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Disc2 第8話『DT捨テル』
ある日の放課後のことだ。
入谷弦人はいつものように五階にある部屋の扉を開けた。
部屋のなかでは、ベーシストの小松孝弘がヘッドフォンを装着している。縦揺れで曲に乗っており、弦人が入ってきたことにまったく気づいていない。
とりあえず弦人は孝弘の背中を蹴り飛ばした。
「うお、ゲンちゃん! なにすんだよ、いきなりー!」
「なに聴いてんだ、小松」
「え、謝罪も言い訳もなし? そのままスルーの方向?」
「俺を無視する奴が悪い」
「うわー、まさかの俺様理論ー」
孝弘は口先で騒ぎながら、自分が聴いていたMP3プレイヤーを弦人に渡す。
弦人は表示されている歌手と曲の名前を見て、眉をひそめた。
「ゴールデンボンバー……?」
「知らない? いま流行りのヴィジュアル系エアーバンドだよ」
「エアーバンド? なんだそれ?」
「エアーギターってあるでしょ。ギターを持っている振りをして、演奏するパフォーマンスをするってヤツ。それをバンド全体でやるってこと」
「えーと……」
弦人は理解するのにしばらく時間が必要だった。
「つまり実際には演奏してないってことか?」
「そういうこと。っていうかゲンちゃん、ほんとに知らないの? 去年の紅白にも出てたじゃん」
「あー……そういえば名前は聞いたことがあったが……」
「まー、まー。とにかく聴いてみなって、良い曲いっぱいあるんだから。あ、これとかおすすめかな」
弦人が片耳にヘッドフォンを当てているそばで、孝弘はMP3プレイヤーを操作する。
派手に打ち鳴らされるドラム。聴く者を煽るようなコーラス、重厚感に満ちたヘヴィメタルを思わせるギターのサウンド。
エアーバンドと言うからどんなものかと思ったが、曲自体はきちんと演奏している。なんだ、結構マトモな曲じゃな――。
「おい、小松」
「なに、ゲンちゃん」
「いま『元カレ殺ス』って聞こえたんだが……」
「うん、そういう曲名だからね」
「ひどい」
マトモな曲だと思った十秒前の自分を殴りたくなった。
「なに言ってんの。ロックの名曲なんかもっとクズな歌詞あるじゃん。それに比べたら、全然プラトニック、プラトニック」
「プラトニックというか、ストーカーの歌だよな。好きな女の子の元彼にひたすら嫉妬してる曲だよな、これ」
「最近、軽音楽部のあいだでも"金爆"流行っててさー。いまいろいろ聴いてんだよ。"金爆"のコピーがいま部活内でのブームなの」
「いつからあそこはコミックバンドの集まりになったんだ……」
「こないだの定期演奏会でライブしてたけど、結構盛り上がってたよ。ぼくらもやってみる?」
「絶対にお断りだ」
「エヴァちゃんなら好きそうな気がするけど」
「それを言うな」
エヴァがゴールデンボンバーを知っているのかはわからないが、ヤツのことだ。すぐに乗り気になるのが目に見えている。だがミュージシャンの真髄は音楽で人を魅せることだ。過剰なパフォーマンスで惹きつけるなんて、ましてやギターのエアープレイで観客の笑いを取る方向性に走るなんて言語道断だ。
コピーしたいと言ったら、殴ってでも止める。
「なにを聴いてるんですか、ゲント」
弦人は慌てて振り返る。
噂をすればなんとやらだ。
鞄を抱えたエヴァが興味津々の目でMP3プレイヤーを見つめていた。
「ゴールデンボンバーですか! 最近、わたしもハマってるんですよ!」
「もう手遅れかよ」
「ふっふっふ、流行には常にビンカンにならないとですから!」
と、なぜかエヴァは誇らしげに言った。
「こないだライブの映像をTVで見ましたがすごく面白いですよね! キリショーのソロシングルもこないだネット購入しましたし!」
「仮面ライダーの曲だよね? うちの妹もよく口ずさんでるよー」
