特別短編タイトル8

《2》

 四年前に行われた大合併により、近辺最大規模となった港湾都市、N市。最大規模といっても地方でのことなので、東京近郊から特急でやってきた陽真理は「ああ、田舎だなあ」という印象を受けた。
 H市で納入を済ませ、鈍行に揺られてN市へ向かう。電車に乗っていると修学旅行を思い出し、修学旅行を思い出すと嫌でも美千代と昌子を思い出す。修学旅行では九州に行った。夜にホテルから抜け出し、水着に着替えて海で泳いだ。もう冬だったのに、ガタガタ震えながら海に浮かんで見上げた夜空の美しさは今でも忘れられない。
 ほどなくしてN市に到着する。魔法の端末に送信された地図を確認し、陽真理は高波山へと向かった。

「ようこそようこそ、よく来てくれたぽん」
 高波山の山頂近く、建設途中で打ち捨てられたと思しきリゾートホテル、現廃墟のロビーにぽつんと魔法の端末が置いてあり、そこから立体映像が浮かび上がっていた。右が黒、左が白に分かれた球体に蝶のような羽が生えている。陽真理は首を捻った。
「どこかでお会いしたことありましたよね?」
「いや? 初めて会ったと思うぽん」
 会ったことはない、という。なのに、どこかで見たような気がしてならなかった。
「ファヴは量産型だから。同じタイプのマスコットキャラクターと会ったことがあるんじゃないぽん?」
「ああ……そうかもしれません」
 マスコットキャラクター「ファヴ」は、新しい魔法の端末は可愛らしさも機能も以前の比ではないと得意げに話した。無表情ながらとても楽しそうで、まるで我が事のようだ。
「それじゃ各魔法少女の拠点教えるから。配布よろしくお願いするぽん」
「えっ?」
「マスターがいればマスターにやってもらうけど生憎留守ぽん。ファヴは物を持つとかできないし、親切な魔法少女ならやってくれるぽん? どうせ交通費は『魔法の国』から支給されるぽん?」
「はあ」
「それと魔法少女達には試験について教えちゃダメぽん。試験があるってことを知らないと抜き打ち試験にはならないぽん。やっぱり試験やるなら抜き打ちでないと」
「はあ」
 仕事が、増えた。 
 一人目。ラブホテルの屋上にロボットそのものの魔法少女がいた。マスコットキャラクターかとも思ったが、
「話は聞いてマス。魔法少女のマジカロイド44デス。ヨロシク」
 魔法少女だったらしい。名乗られてしまったため、陽真理も名乗る必要がある。
「どうも、@娘々です」
「アットマーク? 変わったお名前デスネ」
 身内の悪ノリで決めてしまった名前は、いざ名乗る時に恥ずかしい。変わった名前といわれるのは毎度のことで、もっと真面目に決めろと怒られたことも二度や三度ではなかった。その度あははと笑って誤魔化すしかなく、家に帰ってから友人二人のことを思い出して打ち沈む。
「マジカロイドさんは格好いいお名前ですね」
「友達がつけた名前なんデスけどね」
 友達なら陽真理にもいた。お互い自由に遠慮なくなんでも話すことができた。今は、もういない。
「娘々さんは他の場所にも配りに行くんデスよね?」
「ええ」
「だったら全員分回る必要はないデスよ。魔法少女同士でつるんでる人達多いデスから、そういうのはまとめて行けばいいデス。メモをあげマスから参考にドウゾ」
「あ、ありがとうございます」
「近所がホームの人達はこっちで配ってあげマスよ。トップスピードは空飛んですぐのところですからワタシが持ってってあげマスネ。あとカラミティ・メアリの所は色々危ないデスからこっちも持っていってあげマス。ねむりんも特殊なんでそっちの方も任せてくれればいいデス」
 マスコットキャラクターの人使いは荒かったが、魔法少女は親切だった。ありがとうございます、と再び頭を下げ、顔を上げると目の前にはプラスチックのような質感の腕が突き出されていた。
「お仕事代は全部でたったの千円デス。お安いデショ?」

 千円払って次に来た先は廃寺。そこに四人の魔法少女がいた。
「ふうん、これが新しい魔法の端末」
 四人といっても実質話しているのは一人だけだ。残りの三人は外でなにかをしているらしい。目の前の魔法少女、お姫様のような格好の「ルーラ」は、唇の端を歪めた。
「なんで画面がハート型のままなの? もっと機能的なデザインにしてくれってファヴに伝えてあったはずだけど?」
「いや、でも、スペックは上昇してるそうです。新機能もついてるとか」
 なぜ配達役でしかない自分が弁護しなければならないのだろうか、と疑問に思っても、ルーラの意地悪そうな笑みを見ると言い訳しなければ、焦ってしまう。
「そんなのは当然でしょう? 問題はそこではなしに」
 ばんっと戸が開き、双子の天使がひょこりひょこりと顔を出した。
「大変! たまが自分で作った穴の中に落っこちた!」
「底が見えないし声も聞こえないんだけど!」
 ルーラが「あんの馬鹿!」と怒鳴って駆けていき、一人残された陽真理は、これ以上クレームをつけられてもと裏門からこっそり抜け出した。

