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Disc2 第10話『HEART OF SWORD ~夜明け前~』



 ある日の放課後のことだ。

 入谷弦人はいつものように五階にある部屋の扉を開けた。
「あれ? 入谷じゃん」
 部屋では、携帯電話を持った九条京子が椅子に座っていた。
「なんだ、九条だけか?」
「うん。一番乗りだったみたい。エヴァたち、まだHR終わってないんじゃない?」
「ふーん」
 弦人は頷きながら、京子の真正面に座る。
 京子がちらりと弦人を一瞥する。そしてくすりとおかしそうに笑った。
「なにがおかしい?」
「はは、ごめんごめん。なんかこの部屋でアンタと二人だけになるのも、珍しいなーと思って」
「そうか?」
 言われてみれば確かに部屋に京子と二人っきりになるパターンはあまりなかったかもしれない。
「いつもはほかにうるさい奴がいるからな」
「文句言わない。そのうるさい奴がうちのバンドの華なんだから」
「だからメンドーなんだろ……」
 弦人が嘆息してから、ふと机の上に置いているCDアルバムに気づいた。
 アニメイラストのジャケットにあるロゴに目を向ける。
「【るろうに剣心】?」
「エヴァに貸す約束してたのよ。OPもEDも、劇場版の曲も全部入ってるの」
「いまさら借りてどうするんだ? どうせ曲はもう持ってるだろ」
「バカね。こういうのはCDで改めて聴くことに意味があるんでしょうが」
「はいはい。っていうかお前ら、ほんと少年ジャンプ好きだよな……」
「アンタ、【るろうに剣心】知ってるの?」
「最近、実写化されてたってことだけ。アニメもあったのか……」
「アタシもリアルタイムでは見てないけどね。相当人気だったらしいわよ。あ、兄貴が持ってる完全版貸そうか?」
「いや、べつにいい。っていうか、兄貴のじゃないのか?」
「大丈夫よ。兄貴の物はアタシの物、アタシの物はアタシの物よ」
「……どこのガキ大将だ、お前は」
 弦人はアルバムを手に取り、ぱらぱらと歌詞のブックレットをめくってみる。
「……ずいぶん豪華なアルバムだな。聞いたことある名前の歌手ばかり……」
「【るろうに剣心】のアニソンはかなり有名よね。JUDY AND MARYとか、SIAM SHADEとか、THE YELLOW MONKEYとか参加してるし。アタシは『1/3の純情な感情』が好きなんだけど」
「ふーん……」
「アンタ、いま『こんなタイアップばかりの曲にロクなものはない』とか思ってるでしょ?」
「な、なに言ってんだ。そんなこと、お、思ってるわけないだろ。バカにするなっ」
「意外とアンタもわかりやすい性格してるわよねー……あ、そうだ」
 京子がにやりと笑みを浮かべる。
 瞬間、弦人の背中にぞくぞくと寒気が走った。京子の笑い方が、あのアニソンバカの顔と重なり合う。
 京子は機嫌よさそうに口笛を吹きながら立ち上がる。そしてCDコンポを机の上に置いた。
「……なにを企んでる?」
「べっつにー。ちょーっと、BGMをかけるだけよ」
「あ、じゃあ俺のMP3プレイヤーを貸そうか? こないだエヴァと聴いてた曲があるんだが……」
「大丈夫よー。かけるのはこっちだから」
 京子が【るろうに剣心】のCDを手に取る。弦人の唇の端が引き攣りだす。
「……なにも無理してアニソンをかけなくてもいいだろ。エヴァもいないのに」
「ダメよ。いい加減、アンタの偏見も解いていかないと」
 力強く京子は断言する。
「だいたいアンタのそういう偏見が自分の音楽観を狭めてるってすこしは自覚しなさいよね。タイアップ曲だって良いじゃない。カッコいいし、オシャレだし」
「自分の趣味を押しつけるのはどうかと思うがな」
「人の趣味を上から目線でバカにするのもどうかと思うけど」
 京子にやりこめられて、ぐっと弦人は唇を噛みしめる。そのまま意気揚々とCDをセットする京子を見ながら、弦人は言った。
「こういうのはエヴァ一人で間に合ってるんだが……」
