほどの球体に丸めた。習い覚えた記憶のない技術に首を捻り、燃えないゴミのコーナーに放り入れた。
 唯一不満足な点としては、戦うべき敵の不在があげられる。物語の主人公達が邁進していた「宿敵との対決」が、現実世界には存在しなかった。
 一度だけ、本当にたった一度だけ、チャンスがあった。塾帰りと思しき中学生が、ガラの悪そうな若者数人に囲まれていたのだ。泣き出しそうな顔でつつかれていた中学生には見覚えがあった。クラスの男子だ。
 マスクド・ワンダーは、まず電柱の上にまで登り、そこから飛び降りることで颯爽とした登場を演出した。間を与えず、コンマ数秒、人数分のパンチで顎を打って気絶させ、唖然とする男子を置いてそそくさと立ち去った。追い剥ぎか通り魔のようだが、心中ではガッツポーズを決めている。なるだけ目立たないように、というのが魔法少女の建て前だが、襲われている人を助ける時までそんなことを気にしてはいられない。
 そして、翌日。いつものように登校すると、教室では人だかりができている。その中心には昨日助けた男子生徒がいた。男子生徒は昨日の出来事を説明しているようだ。
「すっげえ痴女がいたんだよ」
 ――痴女……?
「いきなり来てさ。すぐに走って行っちゃってさ」
「いや、意味わかんねーよそれ」
「すげえ格好してたんだよ。お前それでよく外に出れるなって感じの」
「美人だったん?」
「いや……覚えてない。おっぱいが滅茶苦茶おっきくて、そっちに目をとられてたら顔まで見てる暇がなかった」
 馬鹿だなーと笑う男子、やだーと笑う女子、皆が笑う中、好はひっそりと自分の席に戻った。
 ――違う! 痴女じゃない! 絶対に違う!
 助けてもらったことだけ省略され、格好の奇抜さのみを笑いのネタとして扱われた屈辱に身を震わせる。もう二度とお前なんか助けてやらないからな、と心の中で男子に宣告し、その日は一日中腹を立てていた。

「それはあまりよくないことだね」
 「夢の中の先生」は、マスクド・ワンダーの活動報告を聞き、腕組みをして、可愛らしく顔をしかめて懸念を示した。
「魔法少女にそういう性的な要素が入ってくるのはなるだけ防いだ方がいいかな」
「私としても防げるならそれにこしたことはないけど。正義のスーパーヒロインに胸の大きさなんて関係のないことだもの」
 マスクド・ワンダーは唇を噛んでそれに応じた。変身した後のキャラ作りについても慣れたものだ。
「でもねぇ」
 女の子はマスクド・ワンダーの胸をじっと見た。どこか物欲しそうにも見える。
「存在感が凄いからなぁ」
「どうしようもないわね」
「そうだねぇ……うーん……」
 サラシで押さえる、コスチュームをゆったりしたものに変える、様々な意見が出、その中の一つに、これぞというものがあった。女の子はにっこりと笑い、ワンダーは手を打った。
「我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」
 右手を上に、左手は胸の前で曲げ、足を大きく開いた決めポーズ。気高く、格好よく、威風堂々としていていかにもヒーローっぽく、見る者に感銘を与え、なによりごく自然な形で胸の揺れを押さえることができる。
「素晴らしいねえ! 勝利のポーズと名付けよう!」
「これならもう痴女などという不面目な呼ばれ方をされることはないわね」
 マスクド・ワンダーは繰り返しポーズをとった。最後の一回で胸が少しだけ揺れた。
「最後のはちょっと腕の曲げ方が甘かったね」
「むっ……油断したわ」
「あなたは嬉しくなると注意力が散漫になるから気をつけてね」
 女の子はぱんと両手を合わせた。
「それにさえ気をつければ最高の魔法少女になれるよ。きっとね」
 マスクド・ワンダーは不意の眩暈にたじろいだ。目が霞み、瞼を擦るがなにも変わらず、目の前の女の子が、周囲の雲が揺らぎ、ぼやけていく。
「これは……?」
「私はこれでもうさよならするけど」
「えっ……?」
「頑張って魔法少女を続けてね」
 声までが遠ざかっていく。
「まだ全てを教わってはいないわ!」
「眠くてさ……ちょっと力が出なくなってきたんだ……」
「そんな……」
「なんか雰囲気的には今生の別れっぽい盛り上がりだけど、私だってもうちょっとは夢の中にいるから……たぶん……もう夢そのものみたいなもんだからさ……また困ったことがあったら……その時は……また夢で呼んで……」
 目が覚めた。右手がなにかを求めて空を掴んでいる。ほうっと息を吐き、右手を下ろした。目元を擦ると、少し濡れていた。

 好が起きると、両親はすでに出かけていた。
 そういえば朝が早いといっていた。好の従姉妹……両親にとっては姪が亡くなってからちょうど一年が経つ。今日は一周忌の法要だ。
 急な心臓麻痺で、まだ若いのに亡くなった。家が離れているため会ったのは三度四度程度でしかなかったが、当時はそれなりに驚いたことを覚えている。
 名前は確か……三条さんちの合歓ちゃん。
「まあ、それはそれとして」
 朝食のサンドイッチを頬張りながら、好は考える。なにかとても変わった夢を見た気がするのに、どうしても思い出せない。いったいどんな夢だったろう。
 
《おわり》

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