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■本編のあらすじ、登場人物紹介はこちら■


 ある日の夜。自分の部屋で机に向かいながら、スズメは頭を悩ませていた。
 そこへ、近所に住むアヒルが勝手に入って来た。アヒルは焼き芋の入った紙包みを抱えている。スズメのために差し入れを持ってきたのだ。どうだ、一休みして食べないか、と声をかけるが、机に向かって集中しているスズメはまったく反応を示さない。
 面白くないアヒルは、紙包みから焼き芋を一つ取り出すと、おもむろにそれをスズメの首筋にくっつけた。
「熱っつ――って、ちょとアンタ、なにすんのよ!」
「いや……芋が勝手に……」
「嘘をつくんじゃないわよ! 焼き芋が意思をもってるわけないでしょ!」
「いや、イシ焼き芋だから――」
「うるさいわよ! なにしに来たのよアンタ!」
「なんだその言いぐさは……せっかくワタシが差し入れを持ってきてやったのに……一本600円もするのだぞ、これ……」
「600円!? そんな芋が600円もするの? なんて無駄遣いをするのよアンタは! 600円もあれば、イチゴショートが二つは買えちゃうじゃない!」
「なんだ……芋はイヤなのか? 甘いものは大好物のはずだろ?」
「まあ、たしかにそうだけど、でも、私が好きなのは洋菓子とかスイーツで、芋は――」
「そうか……ならいい。この芋はワタシの部屋の植木鉢に植えることにする……」
「ちょ、ヤメなさいよ。私が悪かったわよ。アンタの気持ちも考えずに言い過ぎたわ――ちょっと、イライラしてたのよ。英語の課題が進まなくてね……」
「ならばこの芋……食べてくれるか?」
「もちろんよ。ありがたく頂くわ。はむっ――」
「どうだ、おいしいか? おいしい芋か?」
「おいしいわよ、すっごく。甘くてホクホクして……でも、これに600円払うなら――」
「やめろ! 値段のことは蒸し返すな!」
「――ふぅ。ごちそうさま。やっぱ甘いものはいいわね。おかげでなんか、気持ちが落ち着いたわ……さてと、この調子で、パパッと片付けちゃいたいわね……」
「英語の課題が進まないとか言っていたな?」
「そうなのよ……自分の特技を英語で作文して、みんなの前で発表するっていう課題なんだけど……また下手なことを書くと、外国人教師のチャーリーにイジられちゃいそうで、筆が進まないのよね……」
「イジられる? それはいったい、どういう意味だ?」
「そのまんまの意味よ。授業中にチャーリーが、私の自慢の縦ロールのことをやたらとイジってくるのよ……縦ロールの巻き具合を褒めて来たり、縦ロールに話しかけたり……」
「ほう……それはまた、異様な行動だな……」
「でしょ? なんなのかしら、そんなにこの髪型が珍しいのかしら?」
「まあ、きっとそれは、アメリカ人特有のアメリカンジョークというヤツだろう。気に病むことはない。愉快でいいじゃないか」
「……アンタって、やけにあの、チャーリーのこと気に入ってるわよね?」
「まあな……日本人の教師は、ワタシが近づくとさりげなく避けようとするが、チャーリーだけは明るく受け止めてくれるのだ……」
「なにさらっと哀しい話を始めてんのよ……」
「チャーリーは見た目通りのナイスガイだ。毛嫌いするのはヤメてやれ」
「べつに、嫌ってるわけじゃないけど、苦手なのよね……あのなんか、やたら馴れ馴れしくてハイテンションな態度が。しかも先月から、クラスの中で私のことだけ、スージーっていうニックネームで呼ぶようになってね――」
「――ああ、その呼び名をチャーリーに教えたのは、このワタシだ」
「なんてことしてくれてんのよっ!」
「なにをそんなに怒っているのだ……おかげでチャーリーとの距離が縮んだだろ?」
「それがイヤで私はこんなに悩んでるんでしょ!」
「仕方がないだろ。ワタシのクラスで出された課題は、自分の大事なものについて発表することだったのだ。当然、私はスージーのことについて話した――」
「なにを話したのよ? それ以上、余計なことは言ってないでしょうね?」
「心配には及ばない。話したいことは山ほどあったのだがな、ワタシの英語力では不可能だった。ワタシが発表したのは、ほんの数行の英文だけだ――スージー・イズ・マイ・カズン。スージー・ハズ・ソーメニー・タテロールズ」
「二本よ! ツイン・タテロールズよ!」
「スージーズ・タテロールズ・アー・ローリング・オールナイト」
「なんで回るのよ……私の縦ロールは人類になにを伝えようとしてるのよ……」
「いや、回ると言うよりも、むしろこう、うねるイメージだな」
「うねりもしないわよ! どんなマイナーな妖怪よ!」
「妖怪うねりババァだな」
「いきなり直球を投げるんじゃないわよ!」
「――チャーリーは私の発表を聞いて、ものすごく興奮してたぞ。子供のように目をキラキラさせて喜んでいたのだ」
「結局、全部アンタのせいなのね……もういいわよ! 明日チャーリーに会ったら、私の縦ロールはうねらないって、ちゃんと説明するから!」
「やめろ! チャーリーの夢を壊さないでやってくれ!」
「うるさいわよ! ……ああ、もう、悩んで損したわ。さっさと終わらせないと――えっと、私の特技、特技……って、なにかしら?」
「……縦ロールで、トンボを捕まえることができる」
「できないわよ! できてもやらないわよ!」
「……縦ロールに、おみくじを結ぶことができる」
「それはできるわよ! できるけどやらないわよ!」
「ふむ。ではそろそろ真面目に考えて……こういうのはどうだ? スイーツに対する執着心が、恐ろしく強い――」
「なんで私は自分の欲深さをドヤ顔で発表しなきゃいけないのよ……」
