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Disc2 ボーナストラックゥゥッッ!!『ジョジョ ~その血の運命~』



 ある日の休日のことだ。

 入谷弦人はいつもと違う場所で所在なく座りこんでいた。
「やっぱりearthmindの『ENERGY』は最高ですね! ほら、誰か次の曲を入れちゃいましょう!」
「もー、エヴァ急かさないの。いい感じに温まってきたんだから、ここはクールダウンよ、クールダウン」
「じゃあ琴音はクールダウンを兼ねて……『初音ミクの消失』で」
「琴音。なんでクールダウンの流れで"難しすぎて歌えない曲"ランキングトップを選ぶの?」
「じゃあぼくは盛り上げ担当として、『恋愛サーキュレーション』を」
「あ、待って。いま、べつの部屋取ってくるから」
「ここで歌うなってか。隔離はさすがにあんまりだよ!」
 騒いでいる面々をよそに、弦人が落ち着きなくジュースを飲んでいる。すると、隣にいるエヴァが顔を覗き込んできた。
「あれ、ゲントはなにか入れないのですか?」
「なぁ、エヴァ」
 弦人は周りを見渡しながら尋ねた。
「きょうは練習のはずだよな?」
「そうですよ」
「楽器まで持ってきたよな?」
「そうですね」
「なんで俺たち、カラオケに?」
 ここは高田馬場にあるカラオケBOXの一室。
"レーゲン・ボーゲン"の面々はいま、この一室に集まり、カラオケに興じていた。
「なにを言ってるんですか。これはアニソンへの理解を深めるための大事なイベントですよ!」
 エヴァは力説する。
「いままでわたしはたくさんのアニソンをゲントに聴いてもらいました。しかし、聴いているだけではただの受身の対応者です! いまのトレンドを知るためにも、こうやってアニソンカラオケするのも大事なことなんですよ!」
「楽器を用意したのは?」
「ノリです」
「……ギターだって運ぶのどれだけ大変かわかってるのか」
「大丈夫です! わたしもちゃんとマイクを持参してきました!」
 マイマイクを掲げるエヴァに、弦人は深々とため息をつく。
「もう、入谷もぐだぐだ言ってないで歌いなさいよ! お金もったいないわよ」
「入谷先パイが歌う曲……とても興味があります……」
「とか言って、どうせ洋楽になるんじゃないの?」
「うるさいっ」
 言いたい放題の仲間に、弦人はむすっとなる。
「もともとカラオケ自体、俺は苦手なんだ。それも、アニソン縛りのカラオケだなんて、歌えるわけが……」
「でしたらみんなで合唱しませんか? わたし、ちょうどみんなで歌いたい曲があるんです!」
「みんなで合唱って、そんなのみんなが知らなかったら……」
「ふっふっふ、ちゃんと準備はしてきましたよ!」
 そう言って、エヴァは自分の鞄からMP3プレイヤーを取り出した。
「せっかくなので、ちょっと聴いてみませんか? みんな、この曲を聴けば盛り上がること間違いなしですよ!」
「おい、そんなことしてると時間がもったいない――」
「あら、いいんじゃない? ちょうどみんなもクールダウンしようとしてたとこだし」
「琴音も……喉が続きそうにないので、曲を中止しました……」
「なになにー? どんな曲やるのー?」
 メンバーたちはすっかりその気になっている。
 もう弦人も抵抗する気力は失せていた。
「ゲント、準備はいいですか?」
「俺の確認を取るなっ。いつでも始めろよ」
 エヴァはにっこり笑うとMP3プレイヤーにスピーカーを接続する。
 またきょうはどんなアニソンを聴かせ、語りだすのか。
 このところ繰り返される光景にウンザリしつつも、同時にすこしだけ――ほんのちょっぴり楽しみにしている自分がいた。
「それじゃあ、いきますよ!」
 そう言って、エヴァは勢いよく再生ボタンを押した。
 スピーカーから炸裂する金管楽器のド派手なラッシュ。
 けっこう呑気していた弦人もスピーカーが一瞬震えたかに見えたイントロの音圧にはビビった!!
