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Disc2 第7話『遥か彼方』



 ある日の昼休みのことだ。

 入谷弦人はいつものように五階にある部屋の扉を開けた。
「やっぱり日本はきちんと授業に導入するべきなんですよ! ケンドーやジュードーとおなじくらい、大事な日本の伝統芸能じゃないのですか!」
「だからエヴァ……アンタが言ってんのはファンタジーだから……」
 部屋のなかではエヴァと京子が弁当を食べながら、討論をしている。
 すると弦人に気づいたエヴァが、すがるような目でこちらを見た。
「ゲントはどうですか! やっぱり授業の科目に取り入れるべきですよね!?」
「なんの話だ?」
 エヴァは興奮気味に言った。
「ニンジャの話です!!」
 あー。
 弦人はなんとも言えない気持ちになりながら、京子と視線を交わす。京子は「あとは任せた」と言わんばかりに肩を竦めながら、机の上に置いていた少年ジャンプを手に取る。
 フジヤマ、ゲイシャ、ニンジャ。
 外国人が古くから日本に抱く、三大イメージ。
 弦人の両親には外国人の友人がたくさんいるのだが、多かれ少なかれ、彼らはみな似たような幻想を日本に抱いている。
 エヴァはアニソン好きであることを除けば、その種の偏見は持っていなさそうに見えたのだが、やはり憧れはあったらしい。
「ケンドー、ジュードーがあるのですから、ニンドーだって取り入れるべきです! 『タエガタキヲタエ、シノビガタキヲシノブ』がニンジャのモットーのはずです!」
「忍道なんて科目はないし、その言葉は忍者とまったく関係ない。第一、いまの時代に忍者は存在しない」
「そんなことないです。きっと彼らはいまも現代日本のなかで隠れ潜んでいるのです! まったく、ゲントはニンジャというものがわかってないですね!」
「ドイツ人のお前に言われたくない」
「日本人がわかってないだけです! こーいうのは外から見た人間のほうがよく見えているものなのです! ニンジャたちはわたしたちの知らないところで日夜戦いを続けているんですよ! ニンジャソウルを宿し、カラテを駆使して戦ったり、オカミの命令で恋仲だった人と争ったり、マンホールの下でピザを食べたり、小学生の家に修行で居候したり」
「……よくわからんが、それいろいろ混ざってるよな、エヴァ」
「ちなみに『最強のニンジャは全裸』と昔、師匠が言ってました!」
「それ、ただの変態だろ」
「ニンジャが嫌いな人なんていません! ニンジャは永遠の憧れ……。わたしもスリケン投げたり、タケヅツ持ってスイトンのジツとか、木を植えて毎日飛び越える訓練とか、あとはスリーマンセルでチャクラを練る訓練もしてみたかったです!」
「チャクラ……」
 なぜかその単語に、京子が反応を示す。
 それを見逃すエヴァではなかった。
「やはりニンジャといえば、あの漫画は定番ですよね! きっとキョーコなら乗ってくれると思ってました!」
「あ、ええと、べつにアタシは……」
「おっと、ちなみにわたしの前でジャンプは広げないでください。これでもわたし、単行本派なので!」
「なんの話だ?」
「これの話よ」
 京子は持っていた少年ジャンプを弦人に寄越した。弦人はパラパラとページをめくり、エヴァたちが話題にしているらしい漫画を見つける。
「えーと、この【NARUTO-ナルト‐】って漫画の話か?」
「ヤー(はい)! 【ナルト】こそ、【ドラゴンボール】の精神を受け継いだ新世代的な作品です! 落ちこぼれの忍者のナルトが、里一番の忍者である火影を目指す、正統派の熱血少年漫画のストーリー! アメリカ、ヨーロッパ、南米でも大ヒットしていまして、ベストセラーランキングでも単行本はどれもランクインしているくらいなんです!」
「……そんなにみんな好きなのか、忍者」
「だからそう言ってるじゃないですか! 漫画だけなく、アニメシリーズも大人気なんですから!」
 ギクッと弦人は身を固くする。
 だがエヴァは弦人の態度に気づかない。
