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Disc2 第9話『猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」』



 ある日の放課後のことだ。

 入谷弦人はいつものように五階にある部屋の扉を開けた。
「こうですか、コトネ!」
「いえ……もうすこし腕を伸ばしたほうが……あ、そうそうそんな感じです……」
 机もどかされた部屋のなか、ジャージ姿のエヴァがポージングを取り、ノートPCを開いた琴音が画面とエヴァを見比べている。
「あ、ゲント。グーテン・ターク(こんにちは)!」
「なんだ? ダンスの練習か?」
「は、はい……今度のライブ……もっと動き回れるようにしたほうがいいんじゃないかって話になりまして……」
「動き回るたって……。向こうのステージもそんなに広くないだろうが。付け焼刃でどうにかなるものなのか」
「できることはなんだってやるべきです! なんたって初めてのライブハウスです! ここはきちんとパフォーマンスをしてお客さんを惹きつけるべきだと思うんです!」
「まだ言うのか……」
 アニソンバンド"レーゲン・ボーゲン"は一週間後にライブを控えていた。
 場所は高円寺のライブハウス。"レーゲン・ボーゲン"にとっては初のライブハウスでの演奏である。
 すでにセトリも決め、いまはひたすら練習に励んでいるのだが、ここに来てエヴァは新しいパフォーマンスの導入を主張していた。
 弦人はずっとそれに反対しているのだが。
「お前の武器は歌だ。だったら、その歌に全力をぶつけるべきだ。第一、下手なパフォーマンスをかまして、それで体力が続くのか? ライブの途中で疲れて歌えませんじゃ話にならないぞ」
「ふっふっふ、心配ご無用です! わたし、これでも体力には自信がありますから! それにわたし、どうしても"アシガルダンス"がやりたいです!」
 エヴァははしゃぎながら言った。
「アニメのOPでも話題になっていた踊りです! こうアシガルの大軍が披露する踊りがすんごい好きで! やりたいんです! とにかくやりたいんです! よく言うじゃないですか、OPやEDで踊るアニメは名作だって!」
「そんな格言は知らん」
「絶対、そのほうがお客さんも喜びますよ! ももクロばりのパフォーマンスを披露してみせますから!」
「ももクロ? ああ、最近流行りのアイドルか」
「ゲント、ももクロのライブを見たことがないのですか?」
「ライブはないな。バラエティーで何度か見たことあるくらいだ。そもそもアイドルにも興味ないし……」
「ももいろクローバーZはオススメです……入谷先パイ……」
 おずおずと琴音が口を挟む。
「琴音、ライブのDVDを持ってますけど……あのライブはテンション上がります……おなじ年代の子たちがあそこまで頑張ってると思うと胸が熱くなります……!」
「お前、アイドル好きなのか?」
「嗜む程度に……」
 琴音はいつになく目をキラキラさせる。
「それに、なんといっても楽曲の多くは、ヒャダインが作詞・作曲を手がけてますし……! 琴音としては見逃せないグループです……!」
「ヒャダイン?」
「ふむ。どうやらゲントにはまず、ステージにおけるパフォーマンスの素晴らしさを教える必要がありそうですね……」
 エヴァが琴音に目配せすると、琴音は素早く鞄からDVDを取り出す。
「なんだそれ?」
「パフォーマンスの参考にと、エヴァ先パイに頼まれて持ってきたんです……AKB48とか、ももクロとか、【ラブライブ】のPVとか、【アイマス】のライブ映像も……」
「……琴音、アイドル好きなのか?」
「琴音のではなくて……あの知り合いの動画師さんが編集してくれた動画を焼き付けまして……。自作MMD動画用の素材のために集めていたらしいのですが……」
「MMD?」
「あ、いま説明すると長くなりそうなのでまた今度にでも……。えーとエヴァ先パイ、どれをお見せすれば……」
「えーと、そうですね……」
 エヴァはノートPCの画面を覗き込みながら、琴音と相談する。
「入谷先パイ、初めてですし……ここは『行くぜっ! 怪盗少女』から行きますか……?」
「ナイン(いえ)、ゲントでしたらむしろこの曲のほうがおススメかと……」
「わかりました……ちょっと待ってください……」
 琴音はノートPCにスピーカーを付けて、動画の準備を整える。
「ゲント、ちょっと見てください」
 エヴァに手招きされ、弦人は渋々動画のウィンドウが開かれた画面を覗きこむ。それを見計らって、琴音は動画の再生ボタンを押した。
 ウィンドウに、ステージに立つ五人の少女が映し出される。弦人たちとそれほど年は変わらず、それぞれ赤、黄色、ピンク、緑、紫のステージ衣装をまとっていた。
「これが、ももクロのライブか?」
「ヤー(はい)、見ていてください。曲にも要注目です!」
 ステージの上で整列し、腕を胸の前に置く少女たち。
 次の瞬間、扉を叩くような激しいドラムと共に、壮大で劇的なギターリフが鳴り響く。
 モーレツな勢いで進みギターに合わせ、ステージの少女たちは大きく腕を振り上げる。ごく普通の少女たちが魅せるダイナミックなパフォーマンスに、弦人の目は釘付けになる。
「いま流れているのは、ももいろクローバーZの『猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」』、アニメ【モーレツ宇宙海賊】のOP曲ですね!」
 エヴァは曲のテンションにつられるように声を張り上げた。
「人類が銀河系に進出し、様々な星間国家を築きあげるにいたった時代。一人の女子高生が運命に導かれ、宇宙海賊となり活躍する姿を描いた、正当派のスペースオペラ作品です! いまどきのアニメには珍しいほど丁寧な作りでして、わたしも大好きな作品です! そんなアニメの内容を体現したかのような、まさに壮大なスケールを持った楽曲がこの『猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」』なわけです! アイドルソングの枠にはまらない、ヘヴィメタルのような重厚感あふれるかつメロディアスな楽曲はまるで銀河、そしてひたむきに踊りながら歌うももクロの健気さと熱量、ポテンシャルたるや、まさに海賊として颯爽と銀河を駆け巡るヒロインそのものです!」
「ち、ちなみに、この曲の作詞・作曲・編曲をヒャダイン――前山田健一さんが務めているんです……!」
 琴音も負けじと説明し始める。
「一時期、前山田健一さんはヒャダインの名義でゲームのBGMをアレンジした曲をネットに投稿していたことがあって、そこから人気を集めるようになりまして……。いまでもヒャダインの名義で歌手として活動しています……」
「あー、そういうことか」
 琴音がやたらと熱くなっている理由も同時に納得した。ネットで動画投稿をするボカロPとして、ネットクリエイターにはなにかしら共鳴するものがあるのだろう。
「ドラクエの呪文と一緒ですね!」
「……お前、ゲームにも詳しいのか?」
「どちらかというとFF派ですが。でも、ヒャダインってアニソンとも縁が深い人ですよね」
「ネット時代のファンからだったので……CDは全部聴いてます……」
 エヴァと琴音が盛り上がるなか、弦人はじっと動画を見つめていた。
 ステージの上で腕を振り上げ、自在に飛び跳ね、それでも観客に笑顔を振りまき続ける。
 まさにエンターテイメントそのものを体現しているかのような動き。
 なによりも、弦人が驚いたのは、彼女たちが本当に踊りながら歌っていることだ。
 激しい踊りの伴いライブの場合、歌はリップシンク、いわゆる口パクで合わせることが多い。特に必ずしも歌唱力を求められないアイドルなら尚更だ。
 特にこの曲はアップテンポなどというものではない。
 集中火線のように畳みかけるギターのフレーズ、宇宙に響かせるようなバックコーラス。
 無駄に壮大で緻密な楽曲と、どこまでも等身大でひたむきな少女たちの声のギャップが、そのままアニメの世界観を表しているかのようだった。
 それにしても。
「なんか、本当にヘヴィメタルなギターの鳴らし方だな。誰が弾いてるんだ?」
「いい質問ですね、ゲント! この曲のギターを演奏しているのは、マーティ・フリードマンですから!」
「えっ?」
 思いがけない名前に、弦人は言葉を詰まらせた。
 琴音が不思議そうに首を傾げる。
「えっと……マーティ・フリードマンって誰ですか……?」
「おー、コトネは知らないですか。マーティ・フリードマンはヘヴィメタルバンドのギタリストでして――」
「スラッシュメタル四天王と呼ばれたアメリカのロックバンド、メガデスの元リードギタリスト。1990年に発表された4枚目のアルバム『ラスト・イン・ピース』から参戦し、バンドの黄金期に貢献した一人だ」
「ゲント?」
 エヴァが珍しく首を傾げている。
 が、弦人の語りは止まらない。
「レガート奏法を得意とし、そのメロディアスなギターの音色は高く評価されている。叙情的すぎるところもあるが、日本の演歌から影響を受けたと言われるギターのエモーショナルなビブラートはもっと評価されて然るべきだ。ちなみに本人は大の日本好きで、J-POPやアイドルソング、演歌に造詣が深い。メガデスの脱退後は東京に移住。バラエティー番組にたびたび出ていたのは知っていたが、まさかアイドルの曲にも参加していたとはな……」
「入谷先パイ……」
「なんだ、宮坂」
「えっと……その……」
 琴音は迷ってから思い切ったように切り出した。