 脳みそに直接叩きつけるようなサックスの響き。
 感情を沸き上がらせる高らかな交響曲に合わせ、闇から響くようなコーラスが蠢きだす。
 ……ジョジョ
     ……ジョジョ
         ……ジョジョ
 サックスによる螺旋を描くような旋律が続いていく。
              ……ジョジョ
                  ……ジョジョ
                      ……ジョジョ
 声のささやきは止まらない。
 畏れるように、あるいは讃えるように、どこまでも続いていく。
 金管楽器のシンフォニーが聴き手の魂を奇妙な世界へと引きずりこむ。
 叙情的なギターの旋律とともに、響き渡るはパワフルな男性ボイス。
 圧倒的な存在感の歌声に、弦人は耳を釘付けにされた。
 奇妙でねじれた宿命の物語を歌うこの曲はまるで、英雄譚を響かせるオペラ。
 熱いテンションに満ちた曲が、聴く者の心を揺さぶり続ける。
 弦人は呆然とエヴァのほうを見つめた。
 エヴァは左手を顔の前に広げる奇妙なポーズを取ってから言った。
「どうですか、みなさん。これぞ、2012年にアニソンファンのド肝を抜いた至高の一曲ゥゥ、『ジョジョ~その血の運命(さだめ)~』ですッッ!!」
「……お前、日本語おかしくなってるぞ」
「【ジョジョ】らしさを少しでも出すための演出ですッッ! コツは語尾に小さなカタカナや小さいツを付け加えながら語尾を伸ばすことですッッ! もしくは『じゃ』の語尾をイチイチ伸ばすのでも可ッッ!」
「【ジョジョ】って、【ジョジョの奇妙な冒険】のこと? ジャンプでやってた」
 孝弘の言葉に、弦人もようやくなんのアニメの話かを理解する。
 以前、エヴァと別の曲経由で【ジョジョの奇妙な冒険】談義をしたことがあった。といっても、少年ジャンプに掲載されていたバトル漫画というくらいの知識しかない。
「ヤー(はい)! ヨーロッパでも大人気のバトル漫画です! 奇妙なほど過激で美しいビジュアルと共に展開する、王道の人間賛歌! その第一部OPを飾ったのが、この『ジョジョ~その血の運命~』なんです!」
「っていうか、アニメやってたってことにビックリだけど……だってこれ、二十年以上前に始まった漫画だよね?」
 孝宏の言葉に、おずおずと琴音が口を挟んだ。
「琴音、知ってます……アニメ見てましたから……」
「本当ですか! それはディ・モールトよしですッ!」
「はい、面白いですけど……すごく斬新ですよね……」
 琴音は目を輝かせながら言った。
「あんなにネット用語を連発するアニメ、初めて見ました……」
「うん、琴音。それ、アニメのほうが先だから」
「【ジョジョ】の台詞回しは独特ですからね。ついつい真似して使いたくなっちゃうんですよね! わたしがいま読んでいる漫画や小説でも、パロディネタ出てきますし」
「まーね。読んでないぼくでも知ってる台詞多いし」
「アニメはちょうど連載開始から二十五周年となる2012年に、第一部と第二部がTVで放送されたんですよ。第二部のOP、『BLOODY STREAM』についても語りたいことはたくさんあるのですが、今回は割愛です」
「ええと、その第一部とか、第二部とかってなんの話だ?」
 そもそも話についていけていない弦人に、エヴァは軽く頷く。
「【ジョジョ】とはジョナサン・ジョースターから始まるジョースター一族と、石仮面によって吸血鬼となったディオ・ブランドーをめぐる物語なんですよ。第一部は19世紀のイギリス貴族であるジョナサン・ジョースターから始まり、第二部はその孫のジョセフ・ジョースターが主人公。第三部になるとさらにその孫のクージョー・ジョータローが主役になり、さらにシリーズを象徴する概念、スタンドも初登場して……と、連綿と主人公が世代交代を続けているのです。いまはたしか第八部まであるはずですよ。まさに奇妙な運命を背負いながら続く大河漫画なわけです!」
「なるほどな、歴史ある漫画ってわけか」
 弦人は改めてスピーカーに目を向ける。曲はサビに差し掛かっていた。
 華やかな金管楽器が織りなす重奏音。
 疾走する歌声、響き渡る誇り高き男への賛歌。
 ボーカルは叫ぶ。
 人間としての誇りを忘れぬ一族の宿命を。
 ボーカルは叫ぶ。
 熱く勇気を滾らせる者の名前を。
 物語が積み重ねてきた歴史をわずか4分半のなかに凝縮した曲に、弦人は途方もないエネルギーを感じていた。ほかになんと評すればいいのかわからず、結局頭に浮かんだ率直な感想を、弦人はそのまま口にする。
「ド直球、だな」
「そうです! ド直球のアニソンなんです!」
 エヴァは勢い込んで答えた。
 瑠璃色の瞳がきらきらと輝いている。
