■本編のあらすじ、登場人物紹介はこちら■
夕方、ツバキとスズメは近所の公園のベンチで休んでいた。学校からの帰り道、モモと別れた後で、ツバキがここで少し休みたいと言い出したのだ。もうすぐ家に着くでしょ、とスズメは最初反対したが、妙に陰気なツバキの態度に引きずられて、一緒に公園に残ることになってしまった。
不機嫌そうに座るスズメの横で、ツバキはずっとため息ばかり吐いている。
「ふぅ……はぁ……」
「ちょっと、なんなのよアンタ、さっきから。鬱陶しいからやめてよ!」
「……なあ、今日はアタシ……オマエのベッドで寝てもいい?」
「いいわけないでしょ! 突然なにを言い出すのよ!」
「じゃあ、アタシはソファでいいからさ――」
「ソファなんてないわよ! あんな狭い部屋に置けるわけないでしょ!」
「そっかぁ、そうだよな……やっぱ、モモんちに泊めてもらおうかな……モモならたぶん床で寝てくれるし……」
「どこまで図々しいのよアンタは! どういうつもりよ!」
「今日はウチに帰りたくないんだよ……実は昨日、トーチャンとケンカしちゃってさ……顔、合わせづらいんだよな……」
「へぇー、珍しいわね、アンタが父親とやり合うだなんて。なにが原因?」
「まあ、いろいろお互いに言い合ったんだけど、最終的に、アタシがトーチャンのことをダンゴムシ呼ばわりしたのがマズかったんだよな……」
「そうね。それはキレられて当然ね」
「なんであんなこと言っちゃたんだろ……アタシ、トーチャンのことダンゴムシだなんて思ってないのに……」
「いや、思ってるのよ。無意識で父親のことをダンゴムシだと思ってるから、つい口に出ちゃったのよ」
「そうなのかな? アタシのトーチャン、本当はダンゴムシなのかな?」
「気にすることなんてないわよ。それが思春期ってもんじゃない。この年頃の女子はね、一人残らず、自分の父親をウザいと思ってるもんなのよ」
「でもさ、昔はこんなことなかったんだよな……アタシ、ちっちゃい頃はトーチャンのことが大好きでさ、トーチャンのあとばっかり着いて回ってたのに……いつの間にか、そういう気持ちがしぼんじゃったんだよな……」
「だからね、それでいいのよ。そうやって少女は大人になっていくの。私なんかもう、父親のことなんて、しゃべるマンドリルとしか思ってないもの」
「だよな……オマエのトーチャン、マンドリルにそっくりだもんな……」
「そこに同意するんじゃないわよ!」
「どうしてこんなことになっちゃたんだろう……やっぱあれだよな、これはみんな、サンタクロースのせいなんだよな――」
「濡れ衣にもほどがあるでしょ! なにサンタさんに八つ当たりしてんのよ!」
「いや、サンタだよ……アイツさえいなければ、アタシはトーチャンをずっと好きでいられたんだよ……」
「アンタの頭の中では、どんな愛憎劇が繰り広げられているのよ……」
「だってさ、サンタなんて本当はいないのに、アイツ、トーチャンの手柄をずっと横取りし続けてたんだぜ?」
「なによそれ? どういう理屈よ?」
「思い出してみろって。クリスマスにプレゼントを買ってくれたのは、本当はトーチャンだったのにさ、なぜかいっつも、サンタがくれたってことにされてただろ? これって絶対おかしいと思うんだよ」
「べつに関係ないわよそんなの――」
「関係ないわけないだろ! クリスマスのプレゼントがどんだけ特別なものだったか、オマエ、忘れちゃったのかよ! サンタがくれたなんて言わずに、トーチャンが買ってくれたって正直に言ってくれればよかったんだよ。そうすれば、『サンタさんありがとう!』っていう気持ちは、『パパ大好き!』っていう気持ちに変わったはずなんだからさ……」
「まあ……言われてみればたしかに、変な話よね。クリスマスなんて、父親が娘にいいところを見せる、年に一度のチャンスなんだからね……」
「だろ? しかもさ、本当はサンタなんていないってことに、少女はいつか気づいちゃうわけだろ? そのとき、自分を騙していた両親に対して、不信感が芽生えちゃうわけだよ。こうして二重の意味で、サンタは父親を愛する気持ちを少女から奪っているんだな……」
「……そういう言い方はヤメなさいよ。べつにサンタさんが悪いわけじゃないでしょ? 親が勝手に言ったことなんだから――」
