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Disc2 第4話『君が好きだと叫びたい』



 ある日の放課後のことだ。

 入谷弦人はいつものように五階にある軽音楽部の部屋の扉を開けた。
「いきますよー、タカヒロ! えいっ!」
 ポン、パシュッ。
「エヴァちゃーん、もっと回転かけたほうがいいよー。そのほうがボールの勢いもつくから」
 ポン、パシュッ。
「むむ、なかなか難しいですね……」
「大事なのは手首のスナップだよ、スナップ。こう指先でボールに触れる感覚で……」
「なにやってんだお前ら?」
「あ、ゲント!」
 部屋のなかでは、エヴァがバスケットボールを抱えたまま、こちらに手を振りかけている。ベース担当の小松孝弘が口を開いた。
「見ての通りパス練だよ、ゲンちゃん。今度の体育の授業、バスケだからさ」
「ここで練習するな。機材に当たったら、どうするんだ……」
「大丈夫です! そんなへまはしません! すこしプレッシャーをかけたほうが上達だって早いです!」
「そんなプレッシャーはいらん」
 弦人はエヴァからバスケットボールをひったくる。「ゲント、取らないでくださいよっ」とエヴァは抗議するが、無視する。
 しばらくむくれていたエヴァだが、「そういえば……」と急になにか思い至ったように口を開く。
「日本のバスケットボールクラブはすごく盛んなイメージがありますけど、プロリーグの試合ってあんまり見たことないですね」
「JBLとか、実業団のチームとかあるけどね。野球やサッカーと比べたら、全然かなぁ。姉ちゃんがバスケやってたから、ウィンターカップなら見たことあるけど」
「ウィンターカップ! 【黒子のバスケ】の舞台ですね!」
「うん。そういう漫画のタイトルがすぐに出てくるあたり、さすがエヴァちゃんだね」
「え? バスケって冬にも大会あるのか?」
「全国の選抜大会っていうのが東京体育館であるんだよ。夏のインハイと比べたら、知名度は低いし、強豪校でもない限り、大抵は高三の夏で引退するけどね」
「ふーん」
「え、なにその興味なさそうな返事」
「"なさそう"じゃなくて"ない"、だ」
 弦人は眉をひそめながら言う。
「なんでバスケ部の連中っていうのはああも横暴なんだかな。平気で臭いバッシュを外で干すし、無駄に声はでかいし、くだらない年功序列にこだわるし」
「……それ、体育会系が嫌いなだけじゃないの?」
「あんなシステムは滅びればいいんだ。こんな物で手を怪我したらたまったもんじゃない」
 弦人はボールを机の上に置く。孝弘はため息をつきながら、ボールを自分のもとに引き寄せ、指先でくるくるとボールを回転してみせた。
「そんなに嫌うこともないと思うけどなー、バスケ面白いのにー。エヴァちゃんもそう思うでしょ?」
「ヤー(はい)! バスケ大好きです! わたしのなかでも一押しのスポーツです!」
「ドイツ人なんだから、そこはサッカーじゃないのか?」
「弟とファーター(父)は好きですけど、わたしは断然、バスケ派ですね。あ、そうです!」
 エヴァはぽんと両手を打った。
「ゲント、せっかくですから、いまの話題にぴったりのアニソンを流して……」
「帰る」
「あ、待ってください!」
 すぐに弦人は鞄をもって出口へ引き返そうとする。
 が、弦人の前に孝弘が立ちはだかった。
 大きく腕を上げ、低く腰を落とした構え。バスケットボールのディフェンスのフォーム。弦人は右側に踏み出そうとした。が、孝弘はぴたりとついてくる。
「ふっふっふ、ここは通さないよ、ゲンちゃん」
 弦人はしばらく孝弘を見つめる。
 左足の膝をわずかに動かす。瞬間、孝弘も反応してついてきた。
 その隙を突き、弦人は逆側に駆け込もうとする。
 だが、空いていた進路を、素早く孝弘は塞いできた。
「……そっちがその気なら」
 言うやいなや、弦人は右足を大きく踏み出す。孝弘がついてこようと動いた瞬間、右足で床を蹴る!