「……もうすっかりファンになってるじゃねーか」
「でもそんなに聴いたわけじゃないです。この曲も聴いたことないですね。ちょっとヘッドフォン貸してもらっていいですか?」
「なかなかひどい歌だぞ」
うきうきとした顔でエヴァは受け取ったヘッドフォンを装着する。
だがすぐにエヴァは怪訝な顔つきになった。
そしてポツリと呟いた。
「この曲、『DT捨テル』ですよね?」
「うん?」
弦人と孝弘は同時に聞き返す。だがエヴァは平気そうに繰り返した。
「だから、この曲、『DT捨テル』……」
「お前、意味わかって言ってんのか?」
「もー、バカにしないでください。それくらい、わたしだってちゃんと知ってます!」
エヴァは胸を張って答えた。
「日本語で、"戦士の称号"って意味ですよね!」
「なにをどうしたらそういう意味になるんだ!」
「だってテロップにはそうありましたよ? "戦士の称号"のところにルビが振ってありましたし」
「でも、この曲は『元カレ殺ス』のはずだけど」
「たしかに歌詞が違いますね……ちょっと待ってください」
エヴァはごそごそと自分のMP3プレイヤーを取り出すと、スピーカーにセットした。
そして再生ボタンを押した。
さっき弦人が聴いたのとまったくおなじイントロの出だし。なんだ、おなじ曲を再生したのか、と弦人が思った瞬間――。
D! T! D! T!
D! T! D! T!
D! T! D! T!
「ひどい」
開始二秒からのDTコールに弦人はドン引きする。
しかしまったくエヴァは気にした様子も見せず、話し始めた。
「ゴールデンボンバー、正確にはゴールデン・イクシオン・ボンバーDTの曲、『DT捨テル』。アニメ【イクシオンサーガDT】のOP曲ですよ」
「……いままで聴いたなかで一番ヒドいな」
「普通の高校生がある日突然、異世界"ミラ"へと飛ばされ、そこで出会った姫の一行とともに、迫り来る敵と戦いながら、旅をするファンタジーものですよ。オンラインゲームがもとらしいですけど、アニメとゲームは完全に別物の作りになっていますね。ゴールデン・イクシオン・ボンバーDTは、アニメの声優とゴールデンボンバーのコラボによるスペシャルバンドですね」
「ってことは、この曲もアニメに合わせてアレンジし直したってことか」
「そうみたいですね。でも、アニソンではときどきありますよ。『走れマキバオー』とおなじパターンですね。ちなみにエンディング曲は『レッツゴーED』というタイトルです」
「ひどい」
「そういえば"金爆"の歌に、『レッツゴーKY』ってあったな……」
「なにがひどいのですか? EDはライバルキャラの略称ですよ?」
「そのアニメ、いろいろ確信犯だろ」
「まったく。ゲントがなにを言っているのか、全然わかりません。いまどき、こんなに熱いアニソンもなかなかありませんよ」
なぜかエヴァの口調が急に熱をおび始める。
「ハイペリオンとしての悲しい運命を背負いながら、"戦士の称号"を捨てて、普通の男に戻るべく、宿命の敵との決戦に臨む……。アニメはギャグなのに、まさかあんな熱い内容の歌を持ってくるなんて……」
「そんな壮大な歌じゃないよな。DTが必死に女の子口説いてるだけだよな、これ」
「違います! 主君の右腕と決別しても決戦に臨む男の気持ちが、ゲントにはわからないのですか!」
「なんの用途に使う右手なのかは想像したくないな」
「ちなみに第二クールからは、主演の声優が歌っているバージョンに切り替わっているのですが、このバージョンがまた良いんですよね! 必死というか、切実というか、そんな感情がとても強く滲み出ていまして……。DT……なんという悲しい運命……本当に涙なしでは語れない想いが溢れている曲ですよ、これは!」
「……おい、小松からもこのわからずやになにか言ってやれ」
「エヴァちゃんの言うとおりだよ!!」
