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■本編のあらすじ、登場人物紹介はこちら■


 昼休みの間、アヒルはずっとなにも食べずに屋上でモモを待っていた。朝のウチに呼び出しのメールを送っていたのだ。屋上の真ん中でしっかりと目を閉じて、長い黒髪を風にたなびかせながら仁王立ちしていた。
 昼休みも後半に差し掛かって、ようやくモモが屋上に姿を現した。アヒルと二人だけでこっそり会うなんて、初めてのことだったので、どこか不安そうな表情をしている。
「――お、来てくれたかモモ。恩に着るぞ!」
「どうしたの、アヒルちゃん? こんなヒト気のないところに呼び出したりして……」
「ああ。すまない。実は一つ、わからないことがあってな。スージーに聞いても知らないと言うので、困り果てていたのだ……で、モモなら知っているかと思ってな」
「わからないこと? うーん、アヒルちゃんやスズメちゃんの知らないことを、わたしが知ってるとは思えないけど……でも、わたしにわかることならなんでも答えるよ」
「そうか! では遠慮なく訊くが……ノーパンしゃぶしゃぶとはなんだろう?」
「うん、アヒルちゃん。この話はやめよう」
「どうしたのだ? 始めたばかりではないか。いきなりなにを言い出すのだ?」
「うん。ゴメンねアヒルちゃん。それはこっちのセリフなんだよ」
「なぜだ! 私はただノーパンしゃぶしゃぶについて訊いただけだぞ?」
「それだけで十分なんだよ……十分乙女の危機なんだよ……」
「そんな……ノーパンしゃぶしゃぶとは、そこまで重大な秘密だったのか……」
「もうヤメて、アヒルちゃん! 女子がそんなフレーズを連呼しちゃダメだよ!」
「頼むモモ! モモだけが頼みの綱なのだ。絶対に他言しないから、教えてくれ!」
「わたし、この件についての頼みの綱だと思われてたんだね……ねえ、アヒルちゃん。なんでわたしなら知ってると思ったのかな?」
「いや、先にスージーに訊いたらな、突然、顔を真っ赤にして怒りだしたのだが、その後で、そういう話題はモモが一番詳しいから、そっちに訊けと言われたのだ」
「そっかぁ……うん。スズメちゃんとはちょっと、早急に話し合いが必要かもね……」
「ツバキも言っていたぞ。こっちの方面はモモの得意分野だから、任せておけと――」
「……なんでかな……どうしてわたし、みんなからそんな酷い誤解を受けてるのかな?」
「なんだ、誤解なのか?」
「うん。わたしの守備範囲はね、未成年の男の子に限られてるんだよ……それなのにみんな、酷いよ……」
「そうなのか――しかし参ったな、これで万策尽きてしまった。担任に訊いても、有耶無耶な答しか返ってこなかったしな……よし! ここは一か八か、校長に訊いてみるか」
「うん、アヒルちゃん。それだけはヤメたほうがいいと思うな」
「だが、他に方法がないのだ!」
「……ねえ、アヒルちゃんはなんで、その……『それ』について知りたいのかな?」
「ああ。実はだな、ワタシは先週からこの、『日本列島暗黒事件史』という書物を調べて研究していたのだが――」
「よくコンビニで売ってる怪しい本だね」
「そうだ。かつて実際にこの国で起きた、おぞましい事件の数々を解説した、非常に興味深い書物だった。だがな、ページの一番最後の、細かい事件をまとめた年表の中にだな、一箇所どうしても理解できない記述があって、頭を悩ませていたのだ」
「理解できない記述?」
「そうだ。それがこの一文だ。『大蔵官僚ノーパンしゃぶしゃぶ発覚』なんだこれは?」
「シュールにもほどがあるね――」
「まったくだ。名だたる殺人事件や汚職事件の中に、異彩を放ってこの一行が紛れていたのだ。こんなのは初めてだ。考えても一つも意味がわからない。ワタシの理解力が足りないせいだろうか?」
「そんなことないよ。むしろ、これがわかったら手遅れだと思うよ?」
「この国の歴史には、まだワタシの知らない、恐ろしい秘密が隠されているのだな……」
「――ねえ、アヒルちゃん。そんなに知りたいなら、わたしなんかに訊くより、ネットで検索してみたらどうかな? そうすれば一発だと思うけど……」
「いや、ネットはダメだ! 昔、ワタシが自由気ままに電脳空間を飛び回っていた頃、うっかりビックリ動画に引っかかったことがあってな――」