 大きく左側へステップ。がら空きになったサイドへ向け、弦人は身体を挟み込む。
 それを読んで動く孝弘のディフェンス。
 が、弦人は肩をいれ、孝弘の接近を体で阻止した!
「なにっ!?」
 華麗に孝弘を抜き去った弦人は扉に手をかけた。小さな達成感が胸からこみ上げてくる。
 そのまま廊下に出ようとした弦人だが、そこである違和感に気づいた。
 ……鞄はどこだ?
「あ、ありましたありました。さぁ、いつものようにこのMP3プレイヤーをセットして、と……」
「エヴァッ!」
 振り返ると、エヴァが弦人の鞄からMP3プレイヤーを取り出しているところだった。
 弦人が孝弘と熱戦を繰り広げていた隙に、まんまとエヴァにスティールされたらしい。
「誰も1on1なんて言ってないよー、ゲンちゃん」
 孝弘がにやにやと笑っている。弦人は憮然としながら椅子に座った。
「2対1なんて卑怯だろ」
「ゲントが素直に渡してくれればいいんですよー。なにも帰ろうとしなくても」
「お前の話はいつも長いんだよ」
「そう言わずに聴いてみてください。すごく爽やかな良い曲なんですから!」
 エヴァはうきうきとMP3プレイヤーの再生ボタンを押した。
 スピーカーから響く、高揚感に満ちたドラムの音と爽やかな旋律のメロディ。
 すこし懐かしささえ感じるメロディはどこまでも真っ直ぐで、まるで青春の栄光に満ちているかのようだった。
 エレキギターの伸びやかなフレーズをバックに、エヴァは語り始めた。
「90年代のバンド、BAADのヒット曲、『君が好きだと叫びたい』。アニメ【SLAM DUNK】の初代OP曲です! やっぱり良いですねぇ。これを聴いてるだけでバスケがしたくなります!」
「【SLAM DUNK】って、あのバスケ漫画か? でもあれ、昔の漫画だろ?」
「ナイン(いえ)! とんでもないですよ。【SLAM DUNK】はバスケ漫画どころか、日本の漫画史上に残る金字塔です! 片思いの女の子に誘われて、バスケットボールクラブへと入ったヤンキー少年、サクラギ・ハナミチが仲間たちと切磋琢磨し、並み居る強豪チームのライバルたちと戦いながら、成長していく王道ストーリー。リアルなバスケの描写と、大胆かつ写実的なアングルと絵、なによりバスケに全てを賭ける熱いキャラクターたち……。もう魅力を挙げていけばキリがありません! ジャンプの三大原則、『友情・努力・勝利』をこれほど高いレベルで表現した漫画もそうそうないですよ! アニメではぜひサンノー戦までやってほしかったんですけどね。そこが本当に悔やまれます……」
「友情、努力、勝利、ねぇ……」
「面白いよねー、【SLAM DUNK】。山王戦もいいけど、ぼくはなんといっても海南との試合かなぁ。あの試合終わったあとで、ゴリが桜木を励ますシーンとか」
「わかります、わかります! あとミッチーとアンザイ先生の場面も欠かせないですよ! アニメだとあの場面で、ED曲の『世界が終わるまでは…』が流れてきて……。もう涙で目がかすんできて……」
「いや、ミッチーを評価するなら、翔陽の長谷川は外しちゃダメだよ。ちゃんとバスケを続けて、努力してた奴が偉いんだよ。ゴリ然り、小暮然り……」
「違いますよ! 一度挫折したところから再び這い上がる。そこに燃えるんじゃないですか!」
「お前ら、【SLAM DUNK】好き過ぎじゃね?」
 なんだろう、この光景。前にもあった気がする。二日前くらいに。
 するとエヴァと孝弘はびしっと弦人に向けて指を差した。
「まずは原作を読みなさい! 話はそれから!」
「……小松、お前もか」
「姉ちゃん、【SLAM DUNK】にはまってバスケ始めたからさ。現役のときはすごかったよ。丸坊主にしちゃって、もう女を捨てたスタイルになってて……」
「ああ、【SLAM DUNK】で日本のバスケ人口が増えた、というのは有名な話ですよね」
 エヴァが頷く。