「たまにはほかの仲間の趣味嗜好も知っておくのも良いと思うけど?」
「……最近、お前も変な方向に吹っ切れてきたよな」
「そう?」
 京子はまるで気にも留めず、トラックボタンを押して曲を選択する。「そうね……どれも好きだけど……アニソンってことを考えるなら……」と一人でぶつぶつ呟いてから、京子は再生ボタンを押す。
 スピーカーから響く幻想的なシンセサイザーの音色。
 一抹の花火のように儚げな音と共に、研ぎ澄まされた旋律が続く。
 夜の街を思わせるハードボイルドな空気感。かといって重くはなく、飄々とした足取りの静かな曲調が耳に残る。
 静かな心の奥底に隠した鋭い刃。
 そんなイメージが弦人の頭に浮かんだ。
「T.M.Revolutionの『HEART OF SWORD ~夜明け前~』。【るろうに剣心】のED曲で、西川貴教の初めてのアニソンタイアップ曲よ」
「ああ。この人、なんだかんだアニソンの仕事多いよな。ガンダムの曲も歌ってるし」
「そうね。ほかにも【戦国BASARA】とか【ソウルイーター】とかあるし。ちなみに作曲も『INVOKE』とおなじ浅倉大介さんね。もともと西川貴教ってオタク文化にもかなり詳しいのよ。ツイッターでもときどきアニメネタつぶやいてるし、トークも上手いからオタク系の情報番組の司会もやってたし」
「この人の声、特徴あるからすぐにわかるな。でもこれ何年前の曲だ?」
「もう十五年以上前の曲かしら。でもいま聴いても新鮮よね。J-POPとしてもすごくスタイリッシュだけど、アニメとの相性も抜群なんだから」
 京子が人差し指を立てて語りだす。いつになくテンションが上がり気味になっている。
「【るろうに剣心】の曲って、プロモーションの意味合いが強かったから、歌詞と作品がリンクしていない場合もあるんだけど、この曲はしっかり【るろうに剣心】の世界観を踏まえているの。タイトルの"HEART OF SWORD"からして、"剣の心"で主人公の名前と被せているし。全然アニメのタイトルも出てこないし、歌詞の言葉づかいもポップで軽いんだけど、実は剣心の想いとも通じている部分があったりして、そのさじ加減が絶妙なの! J-POPとしてのカッコよさと、アニソンとしてのカッコよさが同居したまさに神曲ってわけ。T.M.Revolutionがブレイクするきっかけになった曲でもあるし、そういう意味でもいろいろと聴き逃せないわよ」
「へ、へー」
「なに? これだけ言っても良さが伝わってないの?」
「そうじゃなくて」
 弦人は目を瞬かせた。
「なんかほんとに、エヴァみたいだなと思って……」
「アニソンバカはあの子だけじゃないの。こういうタイアップ曲なら、アタシだってちょっとは詳しいんだから」
 そう言って、京子はメロディに合わせて口笛を吹き始める。
 弦人は静かに曲に想いを馳せた。
 決して派手ではなく、盛り上がれる曲でもないのに、曲全体を貫くリズムが静かに胸を打つ。
 月明かりの夜、孤独を貫き通そうとする剣士。過去の記憶に苛まれ、孤独に生きようとする剣士を慈しむ誰かの視線。
 シンセサイザーを駆使した電子音楽によって描きだされる、サムライたちの世界。
「考えてみれば、J-POP自体がアニソンみたいな側面があるんだろうな……」
「へ? なにが?」
「曲の話だよ。いや、海外とかだと、ハードロックとかパンクとか、R&Bとか、ラップとかってきっちりジャンルが区分されているもんだけど、日本だとそれが曖昧っていうか……、それが俺にはすごく嫌だったんだけど……」
「あー、言われてみればそうなのかなー。おなじ歌手の曲でも、曲調が全然違うってこと、よくあるしね」
「でも、もしかしたらそれが、日本の音楽の特徴なのかもな。いろんな音楽の要素を取り込みながら、新しい曲を生みだしていく……」
「音楽だけじゃなくて、聴いている人も、よ」
 京子が得意そうに断言した。