「最近のアニソンにはない、100%【ジョジョ】の言葉で作られたフジバヤシセイコの歌詞と、数多くのアニソンを手がけてきたタナカ・コーヘーがつけた懐かしさと新しさを兼ね備えたサウンドの世界。あの名曲アニソン、『ウィーアー!』を生み出したコンビによるまさに至高の一曲! トミナガTOMMYヒロアキのインパクト溢れる歌唱にいたっては、もはやそれ自体が波紋疾走になっているほどです!」
「熱苦しいけどな」
「それがいいんですよ! なんと言ってもこの曲を象徴する言葉は、"ダサかっこよさ"ですから!」
 びしっとエヴァは指を突き立てた。
「アニメのなかで使われたのはたった9話だけでしたが、それでも視聴者の耳と心は釘付けになったくらいですし。最終話のジョセフとカーズのラストバトルで流れたときの高揚感といったら、もう! しかも曲だけでなく、ОP映像もまた【ジョジョ】愛に溢れているんですよ! イントロのリズムに合わせて、歴代の主人公たちが順番に登場する演出はズルすぎますよ! まさにこの『ジョジョ~その血の運命~』が見せるのは代々受け継いだ未来に託すアニソンの魂なんです! そこに痺れます、憧れます!」
「あー……うん……そうねー……」
 なぜか京子がうんざりしたように吐き出す。
 彼女には珍しい態度に、エヴァは首を傾げた。
「あれ? キョーコはこの曲、ダメですか?」
「うーん、そもそも【ジョジョ】自体あんまり好きじゃなくてさ……。あの絵柄がちょっとダメで……この曲もなんていうのか、【ジョジョ】が好きな人にはたまらないだろうけど、曲単体としては楽しめないっていうか……」
「でも、アニソンらしい曲じゃないですか」
「アニソンらしすぎるからよ」
 京子は鋭く反論した。
「いまどき主人公の名前を連呼したり、古いセンスの言葉を並び立てたり。さすがに、もうちょっと自重してくれっていうか……。最近のアニソンはそれこそJ-POPと変わらないのも多いし、だからこそみんなとカラオケで歌っても浮かない曲とかあって助かっているのに」
 正直、京子の言葉は弦人も頷ける部分があった。
 特にここ最近聴いていたのがタイアップやカバー曲など、アニソン以外の出自の曲を聴き続けていたせいかもしれない。もともとアニソンに抵抗のあった人間からしてみれば、それは一種の懐古主義のようにも思えてしまう。
 しばらくエヴァは考え込んでから口を開いた。
「わたしはそもそもJ-POPもアニソンもあまり区別がついていないですし、キョーコの言うこともわかるのですけど……。でも、やっぱりアニソンでしか生まれない曲も、この世にはあるんですよ」
 はっと弦人は顔を上げた。
 このバンドに入るとき、エヴァが聴かせた『もってけ!セーラーふく』。あれはまさに、アニソンというジャンルだからこそ生み出せた曲だった。
「タイアップを否定しているわけではありません。だって、一般向けの歌手がアニメの曲を歌うことで、アニメを見た人がその歌手のファンになったり、逆に歌手のファンだった人がそのアニメを好きになったり、と作品の輪を広げられる、それってとってもステキなことだと思うんです! でも、外から来た音楽を受け入れることと独自性をなくすこともまた違います。外から受け入れた音楽を解体し、消化し、独自の曲を生み出していく。それこそが、アニソン文化の面白いところなんです!」
 エヴァの話を聞いて、京子は神妙な顔で考え込む。
 代わりに弦人が口を開いた。
「お前の言う、アニソン文化の独自性っていったいなんなんだ?」
「え? それはわからないですよ」
 あっけらかんとエヴァは答える。
「わたしはたくさんのアニソンを聴いてきましたが、それでもジャンル全体で言えばごく一部です。それにわたしにだって、アニソンの好き嫌いはあります。世代によって、あるいはその人がたどってきた音楽の遍歴によってアニソンの見方はまったく変わります。そのなかで、アンソンの独自性を突き詰めるのはとても難しいことなんです。いまみたいにアニソンのタイアップが当たり前になった時代に、『ジョジョ~その血の運命~』のような曲が生まれたのも、そういうアニソンの独自性を求めたからなんだろうと思いますよ」
「それもまた、"アニソンの神様"へ捧げる歌、ってわけか?」
 エヴァは顔をほころばせた。
「ヤー(はい)、そういうことですね」
 アニソンの独自性。
 はたしてそれがなんなのか弦人にはまったく見当もつかないし、それはエヴァ自身おなじことだろう。
 アニソンは、音楽的な枠組みの外から生まれたジャンルであり、だからこそ様々なジャンルの音楽がアニソンンのなかには同居している。それゆえにアニソンは捉えどころがなく、難しい。人によってアニソンに対する見方は違うし、思い描くアニソン像も違う。
 答えはいったい誰に出せる?