「有名といえば、アニメの【SLAM DUNK】はタイアップした曲も有名でして、どれも大ヒットを記録しているんですよ。オーグロ・マキにZARDも参加してますね。きっとゲントも聴いたことのある曲があると思いますよ」
「そんなにヒットしている曲がほかにもあるのに、なんでお前はこれを選んだんだ?」
「それはこの曲が、【SLAM DUNK】のOPだからです」
 エヴァはにっこり笑って答える。
「OP曲というのはそのアニメのいわば顔です。実際、ED曲は2クールで交代していますが、『君が好きだと叫びたい』は一年以上のあいだ、【SLAM DUNK】のOPとして使われてました。いいですか、ゲント。想像してみてください」
 エヴァが真剣な眼差しで弦人の顔を見つめる。
 弦人も、エヴァから視線を逸らせなくなった。
「この曲のイントロとともに画面に浮かび上がるフロア……そこで躍動するバスケットマンたち……そんな映像をこんなにカッコイイ曲に合わせて流されたら、ワクワクするなと言うほうが難しいです!」
「……お前のアニソン観も結構単純だよな」
「でも、良いんじゃない? エヴァちゃんらしくて」
 孝弘は笑って言った。
 弦人はため息をつきながら、曲に耳を傾ける。
 まるで体育館に跳ね回るボールのようなドラミング。
 いまにも駆け出すようなギターのフレーズ。
 そして衒いもなく迸る、熱い気持ちを歌った声。
 弦人は【SLAM DUNK】を見ていない。エヴァや孝弘の気持ちを共有できない。
 だからかもしれない。
 この曲を聴いて、弦人の頭に浮かんだのはまったく別のものだった。
「ん? どうかしましたか、ゲント」
「……いいや。お前にぴったりの曲だと思っただけだよ」
 弦人は首を振った。
 するといきなりバスケットボールが弦人の胸に飛び込んできた。
「お、ナイスキャッチ、ゲンちゃん」
「危ないだろ」
「ゲンちゃんがいつまでも煮え切らないからさ」
「……なんの話だ?」
「ふっふっふ、これでゲントもすこしはバスケに興味がわいてきたんじゃないんですか?」
「そんなわけあるか」
「でも、わたしたちだってバスケットボールチームのようなものですよ!」
 エヴァは胸を張って言う。
「なんといっても、わたしたちは五人! 敵なしの五人なんですから!」
「五人、ね」
 弦人はそう言いながらも、手のひらでボールをいじり始める。
 手に馴染んだ革の感触。このボールをめぐって、五人の選手が協力し合いゴールを狙う。
 バスケも、バンドも、一人ではできない。
 その一点においてなら、弦人も理解できた。
 たしかにエヴァの言うとおりかもしれない。あんまり意固地になって、変化を受け入れないのも考えものだ。
 受け入れた先に変化した世界を、弦人はもう知っている。
【SLAM DUNK】の主人公がバスケの世界へ飛び込んで新たな自分を発見したように。
 弦人もまた、こうしてアニソンの世界へ飛び込んだことで変化を……。
「うーん、しかし、『君が好きだと叫びたい』を聴いていたら、ほかの曲も聴きたくなりました! せっかくなのでもっとかけちゃいましょう!」
「お、いいね。だったら、ZARDの曲とかは?」
「ナイン、ここは第二期OPの『ぜったいに 誰も』を流すという選択肢も……」
「まだ聴くのかよっ」
 弦人は呆れながら肩を落とした。だから嫌だったのだ。一度、三昧モードに入ったエヴァはそう簡単には止まらない。まだまだ付き合わされることになりそうだ。
 落胆する弦人は、やがて諦めの境地に達する。
 急ぐことはない。弦人は弦人でゆっくりアニソンの世界を知っていけばいいのだ。

 ――まだ、慌てるような時間じゃないのだから。

楽曲データ
『君が好きだと叫びたい』 歌:BAAD
作詞:山田恭二 作曲:多々納好夫 【SLAM DUNK】OP
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