「意外といるのよ? 好きな歌手が歌ってるからアニメ見ましたって人も。アニソンから歌手を知ったって人もいるし。いろいろ批判も多いけど、タイアップだって悪いもんじゃないわよ。アンタみたいなアニソン嫌いにも聴かせやすいしね」
「お前らの洗脳を受けるつもりはねーよ」
「ま、アタシはあの子ほどうるさくはないけど」
 京子は言葉を切った。弦人も外の音に耳を澄ます。
 もうすっかり馴染みとなった足音。いくら言っても彼女の足どりは変わらない。
 扉がガラリと開かれる。
 金髪のアニソン大好き少女が勢いよく部屋に飛び込んだ。
「グーテン・ターク(こんにちは)、ゲント、キョーコ! お、なに聴いてるんですか?」
「やっほー、エヴァ。言ってたCD、いまかけてるとこなの」
「ひゃー、【るろうに剣心】ですか! しかもこれは『HEART OF SWORD ~夜明け前~』! わたし、【るろうに剣心】のなかでこの曲が一番好きです!」
 部屋に来て早々、エヴァのスイッチが入る。
 エヴァは興奮気味に語り始めた。
「カッコいいですよね! 夜明け前ってタイトルがまた、メージイシンを連想させて、アニメの世界観にぴったり合ってますし。曲のなかに刀で斬る音が組み込まれていたりと、細かいところに【るろうに剣心】の精神を宿した名曲です! サビの歌詞も印象的ですよね。新時代を求めた剣心の想いとリンクしていますし」
「世界史はダメなのに、日本史はいけるのか?」
「幕末と戦国時代には詳しいですよ! 原作もアニメも何度も見ましたから」
「いや、だから漫画と現実は違うからな?」
「もーわかってますよー、それくらい」
 と、エヴァは笑い飛ばすが、急に真剣な顔つきになる。
「ところでガトツとヒテンミツルギリューの使い手にはどこへ行けば会えるのですか?」
「なんの話かわからんが、大きな誤解をしているのだけはわかった」
「え? だって子供の頃にはみんなやりますよね? 傘を使って、ガトツゼロシキの練習」
「あ、アタシ、二重の極みなら練習したわよ! 壁殴りすぎて親に怒られたけど……」
「ですよねですよね! やっぱり通過儀礼ですよね!」
「……影響され過ぎだろ、お前ら」
「うっさいわね。どーせ、アンタだって好きなギタリストの真似とかしてたクチでしょ?」
「ぎくっ」
「そうですよ! ゲントもわたしたちとおなじってことですよ!」
「一緒にするなっ」
 弦人はふてくされながら、そっぽを向いた。
 だが、そのあいだも曲が耳に流れ込んでくる。
 アニソンはあらゆるジャンルを飲み込んで成立している、本当にいい加減で、デタラメな音楽だ。
 エヴァがタイアップ曲であるかどうかについてまったく問題にしようとしないのも、きっと彼女自身がそんなアニソンの精神に忠実に生きているからだろう。
 あらゆるものを貪欲に取り込み、大きく外へ羽ばたいていく。
 そんなエヴァだからこそ、いまのメンバーが集まったのだ。
 勝ち気な隠れアニソン好きのドラマーに、ちょっと内気なボカロPのキーボーディスト、いつも軽薄でアニソンについても詳しくないベーシスト。
 そしてアニソン嫌いなギターリストでさえも。
「おっすー、エヴァちゃん。お待たせー」
「こんにちは……遅くなりました……」
「おー、グーテン・ターク! タカヒロ、コトネ! いまちょうど曲を聴いてたところなんですけど……」
 扉を開けて、孝弘や琴音が入ってくる。部屋に勢ぞろいした仲間たちを、弦人は順番に見回してから、ふと笑った。
 まだまだバンドは続いて行く。
 だから、これからゆっくりと理解していこう。

 このバンドに宿るHEART OF ANISONを。

楽曲データ
『HEART OF SWORD ~夜明け前~』 歌:T.M.Revolution
作詞:井上秋緒 作曲:浅倉大介 【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】ED
名称未設定-1名称未設定-3


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