■本編のあらすじ、登場人物紹介はこちら■
二年四組。
始業のチャイムを目前に控えた教室は、生徒たちのざわめきに満たされていた。
モモの席は、一番窓際の列のちょうど真ん中にある。そのすぐ後ろがツバキの席なのだが、今日はまだ姿を見せていない。モモは背後の空席を気にしながら、不安そうに呟いた。
「……ツバキちゃん、遅いなぁ……今日は、お休みなのかな?」
モモのか弱い独り言が周囲の騒音に掻き消されるのと同時に、教室の引き戸が開き、肩を落としたツバキがよたよたと教室に入ってきた。
「――あ、ツバキちゃん。おはよー。どうしたの今日は? また朝寝坊しちゃった?」
「……ああ、悪い……なんかもう、一歩も動きたくない気分でさ……」
ツバキはそのまま崩れ落ちるように席に着き、上半身を机に伏せる。モモは椅子を回して背後に向き直ると、ツバキの頭頂部に向かって、心配そうに話しかけた。
「……なんか……今日はすごく元気がないね、ツバキちゃん。どうしたの? もしかして、また家でお姉さんと喧嘩しちゃったの?」
「――なあ、モモ……」
「うん? どうしたの?」
「バフ○リンって、何錠飲んだら天使に会えるのかな……?」
「ちょっと、ツバキちゃん。なに言ってるの? 朝からポエムはよくないよ?」
「……ポエムじゃないよ。乙女のマニフェストだよ――」
「ねえ、ツバキちゃん、しっかりして。知らない言葉を無理して使っちゃダメだよ」
「だってもうさ、イヤなんだよ……こんな、落ち武者みたいに女子力のない人生……」
「そんなことないよ。ツバキちゃんは落ち武者なんかよりずっと女子力がある女の子だよ」
「……そうかな?」
「そうだよ。落ち武者がツバキちゃんに女子力で勝ってる部分なんて、セクシーな髪型くらいのものだもん。だからね、ツバキちゃん、元気出して!」
「でもさ……ちくしょー、どうしたら女子力って身に付くのかな? やっぱり、毎晩少しずつバフ○リンを飲んだら身に付くのかな?」
「ちょっと、ツバキちゃん! そうやってすぐ薬に頼ろうとしちゃダメだよ! だいいち、バフ○リンの成分には女子力なんて含まれてないよ――」
「けどさ、『優しさ』ってようするに女子力みたいなもんだろ?」
「それは違うよツバキちゃん。一見似てるように見えるけどね、女子力っていうのは、優しさなんかよりもっと無慈悲で周到なスキルなんだよ。だから、バフ○リンなんか飲んだって意味がないんだよ」
「じゃあ、なにを飲めばいいんだよ? ボラ○ノールか?」
「だからツバキちゃん! それは口から飲んだらダメなヤツでしょ? ……ねえ、ツバキちゃん。約束だよ? ボラ○ノールは絶対に服用しないって、ちゃんとわたしの目を見て約束して?」
「そんな約束できないよ! アタシは今すぐ力が欲しいんだからさ! ……アタシに女子力さえあれば、あんなネーチャンなんかに、コテンパンにやられずに済んだのに……」
「コテンパンって……ツバキちゃん、やっぱりお姉さんと喧嘩しちゃったの?」
「ああ……昨日さ、ウチのネーチャンと、些細なことで言い合いになったんだよ――」
「些細なことって……どんなこと?」
「……青森県の県庁所在地について」
「それは……思いのほか些細なことだったね……」
「まあ、きっかけはちょっとしたすれ違いだったんだけどさ、それがだんだん、白熱した議論に発展しちゃってさ――」
「ちょっと待って、ツバキちゃん……どうしたら、青森県の県庁所在地について議論が発生するのかな?」
「いや、ウチのネーチャンがさ、青森県の県庁所在地は青森市だって言うんだよ。で、それに対してアタシが、『青森県に青森市なんてないよ! 青森の首都はねぶた市だよ!』って反論したんだよ――」
「ツバキちゃん……どうしてそんな無謀な戦いを挑んじゃったの……」
「でさ、ネットで検索してみたら、結果はまあ、アタシの勘違いだったんだけど――」
「そうだね。ちょっとした勘違いだね」