 これがアニソンらしいとか、アニソンっぽくないという判断はどうやって下せばいいのだろう。
 スピーカーから流れる曲も終盤に差し掛かる。
 クライマックスとばかりに流れるサックス。登っていった螺旋階段を下り、終わりのない闇へと沈むように旋律は響き、そして終わりを迎えた。
 シーンとカラオケ部屋が一気に静まり返る。
 みな、エヴァの話を受けて考え込んでいるようだ。
 アニソンらしさとはなんなのか。リスナーはアニソンになにを求めるのか。
 その答えをどこから見つければいいのか。
「……まー、とりあえずエヴァの話はわかったから」
 京子はマイクを握り締めた。
 そこで弦人ははっと我に返る。そもそもどうしてこの曲を全員で聴いていたのかを思い出す。
「ほら、みんなで歌うわよッ!! せっかくのカラオケなんだから!」
「いや、お前、この曲が苦手なんじゃないの?」
「苦手なものは苦手なものでべつ。歌うことは歌うことでべつよ!」
 京子は目を細め、エヴァを見つめる
「わたしも、なぜかこの曲に対して敬意を払いたくなってみたのよ。このマイクはこの曲への"敬意"なのよ」
「キョーコ……」
 エヴァと京子は見つめ合った。
 そこには無言のアニソンバカの詩があった――。
 奇妙な友情があった――。
「なんだかんだ言って、京子先パイも好きですよね……二部派ですかね……」
「キョーちゃん、すぐ影響受けるからねー」
「そこ! ごちゃごちゃ言ってないで、マイクマイク!」
「というか、なにも全員で歌う必要もないんじゃ……」
「ダメです! これはわたし一人では歌えない曲なんです!」
 エヴァは大げさに嘆くように言った。
「なにしろ全部、日本語でできた曲ですから。こんなに母音をはっきりさせながら歌うのがなかなか大変なんです」
「エヴァにも苦手な曲があったんだな」
「それはありますよ! わたしは、一人ではなにもできませんから!」
 ニッとなぜかエヴァはそれを誇るように言った。
 それ以上の言葉は要らない。エヴァがなにを誇りにしているのかはちゃんとわかっている。気恥ずかしくて、とても口には出せないが。
「……ところで、俺のマイクがないみたいなんだが」
「あー、足りてないのか。じゃあ、これお願い」
 弦人は京子からある物を受け取る。
 意外ッ! それはマラカスッ!
「ちょっと待て、こら」
「ちゃんと曲に合わせて振りなさいよ。こーゆー役目も大事なのよ!」
 戸惑う弦人に構わず、京子はさっさと曲を入れる。
「んじゃー、いくわよ!」
「うおおおおおおおおおおおお、燃えてきましたああああああああああああ!!」
 ビビっと反応するカラオケマシン。
 途端に、さっき聴いたのとおなじイントロが流れ出す。
 ……ジョジョ
     ……ジョジョ
         ……ジョジョ
 エヴァと京子がぴったりと声を重ね合わせながら、コーラスする。
             ……ジョジョ
                 ……ジョジョ
                     ……ジョジョ
 孝弘と琴音も負けじと手に持ったマイクを口元に引き寄せる。
 弦人は仕方なく、パーカッションに合わせてマラカスを振る。
 エヴァが天を指差し、声を張り上げた。
 まるでそこに流れる二つの流星を見上げるように。
 彼女にしては珍しい、アルトな歌声。声量を保ちながら、限界まで声を低くする。京子とのダブルボイスが共鳴し、カラオケルームを声の波紋で満たす。
 デデデーン、デレデデデーン。
 荘厳なゴシックのように劇的な調べが響き渡る。
 それを受けて、孝弘たちも歌い出した。
 人間としての尊厳を抱え、険しい道を走る紳士への讃歌を。
 エヴァたちも歌う。
 人間としての情を捨て、すべてを超越しようとする外道への哀歌を。
 ……ジョジョ
     ……ジョジョ
         ……ジョジョ
 躍動し始めるリズム。
 弦人のマラカスを振る手も早くなる。
 まったく違う道を目指す二人の運命が急速に接近していく。
 それは奇妙な形でねじれ、まるでDNAのような二重螺旋となる。
 ……ジョジョ
     ……ジョジョ
 エヴァたちは互いに目配せし合う。
 準備は整っていますか? と問いかけるように。

 ハートを震わせるようなメロディが炸裂するッッ!!