 次は鉄塔の上。
「お疲れ様」
「遠い所からわざわざありがとうございました」
 騎士と学生服の二人組に労われた。今までの魔法少女に比べると随分と感じが良さそうだ。大きな剣を担いだ騎士風の魔法少女が、一本の缶ジュースを差し出した。
「そこの自販機で買ってきたものだが、よければどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
 この街に着てから初めて親切にされた気がした。ほっと一息吐いて温かい紅茶をすする。
 学生服の魔法少女は新しい魔法の端末を取り出してはしゃいでいる。
「うわ、かわいいっ! 新しい魔法の端末、ホワイトカラーだよ!」
「スノーホワイトに似合いそうだな」
「機能がたくさん追加されてるみたいだけど……よくわかんないね」
「慣れればそうでもなくなるんじゃないか?」
「慣れるまでが大変なんじゃない」
「明日がチャットだからそこで誰かに訊いてみればいいさ」
 なんとなく微笑ましい。陽真理は「ご馳走様」とジュースを置いた。

 次は廃業したスーパー。
「遠い所からわざわざありがとうございました」
 修道女をモチーフとした魔法少女「シスターナナ」は深々と頭を下げた。
「こんなに素敵な魔法の端末をいただきまして」
「いえいえ、それほどのことでは」
「ちょっと。ナナ」
 コートにマフラーという魔法少女「ヴェス・ウィンタープリズン」は、魔法の端末の画面を目にして顔をしかめた。彼女は新しい魔法の端末にデータの転送をしていたはずだが、なにかおかしなことでも起きたのだろうか。
「これはなに?」
「どうかしました?」
 シスターナナは差し出された魔法の端末の画面を見て顔をほころばせた。ウィンタープリズンとは対照的に嬉しそうだ。どちらに合わせても角が立ちそうで、陽真理は曖昧に微笑んだ。
「ああ、この寝顔は先週撮影したものです」
「いやそうではなくて」
 そういうウィンタープリズンの声は硬い。
「服装のことですか? 一度でいいから貴女がスカートを履いているところが見たいという欲望を抑え切れなかったんですよ。ぐっすり寝ていたようですから、こっそりと」
 ウィンタープリズンは、額を人差し指で押さえ、呻くように、
「スカートというか、これナース服だろう……」
「絶対似合うと思ってたんですよ」
 陽真理は心の中で「ご馳走様」と呟き、一人荷物を片付け始めた。

 最後にもう一度高波山の廃ホテルにまで戻ってきた。
「ありがとう、ありがとう。おかげで新しい魔法の端末も行き渡ったみたいぽん」
「いえ、大したことでは」
 ファヴはくるりと一回転し、金色の粉をパッと散らした。
「新しい魔法の端末によって、より一層魔法少女同士の絆が深まるはずぽん」
 ファヴは相変わらず楽しそうだ。陽真理は帰り際、ふと振り返ってファヴを見た、ホテル内の埃まで映し出した立体映像は、なぜか見ていてぞっとした。
「試験で選ばれるのは一人だけなんですよね?」
「そうだけど、どうかしたぽん?」
「絆を深めても、仲良くなっても、結局一人を除いて記憶を失うんですよね?」
「だからこそ意味があるぽん」
 内側からなにかが湧き上がろうとしている。
 魔法少女達は、皆、仲が良さそうだった。ルーラ達四人。スノーホワイトとラ・ピュセル。シスターナナとヴェス・ウィンタープリズン。あの子達が、争う。
 陽真理達と同じだ。一つしかない魔法少女の席を争って友達同士が敵に……敵? せいぜいライバルではないのか? そもそも試験前に協力を誓い合ったはずで――
 陽真理の中からなにかが溢れ出んとし、しかし、それは出る場所を求めて内側でのたうっているのに、出る場所がどこにもない。ファヴをじっと見、見返された。
 陽真理はそのままN市を後にし帰路についた。帰りの電車では駅弁を買うでもなく、封筒に千円札一枚を残したままでずっと風景を見ていた。建物と街灯の光がぽつぽつと流れていくだけで、昼に比べて面白みはないが、それでも外に目を向けていた。
 目は風景を追っていても、今日見た魔法少女達が頭の中から離れてくれない。皆、仲がよかった。楽しそうだった。あの頃の自分達を見ているようだった。陽真理はもうあの頃に戻ることはできない。友達はいなくなった。同じように付き合える人とは、きっともう二度と出会うことがないと思う。
 後日、引退の届けを出し、陽真理は魔法少女であることを辞めた。
 
《つづく》

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