「ビックリ動画?」
「そう、ビックリ動画だ。ある日、ワタシが何気なく間違い探しをしていたら、突然恐ろしい叫び声と共に、血まみれのお化けの顔が画面いっぱいに現れたのだ――」
「ああ……すごく懐かしいタイプのヤツだね……」
「驚きのあまりワタシは舌を噛んでしまってな、すごく痛かった。三日三晩なにも食べられなかった。あれ以来、知らないサイトへは決して一人で行かないと、自分に戒めたのだ」
「うん。そうやってちゃんと学習するのは、すごくいいことだね」
「そうだ、モモ! もしよければ、今日の放課後図書館へ行って、ワタシと一緒にノーパンしゃぶしゃぶを検索してくれないか?」
「うん。ゴメンねアヒルちゃん。それはちょっと遠慮しておくよ……いろんな意味で危険な気がするから……」
「そうか……まあ、仕方ないな。ならば今、できる範囲で推理をしてみよう――ノーパンとは、おそらく故意にパンツを履かないことだと思うのだが、どうだ?」
「そうだね。故意かどうかともかく、そういうことだと思うよ」
「そしてしゃぶしゃぶとは、おそらく故意に生肉を熱湯でしゃぶしゃぶすることだと思うのだが、どうだ?」
「そうだね。それはたしかにみんな故意にやってるね」
「この二つを合わせると、故意にパンツを履かずに生肉をしゃぶしゃぶする、ということになるが、どうだろう? なにか見えてきただろうか?」
「そうだね。見えちゃいけないものがうっすら見えて来たね……」
「残る問題は、なぜ大蔵官僚がこのような奇妙な儀式を行っていたかだな――パンツを履かずにしゃぶしゃぶをすることに、なにか特別な意味でもあるのだろうか?」
「……ねえ、アヒルちゃん。もうこれ以上の詮索はヤメようよ。なんかね、足を踏み入れちゃ行けない場所に、入りかけてる気がするんだよ……」
「よし! ためしに二人でやってみよう!」
「ちょっと待ってアヒルちゃん。お願いだから一度立ち止まって?」
「なにを言っている。演劇部員たる者、いつ、いかなるときも小芝居には乗っからねばならないのだ――ほら、ワタシが課長をするから、モモは部長をしてくれ。準備はいいか?」
「いいわけないよ、アヒルちゃん。これはきっとよくないことだよ……」
「――部長! 今日はパンツを履かずにしゃぶしゃぶをします!」
「ダメだよアヒルちゃん。パンツは履かなきゃダメだよ」
「――アク取りはぼくに任せてください! パンツは履いてませんけど平気です!」
「平気じゃないよアヒルちゃん。ね、パンツを履いて? 風邪をひいちゃうよ?」
「――今日は奮発して、一番高い神戸牛を経費で買って来たんですよ。よーし、たくさんしゃぶしゃぶして食べるぞう!」
「ヤメようよ、アヒルちゃん。こんなの絶対異常だよ……」
「――あ、しまった! うっかり肉を落としちゃった! ぼくのむき出しの太ももに、神戸牛がべったりと! 熱い! 熱いよう!」
「だから言ったのに! パンツを履かなきゃダメって言ったのに!」
「――神戸牛が! 神戸牛が熱い! 部長、取って! 取ってください! ぼくの太ももで、神戸牛が暴れてるんです!」
「で、でも、パンツを履いてないのに、直接そんな……よくないよ……」
「――いいから部長、早く! ぼくの太ももが、焼けるように熱いんです!」
「う、うん。ゴメンね……見ないように、するからね……」
「――ち、違います部長! そこじゃない! それは違います!」
「きゃぁ! ゴ、ゴメンね。見えないから……これじゃないなら……こっちかな?」
「――ああ、そうです、それです。あぁ……助かった……」
「よかったぁ……無事に神戸牛は退治できたみたいだね――」
「よし! もういいだろう――どうやら、これ以上続けてもムダだようだな」
「そうだね……まさかパンツを履かずにしゃぶしゃぶすることに、こんな可能性が秘められていたなんてね……」
「なんだと!? まさかモモ、今ので理解できたのか?」
「うん……こういうのも、たまには悪くないのかも……」
「そんな……ワタシにはまるで理解できなかったのだが……」
「きっとアヒルちゃんにも、いつかこの気持ちが理解できるよ。だって、女の子だもん」
「そうか、まだまだワタシも、修行が足りないのだな――」

幕――


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