 大陸を縦断する馬のごとく走りだすホーンサウンドのラッシュ。
 時が加速したかのように逸る鼓動。
 エヴァたちは大いなる黄金の風に乗って歌い続ける。
 弦人もまた、マラカスを振る手に力が入る。
 仲間たちの歌が永遠に砕けぬダイヤモンドの輝きを放つ。
 そこには一切の躊躇も戸惑いもなく。
 一つの音楽を共有している全能感が弦人たちを包み込む。
 そしてエヴァたちは高らかに叫んだ。奇妙な運命を背負いし男の名前をどこまでも、どこまでも、高らかに。仲間たちの歌が、熱気が、感情が、もつれ、そして一体化する。
 ほとばしる感情が、弦人の心をなによりも熱くさせる。
 初めて聴いた音楽なのに懐かしい。
 弦人は以前、レンタルビデオショップでアニソンを聴いたときのことを思い出していた。
 この物語にも歴史があるように、アニソンにもまた歴史がある。
 時代の移り変わりと共に、音楽もまたその姿を変える。
 アニソンには決まったスタイルは存在しない。
 その変遷はきっと、どんな音楽ジャンルよりもデタラメだろう。
 それでも一つだけ受け継がれてきたモノはある。
"ここ"ではない"どこか"の物語を伝える。
 その想いがあって初めて、アニソンはアニソンになる。
 二番も終わり、いよいよ曲は最終局面へ突入する。
「はー……ゲンちゃん、あとは任せた」
 孝弘が持っていたマイクを突然、弦人に手渡した。
 驚く弦人に、孝弘はさらに念押すように言った。
「逆に考えるんだよ、『歌っちゃってもいいさ』と」
 ラスト直前のCパート。嵐の前の静けさのように、ゆったりとしたテンポ。
 物語の始まりを、原点を問いかける。
 弦人はゆっくり顔を上げた。
 視線の先にあるのは、このバンドの原点。
 自分がこうしてアニソンバンドに関わることになった元凶にして、この物語のすべての始まりの少女――。
 歌っていたエヴァ・F・ワグナーが弦人のほうを向く。刹那、二人の視線が交錯した。
 弦人も『覚悟』を決めた。
 エヴァの後に続くように歌い出す。
 次第に上昇する二人の歌声。
 エヴァの歌声と弦人の歌声が共鳴し合う。
 四半世紀に渡り、人々を魅了してきた、奇妙で熱い冒険譚。
 その始まりとなった物語に、最もふさわしいアニソンを歌っていく。
 いよいよ曲もラストに差し掛かる。
 エヴァは仲間たちに呼びかけた!
「オラオラオラオラァアア!! 最後はみんなでいきますよ!」
 エヴァの声に応えるように、京子が、琴音が、孝弘が、そして弦人が歌いだす。
 あれだけ渋っていた京子はとうに吹っ切れたような顔でマイクを握る。
 普段はおとなしい琴音が顔を紅潮させながら声を張り上げる。
 タンバリンを手にした孝弘もノリノリのビートを刻みながら、生声で対抗する。
 流星のごとく進むアニソンの十字軍。
 その進行は誰にも止められない。
 誰が来ようと無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!
 弦人は歌いながら、顔をほころばせる。
 まだ自分はアニソンについてなにも知らない。
"アニソンの神様"も、アニソンの独自性もわからない。
 でも、ちょっぴりだけ理解できた気がする。
 なぜ自分がアニソンに惹かれるのか、なぜエヴァがアニソンを愛するのか。
 言葉ではなく、心で実感した。
 曲はクライマックスに向けて加速する。
 迸る熱き歌の潮流も最高潮に達した。
"レーゲン・ボーゲン"の青春はアニソンとの青春!
 そんな青春の日々を燃やし尽くすように弦人たちは咆哮したッ!
 決して終わることがない、永遠とも思える黄金体験。
 それを断ち切るように、エヴァは拳を振り下ろした。
 限界まで声を振り絞ったメンバーたちは互いに顔を見合わせる。
 京子は満足そうに息を切らし、琴音は目をぱちぱちと瞬いている。孝弘はタンバリンを振ってくたびれていたが、その顔は満足気だった。
 弦人は体の芯に残っている熱を感じる。
 そして最後にエヴァと目が合った。
 すべてを放出したエヴァは満足そうに微笑む。
 サックスの螺旋のような旋律。鳴らされる終止符のメロディ。
 するとエヴァは高らかに右手をかざすと、力強く言った。
 まるでどこかにいる神様に宣言するかのように。

「日本のアニソンは世界一チイイイイ!!」

楽曲データ
『ジョジョ~その血の運命~』 歌:富永TOMMY弘明
作詞:藤林聖子 作曲:田中公平 【ジョジョの奇妙な冒険】第1部OP
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