「2002年に放送が始まって以来、十年以上。途中から第二部へ移り、【NARUTO -ナルト- 疾風伝】とタイトルも変わりましたが、そのあいだに世界中にファンを作り、何本もの劇場版を生み出した偉大な作品なんですよ」
「ふーん」
 弦人はぱらぱらと手に取ったジャンプをめくっていく。が、もともと読んでいなかった漫画である。途中から読んでもさっぱりわからなかった。
 ちなみに、とエヴァは前置きした。
「【ナルト】の主題歌も様々な歌手が担当しているのですが……」
「いつものMP3プレイヤーは教室だぞ」
「まだわたし、話の途中ですよ!」
「どうせ結論はそこだろ?」
「あー、わたしもいま教室に置きっぱなしでした……残念です……聴きたい曲があったのに……」
「諦めろ。たまにはいいだろ、こういう日があっても」
「うう……取りに行ってる時間もないですし……」
 アニソン三昧タイムを回避でき、ほっと弦人が胸をなでおろしかけたそのときだ。
「じゃあ、アタシので聴く? 【ナルト】の曲だったら入ってるし」
「ほんとですか!?」
 ああ、ナムアミダブツ。
 渋面をつくる弦人を置き去りに、京子は自分のMP3プレイヤーを取り出すとスピーカーにセットする。
「で、エヴァはどれ聴きたいの?」
「そうですね、せっかくですからキョーコが選んでください! キョーコのセンスにお任せします!」
「……そう来るか」
 しばらく京子は額にしわを寄せて考えこむが、やがて曲を選択すると再生ボタンに指先を伸ばした。
 途端に流れる、地を這うようなベースの重低音。
 鼓膜に刻みつけるような高速のリズムに、切り裂くようなギターのフレーズが鳴り響く。
 それらの音に導かれ、シンプルで荒々しいバンドサウンドが幕を開いた。
 中古のバイクのエンジンをふかしているような、泥臭い疾走感。
 いまにも駆け出すようなギターのバッキングとビートを背景に、喉から絞り出すようなボーカルが弦人の耳を打つ。
 しばらく聴いてから、弦人は口を開いた。
「これ、アジカン?」
「ヤー! 【NARUTO-ナルト‐】の二代目OPにして、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの曲、『遥か彼方』です!」
 エヴァが熱のこもった口調でしゃべりだす。
「ASIAN KUNG-FU GENERATIONのアニソンと言えば、【鋼の錬金術師】の『リライト』を思い起こす人も多いですが、タイアップはこちらの曲のほうが先になりますね」
「ふーん。つまり、アニメ用に書き下ろした曲ってことか?」
「ううん。そういうわけでもないのよね」
 口を挟んだのは京子だった。曲のリズムに合わせて、体を揺らしている。
「もともとはアジカンのミニアルバムに収録されていた曲なの。それをあとから【ナルト】のOPに起用したらしいよ」
「そうなんですか? それは初耳です」
「詳しいな、九条」
「兄貴が好きだからね、アジカン。そのアルバムも小さい頃によく聴かされてたからねー。この曲でよくドラムの練習もしたし」
 京子は懐かしそうに目を細めた。
 思いがけないところで京子の音楽遍歴に話が繋がり、弦人は興味をそそられる。
「九条はいつからアニソン聴くようになったんだ?」
「うーん、最初からアニソンって意識して聴いてたわけじゃないのよねー。見てたアニメの曲から、その歌手のことが好きになって、ほかの曲も聴くようになって、ってことを繰り返していただけだから……。アジカンはそのなかでも特によく聴いてたし……。まー、タイアップ戦略にまんまと乗せられただけなのかもしれないけど……」
「良いんじゃないですか? それがきっかけで、自分の知らない音楽と出会えるのなら、ステキなことだと思います!」
 エヴァは力強く肯定する。
「少なくとも、わたしはこの曲がアニメに使われて本当に良かったと思います! この曲が流れたときの映像が本当にハマっていて、見ていて何度もトリハダが立ちました!」
「あ、わかる! いいよね! メロディに合わせて、メンバーがどんどんカットインしてきたり!」
「サビに合わせてナルトが咆吼するところとかも最高です!」