「あと、あれだ。パンツを丸めてタンスにしまうのが、恐ろしく早い――」
「アンタねぇ……ヒトをパンツ職人みたいに言うんじゃないわよ……」
「いや、だがまさにあれは、職人の域の神業だったぞ?」
「そんなことないわよ! 普通よ!」
「あんなものが普通であってたまるか! あまりにも手際がいいから、最初、お餅をこねているのかと思って、目を疑ったほどだ」
「おかしいでしょ……なんで私はタンスにお餅を収納してんのよ……」
「あの瞬間、完全にパンツがお餅だった。それほど圧倒的なスピードだったのだ」
「ていうか止めなさいよ! 放置しちゃダメでしょそんなヒト! 早期の治療が必要なケースでしょ!」
「いや、世界の終わりに備えているのかと思ってな、むしろ感心して見ていたのだ――当時はマヤの予言が流行っていたから……」
「なんで世界の終わりにお餅で対抗しちゃうのよ! そんな縁起のいい終末イヤよ!」
「チャーリーも喜んでくれると思うぞ? スージー・イズ・パンツマスター」
「そんな設定を追加されたらね、もうクラスで生きていけないのよ」
「あわよくば、チャーリーがパンツに話しかけてくれるかもしれないしな」
「完全に警察沙汰じゃない! 本国に送り返してやるわよ!」
「……どうしてもダメか?」
「あたりまえでしょ!」
「……マイ・パンツ・イズ・クイックブースト」
「だからもう、諦めなさいよ! パンツで加速するってどんな現象よ!」
「加速と言うかこう、パンツで空を駆け抜けていくイメージだな」
「駆け抜けないわよ! パンツは駆け抜けないわよ!」
「では、どうするのだ? チャーリーを心から喜ばせる特技が他にあるのか?」
「チャーリーのご機嫌なんてどうだっていいのよ! むしろ地獄に堕ちなさいよ!」
「そんなことを言うな……チャーリーだってきっと寂しいのだ。異国に一人で住んでいるのだからな。我々が元気づけてやらなければ、孤独に押しつぶされてしまうかもしれないのだぞ?」
「そんなこと、私に言われても知らないわよ……」
「時折、ワタシのケータイにチャーリーから電話がかかってくることがあるのだがな――」
「なんでアイツがアンタの番号を知ってるのよ?」
「初対面で意気投合して交換したのだ。孤独な者同士、自然と心が惹かれ合ったのだな」
「あんな怪しい男に気を許しちゃダメよ!」
「電話の向こうのチャーリーは、とても哀しそうな声でこう言ったのだ――ピザが……ピザが小さいでーす……」
「ピザ屋に言いなさいよ! なんで生徒に相談してんのよ!」
「――Lサイズにしておけばよかったでーす……」
「Lサイズにしときなさいよ! 無理言って頼めば交換してくれるわよ!」
「アメリカの食べ物は、なにもかもビッグサイズにできているからな。あの程度の直径では、到底満足できなかったのだ……」
「チラシにサイズが書いてあるでしょ……ちゃんと読みなさいよ……」
「まさかメートル法だとは夢にも思わなかったそうだ……」
「マジでアイツら、自分ルールで世界が回ってると思ってるのね……」
「つい先週にも、こんな電話があった――サムライが……サムライがいないでーす……」
「いないわよ! サムライも忍者もいないわよ!」
「いや、忍者はいるんだそうだ。隠れてるから普段は見えないだけでな、道を歩いていると、不意に視線を感じたり、背後に気配を感じることがあるのだそうだ」
「なによそれ……なんかの症状がでちゃってるんじゃないの?」
「いや、確かに彼は感じるのだそうだ。車で左折するとき、たまにバックミラーに青白い顔をした忍者が映ることさえあるらしい……」
「だから忍者じゃないわよそれ! 成仏できないなにかでしょ!」
「あと、テーブルに魚肉ソーセージを置いておくと、たまに忍者が盗んで行くらしい……」
「そっちはネコよ! お魚くわえたどらネコよ!」
「こうやって忍者に接触できた日は、不思議と幸運が舞い降りるのだそうだ。ミネソタには、そういうジンクスがあるのだ」
「ミネソタが忍者のなにを知ってるって言うのよ……」
「な、こうやってちゃんと話せば、文化の壁を越えてチャーリーと分かり合うことができるのだ……スージーとチャーリーは、意外と似ている所もあるしな……」
「ヤメてよ。あんなアメリカンなヒトと一緒にしないでよ」
「いや、そんなことはないぞ。二人とも、社交的なように見えて、どこか人見知りなところがあるし、どちらも食べ物に対する執着が異様に強いし――しかもな、チャーリーはああ見えて、大の甘党なのだ」
「……そうなの?」
「ああ。その証拠に――先週の日曜日の話だ。ワタシは街でチャーリーとバッタリ出くわしてな、そのあと二人で一緒にケーキを食べに行ったのだ」
「ケーキですって!!」
「もちろん、チャーリーの奢りだ。たしか、紅茶とモンブランのセットだったな」
「なによそれ! アンタばっかりずるいわよ!」
「そう言われると思って、スージーには今まで黙っていたのだが……もしかしたら、スージーにもそういう機会が巡ってくるかもな……チャーリーと懇意にしていれば――」
「な、なに言ってんのよ! 私がそんな、スイーツごときに釣られるわけないでしょ!」
「そうか? ならば好きにすればいい。後悔しても知らないがな……」
「ええ。言われなくてもそうさせてもらうわよ! ったく……えっと……アイ・キャン・ロール・タテロールズ・オールナイト……」
「そうだな。チャーリーの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ――」

幕――


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