特別短編タイトル8

《3》

 引退してからどれくらい経ったのか。陽真理は「魔法少女育成計画」によって、自分が「@娘々」だったことを思い出した。
 肌の質感、肌理細やかさ、筋肉と骨の柔軟さ、チャイナドレスを基調としたコスチューム、座る時は尻尾を寝かせてからにしないといけないことまで失われた記憶の向こう側から甦ってきた。まだなにか忘れているような気もしたが、とりあえず今は置いておく。
 記憶を失っていた理由は知っている。引退していたからだ。魔法少女を辞めたいと魔法の国に申し出、意外に呆気なく受理された。魔法に関するあらゆる記憶を消され、「@娘々」ではない、ただの棚橋陽真理として生きてきた。
 志望校にも合格した。友達もいる。親と不仲というわけでもない。それなりに順調に人生が進んでいるのではないだろうかと思う。
 それでもどこか物足りなさを感じる時があった。ふとした時に寂しさを覚え、胸の内にぽっかりと空洞が空いているようで、その正体が掴めない。
「こういうことだった、と」
 魔法少女としての自分を失い、胸の内の欠落を感じていた。
 引退した自分が「魔法少女専用」のゲームに参加させられていることに疑問を覚えたが、そういえば「魔法の国」はそんな無茶を押し通すようなところがあった。
 どうやらここはゲームの中らしい。
 現実としか思えないが、「マジカルトレースシステムにより可能となった現実と変わらない操作感覚」と「リアルの極致に達した超美麗なグラフィック」の二つが、まるで現実のように見せているのだろう。よくわからないが、なんとなくで理解できた。
 物理法則を捻じ曲げ、超え、破壊し、嘲笑い、蹂躙する。それが魔法だ。
 理解できないのは、魔法少女を引退したはずの棚橋陽真理……@娘々が「魔法少女専用ソーシャルゲーム」とやらに参加させられている現状だ。
 空を見上げた。
 修学旅行で見た南国の空は、幾層も重なった濃く厚い空だった。からっと晴れた青空も、星をぶちまけたような夜空も、曇り空でさえ、その点では共通している。
 この空はのっぺりと平坦な一枚板のようだった。深みがない。太陽の匂いも薄い。それに加えて先ほど遭遇した動く骸骨の群れ。あれはとてもゲーム的だった。魔法の端末に表示されるメッセージも一つ一つがゲーム臭い。報酬金額もまた非現実的だったが、あれは本当にもらえるのだろうか。だとしたら惹かれなくもなかった。日常生活は常に金銭を要求してくる。
 @娘々はとりあえず端末のメッセージに従おうと街へ向かった。状況は不可解だが他にとるべき指針もない。魔法少女の耐久力に物をいわせ、だだっ広い荒野をしばらく走り回り、おおよそ街であろう建物の集まりを見つけてそちらへ足を向けた。
 実際は、建物の集まりというより廃屋の寄せ集めが近かった。荒野に点在する廃ビルより多少マシな程度で、人通りもなく路面が舗装されているわけでもない。モンスターが物陰から飛び出してこないかと慎重に街の中を進むと、広場のような場所に出た。中央に枯れた噴水が配され、その縁に腰掛けた人影がいる。
「おおー! あなたも魔法少女?」
 特撮番組の戦闘部隊みたいな格好の少女がいた。見た目はとても可愛らしく、「あなたも」といっていて、「魔法少女専用のソーシャルゲーム」内にいる、つまりは魔法少女なのだろう。外見的にはそうも見えなかったが。
「やーやーここに来てから初めてお仲間に会いましたよ」
 握手を求められ、曖昧に笑って握り返した。友好的ではあるようだ。
 名乗ろうとしてふと思い出した。そうだった。仲間内のノリで決めた名前は名乗るのが恥ずかしい。娘々はいい。問題は@だ。どうやって名乗ったものかと逡巡している間に、戦闘部隊風の魔法少女は右手親指で自分を指差し元気に名乗った。
「私の名前は夢ノ島ジェノサイ子!」
 ――夢ノ島? ジェノサイ子?
 聞き間違いではない。確かに夢ノ島ジェノサイ子といった。夢ノ島が苗字で、ジェノサイ子が名前、という構成のようだ。こういってはなんだが、かなりいかれた名前に思える。無理やりつけられたとか、そういう感じでもない。名乗った時も、からっとしていて爽やかだった。恥ずかしさとかはにかみとかそういうものとは無縁で、実にあっけらかんとしている。
 どういう理由でそんな名前になったのだろう。@娘々と同じような経緯だろうか。それとも全然違うのか。色々なことを訊いてみたい。
 ジェノサイ子はにこにこと@娘々を見ている。その笑顔に、かつての友人二人が被った。この魔法少女となら、美千代や昌子と同じ友人関係を築けるというのだろうか。名前のセンスだけで簡単に決めつけていいものだろうか。そんなことをぐるぐると考え続ける。考え、考え、考え続けて……。

「後は任せる」
 地面に倒れ伏した美千代がぼそりと呟いた。顔を上げる力も残っていない。
「あいつらぶん殴る役目は……あたしよか陽真理向きだから……」
 美千代の出血量は限界を超えている。もう絶対に助からない。陽真理は吠えた。なんで美千代がこんな目に合わなければならなかったのか。昌子が死ななければならない理由なんてなにもなかったはずなのに。

 視界内の景色が急に変わった。転んでしまいそうになり、右足を引いてなんとか耐えた。
 なにが起きていた? なにか、ここではないどこかの光景を見ていた?
 曖昧だ。ゲームに入り、魔法少女の記憶が戻り……やはり曖昧だ。
 目の前にはにこにこと笑う魔法少女がいる。確か名前は夢ノ島ジェノサイ子。
 こちらの名乗りを求めている、と気づくためにはそれから数秒を要した。
 なにかを思い出していた。たぶんそれは美千代と昌子のことだと思う。なぜそう思うかというと、ジェノサイ子の笑顔が美千代や昌子の遠慮ない笑い方にそっくりだからだ。
 @娘々は笑った。ジェノサイ子につられて笑ったのかもしれない。負けないよう笑ったのかもしれない。泣き出してしまいそうで、それを誤魔化すために笑ったのかもしれない。自分でもよくわからないが、とにかく笑って自らを指差した。
「私の名前は、@娘々……アルよ!」
 
《おわり》

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