「そうなんだよな。それが不思議なんだよ。なんであのとき、本当のことを言ってくれなかったんだろうな? あんな、うさん臭いサンタなんかにもらうよりさ、トーチャンからもらったほうが、アタシ嬉しかったよ……」
「サンタさんはべつに、うさん臭くなんてないわよ」
「……ていうかさ、なんでオマエ、さっきからそんなにサンタの肩を持つの? まさかオマエ、まだサンタのこと信じてるんじゃ――」
「そんなわけないでしょ! サンタなんて十二の冬に、とっくに卒業したわよ!」
「十二の冬ってオマエ……おととしじゃんか……」
「違うのよ、ウチの場合はそうじゃないの……私が六歳のときに、サンタさんなんてホントはいないんだって言ったらね、母が、『フィンランドにはクリスマス商戦を影で牛耳るサンタカンパニーっていう会社があって、そこから毎年社員が派遣されてるんだ』って教えてくれたのよ……そんなの普通、信じるでしょ?」
「なんだよそれ……どうして大人は、そこまでしてサンタのことを信じ込ませようとするんだよ……一種の洗脳じゃんかこれ……」
「仕方ないんじゃないの? 自分の娘には、いつまでも夢見る少女でいて欲しいって、大人はみんなそう思ってるんだから」
「だからさ、その前提がおかしいんだよ。そもそもサンタって、夢のある存在か?」
「そりゃ、そうでしょ。空飛んでやってくるんだから――」
「それは、トナカイの特殊能力だろ! 結局サンタのやってることなんてさ、毎年一回年末に遊びに来て、玩具を一つ買ってくれるってだけだろ? そんなの、大阪のおじちゃんと一緒じゃんか」
「アンタ、大阪人にどんなイメージを持ってるのよ……」
「いや、ウチの親戚に一人いるんだよ。いつも酔っ払って酒臭いんだけど、すげー気前がいいおじちゃんなんだ。冬でもさ、アロハとか着てるんだよ――」
「知らないわよそんな季節感のないヒト!」
「だから、アタシが言いたいのはさ、サンタはそういう芋焼酎の匂いがするオッサンと、同レベルの存在でしかないってことだよ」
「どんだけサンタさんを貶めたいのよアンタは……」
「アタシに娘が生まれたら、絶対にサンタなんて信じさせないよ……町で見かけたら髭をむしってやれって教えるよ……」
「ヤメなさいよ。バイトのヒトに迷惑かけるんじゃないわよ」
「――はぁ……トーチャン、まだ怒ってるかなぁ?」
「……もう、怒ってないと思うわよ? 今頃はきっと、アンタのお父さんもアンタと同じように悩んでるはずよ。アンタたち親子って、傍から見てもすごい似たもの同士だしね。心配なんてすることないわよ」
「そうかな?」
「そうよ。ケンカしたくらいでそんだけ娘に悩んでもらえるんだから、むしろ幸せよ……なんか、アンタの話聞いてたら、だんだんウチの父親が可哀想に思えてきたわ……」
「オマエもさ、もうちょっとトーチャンに優しくしてやれよ。いいじゃんかべつに、ほぼマンドリルだからって――」
「そこまでマンドリルじゃないわよ! ちょっと顔の下半分が長いだけでしょ!」
「いや、けど真面目な話さ、親孝行は今のうちにしといたほうがいいって。したいときに親はなし、って言うだろ?」
「……そんなこと言われても、どうしていいかわからないわよ……」
「じゃ、今度のクリスマスにさ、アタシと一緒にサンタのコスプレして、トーチャンになんかプレゼントしてやるってのはどう? トーチャンすげー喜ぶぜ!」
「プレゼント? そうね……でも、父親にあげて喜びそうな物ってなにかしら?」
「なんかあるだろ? トーチャンが好きそうなヤツ。なんかほら……ドリルとか……」
「マンドリルから離れなさいよ!」
「……あれ? もしかしてオマエ、それで髪型、縦ロールにしてるの?」
「そんなわけないでしょ! どんな遠回しなアピールよ!」
「いやいや、でもさ、オマエのトーチャンはきっと気づいてるよ。『あ! オレのあだ名とアイツの髪型、お揃いだ。マンドリルとドリルウーマンだ!』とか思って、内心喜んでるんだよ、絶対」
「ヒトの父親を、どんだけ単純な生き物だと思ってんのよ……」
「――でも、なかなかいい作戦だよな、それ。アタシも髪型でトーチャンにお揃いアピールできないかな……なあなあ、アタシってさ、お団子とか似合うと思う?」
「……親孝行の前に、父親をダンゴムシだと思うのをまずヤメなさいよ……」
幕――
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