「なんだか……エヴァ先パイみたいになってますけど……」

 弦人はしばし沈黙する。
 コホンと咳払いすると、冷静な面持ちで答えた。
「まぁ、すこし熱が入るのは誰にでもあることだよな」
「え……いまのドン引きする語り口ですこしなんですか……?」
「宮坂。お前、おとなしい顔して結構口悪いよな?」
 しかしエヴァだけはなぜか嬉しそうににやにやと笑っていた。
「予想的中でしたね。この曲は、ゲントも気に入ると思ったんですよ!」
「別に海外のミュージシャンが参加しているから気に入ったわけじゃない」
 まぁ、ちょっと興奮はしたが。
 弦人は嘆息しながら、PCの画面を一瞥する。
 ライブステージで輝くアイドルたちを見ながら、言った。
「お前はアイドルじゃないし、ましてやももクロでもない。それはわかってるよな?」
「ヤー(はい)! もちろんです!」
「絶対に最後まで歌いきれるのか?」
「当たり前です!」
 わかっている。
 こうなったエヴァはテコでも動かない。
 そうなったとき、弦人にできることは一つだけだ――。
「……歌えないとか言ったら承知しないからな」
「任せてください! きっととんでもないステージにしてみせますから!」
 エヴァは大きく胸を張った。弦人は知っている。エヴァはバカではあるが、向う見ずではない。エヴァなりの確信があるのだ。
 ならば仲間としては、その確信に賭けるだけのこと。
 弦人は琴音に目を合わせた。すると琴音もおなじことを考えていたらしく、くすりと微笑む。
 スピーカーから流れるバックコーラスとともに歌い上げられる、無限なる愛の歌。
 そして、アニソンに対し無限の愛を持った少女は高らかに笑いながら言った。

「さぁ、アニソンの時間ですよ!」

楽曲データ
『猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」』 歌:ももいろクローバーZ
作詞:前山田健一 作曲:前山田健一 【モーレツ宇宙海賊】OP
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