「そうなんだよ。誰にでもあるケアレスミスだったんだけどさ、それをネーチャンがもう、鬼の首でもとったみたいに、ドヤ顔でアタシをバカにするんだよ。すげー見下す感じに、小一時間もずっと笑われてさ……で、挙句の果てにアイツ、LINEでアタシの失敗を回そうとし始めたわけ。マジ酷いだろそんなの。最低だよ。ヒトの道に反してるよ!」
「それはたしかに酷いね。回したい気持ちはすごくよくわかるけど、でも、我慢するべきだよね」
「だろ? だからアタシもう、頭にきてさ、つい『そんなんだからオマエはクリスマス・イブに別れ話を切り出されちゃうんだよ!』って言っちゃったんだよ……」
「ちょっと、ツバキちゃん……それはダメだよ。そこはお姉さんの一番のトラウマエピソードなんだから、触らないようにしてあげなきゃ……武士の情けだよ」
「いや、それはそうなんだけどさ、アタシもカッカしてたから、思わず出ちゃったんだよな――そうやってアタシが痛いところを突いたらさ、ネーチャンの顔色がみるみる青くなって、なんか落ち武者みたいになっちゃったんだよ……で、小刻みに震えながらさ、アタシに向かって『アンタみたいな男女にはそもそも彼氏とかできないけどね!』なんて暴言を吐くわけ。そしたら今度は、アタシが落ち武者みたいになっちゃってさ――」
「うん。ツバキちゃん、さっきから落ち武者の出番が多すぎるよね?」
「そうかな? でも、二人とも、まさに落ち武者のような落ち延びぶりだったんだぜ?」
「うん。わかるよ。比喩が的確なのはすごくよくわかるけどね、でも、あまりにも出現頻度が高すぎるから、ちょっと落ち武者はセーブしていこうよ」
「――まあ、そういうわけでさ、アタシとネーチャン、どっちが女として上か、女子力が高いかっていう話になって、急遽二人で女子力三本勝負を執り行うことになったんだよ」
「……いつも思うけど、本当にツバキちゃんとお姉さんは仲がいいよね――」
「どこがだよ! 憎悪むき出しでいがみ合ったって話をしてるんだろ!」
「でもね、本当に仲の悪い姉妹だったら、家で女子力三本勝負なんてしないと思うよ?」
「そうなの? 普通は何本勝負なの?」
「うーん、たぶん……一本だと思うな。普通は一本でケリがつくと思うよ?」
「いやでもさ、一本じゃ正確な実力はわかんないだろ? マグレ勝ちかもしれないじゃん」
「うん。だからね、そういうところが仲良しなんだよ。ほら、ツバキちゃんとお姉さんは、ちゃんとお互いを好敵手として認め合ってるわけでしょ?」
「……ま、実際は、ライバルなんて言えないくらいの実力差があったんだけどな。マジでズタボロだったよ……わざわざカーチャンが審判役を買って出てくれたんだけどさ、一本目の皿洗い対決も、二本目の洗濯物畳み対決も、ネーチャンの圧勝でさ――」
「……二人とも、お母さんの策略に嵌って、まんまとお手伝いをさせられちゃったんだね」
「――ポイント三倍で、逆転のチャンスをわずかに残した第三戦のオムレツ対決に至ってはさ、なぜかアタシの作ったヤツだけ、レンガみたいな質感の塊に仕上がっちゃったんだよ。それをさっき、朝に食べてきたんだけど……なんか歯触りがおかしくてさ。いや、味は普通だったんだけど、なんか、やけに表面がざらざらしてるんだよ……で、なんかそれからずっと、胃の調子がおかしくてさ――」
「ちょっと待って、ツバキちゃん……まさか、今日はそのせいで元気がないの?」
「ああ……アタシにもっと女子力があれば……胃もたれせずに済んだのにな……」
「そうなんだ――でも、良かったよ。わたしてっきり、ツバキちゃんが落ち込んでるのかと思って、心配しちゃったんだけど、違うんだね。胃酸の出過ぎが原因だったんだね」
「……バフ○リン飲んだら治るかな?」
「うん。それはバフ○リンじゃちょっとむずかしいと思うな。むしろパンシ○ンとかのほうがいいと思うよ?」
「そっか……パンシ○ンの半分は、女子力でできてたんだな……」
「そうだね、ツバキちゃんがそう思うなら、きっとそうなんだよ――」
幕――
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