 もちろん弦人は話についていけないので、エヴァたちの会話を横目に見ている。
 だがついていけないなりに、二人の会話で共有されているであろうイメージに想いを馳せ、すこし、ほんのすこしだけ――羨ましくなった。
 曲が二番に差し掛かる。
 すると急に京子は近くにあったボールペンを手に取り、机の端を叩き始めた。
 スピーカーから流れるドラムに合わせて。
 するとエヴァも確信めいた笑いを浮かべ、唇を開きだす。
 すべて日本語によって綴られた歌詞。一番と二番でおなじ言葉を繰り返しながら、何度も何度もメロディを走らせる。遠くへ、もっと遠くとたどり着くために。
 弦人の指が自然に動き出す。ギターの弦を弾くように。
 どうやら弦人の体は京子のドラムにすっかり慣れてしまったらしい。
 サビに差し掛かり、ボーカルが爆発する。
 エヴァは叫ぶ。京子も叫ぶ。
 そして二人はクスクスと笑いあった。
「いやー、今度カラオケで歌いたいわねー。『リライト』と『遥か彼方』は鉄板よ!」
「いいですね! 今度、みんなで行きましょう! 絶対盛り上がりますから!」
「……ライブでやるって発想にはならないんだな」
「いやよ! アタシも歌いたいもの!」
「あっそ」
「なめんじゃないわよ、アタシの隠れヲタの術を。そんじょそこらの忍者なんて目じゃないんだから」
「それは忍術なのか?」
 あと、言うほど隠れきれてないぞ、と心のなかで付け加える。さすがに、この言葉にはさしものエヴァも呆れて……。
「な、なんという……キョーコこそ、ニンジャソウルをその身に宿した者だったということなのですか!」
「おいっ」
 エヴァの目が子供のようにキラキラと光っている。
 ダメだ、これは。もう正常な理性を失ったようだ。
 京子も京子でなにを勘違いしているのか、えらく得意げな顔で鼻を高くしていた。
「ふっふっふ、わたしくらいの忍者になるとね、授業中にバレないよう睡眠を取ったり、購買のパンを取るために存在感を消して人の山に紛れ込んでゲットしたりなんて朝飯前なんだから」
「それ、大抵の高校生が身につけている術だよな?」
「さすがニンドー……想像以上に奥が深いです……。今度からキョーコのこと、ニンジャマスターと呼ばせてください!」
「うんうん、わかればよろしい。世を忍ぶ術を知りたければ、わたしがいくらでも助言してあげるから……」
 と、京子が語っていたそのときだった。
 弦人はふとMP3プレイヤーに目を向けた。『遥か彼方』の再生が終わり、次のトラックへと移る。
 ちらりと見えたタイトルに、弦人が「?」となった瞬間。

『まーだ起きないのかい、スイートハニー♪ 早くゲラップしないと、その唇に……』

 部屋に響き渡る、甘ったるく語りかけるようなイケメンボイス。
 一瞬で、京子はMP3プレイヤーを奪取し、停止ボタンを押した。息を荒げた顔は耳たぶまで真っ赤になっていた。
 無言だった。圧倒的な無言がその場を包み込んでいた。
 あのエヴァが完全に真顔で固まっている。
「……まぁ、あれだな」
 弦人は気を取り直すために言った。

「声優の目覚ましをとやかく言う気はないが、『俺のボイスでグッドモーニン!』ってタイトルは変えたほうがいいかな」

「そこは流してくれってばよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 京子はMP3プレイヤーを持って部屋を飛び出していった。
 こんな光景、前にも見た気がする。わりといろんなところで。
 弦人がデジャビュを感じる横で、エヴァはしみじみと呟いた。
「……やっぱりニンジャはフィクションのなかだけで良いですね」
 これには弦人も深く同意するよりほかなかった。
 

楽曲データ
『遥か彼方』 歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION
作詞:後藤正文 作曲:後藤正文 【NARUTO―ナルト―】OP
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