弦人は何度も目を瞬かせる。
孝弘はなぜか涙目になりながら力説した。
「ゲンちゃんにはわからないのかい!? いろいろメールのやりとりから親愛度を深めて、フラグを立てて、いざデートまでこぎつけながら玉砕を繰り返してきた男の気持ちが!!」
「いや、知りたくもないけど」
「おー、タカヒロも"戦士の称号"を持っていたのですか!」
「"戦士の称号"か……ふふ、そんなふうに考えていた時期がぼくにもありました……」
ふと孝弘は遠い目をしながらしゃべり始める。
「ぼくにもさ、中学の頃に、仲の良かったDTがいてさ……。お互いに頑張ろうぜって励まし合ってたんだ……。高校は別々の学校に進学したんだけどね……こないだ久しぶりにそいつと会ったんだけど……まんまと彼女作っててさ……」
孝弘の拳がぶるぶると震え始める。
「いや、勘違いしないでよ? ぼくだってちゃんと祝福する気持ちはあったさ。サイゼリヤでおめでとうの乾杯もしたさ。だって仲間だもの! 悔しかったし、残念だったけど、でもちゃんとあいつが幸せになれて嬉しかったしさ! ……でもさ、そいつの話がさ、全部彼女とのノロケ話でさ……ぼくが勧めた映画も彼女と行ったとかぬかしやがってさ……こっちは、こっちは一人で見に行ったっていうのに……。挙句のはてには、なんでぼくに彼女ができないのか語り出してきてさ……『恋愛のことならオレに聞け』とか『お前にはモテる要素が一つもないよな』とか。どや顔で言ってきてさ……。なんだろうね……リア充爆発しろとか、壁ドンとかって言葉あるけどさ、あそこまで行くともうなんつーかほんとにさ、とっととくたばればいいのに」
「タカヒロ、目がマジになってます」
「ぼくだってさ! はやく捨てればいいってもんじゃないくらいわかってるさ! けど、仕方ないじゃん! 思春期なんだもん! 若さ持て余してるんだもの! いつまでも右手とバディは勘弁なんだよ! リビドーが溢れて仕方ないんだよ! あの子と一つになりたいって気持ち! ゲンちゃんなら、男としてわかるでしょ!」
「小松……お前……」
「ゲンちゃん!」
「ほんとに……きもちわるいな」
「ずっきゅーん!!」
孝弘はそのまま床へと崩れ落ちる。エヴァはぽんぽんと肩を叩いた。
「まーまー、タカヒロも早く宿命の敵と決着を着けないとですね! わたし、応援してますから!」
「ふっふっふ……頑張るよ……全然攻略フラグ立ってないけど……」
「お前みたいなナンパ野郎に、宿命の敵なんているのかよ」
「男にはね……いろいろあるんですよ……」
意味ありげな様子で呟くが、どうせふざけているだけだろう。
弦人はそれ以上追求しないことにした。どちらにしろ興味もない。
「ところで、ゲント」
と、エヴァの目が弦人へ向けられる。
「ゲントは"戦士の称号"を持ってないのですか?」
「お前には関係ない」
「もし捨てたいのなら……わたしが手伝いましょうか?」
ぶっと弦人は吹き出しそうになった。
しかしエヴァは大真面目に繰り返す。
「男たるもの、宿命の敵との戦いは避けられぬ運命です! もしも弦人が勝てないというのなら、わたしがなんでも手伝います! わたしにできることならなんでもやりますから!」
弦人は遠い目をしながら、エヴァの言葉を聞いていた。
D! T! D! T!
D! T! D! T!
D! T! D! T!
スピーカーから響くDTのコールに、弦人の心は折れそうになっていた。
まだ弦人の前に、宿命の敵(カノジョ)が現れることはないだろう。
いまはまだ。
■楽曲データ
『DT捨テル』 歌:ゴールデン・イクシオン・ボンバー DT
作詞:鬼龍院翔・やしきん・山田くも 作曲:鬼龍院翔 【イクシオン サーガ DT】OP
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